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以下は,科学者であるポール・アハーン博士の録音を書き起こしたものである.

2012/1/29

明日で,ジェスと結婚してからちょうど一月だ・・・・・・もっとも,その大半を,私達は別々に過ごし,連絡すらつかないのだが.

結婚生活はまだ始まらず,私はジェスがとても恋しい.しかし,ジェスから知らせがないうちは,キャルダー・ペン・リチャードソンの件について常に注意していなくてはならない.本来,ジェスと結婚し,ジェスと共に過ごすということは,あり得なかったかもしれないのだ.とりあえず確かなのは,我々には好機があるということだけである.

今の今までジェスの成長及び成長率が変化していなければ,彼女は今頃,460cm近くあるはずだ.そして土曜日までには確実に,その高さに達するだろう.

面白いことに,ジェスの成長というものが,私とジェスの絆を取り持っているように私は感じる.私はジェスに成長してほしいと強く願っているのだ.あと1ヶ月,ジェスの成長が続けば,CPRラボは彼女を公から隠すことが不可能になるのだ・・・・・・私達は,それを狙っている.

もし・・・・・・もしも今の私の人生に,希望だけでもあれば.私は今,CPRラボでつまらない仕事をしている.奴らが私に終始目を光らしているのは確実だ.たとえ私がラボを辞職したとしても,また別の方法で私とコンタクトを取るのだろう.とにかく私を監視して,私の身を安全にしていたいのだろう・・・・・・今のところは.

くそっ! 考えすぎだ.僕までが,偏執狂になってしまった.

(以下は,2012/1/30にポール・アハーンの携帯に記録されていたメッセージである)

低い女性の声:もしもし,ポール?

ポール:ジェスかい? やったー!

ジェス:ふふふ.私,ちょっといま困っているの.私がどこにいるかは言わないわ.まだ,逃げるチャンスはあるからね,0.1%未満の確率だけどね.それで,いま放送局を作っているの,リモートでカメラを回したり,切ったりできるやつを.ここで私の状況について撮影したものは全部,あなたのPCや携帯から見られるわ.

ポール:本当かい?

ジェス:もう少しで完成よ.ところで,調子はどう? リトルマン.

ポール:この状況で,キミと話せて元気になったよ.

ジェス:動く準備はできてるの?

ポール:完璧にできてるよ.もうビルから出て,ルビーのオフィスに向かっているところさ.

ジェス:素晴らしいわ.ねえ,何かがあったら,あなたの身の安全を優先してちょうだいね.

ポール:いや.キミに危険が及ばない限り,そうはしない.キミは僕の2倍以上大きいけど,僕は,最愛の妻を全力で守るよ.キミが危険なら,当然僕から助けに行くし.

ジェス:リトルマン・・・・・・愛してる

ポール:僕も愛してる,ビッグママ・・・・・・じゃあね.

ジェス:うん,そろそろ切らないとね.バイバイ.

(以下は,ポール・アハーンによるオーディオの記録である)

私はルビーの事務所に向かった.幸運にも,彼女はすぐに応対可能だった.私はPCでジェスのストリーミングビデオの準備をしながら,懐疑的な彼女に今の状況について簡単に説明した.ビデオが流れると,私はPCを開いてルビーに見せた.

ルビーはスクリーンを眺めながら,状況を理解したようだった.私は,ルビーが弁護士らしい冷静な態度を崩す様子を,初めて見た.彼女の瞳孔は開き,口元は緩んだ.数秒後,彼女は言った.「この人が,あなたの奥さん?」

私は頷いた.

「でも彼女,身長が460cmくらいあるわよ」

「数日後には,そうなるね.でも今日は442cmだよ」

ルビーは私を見て,言った.

「これが,CPRが隠蔽したがっているっていう」

「その通り.ジェスはとある事故でこうなってしまった.会社のやつらは,会社のイメージのために,これを公表したがらない.やつらは僕らのアパートを捜索して,ジェスの居場所をつきつめようと世界中を巡って,このことを隠そうとしている」

ルビーは興奮した様子で,私の方を見た.

「このビデオは,他の州で撮ってるの?」

「多分,そうだと思う.窓の外の様子からして,ロッキー山脈の辺りじゃないかな?」

「あの,殺伐としたところね.CPRが他の州で誘拐しているなら,FBIが動けるわね」

「いや,やつらは今頃裁判所にいるか,隠蔽の準備していると思う.緊急審問で,ジェスを心神喪失ということにしてジェスの保護を訴えるつもりなんだ」

ルビーは私の手首を掴み,歩き出した.

「私についてきて」

私達は第3オフィスを出て,ルビーは受付係に言った.

「今日の面会は,全部キャンセルしておいてくれる.ちょっと出かけてくるわ.文字通り,私の弁護士人生で『最大』の仕事なの」

数分で私達は裁判所に着いた.ルビーは,CPRの審問がちょうど始まっていることを知っていた.

ルビーは私を見て,言った.

「今から,劇場的な入室をしてみようと思うの.準備はいい?」

私は,深くため息をついた.

「前にやったようなのか」

「じゃあ,行きましょう!」

私達は,法廷に入室した.

ハゲ頭の裁判官が後ろの方のベンチに座っている.立て札には,『裁判官 ラウール・ユージーン』とある.背が高く,痩せた男性裁判官だ.彼はキャルダー博士の隣に座り,話していた.

「裁判長,法廷助言者として,少々話してもよろしいですか」

「はい,認めます」

ルビーは私の方を見て,ここで待っていろと目で語りかけた.ルビーが階段を上がっていくと,キャルダーは私の方を見て,驚きと動揺を隠せない様子だった.

短い話し合いの後,裁判官たちが歩き出した.

「マルダーさん,あなたがいかなる立場でもってこの裁判に加わるのかをはっきり述べてください」

裁判長が言った.

「裁判長,私はジェシカ・エゴルフ・アハーン博士の夫,ポール・アハーン博士の代理人としてきました」

「夫だと! 何があったんだ!」

裁判長は,キャルダーを睨みつけた.

「裁判長,異議を唱えます」CPR側の弁護人が言った.

「アハーン両氏の結婚が仮に真実であったとしても,それはエゴルフ博士の心神喪失の後であることは確実です.ポール博士には,エゴルフ博士の思い違いに拍車をかけた可能性があります」

「裁判長,ここにアハーン両氏の結婚に関する証明書があります.提出されたのは,2011/12/30,これは,この審問の初回の日付です.」

ルビーは,裁判長に私の結婚証明書と,牧師による証明書を渡した.

裁判長は文書を見た後,「受理します」と言った.

「いつ2人が結婚をしたかに関係なく,アハーン博士は夫としてこの場にいます.タッカーさん,あなたは思い違いについて言及しました.申し立てによれば,エゴルフ博士はどのような思い違いをして,どんな被害を被っているのですか?」

「エゴルフ博士は,自分が巨人だと思い込んでいるのです,裁判長」タッカーは言った.

ユージーンはルビーの方を見た.「マルダーさん?」

ルビーは深く,ため息をついた.

「裁判長,私達はアハーン夫人が思い違いなどしていないということ,そしてCPR研究所が自己保身のためにアハーン夫人を世間の目から隠していること,その動機は彼女の今現在の状況にあることを強く主張いたします」

「それは,エゴルフ博士は自分を巨人だと思い込んではいないということでしょうか?」,裁判官が尋ねた.

「いえ,自分を巨人だとは思っています.しかしそれは,アハーン婦人が事実,巨人であるからそうなのです」

キャルダーは,企てがバレたというように頭を抱え,タッカーは驚いた表情でルビーを見た.

裁判長も驚いた様子だった,そして同時に,キャルダーの仕草を横目で見ていた.

「マルダーさん,これは『34丁目の奇跡』ではありませんよ」ユージーンは言った.

「証拠があります!」

そう言ってルビーは,私のPCと,私が家から持ってきたジェニスに関する全記録データを取り出した.

「科学的なデータがここにあります.アハーン博士による,オーディオでの記録データです.これにはアハーン夫人自身の,自分の成長に関する証言およびその他の映像も含まれています.映像をこの場でお見せしたいと思います.他の証拠については,後日検討をする予定です」

「異議あり!」タッカーが言った.

「裁判長,今はこれらを閲覧する十分な時間がありません」

ルビーは,バックアップ用のフラッシュメモリーを1つ,タッカーに投げ渡した.「またそうやって逃げるのね,どうぞ,見てちょうだい」

そう言って,ルビーは裁判長のほうを向いた.

「裁判長,アハーン夫人は現在不自由で危険な状況にあります.タッカー氏の事情によらず,今確かめるべきです」

ユージーンはタッカーに身振りを添えて言った.「命じます,ここで見てください」

タッカーの顔が青ざめた.ユージーンは険しい表情をしており,額に汗を流した.

「ああ神よ・・・・・・彼らはジェシカにスタンガンで攻撃しました」ある裁判官が言った.
「彼女は素直に降伏して,おとなしくこちらへと来ました.そして,彼らはスタンガンを当てたのです」

「裁判長,あちらの方々の制服には記章がついていません」ルビーは言った.
「あの方々は法律家ではないのです.アハーン夫人を匿うべく雇われた悪の手先なのです」

「裁判長,このビデオはどう見てもフェイクです!」タッカーが言った.

「作り物にしては,あまりに精巧です」裁判長は言った.

「裁判長・・・・・・」タッカーは抗議した.

ユージーンは人差し指を立てて,タッカーを黙らせる.

「キャルダー博士,お尋ねします.あなたは,エゴルフ博士は自分が巨人であるという妄想にとりつかれていると,おっしゃいましたね.アハーン博士は,エゴルフ博士は正真正銘の巨人であると主張し,その証拠もここにある.この問題を解決する手っ取り早い方法があります.エゴルフ博士を出してください」

「なに?」キャルダーは言った.

「エゴルフ博士を出してください,彼女をここに連れてきてください.私がこの目で,彼女が本当に巨人なのか,そうではないかを判断します.そうすれば,万事解決です」

「な・・・・・・それはできません,裁判長.我々はいま,エゴルフ博士をこの州に連れてきているところなのです」

裁判長は眉を上げて,言った.

「彼女はこの州にはいらっしゃらないのですか? ほう・・・・・・では,明日までには連れて来られますか?」

「ええ,はい.しかし,彼女はこの場で,あなたに危害を加えるかもしれませんよ」

「そうですか,それなら」裁判長は言った.「もしもここに連れて来られないのなら,彼女のいるところで裁判を開きましょう」

「しかし・・・・・・」

「キャルダー博士,はっきりとおっしゃってください.明日エゴルフ博士を連れてくるのか,私が彼女の方へ出向くのか.さもなくば,私はあなたを法廷侮辱罪として,今後の方針が決まるまであなたを禁錮いたします」

「はい,裁判長」ルビーは言った.

「裁判長,私が信用できるCPR関係者から得た情報では,CPRはアハーン博士の自宅を無許可で捜索し,またアハーン夫人に対して暴力行為をしたとのことです.私達は,アハーン博士を奥さんと再開できるまで,夜の間は安全な所で保護することを望みます」

裁判長は首を振った.

「それについては今は言及しようとは思いません.しかしアハーン博士,私達はあなたに手を貸そうと思います」

私は,ジェスが自分よりも家族を大事にすることを知っている.よってCPRの言っていたことは嘘だ.タッカーが,それがウソと知っているのかはわからない.しかし,私がこの場を引けば,今度はジェスの家族が呼び出される.そうなれば,戦闘はまぬかれない.

その日の夜,私は小さなベッドで寝た.玄関のソファーには巨漢なガードマンがいた.そして翌朝,巨漢なガードマンと一緒に朝食をとった.

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2012/1/31

午前8時,私は裁判所に出向き,裁判の続きが行われた.

それから・・・・・・忘れるわけない,そしてこれからも永遠に忘れられない.あの出来事があった.裁判長が入ってくるなり,私達は会釈した.裁判長は法廷を見渡し,ジェスがいないのを確認し,キャルダーに言った.「エゴルフ博士はどこですか?」レコードをケースから取り出しながら,言った.

キャルダーは立ち上がった.「不運なことに裁判長,エゴルフ博士を今,ここにお連れすることはできません.昨夜,彼女はガラスで自分の首を切り,亡くなってしまいました・・・・・・自殺です」

私は椅子の中に吸い込まれるような気持ちとなった後,目の前の世界が真っ暗になった・・・・・・そんな感じがした.机に伏せて,私は泣いた.最愛の人の死の報告を聞きながら,私は声を上げて大泣きした.