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ジョージア州アトランタの中央ビルの金の屋根が、遠くの方でキラキラと輝いている。

ハンナの立っている場所からは、それがよく見えた。

唯一の問題は、ハンナは今、街のどのビルよりも背が高いということだ。

しかも、ハンナの体はさらに巨大を進めていくのだ。


戦争が始まり、30分が経過した。

軍はハンナを殺そうと全力で攻撃するが、ハンナは無傷であった。

そして、アトランタ南部の大半は、激しい攻撃のために更地となった。

ハンナは決して、攻撃もしていなければ、街に足を踏み入れたわけでもない。

しかしそんなことは、国には関係なかった。

自分たちが生き残るために、ハンナを殺すことに必死であった。

多くの戦闘機が、ハンナを攻撃する。

ハンナはそれを、手で払う。決して、攻撃がしたいわけではなかった。

ピクニックで弁当を食べる時に湧くうっとうしいハエを払う感覚で、ハンナは戦闘機を払ったのだ。

ミサイル飛んできて、ハンナに当たり、爆発した。

ハンナはチクリとした痛みを感じたが、それだけであった。

地上からは兵士や戦車が、ハンナを絶え間なく攻撃する。

そしてそれにより、ハンナではなく兵士が死んでしまうのだ。

ハンナは、自分は何をすべきなのかがわからなかった。

巨大化が止まる予感もしないし、何もしなければ、兵士はハンナをただひたすら攻撃し続けるのだろう。

ハンナは北へと歩き出した。街に足を踏み入れた。

そして、ジョージア州、カッシビルの自分の家へと歩き出した。

100km以上の距離があるが、今のハンナにはあっという間である。

ハンナは、今から家に帰ってどうなるかは、ハンナ自身もわからなかった。

しかし、ハンナは純粋に、そうしたかったのだ。

そしてもう、誰にもハンナを止めることはできない。

ハンナは、自分の気持ちを精一杯、兵士に伝えようとした。

その声は天を裂き、窓ガラスを粉々にした。

ハンナが北上を始めると、軍は攻撃をさらに強めた。

しかしそんなことは、ハンナには何の問題にもならなかった

「私に攻撃する気はありません。

飛行機を手で握りつぶしたり、戦車を踏みつけたりする気はありません。

私はただ、家に帰りたいのです。

家に帰って、地べたに座って、次に何しようかをじっくりと考えたいのです」

ハンナが一歩足を踏み出すごとに、ハンナはさらに巨大化し、さらに重量を増していった。

戦闘機がハンナを攻撃した。ロケットランチャーがハンナを襲った。

しかし、ハンナの足を止めることなど、不可能であった。

アトランタの開発部をハンナが通過すると、戦闘機は攻撃をやめ、戦車は退散した。

ハンナは歩き続けた。人の姿は、もう見えなかった。

ハンナはこれが、ついにハンナを1人にして、家に帰ることを認めてくれたサインであることを望んだ。

ハンナはさらに北上していく。

ハンナはふと、自分が一歩踏み出す度に地面が壊れていくのに気がついた

。硬い地面を歩いているにも関わらず、ハンナには、沼を歩いているように感じられた。

そして、後ろには足の形をしたクレーターがいくつも出来上がっていた。

ハンナは今、地球上を歩く、最も巨大で最も重い存在となっていた。

家まであと50km。

ハンナはそこで茶目っ気をだし、爪先立ちでひっそりと、家に帰ろうと思った。

しかし現実はそんなにほのぼのとはしていなかった。

地面はめくれ、地表が荒らされているのを見てハンナは胸を痛めたが、ハンナの手に負えるものではなかった。

ハンナの足は、たいていの道路よりも大きい。

ハンナにとって、道路を歩くのは、獣道を歩くのと同じである。

ハンナは空腹になった。そして疲労を感じた。

歩き出して、どれくらいの時間が経ったか。

また、どれくらいの距離を歩いてきたのか、ハンナには分からない。

唯一確かなのは、軍隊からの攻撃はもうされておらず、また長い間人間の姿を見ていない。

実は、ハンナがアトランタ南部の防衛線を破壊した時、大統領は最終兵器を持ち出すことを決定した。

1発目の核ミサイルの発射準備が、着々と進んでいた。


もう少しで着くだろう。ハンナはそう思っていた。

その時、ハンナの頭上を戦闘機が1機、超高速で飛んできた。

そして、ハンナの方をじっと見てきた。ハンナは不思議に思った。

攻撃されるわけでもなく、ただじっと、こちらの様子を伺っているのだから。

チラリ。何かが見えた。

しかしそれはあまりに高速で、目で追うことはできなかった。

さらに、ハンナの巨大な目で認識するには、あまりに小さかった。

突如、レンガブロックで叩かれたような衝撃を、ハンナは感じた。

ハンナの体は炎に包まれた。それと同時に、ハンナ周辺も火に包まれた。

こんなことができるのは、アレしかない。

核ミサイルだ。

ついに奴らは、私を核攻撃したんだ。

ハンナはそう思ながら、朦朧とする意識の中で地面に倒れた。


世界中は、地面に倒れる巨人を見て、安堵のため息をついた。

今まで使ってきた兵器よりも何倍も強力な核兵器が、ついに巨人を倒したのだ。

南部の大半は、これからの数世代にわたって居住不能となるだろう。

しかし巨人は滅び、絶望しかなかった人類の未来に、希望の光が差したのである。

自国の大半が破壊されようとも、世界を守るために、

アメリカは地球上で最も強力な兵器を使い、成果をあげた。

非常に、素晴らしいことである。

世界は、このアメリカの自己犠牲を未来永劫に称えることだろう。

世界中が、歓喜に湧いていた。しかしそれは、たったの5分間の出来事であった。

ハンナは体を起こし、再び歩き出した。

核兵器さえも、ハンナには効かなかった。そしてついに、ハンナを怒らせてしまったのだ。

ハンナは家に帰るのをやめた。そして、自分が何をすべきなのかを考えた。

軍は核を使って、ハンナを攻撃する。

結果、ハンナが本気で暴れるのと同じくらい多くの被害を出している。

世界中の政治家、そして世界中の人々は1つのジレンマを抱えていた。

ハンナに核攻撃を続けるのか、己の宿命を受け入れるのか。

核でさえも無力なハンナに対して、人類にできることあるのだろうか。

時は迫る。ついに、アメリカ大統領は、命令を下した。

2回目の核攻撃が開始された。

多くの核ミサイルが、ハンナを襲う。

一体、どれくらいの効果があるのか。それは誰にも分からない。

ハンナの問題は、世界中で激しく議論されていた。

ハンナと米軍のどちらが、被害を増やしているのかと。

答えはまだ出ていない、だがいずれ分かることである。

しかし、その答えに何の意味があるのか――


ハンナは考えた。政治家と並んで、行動を起こさなくてはならないと思った。

ハンナは考えた。18歳の少女として、考えた。そして、走りだした。

避難が始まる前に、そこに行かなくてはならなかった。

人のいるところに行けば、軍はハンナを足止めのために攻撃してくるだろう。

そんなことはどうでも良い。ハンナはとにかく、自分の敵と面と向かって話をしたかったのだ。

ハンナは走った。とにかく走った。目的地は決まっている。早くそこに行かなくてはならないのだ。

米国の首都、ワシントンD.C.へとハンナは向かった。