目を覚ますとそこはコップの中だった。透明な壁の向こう側には、いまだ見慣れない巨大な部屋が広がっている。俺は深いため息をついた。

(一体いつまでこのままなんだ……)

女子高生に縮められ、持ち帰られて遊ばれる。誰に言っても信じてもらえないだろうこの現実味のない事態は確かに現実となって俺に襲いかかっている。実は長い夢なんじゃないかと思って今まで何度も目を閉じたが、やっぱり今回も駄目だった。

でも弱気になんかなっていられない。兄の俺が弱気になったら、弟は恐怖に押しつぶされてしまうだろう。俺にとっても弟にとっても、小さくされたのが1人じゃなかったのは不幸中の幸いかもしれない。もし1人だったら俺の心は簡単に折れていただろう。そうだったとしたら、弟が巻き込まれてない事は喜ぶべきだが。

なんにせよ、俺はこいつのためにも屈するわけにはいかない。やれやれと息を吐き、口元を緩ませて弟がいるはずの後ろを振り返る。
しかし、そこに弟の姿はなかった。

「……え?」

背筋が凍る。もしかして寝ている間にあいつだけ連れていかれたのか?
机の上にも床にも、遠くのベッドにも見当たらない。

(いや、もう一度よく探せ。きっと小さくて見逃しただけだ。)

冷や汗が頬を伝う。目を凝らして部屋全体を見渡していると部屋の外から音が聞こえてきた。

ズンッ……ズンッ……

前は床の上で聞いた地響き。あの女子高生がこちらに向かってきている。隠れたくなるが、身を隠すものなど何もない。どんどん大きくなる地響きとともに、俺の心臓の音も大きくなる。

ガチャッ!

俺みたいな小人が何人集まっても開けられない扉が開けられ、俺を縮めた女子高生が入ってきた。その手には水の入ったペットボトルが握られている。弟はその手に握られていないようだが、この女子は体のどこにしまっていてもおかしくない。実際に俺たちは胸やパンツの中、果ては口の中にまで入れられていた。弟が部屋に見当たらないという事は、きっと今もまたどこかにしまわれているに違いない。

「おい! 弟はどこだ!」

強気に叫ぶが、巨人は答えない。ズンズンとさらに大きな足音を立て、俺の乗っている机へと近づいてくる。大きな体が視界を埋めていき、大きく突き出した胸に見下ろされる。

(うっ、やっぱりデカいな……)

一度自分を押し潰したその胸の迫力にたじろぐが、今自分はコップの中にいる。自分を囚えているこれが、自分を守る壁にもなっているのは複雑な気分だ。潰されないという安心感からか恐怖は薄れ、俺は目の前に広がる胸に興奮していた。

(くそっ、こんな奴に……!)

首を大きく振って興奮を鎮める。悪人に興奮するなんて情けない。気を引き締めて目の前を睨むと、女子は持っていたペットボトルの蓋を開けていた。そしてニヤニヤと笑いながら、中の水を俺が入っているコップに注ぎ始めた。

ドドドドオオッ!!

大量の水がコップの中でうねり、俺は大波に揉まれる。体の自由は効かず、水面がどっちかもわからない。俺はただひたすらに溺れないよう鼻と口を塞ぎ、体を丸めて波が収まるのを待った。

「ぷはぁっ! げほっ! ごほっ!」

ようやく波がおさまり、俺は息ができることを喜んだ。下を見ると床は遠くなり、俺のいた場所は一瞬で足のつかないプールへ早変わりしてしまった。見上げるとコップの淵は近くなっているが、手の届く高さには程遠い。その更に高くから、大きな顔が俺を見下ろしている。こんな状況じゃなければずっと見ていたくなるくらい可愛い顔をしているが、今では憎たらしい。

ふいにコップが中の水ごと揺れた。横を見ると、大きな手に掴まれている。ちゃぷちゃぷと水面が揺れ、顔が近くなっていく。巨人にコップごと持ち上げられている。わざわざペットボトルから水を注いでやることといえば次になる事は決まってる。俺は青ざめた表情で顔を見上げる。

巨大な唇がコップの淵を柔らかく挟み込む。口が開かれ、中の様子がうっすらと見える。コップが傾けられ、空いた口の中へと水が流れ始めた。

「待て! やめろっ!!」

俺が浮かんでいた水がどんどん口の中へと消えていく。一度口の中に入れば、あっという間に胃の中へ落とされてしまうだろう。その後の惨劇を想像するとぞっとする。俺は流れに巻き込まれないよう必死で反対方向へ泳いだ。

ゴキュッ……ゴキュッ……

水が飲み込まれる音がコップの中に響き渡り、水かさはぐんぐんと減っていく。コップの底が遠ざかり、後ろから少しずつ巨大な唇が近づいてくる。この水が無くなるまで耐えれば、もしかしたら壁にへばりつくことができるかもしれない。

(最後まで諦めてたまるか……!)

水は更に減り、あと少しで壁に手が届きそうになる。疲れた体に鞭を打ち、ラストスパートをかける。

遂に水越しに壁へと触れるその瞬間、急にコップの角度がキツくなり、俺は一気に滑り落ちてしまった。コップの底が遠ざかっていく。ぷるんとした唇が視界の端から現れ、俺の視界を狭めていく。真っ白な歯に見下ろされ、舌の上を水と共に流れ落ちていく。ゴクリという喉の音が聞こえ、俺の意識は途絶えた。





ーーーーーーーーーー





「……はっ?!」

勢いよく体を起こす。心臓がバクバクと激しく鳴り響いている。呼吸が荒い。でも、それはつまり……

(生きてる……?)

徐々に呼吸を落ち着かせ、胸に手を当てる。確かに心臓は動いている。俺は安堵のため息をつき、仰向けに寝転がった。どうやらあれは夢だったらしい。見上げた先には天井で円形にくり抜かれた透明な壁があった。

「そりゃあ、あんな夢も見るよな」

俺は冷静になり、昨晩のことを思い出していた。この透明なコップの中に閉じ込められ、どうすることもできなくて寝てしまったのだ。そう、弟と一緒に……

慌てて後ろを見ると、今度はちゃんと弟がそこにいた。不安そうな顔で眠っている。なんとかこいつだけでも無事に家に帰したいが、あの女子がそんな頼みを聞いてくれるわけがない。今はとにかく生き延びて、なんとか隙を見て元に戻る方法を見つけよう。俺が縮められた時、あいつはスマホで俺を撮っていた。きっとスマホさえいじれば、元に戻れるはずだ。

ズンッ……ズンッ……

足音が聞こえてくる。今度こそ現実の女子がやってくる。夢を思い出し、俺の体は強張った。

ガチャッ

扉が開き、パジャマ姿の女子が現れる。その手にペットボトルは握られていない。ひとまず夢の通りにはならないと分かり、体の力が抜ける。あの女子はこっちに目もくれずクローゼットを開けると、おもむろに服を脱ぎ始めた。

肩紐をするすると腕に滑らせて外し、体をくねらせてキャミソールを脱ぐ。ブラ紐に覆われた綺麗な背中が露わになり、体に収まりきらない大きな胸が横からはみ出ている。続けて短パンに手をかけるとムチムチした太ももを滑り落とし、あっという間に下着姿になってしまった。

目の前で始まったほぼ同い年であろう女子の生着替えに、俺は目を離せないでいた。いくら悪人だろうが、見た目は美少女だ。理性ではあいつを許せないほど酷い奴だと思っているが、本能が興奮を抑えてくれない。俺を押しつぶしたあの胸やお尻に性欲を掻き立てられるのが悔しかったが、本能には抗えず目が離せなかった。

シュルシュルッ……
ぱちっ

ハリのあるお尻がスカートで隠される。続いてシャツの袖に腕を通され、素肌がどんどん見えなくなっていく。少女が着替えたのは俺たちを縮めたあの時と同じ、制服だ。きっと俺たちをここにおいて学校へ向かうのだろう。もしかしたら、また別の人間を縮めてくるかもしれない。なんにせよ、コップから出ることすら出来ない俺たちに出来る事は何もない。ただ無駄に過ぎていく時間に耐えないといけないのかと思っていると、女子がこちらへ歩いてきた。

ズン……ズン……
「久利奈にもこいつら見せてやろ〜っと♪」

巨人はこっちに向かって手を伸ばし、コップを持ち上げた。あっという間に傾けられ、俺たちは透明な壁を転げ落ちる。ぽふっと音を立てて落ちた先は熱を持った大地、手のひらの上だ。不安定な地面と無意識に吹きかけられる生暖かい吐息に、心臓を握りつぶされそうな恐怖を覚える。もしこの巨人が手を閉じれば、心臓どころか全身が握りつぶされてしまうのだ。

「じゃあ君はこっちで〜……もう1匹はこっちかな♪」

空いた手で胸の上に摘まみ上げられ、弟と引き離される。弟を乗せた手は人差し指を残して閉じられてしまい、姿が見えなくなった。まさか握り潰したのか⁈

「おい! 何してんだテメェ!」

「うるさいなー。潰してないって。ちゃんと静かにしてないとホントに潰すよ?」

軽く吐かれたその言葉が脅しじゃない事は十分に理解している。冗談混じりに「殺す」なんて言うのとは違って本当に潰すだろう。こいつは俺たち小人の命なんてなんとも思っていない。俺はこいつの言葉を信じて黙るしかなかった。

空いた人差し指でクイッと胸ポケットが引っ張られ、広がった隙間に俺は落とされた。指が離れると隙間は閉じられ、身動きが取れなくなる。体の前面がブラ越しの胸に押し付けられ、ほんのりと熱を感じる。

「これくらいの大きさなら目立たないかな。あんまり小さくすると取り出せなくなっちゃうし」

ドシン!ドシン!

背中から巨大な指を叩きつけられる。この女にはきっと痛めつけようだなんて意思はない。何気ない動作で苦しんでいる自分が惨めだ。

「それじゃ、大人しくしててね」

楽しそうな声をかけられ、俺の地獄は始まった。
なんといっても揺れがひどい。一歩一歩踏み出すたび、本当にブラで抑えられてるのか疑いたくなるくらいに上下に弾む。俺が小さいから大袈裟に感じているのもあるんだろうけど、きっと他の女子ならここまで揺れないだろう。大きいせいでピッタリと貼り付けられ、胸の先端と一緒に揺らされるのが尚更辛い。これなら胸を乗せられてた方が気持ちよかった……。

(いや、何考えてるんだ俺は! まるでまた胸に潰されたいみたいじゃないか!)

こんなことを考えるなんて、俺はおかしくなってるに違いない。早く元に戻らないと。ともかく今は早く止まって欲しい。

『間も無く、電車が参ります』

ホームのアナウンスが聞こえ、揺れがおさまった。電車に乗ってる間は流石に止まるみたいだ。動かなければ胸だって揺れない。冷静になれる今、状況を整理する。

(今俺が張り付いてるのって胸なんだよな……)

体が動かせず、動くのは頭だけ。そんな中充満している女子特有の甘い香りと、ブラ越しとはいえふにゅうと全身で感じる柔らかさ。俺の思考はピンクに染まってしまう。

(いっそ、元に戻れなくとも……)

ふかふかの布団に倒れ込んだような心地よさの中で思考が鈍る。胸に溺れるならそれでいいかもしれない。

『□□駅〜、□□駅に到着です。お降りの際は足元にご注意ください』

まどろみを邪魔するアナウンスが流れ、また巨人が歩き始める。ばいんばいんと弾む胸に、また現実へと引き戻された。

(やっぱり元に戻らないと‼︎)

気の迷いが起こるほどに俺の心はダメージを受けているのだと悟った。絶対に弟と一緒に元に戻るんだ。そう決意した。





ーーーーーーーーーー





「おはよー」「おいっす〜♪」「ハヨー」

ポケットの外からいろんな声が聞こえる。どうやら教室に着いたらしい。昨日のテレビの話や行きたい店なんかの話が飛び交うが、小人の話は一切上がらない。

(胸ポケットに何が入ってるかなんて誰も気にしないのか? もしくは、そもそも気づかれないほど俺が小さいのか……)

辿り着いてしまった考えに悲しくなる。俺は確かにここにいるのに、理不尽に弄ばれているのに、誰も俺に気づいてくれない。しかも見えない場所じゃなく、誰もが目を惹かれるような場所にいるのに、誰も俺を助けてくれない。こんなのってあんまりだ。気づけば頬を涙が伝っていた。

(他の誰も頼れないんだな……)

部屋に閉じ込められてないのなら、なんとかなると思っていた。外で逃げるチャンスを見つければ、誰か助けてくれる人もいるかもしれないと思った。しかしそれは淡い期待だったらしい。もし逃げられても、それに気づいたこの女に更に縮められたらおしまいだ。俺たちは誰にも気づかれず踏み潰されるか、虫と間違われて潰されてしまうだろう。

(そんなのは嫌だ……!!)

俺は気を引き締めなおした。なんとしても自力で元に戻るんだ。

「ん〜〜っ♡」

決意した俺を急激な圧迫感が襲う。ポケットが引っ張られ、全身が引き伸ばされそうだ。骨がミシミシと音を立てる。肺が圧迫されて息が出来ない。

(苦しい……っ‼︎)

「ぷはぁっ♪」

女子の気持ちよさそうな声が聞こえた瞬間、苦しみから解放されてたぷんっと揺れた。どうやら女子が伸びをしたみたいだ。どれだけカッコつけても、女子の伸び一つで死にかけてしまう。そんな事実を突きつけられ、俺はまた自分の矮小さを突きつけられた。授業中も休み時間も、俺は誰に気づかれることも無く巨人の一挙手一投足に苦しめられ続けた。





ーーーーーーーーーー





『……降りの際は足元にご注意ください』

アナウンスで目が覚める。いつの間にか気絶してたらしい。きっと今は帰りの電車の中だろう。だとすれば最悪のタイミングで目覚めてしまったかもしれない。朝と同じならここからが地獄だ。

「あっ、降りなきゃじゃん」
「危な〜w」

(1人じゃないのか……?)
そんな疑問はすぐに俺の脳から振り落とされた。弾む胸が俺を上下左右に振り回す。1日中着続けられた制服にはすっかり甘い匂いが染み付き、汗でほんのり湿気っている。疲れた脳と体が、まるで俺自身服の一部になってしまったのだと錯覚させる。こんなことなら家に着くまで気絶していたかった。



「お邪魔しま〜す♪」
「いらっしゃ〜い」

歩き始めて十数分くらいだろうか、意識が朦朧としていてはっきりとした時間が分からないが、ようやく家に着いたらしい。でも今の口ぶりからすると、友達の家だろう。まだしばらく閉じ込められたままなのかもしれない。

「それで、見せたいものって何? 千来留」
「それはね〜♪」

ポケットの入り口が開き、隙間ができて楽になる。上から大きな指が突っ込まれ、俺はポケットの外へと摘まみ上げられた。雑に落とされた手のひらの上から見上げると、ずっと見ていた金髪ギャルとは別人の、茶髪の女子の上半身が鎮座していた。

(デカい……いや、デッカい……!!)

思わず繰り返してしまうほどの大きさに語彙力が無くなった。小さくされてからずっと同じ人間を見ていたせいか、他の人間の巨大さに戸惑う。何よりもその巨大さと迫力を際立たせているのは、金髪ギャルよりも更にもう一回り大きな胸だ。

振り返れば確かに大きい胸がそこにある。体の比率から見て、元のサイズで見てもなかなかお目にかかれないほどの爆乳だ。しかしそれを上回るクラスの怪物が身近に居たことに驚きを隠せない。まるで4つのガスタンクにでも挟まれているような気分だ。その奥からは俺の体よりも大きな顔が2つ、挟み撃ちで俺を見下ろしている。

もし巨人を見るのが初めてだったなら恐怖が勝ったかもしれない。しかし何度か見た光景に恐怖は薄れ、美少女2人の爆乳に囲まれているという状況に興奮せざるを得なかった。

金髪ギャルは手のひらに乗った俺を見せびらかす。

「ほら、縮めた人間♪ 久利奈まだ遊んでないっしょ?」
「本当に持ってきたんだ。千来留は相変わらず行動早いね」

茶髪の女子にまじまじと見つめられる。クリクリとした綺麗な瞳は大きくて、蛇に睨まれたカエルのように動けなくなってしまう。しかし俺が動けなくても、手のひらはあっさりと俺を動かす。

「えいっ!」

むにゅうっ!

俺は目の前の爆乳に勢いよく押し込まれた。背中に感じる手の柔らかさとは段違いの感触に襲われる。俺の体がどこまでも沈み込み、圧倒的な質量に包み込まれる。ポケットの中に貼り付けられていた時と違い、押されていることで胸の弾力がはっきりと分かる。

むにゅっ! もにゅうっ!

「きゃっ、んっ……//」

手の動きに合わせて胸が波打つ。手に吸い付く胸は隙間を作らず、俺を逃さない。ようやく天井が見えた時、俺は放心状態になっていた。

「ちょっと! いきなり揉むの止めてってば!」
「え〜? だって久利奈の反応可愛いんだもん。それにこいつだって、アタシより大きなおっぱいに触れて幸せだから良いでしょ」
「別に千来留の胸だって、今より大きく出来るんだよ?」

恥ずかしそうにしていた茶髪女子が、得意げな顔をして金髪ギャルの写真を撮る。この流れには見覚えがある。まるで俺が小さくされた時のよう……

茶髪女子がスマホをいじると、突然乗っていた手のひらが大きくなった。もはやこの上を走り回れてしまうほどに広い。また小さくされたのかと思って見上げると、金髪ギャルも驚いていた。

「も〜! こういうのは聞いてないってば!」
「良いじゃん良いじゃん。その大きくなった胸で遊んであげなよ〜」

よく見ると、天井がさっきより近くなっている。頭が天井につき、首が窮屈そうだ。まさかと思い指の付け根から下を見下ろすと、茶髪女子がさっきと変わらない大きさで立っていた。間違いない。俺が縮んだんじゃなく、金髪ギャルが大きくなったんだ。

ここで俺は閃いた。俺の下には茶髪女子のスマホがある。そして今画面には、大きさを変更する何かが表示されているに違いない。

(もしかすると、元に戻れるチャンスかもしれない)

悩んでいても何も変わらない。俺は意を決して手のひらから飛び降り、茶髪女子が握るスマホへとダイブした。

ペシッ!

ガラス面は着地の衝撃を和らげてはくれず、俺は全身を強打した。痛みはあるけれど、これで死なないことは実験済みだ。小さいおかげで画面にはヒビ一つ入っていない。

(どこかにないか……リセットボタンみたいな奴は……!!)

邪魔される前にとにかく画面を触る。いざとなったらこのギャルを更に大きくしてパニックを起こせば良い。そう思っていたのに。

(反応しない⁈)

どこをタップしても、スワイプしても、画面は全く動かなかった。あまりの小ささにスマホは俺を認識してくれない。俺は絶望した。いくら時間があっても、スマホを渡されて好きに触って良いと言われても、俺は元に戻ることができないということだ。もう一生このままなんだと悟り、俺はスマホの上で崩れ落ちた。

「あらら、おチビくんこっちに落ちてきちゃったけどどうする?」
「久利奈の好きにしちゃってよ。実はもう1匹いるし」

この部屋1番の巨人はポケットに手を突っ込むと、豆粒のようなものを取り出した。大きくなった手との対比で小さく見えたが、それは俺と同じ大きさの弟だった。ギャルはニヤリと笑うと、摘まんだ小人を茶髪女子の上で放した。

ヒュウウゥゥゥ
すぽっ!

小人は見事に谷間へと落とされ、中にはまってしまった。

「ひゃうっ⁈」

驚いた女子はスマホを傾け、俺は真っ逆さまに床へと落ちてしまう。身動きが取れない。速い。怖い。死んでしまう。

ベシッ!

あれだけの高さから落ちたのに、死ぬことはなかった。それどころか、骨の一つも折れていない。でも心臓には無茶苦茶悪い。ひとまず体を広げ、仰向けに寝転がる。見上げると想像もしたことのない光景が広がっていた。巨人に見下ろされたことはある。2本の柱のような脚の先に巨大なパンツが見え、その奥にドンとハリのある胸が鎮座している。前屈みになれば、胸に隠された顔が徐々に見えてくる光景も見た。

問題は、その巨人よりも更に大きな巨人がいることだ。俺が寝転び、巨人が立つその空間はまるごと巨大な脚に囲まれている。巨人の大きな胸も顔も丸ごと飲み込んでしまいそうな巨大な双丘が巨人の顔の横に鎮座している。はるか高くにある天井がそれでもまだ低いと言うように、首を窮屈そうに曲げた顔が俺と巨人を見下ろしている。グラウンドがいくつも並ぶような俺にとって広すぎるこの空間を、その巨人は満足に座ることすら出来ないと嘲笑っているのだ。もはや体そのものが巨大な部屋のようだ。

そばに立つ巨人が胸元も気にせず喋る。

「そういえば、死なないようにする機能はちゃんと働いてるのかな?」

テニスコートのような足が持ち上がり、俺に覆い被さる。天井の明かりが遮られ、俺の視界があっという間に暗くなる。起き上がる暇すらなく、黒い靴下に包まれた足は俺にのしかかった。

「ぐえぇっ!」

全身が容赦なく押し潰される。はっきりと見える繊維が擦り付けられ、熱さと痛みを押し付けてくる。今日1日ずっと履いていた靴下は汗が染み込んでいて、過剰な塩分と臭いが襲いかかってくる。

ズドンッ! ズドンッ!

(臭い!痛い!熱い!痛い痛い痛いっ‼︎)

明確に「踏み潰す」意思を持った攻撃は、無意識な踏み潰しとは訳が違う。ただ歩いているだけならば体重より少し重い衝撃が少しの間かけられるだけだが、今はその何倍もの衝撃を何度も何度もかけられる。

(いっそ潰れてしまいたい……!!)

そんな願いも届かないほどこの小さな体は頑丈で、恨めしい。足が止まったかと思うと、今度はぐりぐりと足が捻られ、踏み躙られる。より一層擦り付けられた靴下は熱を生み、痛みを増していく。ようやく足が離れていった頃には俺は息も絶え絶えだった。

「おぉ〜、ちゃんと生きてるね。さすが私!」
「ちょっと〜、久利奈だけ楽しそうでずるい!」

グオオオオッ!

俺を覆い隠していた足裏よりの何倍も大きい手のひらが、巨人の腰を鷲掴みにする。足だけでもとんでもない質量を持っていた巨体が、片手で軽々と持ち上げられている。

「そっちの子も楽しませた方が良いんじゃないの〜?」

空いた手の人差し指を立て、たわわに実った2つの果実をプニプニと押す。俺を押さえつけていた胸が、指一本で自在に形を変えている。中の弟も一緒にもみくちゃにされているだろう。分かってはいるが、俺には助けることが出来ない。体は動かないし、そもそもどう頑張っても届かない高さなのだ。

「もう! 大きくなってもやること変わらないの?」

人形のように扱われている巨人が、少し照れくさそうな、でも満更でもなさそうな態度で笑っている。人差し指で胸を押され、2本指で揉まれ、自分を掴む手でグニグニと体を触られて、楽しそうにじゃれている。

「私の体ばっかり触られてずるい! 千来留のも触らせてよ!」
「え〜? しょうがないな〜」

楽しそうに笑いながらシャツのボタンをはずし、広げた襟元に人形を突っ込む。規格外の大きな胸は上半身をすっぽりと包み込んだ。

「ここまでしろとは言ってないんだけど〜」
「いや〜、こんだけ触らせたら、久利奈のおっぱい触り放題にさせてくれないかなって」
「それは調子に乗りすぎ」
「まあまあ良いじゃ〜ん」

もにゅんっもにゅんっ

柔らかな球体が人形を挟み込んで大きくたわむ。美少女の顔を見ながら甘い香りの中でもちもちな肌に包まれる。それはきっと極上のマッサージ機でも味わえない気持ちよさだろう。逃げることを諦めた俺は、羨ましくなるような平和な光景をただただ見上げていた。

「ところで、そろそろ元に戻りたいんだけど? この体勢キツくなってきちゃった」
「そうだね。じゃあ下ろしてくれる? このままだと千来留の服が破れちゃうよ」
「おっけ〜」

巨人は胸の中の人形を取り出すと、俺の方を見てニヤリと笑った。嫌な予感がする。けれどきっと逃げても無駄だ。脚の壁に挟まれてる今、逃げる場所なんてどこにもない。そのまま見上げていると、掴まれている巨人のお尻が俺の真上にやってきた。足は浮かされていて、立って着地なんて出来そうもない。

「ちょ、ちょっと千来留?」
「離すよ〜♪」

パッ

支えをなくした巨体が落ちてくる。ひらひらとスカートをはためかせ、巨尻が視界を埋め尽くす

「きゃっ!」

ズドオオォォン!!

弾力のあるお尻が壮大な質量で振り落とされ、俺は尻に敷かれてしまう。

「もー! そんなことするなら縮めるよ!」
「あはは、ごめんごめん。ちょっとそのチビに意地悪したくなっちゃって」
「え? あぁ、そういえば居たね。忘れてた」

お尻をはたきながら立ち上がる女子のその言葉に傷つく。本当に誰からも気付かれなかったら、俺はどうやって生きていけば良いんだ。一瞬だけ俺の方を振り向いた女子はすぐスマホに向き直る。部屋全体を支配していた巨人が縮み、同じ大きさの巨人が2人並ぶ。ずっとあった圧迫感が消え、見慣れた大きさの女子が並ぶことに俺は安堵した。もうサイズ感は狂ってしまっている。

「で、この2人これからどうするの?」
「処分しちゃおっかな。良い加減飽きちゃったし」

聞き逃せない単語に体が強張る。処分ってことは捨てるか、殺すかってことだろう。

(散々弄ばれた挙句、殺される? しかもこんなにあっけなく?)

「せっかく縮めたのにもったいなくない?」
「大丈夫っしょ〜。また新しく調達すれば良いだけだし」

この女は本気で、俺たちを殺す気だ。殺す気ならまだマシかもしれない。もし簡単には死ねない今のまま捨てられたら、誰にも気付かれず何度も何度も踏み潰されるだろう。野生動物の餌になるかもしれない。雨で排水溝に流され、ひたすら海や川を漂うだけの存在になるかもしれない。

(嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ‼︎)

俺は走り出した。逃げられないと分かっていたはずなのに。何をしても無駄だと分かったはずなのに。生存本能が働き、理性など捨て去ってただ嫌だと言う感情を抱いて走った。

「うわ、おっそw 実験に使ったネズミの方が速かったよ」

あたりが暗くなり、手の影が俺を包み込む。少しも引き離すことの出来ないまま、あっという間に俺は捕まってしまった。

「どうやって処分する? 証拠残したくないし、薬使って溶かしちゃおっか」
「やだな〜。そんな面倒なことしなくても、ここで溶かせばいいっしょ」

ポン!と金髪ギャルがお腹を叩く。何を言いたいか理解してしまい、俺の背筋が凍りつく。抜け出そうと必死にもがくが、女子の手はびくともしない。

「うわ〜w 千来留エグいこと思いつくね〜」
「あんま褒めんなし。 じゃあアタシこっちの子もらうね」

すぽっと谷間に手を突っ込み、弟が摘まみ上げられる。

「ちゃんと死なないモード解除しといてよ? お尻から出てくるなんて嫌だからね」
「あ、忘れるとこだった」

スマホを取り出し、慣れた手つきで操作する。

「これでよし、と。んじゃ、いきますか♪」
「そうだね。せっかくだし、お互いの最期見せてあげよっか」
「久利奈もエグいね〜」

笑いながら巨人たちは口を開ける。ふくらはぎがぷるんとした唇に挟まれ、足が動かせなくなる。唾液まみれの舌に足裏を舐められ、ぞわぞわする。鼻息が体を通り抜ける。反対側を見れば、弟が同じように巨人の唇に挟まれている。

「くそ、止めろ……止めろよ……! 止めろおおおおお‼︎」

人差し指が弟の姿を隠し、唇の隙間へと滑り込む。ちゅぱっと指が抜かれたそこに弟の姿は無かった。

呆然とする俺の目の前に、渦巻き模様が描かれた薄橙の壁が現れる。今きっと俺は弟と同じ運命を辿っているのだろう。それならば、目の前のこれはただの人差し指だ。たかが指一本に歯向かうことすら出来ず、俺は人生を終えるんだ。それが悔しくて腕に力を込めてみたが、何の意味もなく俺は真っ暗でジメジメとした口の中へ押し込まれてしまった。

生暖かい空気の中、ピチャピチャと水音が響く。逃げ出そうにも、ぬらりとした床でまともに立つことすら出来ない。手も足も使わないどころか、指すら使わずに弄ばれる俺はなんて情けないんだろう。やがて床は傾き、口のさらに奥へと流し込まれる。

ゴクン……

己の惨めさを呪いながら、俺の意識はそこで途絶えた。