第二章「初めの一歩」


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唖然として瞬きをすると、何が起きたのか、そして今どこにいるのかを理解しようとした。
二人はただただ広大な平原に…いや、正確には、平原とはほとんど言えない空間であった。
地形のようなうねりも見られないし、草の一本も生えていなかった。
その中に岩と言うか結晶と言うか、奇妙な灰色の斑点が点々としていた。
また、小さな水溜りもあり、その脇には見たこともないような結晶が生えていた。

「ねぇ、一体何が起きたと言うの…?」
ジルは目をこすりながら言った。
「あの機械が何したの?私たちはどこなの?」
いつも通りジルは頼りなかった。

「私だって分かるはずないじゃない。」
突然の出来事に混乱しながら、ケイトは返した。
何か周りに目印になるものがないか、とにかく何か見つけられないか。
ケイトはその一歩を踏み出した。
しかし見渡す限り全くの無が広がっていた。
ケイトは灰色の斑点の前で立ち止まった。

「どうしたの?」
ジルが尋ねた。

「私たちが今どこにいるのかはおろか、これが何かということさえ分からないのよ。
だから、この先踏み出せないの。」
その灰色の点をつま先で指しながらケイトは言った。
ジルはそれを跨いでケイトの隣に立つと、しゃがみ込んで興味深く観察を始めた。

「そうね、どこか他の場所へ行ったり何かに触れたりする前に、
ここがどこなのか、何が起きたのかを知るべきね。」
ジルも同じ意見だった。

ケイトは少しふざけて言った。
「アインシュタインなら分かるのかしら…」

「ちょっと真面目に考えないとダメよ。
まず第一に、私たちはあの機械に関して何も知らなかった。
ケイトが言うには、あなたのお父さん『マッドサイエンティスト』なんでしょ?
だったら、あの機械がどんな動きをしても不思議じゃないわ。
さらに、それが爆発した。
ということは、想定とは違う動きだった可能性もあるのよ。
だから常識の範囲で考えててもダメじゃないかしら。」
ジルはAir quotesをしながら話した。

「つまりは、全くぶっ飛んだ夢の中でも起こらないような、
へんちくりんな事が起きたってことが言いたいのね?
ふふん、これは素晴らしい結論ですよ、名探偵ホームズ!」

「ちょっと待ちなさいよね、まだそうとは言ってないわよ」
そしてジルは続けた。
「周りには本当に何もないわよね。私たちすごい変な場所にいるのよ。
これって、どこかにテレポートしちゃたんじゃないかしら。
地球上のどこか、もしくは他の星か、はたまた別次元に飛んでしまったか…」

「そしたら、もし違う宇宙のようなものにいるとしたら、私たちどうやって家に帰るの?」
ケイトは少し言葉を強めて言った。
ジルは言葉に詰まり、うつろな表情をしてしまった。
「あのね、私はこんな所にこのまま親指をくるくる回しながらぼんやり立ち続けてるつもりはないの。」
そしてケイトは少し皮肉っぽく続けた。
「くそ!これはきっと誰かの手の平の上で踊らされてるの。私は一人で元に戻る方法を探すわ。」

「ダメよ!!」
ケイトが振り向くと同時にジルが叫んだ。びっくりしたケイトは、ジルに向き直った。
「私はね、ちょっと待ってって言ってるの。今、本当におかしなことが起きてるの。
どうすればいいかも分からないからこそ、私たちは一緒にいるべきなのよ。
ただでさえ、ここがどこなのかも分からないのに、どこを歩いてもいいのかも分からないのに、
この灰色の点が何なのかさえ分からないのに…
これは植物なの?岩なの?触っても大丈夫なの?危ないの?それさえ分からないでしょ?」

「私はそれには触らないってもう言ったはずよ。
もしそれが何か知りたければ、あんたが頑張ればいいじゃない。」

ジルは冒険好きとは程遠い性格だったが、非常に科学的でかつ理論的な思考の持ち主だった。
さらに、唯一の友達であるケイトの前では、臆病な姿を見せたくなかった。
ケイトは足を上げ、灰色の部分の上にかざしたまま、本当にこれがいい方法かどうか少し考えた。
…いや、ダメだ、やっちゃいけない。
ジルは足を元に戻した。
いや、でもやってみる価値はあるんじゃないかしら。
ジルは再び足を上げ、そして灰色の部分に下ろした。

世界は、とりわけアメリカの中西部に住む数百万の人たちは、二つの疑問と闘っていた。
何が起きた?そして、なぜ?
それはある普通の夏の日だった。
何の前触れもなく、突然とてつもない揺れがアメリカ中西部を襲った。
爆弾でも落ちたのかと、人々は窓の外を見たり外に出たりした。
しかし彼らが見たものは完全に説明不能な景色だった。

インディアナ州の真ん中に二人の少女が立っていた。
そして、その二人はあり得ないほど大きかった。
息が止まるほどに、頭がクラクラするほどに、気を失うほどに、二人は巨大だった。
彼女らはその足だけで小さな町をいくつも消し去っていた。
そして、ここは彼女らのちょうど足元だった。

二人は互いに何かを話し始めた。
その声は半径数マイルにいる者全ての耳をつんざき、そして恐怖と畏怖の念を起こさせた。
ある者は、二人の大きさを測ろうとしたが、しかし全く分からなかった。
人類はこれほどの物を測る術を持っていなかったのだ。
ただし、少なくともその巨大な足は数マイルあるだろうという推測はできた。
それはつまり、その身長は数十マイルもあるだろうということは分かった。

ケイトに一番近いところにいた者は、その大きさを測る術が全くなかった。
というのは、ビーチサンダルの上さえ見ることができなかったためだ。
人々にしてみれば、それは数千フィートもの高さを持つピンク色の壁が突如出現したようなものだった。
町は混乱と恐怖に包まれたが、しかしそれもすぐに終わった。
それは、ジルと話している間にケイトが何気なく姿勢を変え、足を少しだけ前に動かした時だった。
莫大なビーチサンダルが数千フィート上空に持ち上がると、それは数マイル前方へ移動し、
そしてその下にある物全てを押し潰しながら着地した。

それは地獄の始まりだった。
人々は二人から少しでも遠ざかろうと逃げ始めた。
結局のところ二人から逃げ出すことなど不可能であったため、それは最終的には全くの無意味であった。
が、このパニックの中理性が勝るような人などほとんどおらず、
道は逃げ行く数千の人たちで瞬く間に溢れかえった。

ケイトが歩き始めたとき、人々の視界には全く信じ難い景色が映った。
数マイルもある途轍もなく巨大な足がはるか上空へ持ち上がり、数マイル前方へ移動し、
そして小さな町でさえまっ平らにしながら地面へと着地した。
もう一方の脚が人類の規格外の力で曲がると、その足がすぐに続いて上空を数十マイルも飛行し、
アメリカ中西部の小さな町に住む数万もの人々を巻き上げ、撒き散らした。
歩行という全く普通の動作でさえ、それは間違いなく恐怖だった。
長い脚は空へと伸び、その素晴らしいお尻はショートパンツにぴっちりと収まっていた。
ケイトがインディアナポリスの端に着いた時には、
100万以上の人々と家々がその可愛らしいピンクのサンダルに踏み潰されていた。

ケイトがインディアナアポリスの前で立ち止まって見下ろしたとき、街の人々は、恐怖に凍りついた。
この巨大な女がこの街にどんな恐ろしいことをしようとしているのか、人々はその視線に戦慄した。
少女がその巨大な足を上げ、街の上にかざした時、数千の人々は来たる死を覚悟した。
が、しかし、足を再び元の位置に戻すのを見ると、何もしないでくれたのだと人々は大喜びした。

しかしその喜びもつかの間だった。
少し遠くの金髪の少女も動き始めたのだ。
それは信じ難い光景だった。
その一歩一歩で数マイルを覆い尽くしながら、刻一刻と近付いてくる彼女は、
どこまでも大きくなるかのような錯覚がした。
霞み掛かった姿は次第に鮮明になっていった。
ケイトのサンダルがしてきたことと同じように、ジルのスニーカーは途轍もなく容赦なかった。
そして、ジルはケイトの歩いた道の隣を歩いたため、また同じような破壊活動が行われた。

ジルがケイトの隣に立ったとき、人々はケイトよりジルの方が数マイル大きいことが分かった。
しかしそれはほとんど無視できるような差だった。
二人の超巨人は何か会話をしながらそこに立っていた。
一方足元の人々は今この瞬間何が起きているのか、理解しようと必死だった。
やがて、金髪の女が動いた。
女はその途轍もなく巨大な足を街の上にかざした。
街の数十万もの人々は、その足の作り出した永遠のような闇の中に放り込まれた。

人々の中には、もう一人の巨人と同じように足を元に戻してくれるだろうと期待した。
これはもしかしたら何かの試験なのではないか。
この巨人は人々に恐怖を与えようとしているのだろうか、
もしくは茶髪の女と同じように、実は優しさを持っているのではないか?
我々はこの恐怖から逃れることができるのだろうか…

人々はすぐにその答えが分かった。
ノーだ。
途轍もなく巨大なスニーカーが徐々に降下し、
数十万もの命を奪いながら、数百もの街の区画を跡形もなく押し潰した。
最も高い建物でさえその靴底の隙間よりも小さかったため、
初めはその隙間にいる者は助かったかのように見えた。
しかし、ジルが体重をかけると、靴は地面に沈み込んだ。
更に追い討ちをかけるかのように靴をグリグリと踏み躙ると、ようやく一連の動きを終えた。

ジルは何も感じていなかった。
ジルはその灰色の点に触れることに漠然とした恐怖を感じていたが、結局何も起こらなかった。
非常に慎重に足を下ろし、そしてその右足に体重をかけることを決心した。
地面は普段と同じ感覚であり、そして不思議な結晶に関しては全く何も感触を感じなかった。
スニーカーの周りにはわずかに埃が舞ったことくらいしか観察できなかった。
ジルは少し足をグリグリと動かすと、その埃は更に空中に舞った。

ジルの中でもやもやした気持ちが晴れると、左足も続けて右足の隣に置いた。
「見て、ケイト?」
ジルは言った。
「何もなかったわよ」
ケイトはまだ納得できず、ジルの足の周りをじっくり観察した。
不思議な結晶はジルの靴を蝕んでもいなかったし、這い上がってきてもいなかった。
軽く触れただけなのに脆くも崩れ去っていた。一種の痛ましささえ覚えた。
「ケイトもやってみない?」

ジルは自分が優位に立ったことに満足していた。
彼女は普段は控えめだったし、いつもケイトの後についていた。
しかし今は初めの一歩を踏み出したことに誇りを感じていたし、ケイトをそそのかすことに楽しみを覚えていた。

ケイトはジルを睨み付けたが同時に、自分もやらなければならないということは彼女自身がよく分かっていた。
ケイトは臆病でも何でもなく、ただ灰色の点が何かということが分からなかっただけだ。
しかし、それがジルに危害を加えないこと、実に弱く脆いということを見て、ケイトも心を決めた。
ケイトは右足からサンダルを脱ぐと、その点に恐る恐るゆっくりと近付けた。
そしてつま先で少し突くとサッと引っ込めた。
その動きはまるで、地面から何かが出てきて捕まえられてしまうのではないかということを恐れているようだった。
しかし、何も起こらなかった。
そのままケイトは慎重に足を下ろすと、ついに体重をかけた。

「ちょっとくすぐったいや。」

「本当?」

「ホントよ。何か不思議。
何も感じなかったのに、少しだけ、よく分からないけどくすぐったいの。
あんたもやってみなよ。」
そう言うと、ケイトは左足もサンダルを脱ぎ、右足の隣に置いた。
今この時、二人は共に灰色の領域の中にいた。
ジルはスニーカーで、そしてケイトは素足で。

「いやよ。私は正気よ?ただ単に脆いってだけで、素肌では触りたくはないわ。」

「んもー、ほら、やってみなさいよ。楽しいわよ!ほら見て!」
ケイトは灰色の中を楽しそうに歩き始めた。
さらにケイトは、足を横に滑らせたり、つま先で立ってぐるっと回ったり、
さらにはムーンウォークをしたあとジルの方に向き直り、
ジルのすねに向かって地面を蹴飛ばしたりもした。
「ね?全然大丈夫でしょ!」
ケイトは舌を出してジルを嘲った。

「確かにこれが無害ってことは分かったけど、本来はここから抜け出すことを考えないとダメよ。
ケイトが言ったように、『親指をくるくる回しながら』突っ立ってる場合じゃないのよ。」
ジルはまたAir quotesをしながら言った。
「行くわよ。」

「そう、それなら結構。」
ケイトはわざとらしく咳払いをした。
「つまんないのー。」
ケイトがサンダルを履き直すと、二人は歩き始めた。
何か脱出の手がかりとなるものが見つかることを願いながら。

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第二章で犠牲になった都市
・インディアナポリス
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