町外れの山の中に、高層ビルがポツリと建っている。
 100mはあるだろう、風景に似つかわしくないそれを気にする者は多かったが、元々人の少ない地域だ。わざわざ調べにいくような人間はほとんど居ない。大抵の人間は深く考えず、きっと豪勢なラブホテルなのだろうと思っていた。

 夏休みのある日、そんな場所に僕は向かっている。行くのはこれが初めてじゃない。
 実はあの建物はラブホテルなんかじゃなく、大きなカフェだ。あのビル全体が、巨大な1つのカフェになっているのだ。

 入口には黒服のボーイさんが佇んでいる。ここは会員制になっていて、何も知らない人が間違って中に入ってしまわないよう見張っているのだ。
 僕が会員証にもなっているリストバンドを見せると、ボーイさんは笑みを浮かべた。

「いらっしゃいませ」

 ボーイさんに案内され中に入ると、目の前に長い廊下が広がる。入り口は丁寧に、しかし素早く閉められた。壁には注意事項が書かれている。

【当店で見たことは外で話さないでください】
【中で何が起きても、当店は一切責任を負いません】
【店員が嫌がることは行わないでください】
【店員が何をしてもスタッフは止めることが出来ませんのでご了承ください】

 およそカフェで書かれることの無い文章の羅列を初めて来た時は怖かった。しかし実際に中に入ってみれば納得の注意書きだと思う。今日も色々と心の準備をして、廊下の先にあるドアを開けた。



「「「いらっしゃいませー」」」

 カランコロンと鳴るドアのベルに反応し、大きな声が響き渡る。狭い廊下を抜けたそこは展望台のようになっていて、手すりの先の床は途切れている。奥を見渡せば、100倍サイズの女の子数人がこちらに顔を向けて微笑んでいた。

 この巨大なカフェはデパートの吹き抜けのような構造になっていて、客は好きなフロアを移動したり、好きなところから巨大な女の子を眺めたり出来る。地下も広々と使っているおかげで外から見るよりさらに広く、大きくなった店員さんも窮屈じゃないらしい。
 女の子がこっちに向かって手を伸ばせば触れ合うことも出来る、猫カフェならぬ巨大娘カフェだ。距離が遠すぎるせいでこっちからはただ座ってる女の子にすら触ることが出来ないけれど。

 僕は邪魔にならないよう入り口から離れ、お目当てであるバニーガール衣装の子に近づく。
 彼女はルナ。この夏休みを利用してここでバイトしている女子高生だ。このお店のいろんな服を好きに着られるところが気に入ってるらしい。あと、小動物が好きなんだとか。
 僕が近づくと、ルナは嬉しそうに大きな体を近づけてきた。キングサイズの布団がいくつも並びそうな爆乳が目の前に運ばれ、その奥から僕の身長くらいありそうな眼がこちらを覗き込んでいる。

「あ! お客さんまた来てくれたんですね」
「なんだかんだこのカフェ気に入っちゃったからね。それにしても、君からみれば小さいだろうによく僕だって分かったね」
「当然ですよ。ちゃんとこれ、着けてくれてますからね」

 そう言ってルナは手首を指さす。どうやらリストバンドのことを言いたいらしい。

「専用のコンタクトやメガネを通して見ると、会員IDが浮かび上がって見えるんです。おかげで
小さくても見失いませんし、誰かもわかるんですよ」
「へ〜便利だねぇ〜」

 このお店だけ科学が発展し過ぎてるんじゃないかと思う。この店のオーナーさんはサイズフェチの欲望に身を任せすぎなんじゃなかろうか。オーナーさんとはきっといい酒が飲めそうだ。まあ、まだお酒飲めるようになったばっかだけど。

「なので絶対にリストバンドは外さないでくださいね。私から見たらお客さんたちみ〜んな、これくらい小さいんですから」

 ルナは片目を閉じると僕の目の前に手を持ってきて、人差し指と親指で何かを摘まむような形にした。指の隙間から閉じてない方の目が覗き込む。
 遠くから見てるだけでも大きいけれど、こうやって近づけられると大きさが実感出来る。座っているだけなら風景、近くで動くと生き物って感じがする。
 店員さんから見れば僕たちは2cmもないほど小さいんだもんな。絶対にリストバンドは手放さないようにしないと。

「分かった。気をつけるよ」
「そうしてください。もし無くしたら、うっかり潰しちゃうかもしれませんからね」

 ルナはニヤッと笑うと、僕に向かって指を出した。指は目の前で止まったかと思うとすぐさま動き出し、僕を押し倒した。

「あはは、お客さん可愛いですね〜」

 イタズラっぽく笑いながら指をゆらゆらと動かす。指の下から抜け出すことは出来たけど、僕は指との遊びに付き合うことにした。

「なんの! 負けないぞ〜!」

 腕を伸ばして押し返す。でもすぐにまた押し返されて、また押し返す。まるでバネで遊んでるみたいだ。本当は僕の力なんて関係なく、ただルナに指で遊ばれてるだけなんだけど。
 どっちがふれあいに来てるのか分からないまま遊んでいたら、別の子の声が聞こえてきた。

「ルナ先輩楽しそうですね〜。アタシも混ぜてくださいよ」

 視界を塞いでいた指が離れると、別の店員さんがルナの隣に来ていた。
 金のツインテールを揺らしながらやってきた彼女は指を出してきたかと思うと、遠慮なく僕の全身を押さえつけた。

「ちっちゃくて可愛いですね〜。ほら、ぐりぐり〜」

 潰さないようにはしてくれてるみたいだけど、ルナの時とは違って身動きが取れない。まるで大型犬にのしかかられてるみたいだ。
 遊んでいると言うことはつまりまだまだ本気じゃないわけで、僕はいつ押し潰されてもおかしくないと言うことだ。そのことに気づいた瞬間、僕の背筋は凍った。
 もしこの子が遊び半分で力を込めたら? 何かの拍子にうっかり力がこもってしまったら? 悪気もなくあっさりと僕の命が終わらせられてしまう事が怖くてたまらない。
 目に涙が滲み始めた時、救いの手が差し伸べられた。

「ちょっと、そんなことしたらお客さんが怖がっちゃうでしょ」
「え〜? 先輩もやってたじゃないですか〜」
「私は抑え付けたりしてないの。ほら、離してあげて」

 指がどかされ、視界が広がる。助かった。このカフェってこんなに広かったんだなぁ……
 ルナが気を遣ってくれてた事がよく分かった。指一本だけでも、触られるのと触らせてくれるのでは全然違う。目の前で申し訳なさそうにしている巨大な女の子が、今の僕には女神に見えた。

「すみませんお客さん。この子まだ入ったばっかりで……ほら、ちゃんと謝って」
「ごめんなさーい」

 下げた頭が目の前を通り過ぎる。すぐに僕の前まで顔をあげたかと思うと、手を口に当ててひそひそ声で話しかけてきた。

「もしああ言うのが好きなら言ってねお兄さん。アタシならいつでもやってあげるから」
「な”っ”//」

 すっと立ち上がると、別のお客のところへと去っていってしまった。
 正直もう一度やられたいだなんて思ってないけれど、僕はドキドキしていた。しょうがないじゃないか。美少女の顔が大迫力のパノラマ映像で視界に広がっていて、囁き声を全身で感じられたんだから。贅沢な生ASMRみたいなものだ。

「も〜、しょうがないんだから……」

 ルナの声で僕は現実に引き戻された。

「お客さんも気をつけてくださいね。この前なんてあの子、お客さんをくしゃみで吹き飛ばしちゃったんですから」
「それはなんというかまあ……凄そうだね」

 じっとルナの口を見る。それは僕が簡単に飛び込めそうなほど大きい。あんな口や鼻から勢いよく飛び出すくしゃみなんて喰らったら、後ろの壁まで飛ばされてしまうだろう。
 なんか怖いことを考えてばかりだ。せっかく楽しむために来たんだから、楽しい話題にしよう。

「今日はバニーガール衣装なんだね」
「そうなんですよ〜。可愛いでしょう?」

 よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに表情が明るくなる。

「アニメで見て可愛いな〜って思ってたんですけど、文化祭では『こんな服ダメだ!』って言われて着れなくって……。このお店だとそういうのも着られるから良いんです!」

 ルナの目が爛々と輝く。本当に服が好きなんだなぁ。

「特にここ、見てください!」

 テンションが上がりつつも、僕が怖がらないよう勢いを抑えて立ち上がってくれる。振り向いたルナは僕に向かってお尻を突き出した。

「このふわふわ尻尾、可愛いですよね〜♪」

 ぷりんと突き出たお尻の上に真っ白なポンポンが乗っかっている。ルナはそれを見せたくてフリフリとお尻を振っているんだろうけれど、正直それどころじゃなかった。
 お尻を包み込むタイツはその丸みに引っ張られて1部が薄くなり、綺麗な肌をうっすらと透けさせる。大事な部分を隠す布はピッタリと肌に張り付いて、この大きさだと肌の食い込みが良く見える。

(胸も凄いけど、こっちもこっちで……)

 僕は生唾を飲み込んですっかり見惚れていた。

「……お客さん聞いてます?」

 はっと我に帰る。そうだよ。あくまで衣装を見せてくれてるんだよな。イケナイイケナイ。

「う、うん、可愛いね!」
「ですよねですよね〜。あー良かった。誰も褒めてくれなかったらどうしようかと思いました」
「見たら絶対にみんな褒めてくれるよ。俺だってずっと見ていたいくらいだし」

 そう。見たら絶対誰もが褒める。『見る人がいたら』ね……

 このカフェに来る客は誰がどう見ても少ない。男女関係なくやってくるけど、会員制ということもあってお客の数が2桁になることの方が珍しい。まあそのおかげでこんなふうにルナとずっと話していられるから、僕にとってはありがたいんだけど。

 そもそもなんで会員制なのか。その理由は色々あるらしい。
 単純に女の子を大きくする方法を隠したいからだとか、大きさの問題で店員さんが増やせないから客が増えると困るだとか。あとは、何か問題が起きた時、目撃者が少ない方が揉み消しやすいからだとか……
 まあ、あくまで全部噂だけど。
 なんにせよ僕はこのカフェが続くならなんだって良い。こんな体験ができる場所なんて滅多にないからね。

 それから少しの間話していると、ふいにルナが上の階に向かって手を振った。

「あ、初めまして〜いらっしゃいませ〜」

 どうやら別の客がやってきたらしい。ひとまずお喋りは終わりかな。
 ルナは僕に向かってバイバイと手を振ると、すくっと立ち上がった。この何気ない動作も、このカフェの楽しみの一つだ。

 目の前にあった顔が上に上がっていき、大ボリュームの胸が目の前を通り過ぎていく。ドンと突き出たその胸を目で追えば、今度は立派な南半球を拝む事ができる。今までずっと見えていた北半球ももちろん最高の景色だけど、こっちもまた違った良さがある。その大きさは、近くに立たれると顔が隠れてしまうほどだ。
 顔が見えないのは少し寂しいけれど、そのおかげで目の前のお腹や眼下に広がる太ももをまじまじと見る事ができるのは眼福だ。

 ひとまずは小休止かな。
 そばの自販機でお菓子と飲み物を買い、椅子に座ってのんびりとする。大きくて可愛い女の子を眺めながらのんびり出来るのは最高だ。行った事ないけど、メイドカフェを楽しむっていうのはこういう感じなんだろうか。

 そういえばお菓子で思い出したけど、変な噂を耳にした事がある。どうやらここのそばで、人が飛び込めるほど大きなケーキを見た人がいるらしい。その人はバラエティ番組で使うつもりなのかと思っていたけど、そんな番組はどこでもやっていない。
 だとすればこのカフェの店員さん用なのかと思うんだけれど、皆接客してばかりで何かを口にしているところは見た事がない。裏で水分補給くらいはしてるだろうけど、わざわざこの大きさでデザートを食べる必要もないと思うんだけれど……
 もしかして噂の裏メニューとやらが関係してるのかな……? まあ考えても仕方ないか。

 食べ終えたお菓子のゴミを捨てて席に戻る。まだルナは上の客と話しているらしい。せっかくだから他の階に行ってルナを眺めてようかな。
 下の階に行くと足を間近で拝める。店員さんがスカートを履いている日は、見上げれば中を覗く事だって可能だ。ただし、流石に店員さんが立つフロアに行く事は出来ない。きっと、うっかり踏み潰してしまったりなんかしたら店員さんも悲しむからだろう。

 とりあえず今日は上に行くことにする。せっかくのバニーガールだ。むき出しの北半球を眺めていたい。
 期待を胸に上の階に来ると、そこは最高の光景が広がっていた。
 上の客に顔を近づけて話すルナは軽く前屈みになっていて、豊満な胸が下の階にかなり近づいている。天井と床の間に伸びる谷間はいつまでも眺めていられる。

 透明な手すりから身を乗り出し手を伸ばす。視界いっぱいに広がる柔肌は触れてしまいそうなほどに近い。これだけ体の大きさが違うなら、もしかしたら触っても気付かれないかもしれない。そうだとしても、本当に触る度胸はないけれど。それにしても本当に柔らかそうだ。全身で触れたらどんなに気持ちいいだろう。

 そんなことを考えていたら急に胸が近づいてきて、僕がいる階にぶつかった。驚いた僕は足を滑らせ、手すりの向こう側へと落ちてしまう。そしてそのままルナの谷間へと落ちてしまった。

ぽふっ

 胸は想像の何倍も柔らかく、優しく僕を受け止めた。
 女の子の胸に全身ダイブする。そんな夢見ていた事が不意に起こり、頭がパニックになる。

(なにこれ柔らかいし良い匂いだし気持ちいいしああでも早く退けなきゃいやでも動いたら落ちちゃうし退けないし退きたくないしいっそこのままでいたいしああああ)

 動くに動けないでいると、僕の体はあっけなく摘まみ上げられた。幸せな感触が終わって名残惜しい。

「お客さん」

 上からルナの声が聞こえ、僕の体が震えた。顔を見上げる事が出来ない。事故とはいえ勝手に胸を触ってしまったのだ。きっと怒っているだろう。訳を話したら許してもらえるだろうか。そもそも話も聞いてもらえないかもしれない。僕はどうなるんだろう。出禁にされるんだろうか。
 固まる僕の上からまたルナの声が降り注いだ。

「いきなり飛び込んだら危ないですよ。触りたいなら次からはちゃんと私に言ってください」

 耳を疑った。怒ってないどころか、言ったら触らせてくれるの?
 バッと顔を見上げると、ルナは笑っていた。引き攣った笑顔でもないし、営業スマイルだとしたら上手すぎる。

「怒ってないの?」
「怒るって、何をですか?」
「いや、あの……。体、触っちゃったこと……」
「嫌ですね〜。こんなに小さくて可愛い子に触られるなら大歓迎ですよ。襲われる心配もないですし」

 ルナはあっけらかんと話す。本当に気にしてないみたいだ。じゃあ今度お願いしてみようかな……。
 『小さくて可愛い子』という、どこかペット扱いされているような言い方が引っかかったけれど、幸せな体験ができるなら些細なことだと思って頭の隅へと追いやった。





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 その後もしばらくおしゃべりしたり店員さんを眺めたりしていると、あっという間に閉店時間がやってきた。大きな女の子たちに見送られながら今日もまた店を後にする。
 今日もまた幸せだった。相変わらずルナは見た目もサービスも良い。今度来た時はまた会えたら良いな。

 たまに耳にする裏メニューの正体は未だに分からない。しばらく通っていればいつか分かる時が来るのかな。もしかしたらルナが言ってた、胸に乗せてもらえる事が裏メニューだったりして。他にも色々あったりするのかな。

 次に訪れる日のことを楽しみにしながら、僕は家に帰るのだった。