<メリサンド姫>
作:Edith Nesbit/訳:tinky44
https://en.wikisource.org/wiki/Melisande
上記サイトを底本として翻訳いたしました。作者は1924年に亡くなっており、作品はパブリック・ドメインとなっています。

ある王国で、メリサンドという名前のお姫様が誕生しました。とてもおめでたいことです。
お姫様のお母様、この国の王妃様はお姫様の洗礼式の後にパーティを開こうと思いました。
しかし、お姫様のお父様、この国の王様は、それはやめようと言います。

「洗礼後のパーティは、苦労することばかりだ。どれほど注意しても、妖精の1人や2人、誘い忘れてしまうもの。
そして、その結果は・・・・・・私の口から言わなくても、わかっているだろう。
私の家族では、こんな悲劇があった。おばあさんの洗礼のパーティに妖精のマレヴォラを招かなかったら、おばあさんは巻き糸にされて、100年の眠りに着いてしまったらしい」

「・・・・・・そうね、確かに、怖いわ。
私のいとこは、娘の洗礼のパーティに年配の妖精を招き忘れたら、その妖精はパーティの最後の方になって会場に来て、娘に呪いをかけたらしいの。
・・・・・・今でも、その子の口からはガマガエルが出てくるらしいわ」

「いかにも。それに、洗礼式以外にも、ネズミと下女の件もあったな。
・・・・・・ああ、もうこんなことで悩むのは馬鹿らしい。私は教父で、お前は教母だ。それで十分ではないか。妖精を招くのはやめにしよう。
そうすれば誰も、気分を害することはないだろう」

「そうね・・・・・・でも、全員が気分を害してしまったら、どうしましょう・・・・・・」

***

後日、国王夫妻は教会に出向き娘の洗礼式を終えると、まっすぐお城に戻りました。
するとお城の入り口で、接客担当のメイドが佇んでおりました。

「陛下、陛下の留守の間にお客様が数人尋ねて来ました。
陛下が留守である旨を伝えましたが、お客様は陛下の帰城まで待機すると仰り、現在お待ちになっております」

「応接間にいるのかしら?」

「いいえ、王室でお待ちです」

夫妻が王室に行くと、そこにはおよそ700人のお客が、王室いっぱいにぎっしりと詰まっています。お客は皆、妖精でした。
美しさの妖精、醜さの妖精。善の妖精、悪の妖精。花の妖精、月の妖精。
蜘蛛の姿をした妖精、蝶の姿をした妖精などなど。多くの妖精が集まっていました。

「皆さま。お待たせして、申し訳ありません」

王妃様が、王室いっぱいの妖精たちに向かって謝罪します。
妖精たちは王妃様を見るや、それぞれが色々なことを言い出しました。
1人の妖精の声が、王室に響きました。

「なぜ私をパーティに誘わなかった!」

「私はパーティを開いておりません」

王妃様は答えます。そして王様の方を振り向き、小声で言いました。

「ほら、私が言ったとおりじゃない!」

しかし息をつく暇もなく、次々に妖精から質問が飛んできます。

「しかし、洗礼式は行ったではないか! なぜ、我々を招待しなかったのだ!」

「・・・・・・申し訳ありません」

王妃様は苦し紛れに、そう答えました。すると、妖精マレヴォラが荒い足音を立てて、王妃様の前に出てきました。
マレヴォラは妖精の中で最も年長であり、そして最も悪い妖精です。嫌われ者で、頻繁にパーティから省かれていました。
マレヴォラは震える指で王妃様を指さしました。

「もう良い、黙ってなさい! お前の言い訳なんて聞きたくない!
妖精をパーティから省いたらどうなるか、お前は十分知っているはずじゃ。
ハハハ! 今から我々は順番に、洗礼式のプレゼントを贈ろう。
まずは妖精の長として、わしから・・・・・・女王陛下、姫の誕生を心の底から祝福いたします。
妖精の長として、最高のプレゼントを差し上げましょう。・・・・・・プレゼントは、姫のハゲ頭でございます」

マレヴォラはそう言って振り返り、ドアの方へ向かいます。王妃様はふらふらとその場に倒れ伏してしまいました。
三角帽子を被った妖精が、お姫様の方に向かって歩き出しました。帽子の中から蛇が顔を覗かせており、妖精が歩くとコウモリの翼の擦れる音がします。
王様はその妖精を引き止めました。

「やめろ、近づくんじゃない! どうしてそんなことをするのだ、お前は学校に通っていないのか? 学校で自分たちのあり方を教わっていないのか?
私のような無知な人間でも知っていることだぞ。さあ、今直ぐここから出て行け!」

「なんですって!」

妖精は怒ってしまいました。帽子の中の蛇が、ぶるぶると震えています。

「なら、私のプレゼントを差し上げましょう。プレゼントは・・・・・・」

王様は妖精の口を塞ぎました。

「まずは理由を聞きなさい、後悔するぞ。妖精の伝統を破れば、妖精の仲間から外されるのはよく知っているだろう。
ただ1人の悪い妖精は常にパーティから外される、それ以外の善良な妖精はいつでも呼ばれる。
これは、洗礼式のパーティではないが、1人を除いてお前たち全員はパーティに招待されたのだ。
もちろんこれは、マレヴォラの話だ。いつものことだ。わかったか?」

これは一理あると、マレヴォラに誘われてやってきた、地位の高い妖精たちも囁きました。

「・・・・・・もしも私の言うことが信じられないのなら、勝手にするが良い。
無実の娘に、お前の厭らしいプレゼントを与えて、それから出て行くと良い。
・・・・・・さあ、お前は妖精としてリスクを犯してまで、そんなことをしたいのか?」

王様に返答する妖精は、誰1人としていません。妖精たちは王妃様に近寄り、パーティを賛嘆した後、お城を去ります。
1人、また1人と、王室からいなくなっていきます。

「とても可愛らしい赤ちゃんですわね。
後日また、私をお誘いください。王妃様とお姫様に会えることを楽しみにしています」

三角帽子の妖精はそう言って、王室から出ていきます。
帽子の中の蛇は、さっきよりも一層震えておりました。

王室から妖精がいなくなりました。王妃様は赤ちゃんの方に向かって走りだし、頭にかかった布をめくります。・・・・・・王妃様の目から涙が流れました。
金色の産毛が布と一緒にはらりと抜けてしまったのです。メリサンド姫の頭は、まるで卵のようなハゲ頭となっていたのです。

「妃よ、泣かないでくれ! 希望はまだある! 私には、願いを1つ叶えることができるんだ。
私の教母の妖精が、私の結婚祝いにくれたものだ。今まで使う時を伺っていたが、今がその時ではないか!」

王妃様は涙を流しながら、ニコリと微笑みました。

「娘が大きくなるまで取っておいて、娘にその願いを渡すのだ。娘の意志で、願いを決めてもらおう」

「あら、今ではいけませんの?」

王妃様は嬉し涙と悲し涙の両方を流しながら、お姫様のツルツル頭にキスします。

「未来とはわからないものだ。娘は髪の毛以上に欲しい物を見つけるかもしれない。
それに、髪の毛はそのうち自然に生えてくるかもしれないだろう――」

しかし王様の予想は外れてしまいます。メリサンド姫は成長してお日様のように美しくになり、金のように光り輝く少女へと成長しましたが、髪は一向に生えてきませんでした。
王妃様は緑色のシルクで帽子を作り、姫に被せました。姫の薄桃色のお顔と緑色の帽子はまるで、蕾から顔を出したお花のようです。
姫は日々成長し、一層愛らしくなりました。愛らしくなると、姫はより良い子になりました。そして良い子になると、姫はよりより美しくなりました。
そして王妃様は、もうそろそろだと思い、王様に言いました。

「娘はもう十分大きいわ。そろそろ、願い事を訪ねてみませんか?」

王様は頷き、教母の妖精に手紙を書き、蝶々に送ってもらいました。
王様が持っているものは、自分の願い事を叶える力です。その力を娘に譲るにはどうすれば良いのかを尋ねました。

「この力を使う機会は、今の今まで訪れませんでした。
日々を幸せに過ごしておりました。
ところで、私には娘がおり、娘にこの力をプレゼントしたいのです。
娘はもう、そのの価値を理解できるはずです」

後日、妖精からの返信が蝶々に乗って王様の下に届きました。

「王様へ。
私のお粗末なプレゼントを今まで大事にしてくださり、ありがとうございます。
あまりに昔のことですので、私はどのようなプレゼントをさし上げたのか覚えておりません。
しかし、プレゼントに対してただ祈るだけで結構です。
あなたの教母、フォーチュナより」

王様は腰にぶら下げた、7つのダイヤモンドの散りばめられた鍵を使い、金の金庫を開け、プレゼントを取り出しました。
そしてそれをメリサンド姫に与えました。姫はそれを見て、願い事を言いました。

「私達の国民が、幸せになることを祈ります」

しかし、国民はすでに皆幸せでした。王様も王妃様も、とても良い人です。そんな人たちの統治する国が不幸になるはずがありません。
そのため、姫の願いは通じませんでした。

「なら、皆が良い人になることを祈ります」

しかし、国民はすでに、皆良い人でした。願いはまた通じませんでした。
もう、姫が望むものはありません。そこで、王妃様はあの願い事を持ちだしました。

「ならメリサンド、私の言う事を、お願いしてくれるかしら?」

「はい、お母様!」

メリサンド姫は答えました。そして王妃様は、姫の耳元で囁き、姫はそれを聞いて頷き、大きな声で言いました。

「私に1mの金色の髪の毛をください! 髪の毛は毎日2.5cmずつ伸びて、1回切る度に2倍の速さで伸びて・・・・・・」
「やめなさい!」

王様は姫の言葉を怒号で遮りました。プレゼントは消えて、姫の頭から金色の髪の毛がするすると伸びてきました。

「まあ、なんて可愛らしい! ・・・・・・あなた、どうして姫を叱ったのですか? まだ願い事の途中でしたのに」

「残りは何を願うつもりだったんだ?」

王様は姫に問いました。

「ええと・・・・・・『切る度に2倍の太さになりますように』でした」

「それは、言わないほうが良かったよ。もう十分すぎるほどだ」

王様には算数の知識がありました。チェスのボードに置かれた麦粒の数、蹄鉄の中の爪の数などを普通に計算できるほどでした。

「何か、問題があるのかしら?」

王妃様は首をかしげ、王様に問いました。

「直ぐに分かることだ」

王様はそれだけ言いました。
王妃様は王様の言ったことを特別気にせず、メリサンド姫の方を見ました。

「さあ、メリサンド、乳母のところに行って、クシの使い方を勉強しましょう」

「お母様、私はお母様の髪を梳いたことがあるので、もう知っています」

王様は姫の方を見て、言いました。

「お前のお母さんの髪はとてもキレイだ、そしてお前の髪もキレイだ。しかし、お前はその髪に苦労すると思うぞ――」

メリサンド姫の髪は1mの長さでありながら、毎日夜になると2.5cm伸びます。計算してみると分かる通り、5週間と少しで、1m伸びるのです。
ここまで長い髪というのは、非常に不便なものです。髪を引きずって歩くため、床のゴミが髪に付いてしまうのです。
お城のゴミというのは金銀のチリのことなのですが、髪に付いていると汚いものです。
そして、そんなにも長く不便な髪の毛が、毎晩2.5cmも伸び続けるのです。

3mに達した時、姫は髪の重さ、頭の暑さに耐え切れず、髪をはさみで切ってしまいました。そして、それから数時間は、姫は快適に過ごしていました。
しかし、姫の髪は最初の2倍の速さで伸び始めたのです。たったの36日で、切る前と同じくらいの長さにまで伸びてしまいました。
姫はまたまた髪を切りました。切ると少しの間は、姫は快適になりました。しかしそれによって髪は最初の4倍の速さで伸びてしまうのです。
たったの18日で、また元の長さに戻ってしまいました。

次切ると1日に20cm、その次は40cm、その次は80cm、その次は160cmと、切る度に2倍の速さで伸びるようになるのです。
姫は寝る前に丸刈りにします。そして朝起きると、数メートルの金色の髪の毛が部屋を埋め尽くしています。
伸びすぎた髪の毛を切ることから、姫の朝は始まるのです。

「ああ・・・・・・また、元の頭に戻らないかしら・・・・・・」

メリサンド姫は、昔使っていた緑色の帽子を見て、そうつぶやきました。そして夜の0時になると髪に埋もれてしまう今の状況に、姫は1人泣きました。
しかしメリサンド姫は、お母さん、王妃様の前でそれを嘆くことはありませんでした。
姫がこうなってしまったのは、紛れもない王妃様の責任です。しかし、それによって王妃様が非難を受けないよう、優しい姫はそう計らったのです。

そのような事態になってから、王妃様は王室の関係者全員に、姫の髪の毛を送りました。
姫の美しい髪の毛を受け取った人々は、指輪やブローチの装飾として髪の毛を使いました。
後日、王妃様は姫の髪の毛でブレスレットやベルトを作り、プレゼントしました。
しかしそれでも、姫の髪の毛は伸び続けます。今では姫の美しい髪の毛も、ゴミと一緒に燃やされています。

実りの秋が訪れました。しかしその年の秋は、作物が全く実りませんでした。
国は大規模な飢饉となったのです。まるで、姫の髪が作物の生命力を吸い取っているかのように・・・・・・
メリサンド姫はその状況を見かねて、こう思いました

「私の髪の毛をこのまま捨ててしまうのはもったいないわ。切っても切ってもすぐ伸びてくるこの髪の毛を、何かに使えないかしら。
たとえば・・・・・・これを売って、国民にご飯を配るとか」

王様は商人に相談します。商人たちはサンプルとして、姫の髪の毛をあちこちに送りました。
すると、あっという間に、発注が殺到したのです。姫の髪の毛は、国の主要輸出品となりました。
枕に詰めたり、ベッドに詰めたり。水夫さんのロープに使ったり、王室のカーテンに使ったりしました。

禁欲者が使うような硬い布を編んだりもしましたが、姫の髪は絹のように柔らかいので、本人が願わずとも、触っていると心温かく、幸せになってしまうのです。
そのため禁欲者は諦めてそれを被り幸せになり、お母さんたちは赤ちゃんのために姫の髪の毛を購入し、元気な幼児たちは姫の髪の毛で編まれた洋服を着るのです。
人々はお腹一杯ご飯を食べて、飢饉は終わりを迎えました。しかしそれでも姫の髪の毛はぐんぐんと伸びていきます。

「飢饉が去ったのは、とても素晴らしいことだ。しかし、娘はどうなるのか・・・・・・
プレゼントをくれた、私の教母の妖精に相談してみよう」

王様は手紙を書き、鳥に送らせました。そして後日、妖精から返事が届きました。

「解決できる王子様を報酬付きで募集してみてはどうでしょうか?」

王様は部下に命じて世界中に、姫にふさわしい王子様を募集しました。
姫の髪の成長を止めることができた人は、姫と結婚する権利が得られるというものです。

美しい姫と結ばれるべく、世界中から王子様が集まってきました。皆、怪しい薬の入ったビンや木箱を持ってきます
メリサンド姫は、集まってきた王子様と、王子様の持ってきた薬の全てが嫌に感じました。
そして幸いにも、どの王子様の持ってきた解決法も効果が全く現れませんでした。
姫は心の中で、それを喜んでいました。

姫は現在、王座のある部屋で寝ています。他の部屋では小さすぎて、姫の髪の毛を収めることができないからです。
広く天井の高いこの部屋は、姫が起きた時には、まるで倉庫に詰められた羊毛のように、姫の金髪が詰められています。
毎晩寝る前に姫は頭皮のギリギリまで髪を切り、緑色のパジャマを着て、姫は窓際に座ります。そして、昔使っていた緑色の帽子にキスして、1人泣くのです。
もとのハゲ頭に戻りたい、姫は切実にそう願いました。

ある真夏の夜、いつも通り窓際で座り1人泣いていた姫のもとに、1人の王子様が現れました。
それが、メリサンド姫とフロリツェル王子様との出会いでした。

フロリツェル王子様はその日の夕刻にお城に到着しました。しかし長旅で汚れた状態で姫の前に現れることはできず、王子様はまず入浴をしたのです。
一方姫は、王子様に謁見する前に、20人の召使によって長い髪を支えられながら去ってしまったのです。

王子様は月明かりに照らされながら、お城の庭を歩いています。ふと上を見上げると、そこにはメリサンド姫がいて、王子様の方を見下ろしていました。
メリサンド姫はフロリツェル王子様を見た時、この王子様が、自分の呪いを解いてくれればなと、心の中で、思いました。
一方王子様は、メリサンド姫を見た時、色々な思いが胸にこみ上げてきました。そして、まずはじめに姫に自分を知ってもらおうと思いました。

「あなたがメリサンド姫ですか?」
「はい、あなたはフロリツェル王子様ですか?」
「左様です・・・・・・あなたの窓周りには、多くのバラの花が見えます。しかしこちらには一つもありません」

メリサンド姫は白薔薇の花を3本摘み、そのうちの1本を王子様に投げました。

「白バラの木は強いです。この木を登って、貴方を訪ねてもよろしいですか?」
「はい、構いませんわ」

姫がそう言うと王子様は白バラの木を上り、窓際に着きました。

「姫にお尋ね申し上げます。もしも私が、貴方のお父様の仰っていたことを実現できれば、私と結婚してもらえますか?」
「はい、お父様がそのように決めたのですから、私はそうします」

姫は手で白バラを弄びながら、そう言いました。

「姫、私は、王様の約束などはどうでも良いのです。貴方の意志を訪ねているのです。姫、私を愛してくれますか?」
「はい」

メリサンド姫はそう言って、王子様に2本目のバラを渡しました。

「手を取ってください」
「はい」
「それと、貴方の心も」
「はい」

3本目の白バラを、王子様は受け取りました。

「では、約束の証として、キスしてくれますか?」
「はい――」
「そして、私についてきてくれますか?」
「はい――」
「最期まで、私を愛してくれますか?」
「はい――」

メリサンド姫はフロリツェル王子様に、3回、キスをしました。
王子様も姫に、3回、キスしました。そして、言いました。

「・・・・・・今夜はやめましょう。問題も解決が優先的です。
窓際にいてください。私は庭の方に降りて、貴方の方を見上げます。
そして、髪が伸び始めたら、私を呼んでください。そして、私の言うことに従ってください」
「はい、わかりましたわ」

霧のかかった日の出の中、王子様は芝生の上に座り、日時計をじっと見ていました。

「フロリツェル! フロリツェル! 髪が伸びてきました、今にも窓から押し出されてしまいそうです!」
「窓枠に乗ってください! そこの、鉄の支柱に髪を3回巻きつけてください!」

言い終わると王子様は、剣を口に咥えてバラの木を登り、姫の頭から1mほど離れた位置の髪を掴みます。そして、姫に言いました。

「飛び降りてください!」

姫は窓から飛び降りました。姫の悲鳴が、辺りに響き、鉄の支柱から1.5mほど下にぶら下がりました。
王子様は手に力を込めてぎゅっと髪を握り、剣を降ろし、髪を切りました。そして王子様は姫を地面に降ろしてから髪から手を離しました。
姫を地面に降ろした後、王子様も姫に続いて地面に降りました。
その後2人は談笑を楽しみました。日は上り、木々の根本から影が伸び、日時計が朝食の時間であることを知らせます。
朝食に向かうと、王室の人は皆不思議そうに、姫を見ました。朝になったのに、姫の髪が伸びていないからです。

「どうやったのだ?」

王様はフロリツェル王子様と温かく握手を交わした後、尋ねました。

「単純なことです。姫から髪を切ったから、髪が伸びるのです。私は髪から姫を切り落としたのです」
「なるほど!」

王様は感嘆しました。しかし、賢い王様はその後のことを心配し、朝食の間何度も姫の様子を伺っていました。
朝食を終え、姫は立ち上がります。姫の顔がぐんぐんと高くなっていきます。どこまでもどこまでも、高くなっていきます。
姫の身長が急に、270cmほどにまで伸びてしまったのです。

「これを恐れていたんだ!」

王様はそう、叫びました。

「しかも、どんな割合で大きくなるのかも分からない・・・・・・
髪を切ったから髪が伸びる。ならば、娘を切り落としたのなら、娘が伸びるのだ。
フロリツェル、お前はそこまで考えるべきだったのだ」

王様は悲しそうに、フロリツェル王子様に言いました。

メリサンド姫はぐんぐんと巨大化していき、夕食の頃にはすでにお城に収まりきらなくなっていました。
急遽、お庭で夕食を取ることになったのですが、姫はこのあまりに不幸な出来事に心を痛め、食欲を失ってしまいます。
姫はしくしくと泣きました。あまりに泣くものですから、お庭に大きなプールができ、そばにいた召使数人が溺れてしまいました。
その光景を目にした姫は、不思議の国のアリスを思い出して、泣くのをやめました。しかし、姫の巨大化が収まるわけではありません。
姫はドンドン巨大化していったのです。

お城のお庭に収まりきらなくなり、姫は公園に移動しました。しかしそこもすでに狭く、姫は窮屈に感じました。
姫は、1時間ごとに2倍の速さで巨大化するのです。どうすれば巨大化が止まるのか。それは誰にはわかりません。
それに、巨大な姫の寝場所も、どうすれば良いのかわからないのです。
幸運なことに、姫の服は、姫と一緒に巨大化します。そのため姫は寒い思いをせずにすみました。
姫の着ているドレスは、金色の刺繍が施された緑色のドレスです。
それを着た姫が公園に座り込むと、まるでハリエニシダの可愛らしい黄色の花が一面に咲いた、巨大な山のように見えました。

姫がどれほど巨大なのか、読者の皆様は検討もつかないでしょう。
姫を呼ぶためには、お城のてっぺんで、思い切り手を振らなくてはならないのです。
王妃様はそうやって、姫を呼びました。
王妃様がそうしている間、フロリツェル王子様は疎遠になってしまった姫を想い、悲しい顔をしていました。

一方王様は、悲しむことも、姫の悲劇をただ傍観することもありませんでした。
椅子に腰を落ち着け、王様の教母の妖精に、助けを求める手紙を書きました。
イタチに手紙を送らせました。しかしその手紙は、宛先不在で戻ってきてしまいました――

国には陰気な空気が漂っていました。そんな時、隣の王様が、この国を侵略してきたのです。
おびただしい数の兵士が船でやってきて、この島の、神聖な土壌を汚していきます。
メリサンド姫は、その様子を高いところから見下ろしていました。

「・・・・・・あまり気は進まないのですが、この体がお役に立つのなら・・・・・・」

姫は攻め入る兵士たちを両手で救い上げて、船に戻しました。そして、船を人差し指でピンと弾きました。
船はものすごい速さで海を滑り、国に帰ってしまいました。国に戻った兵士たちは、口を揃えて言いました。
100回軍法会議にかけられても良いから、もう二度とあの島には行きたくない、と。
一方メリサンド姫は、島で一番高い山に腰掛けながら、足元の大地の振動を感じていました。

「きっと、私が重すぎて、大地が悲鳴を上げているのだわ」

姫は島から海に入りました。姫にとってこの海は、くるぶしほどの深さしかありません。
その時、姫の高い目線から、巨大な艦隊が見えました。大砲や魚雷をたくさん装備して、島に攻めてきたのです。
そんな船も、姫の一蹴りで皆を沈ませることができます。しかし、姫はそれをしようとは思いませんでした。
そんなことをすれば、海兵さんは溺れてしまいますし、島は水浸しになってしまうからです。

姫は大きなマッシュルームを持ち上げるように、島を両手で持ち上げました。
島には茎があり、それが島を支えています。それごと持ち上げて、姫は別の安全な所に島を運びました。
島に着いた艦隊は、地図から島が消えてしまったことに首を傾げていました。
艦隊のある海は普段よりも荒れていました。姫が島と一緒に移動する時、足で海をかき混ぜたためです。
姫は海を歩き、良さげなところを見つけました。そこは、太陽がサンサンと照り温かく、海には怖いサメもいない、平和なところです。
姫は島を降ろしました。すぐに島の人々はイカリを降ろして島を固定し、その後寝室に入り、姫に感謝の祈りを捧げます。
姫の持つ慈悲の心と、困難を打ち砕く強大な力。姫は今、国の救世主であり、また守り神なのです。

しかし、国の救世主、守り神であるということは、とても孤独で寂しいものなのです。
数キロメートルも巨大で、話し相手もいないのです。
もしも貴方がそうなったら、元の大きさに戻って普通になって、愛する人と結婚したいと思うでしょう。
今の姫が島に近づけば、島は影で暗くなってしまいます。なので島すら遠くから、見下ろすしかないのです。
島を、お城を、お城の塔を見つめながら、姫は泣きだしてしまいました。
読者の貴方が海で泣いても、何も起こりません。しかし、もしも貴方の体がとても大きかったらどうでしょうか――

メリサンド姫は日が落ちて暗くなってから、夜空を見上げました。
キラキラ光り輝く無数のお星様を見て、言いました

「あとどれくらいしたら、お星様に頭をぶつけてしまうのかしら・・・・・・」

姫は海に突っ立ち、お星様を眺めていました。
その時、姫の耳に、小さな声が聞こえてきました。小さく、しかしはっきりした声でした。

「メリサンド、髪を切るんだ!」

そう、聞こえました。姫の身につけているものは、全部が姫と一緒に大きくなっています。
姫が持ち歩いているハサミもそうです。それはマレー半島ほどの大きさになっていました。
ワイル島ほどの大きさの針刺し、オーストラリアを一周できるほどの、数kmあるメジャーと一緒に、金の腰帯からぶら下がっていました。

姫の耳に入ってきた声はとても小さく、そして、よく知っている声です。姫の最愛の人、フロリツェル王子の声でした。
姫は金の入れ物からハサミを取り出して、髪を全部、チョキン、チョキン、チョキンと切り落としました。
姫の髪は海に落ちて、サンゴ虫がそれに棲みつき、世界一巨大なサンゴ礁を作りましたが、それはまた別のお話です。

「島に近づくんだ!」

姫が髪を切り終えると、再びフロリルェル王子の声がしました。
しかし姫はあまりにも大きすぎるので、あまり近寄ることができません。
姫は再び、夜空の星を見上げました。すると、星がドンドン姫から離れていくのです。

「さあ、泳ぐぞ!」

また、声が聞こえます。すると、姫の耳の穴から何かが出てきて、トン、と腕に降りてきました。
星はドンドン遠くに行き、気づけば海にプカプカと浮いています。
フロリツェル王子様は姫と一緒に、島を目指して泳ぎだしました。

「貴女が島を持ち上げた時に、私は手から登ったのです」

王子様はそう、姫に説明しました。
泳いでいると、次第に海が浅くなってきて、足に砂が触れました。島に到着したのです。

「そして補聴器のように耳に入っていました。しかし貴女はとても大きいので、気が付かなかったのです」

「あら、そうだったのですね」

姫はそう言って、フロリツェル王子と抱き合いました。

「あなたのおかげで、私は元の、丁度いい大きさに戻れました」

2人はお城に戻り、王様と王妃様に会います。久々の面会です、共に喜び合いました。
しかし、王様は顎を手で撫でながら、言いました。

「フロリツェルよ、お前のやったことは確かに素晴らしい。しかし、これは状況が元に戻ったに過ぎないではないか。
娘の髪がまた伸び始めたぞ!」

そのとおりです。王様の言う通り、問題は何も解決はしていないのです。
王様は再び、妖精に向けて手紙を書きました。トビウオに送らせ、後日返信がきました。

「丁度休暇から戻ってきたところです、ご迷惑をおかけしました。
『秤』を使ってみては、どうでしょうか?」

この妖精の助言の意味について、お城の人全員で協力して、1週間考え続けました。
しかし王子様はすぐに金でできた秤を用意して、お城の庭の、大きなオークの樹の下に設置しました。
そしてある朝、姫に向かって言いました。

「メリサンド、今から話すことはとても真剣な話です。
私達はもうすぐ20歳を迎えます。そろそろ、この関係を終わらせませんか?
貴女は私を信じてくれますか? この金の秤に乗ってもらえますか?」

フロリツェル王子様は姫を庭に呼び、姫が秤に乗るのを助けました。姫は秤の上で丸まっています。
緑色と金色のドレスを着た姫の丸まる様子は、まるでキンポウゲの花の咲いている緑の丘のようです。

「それで、もう一方のお皿には、何を乗せるのですか?」

「貴女の髪です」

フロリツェル王子は言いました。

「貴女から髪を切れば、髪が伸びます。貴女を髪から切り落せば・・・忘れもしません、貴女が大きくなるのです。
しかし、髪と貴女の重さが同じ時に、貴女と髪を切り離せばどうなるでしょうか?
どちらが伸びるべきかわからなくなるのでは、ないでしょうか?」

「両方が伸びるということは、ないのでしょうか?」

メリサンド姫は恐れながら言いました。王子様は身震いしながら、首を横に振りました。

「あり得ません。マレヴォラの魔法にも限界があります。それに、かの妖精も、秤を使えと仰ったではありませんか。
メリサンド姫、お聞きします。私を信じて、試していただけますか?」

「はい、貴方の願いなら」

メリサンド姫は、そう、答えました。

「でもその前に、私の最愛の人たち、お母様とお父様、乳母さんと貴方にキスをさせてください。
もしも私は再び大きくなってしまったら、私は誰にもキスできなくなってしまうのですから」

そしてメリサンド姫は、その人たちと順番にキスしました。
それが終わると、乳母が姫の髪を切り落とします。そして恐ろしい速さで髪が伸び始めました。
王様と王妃様はその髪をせっせと秤の上に乘せていきます。秤が徐々に、下がっていきました。
王子様は剣をもって、2つの秤の間に立っています。秤の高さが同じになる瞬間を、じっと待ちます。
そして、姫の髪が10mほど伸びた頃、剣がキラリと輝き、周囲を照らしました――

「・・・・・・うむ、お前の判断は正しいようだ」

王様はそう言って、フロリツェル王子様の手を取ります。
王妃様と乳母はメリサンド姫のもとへと走り、姫が金の秤から降りるのを手助けしました。

姫の金色の髪でいっぱいの秤は地面に落ちて、姫は王子様のもとへと歩み寄ります。
姫の体は大きくなっていません。髪も伸びていません。姫は嬉しくて、笑って、そして、泣きだしてしまいました。
メリサンド姫は王子様に何度もキスをして、そして翌日、2人は結婚しました。

結婚式の最中、誰もが姫の美しさに目を奪われました。
姫の髪の毛はたったの150cm、くるぶしに届くくらいの長さしかありません、

なぜ、姫の髪の毛は150cmなのでしょうか。
金の秤のお皿の間の長さは3mです。
そして、王子様はその優れた動体視力でもって、キッカリ真ん中で剣をおろしたのでした。
(おしまい)