ーーーーーーーーーー
とある昼下がりの街で、それは突然現れた。
道路の上、何もない空間から突如巨大な黒い柱のようなものが横に伸びてきたかと思うとそれは途中で折れ曲がり、地面に降り立って地響きを立てた。
柱の先は空間の穴に繋がっていて、まだ何かが出てきている最中のようだ。
折れ曲がった部分から少し離れて、柱が薄橙色に変わる。近くのビルにいた者は黒い何かが柱を包み込んでいることに気がついた。黒い何かをよく見ると網目があり、大きな布に見える。
自分の肌と似た色の柱、それを包み込む黒い布。何かを察した者は「そんなはずがあるわけない」と思いながら窓から地面を見下ろす。地面に着いた柱の先から、薄橙色の物体が前後に広がっている。2車線分の幅に広がるそれは先端で5つに枝分かれしていて、それぞれがまるで龍の頭のようだった。
あまりの大きさに恐怖を抱く。しかし、それは誰しも見たことのある物だ。
あれは人間の足だ。
地響きが起きたということは、しっかり質量を持っているという事。
足があるということは、体や頭があるということ。
そして足だけでもこれだけ大きいということは……!
恐る恐る顔を挙げると、答えが目の前に現れた。
柱だと間違えるほど大きな足をもう一本下ろし、その持ち主が姿を見せる。
「大きな人間が居る」そういう心構えは出来ていたが、それでも口が開いてしまうほど圧巻の光景が広がっていた。
周辺にあるビルは10階建てを超えているものも多く、50m近い建物だって並んでいる。しかしそのどれもが彼女の腰にすら届いていない。
数棟しか建っていない街から飛び出すような高層ビルが、ようやく彼女を越す程度の高さしかなかった。
驚いたのは、高層ビルと並ぶほど大きなその物体が、人間の形をして動いているということだった。
大きさを除けばそれは確かに人間の女性で、しかもスタイルも良い。
スラリとした脚はトレンカに包まれ、ふらつくことなく体を支えている。
2本の脚が合わさった先は腰に巻かれた黒いスカートが隠していた。
おへそが見えるほど丈が短いパーカーは豊満な胸によって持ち上げられ、きゅっと引き締まったお腹の周りでオーロラのように裾を揺らす。
その奥からは紫の瞳がじっと地上を見下ろしていた。
彼女は華尻ルミ。世界を渡り歩いては蹂躙を繰り返す悪女だ。
街が破壊される理由などいらない。ただなんとなく、散歩をしている感覚で辿り着いた先が滅ぼされるだけだ。
そして今、不運にもこの街が選ばれてしまった。
突然現れた巨大娘に街はパニックを起こした。
人々は悲鳴を起こして逃げ回る。無理にバックやUターンをしようとした車で道路が混雑する。
そんな中でも、一部の人間は呑気に写真を撮っていた。
「スゲー」「映画の撮影か?」「パンツ見えそう」「CMで見たことあるやつだ」
道路の上も、ビルの中でも、このような危機管理能力の低い人間は一定数いた。自分が害を被るなんて微塵も思っていないようだ。中には立体映像か何かだと勘違いしているものもいる。しっかりと地響きが起きたというのに、そんなことは忘れてしまっている。
若い男が、足元からスマホで写真を撮っている。自分を安全な傍観者だと思い込んでいる彼は休むことなくシャッター音を鳴らし、スカートの中が見える瞬間を狙っていた。
ルミはクスリと笑みを浮かべ、そんな男を見下ろす。
「良いわよ。いくらでも撮りなさい」
脚の付け根が動き、スカートが持ち上げられる。裾が広がり、パンツが見えやすくなった。
しかし男のカメラは黒い何かに遮られてしまう。
不満げに画面から目を離し、肉眼で見上げた先にあったのは土踏まずだけが布に覆われた大きな足の裏だった。
「最期まで……ね」
画面を埋め尽くしていた足裏が迫り、今度は視界を覆い尽くしていく。
ただのオブジェだと思っていたものが風を切り、音を立てて降りてくる。
これが現実だとようやく理解した直後、魂が体から切り離されてしまった。
ルミが歩き出すと街は揺れた。一歩踏み出すごとにズシンズシンと大きな音が鳴り響き、逃げ惑う人々は近づいてくる音に恐怖する。脚を何度も動かして必死に走っているはずなのに、ズシンと音が鳴るたびにそれは大きくなり、圧倒的な歩幅の差を感じさせられた。
音が聞こえた後、辺りが暗くなればもう次の音は聞こえない。その時にはもうこの世にはいないからだ。
人も車も、道路沿いの植物も標識も、ルミが歩くたびに次々に踏み潰されていく。
そんな中、とある車がまた一つ足の影に隠れてしまった。運転手はもうダメかと思い目を瞑る。
ドン!
運転手は恐る恐る目を開ける。まだ自分が生きていることに困惑しつつ窓の外を見ると、皺や指紋がはっきり見えるほど大きな足裏が目の前にあった。足先で波打つ5本の足指は、1本でも車ほどの大きさがある。
ミシミシと車が音を立てる中、楽しそうな声が響く。
「早く出てこないと、このまま潰しちゃうわよ?」
逃げなきゃ。
そう思った運転手はドアに手をかける。しかし開かない。
足を乗せられた衝撃で歪んでしまったのだ。パニックになっている運転手はそのことに気づかない。
「10……9……8……」
カウントダウンが始まっている。それはゆっくりとしたもので、絶対に逃げられないと舐め切っているものだった。それでも、人を追い詰めるのには十分効果的だ。
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ
狂ったように何度もドアノブを動かす。しかし開かない。
「7……6……5……」
「いや! 嫌だ! なんで開かないの⁈」
手でドアノブを引き、体でドアを押す。しかし動かない。
そんな時ミシミシと音が響き、車が少し潰れた。ルミが足に少しだけ力を入れたのだ。
ドアがくの字に折れ曲がり、隙間が出来る。しかしそれは人が通れるほど大きくはない。それでも、運転手は僅かな希望に縋った。
「4……3……2……」
「開いて! お願い! 出して‼︎」
隙間に腕を通し、体をねじ込もうとする。狭い車内で足に力を込め、渾身の力でドアを押す。
「1……」
突然、ミシミシという音が消え、扉が外れた。運転手は席から転げ落ちる。
「助かっ……」
「0」
グシャッ
足が振り下ろされ、車とその周囲のものは踏み潰されてしまった。
ルミの足は車より大きい。車から出たところで、足の下から出られるわけではなかった。
そもそも、運転手が車から出られたのもルミの気まぐれだ。1度足を車から離し、ドアを開ける機会を与えたのだ。
「ちゃんと時間はあげたのに逃げなかったのね。もしかして潰されたかったのかしら」
ルミはニヤニヤと嘲笑い、足元の車をグリグリと踏み躙った。車だったものは鉄の塊とは思えないほど、紙のように平べったくなってしまった。
「さて、と。時間は与えたんだから、そっちもちゃんと逃げてるわよねぇ」
顔を上げて辺りを見渡す。生きている人間は足元には残っていないが、まだ目の届く範囲に逃げ遅れている人がいる。それもそのはずだ。2,3分も経たないうちに見えない場所まで逃げられるはずなどない。
そんなことはわかり切っている上で、ルミは嘲笑いながら問いかけている。
「ほら、せいぜい頑張って逃げなさい。私は歩いて追いかけるから」
ルミは再び歩き出す。
一度立ち止まっていたはずなのに、その間に生まれた距離はすぐに縮まってしまった。
命に関わる状況では自分の命が可愛くなるものだ。徒競走なら前の人間を避けて抜こうとするが、生き延びるためにルールなどない。普段から自分を第一に生きている人間はこの状況で、躊躇いなく他者を押し除けながら走っていく。自分以外の人間が転ぼうが踏み潰されようが構わないのだ。
そんな自分勝手な人間達に突き飛ばされて転び、逃げ遅れた人間が数人道路に残っている。その後ろに、巨大な脚が振り下ろされた。
「アナタ達も可哀想ね。突き飛ばされたりしなければまだ逃げれたかもしれないのに。同情するわ」
そう言いつつも、ルミの口角は上がっていた。
「私がそんなことをした酷い奴のところまで連れていってあげる」
ズイと足指が突き出される。
ぐわっと指と指の間が広がったかと思うと、それはあっという間に人を挟み込んでしまった。
足で人を摘まんだまま歩き始める。挟まれた人間からすれば堪ったものではない。
1歩踏み出すたびに60m近くもの距離を数秒で振り回され、上下運動までついてくる。絶叫アトラクションに乗っていた方が数倍マシだと思えてしまうほど激しい動きだ。おまけに安全性など考慮されていない。シートベルトなんて優しいものはなく、指紋という溝の貼った皮膚に挟まれ続けているのだ。骨は軋み、胃の中のものが暴れ回る。臭いも相まって何もかも吐き出してしまいそうだ。いっそこのまま吐いてしまえばイタチの最後っ屁くらいになるではないかとも考えた。もっとも、体内の全てをぶちまけたところでルミにとっては指でなぞるだけで拭き取れてしまう量しかないのだが。
こんな状況でも潰れていないのは、ルミが調整しているからだ。
たとえ普通なら目に見えないような小さなものでもルミは感知することが出来る。簡単に潰れないような位置で挟み、力加減を調整しているのだ。
ルミはどれだけ大きくても、足元の状況を把握出来る。小さな表情も小さな悲鳴も、余すことなく楽しむことが出来るのだった。あの時溢れかえった人間の押し合いへし合いも全て見ていた。
だから足に挟まれた人間の生きるも死ぬも、全てルミのさじ加減でどうにでもなってしまう。
アトラクションを通り越した拷問は長く続いたように感じたが、実際にはすぐに足指の子を押し倒した犯人に追いついた。犯人は相も変わらず他者を押しのけながら逃げている。
犯人の真上に来た足指がパッと離れると、中から人間が落ちていく。それは見事犯人に直撃し、辺りを退かせた。
「ちっぽけな車なんかよりずっと早かったでしょう?」
わきわきと動く足指の奥から声が響く。人々は「これで満足したならそのまま通り過ぎてくれ」と足の下で願った。
「それじゃあお疲れ様」
そんな願いは知ったことではないと言わんばかりに、無慈悲にも足は振り落とされた。
一方で、ビルの中でもパニックは起こっていた。
逃げようとする人で溢れかえったエレベーターは重量オーバーを起こし、奪い合いが起こる。混雑した階段で人は押し合い、走り出し、我先にと叫び事故も起きている。
むしろ動かない方が安全だと思い始めている人間も大勢いた。腰が抜けて立てなかった者や事態を把握できていない者が窓から巨大娘の歩みを眺めていたが、彼女は建物に被害を与えていないのだ。
もちろん何もないわけではない。歩くたび起こる振動で物が崩れたりはしている。しかし逆にいえばそれだけだ。
『外に出た方が踏み潰されるリスクが上がるんじゃないか』と考える人間が増え始めた。
そんな人間のうちの1人が、高層ビルから外を眺めている。
普段見ている景色の中では車など米粒みたいなサイズだ。それに乗る人間なんて、性別すら判断できるか怪しいくらいに小さい。
それがどうだ。今景色の中にいる女はポーズどころか表情まではっきりわかるほどに大きい。それはまだまだ道路の先にいるというのに。
足音を鳴らし、道路に沿ってルミは歩く。その足元で米粒のような車が潰れていく様子を男は眺めていた。
彼はルミがこのまま何事もなく目の前を横切っていってくれることを願っていた。
巨大女が足元で民衆が逃げ惑う様子を楽しみながら一歩一歩進んでくる。遠くから聞こえていた、足音とは思えない地響きが迫ってくる。やがて楽しそうに笑う顔が視界から外れ、窓のそばにスカートが近づいてくる。
窓から見える景色を埋め尽くした腰は、その場で急に止まった。
くるりと角度を変えた腰は下へと下がり、代わりに巨大な紫の瞳が現れた。巨大な水晶のような瞳にビル内部が映し出され、飲み込まれてしまったような感覚に陥る。
「そんなに見つめちゃって……アンタも潰されたいのかしら」
唇から声が響き、強風にも耐えられるビルが声によって振動する。
不意に伸びてきた指先がビルを突くと、ゴンゴンと音を鳴らしてフロアが揺れた。
男とルミを隔てるものはガラスの窓のみ、男はガラスが破れないかと肝を冷やす。
この場から去ろうにも、フロア全体を捉えている瞳から逃げられる想像ができず、蛇に睨まれたカエルのように動けなくなっていた。
ルミは立ち上がると、ビルの側面に足をかけた。
瞳の呪縛から逃れた男はこれから起こることを察し、近くにある大きな柱へとしがみつく。
ビルがミシミシと悲鳴をあげ、下の階を筆頭にヒビが入っていく。
ゴシャアッと崩れていく音を立て、フロアが一気に傾いた。
高層ビルは隣のビルを巻き込み、一部形を保ったままへし折られてしまった。
壁が床になり床が壁になってしまった今、男は柱の上で生き残っている。そこはまるで深い谷にかかった一本の橋のようだ。
天井になった窓から大きな顔が覗き込む。孤立してしまった彼にルミは語りかけた。
「安心しなさい。後でちゃんと潰してあげるから」
ニヤリと笑うその顔は男にとって悪魔のように見えた。
しゃがむルミの背中に何かがぶつかる。それはルミにとって、小石でもぶつけられたような感覚だった。
振り返ると、数機の戦闘機が辺りを飛んでいる。背中に当たったのは、どうやらそれらが放ったミサイルらしい。
マッハで飛ぶ戦闘機の速度は地上を走る車の比にならないほど早く、肉眼で捉えることは難しい。碌な装備もないまま地上から迎撃するなど不可能だ。
しかしそれはあくまで一般的な話。20m近くある機体もルミにとってはバレーボールくらいの大きさしかなく、スパイクと比べると明らかに遅い。
そう感じられているとは知らず、戦闘機は高度200mを飛び回る。これはルミの頭を超える高度で、安全圏だと思える位置だ。
ただし、今ルミがしゃがんでいることを除けばの話だが。
「そんな高さで呑気にしていて良いのかしら」
ルミは立ち上がって頭上を通り過ぎようとしている戦闘機に手を伸ばす。その手は難なく戦闘機を掴み、顔の前まで引き摺り下ろした。
この高さなら安全だと高を括っていたパイロットは制御不能になった戦闘機の中で、眼前に広がる巨人の顔に怯えた。
バキバキッと音が鳴り、翼が折られる。円柱状になった機体は握り込まれ、ミサイルの発射口を塞がれてしまった。
「こんなおもちゃで私をどうにかしようと考えていたの? やっぱり脳が小さいと頭が弱くなっちゃうのかしら」
パッと手を離すと、翼をもがれたそれはなす術なく地上へと落ちていく。自由に飛んでいた空が遠くなり、地上のビルに囲まれる。ゴシャッと音を立ててコンクリートにぶつかって機体はひしゃげ、道路が陥没してしまう。
かろうじて一命を取り留めたパイロットが息も絶え絶えに空を見上げると、そこにあったのは青い景色ではなく、黒紫のスカートに覆われたお尻だった。
ズウウウゥゥン
大きなお尻が落とされ、さらに地面は凹む。その被害は機体が落下した時よりもさらに大きかった。
立ち上がってお尻についた汚れを払うルミに向かって再びミサイルが放たれた。潰された仲間に対する恨みが詰まったそれは、大したダメージを与えることもできずに弾けてしまう。それでも残った数機の戦闘機は諦めることなく攻撃を続けた。
「女の子1人に総攻撃だなんて、酷いことするわね。プライドなんてないのかしら」
『なんとでも言え』
パイロットたちの思いは一つだった。このサイズ差に遠慮はいらないと理解している。弱点さえ見つかれば倒せるかもしれないと希望を抱き、お腹や目などむき出しの部分目掛けて攻撃する。
しかし目に飛んでいくミサイルは手で振り払われ、体に向かって飛んでいくものは防御すらされず受けられてしまった。
このままではまずいと考えたパイロットたちは作戦を立て直す時間を稼ぐため、ルミがジャンプをしても届かないような上空まで浮上した。油断はしない。ギリギリ届かないであろう高さなど考えず、数倍の高さを保った。
「逃げるなんて、この街の軍隊さんはずいぶん弱虫ねぇ。
……ま、逃さないけど」
舌なめずりをしたかと思うと、ルミの体が大きくなっていく。グングンと戦闘機との距離は縮み、やがて追い越してしまった。巨大化がおさまった今、戦闘機は体から張り出した胸に見下ろされている。
ただでさえ大きかった敵がさらに巨大化してしまうという、非常識に非常識が重なった状況にパイロットたちは冷静さを失ってしまう。
『とにかく離れなければ』という衝動に駆られ、四方八方散り散りに分かれた。
しかしマッハを超える戦闘機ではとっさに曲がることは難しい。
運悪くルミのいる方向へ飛んでいた機体は突然目の前に現れた巨体を回避しきれず、お腹にぶつかって弾けてしまった。自爆特攻にも見えるそれは滑らかな肌に傷ひとつつけることすら出来なかった。
ある機体は横へと逃げていく。とにかく離れようとまっすぐ飛ぶ。そんな機体の前にしたから何かが迫り上がってくる。それは巨大な手だった。5本のスラリとした指を生やし、目の前に立ち塞がる。
親指と人差し指が近づく。『ここに来い』と言わんばかりに、機体の前に隙間を作る。
旋回は間に合わず、機体が隙間へ踏み込んだ瞬間指と指が重なる。間にいた機体は何の抵抗もなく潰されてしまった。
ある機体は巨体の脇を通り抜け、後ろに回ろうとする。そばを通るリスクはあるが、後ろならば巨大娘の視界から隠れられると思ったからだ。
腋の下を潜り抜けようとした機体はバムンと閉じられた脇に潰されてしまった。
その逆にあった機体は、無事に脇の下を潜り抜けられた。仲間が囮になってくれた事に申し訳なさを感じつつ、仇を取る決意をした。
しかし彼は後ろから迫り来る胸に弾き飛ばされ、墜落してしまった。ルミが体の向きを変えるだけで、幾つもの機体が胸によって破壊されてしまったのだ。
手で、脇で、胸で。大きく動かずとも、体のあちこちで戦闘機は破壊されていった。残っているのはルミの真正面に逃げている機体のみ。
全速力で逃げる機体に大きな顔が近づく。柔らかな唇が唾液音を鳴らして開き、赤い洞窟が姿を表す。そこから放たれる生暖かい吐息が機体を包み込む。中を覗けば岩のような歯が並ぶ中央に、ぬらりとした舌が見えていた。
パイロットは急に辺りが暗くなったことに恐怖する。洞窟が彼を飲み込んだのだ。唯一光の差し込む入り口に向かい、咆哮を上げながら限界まで速度を出そうとする。
ガチン!
無情にも上下に並んだ歯が合わさり、光は遮られる。その瞬間、機体は立ち塞がった歯にぶつかってひしゃげた。
落ちた機体は蠢く舌にキャッチされ、唾液に包み込まれる。
ごくりと喉が鳴ると、二度とは戻れない洞窟の奥へと落とされてしまった。
ルミはお腹をさすりながら笑う。
「それなりに楽しかったわ。やっぱり少しくらい抵抗してくれないとね」
足下では数分前とは比べ物にならない被害が起きている。
辺りを飛ぶ戦闘機は全て全滅してしまった。もう彼女を止めようとするものは何もない。
今の彼女は足を動かすだけでいくつもの建物を踏み潰せてしまう。
人や車を踏み潰していた時がやさしいと思えるくらいの蹂躙がこの先に待ち受けているのだった。