「じゃあね」繁華街の街なかで、僕は彼女の胸から地面におろされた。 

たった120cmの高さでも僕は腕に抱かれて優しく降ろされなければならなかった。
そうしなければ、体を打撲していただろう。

フリルのスカートが風に吹かれ、彼女の膝が見え隠れする。

彼女は後を向いて歩きだした。腰まである長い髪が揺れていた。
走って追いかけた。僕の頭の遥か上から、周りの女性が影を落としながら次々と追い抜いていく。
夕方で多くの人で賑わっていた。
道には急いでいる様子の女性もゆっくり歩いている女性もいた。
しかし全員が僕を追い越していった。

彼女との差は開く一方だった。
もちろん、歩いているだけだ。
歩いているだけの女性にも追いつけない。
これが今の男性の姿だった。

近未来、男性の平均身長は50cmまでに縮小し
知能も女性の9歳程度までしか発達しなくなってしまった。


僕はたったさっき彼女に捨てられたのだった。
捨てる、と言っても彼女は実際には抱いていた僕を道におろしただけだった。

それだけでも、幼稚園女児よりも歩幅の小さな男性にとっては捨てられることを意味していた。

これから僕はどうすればいいのか。
遭遇したことのない事態に驚き、怯えていた。
自分よりも何倍も大きなドア。
見たことのない街。
そんな中に僕は捨てられたのだった。

考えるために歩くことにした。
コンビニの前で降ろされた僕は歩道を歩くことにした。

その時だった。カン!
大きな高い音が地面に響いた。
目の前に大きな黒いものが頭上から現れた。
ヒールだった。
後ろからも同じ音が響いた。
前も後ろもひっきりなしに同じ音がなっている。
そこには自分の何倍も大きな女性が道を闊歩する空間があった。

間違えて踏まれたら死んでしまうかもしれない。
女性に守られている間は安全だったその街は、
今では死と隣り合わせの町へと変貌していた。  

女性に踏まれないよう、上を見て気遣いながら走らなければならななった。
ヒールが地面を打つ響きが突如僕の目の前で止まった。
仕事帰りだろうか、制服を着た女性が僕を見下ろしながら「今のうちに通って。」と言った。
彼女は道に立っていることで、他の女性がこないようにしてくれていた。
彼女が立っているおかげで後にいる他の女性は別の道をあるきはじめた。
僕は安全な店の外に歩いていった。
彼女は僕が小さな足で移動するのを見かけたあと、去っていった。


ふと近くに目をやると道端に座っている女の子がいた。
制服を着ている。女子高生だった。
手で顔を覆いながら泣いていた。

捨てられたばかりの僕は彼女に何となく似たようなものを感じた。
彼女のもとに行った。
彼女は店先の階段に座って泣いていた。
僕が直立して立っても、僕の目線は彼女のふくらんだ胸までしかなかった。

「あの」僕は彼女に声をかけた。
涙であふれた彼女の顔がゆっくりと上を向いた。

「これ使ってください」僕は両手に抱えた女性サイズのティッシュを差し出した。
「雨とかで体が濡れたり汚れたときのために」と、僕を飼っていた人が最後に僕の男性用バッグいっぱいに敷き詰めたものだった。

彼女は小さく「ありがとう」といい、ティッシュ片手で受け取った。
僕が両腕を抱えてポケットティッシュを持っている姿はさぞかし女性からみたら滑稽だっただろう。
彼女がそれを持った途端、ティッシュは本来そうであるべきように彼女の手の中で小さく見えるようになった。

涙を拭いていた。
しかし、拭いてもまた涙が溢れていた。
彼女を抱きしめてあげたかった。
でも、今の僕の大きさではそれはできなかった。

助けてあげたかったけど、何故泣いているのかかわからなかった。
わかったとしてもこの小さく弱い僕には何もできないだろう。
座っている彼女の目線にも届かないような僕には。

小さくて、惨めで、無力だった。
僕は泣いている彼女の前で立ち尽くすことしかできなかった。
小さいということは弱いことの決定的な象徴だった。

捨てられてからの短期間で、女性に男性がいかに支配されているかを痛感した。

彼女たちが歩いているこの道を、僕は踏まれないように彼女たちのことを見上げながら動かなければいけなかった。
女性が通るところは、男性にとっては危険な空間だった。
踏まれる可能性があるので行けなかった。
弱いものはこうやって常に強いものの動きを観察していなければいけなかった。

そのまま立ち尽くしている僕の目の前に、大きな影が2つ現れた。
制服を着ている。学生だった。
   
二人は立ち止まってじっと僕を見下ろしていた。
僕を見ながら何かを話していた。
というのは、会話からわかることは一つもなかった。英語を使っていたからだ。
国際化が進む中で、近未来の日本では学校や会社の多くで英語が公用語になっていた。
二人も学校の帰りだからそのまま英語を使っていたのだろう。
家では日本語を使い、学校では英語を使っているのだった。

もちろん、低い知能の男性に外国語の習得は不可能だった。

ふいにその内の一人がしゃがんだ。
僕は突然の行動に体をこわばらせた。
彼女は僕が怖がっているのを感じたのか、くすっ
と笑っていた。
くしゃっとした笑顔が可愛らしかった。
「ぼく、どうしたの?」
大きく黒い目で見つめながら、
流暢な日本語で彼女は僕に話しかけた。

僕はうつむいて黙っていた。
「捨てられた」と自分の口から言うのはみじめでいやだった。
答えられないでいると彼女がいった
「捨てられたの?」
僕は静かに頷いた。

「かわいそうに。小さな体にはこの世界はさぞかし危険で怖かったでしょう」
憐れむような目でこちらを見ながらそう言った。

彼女は立ち上がり、またもう一人の学生と英語で話し始めた。
しばらくしてから彼女はまたしゃがみこんで、
「今から私のおうちに連れて行ってあげるね」といった。
 
返事を待たずに僕は脇の下に彼女の両腕を入れられ、胸に抱かれていた。
その胸はいい匂いがし、暖かった。