前回のあらすじ

ガムが好きなギャル千来留は、帰り道でとある兄弟を縮めて家に持ち帰った。
胸の下敷きとなって気絶してしまった兄弟はこれからどうなってしまうのか。



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 兄弟が目を覚ますと、そこに千来留の姿はなかった。
 消しゴム大にまで縮められた2人は部屋の中央に置かれたローテーブルに乗せられている。テーブルの上には何もなく、2人の行動を制限するものは見当たらない。
 舐められたものだと兄は思った。あのギャルは自分たちが逃げ出さないとでも思っているのだろうか。
 兄は今のうちに逃げ出そうと弟の手を引き、テーブルの端へと向かった。

 しかし端へとたどり着いた時、理解してしまった。確かにこれならば、わざわざ縛っておく必要もないと。
 想像してみて欲しい。10階建てのビルで突如エレベーターが止まり、階段まで崩落して取り残されてしまうことを。
 スマホは使えず、助けを呼ぶことはできない。辺りにロープや代わりになるものがあっても、それらを使って地面へと降りようなんて気持ちにはならないはずだ。
 おまけにビルとは違い、下の階なんてものは存在しない。小人が覗き込む先には地面へと伸びるパイプも、度々あるはずのベランダも、鼠返しの崖すらも無く、ただ空が広がっているだけだ。
 飛び降りれば簡単に逃げられると高を括っていた兄は衝撃と恐怖のせいで、実際より更に地面が遠く見えていた。
 少女の膝にすら届かないローテーブルも、小人にとっては孤立する崖のようだった。

 あまりの高さに兄弟揃って足がすくんでしまう。もうここから逃げられないのだろうか。
 兄が振り返ると、弟は今にも泣きそうな顔で震えていた。

「こんなところから飛び降りたら死んじゃうよ……」

 確かに、自分の身長の何倍も高いところから落ちたら死んでしまうだろう。
 ……それが普通の人間だったなら。
 怖がる弟を安心させるため、兄は恐怖を押し殺して笑った。

「……大丈夫だ。俺を信じて目を瞑れ」

 兄は弟の手をつかむと、勢いよくローテーブルから飛び降りた。
 無事に飛び降りられるような策があるわけではない。しかし兄には飛び降りても良いと思える理由があった。
 それは、自分が一度踏み潰されているのに生きているからだ。
 確証があるわけではないが、今の自分たちは簡単に死なないようになっているのではないかと彼は考えた。
 何もせずにじっとしても、いずれ帰ってくるギャルに弄ばれるだけ。それならばいっそここで死んでしまってもいいと決心し、気持ちが揺らぐ前に飛び降りたのだ。
 弟の恐怖を和らげるために目を瞑らせ、自分がクッションになるように先に飛び降りている。

 結果として、2人は無事にカーペットへと着地できた。
 兄の推測通り死なない体になっていたことに加え、小さくなったことで体重が軽くなり、落下速度が下がっていたおかげだ。
 ひとまずローテーブルの上からは脱出できたが、まだ問題は解決していない。次はドアを目指さなければ。

 普通サイズなら数歩で歩き回れてしまう部屋も、小さな2人にとっては数十メートルの距離だ。
 いつこの部屋の主が帰ってくるかわからない恐怖に怯えながら2人は走った。
 
 何事もなくドアへと辿り着いた2人だったが、緊張感も相まって体力も精神力もかなり消費している。
 なんの変哲もないドアだがノブはあのローテーブルより高くに設置してあり、回すことは不可能だ。
 開けられないならばと床との隙間を潜り抜けようとも考えたが、それが出来るほど縮められてはいなかった。
 自分たちではどう頑張っても先へ進めないと悟った兄弟は、ギャルが戻ってきたときを見計らって、ドアが開いた瞬間に逃げ出そうと考えた。2人はドアの近くで待機することに決めた。



***



 数分経った頃、ドアの向こう側からズシンズシンと物が落ちるような音が一定間隔で小さく聞こえてきた。
 だんだん近づいてくるそれが足音だと分かった2人は顔を見合わせる。
 上空からドアノブが回る音が聞こえた瞬間、グッと足に力を込めた。
 ガチャリとドアが開き、2人は走り出す。
 しかしその走りは、目の前に突如現れた巨大な足によって阻まれてしまった。
 ドア越しでも聞こえていた足音が目の前でより一層大きく鳴り響き、小人たちの心臓を跳ね上げる。
 兄は踏み潰されたことを思い出し、弟は初めて足元から見上げるその巨大さを体感する。
 か弱い少女の一歩は風と音を持って小人たちにそれぞれ恐怖を与えた。

 小人たちが動けなくなっている間に少女は部屋へと入る。
 バタンとドアが閉まる音で兄弟は我に返った。
 部屋から出ることには失敗したが、今なら少なくともローテーブルの上よりは自由に動ける。
 このまま隠れていれば再びチャンスは訪れるはずだ。
 兄は弟の手を引き、ベッドの脚の影に隠れた。

「あれ〜?おチビくん達どこにいっちゃったのかな〜?」

 2人がいないことに気付いた千来留はテーブルの下を覗き込んだ後、四つん這いで部屋を一周した。
 手と足がカーペットの上を動き、擦れる音が息を殺す小人の耳に大きく聞こえる。
 立ち上がった千来留はスマホを手に取ると、部屋全体に聞こえるように声をあげた。

「出てきなよ〜。このまま出てこないならもっと縮めちゃうよー?
 埃と一緒に暮らすことになるけど良いの〜?」

 ハッタリだ。
 小さくしてしまったらもっと見つけにくくなるだけなんだから、そんなことするはずがない。
 きっと小さくするにも限度があるはず。このままやり過ごそう。

「……ふ〜ん。出てこないんだ。
それじゃあ縮めちゃうね」

 千来留がスマホを操作すると、2人の体は縮み始めた。ただでさえ大きかった周りのものが更に大きくなる。
 恐怖を押し殺し、緊張状態が続いた今、さらなる絶望が襲いかかる。
 弟の手前強がっていた兄だったが、これには冷静な判断をすることが出来なかった。
 これ以上縮みたくない。その思いでベッドから飛び出し、自分の場所を知らせるために叫ぶ。
 今や大きさは蟻と同じだが、これ以上縮められないためにも無防備な姿を曝け出すしかなかった。
 しかし千来留は反応しない。あたりをキョロキョロと見回して数秒何やら考え込んだかと思うと、今度は部屋を歩き始めた。

「一体どこにいっちゃったんだろうなー。部屋には居るんだろうけどなー」

 わざとらしい棒読みと共に、先ほどより大きくなった足音が床に立つ小人たちに響く。
 止まれと叫ぶ声もかき消す足音が、兄のすぐ横で鳴り響いた。
 象よりも遥かに大きい人間に天井灯の光を遮られ、あっという間に跨がれてしまうことは恐怖だった。

 尻餅をついてしまった兄は踏まれなかったことを喜び、呆然としながら天井を眺める。
 しかし明るかった視界は戻ってきた足裏に覆われ、一瞬で暗くなってしまう。
 兄はズン!と降りてきた足に踏み潰されてしまった。
 とてつもない体重をかけられたかと思うと、それはすぐに離れていく。
 明確な意思を持って踏みにじられた時とは違い、ただ何気ない歩きに巻き込まれただけだった。
 それだけでも、蟻のような小人にとっては災害のようなものだ。

 そんなことが2往復ほど繰り返されたされた後、兄のそばで立ち止まった千来留はスマホを操作し始めた。

「見つかんないし、少しの間だけ大きくしてあげようかな♪」

 1センチにも満たない蟻サイズだった2人は、再び消しゴムサイズに戻された。
 それでも5センチ以下なのだが、蟻サイズを経験した彼らは大きくなれたと錯覚してしまった。
 千来留は足下の兄に目を向けてクスリと笑い、その場にしゃがみ込んだ。
 力強く聳え立つ2本の脚が折れ曲がり、淡いピンクのショーパンが降下する。巨大な物体が移動することによって起こる風が兄の体を通り抜ける。
 それだけでは終わらない。足が遠ざかったかと思えば代わりに膝が降り立ち、巨大な手が両脇に下ろされる。前も左右も塞がれた兄が上を向くと千来留の巨大な顔が広がっていた。先ほどとは違う、甘い香りする風が肌を撫でる。吐息がかかるほど近いとよく言うが、小人にとっては吐息がかかる距離はジャンプしても全く届く気がしないほど遠いものだった。

「あれ? こんなところに居たの? 小さすぎて気づかなかった〜w」

 その声は白々しいものだった。
 きっとこの女は初めから気付いていたんだと頭の中で怒る兄だったが、反論する言葉が何も出ない。
 一体何を叫べば良いのだろう。『元に戻せ』? 『解放しろ』? そんなことを言っても無駄なのは分かり切っている。
 むざむざと姿を見せた時点でまたおもちゃにされることは間違いない。
 なんでわざわざ出てきたのかと自分を呪った。

「でも、縮められる前に出てこなかった君が悪いよね。っていうことでお仕置きね♪」

 千来留が振り返り、小人の上に巨大なお尻が現れる。
 そのままズン!と座り込んだ。

 お尻は足よりも柔らかいが、圧倒的重量であることに変わりはない。
 既に潰れない体になっているが、なまじ小さくなりきれていないこともあり、気絶することは出来なかった。

「女の子のお尻に触れてるんだから、これだとお仕置きじゃなくてご褒美になっちゃうかな〜?
 あとでちゃんとお仕置きしてあげなきゃね」

 そう言いながらぐりぐりとお尻を動かす。ショーパン越しでも伝わる柔らかい尻が、途方もない重量をもって小人を押し潰そうとしている。

「そういえば、もう1人はどこに行ったのかな? お仕置きすることは決まってるけど、早く出てこないともっと酷いお仕置きしちゃうよ〜」

 千来留は体を揺らしながら辺りを見渡す。尻に敷かれている兄が悲鳴を上げるが、その悲鳴はお尻によって阻まれた。
 弟はベッドの影で震えていた。兄が足や尻の下敷きになってしまった様子を見た彼に、ここで出ていける勇気はなかった。

「……そっか〜。君も出てこないんだね。むしろお仕置きされたいのかな?」

 千来留が楽しそうに笑いながらスマホをいじると、ガタガタと震える弟の体が大きくなった。
 定規サイズまで大きくなった彼の体はベッドの脚では隠しきれない。
 ヌウッと現れた巨大な手に握りしめられ、千来留の顔の前に引きずり出されてしまった。
 自分の脚よりも太いしなやかな指に包まれ、身動きがとれない。

「どーしてすぐ出てこなかったのかなー?」

 ニヤニヤと笑う顔は自分の体よりも大きい。
 あまりの恐怖で弟は声を出すことが出来なかった。

「自分から出てこなかったんだし、これはキツ〜いお仕置きが必要かな?」

 千来留はニギニギと手の力を入れては抜いてを繰り返す。
 少ししか力を込めていないのに、弟は苦悶の表情を浮かべた。
 片手間に苦しめながら千来留はスマホをいじる。
 弟は再び縮み、手の中から飛び出ていた顔と脚もすっぽり収まってしまった。
 頭から爪先まで包まれ、外からでは千来留が何を握っているのか分からない。

「それじゃー2人とも、お仕置きの時間ね♪」



***



 千来留は椅子に座り、勉強机でノートを広げている。
 お気に入りのガムを噛み、鼻唄を歌いながら楽しそうにペンを走らせる様子は普段の彼女からは想像出来ない姿だ。
 それはまるで勉強を楽しんでいるようだが、もちろん彼女が楽しんでいるのはそこではない。

 足元では消しゴム大になった弟が弄ばれている。足の親指と人差し指の間に挟まれて逃げられない。
 大木のような指はしっとりと柔らかく温かい。それは弟を挟んでいるものが少女の指なのだと知らしめた。どれだけ力を込めても僅かに凹むだけで動かないそれが、ただの指なのだと分かってしまうのだ。
 顔が真っ赤になる程力を込めても、鼻唄を歌いながら無意識に動かす指にすら勝てない。
 千来留がその気になれば、簡単に潰されてしまうのだ。

 弟の体力が減り抵抗する力が弱くなると千来留はパッと指を開き、小人を床の上に落とした。
 受け身も取れずにビタンと床に叩きつけられた小人に足が振り落とされる。
 小人からすればそれは天井の崩落だったが、実際はかかとを床につけたまま足を下げただけだった。
 ズンと全身が床に押しつけられる。ぺったんこになってしまうのではないかと小人は思った。
 足が上げられ自由になったかと思うと、またすぐに振り落とされる。
 千来留は足を上下にパタパタとさせ、何度も足を床に叩きつけた。
 可愛らしい少女の行動も、小人にとっては何度も鉄骨が降ってくるような衝撃を与えていた。

 一方兄は机の上にいた。しかし机の上は文房具が点在しているだけで姿が見えない。
 兄の姿が見えたのは、千来留が消しゴムを手に取った時だった。
 蟻サイズに縮められ、消しゴムの下敷きにされていたのだ。

「逃げたいなら逃げて良いんだよ〜? アタシは手も足も出さないからさ」

 間違った部分を消すと、また消しゴムを小人に乗せる。
 小人の何倍もある巨大な板は全身を覆い、また小人の姿を隠した。

「別に重い物乗せてるわけじゃないじゃ~ん。 もしかして、消しゴム一つ動かせないくそザコ君なのかな〜?」

 小人を煽るその声は高く、千来留は上機嫌だ。噛んでるガムを膨らませては笑っている。

 小人の頭に一瞬血が上ったが、それでは意味がないと悟って冷静になった。言い返せないことは悔しいが、言われた事は事実だ。
 けれども自分で動かせなくても構わない。舐め切っている彼女は、いずれまた重くのしかかるこれをどかすはずだ。
 小人は力を温存し、脱出できるその時を虎視淡々と狙った。

 そしてその時はやってきた。抑えてつけていた重みがなくなり、視界が開ける。
 その瞬間小人は机の後ろめがけてダッシュした。机の裏に落ちれば、簡単に拾われないと考えたからだ。
 手も足も出さないと言っていた彼女だ。ここで手を出したら恥だろう。
 高を括っていた彼は、ピンクの湿った柔らかい何かに押さえつけられてしまった。

 背中にベットリとしたものをつけられ、彼の体は宙に浮く。
 戸惑っていると目の前に卓上ミラーが置かれ、彼は状況を理解した。
 そこに映っていたのは、ギャルが膨らませた風船ガムに貼り付けられている小人の姿だった。

「くそザコ君を捕まえるのに手も足も要らないよね〜。っていうかこんなんで持ち上がっちゃうとかザッコw」

 ガムを膨らませたまま器用に喋る。その振動はビリビリと小人の体に響いた。
 小人は必死にもがいたが、ガムはまるでトリモチのようにくっついて離れない。
 そんな様子を鏡越しに見て千来留は嘲笑っていた。

 プーっと息を吹き込んで弾けさせると、その衝撃で小人は机に落とされた。
 千来留はウェットシートで雑に小人を拭くと、そのままシートで包んで机の上に置いた。

(こっちの子は元気で良いな〜。まだまだ楽しめそう……♪)

 次はどうやって遊ぼうか考えながら、千来留は勉強を進めるのだった。