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上院、下院、大統領は、軍のトップと共に会議を開いていた。

世界中が、巨人が実在したという事実に衝撃を受けていた。

アメリカの恐ろしい最新兵器であると勘違いした国もあった。

一方でただのフェイクであると嘲笑う国もあった。

しかし、アメリカジョージア州にその巨人が存在しているということは、事実である。

巨人は高さ15mほどであり、米軍の監視下にある。


ハンナは、ただただじっとしていた。特に問題を起こすこともなく、じっとしていた。

自分がいかに巨大な存在であるかを、ハンナは自覚していた。

人々に何一つ危害を加えることなく動くということは、もう不可能であった。

しかし、いくら巨大でもハンナは年頃の少女。

じっとしているだけでは、退屈してくる。一日中ただただそこに座り、動かない。

次の食事だけを楽しみに、ハンナはひたすら、じっとしていた。

巨大化から、3日が過ぎていた。

その間、さらなる巨大化の予兆は何一つとして見られず、

ハンナは、巨大化は終わったのではないかと、少しだけ、期待をした。

巨大化したハンナに軍より衣服が支給され、ハンナはこれを喜んだ。

決しておしゃれなものではない。

しかし巨大化以前でも、ハンナはおしゃれをするには不便なほど背が高かったので、これはさほど問題ではなかった。

胸や陰部を隠すだけの水着のような服ではあったが、ハンナは嬉しかった。


巨人としての日々は流れ、医者はハンナを何度も検査し、巨大化の原因を探求している。

多くの医者がそれぞれ、多くの意見を出し、議論し、原因を探求している。

しかし、未だ何一つとして解明には至っていない。

ハンナはもうすでに、医者を信用できなかった。

何度も期待され、何度も裏切られてきたのだから。

医者に限った話ではない。

ハンナは、一体何を信じたら良いのか、さっぱり検討がつかなくなっていた。

そしてついに、この世界は元々この程度の大きさであるとまで、思い始めていた。

人間は動く人形のよう。車やトラックはリアルなミニカー。

そう、ここはおもちゃの国。ハンナはおもちゃに囲まれて、おもちゃとおしゃべりしているのだ。

ハンナには、世界がそう見え始めていた。


何週間という時間が流れた。ハンナは、自分を保つのに必死だった。

周りの人間は皆生きているということ。

おもちゃではないことを、自分に言い聞かせていた。

しかし時間が経つに連れ、ハンナの心は次第に夢の中へと入っていった。

ようこそここはおもちゃの国、

周りにあるのはドールとミニカー。

さあ、思う存分遊びなさい。

誰にも邪魔はされません。


こういった錯覚に、ハンナは怖がると同時にむしろ楽しくなってきた。

ハンナはそんな自分に危機感を感じた。

そして、必死に必死に、そんな残酷な感情を頭から追い出した。

ハンナのために、巨大スクリーンが支給された。

これで、ハンナは映画やテレビを見ることができるようになった。

ただただ、問題を起こさぬようにじっとし続ける生活から、ハンナはついに開放されたのだ。

そしてそのおかげで、ハンナの頭を幾度も横切った残酷な思考は薄まっていった。

ただ、ハンナにはまだ、別の問題があった。両親のことであった。

両親は頻繁にハンナの元を訪れ、ハンナを励ました。

それがハンナにはひどく不快であった。

ハンナは、巨大化した自分と両親を見比べると、

あたかも親と子の立場が逆転したような錯覚を覚え、頭が混乱した。

そして、その錯覚を振り切り、現実に目を戻せば、

片手でつかめるくらいの人間が自分の両親であるという事実が、ハンナには非常に不気味に思えた。

ハンナの頭は、徐々に現実世界から乖離していった。

さりゆく日々と共に、ハンナの自我は欠けていき、破片はどこかへ飛んでいった。

そして、目の前の小人は、自分を巨大であるがゆえに攻撃しようとしているのではないか。

そんな妄想が、ハンナを襲った。

ハンナと現実世界をつなぐものは、もう何もなかった。

ハンナはついに、決心してしまった。

あと2週間何もおこらなければ、自由になるのだと。

小人のことなんて、考えない。自分は好きに生きるのだと、決心した。

しかし今、例の痛みが、ハンナを襲う。

世界は初めて、ハンナが巨大化する様子を生で見ることになった。


ハンナの叫び、うめき声が轟く。

あたかも、光のない稲妻のように。

手足にはさらなる筋肉が付き、太くなり、肩幅はたいていの軍艦よりも広くなり、

尻は膨らみ、胴体は長くなり、さらに筋肉が付いて太くなっていく。

腕がぐんぐんと伸び、脚も伸びていく。

胸はさらにさらに膨らみ、その大きさは巨大ダンプカーも比べものにならない。

ハンナ専用の巨大な服は、ハンナの巨大化に耐え切れずぼろぼろと破れ、落ちていく。

巨大化の痛みは凄まじく、少しでもそれを紛らわそうと、地団駄を踏み、地面を揺らした。

そしてハンナはよろめき、地面に倒れた。

ハンナを震源地とした地震が発生した。

さらにハンナはその巨体でじたばたし、転げまわった。

その間にも、ハンナは巨大化を続け、体重は更に増えていく。

車を壊し、トラックを破壊し、ハンナの周囲にあった色々なものを破壊し尽くした。

当然、死者も多く出た。


巨大化を終え、ハンナは自分の体を見る。次に、自分の周りを見る。

あたかも、異世界に飛ばされたような錯覚を覚えた。

時間も、空間も何一つとして変わっていない。

ハンナが、巨大化しただけである。

ハンナは、地面をちょこまか動いているものが車であるということは分かった。

しかし、それ以上のことは、よくわからなかった、そしてどうでも良かった。

地面にあるものが、人か虫か。それもハンナにとってはよくわからず、

そしてどうでも良いことだった。

巨大化は本当にすさまじいものであった。

あまりに急激な現象に、ハンナは背中全体を痛めた。

そして、一段落しても、断続的に巨大化は続いた。

さらに巨大化するごとに、ハンナは気を失った。

ハンナの問題は、さらにさらに大規模なものになっていった。

ハンナは地面に仰向けに横になった。

巨大な体を、さらにさらに巨大化させていった。

巨大化に伴い、ハンナの服は木っ端微塵となった。

ハンナの様子を観察するためのカメラやマイクも破壊された。

巨大な胸から突き出ている乳首は非常に硬くなった。

そして、ハンナの巨大な片足は、ある小さな村の大部分をペシャンコにしてしまった。

ハンナの巨大化が、止まる気配はなかった。そしてついに国家は動き出す。

ジョージア州を封鎖し、ハンナをそこに留まらせることにしたのだ。

しかし国のトップがそういったことを決めている間、

ハンナは州境も国境も気にせず、ただただ、巨大化を続けた。

ハンナはもう、誰にも止められないのだ。

世界中の政治家に、この悲しい事実を知る者はまだいない。

終末へのカウントダウンは、もう始まっていた。