「今日も仕事終わりっと…」
そう呟いて職員室を出る。
もう敷地内に生徒は残っていない。
外を見れば、日が落ちすっかり暗くなっている。
風が吹くと、少し肌寒い。
暖かい家に帰ってのんびりしたいところだが、そうはいかない。

聞くところによると、夜に街をうろついてる生徒がいるらしい。
教師になって数年。今までも何人かうろついている生徒を補導して来た。
いまだに居なくならないことに呆れつつも、今日も帰りがけに見回りをしようと思っていた。


よく生徒がたむろっていると聞く、人通りがそこまでない道を見回っていると、
案の定制服を着た女子高生がうろついていた。
しかしうちの生徒ではないらしい。
よく見ると制服が違う。
カーディガンを腰に巻き、胸元のボタンをかなり外している。
たわわチャレンジを簡単に出来そうな程大きな胸…
いやいや、俺は何をマジマジ見てるんだ
それよりツッコムところはあるだろう。

頭の横の高い位置で束ねている長い髪は、
いわゆるサイドポニーテールというやつだろう。
そこはいいんだが、注意すべきはその髪が金色なところだ。
顔を見るに外人ではないだろうし、染めているのだろう。
耳にピアスも着けている。
ガムを膨らまし、歩きスマホをするその姿はとても無防備だ。

そもそも学生がうろつく時間ではないし、
他校の生徒だが注意しておこう。
そう思った俺はその女子高生に声をかける。

「ちょっとそこの君」
「ん?アタシ?」
「そう、君だ、こんな時間に学生がうろついてるんじゃない
 それになんだその髪色は。ちゃんと黒に戻しなさい」

少女は「うへぇ…」とでも言いたげな顔をして俺から目を逸らし、歩き出す。
大人しく帰る訳でもないだろうと思った俺は、
ついていきながらも説教を続ける。
本当は肩や手でも掴んで引き留めたいが、
俺が補導される羽目になるのも面倒だ。

それでも、「何も聞いていない」とでも言うように少女は
ガムをたまに膨らましては歩いていく。
やがて少女は路地裏に入る。
俺は尚のこと危ないと思い、引き留めようとする。

「おい!こんな人気のないところだと危ないだろう!
 ちゃんと人通りの多いところから帰りなさい!」
それでも少女は歩き続ける。
人の通らなさそうなほど奥まで来た時、
ようやく少女はこちらへ振り返った。

「お兄さんセンセーみたいなこと言うね〜」
「そりゃあ教師だからな。」

俺がそう言うと、少女は俯いて独り言のように言った
「うっそマジ?まあでも関係ないか〜」
「関係なくはないだろう。変なやつに襲われでもしたらどうするんだ」
「そんなに心配しなくたって平気だって〜
 アタシちゃんとコレ持ってるし」

彼女がそう言って取り出したのは懐中電灯
なんだ?夜道でも明るく照らせるから大丈夫だって言いたいのか?
そんなもので自分の身を守れる訳がないだろうに…
呆れてため息をつく俺に向かって、彼女は手に持っているそれをかざした。
そのまま小首を傾げてにっこりと笑い、スイッチを押した。

「縮んじゃえ♡」

その眩しさに俺は目が眩んでしまった。
心配してやってる人間になんでこんな悪戯をするんだ!
注意してやろうと目を開けると、目の前には大きな胸があった。
怯んだ拍子に膝を軽く曲げはしたが、それでこんなに目線は下がらないだろう。
そんなわけはないと顔を横に振り、膝を伸ばして体制を戻す。
が、目の前にあるのは腰に巻かれているカーディガン。
上を見上げるとあの少女がニマニマと見下ろしている。
その顔も、どんどんはち切れんばかりの胸に隠されていく。
どんどん大きくなっていく…?
違う!大きくなっているのは彼女だけじゃない!
壁もゴミも石ころも!周りの全てが大きくなっている!!
下を見れば地面が近づいてくる。
俺が小さくなっているんだ!!!

パニックになった頭で考え、状況を理解したときには、
俺は少女の履くローファーにも負けるくらい背が縮んでいた。
上を見上げればパンツが丸見えだ。
そんなことも気にせず、少女は前のめりになりニヤニヤと見下ろしている。

「何をしたんだお前!!早く元に戻せ!!」
俺は必死に叫んだ。
いたずらにしてもやり過ぎだ。
こいつにはちゃんと説教をしてやらないと…!

「ん〜?何〜?ちょっと待ってね?」

少女は気の抜けた声を出す。どこか余裕を含んだような声だ。
少女は肩にかけていたスクールバッグを無造作に地面に落とした。
ドスン!という大きな音と衝撃。
俺にとっては落石事故が起きたようなものだ。
嘘だろ…?ただカバンを下ろしただけだぞ…?
衝撃にビビっていた俺が上を向くと、空にあったパンツや大きな胸が降りてきている最中だった。
前から突風が吹き、俺は尻餅をついてしまった。
再び前を見ると、曲げた膝に手を置き、お尻を浮かせて座っている姿があった。
ニーハイソックスに包まれたふくらはぎの奥にはあるのは
それに押し付けられた健康的でハリのある太もも。
そしてその更に奥には白いパンツがある。
それは先ほどまで見ていた光景とは違い、座った事で股の形がくっきりと分かってしまう程押し付けられていた。
目線をあげれば、太ももに押し付けられて潰れている2つの球体も見える。

しかし俺にはそんなことを気にしている余裕は無い。
先ほど落ちて来た鞄は、今では俺が何人いても動かすことすら出来そうも無い。
そんなものを軽々持っていた少女が、俺の事を見下ろしているのだ。
俺は先ほどまでこの少女に説教をしていた。
その仕返しに何をされるか分からない。
怒鳴っていたさっきの俺を止めてやりたい。
腰を抜かしている俺に向かって、少女は話しかける。

「ごめんね〜?なんて言ったか聞き取れなかったや〜
 もう一回言って?♪」

少女は笑顔でそう言った。
もう一回だって…?
言える訳がない。さっきまではどうにかしていた。聞こえていなかったのが好都合だ。
戻してくださいと必死に頼むべきだ。
俺は懇願しようとした。しかし声が出ない。
戻してもらわないと、助けてもらわないといけないのに…!

そのとき、小さく風が吹いた。
風の冷たさと恐怖で体が震える。

「なんか寒そうじゃん。アタシが温めてあげようか♪」

そう言った彼女は口をモゴモゴと動かす。
違う、そんなことより早く戻して欲しい。
声も出ず、必死に助けを求めようと手を前に伸ばした俺に向かって、彼女はガムを吐き捨てた。

唾液まみれのガムが俺の全身を覆う。
グレープと唾液が混ざった匂いが襲いかかる。口に入ったそれは甘い味がする。
俺の上にあるのは、今さっきまで少女の口の中にあったものだ。
まだ吐き出したばかりのそれはほんのりと暖かく、ヌメヌメしていて気持ち悪い。
手も足も使って必死にどかそうとするが、持ち上げる事が出来ない。
まるでタイヤでも押してるかのような弾力だ。
これがただのガムなんて嘘だろ?!
普段なら指だけで簡単に形を変えられる筈だが、小さくなった今は全身を使ってもほとんど形を変えられない。
早く抜け出さないと…‼︎

必死にもがいてる最中、上から声が響く。
「全身ガム塗れとかきったな〜w
 アタシだったら耐えられな〜い」

持ち上げることを諦め、唾液をローションがわりにして死に物狂いでガムから這い出た。
そんな俺に向かって、少女は手を伸ばしてくる。
爪だけでも俺ほどの大きさがある指が迫ってくる!
逃げる暇もなく、2本の指で摘まれてしまった。

「寒いんでしょ〜?遠慮せずにそれで温まりなよ♪」
そういうと、俺をせっかく這い出たガムの上に乗せ、大の字で押し付けた。
唾液は乾き始めており、今度はベタベタと体にひっつく。
引き剥がそうとしても、ガムの方が強くて起き上がることすら出来ない。
そんな俺を嘲笑う声が上から響いてくる。

「うわぁ…人が吐き捨てたガムにへばりついてるとかきも〜い…♡
 早く抜け出せばいいのに。そんなにアタシの吐いたガムが好きなの〜?w」

何も言い返せない。
惨めだ。怖い。戻して欲しい。助けて欲しい。
何も言えず、必死にもがく。
何も起こらない。
そんな俺をニヤニヤと眺めていた彼女は、突然クスリと笑って立ち上がった。

待ってくれ。行かないでくれ。
俺を元に戻してくれ!
涙目で訴える俺を見下ろし、少女は言った。

「は〜おもしろw。ゴミはちゃんと処分しなきゃね〜♪」

…処分?
今処分と言ったのか?
弄ばれた挙げ句、俺を殺すのか?
嫌だ。死にたくない。助けてくれ!!!
絶望する俺を大きな影が覆う。
空に見えるのはローファーの裏側。
これから何が起こるのかは容易に想像できる。

「待ってくれ!!」
なんとか声を絞り出した。
かすれた声だが、確かに出た。
聞こえないだろうけど、それでも叫んだ。

「ダ〜メっ♡ じゃあね〜♡」

靴底が迫ってくる。
ちくしょう…俺の声…聞こえてたんじゃ………



少女にとっては音もなく、ただ踏んだガムが靴底に張り付いただけだった。
持っていたポケットティッシュでガムを拭き取り、そのまま近くのゴミ箱へと捨てた。

その後何事もなかったかのようにまた次のガムを噛み始め、夜の街へと繰り出していった。