<ハンナの大きな悩み事9:時限爆弾>

ハンナが巨大化し、地球の運命をも脅かす大巨人となった日のことを、覚えているだろうか。ちょうど、5年前のことである。
ハンナを恐れるあまり、アメリカでも内戦が勃発したほどであった。
あの日から、ハンナにはこれといった異変は起きていなかった。ハンナは単なる、巨大なミュータントであったということだろうか。
現在ハンナは、普通のレディとして、普通の生活を満喫している。
ただ、ハンナが縮小したメカニズムは国家機密であり、その不明瞭さ故に、周囲の人は、ハンナが再び巨大化をするのではないかと心配している。

ハンナが縮小してからも、南部政府はハンナの監視を続けていた。そして度々検査も行っていた。
ハンナはそれが嫌であったが、完全な安全性が証明されるまでは、投薬を続けなくてはならないのだ。
ハンナは今を平和に過ごしている。かつての騒ぎも、今となっては過去の伝説のようなものであり、次第に忘れ去られていった。
しかし国はそうはいかない。アメリカは未だに内部分裂が起こっていた。ハンナの管理に関して、激しく苦い闘争が起こっていた。
国にとって、ハンナは女神であり、兵器であり、また腫れ物でもあった。結局、ジョージア、テネシー、南カロライナがハンナをそのまま管理することで落ち着いていた。

そしてこの頃、ハンナの人生に、ある転機が訪れていた。ハンナが20歳になった頃、突然、ハンナのある担当医の息子がハンナを尋ねたのだ。
1つ年上の彼とハンナは、すぐに仲良くなった。そしていつの間にか、恋仲にまで発展したのだ。
彼の名前はデイビッド・ノートン。彼は例の日の前日に、ハンナの状態を見るべく、ロンドンから引っ越してきた。
引っ越しの時、デイビッドは見知らぬところに行くのが嫌であった。旧友と離れ離れになってしまうのが、嫌だった。
しかし、そんなデイビッドは、ハンナに出会った瞬間、全てが変わってしまった。
当時、地球上の何よりも巨大な女性であったハンナ。最初にニュースでハンナを知った時、デイビッドはそれを信じることはできなかった。世界は狂っているとすら思った。
しかし実際にこの目でハンナを見た時、そのあまりに巨大な体を目の当たりにした時、デイビッドはハンナに対して、一目惚れしてしまったのだ。
その後、ハンナは投薬治療を受け、縮小光線で縮められ、長い間政府の監視下に置かれ、デイビッドはハンナに近づくことすらできなかった。
しかし、ハンナが20歳になる頃、デイビッドについにそのチャンスが巡ってきたのだ。

初め、デイビッドに迫られた時、ハンナは恐怖心を抱いた。デイビッドが、自分を利用しているように思えたのだ。
しかし3年以上に渡るデイビッドの熱いアプローチを経て、ついにハンナはそれを受け入れた。デイビッドのプロポーズを、幸せいっぱいに、ハンナは受け取った。
自分がどこに行くのか。世界を巻き込む騒ぎを起こし、これからどうなっていくのか。それはハンナ自身にも、よくわからないことである。
しかしハンナは今、姿見の前に母と共に立ち、ウェディングドレスを着て、結婚式の準備しているのだ。普通の女性として、普通になろうとしているのだ。

「・・・ねえママ、こんなことって、とても馬鹿げていると思わない? こんな私が幸せになるなんて、とても自分勝手なことだと、思わない?」

ハンナは母に、そう尋ねる。母はハンナの花嫁支度を終えて、ハンナに言う。

「人生って何が起こるかわからないものよ、ハンナ。仕方なく諦めて、その時はがっかりするけれど、後になってみれば、ああ、あの時諦めていてよかったと、思えるようになるものよ。幸せって、そうやって見つかるものよ」

ハンナはその言葉に、顔を赤らめた。そして同時に、子どものことを考えだした。ハンナは、将来子どもを産むと思うと、どこか不安に感じるものがあった。
子どもに、自分の特異体質が遺伝する可能性があるためだ。しかし、今のハンナには、どうも信じがたいことである。
地球を滅ぼすほどに巨大化したハンナであったが、今となっては、再びそういうことが起こるとは思えない。

・・・考え事から覚め、ハンナは姿見を見る。白を基調とし赤い花がプリントされた素敵なドレス。
初めてハンナが着たドレスと、同じようなものである。そして、腰に緑色のリボンを飾り、スカートをフワフワに飾る。髪をピンで留め、それらしくする。
立派な、花嫁の格好である。
ハンナの後ろで、母がすすり泣いていた。ハンナは振り返り、母に尋ねた。

「ママ、これでどう?」

母は泣きながら、ハンナに小さく、手を振った。

「・・・とても素敵よ、ハンナ。ああ、こんな日が来るなんて・・・いつの間にか、こんなにレディになって・・・」
「まだ私はおこちゃまよ、ママ」

ハンナはくすりと笑った。そして母も、ハンナに笑い返した。そして、母はふっと、思い出したように言った。

「ああ、そう。ハンナ、今日の分の薬は飲んだ?」

ハンナは嫌な顔をして、それに応える。せっかく、忘れている所だったのにと。
 
「ママ、私が忘れるわけないじゃない。もう5年も飲み続けているんだから」

不機嫌さをすぐに取り払い、ハンナは元に戻る。もちろん、母が単に心配しての心遣いであることは十分にわかっている。しかし、もうそのことに触れるのが、ハンナは嫌だった。
変になったムードを取り払うべく、ハンナは歩き出した。そして、婚約者の方へと向かった。自分のことを、腫れ物とも、予測不明な時限爆弾とも思わない、婚約者のもとへと。
5年間、ハンナは毎日薬を飲み続けた。何も考えずに液体をグラスに注ぎ、それを飲んでいた。巨大化を防ぐ薬であった。常備薬のようなものであった。
今朝薬を飲んだ時、ハンナは苦笑いをしながら、それを飲み干した。

「いつになっても、このマズさには慣れないわ・・・美味しくなんて、ならないしね」

ハンナの巨大化を抑えられる薬が作れるというのは、まるで定番のジョークのようだ。縮小光線なんてものも、ハンナを縮めるために発明された。
しかし、薬のマズさを押さえることはできないのだ。
そんな愚痴も、ウェディングマーチが聞こえてくると吹っ飛ぶ。緊張で胃が痛くなってきた。そんな時、母はハンナの腕を握った。ハンナは、緊張がほぐれていくのを感じた。
デイビッドが、ハンナの目の前に立っている。・・・良い建物での結婚式であった。歴史ある、美しい教会は、かつての空襲も免れて今まで存在していた。
そしてここにあるパイプオルガンは、この辺りでは唯一の代物であるのだ。
式典はあまり大きいものではない。しかし、そこには2人の親戚全員が集まっていた。
緊張の面持ちで、新郎デイビッドはドアが開くのを見つめる。そして、ハンナがエントランスに入ってきた時、デイビッドは呼吸を忘れた・・・・・・ハンナは、それほどまでに美しかった。
デイビッドはハンナが来るのを待ちきれず、ハンナの方へ歩み寄り、手を握った。2人の、2人のための人生が、始まろうとしていた。

2人は祭壇に立ち、神父は聖書の一節を読み上げる。2人は手を握り合い、顔を赤らめながら、誓いの言葉を暗唱した。
ハンナが暗唱する時、彼女は少しだけトチってしまった。予想以上に、緊張していたのだ。
しかし、理由はそれだけではなかった。ハンナの靴は突然きつくなった。同様のことが、ドレスにも起き始めた。
・・・それは、ハンナが誓いの言葉を暗唱している最中の出来事であった。

ハンナの母は、ハンナの背中を凝視していた。中央辺りのジッパーが窮屈になった。
ハンナは困惑した。ドレスが急に、小さくなっていくのだから・・・・・・もっとも、ハンナが巨大化しているのだが。
ハンナは圧迫感がこみ上げてくるのを感じた。それは、ハンナが誓いの言葉を言い終え、デイビッドとキスをしているときであった。
そして、デイビッドがハンナを抱きしめた時、『それ』が爆発した・・・デイビッドは、ハンナの体が動くのを感じた。
ジッパーはついに裂け、靴は革が破れ、人々は驚き、ハンナから離れた。ハンナは深く深呼吸をした。

混雑の中で、2人は依然としてその場に佇んでいた。デイビッドはハンナの手を握りしめながら、それが巨大化していくのを肌身で感じていた。
・・・一瞬だけ、縮んだように思えた。しかし再び、巨大化を始めた。
デイビッドは、ハンナのことをいつまでもぎゅっと抱きしめていたいと思った。しかし、その末路は明らかである。
ハンナは依然として巨大化を続けている。かつて、ハンナはデイビッドよりも頭ひとつ背が低かった。元の人間サイズに戻り、デイビッドと出会ってからずっと、そうであった。
現在、ハンナはデイビッドの背丈を追い越し、更に高くなっている。体の成長に伴ってドレスが悲鳴をあげている。
腰回りを縛っていた可愛らしいブルーのサッシュは、布地よりも固い結び目が解けない代わりにビリビリに破れた。握っていた手はついにデイビットのものよりも大きくなった。
デイビッドは、ハンナを外に連れだそうと思った。人々は皆、目に恐れの色を浮かべてハンナを見ている。

「・・・・・・ああ、ハンナ!」

ハンナの母の叫びを皮切りにして、式典会場はパニックに陥った。
ハンナは、どうすれば良いかわからなかった。とにかく、怖かった。成長抑制剤は飲んだ、そしてなんといっても、今日は、人生で一番幸せな日になるはずであった。なのに・・・・・・
薬に対して免疫ができてしまっていたのかと、ハンナは思った。また、ハンナはめまいを、息苦しさを感じた。ドレスのリボンがハンナの体を締め付け、血を止めていた。しかし、ふっと、その息苦しさが消えた。
ハンナは、少しずつ縮んでいったのだ。ギャラリーはその様子を、少し離れた位置から凝視していた。
ハンナを締め付けていたドレスはゆるくなり、ハンナは、デイビッドよりも少し背が高いくらいにまで縮んだ。

「・・・・・・人生って、何なのかしら・・・・・・」

デイビッドはハンナを見て、悲鳴をあげた。その瞬間、ハンナは軍隊に取り巻かれ、どこかへと連行されることとなった。
デイビッドは、ハンナを無理やり連れて行く軍隊のあとを追った。

「お前らはハンナをどこに連れて行く気だ!」

軍隊はハンナをトラックの後ろに乗せ、教会の外でパニックが続いている間に、さっさとどこかへ走って行ってしまった。ハンナの母はデイビッドのもとに行き、尋ねた。

「兵隊さんは、どこに行くのかしら? ハンナに何が起こったのかしら? ハンナは結婚式の前にも、薬を飲んでいたのに・・・・・・」

しかし、デイビッドは、肩をすくめるしかないのだ。

「わかりません。ですが、必ずハンナの居場所を突き止めます!」

世界は分裂し、資源の確保が難しくなっている。軍部に自動車は1台しかない。また、一般人は、大型荷物の運搬以外は軍部に行かない。
よってデイビッドは、父のコネを利用しようと思った。父が生きていれば簡単なこなことであるが、父はもう亡くなっていた。デイビッドは自力でやるしかなかった。
一方ハンナは、トラックの中で自分の不幸を嘆いていた。ハンナは、なぜ自分が巨大化したのか分からなかったし、結婚式の最中に米軍によってこんなにも早く連行される理由も分からなかった。

「私はどこへ行くのですか?」

ハンナは、軍隊の1人がハンナの方を見た時に、そう尋ねた。

「原因が判明するまで、こちらで監禁します。5年前のようなことは、もう起こしません」
「監禁? そんなことできないでしょう!」
「我々はできますし、やります。この件に関しては、完全なマニュアルがありますので、それに従います」

ハンナの息が、次第に荒くなっていく。緊張が極限を迎えようとしていた。急に、トラックは、行き先を変えた。

「どうしたんだ?」

隊員の1人が、尋ねた。しかし、ハンナの巨大化が始まったことには、気が付かなかった。
ハンナのドレスはさらにボロボロになった。・・・ハンナは、深くため息をついた。小さくかわいいリボンは破れて地面に落ちた。
ドレスは、強い繊維で作られていた・・・・・・少し前までは。今でもハンナは、こんなことがこの先も続くとは、思えない・・・・・・
ハンナの胸に、深いシワができた。そして、ムクムクと膨らみ始めた。ヒモが伸び、ハンナは息苦しさを感じた。
そしてついに、ポンと弾けた。限界を迎えたジッパーも、同じように弾けた。隊員はやっと、異変に気がついた。

「おい! 巨大化しているぞ! 車を止めろ!」

隊員が叫ぶと同時に車は急停車し、地面をいくらか滑った。
ハンナはチャンスだと思った。手を握りしめ、右にいた男を殴り、鼻を骨折させた。
そして立ち上がり、前に座っていた隊員を蹴った。その過程で靴のヒールが折れたが、構わず別の隊員も蹴り飛ばした。
軍隊は、ハンナを捕まえようとした。しかしハンナはドアをこじ開け、道路で転倒しながらも脱出した。不思議と、ハンナは傷ひとつ負っていなかった。

そして、ハンナは自分の足で走りだした。ストレスにもまれながら、ハンナは必死に走った。そして気がつけば、ハンナは、自分でも十分と思えるほどのスピードで走っていた。
ハンナの体は、その精神状態を反映したかのように、少しだけ、成長した。そしてハンナの足には、普通の身長であれば地面につくはずのドレスの裾がある。
ハンナは、更にスピードを上げた。にも関わらず、エンジン音は、ハンナから遠ざからない。振り返ると、軍のトラックが右手の方に見えた。
トラックはそのままハンナの脚に激突した。ハンナはそれに躓き、すかさずトラックを手でつかみ、思い切り蹴り飛ばした。
後ろ向きに跳んでいき、その間にバンパーは剥がれ、壁に激突した。ハンナは立ち上がり、一度落ち着いて深呼吸をする。
するとハンナの背は縮んでいき、ドレスの裾が再び地面につくまでになった。

この世界では、携帯電話というものはこの2年間で消滅している。ネットワークが破壊されたためだ。
しかし固定電話は未だに生き残っており、デイビッドはそれを利用して、ハンナの現在を探ろうと奮闘していた。
デイビッドは、軍隊や政府の人間から、現在起きていることについての情報をいくつか得ていた。もちろん、それらは決して、満足できるものではない。
誰かがハンナに接触し、そして薬に何かを加え、そして現在、ハンナの現状について詳細不明となっている。
薬に加えられた何かはハンナを結婚式場で巨大化させ、ハンナは再び世界の脅威になった。
近い内に、このつかの間の平和は崩壊し、ハンナは際限なく巨大化するのだろうか・・・・・・
打開策について頭をひねらせていると、急に、ドアがノックされる。デイビッドはビクリとした。政府関係者か・・・それ以外、誰かいるだろうか? 
デイビッドはゆっくりと動き、近くにあった鈍器を手にして、魚眼レンズを覗きこむ・・・・・・ハンナの顔が、そこにはあった。ハンナは困ったような表情で、こちらをじっと見ていた。
はじめ、デイビッドは扉をゆっくりと開けた。ハンナへの愛情の爆発を無理やり抑えて、そうした。彼女に何があったのか、どうやってここまで来たのか。不思議に思うことが色々あり、不安に感じた。

「デイビット、私よ。開けて頂戴!」

その言葉が発されるよりも少し前に、デイビッドは思い切りドアを開けた。そしてハンナはひょいと屈み、ドアをくぐる。
ハンナの外見は、ひどいものであった。縫い目はほつれ、スカートはボロ着のようだ。そしてハンナの顔、手足もそれらと同じく、汚れていた。
デイビッドはドアを開けっ放しにして、すぐにハンナに抱きついた。

「ああ、無事でよかったよ、ハンナ・・・・・・どうやって、ここまで来れたんだ?」

デイビッドはハンナに、そう尋ねた。しかしそれを、ハンナは望んでいなかった。その答えは、ハンナの体、及びその強大な腕力を見れば、あまりに率直なものである。
ハンナはしゃがみ、そして新郎デイビッドにキスした。後ろのドアは相変わらず開けっぱなしであった。

「・・・・・・ごめんなさい、私でもよくわからないの。誰が私をさらって、怖いところに閉じ込めたかなんて」

そしてハンナは俯き、デイビッドの前で声を上げて泣きだした。ハンナは内心、馬鹿げていると思った。
世界で一番巨大で強い人間が、こんなことをするなんてと。しかしハンナは今、デイビッドの前で、か弱き乙女として、振る舞った。

「そうか・・・でも、ハンナは無事に戻ってきた! ・・・ああ、しかし何なんだろう。
政府の役人は、結婚式に誰も送り込んでいないとは、口では言っていたが。しかし、誰かがハンナの薬に細工をしたことは間違いないだろう」
「え・・・えっ!」

ハンナはショックで、後ろに数歩よろけた。壁に寄りかかり、ビリビリと、ジッパーの裂け目が更に広がるのを感じた。

「どうして・・・誰がこんなことを!」

ハンナは感情に任せて、そう叫んだ。ドクンと、胸が苦しくなるのを感じて、少し、巨大化した。ピリッと小さなが音がして、ハンナは青ざめる。
ブラのホックがプチリと外れた。胸が膨らみ、縫い目はさらに裂けた。

「ハンナ、僕はこう思う、奴らはハンナの薬に何かを混ぜた。そしてハンナが巨大化すれば、ハンナはまた邪魔な存在になる。
今やるべきことは、とにかく汚染されていない薬を手に入れることだ。僕には父さんのパイプがある。必ず、ハンナを助けてみせる。
ハンナ、とりあえず今はじっとしていてくれ。ハンナがストレスを感じると、状況が悪化するみたいなんだ。君のドレスは、もう限界のようだし」

デイビッドは必死に、責任持って、ハンナの保護をしたいと思った。しかし、ハンナの大きな胸を前に、デイビッドはハンナを冷静に直視することができなかった。

「わ、わかったわ・・・・・・」

ハンナはため息をついて、頷いた。そして床に座り込み、自分のドレスを見る。
縫い目は裂け、スカートも裂け、下に着ていたペチコートが同じような状態となって顔を出していた。

「・・・叶うのなら、この洋服を直したいわ・・・・・・」

そしてハンナは再びため息をついた。デイビッドがさっき話していたことが、ハンナの心の中でこだましている。
ハンナは両親と一緒に、二度と巨大化しないということを誓った。そして政府も、ハンナを監視下に置かないということを約束したのだった。
それなのに、なぜ今になって、その約束を破ったのか。ハンナは両親の顔を思い浮かべる、2人は今、平和に過ごしているであろうか・・・・・・

ビリビリビリビリ。布の避ける音が辺りに響いた。ハンナはまた、巨大化した。胸の生地は限界まで伸びきっている。
それを聞いたデイビッドは電話を落とし、ハンナの方に駆けつけた。

「頼むから、興奮しないでくれ! 必ず原因は見つかる。落ち着いてくれなきゃ、ドレスも直せないし、いつまでもそのボロ着を着続けることになるぞ!」

その瞬間、ハンナは堰を切ったように泣きだした。目から涙が溢れて溢れて仕方がなかった。

「・・・・・・ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい、私は別に・・・・・・」

デイビッドは、泣きじゃくるハンナをそっと抱きしめる。デイビッドは何も知らない。
2人にできることは、かの縮小光線が、存在すれども機能していない以上は、薬を確保することのみである。
そして今度は、ハンナがデイビッドを後ろから抱きしめた。不運にも、デイビッドはハンナの胸の間に挟まってしまった。
ハンナは、クスリと小さく笑った。すると、ハンナの体は徐々に縮んでいった。ハンナはデイビッドを解放し、微笑みながら、こう言った。

「もうやめましょう。今日はまだ、ハネムーンではないわ」
「いや、今日が素敵なハネムーンでもいいじゃないか」

そう言ってデイビッドは、ニヤリと笑った。ハンナも、立ち上がってデイビッドに手を差し出した。2人はベッドルームに入り、そういうことをした。
ハンナはベッドに腰掛け、デイビッドに背中を向ける。そしてデイビッドはジッパーをゆっくりと下ろす。若いカップルの、初めての一夜である。
しかし、デイビッドがジッパーを下ろそうとする時、ハンナの興奮状態はピークに達した。

「・・・ハンナ? どうした!」
「わ、わからないわ!」

ベッドがギシギシと悲鳴をあげ、ハンナもうめき声を上げ、ジッパーは裂けてドレスは真っ二つとなった。ハンナはベッドから降り、床に寝転がり、さらにさらに巨大化していく。
ドレスは、まるで糸が解けるようにハンナの身から剥がれ、ハンナはさらに巨大化し、膨張していく。
胸の辺りからドレスが裂け、ハンナの巨大な胸は、ハンナの体のラインに沿って、ハンナの上半身を覆い尽くすように膨張していく。
デイビッドは最初から分かっていた。やらないほうが良いことであると。しかし、ハンナを以前までのように放っておくのが嫌だったのだ。
しかし、ここまで巨大化してしまうとは、想像していなかった。

「これ以上大きくなったら、裸になってしまうわ・・・そしてきっと、家を壊してしまうわ」

ハンナは天井に頭をぶつけながら、そう叫んだ。その時、ドアがノックされた。デイビッドは急いで服を着て、外に出て、ドアを開ける。
デイビッドが協力を依頼した医者のグループが、デイビッドを訪問してきたのだ。

「早めが良いと思いましてね」

グループのリーダー、ベンジャミン・ホルタンは言った。
ホルタン氏はアメリカの上院議員であり、アメリカの核保有に長年反対しており、さらにハンナの一件の後は、ジョージアとアメリカの分離を推進している人物である。
そしてホルタン氏はドアが開くや、デイビッドよりも先に、巨大で素っ裸のハンナの方に目を向けた。

「新しい薬が必要なんです。誰かが、この1週間ほどの間に、ハンナの常備薬に細工を施したんです! それでこんな姿に・・・・・・」
「承知しました。急いで手配しましょう」

デイビッドはベッドルームに行き、ハンナの様子を見る。ハンナは依然としてもがき苦しんでおり、屋根を突き破るのは時間の問題のように思えた。

「すでに準備は完了しました。汚染されていない、新しい薬です。夜までには到着するでしょう」

ホルタン氏はそう言って、俯きながら、ハンナの方に歩み寄る。

「ハンナさん、我々は固く約束いたします。以前のようなことにならぬよう、できる限りのことをします。」

ハンナは、自分が今置かれている状況を再確認し、冷や汗をかいた。そして、ホルタン氏に言った。

「助けてください、お願いします! どうやら、落ち着いた気分になるときに、巨大化が収まるか、時に元の大きさまで縮むみたいなんですが・・・・・・」

その瞬間であった。外でで軍用車が爆発を起こしたのだ。爆風が窓ガラスを粉砕した。ホルタン氏とデイビッドは瞬時に伏せて、ガラスの破片を避けた。
ハンナは破片をもろに浴びたが、ハンナの皮膚は全てを跳ね返し、すでにボロボロのドレスやリボンをさらに切ったのみであった。
外を見れば、軍のトラックが止まっている。ハンナが、脱出したトラックであった。そしてトラックから軍人が続々と出てくる。
1人が手を上げると、周りの兵隊も、動きをピタリと止めた。

「ホルタンさん、その女性を我々に渡してください。危害を加えるつもりなど毛頭もありません。
我々は、ハンナを軍の筆頭にして、以前のアメリカを取り戻そうとしているのですから」

デイビッドとハンナは同時に、ホルタン氏を見た。彼が何をしようとしているのかが気になったのだ。しかしホルタン氏の表情は無感情であり、何も感じられなかった。
ホルタン氏はゆっくりと、玄関の方に向かった。デイビッドも、ついていった。玄関のドアは先ほどの爆発ですでに破壊されていた。

「あなた達が何者なのか、そしてここで何をしようとしているかは存じません。しかし、ハンナさん及びご家族は、南部政府が保護することになっています。
我々はあなた達に、ハンナさんを渡すことはありません。彼女は1人の人間であり、人を殺すための兵器ではありません」

政治権力というものは、ハンナのその後を大きく左右する。ハンナはそれを目の当たりにして、心臓の拍動が激しくなっていくのを感じた。
そして同時に、ハンナの体は更に巨大化していく。壁を圧迫し、ドレスはビリビリと体から剥がれる。そしてついに、壁を破った。
一方軍隊は、どこからか出現したテロ集団の方に目を奪われていた。そして、1人の兵士が、リーダー格のテロリストの方へ走る。
途端に銃声が聞こえ、兵士は地面に倒れた。

「何がしたいんだ、お前たちは!」

デイビッドはテロリストに尋ねる。リーダーは声を上げて笑い、言った。

「お前の嫁さんは世界をこの滅ぼすのさ! 文明の再建だ、そのために嫁さんが必要なんだ。平等な世の中を作るためさ!」
「生き残った世界をぶっ壊すっていうのか? ハンナは薬を飲まないと、どこまでも際限なく巨大化し続けるんだぞ!」

デイビッドはテロリストに、ハンナの巨大化はコントロールできないものであることを伝えようとした。
ただどちらにしろ、ハンナが自ら進んで、人殺しはしないということを、デイビッドはよく知っていた。
しかし、巨大なハンナの前では、そこにいるというだけで潰されてしまうのである。ハンナは悪くない。今のハンナには、この世界は小さすぎるのである。
テロリストのリーダーは、ただただ笑っていた。そして、仲間がぞろぞろと、建物の裏から姿を現す。

・・・・・・バアン、バアン! 辺りに銃声が響き渡り、デイビッドの周りにいた、医療チームの男たちは次々に倒れた。
デイビッドは、あまりの急展開に、頭の回転が追いつかなかった。炎上している瓦礫の影に瞬時に隠れ、息を殺した。
・・・ふっと、家の方を見た。するとハンナはすでに家を屋根を突き破り、壁を突き破り、その場でちょこんと座り込んでいたのだ。
辺りにハンナのうめき声が響き渡り、ハンナは更に巨大化し、デイビッドの家を破壊した。
それは元々、若い夫婦の住処であったが、今ではただの瓦礫となってしまった。

「家が・・・・・・平和が・・・・・・幸せが・・・・・・」

ハンナはただ、泣くことしかできなかった。そして、悲しみは瞬時に怒りへと変化する。ハンナは顔を上げ、テロリストを睨みつける

「おい!」

ハンナの声が轟いた。ハンナは勢い良く立ち上がり、筋肉で凸凹した体を見せつける。そして、邪悪な表情で、テロリストの方に歩み寄った。
リーダーはじりじりと前線から後退した。そして部下に、ハンナに向かって銃撃し、ハンナを服従させるよう命令した。
全ての武器が、ハンナに照準を合わせる。そして一斉に砲撃した。しかし、どんな銃弾も、ハンナを傷つけることはできない。ただ、皮膚にあたって跳ね返るのみである。
ハンナは敵を蹴り飛ばした。戦意のないものであっても蹴り飛ばした。そして、諸悪の根源たるリーダーに向かって、再び歩き出した。
リーダーがまだ逃げる素振りを見せる前、すでにハンナの足はリーダーの上空にあった。ハンナは全ての恨みを込めて、足を地面に下ろす。

リーダーは地面に張り付き、地上から姿を消した。リーダーのそんな最期を見届け、彼の部下は皆、武器を地面に捨てる。
赤い血がハンナの足元からにじみ出し、地面を赤色に染めていた。
デイビッドはハンナを見上げる。ハンナは依然として巨大化していた。ストレスの原因が滅んだのだから、巨大化は止まるだろうと思っていた。
生き残った人々は、直ちにハンナから離れた。10mはある巨体であった。彼女の裸体は近所に晒され、注目の的である。同時に、5年前の悪夢が蘇り、人々は恐怖した。
デイビッドは、ハンナの目に表れた怒りの色を、じっと見つめていた。今のハンナなら、どんなことでもできてしまうのだ。

「ああ神よ、我らを助け給え・・・・・・」

デイビッドは後ろを向いて、合掌した。この世に残された最後の望みは、ハンナの成長を止める薬である。それが手に入らなければ、この世界はそのうち滅ぶ。
ハンナは深呼吸して、辺りを見渡した。壊れた家、数々の死体・・・全ては、ハンナ自身がやったことであった。

「そんな・・・・・・私・・・・・・」

ハンナは手を震わせた。そして地面を見れば、ハンナから逃げていくデイビッドの姿があった。
また、長期に渡ってハンナを保護してくれたホルタン氏の表情には、恐慌の色が浮かんでいる。

「・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」

ハンナは俯き、しくしくと泣きだした。ホルタン氏は、ハンナの脚にそっと手を触れた。

「ハンナさん、大丈夫ですよ・・・・・・私はあなたを信じていますから」

ホルタン氏が思いついた、唯一の励ましであった。
一方、デイビッドは走り続けていた。行く先は自分の研究室である。決して遠い距離ではないが、混乱にもまれて、普段よりも時間がかかってしまった。
研究室では、様々な機関から集まった科学者が新しい薬を製造していた。しかし、製造準備までに少なくとも7から9時間かかることは確実である。
そして、その後薬は出来上がるのである。

デイビッドが研究室に入ってきた時、1人の男性科学者がデータを見ていた。その男は、デイビッドの方を見た。

「ここで何をするおつもりですか? 我々を皆殺しにしようとでも、思っているのですか?」

デイビッドは、彼の言っていることがよく分からなかった。ただ、その男を見つめるだけであった。男は続けた。

「・・・チッ、あなたは今の状況を理解しているのですか? ハンナは興奮状態が続いており、それは成長を促進します。
さらに、細胞に残っている薬さえも溶かしてしまうのです」
「・・・・・・つまり、ハンナの感情がこの急激な巨大化を引き起こしているというわけか?」

男は頷き、再び口を開く。しかしそれをデイビッドは遮った。

「ハンナは未だ巨大化を続けている。薬を投与しない限り、このままだろう。僕はここで薬の準備を手伝う。一刻も早く、ハンナに投与しなくてはならない」
デイビッドは男を突き飛ばして、直ぐさま作業にとりかかった。
・・・・・・今日は本当なら、最高に幸せに1日になる予定であった。しかし一転して、恐怖に怯える1日となったのであった。

「えー、現在ハンナは益々巨大化している・・・さらに、彼女の感情は爆発寸前だ! 一刻も早く、手を打たなくてはならない」

研究者一同は、それに同意する。そして、あるスコットランド人の研究者が、声を上げた。

「まずやるべきことは、ハンナのストレスを緩和することでしょうね」

その発言に、デイビッドは首を横に振る。

「いえ、巨大化を止めることだけでは不十分です。いつもの薬を投与すれば、とりあえず巨大化は止まるでしょう。
しかし、元の大きさに戻すことも考えなくてはなりません」

スコットランド人は、それに反論した。

「それに関する策は、今のところありません! ハンナを巨大化させている原因は、薬と成長ホルモンの2つです。
ハンナを縮小させるなんて・・・それは今ここで挑戦することではありません。
我々は、とりあえずハンナのこれ以上の巨大化を阻止し、この惑星が破壊されることを防ぐべきなのです!」

デイビッドはこの主張に対して反論した。

「何を言っている! ハンナを縮小させる方法を開発すべきだ。この重大さがわからないのか? 
縮小光線は今のところ、使い物にならない。それなら、薬学的にハンナを縮小させる他ないだろう。それに、今の大きさでも十分惑星は破壊できる」

スコットランド人は、デイビッドの主張を認めた。そして、そのプロジェクトを立ち上げた。
縮小光線が使えるようになれば最善である。しかしそれは技術的に不明なところも多く、また開発者は、すでに亡くなっているか、行方不明かのどちらかであった。
よって、縮小光線の開発というのは、成功も見込みがほとんど無い。しかしデイビッドは、どうしても妻であるハンナに、元に戻ってもらいたかった。

デイビッドのプロジェクトが作動した頃、ハンナの周りでは日が落ち始めていた。ハンナは落ち着きを取り戻し、この問題の代表の指示に従い、座っておとなしくしていた。
ハンナは小声で話し、代表は大声で話すことで意思疎通をしていた。心を落ち着けるために、会話をしていた。会話している間だけは、なんとか正常な精神を保つことができた。
ハンナの精神はもうボロボロであった。ハンナは未だに、自分がやったことを受け入れられなかった。
テロリストに利用されるまで、ハンナは決して、自ら進んで人を殺そうと思ったことはなかった。

もう二度と、こんな過ちは繰り返さない。ハンナは心からそう誓った。しかし、離れていったデイビッドは、もう二度と戻ってはこないかもしれないのだ。
デイビッドは、ハンナが人を殺す瞬間を見た。そして、どこかへと走っていった。どこに行ったかなど、ハンナは知らない。
ハンナはただ、デイビッドが自分を治してくれることを祈るばかりであった。
ホルタン氏は、ハンナに少しばかり同情していた。ホルタン氏は政治家としてあの時、ハンナのことを最初から見ていたのだ。
そして当時を思い返して、今、ハンナに対し申し訳無さを抱いていた。
トラックのエンジン音が聞こえてきて、ハンナの目の前で止まる。そして、その中からデイビッドが降りてきた。

「ハンナ! さあ、悪夢を終わらせよう!」

ハンナのしかめっ面が、瞬時に明るくなる。ハンナがデイビッドに微笑むと、デイビッドもハンナに微笑み返した。
ハンナの夫デイビッドが、最愛のデイビッドが戻ってきたのだ。彼女の目には今、一切の怒りは消えていた。

「今直ぐ、静脈に注射が可能かを確かめたい。できるだけ早く、君にこの薬を打つべきなんだ」

周囲の人々の目線が、一気にデイビッドに集まる。静脈に針が刺さるか。
それは、ハンナの、家よりも巨大な体躯と、テロリストの弾丸を跳ね返した経験が証明していることであった。

「・・・とにかく試したい。経口摂取では、効果があまり期待できないんだ」

ハンナは、小さく泣いていた。デイビッドは、ハンナの膝にそっと手を置く。
神よ、今のハンナはこの地上には大きすぎる・・・デイビッドは心の中で、そうつぶやいた。
もしもハンナの巨大化を止めることができなければ、この世界はどうなってしまうのか、また、どのくらいに大きさにすることができるのかも、不明である。
人体を縮小させる薬というのは、人類史上初の試みなのだから。

デイビッドは、研究室の同僚と共に賭けに出たわけである。初めてというのはいつだって、何もわからないものだ。
吉と出るか凶と出るのか、誰も知らない。それでも、デイビッドたちはこれが最善と考えたのだ。

「よし、始めよう! まずが、針が通るかの確認だ。少し待っていてくれ」

そう言ってデイビッドはハンナの膝にキスした。そしてトラックに戻り、ハンナの強固な皮膚を貫く強力な針の作製を開始した。

「針なのね・・・」

ハンナは生唾をごくりと飲み込み、恐れの表情でデイビッドを見下ろした。デイビッドは作業をしながら、ハンナに返事する。

「そうさ、薬を静脈注射して、君を元に戻そうという寸法だ」

ハンナは小さく頷いた。しかし、依然として怖かった。静脈には、どれほどの血液が流れているのだろうかと思った。恐怖心は膨らみ、ハンナはまた少し、巨大化した。
巨大な針を作るのは、そんなに容易ではない。デイビッドたちは、ガソリンスタンドの給油ポンプを利用した。
それを体内に差すことを考えると少し気持ち悪いが、他に良い物が見つからなかった。ノズルを削り、少しずつ鋭利にしていく。
ハンナの皮膚に刺さりますように。皆がそう願った。しかし、実際にやってみないとまるでわからないのだ。
目の前の女巨人は、核兵器にすら耐えたのだ。しかし、試す他ないのだ。

一方で、別の科学者チームは、針が刺さらないことを想定して縮小光線の復元に勤しんでいた。
なんとかして技術を解明しようと、ウェブ上でプロジェクトが立ち上がっていた。ただ、控えめに言っても、それらの進捗は良くなかった。
ハンナはプロジェクトの進行を不安に感じていた。そして、ストレスを感じていた。ハンナは数センチずつ、空に近づいていく。
ハンナの周りの人々は皆一生懸命に、ハンナの問題を解決しようと汗水垂らしている。唯一の問題は、残り時間だけであった。
しかし努力は実り、ついに針は完成した。きっと、ハンナの皮膚を貫いてくれるはずだ。ただただそれを信じた。

「ハンナ、分かってくれ。これは全て、君のためなんだ」

デイビッドは、ハンナの不安そうな表情を見て、そう言った。薬を注入する間、ハンナが暴れないことをただただ祈った。
針を指定の位置にセットする。そして・・・3・・・2・・・1・・・プスッ。針がハンナの皮膚に刺さった! デイビッドは自分の目で、針がハンナの皮膚を破る瞬間を見た。
皮膚に針がぐさりと刺さっており、見るからに痛そうであった。
そしてポンプから薬が注入される。針を通って、ハンナの血管に流れ込む。大量の薬剤であったが、流してしまえばあっという間だ。

「・・・よし、上手く動いている」

薬が空になったのを確認して、デイビッドは心の中でそう言った。
ハンナは見たところ、とても落ち着いている。しかし皆、ハンナの機嫌が悪くなることを恐れてハンナから離れた。ハンナの体が、ビクビクと小刻みに震える。
ハンナの胸がシュルシュルと縮んでいく。薬が効いているようである。足の指、手の指が縮んでいく。非常に奇妙な見た目である。
もっとも、大半の人は、人間が縮小する瞬間を生で見るのは初めてであるが。
ハンナの体が順調に縮小していくのを見て、周りから、安堵のため息が漏れた。

「よし、薬は効いた!」

そう言ってデイビッドはハンナを励ました。ハンナの方を確認しながら、デイビッドはタンクからポンプに薬を入れる。
そして2回目の注射の準備が整った。今のところ、全てが上手くいっている。デイビッドは、このままハンナが普通サイズまで縮小することを願った。そして、仲間に指示する。

「2つ目のタンクを持ってきてくれ。そして3つ目も準備してくれ」

仲間は頷き、準備に取り掛かる。デイビッドはハンナの小さくなった脚に手を触れた。

「・・・よし、ちゃんと効いている」

その時、間に合わせの針からノズルが外れた。そして周囲に薬をバラマキはじめる。

「畜生! ポンプを止めろ!」

研究員は急いでポンプを停止しようとした、しかし、益々大量の薬がノズルから吹き出てくる。なんとかしてポンプを止めたものの、タンクの3割もの薬が出てしまった。

「早く、ホースを付け直しなさい!」

ホルタン氏が叫び、装置は修復される。そしてちょうど、2つ目のタンクも到着して万事休すとなった。
今のところ、ハンナの縮小は安定している。ハンナは現在60mにまで縮んでいた。ハンナを傷つけないのなら、再び薬を注射したほうがよいと、デイビッドは思った。
また、長期に渡る巨大化及び縮小がハンナに与える影響についても、デイビッドは心配していた。そして心配しながら、デイビッドは2つ目のタンクから薬を再び注入する。
ゆっくりゆっくりと、しかし確実に効果が表れている。2、3時間後、ハンナの身長は5mを下回った。徐々に、普通のサイズに近づいていく。
デイビッドはハンナの隣に立って、叫ぶことなく、2人で会話している。現在、タンクは4つ目。しかもあと一つ残っている。

「もう、心配は要らないと思うよ」

デイビッドはハンナにそう言った。ハンナはデイビッドに手を伸ばし、彼の小さな手を握った。縮んだとは言っても、まだまだ大きい。そして、ハンナは更に縮んでいく。
ハンナの身長に比べて、四肢の大きさは少し小さめだ。これは、縮小光線と薬の違いである。異なる体の部位は、異なる割合で小さくなっていくようだ。
時々、ハンナは心配そうにデイビッドを見下ろす。デイビッドも、心配そうにハンナの縮小を見守っていた
。この縮小の仕方で、ハンナは最終的に、普通の体型に戻るのだろうか。しかし、デイビッドがハンナの背中に触れられるくらいまで縮み、デイビッドはもう大丈夫だと思った。
薬は依然として、ハンナの体内に注入される。ハンナはその様子を、嬉しそうに見ている。4つ目のタンクが、ついに空になった。
現在、ハンナの身長は270cm。もし、途中の事故がなければ、ハンナはきっと結婚式のときと同じ身長に戻っていたことだろう。

デイビッドとハンナは、抱き合った。ハンナの腕には針とホースがつながったままであったが、お構いなしに抱きしめあった。
もっとも、2人の体格差は2倍ほどあるわけだが。
観衆たちは、ハンナとデイビッドを残してその場から立ち去る。残ったのはただ一人、ホルタン氏のみであった。
ハンナは現在、オールヌード姿である。しかしハンナもデイビッドも、全くそれに気づかず、抱きしめあっていた。
デイビッドは、このまま家に戻り、ハンナと大切な一夜を共に過ごしたいと思った。しかし、デイビッドの家は現在、瓦礫の山なのであった・・・・・・

ホルタン氏は、この若い夫婦のために車を手配し、ハンナの家族の家まで2人を送っていく。そして2人はハンナの部屋に入った。
家族は外出して、家には若いおしどり夫婦1組のみとなった。2人はついに、2人きりの落ち着いた時間を手に入れた。
そして2人はついに、夫婦として、初めての夜を過ごしたのであった。
数日後、デイビッドは別の薬を作り、ハンナに投与した。投与される時、身長270cmのハンナはシーツを身にまとっていた。
そして投与が完了すると、ハンナは221cmにまで縮んだ。少々大きいが、これくらいで十分だろうと、デイビッドはハンナに言った。
実際、この薬はハンナを縮める作用がメインではなく、ハンナの成熟を促すものであった。

・・・内心でデイビッドは、このくらいの大きさだと、ハンナに抱きつきやすくちょいど良いと思ったのだ。270cmのハンナを満足させるのは、デイビッドには中々の力仕事であった。
結婚式の事件はおおよそ解決し、ハンナは家族と一緒に洋服を探す。しかし、今のハンナに合う服はなかなか無い。
探した結果、ハンナは結婚式の時に作った、別のウェディングドレスを見つけた。・・・見るからに小さそうであったが、ものは試しで、ハンナは頭からそれを着る。
スカートの部分が、辛うじてハンナの腰の位置に来る。しかしドレスの腰の部分はハンナの鳩尾の位置にきて非常にキツイ。
そして、ドレスの上部はハンナの巨大な胸によって最大まで引き伸ばされている。ドレスからあふれだすか、それともドレスを引きちぎるか。
今この瞬間にも、そのどちらかが起きそうなほど、ハンナの胸はドレスを圧迫している。

ハンナはドレスの上から胸を抑え、どうにか収まるよう奮闘する。それを見て、デイビッドは笑った。
ハンナのその努力によって、ハンナはより一層セクシーに見えているのだから。
ハンナの見た目は確かに奇妙であった。しかし同時にハンナも、デイビッドのことを良く思わなかった。

「・・・他に、合いそうなものはないかしら。少なくともこれは、私には小さすぎるわ」

ハンナは震えながら言った。

「それしかないよ。ハンナもわかっているだろ」

デイビッドは再び笑う。ハンナは、そんなデイビッドの肩を揺さぶる。

「私が大きすぎるわけだけど・・・・・・他に手はないのかしら・・・・・・?」

ハンナは肩をすくめ、小さく笑った。そして、デイビッドの方を見た。

「私を元の大きさには戻せないの?」
「・・・君には口出しする権利があるのかい? でも、よく考えてみろよ、ハンナにとっては普通の身長じゃなか。
君が例の狂ったような巨大化をして世界を壊す前、確か240cmはあったんだろう。それに比べればずっと小さいじゃないか。
それを考えたら、今の問題も別に大したことじゃないよ」

ハンナはため息をついて、座り込む。座った衝撃で、ドレスが少し破れた。

「・・・・・・そうね、あなたの言う通り・・・仕立屋さんにお願いしましょう」

一度破れると、ドレスは次々に破れていく。息する度に、ハンナのドレスはボロボロになっていくのだ。

「そう落ち込むなって、ハンナ。新しい服が揃えられると思えば嬉しいだろう?」
「・・・そうね。ところで、あのドレスをもう一度、作れないかしら・・・・・・かつて、私達が普通に結婚式を上げたことの、記念だから・・・・・・」
「なに? じゃあ君にとってあの結婚式は不満だったっていうのかい?」

ハンナはデイビッドに微笑む。そして、腕を伸ばし、抱きしめて、キスした。その間、デイビッドは胸に圧迫されて苦しんでいる『フリ』をしていた。