探偵業も仕事とはいえ、学業を放っておくことは出来ない。
 そのため助手くんには普段通り自身の学校へ通ってもらう必要があるのだが、早く元に戻りたい俺は1人で操作を続けることにした。

 朝早くに家を出てもらい、学園の中へと下ろしてもらう。中学の制服だと目立つので、学園によるときは学園の制服を着てもらっていた。俺が縮んでしまった日、助手くんはきっちりと真面目に制服を着ていた。けれど生徒が自由なこの学園では着崩した子が多く、逆に目立ってしまう。
 なるべく目立たないようにしないといけないので、俺は助手くんに周りに合わせて着崩すように言った。
 その結果。靴下は膝よりも短く、スカート丈は太もももほとんどが曝け出されるほど短くなった。これで学園内で目立つことはないはずだ。

 俺たちは放課後にグラウンド隅で待ち合わせすることに決め、お互いに歩き出した。





 探索していると、中庭で声が聞こえた。
「くそっ、一体どうしてこんなことになっちまったんだ……っ!」
 何度も上から声が響いてくるこの小ささで、その声は同じ高さから聞こえた。
 茂みの中を除くと、そこには不良が十数人隠れていた。その顔にはどれも見覚えがある。
「君たちは?!」
「あ? なんだてめぇ?!」

 相手がすぐに気づかなかったのも無理はない。別に俺と彼らは親しい仲というわけではないのだから。





 彼らと出会ったのは、まだ縮められる前のことだ。
 校内を歩いていた俺は、いきなり彼らに呼び止められてしまった。典型的な弱いものいじめ好きの不良軍団だった彼らは、俺をパシリとして扱おうと呼び止めたのだ。
 探偵業をやっていると自分の身は自分で守らないといけない。当然俺も戦闘訓練は行なっていて、相手の力量はすぐに分かる。見渡す限り全員喧嘩慣れはしているだろうが、タイマンなら勝てる相手ばかりだ。けれどあまりにも人数差が多いし、何より潜入捜査中だった。目立つわけにもいかないので抵抗することなく人数分の焼きそばパンを買うと、彼らはあっけなく俺を解放した。どうやら力を誇示したいだけの人間らしい。ちょっとしたヤンチャだと思えば可愛いものだ。





 そんな彼らもどうやら縮められてしまったらしい。一人一人顔を見ていったが、あの時とメンバーは変わってないみたいだ。探偵業において、人の顔を覚えるのは重要なスキルだからすぐに分かる。
 その時、不良の1人が俺を指差して叫んだ。

「あ! てめぇこの前のパシリじゃねえか! てめぇも縮んじまったのか!」
「おいおい。俺らだけじゃなかったのかよ。アンタも大変だなぁ」

 どうやら心配してくれているらしい。出立ちは不良軍団だけど、どこか憎めない部分もあるみたいだ。このまま放っておくわけにもいかないし、助手ちゃんに保護してもらおう。小人が増えたところできっと誤差だ。

「ちょっと聞いてくれ。実は俺、探偵なんだ。この辺りで頻出している行方不明事件を調査するため、俺はこの学園にやってきた。ここにいたら危ない。俺についてきてくれないか?」

 不良軍団はざわめく。数人、助けを求める目を俺に向けた。きっと小さくなってから怖い目にあったんだろう。
中には疑心暗鬼になってる者もいた。その男は俺に向かって一歩踏み出すとこう言った。

「アンタが探偵だったとして、俺たちは元に戻れるのか? アンタも小さくなってるんじゃあ、何も出来ないだろ」

その意見も尤もだ。俺だって、1人では何も出来ない。けれど俺は怖気付くことなく言い放つ。彼らを助けるために。

「確かに俺だけで解決することは出来ない。でも俺には助手がついてるんだ。彼女は小さくなっていない。少なくとも、事件が解決するまでは彼女に君たちを保護してもらうよ」

 俺の堂々とした雰囲気に納得してくれたのか、不良軍団はみんなついてきてくれることになった。
 まだ時間に余裕はあるけれど、予想以上に人数が増えたので早めに待ち合わせ場所へ向かうことにした。





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 私は中学校の授業が終わってすぐに、待ち合わせていたグラウンドの隅までやってきました。早めに着いちゃったせいで時間があります。きっと探偵さんはまだ来ていないでしょう。
 どうしようかと悩んだ私はそわそわと足踏みをしながらあたりを見渡してみましたが、こちらに向かってくる小人さんの姿は見えません。でももしかすると、立ったままだと探偵さんに気付けないんじゃないかと思いました。
座った方が良く見えるので、ちゃんと待ち合わせ場所が見えるよう1歩下がった場所に女の子座りをします。

 少し待っていたら、いつの間にか探偵さんが数十センチほど先にいました。
 良かった。今日もちゃんと会うことが出来ました。
 でもなんだか様子がおかしくて、探偵さんはどんどん私から離れていっています。あんまり遠くに行かれると、お話しすることが出来ません。見失うのも怖いので、私は座ったまま近づくことにしました。

うんしょ、うんしょ。

 両手を地面について、何度もお尻を少しだけ浮かせては前に下ろしました。飛び箱を越えられなくて、上に乗っちゃった時を思い出します。
 ようやく探偵さんは止まってくれて、無事に合流することが出来ました。





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 時間を巻き戻して、助手ちゃんがやってくる少し前のこと。

「アンタのいうとおり、あそこで待ってれば助手ちゃんとやらが来るのか?」
「あぁ。まだ時間はあるけど、絶対に助手くんは来るよ」

 俺たちは待ち合わせ場所に向かって歩いていた。
 不良軍団の中にはまだ不安そうな人間もいる。ここに来るまでの道のりでも、巨大な人間を何度も見ているから仕方がない。

「ほ、本当に助けてくれるんだよな? 虫と間違われて踏み潰されたりしないだろうな?」
「大丈夫。俺のことだって助けてくれてるんだ。彼女は優しいから、きっと君たちも保護してくれる」

 まあ危険が無いわけじゃないんだけど……。
 不安は微塵も表に出さない。危険なこともあったけど、助けられていることの方が多いからだ。それになにより、まずは彼らを安心させたい。

 元に戻ったら何がしたいかなんて事を話していると、遠くに助手くんの姿が見えた。どうやら向こうも早めに着いてしまったらしい。好都合だ。これで彼らは助かる。

「あれが助手くんだよ。立ったままだとこっちの声は聞こえないだろうけど、ここが待ち合わせ場所だからきっと大丈夫さ」

ズン……ズシン……

 遠くから聞こえてきた足音が徐々に大きくなり、助手くんの姿が近づいてくる。あれが知らない女子だったら通りすがりに踏み潰されていたかもしれないが、助手くんだから心配ない。

ズシン……ズシィン……

 助手くんはまだこちらを見ていない。さすがにこの距離だとまだ見えないのだろう。

ズシィン……ズシィィン……

 そろそろ歩く速度を落としてもいいんじゃないか?
 俺たちは気付いてもらうために大きく両手を振り、声を張り上げる。
「おーい!」「助手ちゃーん!」「ここに俺たちがいるぞー!」

ズシィィィン、ズシィィィン!

 恐怖を感じるほど近くに来ても、助手くんの歩みが止まらない。危機感を覚えた俺たちは千切れるほどに両手を振り、各々人生で最大の声を張り上げた。

「ちょっと待った! 助手くん! 止まってくれ‼︎」
「来るな‼︎」「やめろー‼︎」「死にたくない‼︎」「止まれー‼︎」「うわあああああ‼︎」

ズドォン!!!

 助手ちゃんの足が不良軍団の1人を踏み潰した。
 周りにいた人間は足が起こした風圧で尻餅をついてしまい、目の前で起きた光景を信じられずに固まっている。
 そうこうしているとまた足が持ち上げられ、すぐさま別の不良が踏み潰された。足踏みは何度も繰り返され、数人の不良が足の下に消えてしまった。

 踏み潰されずに済んだのは最初の一撃の時点で離れていた者達。示し合わせたわけではないので、皆バラバラに散らばっている。俺は爪先のほうにいるけれど、不良たちは足の横や後ろに倒れていた。
 助手くんは俺たちに気付いていないだけだ。虫も殺せないような助手くんが狙って人を踏み潰すわけがない。そう分かっていても、それを確かめる術も、不良軍団を説得する術も俺には無かった。

 足踏みが止まってそのまましゃがんでくれるかと思っていたら、靴が後ろに下がった。後ろに逃げていた不良たちを挟むように置かれた靴から上に伸びる脚を見上げれば、ミニスカートの中から可愛らしい女児パンツが俺たちを見下ろしている。
 ただの下着、それも子供が履くようなそのパンツは空の彼方にあり、俺たちがどう頑張っても辿り着けない高さにあった。
 俺たちは女児パンツにすら手が届かないほど矮小な存在なんだと思い知らされる。

 俺は助手くんと過ごしていたことで、自分の小ささを何度も思い知らされていた。
 だが不良軍団はどうだろう。縮められたという認識はあっても、どこか現実味は薄かったはずだ。それが今や目の前で仲間を潰され、パンツに見下ろされている。その現実が絶望となって体を強張らせた。巨人の下に居る事がどれだけ危険か分かっていても、彼らは逃げ出す事ができなかった。
そんな中、無慈悲にも助手ちゃんの腰が落とされた。

ズドォォォン‼︎

 砂煙が巻き起こり、何も見えなくなる。視界が開けると、大きな太ももに取り囲まれていた。
 前を見ると、不良軍団の大半がいたはずの場所に女児パンツが鎮座している。ピッタリと地面にくっついているそれに隙間なんてなく、彼らが下敷きになってしまったのは明白だった。
 生き残った不良軍団は太ももの間で抗議を始める。

「てめぇふざけんなよ!」「仲間を返せ!」「この人殺し!」

 その声はきっと届かない。助手くんと一緒に行動した俺だからこそ分かる事だ。小人の声なんて、スカート1枚に遮られただけでもほとんど聞こえなくなるのだ。

 もし助手くんがこっちを見てくれたら、耳を傾けてくれたら声は届くかもしれない。そう考えた俺は助手くんの顔が見えるようにスカートの外に出た。スカートを短くしてもらっていたおかげで、太ももの間からでも顔が見える。
 俺はなんとか気付いてもらおうと大声で話しかけた。
 でもやっぱり結果は変わらない。

 見てくれないのなら、見てもらえる場所に行くしかない。
 俺は助手くんの視線の先にある、待ち合わせ場所へと走った。

 数10cmは走っただろうというところで、助手くんは俺に気付いてくれたようだ。
 良かった。これで今生き残っている人間だけでも助けられるかもしれない。
 ほっと胸を撫で下ろしたその時、助手くんが前屈みになった。

ズゥン!

 両手が不良軍団と俺の間に置かれる。重心が手に移動し、重たい腰が浮き上がった。

ズオオオオ……!

 股間が不良軍団に影を落としていく。初潮もまだの性器がパンツ越しに彼らを押し潰した。

ずりっ……! ずりっ……!

 少し腰を上げては前に動かし、女の子座りのまま前進する。やがて太ももの間で生き残っていた不良軍団も、1人残らず潰されてしまった。

 足踏み、女の子座り、前進。その動作ひとつひとつにおいて誰が潰されたのかを見てしまった。見ておきながら、誰も助けることが出来なかったのだ。逃げ延びたものは1人もいない。

 呆然としていると、何も知らない助手くんが明るく話しかけてきた。

「ちゃんとまた会えましたね探偵さん。どうして私から離れて行ってたんですか?」

 【君が人を潰したから】だなんて言えるはずはない。まだ中学生の彼女にトラウマを植え付けてしまう。ここは今後のために言葉を選ぶことにしよう。

「実は俺、助手くんの足元にいたんだよ。座り込んだ時に潰されそうになったから逃げてたんだ」

 嘘は言ってない。俺も足元にはいたし、太ももに潰されるかもしれなかった。

「俺以外にも縮められた人がいるかもしれないし、これからは足元に気をつけてね」

 助手くんは目を丸くして俺に謝った。

「そうだったんですか⁈ ごめんなさい! 気づかなくて」
「いや、大丈夫だよ。これから気をつけよう」

 やっぱり助手くんは気付いていなかったらしい。
 十数人の人間を潰したというのに、彼らは存在すら気付かれていなかったのだ。
 これでは潰された人間が浮かばれない。俺はせめてもの手向けにと、遺品を持ち帰ることにした。
 そのためには助手くんの体を見せてもらわないと。

「そうだ。縮められた人に気付けるように大きさを覚えておこう。靴の大きさと比べて欲しいから、俺が言う通りのポーズをとってくれる?」
「はい。分かりました」

 助手くんは体育座りからやや脚を広げた状態で座り、つま先が広がるように靴の踵を立てた。パンツがお尻まで丸見えになっているけれど、助手くんは気付いていないみたいだ。
 俺は怪しまれないで体に近づけるように靴裏にめいいっぱい近づき、不良軍団の遺品が残っていないか探した。

 靴の裏、ふくらはぎ、太もも、そしてパンツ。
 潰されていた場所をくまなく探したけれど遺品は見つからない。それどころか、人が潰された痕跡ですら見つけることが出来なかった。彼らの痕跡は土に混ざり、跡形もなく消滅してしまったのだと思い知った。

 小さいというのはこう言うことだ。潰した本人に悪気はなく、それどころか潰したことに気付いてすらいない。
 自分の痕跡を何一つ残すことも出来ず、女の子の何気ない動きでこの世から消えてしまう。
 俺は辛い現実を噛み締めた。

 いつまでも悲しみに浸っているわけにはいかない。俺は再び助手くんと操作を続けることにした。

「もう覚えたかな? それじゃあまた、潰さないように俺を持っててくれ」
「はい。安心してください。絶対に潰したりなんかしませんから」

 助手くんの無邪気な微笑みに、俺は少し胸が痛くなった。