<3>
病院で急成長してから、2日が過ぎた。

夜の暗いうちに病院を出て、アトランタの疾病予防管理センター(CDC)の付属研究所に行った。

巨大な部屋に入り、ハンナのために作られた特注の巨大ガウンを着て過ごしていた。

部屋でハンナは多くの人にじろじろと、舐めるように観察されていた。

ハンナはそれを不快に感じた。


ハンナはこの最高の病院の多くの最新の機械で検査を受けた。

頭からつま先まで、好き勝手調べられた。

2日もこのような検査を受けたため、ハンナはくたびれていた。

しかし、最先端の設備でこれだけの検査をしても、

身長、体重、腕力が一気に2倍以上になったこの急成長の原因はわからなかった。

骨に異常はない。心機能にも、特別大きな負荷がかかっているわけでもない。

血圧にも問題はないし、臓器も至って普通である。

急成長してから2日。ハンナは、この2日間、1ミリも成長していないのが本当に嬉しかった。

両親は、可愛い娘を一生懸命世話することにした。

しかしそんな両親の目線にも、ハンナは悩んだ。

ハンナがそんな両親を疑ったからではない、両親を心配したのだ。

目は心の窓といわれる。窓から覗きこむたくさんの目が、ハンナには怖かった。

さらに、その多くの目は、ハンナを利用しようと企てているようにも思えて、嫌になった。

ハンナはもう、悟っていた。自分の日常は、もうどこかへ行ってしまったのだと。

15フィートの巨人になってから、嫌だ嫌だと日々嘆いていた、かつての8フィート時代が懐かしく思えた。


ハンナは座っていることに飽き、特注の巨大ベッドから起き上がった。

そして掛け布団をそばにして、ベッドいっぱいに足を伸ばした。

脚のストレッチをしようと思ったのだが、座ってやると、部屋が窮屈に思えた。

そこでハンナは立ち上がり、思い切り背伸びをした.

関節がポキポキと音を立てた。腕や背中が伸びて、気持ち良かった。

この瞬間だけは、ハンナは自分が普通の人間であるかのように感じることができた。

ガチャリ。部屋のドアが開き、母と看護師が入ってくる。ハンナは我に返る。

そして今の自分がいかに巨大であるかを思い出す。

2人とも、ハンナの膝にも届かないし、ジャンプしても腰まで届くかはわからない。

ハンナがその気になれば、1人の人間を両手でつかむこともできるだろう。

彼女の片手は、母の胴体ほどの大きさがあるのだ。ハンナは2人を見下ろし、会釈した。

「ハンナ! あなたの体に問題がなければ、そのうち外に出られるかもしれないわ!」

母はハンナに、そう伝えた。問題とは、言わずもがなハンナの急成長のことである。

安定した状態が続き、ついにそれが許されるまでになったのだ。

ハンナはその知らせを喜んだ。しかし、ハンナはこれからどうなるのだろうか?

今は、医者と両親の加護の下で生活をしているが、将来はどうなるのだろうか。

ハンナはとにかく、この急成長の原因を知りたかった。

ハンナは巨大になった。

しかし、それ故の特殊な優越感といった感情は、未だに持っていなかった。

ハンナがその気になれば、医者の許可を得ずとも、部屋を破壊して外に遊びに行くことができるだろう。

しかしハンナの心は未だ、以前と同様、ただの背の高い少女であった。

看護師はハンナの検査をした後、その巨大な部屋を立ち去る。

部屋には、ハンナと母だけが残された。

母は、ハンナの巨大なベッドの横の椅子に座った。

ハンナは母の隣で、ベッドに座っているのが非常に嫌だった。

座っている状態であっても、ハンナは、部屋に入ってくる誰よりも飛び抜けて大きいのだ。

結局、ハンナはため息をつきながら、ベッドに仰向けになった。

母といると、どうも落ち着かない。

母はそれを察し、ハンナと適当な雑談を始めた。

話題は、ハンナは今でも続けていた学業についてだった。

しかしそれは、やる価値よりも、むしろ問題のほうが大きい。

体が大きくなりすぎたために、ペンを握るのさえ一苦労である。

さらに本もあまりに小さく、文字も小さすぎてなかなか読めない。

しかしそれでも、ハンナは学業をできる限りやっていた。

ハンナは腹が減った。成長のために、彼女の食事量は格段に増えていた。

新陳代謝が激しくなり、さらなる栄養を求めていた。

医者は、ハンナがどれだけの栄養を必要としているかを調べている。

そして、それがハンナの奇妙な急成長を促しているのかを調査している。

断定はまだ先であるが、今のところは、急成長によってさらなる栄養を必要としているのだという説明がベストである。

夜になり、母は帰り支度を始める。

母はハンナの頬に別れのキスをして、明日の朝には父が来ると言った。

ハンナは、長く巨大な腕で母を囲い、軽いハグをした。

母を潰さないように、慎重に、ハグをした。

ハンナは1人になり、そしてついに部屋の電気が落ちる。

しかし、全ての電気が落ちるわけではない。

夜であっても看護師は活動し、ハンナの状態や、機械の動作を確認しなくてはならない。

ハンナは、テレビをつけっぱなしにしていた。普段からの習慣であった。

彼女のマイブームな超常現象であり、ずっとそれにハマっていた。

瞼が重くなっても、ハンナはテレビを見続けた。

こくりこくりと船をこぎ、前に倒れれば、無理やり体を起こした。

そしてついに、ハンナはベッドに倒れた。すやすやと気持よく、ハンナは眠りに入った。


ハンナが心地よく眠りにつく頃、胸が熱くなっていくのを感じた。

夢であってほしい、そう願った。しかし、胸からさらに熱いものがこみ上げてきた。

嫌な予感がした。

機械がビービーと音を鳴らした、

ハンナはナースコールを押そうとしたが、ちょうど2人の看護師が部屋にやってきた。

「・・・どうかしましたか?」

看護師の1人が、ハンナに尋ねる。

「・・・また、急成長が来ると思うんです」

看護師はお互い顔を見合わせ、すぐに部屋の電気をつけた。

そして1人は走ってどこかへ行った。

ハンナは、なぜ走っているのかがわからなかったが、それが怖かった。


目の前で、骨がドンドンと伸びていく。

3回目のことであるが、慣れることはない。

痛みはひどく、涙が出てきて目の前が霞む。

ハンナは、自分の周りだけが小さくなっているように感じた。

しかし実際には、ハンナ自身が巨大化しているのだ。


この急成長は違う、ハンナはそう感じた。

いつも以上に激しいものだった。

脚がベッドからはみ出て、壁の方へと伸びていく。

特大サイズのガウンは小さくなり、つんつるてんになる。

腰や尻も巨大化して、ガウンは悲鳴を上げる。

ただでさえ長い胴体はさらに長く、胸はさらに巨大になる。

腕や手もさらにさらに長くなり、むしろ長すぎて使いものにならない。

しかしハンナの脳は、それらが十分すぎるということは伝えないのだ。


一層巨大になった背中は、ついに特注のスーパービッグサイズのガウンをビリビリに破いた。

肩幅はさらに広く、首は長く、それに合わせて頭も巨大化した。

この巨大化を経て、ハンナはどこまで大きくなるのか。

ハンナ自身にも、その想像はつかなかった。

そしてそんなことよりも、この今までになく激しい巨大化がいつか止まるのかさえも、

その時のハンナにはわからず、怖かった。


巨大化を終え、ハンナは自分の体を見る。
 
今までは巨大ながらも痩せて細かった手足に肉が付き、筋肉質になっていた。

筋肉のラインがくっきりとしていた。

ハンナは正真正銘、神の上腕二頭筋を手に入れたのだ。


ハンナは、ハンナ専用の巨大な部屋いっぱいに巨大化した。

まるで、サバ缶のサバのような状態であった。

真夜中にも関わらず、医者はハンナのところへやってきて、多くの検査を始めた。

ただ、採血をしようにもハンナの肌は固く、既成の小さな針はなかなか通らなかった。

医者は、ハンナに何が起こっているのかを必死に解明しようとしている。

そして同時に、ハンナの巨大な裸体に、何かを覆おうともした。

医者が、ハンナに何かを尋ねる。

しかしハンナは、それをうまく聞き取ることができない。

普通の人の声はあまりに弱く、か細い。

ハンナは今、身長は6mを突破し、体重は1tを超えた。

測定可能なものについては、ハンナは圧倒的に巨大であった。

そして、検査がひと通り終わり、くたびれたハンナは深い眠りについた。