<8:治療>
どんなに優れた足も、運べるのはたったの1人でしかない。
ハンナの巨大な足も、ハンナしか運ぶことはできない。
ハンナはカリフォルニア州の州境へとやってきた。
長い道のりであり、ハンナはくたびれている。
ジョージアの県境をまたいでからは、軍隊に一度も攻撃をされていないのが唯一の救いであった。
そしてハンナは地面に横になり、睡眠を取ることにした。
果たして、朝は来るのだろうか。ハンナは少々心配しながら、眠りについた。
ハンナが眠りにつくと、世界各国は自国の領土を破壊されまいと、防衛を強化した。
中には、ハンナのもつ強大な力を利用しようと考えた国もあった。
しかしハンナが巨大化をやめなければ、それらの行動は全てが水の泡である。
惑星は壊れ、人類は滅亡するのだから。
そしてついに、この危機を前に世界は団結した。
人類の命運をかけて、ハンナの研究を始めた。
ハンナが今まで受けてきた膨大な検査のデータを総動員して、徹底的に研究をした。
巨大化の理由を、世界中が一丸となって研究しだした。
アメリカ市民はすでに、自国の正義に関心はない。
ただ、人類の存続のみを考えていた。
そして、ここ数日間の悪夢を終わらせるべく、ハンナの研究徹底を、政府に願った。
政府はそれを受け入れた。可能なことなのかはわからないが、やるしかなかった。
平和を取り戻せるかも知れない。
そんな期待が、国を包み込む。頼りない期待ではあるが、信じるしかない。
米軍は警戒体制を解き、研究の準備を始めた。
世界中で、飛行機が離陸する。そしてアメリカを目指す。
ハンナが目を覚ます前に着かなくては。
プロジェクトに関わる誰しもがそう思った。
ハンナが落ち着いている内に、調査を終わらせたいと思った。
ハンナの両親も、この研究グループと共に飛行機に乗っていた。
ハンナに、落ち着くよう言ってもらうために、同行されたのだ。
きっと、ハンナの巨大化を止められる。
そして再び平和がやってくる。
それだけを信じて、研究グループはアメリカへと向かった。
ハンナが睡眠中に巨大化を始めることがないだろうか。世界中がそれを心配していた。
米国は再び巨大スクリーンを設置し、大統領自らハンナに話しかけることができるよう手配した。
ハンナに動かぬよう指示し、研究を円滑に進めるためであった。
一方では、世界は激動の時を迎えていた。
仲の悪かったフランスとドイツは戦争を始め、世界大戦に発展する危険もあった。
また中東でも戦争が始まっていた。世界の3分の1以上の国が対立を始めていた。
そしてその状態で、東アメリカに朝がやってきた。
科学者が集まり、ハンナの研究が開始されようとするとき。
偶然その場に居合わせた科学者は、ごくごく少数であった。
科学者はハンナを自分の目で見て、呆然としていた。
摩天楼のように巨大であった。
しかも、あれほどの核攻撃を受けておきながら、
ハンナの体にはそれらしい傷が一つとして見つからないのだ。
あたかも、一晩で放射能を浄化してしまったかのように。
科学を超越している。誰もがそう思った。
ハンナは存在して良いものではない。あまりに巨大すぎると。
そして、そう感想を漏らす科学者たちの目の前で、ハンナが目を覚まし始めたのだ。
ハンナは体を起こし、座り込み、目をこすりながら当たりを見回す。
そして、ハンナの近くに建てられた巨大スクリーンが目についた。
さらにその近くには多くの人がおり、しかし軍人らしき人が1人もいないということに気がついた。
スクリーンが点灯し、スピーカーがパチパチと音を立てる。
そしてアメリカ大統領がスクリーンに映しだされた。
「ハンナさん、我々は貴女に対し、深く謝罪を申し上げます。
私はアメリカ大統領として、市民の意見に耳を傾け、貴女を国家の脅威であると判断しました。
そして現在、世界中が貴女を、そのように見ています。
私のこの判断が、世界をそのようにしてしまったということも否定できません。
しかし、我々は皆、神の家族です。それはハンナさんも例外ではない。
そして我々は家族の一員であるハンナさんを救いたい。
貴女の巨大化を止め、普通の少女として生活してもらいたい。
私は心の底から、そう願っております」
ハンナは最初、スクリーンを壊して北上を続けようと思っていた。
しかし大統領の、『巨大化を止める』、『普通にする』という言葉が胸に響いた。
ハンナは大統領に問いかけた。
「・・・大統領は本当に、私を元通りにすることができると、思うのですか?」
「私は平和のためであれば、どんなことでも挑戦します。
我が国は、貴女がこの、人の少ない地にいる以上は、攻撃をするつもりは全くありません。
市民の真摯な努力も虚しく貴女の巨大化が止まらない時は東の別大陸の方へ行ってください。
そしてそこで平和に過ごしてください。私はジョージア州の復興に努めます」
そこで、大統領はスクリーンから姿を消した。
そして、ハンナの両親が出てきた。ハンナの母は、ハンナに直接、語りかけた。
「ハンナ、お願い! どうかじっとしていて。あなたが大統領を許す必要なんてないわ。
だって大統領は、許されざるようなことをしたのだから。
でもね、ハンナ。今は世界中の科学者がみんな一生懸命、あなたを治そうと頑張っているの。
お願いハンナ。じっとしていてちょうだい。
科学者に、あなたを検査させてちょうだい。
私はただ、ハンナに、私達の可愛い娘に戻って欲しいだけなの」
母に続き、父も同様の私見を話した。
そしてハンナは、両親の願いを受け入れ、ただただじっとしていることにした。
長い日々が、再び始まったのだ。
人々に検査され、いいようにされ、ただただ暇を持て余す、長い長い日々が――
ハンナは皆を疑っていた。本当に、この巨大化を止めることができるのかと。
ハンナ自身も、それを疑っていた。
リアルタイムで進行している巨大化を、止めることなど叶うのかと。
ハンナはただ、じっとしていた。全裸でじっとしていた。
巨大化が始まってからそれなりの時間が経ち、裸でいることにはすでに慣れていた。
しかし24時間ぶっ続けで人々に検査されていると、多少は恥ずかしくなってくる。
ハンナは礼儀正しく座り、大事なところをなるべく隠そうとした。
ハンナを調査すべく、世界中から、そしてあらゆる分野から専門家が集まってくる。
ハンナの成長は、科学者による推定と一致していた。
異常な成長ホルモンが、ハンナの体からは検出されたのだ。
人間は普通、こんなに成長をしない。
なぜなら、遺伝子がそのように決めているからである。
人間は、定められたところまでしか成長しないようにできている。
よって、それを傷つけている何かしらを治療する必要がある。
人間は普通、成長ホルモンは自然に分泌が収まる。
なぜなら、あまりに巨大になりすぎると食料その他を入手しにくくなるためである。
にもかかわらず、なぜハンナはこんなにも異常な分泌を続けるのだろうか。
いかにして器官が壊れたのか、それはまだ分からない。
いかにして制御がかからなかったのか、それもまだわからない。
体はホルモン量をチェックし、ある大きさまで成長すれば分泌をやめる。
しかしハンナの場合、むしろ分泌量を増やし、その結果ここまで巨大化したのである。
ハンナの体は、人類数千年の進化の変調であった。
現在行われているプロジェクトは、体のホルモン器官全体を停止させる薬を打つことである。
これにより、ハンナの成長は止まる。
しかしハンナを元の大きさに戻す方法となると、科学者たちも途方にくれていた。
ある、ウクライナの科学者2人組が『縮小光線-Shrink Ray-』のアイデアを出した。
しかもその2人組は、それを開発中だというのだ。
誰もがそれをあざ笑った。
しかし藁にもすがる思いで、そのマシンを検討するチームが出来上がった。
そしてその2人組は実際にバナナの縮小化に成功し、
しかもそれに伴う重大な弊害もないように思えたのだ。
ハンナは日々、ハンナのために設けられた敷地で僅かな食事を取り、そして日々成長を続けていた。
そして、やはり自分は騙されているのではないかと感じては、この生活が嫌になった。
ハンナの耳には、毎日情報が入ってくる。
どんなプロジェクトが進行中で、どんな実験が行われるのかと。
そして一刻も早く対策を打たなくては、ハンナの体はいずれ地球よりも巨大になってしまうのだ。
現に、人々はより安全なところを求め、日々移動をしている。
ハンナは何度か、海に潜ろうかと考えたことがあった。
そうすれば、これ以上多くの人を傷つけることはないのだろうと思った。
待機を始めて5日目、ハンナのストレスは頂点に達していた。
その時、科学者はついに例のプロジェクトを開始した。
ハンナにホルモン抑制剤を飲ませ、それと同時に『縮小光線』をハンナに目掛けて投射した。
光線の副作用が怖かった、さらに投薬で一時的にホルモン分泌を抑えているだけなので、
ハンナはこれからの人生において常に薬を飲み続ける必要があった。
しかし、人類に残された道はこれしかなかった。
ハンナプロジェクトに関わったスタッフ、医者が、ハンナの様子を見守る。
ハンナは今、給水塔の水を飲み干した後であった。
このプロジェクトが成功しハンナが元の姿に戻れば、世界は平和になる。
その期待を胸に皆、ハンナを見ていた。
5大陸全てで、戦争が次々に起こっている。
首都のワシントンDCでは一台の軍のケーペ車がパトロールしている。
ワシントンDCを軍が偵察するとは、米国始まって以来の一大事である。
世界はまさに、混沌の中にあるのだ。
もしもこのプロジェクトが失敗すれば、市民はアメリカ大統領を疑い、訴えるだろう。
そうすればもうこれ以上、ハンナプロジェクトを進めることはできなくなる。
正午ごろ、ハンナに飲ませるための給水塔が準備できた。
ハンナがそれを手に持てば、あたかも哺乳瓶のように小さい。
ハンナはそれを飲み干す、世界はそれを見守る。
もしもこれでハンナが成長をやめれば、それは世界の巨大な勝利である。
しかしハンナが縮小し、元の大きさに戻るまで、ハンナは薬を飲み続ける必要もあるのだ。
ハンナは今、熟れかけの果実のような存在であった。
そしてハンナ自身は、研究という、自分が見せものにされているような状況が嫌であった。
そして実際、ハンナプロジェクトに関わった研究者たちも、
ハンナの治療を続けられるかに自信がなかった。精神的にも、もう参っていた。
午後3時頃、ハンナの成長の停止が確認された。
プロジェクトの第一段階がクリアした。
そして、縮小光線の準備が始まる。
実験はクリアしたものの、まだ得体のしれないブラックボックスである。
長期的にどんなことが起こるのかわからない。
しかし、これ以外に頼れるものはない。リスクを犯してでも、試す価値はある。
充電を終え、ハンナに向かって投射する。
30分後、ハンナの縮小が確認された。
プロジェクトに関わった誰もが、その様子に目を驚かせた。
山よりも巨大だったハンナが、高層ビル程度の大きさになった。
平和が訪れた。一方でアメリカは無政府状態に陥っていた。
3日後、アメリカのいくつかの国がなくなった。
その中に、吉報が飛び交った。
ハンナは薬と飲み続け、ついに、大きな家程度の大きさまでに縮小したというのだ。
当初無謀に思えた計画は見事成功したのだ。
さらに2日が過ぎ、アメリカでは内戦が勃発していた。
混乱を続ける世界情勢の中で、ただ一つ、良い知らせがあった。
ハンナの身長が300cmを下回ったのである。
急成長を始める前ほどの身長にまで戻ったのである。
現在ハンナと両親は、南部政府の管理のもとで安全に過ごしている。
ハンナを再び巨大化させよ。そういった声はあちこちで上がっていた。
この混乱した世界情勢に対抗すべく、巨大なハンナを武器にしようというのである。
南部政府はこれを棚上げした。
ハンナの問題は完全に解決したわけでなく、未だ治療途中だからである。
そしてついに、ハンナは元の身長よりも更に小さくなった。
170cmという、普通の身長を手に入れたのだ。
ハンナが小学生の頃から願ってやまなかった願いが、この時あっけなく叶えられたのだった。
ハンナを中心に、世界はバラバラになってしまった。
しかしハンナは今、母親の買ってきたドレスを身につけている。
初めてのドレスであった、普通サイズの、可愛らしいドレスであった。
地は白く、大きな青い花がプリントされ、腰をサッシュベルトでしめる、そんなドレスであった。
そのまま街を歩けば、ハンナはまさにレディといえる。
もっとも、そんな平和な街があればの話だが。