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巨人とは、神話や伝説の中だけの存在であると思われている。
神話には、巨人が人々のために尽くす話であふれている。
アメリカにおける巨人は、古い文化のように、
文化そのものに巨人の逸話が入り込んでいない。
代わりに、非常に長生きする人について書かれた伝説があり、
それが巨人のメタファーとなっている――
ハンナは決して、伝説上の存在ではないし、物語に出てくる巨人でもない。
しかし今、彼女はまさに巨人である。
ただでさえ巨大だった体がさらに巨大化し、巨人という表現が比喩ではなくなった。
部屋は彼女の体で埋まり、長い腕は部屋を分割できるほどだ。
その部屋は、彼女用の巨大な部屋であるにも関わらずである。
そして、その巨大な部屋でさえまっすぐに立つことはできず、
部屋の物は全てが小さすぎて何の役にも立たない。
携帯電話は操作できず、靴もシャツもズボンも小さすぎるのだ。
辛うじて役に立てるものはベッドのシーツだ。
ハンナはシーツを体に巻きつけ、古代ローマ人のような格好をした。
ハンナは、母が帰ってくるのを、ただひたすらに待ち続けた。
不安で胸が潰れそうだった。
そして、もう一度例の巨大化が始まったらと思うと不安で不安で、ハンナは涙を流した。
携帯電話をどうにか操作し、母に電話をかけ、話をするできた。
あまりに小さすぎる携帯電話を、耳と口の間で往復させ、話をした。
ハンナはふと、自分の今の姿は、不思議の国のアリスのワンシーンのように思えた。
アリスの感じた不安を、現実世界でリアルタイムで感じていた。
母の帰りを待つ。
ふと、ハンナは空腹を感じた。
何か食べるものを探したが、今の彼女が普通に食べられるようなものがあるわけはない。
ハンナはヨーグルトを6箱食べた。当然、まだお腹は減っている。
しかし満腹になるまで食べ続ければ、家中の食べ物を平らげてしまうと思い、ハンナは我慢した。
ガチャリ。ドアの鍵が開く音がした。
ハンナの目が輝いた。ついに、母が帰ってきたのだ。
「ハンナー! 帰ったわよー」
「・・・キッチンにいるわー、ママ!」
ハンナは、母にどんな説明をしたらよいのかわからなかった。
電話で助けを求めるときも、深刻そうな声だけ出して、詳細を伝えなかった。
母は財布と荷物を床に置き、キッチンに入る。
チラリと、ハンナの姿が見えた。
叫びそうになった。
しかし、どうにかそれを抑えた。
「ハンナ・・・一体・・・どうして・・・」
「・・・私にも、何がなんだか・・・家に帰って横になっていたら、急に大きくなって・・・。
ママ・・・怖いよ・・・私、どうなっちゃうんだろう・・・」
ベッドシーツに身を包んだ、巨大な娘の姿。
ハンナの母は、何も言わずに、それを見ていた。
幼い頃から、男の子よりも大きかったハンナ。
あたかも前世に受けた罪であるかのように、ハンナは大きくなり、それ故に苦悩した。
同級生にいじめられ、辛さのあまり泣きだした夜。
そんな時、両親はハンナを必死に励ました。
しかし、母は今のハンナの姿を見て、うまい慰めの言葉は見つからなかった。
「・・・ハンナ、人は普通、一度にこんなに大きくなることはないの。
私にも、何が起こっているのか全くわからないの。
お父さんに連絡して、そして病院に行きましょう」
母はそれしか、ハンナに言うことはできなかった。
母は冷静になって、もう一度ハンナの姿を見る。
確実に、母の車に乗せることはできない。
ハンナの巨大なトラックにもすら、普通には収まらないだろう。
母は冷静に、まずは病院に電話した。
そしてハンナの主治医に事情を話し、今すぐ診てほしいと頼んだ。
主治医は、この急な呼び出しに応じてくれた。
そして母は、病院にできる限り早く向かうと言った。
さらに、ハンナの父に電話し、自分たちは病院に向かっている途中だと伝え、今すぐ病院に来るよう言った。
「ハンナ、病院に行きましょう。ハンナのトラックに収まるなら、それで行きましょう。
・・・お医者に、相談しましょう」
ハンナは無理やり家の外に出て、素早くトラックの運転席に入り込む。
いくつか座席を折りたたみ、トラックに横たわり、ハンナの長い足を無理やり収めた。
乗り心地は最悪であった。
ハンナは小学生の時に、スポーツ車の後部座席にぎゅう詰めにされたのを思い出した。
母はトラックを運転し、急いで主治医のいる病院に向かう。
そして、できるだけハンナへの注意を逸そうと、母1人で受付をする。
しかしハンナは、あまりに窮屈な車内が嫌で嫌でたまらず、外に出た。
母が受付をしている数分間のうちに、ハンナは車の外に出て、まっすぐ立ち、背伸びをした。
背が急激に伸びて、目線が変わってからは、初めてのことであった。
乗ってきたトラックよりもずっと背が高いし、少し手を上げるだけで、簡単に2階の窓に触ることができる。
その後、父が到着した。父は口をぽかんと開けて、巨大化したハンナを、ただ見ていた。
ただ見ていることしか、できなかった。
ハンナは病院の中に入り、名前を呼ばれるまで壁を背もたれにして待つ。
その場にいる人は皆、ハンナのあまりに巨大な体に目が釘付けとなった。
ついに、ハンナの名前が呼ばれる。皆、ハンナの後ろ姿を目で追った。
ハンナを前にした看護師たちも、ハンナの巨体に唖然としたが、
次の瞬間にはプロ根性でもって冷静になり、自身の仕事に精を出す。
まずは、ハンナの体重を測ろうとした。しかしこの病院の設備では、針が振りきれてしまった。
次に、ハンナの身長を測る。看護師2人で協力し、測定する。
309.9cm、ハンナの身長であった。
さらに血圧も測ろうとしたが、あまりに高く、測定不能となった。
ハンナの主治医であるジェファーソン先生は、10年以上のつきあいである。
先生はハンナの主治医を務め、高身長について研究し、多くの成果を上げてきた専門家である。
しかしハンナについては、このジェファーソン先生も手を焼いていた。
1ヶ月以上も前になるが、最後にハンナを診察した時、この急激な成長の予兆は見られなかったのだ。
先生は、ハンナの成長はもう少しで終わると思っていた。
1年辺りの成長が、年々落ち込んでいたからであった。
しかし、今回、ハンナは急成長を遂げた。先生はショックだった。
ハンナは辛うじて、診察室に収まっていた。
ここまで大きくなると、もはや座ることさえも、一種の挑戦である。
ジェファーソン先生は、ハンナの健康を第一に心配した。
人間はこんなに大きくなることはない。
大きくなりすぎれば心臓には大きな負荷がかかるし、重すぎる体重は運動を困難にする。
しかしこんな心配は、次の瞬間にどこかへ飛んでいってしまった。
目の前で、ハンナは再び急成長を始めたのだから――
ハンナは、体がドクンとするのを感じた。
胸の辺りから何か熱いものが溢れだし、体中に広まっていった。
再び、成長が始まったのだ。
腕と脚が伸び、ふくらはぎと腿は膨らみ、腰も膨らみ、胴は伸び、肩幅はますます広くなる。
ハンナは、うめき声をあげた。
そして胸は大きく膨らみ、ビーチボールよりも大きくなった。
体に纏っていたベッドシーツはあまりに小さくなり、ハンナは床にホロリと落とした。
手も腕も、ずっと大きくなった。
ハンナの体重で床はきしみ、部屋いっぱいに巨大化したハンナは、部屋の物を全て外に追い出した。
部屋にいた人は皆、急いでドアから外に逃げた。
そして、ハンナが部屋の壁を壊すと思われた時に、ハンナの成長は止まった。
現在、ハンナの身長は5m近くある。
部屋に窮屈に収まり、あたかも普通の人がスーツケースに詰められたかのようである。
さて、どうやって、ハンナは病院の外に出ればよいのだろうか。
無理やり出ようとすれば施設をいくつも壊すだろうし、下の階には人がいるのだ。
ハンナは、その方法は知らない。ただただ、怖かった。
これ以上大きくなったらどうなるのか。ハンナはそれだけが心配だった。