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以下は,科学者であるポール・アハーン博士の録音を書き起こしたものである.

私は机の上に腕を乗せ,その上に頭を置いて,泣いている.ジェシカが自殺したというキャルダー博士の発言の後に,私は何も言うことができなかった.

一方で,自殺というのはジェスらしくないと私は思った.もう一方で,もし仮にジェスが研究室のモルモットとなってそこまで追い込まれていたのであれば,ジェスは持ち前の天才的頭脳で持って脱出を試みるはずだと思った.

肩に手が触れ,ルビーが私に囁く.「諦めちゃダメ,ポール.まだ希望はあると思うわ」

ユージーンの声が聞こえた.「キャルダー博士,あなたの組織で保護しているエゴルフ博士が昨夜自殺を図った,ということでよろしいでしょうか」

「束の間の出来事でして,どうにかようと奮闘する間に・・・・・・」

「それが,あなたの主張ですね,キャルダー博士」

「はい,裁判長.大変残念なことではありますが」

裁判長は法廷の左の方を見た.私が今朝来た時からそこには,昨日はいなかった1人の男がいた.彼はライトブルーのブレザーとカーキ色のスラックスを身につけていた.そんな彼を,裁判長は見ていた.

ユージーン裁判長はキャルダー氏の方を向き直った.「その出来事は,エゴルフ博士を外に連れし,我々に提示しようとした時に起こったのですか?」

「はい,裁判長」キャルダーはそう言った.

「勝手な理屈だ」ユージーンは言った.

「えー,では,キャルダー博士.もしもエゴルフ博士が亡くなったというのなら,彼女の遺体を提示してください」

「はい?」

「遺体を提示してください.もしくは法廷をそこに移しましょう」

キャルダー氏は目を泳がせた.「で・・・・・・できません.裁判長」

「なぜですか?」裁判長はそう尋ねた.

「我々は・・・・・・ウィルスが伝搬することを恐れて,すでに火葬してしまいました」

「キャルダー博士,あなたは嘘をついていますね」ユージーンはそう言った.

「火葬において何が必要と鳴るのかを,私は知っています.私はこの地区での火葬は全て把握しています.昨夜に行われた火葬は一つもありませんでした.あなたは何かをごまかしているのではないかと,私は疑っています.これは法廷侮辱罪です.警備員,キャルダー博士を保護しなさい」

キャルダー側の痩せた弁護士が立ち上がった.「私は裁判長に意義を唱えます」

「却下します」裁判長は言った.

「現在,1人の女性の人生および自由が危険にさらされています.解決とまでは言いませんが,このことは確かでしょう.エゴルフ博士の現在の所在及び状況が一番の心配です.また,あなたの依頼人は我々にその事実を,偽証とまでは言いませんが故意に隠蔽しました.」

ユージーンはライトブルーのブレザーを着た,例の男のほうを向いた.

「キャルダー博士には初見でしょう,我々の検察官です.カルミナ・ウィンチェスターさん,彼がキャルダー博士です.今朝,一連の証拠品を渡しましたし,この法廷でのやりとりもお聞きになったことでしょう.この証拠が法権力によって提出されたものとして,あなたはどのように思いますか?」

「私は,キャルダー博士及びその他エゴルフ博士の誘拐に携わった人々を,殺人罪として告訴いたすことでしょう」

「さ,殺人!?」キャルダーはそう,叫んだ.

「あなたの証言では,エゴルフ博士は誘拐中のあなたの行為によって亡くなったということでしょう」ウィンチェスターは言った.

「彼女が死に至らしめたのはあなたです.それが自殺であるにしろ,少なくとも彼女は病気なのですから」

ユージーンは口をすぼめて,キャルダーの方を向いた.

「今,あなたがお聞きになったことを踏まえて,もう一度指示します.エゴルフ博士,もしくは彼女の遺体を法廷に提示しなさい」

キャルダーは顔を赤くして言った「・・・・・・できません,裁判長」

「なぜですか?」

しばらくの沈黙の後,キャルダーは言った.「我々は,彼女を裁判所まで連れてくることができないからです」

「それはなぜですか?」

沈黙が流れた.

「キャルダー博士,エゴルフ博士はどこにいますか?」

キャルダーはじっとしていた.「プラシュケの街の東部工業団地にある,今は動いていない自動車工場です」

「ここの北の方ですね」ユージーンは言った.

「奇妙ですね,博士.医学的,精神的なケアが必要な人間を,病院ではなく閉鎖した自動車工場で管理していたんですか? どうしてそんなところで管理しているんですか?」

キャルダーは目を瞑り,頭を下げた.「それは,彼女が普通の病院には入りきらなかったからです」

「それはつまり,アハーン夫人は本当に,巨人であると言うことですか?」

「はい」キャルダーは静かに,そう言った.頭は下げたままだった.

「警備員,郡保安官の部署に連絡を入れてください.キャルダー博士は我々と一緒にプラシュケに行き,アハーン夫人を解放します.皆様,現在この裁判の議事録は機密です.近い内に公開される予定ですが,状況によっては,アハーン夫妻を守るべく機密とする必要があるかもしれません.この裁判はこれにて休廷といたします.プラシュケの工場にて,集まり次第再開し,議事録も機密のままとします」

ユージーンは記者の方を見た.

「あなたにも,我々とともに来ていただきたい.ポータブルのレコーダーを持参してください」

「承知しました,裁判長」

私ははキャルダーを見るなり,怒りが爆発した.
「おいキャルダー!」私はそう叫んだ.

「ジェスに関して嘘つきやがって.僕ら全員に,ジェスは死んだと思わせようとしたのか? 本当に僕らを殺そうとしたのか? お前はク――」

「もう十分よ,ポール」ルビーが私の肩を叩いて,そう言った.

「彼はじきに罰せられるわ.さあ,あなたの奥さんの元に,行きましょう」

プラシュケまではたったの30分だったが,私にはそれが何時間にも思えた.私はルビーとともに,郡保安官のボックスカーのハウス部分に,キャルダー博士と共に乗っていた.裁判長,記者,キャルダーの弁護士,検察官も我々と同じところに乗っていた.

到着するとすぐ,私は手錠をかけられたキャルダーを見た.

「そこの入り口を抜けると,すぐに彼女に会えるさ」彼は両手でジェスチャーをしながら,言った.

私はすぐにドアから出て,かけ出した.しかしユージーンの声が聞こえた.

「アハーン博士,お待ちを.ここも法廷です.証拠を保護するためにも,我々全員で一緒に入りましょう.ただしキャルダー博士は別です,我々が入っている間は警備員の保護下に置かれます」

私はじっと耐えた,ジェスが心配だった,彼女の安否を確かめたかった.我々が中に入ると,補佐官がカメラを回し,記者がレコーダーを回した.

入り口の上下開閉式のドアが開き,私は歓喜と恐怖を胸に抱いた.最愛のジェスがそこにはいた,服はボロボロになり,ビデオ内でスタンガンを押し付けていた位置には焼け跡が残っていた.ジェスは壁と手錠でつながれていた.その手錠は常人にとっては非常に大きいものであるが,ジェニスはあまりに小さすぎる.手首から出血していた.

我々の影が,床に座ったジェスの上に落ちている.鎖のせいで,彼女の腕は上がったままだ.

ユージーンは顔を赤くし,その目は怒りに満ち溢れていた.
「ただちに解放しなさい!」彼はそう叫んだ.

私はもう我慢ができなかった.妻の方へ突進し,「ジェス!」と叫んだ.

ジェスの目は開き,喜びの色が宿り,そして涙を流していた.
「ポール!」彼女はそう叫んだ.

私はジェスの脚を登り,首に抱きついた.そしてお互い,キスをし合った.

補佐官たちは,その場で作業をしていた者たちを逮捕し,1人が巨大なカギを入手し,ジェスの方へと向かった.彼はジェスを前にして困惑しているようだった.どうすれば,手錠の位置まで行けるのかと.

それに気がついたジェスは,その補佐官に微笑みかけた.
「ポール,あの人は手錠を外すために,どうやってここまで登ってこようか迷っているみたい.ねえ,アナタ.彼を助けて,私を自由にしてちょうだい」

「もちろん」
私はそう言い,ジェスの脚から降りて補佐官の方に向かう.彼は鍵を渡してくれ,私は再びジェスの胴体をよじ登り,肩に乗り,手錠の鍵を開けた.

「ありがと」
鍵を開けた直後に,ジェスは言った.
「最初からすごく小さくて,それから成長しちゃったの」

「アハーン夫人,ここは巡回裁判所の法廷です」ユージーンが言った.
「私は裁判長のラウール・ユージーンです.あなたはこちらの弁護士をご存じですか?」

「いいえ,でも大体予想はつきます.そちらのキレイな洋服の女性はルビーさん,私の夫の弁護士です.そしてライトブルーのジャケットを着た方が郡検察官のウィンチェスターさん.そしてそちらが多分CPR側の弁護士とキャルダー博士」

「全問正解です.手首の外傷,及びその他の傷に関して,手当は必要ですか?」

「いえ」ジェスは即答した.
「私は,成長すると自然に治ります.今夜までには,手首の傷は跡は残りますが,治ると思います.明日の夕方までには跡も消えていると思います.ただ,もしよければ立ち上がってもいいですか?」

「はい,どうぞ」ユージーンが言った.
「エゴルフ博士,あなたに今回の事件について証言をしてほしいのですが」
「はい,わかりました」

それから1時間,ジェスは自分の体験を語った.一切の事実を全てありのままに,しかし冷静に淡々と落ち着いた様子で語った.ジェスの現在の身長は,彼女の計算によれば448cmらしい.

ジェスが全てを話し終えた後,検察は郡保安官の補佐官と今回の事件について,連邦の権限でもっていかに対処していくかを話し合った.

検察が結論を出す前に,裁判長が言った.
「あなた達,そしてアハーン夫人に思い出してほしいこと,及び伝えたいことがあります.今回の件は機密扱いです.私はこの件を,アハーン夫妻が開示を試みるまでは機密にするつもりです.私は,アハーン夫人の外見及びこの一連の事件がきっかけとなって,マスコミの加熱取材を招くことを恐れています.アハーン夫妻の準備ができるまで,この件については厳格に管理するつもりです.開示するかはあなた達に委ねます.例外的な措置ですが,この件じたい,非常に特殊ですので」

「ありがとうございます,裁判長.私はすでに,メディアへの開示について準備を進めています」ジェスは言った.
「自分もそうです」私も付け加えた.

裁判長は,ニコリとほくそ笑んだ.
「あなたの旦那さんが提示してくれた証拠品を見て,あなた達2人がすでに準備を進めていると聞いても驚きません.機密状態は維持されます・・・・・・ただ,ウィンチェスターさん,あなたは法権力の下でこの機密事項にアクセスできます」
「ありがとうございます,裁判長」ウィンチェスターは言った.

「皆様,裁判はおしまいです.外に出ましょう」ユージーンは言った.
「きっと,アハーン夫妻はお2人だけの時間を過ごしたいはずです」

我々以外の全員が去っていく.私は声を上げた.
「ルビー!」

彼女は振り返った.彼女が涙を流していることに,気がついた.
「なに?」

私は地面に降りて,彼女を抱きしめた.
「ルビー,君は命の恩人だ」
「お役に立てて,嬉しいわ」ルビーは言った.

ルビーが出て行くと直ぐに,ジェスは私を腕ですくい上げた.
「ポール,よくやったわね!」ジェスはそう言って,満面の笑みを浮かべた.

「ああ,やったよ!」私は言った.私達は再び,お互いにキスをし合った.
メディアへの準備は後でも良いだろう.今はこの広い空間で,今まで抑圧されてきた新婚夫婦としての情熱を発散する必要がある.