部活を引退して特にやることが無くなってしまった放課後、人通りの少ない通学路を歩いていると不意に後ろから声をかけられた。

「ねえ、おにーさん」

 振り返るとそこには背の低いツインテールの女子が立っていた。顔は半分黒いマスクに覆われていて、目の下にはクマみたいなメイクをしている。いわゆる地雷系女子ってやつだろうか。
 その落ち着いた声に聞き覚えはないし、こんな子は学校で見たことがない。俺が忘れてるだけで、どこかで会ったことがあるのか?
 記憶を辿っていると、その子は続けて喋った。

「私と付き合って」
「へ?」

 まさかの発言に目を丸くする。告白されたのなんて初めてだ。しかも初対面の相手に。

「なんで俺?」
「おにーさんが部活で頑張ってる姿見てたから。毎日必死に頑張ってるの、かっこよかったよ」

 見てくれる子がいたんだ……!
 俺は嬉しくて浮かれてしまった。マネージャーでもなければ、同じ学校の生徒でもない彼女が一体どこから見てたのか、そんな疑問も吹き飛ぶほどに。
 こんなに可愛い子と付き合えるなら嬉しい。とはいえ、流石に話したこともない相手と付き合うのには抵抗がある。まずは友達からはじめることにしよう。

「あの、気持ちは嬉しいんだけ」
「嬉しい? 嬉しいって言った? オッケーってこと?」

 俺の言葉は遮られた。低いテンションとは裏腹に、意外とグイグイくる子だな。

「待ってくれ。俺、君のことまだあんまり知らないからさ」
「大丈夫。これからいっぱい教えてあげる。一緒に暮らせば私の事、いくらでも知れるよ」

 背すじが冷たくなる。もしかしたらこの子、やばいかもしれない。きっと友達になるのも危険だ。
 どうやって断ろうか考えていると、その子はカバンからスプレーを取り出し、俺に向かって吹きかけた。

「何を……?!」

 ぐにゃりと視界が歪んだかと思うと、女の子がありえない速さでぐんぐん大きくなる。
 ふらふらの体で逃げようと振り返ると、見慣れた道もまた大きくなっていた。まさか彼女が大きくなったんじゃなくて俺が小さくなったのか?!
 これだと助けを呼ぶことも出来ない。絶望に浸る俺を影が覆う。見上げると、巨大な手が俺に向かって襲いかかってきていた。俺の体よりも大きい指1本1本の隙間、その更に奥から、優しくも恐ろしい声が響いた。

「たくさん愛してあげるからね……。おにーさん......♡」

 俺は摘まみあげられ、マスクの中へ放り込まれた。

 中はかなりの蒸し暑さだ。彼女の吐いた息が留まり続け、甘ったるい香りと湿度が充満している。新鮮な空気なんてものはなくて頭がクラクラする。興奮しているのだろうか鼻息は荒く、気温はまだ上がっていく。
 顔とマスクの隙間から差し込む光が、狭くて足場の不安定な空間を照らす。視界に広がるハリと艶のあるプルプルの唇が迫ってきて、全身にキスされる。

「ふふ……キス、しちゃった♡」

 唇の間から爆音が発せられ、ビリビリと空気を震わせる。まるで目の前で大太鼓を叩かれているようだ。
 耳に手を当て鼓膜を守っていると、爆音の次には湿ったピンクの物体がぬらりと飛び出してきた。

ぬるぅ……ぴちゃ……ぴちゃ……

 大きな舌に全身を舐められる。湿度に苦しめられていたさっきと打って変わって、今度は全身唾液まみれだ。払い除けようにもその舌はあまりも大きすぎてびくともしない。マスクの外に逃げようとしても、小さな体だとマスクのゴムにすら勝つことができなかった。

「おにーさんは私のもの。だから、印をつけなきゃね」

 カパァと口が開かれて中から熱い吐息が溢れる、マスク越しに背中を押された俺は口の中へと招待されてしまった。

 口内はマスクの中よりも劣悪な環境だった。
 布1枚が壁となっていたさっきと違い、今度はあたり一面肉壁によって囲まれている。どの壁も熱を帯びていて、溜まった匂いも熱も湿度もみんな閉じ込められている。口に隙間を開けて息を吐けば、溜まった空気が全て俺の体に襲いかかり、通り過ぎていく。

 印ってなんだろう。唾液の匂いを満遍なくマーキングすることだろうか。
 そんなことを考えていた俺は、その考えが甘いことを知らされる。

 俺は舌に転がされ、やたらと硬い部分に乗せられた。口の中で硬いものといえば……。
 気付いた時にはもう遅い。いや、もしもっと早く気づけていても、どのみち逃げる事はできなかっただろうけれど。

 口内が狭くなり、天井が落ちてくる。床と同じ硬さの天井は、俺を容赦なく挟みつけた。

「痛い痛い痛い痛い‼︎」

 万力のような力で挟まれる。このまま潰されてしまいそうだ。
 しかし潰される事はなく、俺は無事に解放された。身体中が痛い。もしかしたらアザになっているかもしれない。全身に噛み跡をつけられる経験なんて初めてだった。
 もうこんな思いは嫌だ。俺は右も左も分からない状態でここから抜け出そうともがく。
 すると、また爆音が響いた。

「あんまり動かないで。うっかり呑み込んじゃうかもよ? 私の一部になりたいなら、それも歓迎するけど」

 【体の一部になる】。その言葉に俺はゾッとした。溶かされ、吸収されるということか。彼女に逆らってはいけない。大人しくしていないと……。
 ガタガタと震える俺は口から吐き出され、マスクの中へと戻された。
 囚われていることに変わりはないのに、口内を体験したせいでこの場所が天国のように感じていた。





 しばらくマスクの中で舌に弄ばれていたけど、それもついに終わった。俺は手のひらに吐き出される。

「おにーさんベトベトになっちゃったね」

 誰のせいだと反論する気力の無い俺は、ただぐったりとしていた。

「脱いで。一緒にお風呂入ろ?」

 コテンと小首を傾げ、可愛らしくおねだりされる。こんなことを言う可愛い彼女がいたら幸せだけど、この状況で聞きたい言葉じゃなかった。こんなに小さくされてたら、呑気にお風呂に入ってる場合じゃない。早く元に戻してほしい。
 でも反抗したら何をされるか分からないから口には出せない。かと言って裸になるのも抵抗がある。葛藤の中で俺は何も出来ないでいた。

「脱がないの?」

 その声に息を呑む。手のひらという逃げ場のない場所で、巨大な目に見下ろされているのが怖い。元々感情豊かな子じゃないのはなんとなく分かったけれど、無表情な目は威圧されてるように感じる。まともに呼吸できない。

「そうだよね。自分だけ裸は恥ずかしいよね」

 そういうと彼女は俺を洗面台に置いた。
 そして自分の服に手をかけたかと思うと、躊躇なく服を脱ぎはじめた。

シュルッ……パサッ……

 1枚、また1枚と服が肌から離れ、洗濯カゴへと放り込まれる。最後に残った下着も放り込まれ、色白な肌が全身露わになった。
 その動作に俺は見惚れてしまった。大きいとは言い難かった胸も、今の俺にとっては腕が回らないほど大きい。ツインテールが解かれると、印象がガラリと変わった。

「ほら、これで恥ずかしくないでしょ?」

 堂々とスレンダーなその体を曝け出す姿は神々しくも感じた。初めて見る女の子の体から目を離せないでいると、彼女は洗面台から散髪用のハサミを取り出した。

「……脱がないなら脱がすよ? その服切っちゃうけどいいの?」

 刃物を持たせるとより一層ヤバさを感じる。しかもそのハサミは自分の数倍もあるんだから、その恐怖は今までに感じた事がないほど大きかった。
 俺は急いで服を脱いだ。





 彼女が体を洗っている間、俺はシャンプーやトリートメントが置かれている棚の上にいた。容器は俺より大きく、自分では中身を出すことなんて出来ない。
 彼女はたまに俺の方を見ては微笑む。その顔は「逃がさない」というより、ペットを可愛がっているような優しさを感じた。俺が逃げ出すなんて考えていないのかもしれない。まあそもそもこの閉じられた浴室からは逃げられないのだけど。もし隙を見て床に降りたとしたら、気づかれないままお湯に流されてしまうだろう。

 彼女は長い髪も洗い終わると、俺の方に手を伸ばす。反射的に逃げようとしたけど、あっけなく捕まってしまった。

「今度はおにーさんの番ね」

 ボディソープを空いた手に取り、細くしなやかな指で俺の体をなぞる。巨大なのに優しく滑らかなその動きに、俺は情けない声をあげてしまった。

「ふふ、おにーさん、可愛い♡」

 俺はなすがままに全身を洗われた。



 あまりの気持ちよさに呆然としていた俺は、そのまま広大な浴槽に入れられる。
 ぷかぷかと浮かぶ俺のそばに、巨大な足が突っ込まれた。嵐のように水面が大きくうなる。
 慌てふためいていると、今度は巨大な股間が勢いよく沈み込んだ。それに釣られて俺もお湯の中に引き摺り込まれる。まるで滝壺に飲まれたような縦回転が俺を襲う。
 治まった時にはもう息が限界だ。体が酸素を求め、必死に水面を目指す。

「ぶはぁっ!」

 ようやく呼吸ができる。でも体力は限界だ。どこかで休みたい。
 疲れと酸素不足で歪む視界の中で、ピンク色に浮かぶ何かを見つけた。藁にもすがる思いでそれに向かって泳ぎ、しがみつく。それは浮かんでいるのではなく壁から出っ張っているようで、俺が捕まっても沈む事はなかった。
 頭上からくすくすと笑う彼女の声が聞こえる。

「もう、くすぐったいよ」

 見上げると未だに見慣れない巨大な顔に見下ろされていた。その顔は前に見た時よりも近く感じる。違和感を探ると、首が見えないことに気づいた。顔を下へと辿ると胸の付け根があって、それをさらに辿るとピンクに変わる。それは俺が掴んでいるもので……

「うわぁっ!」

 それが何か理解した俺は申し訳なさで手を離してしまい、また水面に放り出されてしまった。
 水面下からわいた指がイルカのように俺を押し、また乳頭へと乗せる。

「いいよ。おにーさんならね」

 心臓がバクバクとうるさい。いくら逃げてもまた乗せられるだろうという恐怖と、女の子の胸の先に乗せられているという事実が俺の頭を支配する。俺はのぼせそうだった。



「そろそろあがろっか」

ザパァッ

 立ち上がる彼女の胸が揺れ、フラフラの俺は振り落とされる。優しく受け止めた手のひらの上で、俺はのぼせ上がってしまった。


 どうか全部夢で、目が覚めたら元の大きさに戻っていますように。