序章

「……今日は、静かな夜だな」
 巡視船のブリッジから満月の夜空を眺めた船長がつぶやく。
「本当に、[巨大な怪光]なんて、出るんですか……?」
「それを調べるのが、俺たちだろうが……」
航海士のつぶやきに、船長もまた、疲れたようにつぶやく。
「空を横切る巨大な[天使]とか……見た人みんながそろって同じ幻って言うの
も……て、船長?」
 航海士は、船長、いや、通信士ほか全員が窓の外に釘付けになっているの
を見て、自分も窓の外を見た。そしてその光景に目を奪われた…… 
「…………天使!?」
 巡視船の上空に、銀色の翼を広げ、同じ色の髪をなびかせた天使が悠然と
浮遊していた。驚くべきことに、そのあどけない少女の姿をした天使は、巡
視船の大きさをはるかに超えていた……。
「美しい……」
 ほかのものは知らないが、少なくとも航海士は恐怖を感じなかった。彼は
こちらを見つめる、まるで宝石のように輝きを帯びた巨大な瞳に引き寄せら
れた……。
 だが、巡視船の乗組員にとってそれが命取りとなった……。

「……始めたまえ」 
 天使の翼をもった巨人の少女の左肩の上、余裕の表情を浮かべて寛ぐ男が
眼鏡に手を掛けながら呟く。
「どうしたのだ。何を躊躇っている……」 
 その言葉のあと、天使は無言のまま左肩の男に一瞥をくれ、そして再び巡
視船に視線を戻した。いや、実際に見ているは巡視船ではなく、その海域全
部のようだ……
 天使はゆっくりと両手を上げ、掌を海に向けて広げた。そして眼を瞑り、
呟くように、それでいて周りにはっきりと聞こえるように言った。
「……[翼翔]の名に置いて、[墓所]の封印退き……今再びその姿あらわさ
ん……」
 天使はその巨体に見合わぬ、小鳥のような声で海に向けて語り掛ける。そ
してその直後、異変が起きた。

「海が……揺れる!?」
 突然の揺れに巡視船の乗組員全員が我に帰り、すぐさま船のエンジンを再
始動、回避運動を取らせようとした。が、いくらエンジンの出力を上げても
船はその場から動くことが出来なかった。
 そのとき、船長は見た。窓の外の光景を……
「座礁……したのか!?」
 船はいつの間にか陸地の上に乗っていた。だが、こんなところに島がある
はずがない。そうおもいながら部下を励まし、船長は周りを見回す。そして
再び驚愕の声を上げた。
「神殿!?馬鹿な!!」
 それは、とてつもなく巨大な[神殿]だった。いや、単に大きいというも
のではない。扉のない入り口や周囲を覆う柱など、何もかもがまるで巨人の
ために作られているとしか思えないほど巨大なのだ……。
 だが、彼らにそれ以上詮索している余裕はなかった。 
「こっちに来たぁ!!」
 そう、巨大な天使が動けぬ巡視船のそばに降り立ったのだ。天使はゆっく
りとしゃがみ込み、悲鳴を上げる船員を乗せたままの船に両の手を掛け、ゆ
っくりと持ち上げた。彼女にとって巡視船は四分の一程度の大きさでしかな
かった……。
 巡視船はそのまま天使の顔のそばまで持ち上げられた。巨大な少女の瞳に
覗き込まれるのを目の当たりにした船員たちの恐怖の悲鳴を聞いた眼鏡の男
は、うっすらと笑みを浮かべて呟くように、それでいてはっきりと聞こえる
ように言い放った。
「諸君、運がよいことを神に祈りたまえ……諸君らはたった今、偉大なる[文
明の理知]の復活に立ち会ったのだよ!」
 その言葉の直後、天使は巡視船を自分の顔より上に持ち上げた。そしてそ
の上で男の言葉が続く。
「だが、同時に諸君らは不運にも出会った……なぜなら、諸君らは招かれざる
客人でもあるのだよ……だからせめて……」
 男はここで言葉を切る。同時に天使が巡視船を頭上高く持ち上げた。
「……復活の宴の贄となるがいい!!」
 男の叫びと同時に、天使は頭上から船をいっきに落とし、自分の膝で真っ
二つに叩き折った!
「ははははは……!」
 天使の足元で爆発炎上する巡視船を見ながら男が笑う。そしてそれとは裏
腹に天使の姿をした巨人の少女の瞳はどこか悲しげな色を浮かべていた……
 結果に満足した男は、まるで今の惨劇が最初からなかったかのように冷や
やかな目で巨大神殿に目を向けた……。
 そんな男に、感情を押し殺すようにして巨人の少女が話しかけた。
「でも矢間、封印をといたとはいえ、ここは私の[陣営]じゃない……」
「だから、[偶神]たちの制御は出来ない、と言いたいのだな、セラフィア」
 セラフィアと呼ばれた少女の言葉をさえぎり、矢間と呼ばれた男が笑みを
浮かべたまま答える。
「……一体一体は個別に制御可能だ。当面の間はそれで問題ない……」
 癖なのか、矢間はここでまたも眼鏡に手を当て、不気味な笑みを見せる。
「……君たち[騎神]と比べれば確かに[偶神]は劣った存在だ。が、それで
も現代科学の及ぶ相手ではない……それに……」
「それに?」
「手に入れればよいのだ。制御できる[モノ]をな……」
 矢間の眼鏡越しの視線はすでに神殿を通り越し、内部に眠る[偶像の軍団]
に向けられ、さらに心は、それらを駆使した自らの野望一食へと染まってい
た……。
「(いよいよだ……いよいよ始まるのだ……私の[復讐]が!!)」
 矢間の心の呟きをセラフィアが聞くことはなかった……。

「……[墓所]のひとつが、封印を解かれました……」 
 暗闇の中、巫女装束を身に纏い、仮面を付けた女性が上を見上げて言う。
その視線の先にははっきりとは見えないが、とてつもなく巨大な女性の顔ら
しきものがあった。そしてその巫女がいる場所は、巨人の掌の上だった……。
「……ついに動き出してしまいましたか……」
 巨大な女性はゆっくりとした口調で答えた。
「……首謀者は考古学者の矢間敬三……以前、[秘技]に近づき過ぎたために[学
会を追放させた]はずのものです……」
 巫女の言葉を巨人は項垂れたまま聞く。
「おそらくは[分家]のものたちの差し金かと……」
「此度の[内紛]の際、彼らの中心核を取り逃がしたのはやはり失敗でした……。
おそらくは学会から追放された矢間に[魂の玉]を渡して、私たち[守護者]に復
習するよう焚きつけたのでしょう……」
 巨人の言葉が終わると、再び巫女が話し出す。
「矢間が手にした[騎神]は[翼翔セラフィア]と思われます。そして暴かれた[墓
所]には、多数の[偶神]が安置されています。もしそれらがすべて彼らの制御
下に置かれれば……」
 ここで巨人が再び口を開く。
「しかし、今の私の[天明]としての力は完全に甦ったわけではありません……。それに、
矢間の件はおそらくは囮……そちらに眼を向けさせ、その間に世界中で行動を起こす
つもりでありましょう……」 
「セラフィアのほかにも、[軍聖マーゼラ]、[海将テディーネ]、その他の騎神
復活も確認されています……まだ行動を起こした様子は確認されてはいませ
んが、私たちの、いえ、世界にその姿を見せるのは時間の問題かと……」
 巫女の言葉に巨人はまるで遠くを見るように、わずかに上を向いた。
「もし私が力を取り戻しても、すべての騎神を相手取るのは不可能……やはり
[戦皇]に頼るしかないのでしょうか……」
 その巨人の言葉に、何故か巫女は悲しげな表情を浮かべる。
「ですが……[アス—ラ]はいまだ目を覚ましません」
「そうでしょうね……彼女は私たちをさぞ恨んでいるでしょうから……」
 巨人もまた、ここで悲しげに呟いた・・・
 
 深い闇の中。少女は夢を見ていた……
 自分を取り囲む[奇面]の群れ……覆いかぶさる巨大な[手]……そして気が
付くと闇の中……
「(……ここはどこ……なぜ私じゃなきゃだめなの?……)」
 少女は誰にともなく問いかける。
「(……大事なこと、とっても大事なことをいっぱい忘れてる……取り戻さな
きゃ……取り返さなきゃ……)」
 深い闇の中、少女は必死になって手を伸ばす。が、いくら延ばしても先は
見えず、その手は空を摘むばかり……
 だが、少女は希望を捨ててはいなかった。徐々に消え行く記憶の中、まだ
はっきりと覚えていた言葉が脳裏に浮かぶ限りは……
「(……信じてる……あのときの[君の]言葉。だから私も希望は捨てない!)」

作 wbgたせ
[戦皇騎神 修羅子]
第一話「魔神復活」
1
「……俺が絶対助けてやる!……忘れたって何度でも思い出してやる……」

 ……ここで作郎は目を覚まし、朝を迎えた……。
「また……あの夢だ……」
 それは作郎がここ数年間、数日置きに見る夢だった。とくに、高校入学の
都合上、ここ神代荘に入居してからここ1年間、ますます見る回数が増えて
いるのだ。
「それにしても……ヘンな夢だよ、な……」
 作郎が何気なくつぶやく。
「……追われてる女の子……俺と同じ年頃かな……」
 ふと気がつくと、握りこぶしをかすかに震わせている。
「守りきれなかった。なんか、妙に悔しいんだ……夢なのに……」
 とてつもなく巨大な何かが少女を包み込み、空中高くさらっていく。作郎
は手近な棒を手に果敢にもその[何か]に挑み、そして自分も包み込まれる。
 少女は作郎のほうに必死に手を伸ばす。それに応えるように作郎は先の言
葉を叫び、その直後に目を覚ます……
 はじめてその夢を見た日ははっきりと覚えていた。その日の翌日、中学生
だった自分の横の机に座っていた女子が不意にいなくなっていたから。だが、
それが誰だったか、なぜか思い出せない……。
 そのとき、作郎の部屋の戸を誰かがたたいた。
「武神君!……春休みだからって寝坊しちゃだめだぞ!!たーけーかーみーくん!」
「おきてよ、兄ちゃん!!」
「起きてるよ、もう……」
 作郎は布団をたたみながら、ふと時計を見た。
「まだ、7時じゃないか……」
 
 戸口の廊下では、二人の少女が作郎の出てくるのを待っていた。
「ホント、遥ちゃんも大変ね……ぐーたらな兄貴なんか持っちゃって……」
「ううん……こっちこそ、学校じゃ、亜子さんには迷惑ばっかりかけて……」
 亜子と呼ばれた少女は髪をかき上げ、ヘアバンドでポニーにする。
 酒井亜子は作郎と遥同様、家を出てやはり神代荘で一人暮らししている。
その理由は話してはくれない……。
 そしてもう一人の少女は作郎のひとつ下の妹、遥。今年、作郎と同じ私立
出雲高校に入学するためにやはり家を出てここに入居したのだ。
 ちょうど作郎が部屋を出ると同時に、一階のほうから女性の声が聞こえた。
「みなさーん……朝食の準備が出来ましたよぉー」
「摩耶さんも呼んでるから、下に行くぞ」
「兄ちゃんが遅いんじゃない!」
「二人とも、朝から兄妹けんかはしないの」
 三人ははしゃぎながら、食堂に降りていった……。
 
 この神代荘はもともと廃工場の敷地にある社員寮だったところを改装した
建物で、風呂、洗面所、手洗い、食堂は共同、よって食事はほぼ同じ時間に
全員で取ることになっている。全員といっても、ここに現在入居しているの
は、先の三人のほかには……。
「飛鳥さーん……パンが焼けましたよ」
「ん……ありがと、摩耶さん」
 髪を短く切りそろえたパンツルックの女性、鬼崎飛鳥は、摩耶と呼ばれた
割烹着を着た長い髪の女性からトースト2枚を乗せた皿を受け取り、嬉々と
してジャムを塗る
「お早うございます、摩耶さん、飛鳥さん……」
「あら、おはようございます」
「ん……おはよう……」
 摩耶、そして飛鳥は三人にそれぞれ挨拶を返す。
 割烹着の女性、神代摩耶はこの神代荘の大家兼管理人である。おそらくは
20代中ごろ(前半といっても通用する)であろうとおもわれる、神秘的な雰囲
気の美女がなぜ、工場跡を買い取り、寮を共同下宿にしたのかはわかっては
いない。
 一方、鬼崎飛鳥は20代中盤くらいの長身の女性で、こちらは摩耶と違って
まだ幼さが若干残るもの、それでも見劣りしないだけの魅力を持っている。
 彼女は何でも、[ある特務機関]に所属しているという話だが、詳細は教え
てはくれない。もっとも、普段からあまり忙しそうには見えないところから、
それほどたいした機関ではないのだろう、と、作郎たちは考えていた。
 だが、テレビから流れるニュースを聞いていた当の飛鳥本人は、そんな作
郎たちの考えとは裏腹に、
「……そろそろ[出番]かな……」
 と、誰にともなく呟いた……。
[……巡視船が消息をたって一週間、懸命の捜索にもかかわらず、いまだ何
の手がかりもつかめていません……]
 飛鳥のそのとき漏らしたため息に気付いたものは、誰もいなかった……。
 そのとき、
「おはよーっス……」
 と、少々ボサ髪の、何故か白衣を羽織った男が台所に入ってきた。しかも
20代後半とおもわれるこの男は、何故か室内だというのにサングラスを決し
てはずそうとはしない。
「あら、おはようございますハカセ」
「矢島さん、おはよう……」
 摩耶と飛鳥が返し、作郎も軽く頭を下げる。
「ハカセー……これって新発明のつもり?」
 ハカセと呼ばれた男、[自称狂科学者]にして(今のところ)神代荘最後の
住人、矢島英二は亜子が呆れた顔で指差したテレビを見た。それは皆が見て
いたものとは別のもので、今はスイッチが入ってはいないようだ。
 いや、それはテレビではなかった。同じく呆れ顔で矢島を見ていた遥がお
もむろにその画面に触れる。いや、それは画面ではなかった。画面とおもわ
れる蓋を下に倒すと、その中は何故かオーブントースターになっていた……。
「ふむ。それはだな、よく機械音痴が[テレビでトーストが焼ける]と言って
いるから、物の試しに作ってみたのだ。最初からテレビの形をしてれば、ど
んな機械音痴でも、間違えることは……」
「……さすが狂科学者、発想が常人とは違いますね……!」
「兄ちゃん!ヘンなトコで感心しないの!!」
 真剣に話に聞き入る作郎に遥が軽く肘鉄を食らわす。
「……でも、いい機械ですよこれ。さっきもパンを焼くのに使わせていただき
ました」
「まじ!?」
摩耶の言葉に飛鳥が今齧っていたトーストを怪訝そうに見直す。
「おいおい、そりゃあないだろ……」
 飛鳥の反応に、矢島が思わずボサ髪を掻きながら困った表情を浮かべる。
「だって、あなたが作ったものですもの、パンに自爆装置が付加されててもお
かしくは……」
「そりゃあ、自爆装置は[男のロマン]だからな……」
「本気で付ける気だったの!呆れた……」
 矢島の真剣な応えに飛鳥があきらめたように机に突っ伏した……。

 全員がそろったところで、作郎、遥、亜子もそれぞれに食事を始めた。
「兄ちゃんジャム取って……」
「ん……」
「武神君、ちょっとお塩……」
「ん……」
「あ、そろそろ仕事行かなきゃ、作郎君、お皿、流しにお願い……」
「あ、はい……行ってらっしゃい……」
「作郎さん、あとで、お皿洗うの手伝っていただけません?」
「……はい」
「モテルなぁ、作郎君……」
「……学校でも言われます……てか、博士も手伝ってください……」
「……」
 そう、この神代荘は何故か女性が多い。それゆえに作郎は学校でよく「ハー
レム気分だな」とからかわれるのだが、実際は肩身が狭いだけで、あまりよい
ものではない。
 それでも、神代荘が住みやすいのには違いはない。家賃は安いし、食事も
たいていは摩耶が用意する。もちろん、食事の準備や風呂、洗面所などの共
同部分の掃除などは全員が自発的に協力するが、やっぱり麻耶に依存してい
る部分も多い……。
 
「ご馳走様」
 作郎はとりあえず食事を済ませると、
「ちょっと出かけてくる」
 といって席を立った。
「兄ちゃん、ひょっとして、また[山]に行くの?今日は買い物に付き合って
くれるって言ったのに……」
「その前に、洗い物お手伝いお願いしますね……」
「…………はい」
2
 一通りの用事を済ませた作郎は、とくに改まった準備をすることもなく神
代荘の玄関を出た。そして傍の工場跡を通り過ぎ、正面の門を越えて敷地の
隣にある小さな山の入り口に向かった。
 その比較的小さな山の入り口からは、小さいながらも石造りの階段が上に
向かって伸びていた。作郎はふと立ち止まり、一瞬物思いにふける。そして
おもむろに階段を見上げると、こんどは一気に駆け上がった。
 思ったよりも長い階段を、息を切らしながらも作郎は途中止まることなく
たどり着く。どうやらこれはこれで彼なりの体力づくりのひとつらしい。そ
して頂上に着いた作郎は、そこにある建物を見て、また溜息をついた……。
「……いつ見ても、不思議な場所だ……」
 そこはこの山に似合わぬ、立派な神社だった。最初上ってきた階段ともつ
りあわないし、第一いつ来ても参拝のものが誰もいないというのはどうかと
おもう。
 この山は人々からは[神都山]と呼ばれている。作郎たちの住んでいるこ
の神都町の名の由来とも言われており、地理的にもこの町のちょうど中心に
位置する、意味ありげな山でもある。
 作郎が鳥居を背にして立つと、神都町のすべてが見渡せた。
「ほんとに、不思議だよな……。ここからは町がよく見えるのに、町からは絶
対にここが見えない……」
 そう、この神社は何故か町から見上げても絶対に見えることはなかった。
逆にここからなら、遮るものなく町が一望に見渡せる。
 ただでさえ不思議なこの山には、ほかにも作郎が首を傾げたくなることが
ある。まず、広さがわからない。下から見上げるとそれほど大きな山には見
えないのだが、石段を登り、神社の境内に入ると、何故か下から見たときの
倍も広く感じることがあるのだ。
 
 この都心から程よく離れた神都町は、もともと[遺跡と自然の町]として
最近名が知られ始めている、比較的新しい町である。遺跡の町の名のとおり、
この土地のあちこちからは数多くの古代の遺物が発掘され、あちらこちらか
ら考古学者をはじめとして古代の歴史に見せられた者たちが少なからず訪れ
ている。
 だが、発掘品の中には時折怪しげな、それこそ縄文期の地層から金属製の
武具や機械(!)の部品のようなものなどのいわゆるオーパーツなども出土
しており、その筋のいわゆる[トンデモな]人たちの関心も大いに集め、裏
では[神都超文明]などとあまり有難くない呼び名で呼ばれている……。
 
 町を見渡した作郎は、再び鳥居のほうに目を向け、境内に入っていく。こ
の神社は普段は誰も住んではおらず、神主もいないという。だが、そんな神
社に何故か摩耶は巫女として使えているらしく、毎日(作郎たちより早く)
掃除などをしているらしい……。
 境内に入った作郎は、まずは大きな社の前に立ち、拍手を打ってとりあえ
ず拝む。そしてこんどはそのまま境内の裏手に周り、さらに続く山へと分け
入った……。
 
「……また。来ちまったな……」
 山を分け入り、少し奥に入ったところに作郎の目指すものがある。そこは
垂直の山肌に埋め込まれている、まるで扉のような巨大で平らな岩だった。
この町に来てからというもの、作郎は少女の夢を見るたびに何故かここを訪
れるようになっていたのだ。そう、何故かここにくれば夢に出てきた少女に
逢えるような気がしてならないのだ……。
 岩に背を当て、身を預けるように凭れ掛かった作郎は、再び夕べの夢を思
い出そうとした……。
 そのとき、
「あー……兄ちゃん、こんなところにいた!」
 と、遥がおもむろに声を掛け、作郎は思い出すまもなく現実に引き戻され
た。
「……なんだよ!唐突に……大体なんで、遥がここ知ってるんだよ!」
「いっつも山に登るから、今日は追いかけてきてみたの。ひょっとして、誰か
と待ち合わせ?」
「ま、そんなトコだ」
 作郎は夢のことは誰にも話してはいない。話したところでからかわれるの
がオチだ、と思ったからだ。だが、兄のはぐらかす態度は帰ってこの妹の好
奇心を誘う。
「……ひょっとして、彼女でも待ってるの?……ひっどーい!お兄ちゃんには
亜子さんがいるじゃない!!」
「ちょっとまて!?……俺と亜子は別にそういう関係じゃ……」
「ちがうの?」
「大体俺には、ちゃんとした……」
「ちゃんとした、何よ……?」
「……ちゃんとした……なんだ?……」
 このとき、作郎は急に自分の記憶に違和感を覚えた。
「(そう、確かに心に決めた人がいたはずなんだ……)」
 急に作郎の中にそんな言葉が浮かんだ……。そう、どこかの記憶がすっぽ
りと抜け落ちているような、そんな感じに襲われたのだ……。
 だが、ここで作郎を現実に引き戻したのはまたも遥だった。
「……兄ちゃん、あれ……」
 遥が指差した方向を見た作郎は、目の前に見えた光景に言葉を失った……。

 岩戸の程近くの林では、それぞれ十数人程度の集団がそれぞれに武器を構
えて対峙していた。
 かたや全身黒いウェットスーツにジャケットをまとい、顔をゴーグルで隠
した、まるでサバイバルゲームの集団といった出で立ち。かたや全身白い狩
衣に身を包み、顔には不気味な[奇面]を付けた、まるでどこかの宗教の回
し者、といった格好。そして共通しているのは、両者がそれぞれにコンバッ
トナイフや短刀、マシンピストルなどの武器を携帯していたということだ。
 黒い男の一人が銃を小脇に抱えつつ呟く。
「まだ、[守護者]が残っていたとはな……」
 守護者と呼ばれた奇面の集団は、無言のまま間合いを計る。そして黒い集
団も散開し、戦闘体制をとった…
 最初に動いたのは黒い集団だった。数人がマシンピストルを乱射、奇面の
群れが飛びのき、木や岩などの遮蔽物に逃れる。それを見た黒い集団も手近
な遮蔽物に逃れて反撃に備える。
 だが、以外にも奇面からの反撃はなかった。それを見た黒集団の隊長らし
き男が、用心しながらも部下に前進を指示し、自分も身をかがませながらゆ
っくりと敵がいるであろう岩のほうに向かっていった。
 そのとき、隊長の頭上から何かが落ちてきた。それは、奇面の一人だった。
奇面はそのまま隊長の背中に飛び掛り、手にした短刀で斬りつけてきた!
「小癪なっ!!」
 隊長は背中にいる奇面の刀を持つ手を掴み、そのまま胴体をひねって投げ
伏せる。そして自分もコンバットナイフを抜き、倒れた奇面に踊りかかる。
 その周囲では同様に乱闘が始まっていた。この状態だと、味方に当たる恐
れがあるので銃は使えない。全員が剣、ナイフ、ワイヤーなど、それぞれの
得意武器で奇面に挑む。
 だが、黒集団たちにとってこの状態は非常に不利であった。何せ地の利は
相手にある上に、奇面の繰り出す体術、戦闘術は通常の人間をはるかに凌ぐ
ものなのだ。黒集団は徐々に追い詰められていった……。

 突如現れた集団、そして突然の戦闘に、作郎と遥はとりあえず近くの茂み
に隠れて様子を伺うことにした。どのみちここで逃げ出しても、すぐに巻き
込まれるのが落ちだ。
「兄ちゃん……」
 不安げに兄の腕を掴む遥に作郎は「大丈夫」と一言だけ声をかけて励ます。
だが、その中で作郎は、またしても不思議な感覚に襲われた。
「(……この光景……あの仮面の男……どこかで……)」
 だが、記憶をたどる時間は作郎にはなかった。奇面の一人が二人に気付い
たのだ。

 困惑したのは意外にも奇面の集団だった。
「……予定外だ。あれも[処理]するのか?」
「駄目だ。あの少年には手を出すなと[御前様]より仰せつかっている」
「だが、このままでは邪魔には違いはない。多少の怪我は止むを得まい……」
 
 突然自分たちのほうに駆け寄ってきた奇面三人に作郎は思わずたじろぐ。
だが、後ろに遥をかばっている以上、この場を離れることは出来なかった。
「来るなぁa!!」
 作郎は手近な棒を掴むと、めちゃくちゃに振り回して奇面を追い散らそう
とする。しかし奇面はとくに躊躇することなく棒を受け止め、あっさりと取
り上げてそれを捨て去る。そしてそれでも挑みかかる作郎の襟首を掴み、脅
すように呟く。
「……殺しはせぬ。だが、我らを見た記憶は[消させて]もらう。そして……」
「兄ちゃん!」
作郎が叫び声のほうに顔を向けると、遥が二人の奇面に両肩を掴まれていた。
「遥ぁっ!」
「……この少女は保護の対象ではない……そのまま[消えて]もらう……」
3
深い闇の中、少女は確かに聞いた。あのときの[彼]の声を……
「(いる……感じる……確かにすぐそばにいる!)」
 少女は再び手を伸ばす。こんどは渾身の[力]を振り絞って……

「やめろおぉ!!」
 作郎は体中の力を振り絞って奇面の束縛を逃れると、再び捕らえようと迫
る奇面を振り切ってはるかの元に駆け寄る。そしてそのまま動けぬ妹の首筋
に短刀を突きつけようとする奇面めがけて体当たりを仕掛けた! 
「遥を離せっ!!」
 作郎はそのまま奇面と取っ組み合い、遥から引き離す。だが、いまでこそ
油断のために体当たりを許してしまったが、やはり高校生程度でとうなるも
のでもない。奇面はすぐに体制を直すと、そのままあっさりと、さっきより
も力を込めて作郎を押さえつけた。
「人でなしめっ!……自分に都合の悪いことは全部[消せ]ばいいと思っている
のかっ!![以前の]ように……」
 作郎はここで自分が何気なく叫んだ言葉に疑問を持った。
「(以前……俺は以前こんな目にあっているのか?!)」
 だが、その言葉は意外にも無感情と思われた奇面の心を揺さぶった。
「いい気になるな小僧!![あの時]貴様が生き延びられたのは誰のおかげだと思
っているのだ!……いいだろう、死に急ぎたければ、二人まとめて送ってや
る!……[御前様]には、あとで詫びておこう……」
 そう言って奇面は再び短刀を手にし、作郎の喉元にそれを突きつけた。
「兄ちゃん!」
 先の体当たりで自由になった遥が作郎の元に駆け寄ろうとする。が、すぐ
に別の奇面に取り押さえられる。
「遥!……畜生、離せ!遥に手を出すなっ!!」
「無駄だ……すぐに貴様も後を追わせてやる!」
「遥っ!……遥ぁ!!」
 作郎は押さえつけられながらも必死に遥に向かって手を伸ばした。
「終わりだ!!」
 奇面は短刀を構えなおし、それを作郎めがけて突き出した。

 深い闇の中、少女は再び[彼]の声を聞いた。それはあの時と同じ……
「(今も君は誰かのために……自分じゃなく、誰かのために……助けなきゃ…
…こんどは私が!……感じる。[力]を……今の私なら、それが出来る!!)」

 今まさに短刀がつきたてられる直前、異変が起きた。
「……なんだ!?」
 突如周囲が急激にゆれ始めたのだ。 それは徐々に激しくなり、やがて奇面、
黒集団ともに立っていることすら覚束ないほどの激しいゆれとなった。
「いまだっ!」
 作郎は呆然となった奇面を払いのけると、転がるように遥の下にたどり着
いた。
「兄ちゃん!」
「心配ない……」
 作郎は遥の肩を抱き、励ます。
 やがて揺れが収まった。だが、異変そのものは終わってはいなかった。奇
面、黒集団、そして作郎と遥はあたりを見渡す。そして彼らは周りの変化に
驚愕した。
「これは……いったい……」
 先の岩戸のほうを見ると、そこには巨大な建造物が唐突に出現していた。
おそらくは30メートル以上もあるこの巨大建造物は、およそ日本には似つか
わしくない石造りの、まるでマヤの神殿を思わせるもので、それでいてまっ
たく古さを感じさせないものであった。いったいこんなものがどこに隠れて
いたのだろうか……。
 そのとき、その建造物の巨大な扉がゆっくりと左右に引っ込んでいく。そ
してその真っ暗な内部から、重い音が周期的に聞こえてきた。それは、まる
で何か巨大なものの足音のようでもあった……。
 
 深い闇の中、少女はゆっくりと立ち上がった。
「(今ならはっきり感じる……[彼]は近くにいる!……今ならこの闇を出るこ
とが出来る!)」
 少女はゆっくりと、そして一歩ずつ確実に歩みだす。その先には、闇を切
り裂くように、一筋の光が差し込んでいた……。

 入り口から出現したものを見上げた作郎と遥、そして奇面と黒集団は呆然
となった。
「これは……!?」
 入り口のそばに立っていたのは、一人の少女だった。だが、それはただの
少女ではない。赤黒いおかっぱ頭、見たこともないが、比較的現代のものに
近い服に身を包んだその少女が一歩踏み出すたびに辺りに地響きと土煙が広
がり、そして[足元にいた]奇面、黒集団たちは悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散
らすように逃げ出す。
「……巨人?……」
 思わず作郎が呟くように、この少女はとてつもなく巨大な姿をしていたの
だ。さらに驚くべきことは、この20メートルはあろうかと思われる少女が体
を動かすたびに、二本ではなく複数の腕が揺れ動いたのだ!
「兄ちゃん……あれ、六本……腕……」
 遥が呆然と、作郎のほうにむけて呟く。だが、その兄はまったく違うこと
に関心が向いていた……。
「(……俺は[知って]いる。なぜだかわからないが、あの少女を知っている……
そうだ、あの夢の中に出てきた[あの娘]じゃないか!)」
 そんな作郎を他所に、回りは唐突の巨人の少女出現に戸惑いを隠せないで
いた……。
「……なぜ[天明]が急に目覚めた?!……仕方がない、いったん引くぞ!」
 黒集団の隊長はそう言って部下をまとめ、早々に引き上げる。そして奇面
たちもまた、
「……[戦皇]の封印は解かれた……我らの[役目]は終わった……」
 と呟き、遠巻きに巨人を見つめていた……。
 
 深い闇の中から抜けた少女は、辺りを見渡し、自分が探していた[彼]を探し
ていた。そして……
「(……いた……見つけた!)」
 少女は自分の足元に佇む[彼]を見て安堵感、そして喜びを感じた。
「(……やっと、逢えたね!……)」
 少女は満面の笑みを浮かべて[彼]に向けて右手を差し降ろした……

 作郎は自分を見つめ、笑みを浮かべる巨人の少女から完全に眼を離せなく
なっていた。
「(間違いない……この娘だ。夢の中の少女だ!……)」
 だが次の瞬間、作郎は一転して恐怖を感じた。自分めがけてとてつもなく
巨大な手が三つも迫ってきたのだ!
「兄ちゃん、怖い!!」
 遥が作郎の手により一層しがみつく。しかし、作郎の恐怖心は目の前の手
そのものから来るものではなかった……。
「……そうだ……あのとき俺たちを包んでいたのは……巨大な[手]だ!」
 そう叫んだ作郎は、再び棒を手に取り、遥を後ろにかばって巨大な三つの
手に挑んだ。
「来るなぁ!……あっちへ行けっ!!」
 その作郎の態度に、巨人の少女は困惑し、すれすれのところでその手を止
めた。
「(……怯えている?私に?……)」
 ここで少女はようやく気付いた。自分の[彼]の大きさがあまりにも違う
ということ、そして、自らの体そのものにも……
「(……どうして……なんでこんなに腕がいっぱい……どうしてこんなに大き
いの!?)」
 少女は救いをもとめるように、足元の小さな[彼]に目を向ける。だが、
手を伸ばそうとしても先のように拒まれるかもしれないと思うと、やはりた
めらいが出てしまう。少女はいったいどうしたらよいかわからなくなってし
まった……。
 その様子は作郎、遥にも見て取れた。巨人の少女は伸ばしかけた手を引っ
込め、自分の体、特に六本の腕を眺め、動かしてみては自らの体に明らかに
困惑していた……。
 そんな巨人の困惑する姿を見た作郎は、徐々にではあるが恐怖心と警戒心
が自分の中から消えていくことに気付いていた。
「こいつは、敵じゃない……少なくとも、[あのときの]巨人じゃない……」
「……兄ちゃん?」
 兄の突然の言葉に困惑する遥を他所に、作郎は一歩ずつ、巨人の少女にゆ
っくりと近づいていく。
「ちょっと、兄ちゃん……!?」
「大丈夫だ。あの巨人……いや、あの娘は……」
 作郎はそう言って、さらに巨人に近づく。手にした棒を捨て、両手を広げ、
そして出来る限りの笑顔を作り……
「間違いなく、夢に出て着たあの少女だ!!」
4
 神都山山頂における巨大な神殿の出現という突然の不可思議な出来事に麓、
いや、神都町全体が驚愕の渦に包まれた。それだけではない。麓の人間がそ
れ以上に驚いたのは、巨大な六本腕の少女の出現だった……。
「落ち着いて!……皆さん、落ち着いて避難してくださいっ!!」 
 意外にも迅速に対応する警官隊が住民の避難を誘導する。中には巨人がま
だ動きを見せないのをいいことに見物を決め込もうとするものもいたが、や
はり避難を促され、仕方なくそれに従う。
 誘導はさしたる混乱もなく進んだ。そんな中、一人の警官が巨人を見上げ
て一言呟いた……。
「……なんか、あいつ……困ってるみたいだ……」

「ついに出番が来た……」
 巨大な格納庫の中では鬼崎飛鳥が整備員に向かって叫ぶ。
「急いで!……[GT−EX]と[VP−EX]の初出動よ!!」
「了解!!……ついに……ついにこの日が来たんですね♪」
 整備員たちは声を上ずらせ、興奮気味になりながらも、巨大な専用ハンガ
ーに次々と向かっていく。それを見た飛鳥もまた、高ぶる気持ちを抑えなが
ら今まさに乗り込まんとしている自分の[機体]を見上げた。
「(……本当に、この日が来るなんて……)」
 その機体は戦車とも戦闘機とも違って見えた。強いて近いといえば、[ロボ
ット]とでも言おうか。だが、それはアニメーションなどで出てくる、いわ
ゆる巨大ロボットとはぜんぜん違う代物のようだ。何より、人型をしていな
い。というより、一見手足のようなものが見当たらなかった……。
「特殊戦闘用機動兵器[VP−EX]……私たち[ハイパーディフェンスチー
ム(HDT)](仮称w)の最大にして唯一の戦力……」
 ハイパーディフェンスチーム。警察庁、防衛庁のどちらにも所属しないこ
の実験的な組織は、常識範囲では対応しきれない[特殊な]事態を想定して
結成されたものである。だが、実際はまだ本可動というわけでなく、試験的
運用という面を出てはいない。よって、その出動の際には本来、警察庁また
は防衛庁、あるいは内閣などの要請がなければ出動することは出来ない。
「……というわけで、出動はまだですよ、鬼崎君……」
「江藤室長!……ですが、相手はすでに普通の存在じゃ……」
 江藤と呼ばれた、三十代後半の飄々とした感じの男は、飛鳥の言葉を遮っ
て言葉を続けた。
「だから、ウチは要請がないと出動できないんですよ……まだ自衛隊もこれか
ら出動だし、要請はこれからだよ……おそらく、ギリギリまでないでしょう
けどね……」
 そう言って両手をあげる江藤。どうやら彼も本当なら出撃させたいのだろ
う……。
「まぁ、しゃあないですよ。彼らにも面子がありますから。私たち新参者に手
柄を持ってかれたくはないでしょうから……」 
 その江藤の言葉を聴いた鬼崎もまた、あきれ返ったようにため息をつく。
「……出動準備は整えておきます……」
「そうしてもらえますか……たぶん、相当きわどい場面での出動になると思い
ますが……」

 突然の事件に町は大騒ぎとなっていた。が、意外にも静かだったのは巨人
の足元寸前の場所にある神代荘だった……。
「摩耶さん、ハカセ—っ、避難命令が出てるのよ!……巨人がこっちに来ない
うちに早く逃げないと……」
 一人慌てふためく亜子を横目に、矢島は平然と巨人を眺めていた。
「でかいなぁ……しかも腕が六本……肩の付け根、どうなってるんだ?……な
んか、そばに行ってじっくり見たいかも……」
「何呑気なこと言ってるのよ?!……あんな大きさじゃ、まるっきり怪獣じゃ
ない……何されるかわかんないのよっ!!」
「怪獣?あの大きさじゃ、せいぜいがモビルス……」
 矢島のまったく動じない態度に亜子はあきれ果てた。
「もういい……で、麻耶さんはどこ?」
「摩耶さんなら、さっき自室に戻ってたけど……」
 矢島がそう言ったとき、ちょうど後ろを摩耶が巫女装束に千早を羽織った
姿で通り過ぎた。 
「ちょっと、神社に行ってきますねー♪」
「あ、行ってらっしゃい摩耶さ……こんなときに神社って、麻耶さん死ぬ
気!?巨人がいるのよ!!」
「でも、私は神都神社の巫女ですし……それに、あの巨人さんはきっと大丈夫
ですよ。悪い人には見えませんですから……」
 亜子の心配も何のその、摩耶は足早に似神社に向かっていった。それを見
た亜子も、
「もう、ホントにマイペースな人なんだから……」
 と、ボーっと巨人と神殿を見上げる矢島を引きずって、自分も神都山に向
かった。ところが……
「あれ?……おかしいなぁ、確かに麻耶さんここに来たはずなんだけど……」
 神社に着いた亜子と矢島はここで摩耶を見失った。確かに社に入っていく
のを見たのだが、いざ覗き込んでも誰もいないのだ……。
 だが、それを確かめる時間は二人(正確には亜子)にはなかった。すぐそ
ばでは巨人の少女が佇み、なにやら自分の足元を見ているのだ。
「大きい……」
 一瞬亜子はその巨人の大きさに圧倒された。が、すぐに我に帰ると、やは
りボーっとしている矢島を連れてその場を立ち去ろうとした。が、ここで亜
子は大事なことをもうひとつ思い出した……。
「そういえば、竹神君と遥ちゃん、山に行くって行ってたっけ……」
 いやな予感に刈られた亜子は再び巨人のほうを見た。巨人は相変わらず落
ち込んだ表情で自分の足元を見ていた。が、こんどはゆっくりとしゃがみこ
み、そして顔を地面に近づけていた……。
「まさか……!?」
 そう、そのまさかであった。次に巨人が立ち上がったとき、その二つの右
手には、作郎と遥がそれぞれ握られているのだ!!
「うそでしょ……!?」

「……[戦皇]が覚醒しました……[天明]……」
 巨大な掌の上でうつむいたままの仮面巫女から報告を受けた[天明]と呼
ばれた巨人は、とくに驚いた表情を見せるでもなく、
「そうですか……」
 とだけ呟いた……
「あれは……[アス—ラ]は私たちの意志で目覚めたわけではありません……。
彼女がこれからどうするのかは私といえど図りかねます。さりとて、今の私
たちに彼女を同行する権利もあるとは思えません……」
 天明はそれだけを呟くと、それ以上口を開こうとはしなかった……。
「願わくば、[始まりの光]だけは使わないでほしいものです……」
 仮面巫女の言葉はどこか悲痛な感じがした……。

 神都矢間周辺では、徐々にではあるが自衛隊による包囲が始まっていた。
すでに一部の書き、戦車部隊が展開しており、いつ巨人が行動を開始しても
良い状態とな……るはずだった。
「何!こんどは未確認飛行物体!?」
「そうであります!……その未確認飛行物体は現在こちらに向けて進行中。ま
もなく……」
「まもなく……なんだ!?」
「まもなく……こちらに到達する模様です!!」
 そのとき、南の方角から何か異様な物体が空中を浮いてやってくるのが見
えた。それを見た住民、警官隊、そして自衛隊員は驚愕した。
「こんどは……なんだ!?」
 それは、どこか遮光器土偶を思わせる物体だった。実際のものよりはやや
単調だが、宙に浮かんだそれは、どこか不気味な雰囲気を漂わせていた。だ
が、人々が驚いたのはそれ以上にこの物体がおそらくは30メートルを超える
巨大なものであったということだ。
 周辺では、数機の攻撃ヘリが周回し、様子を伺っていた。が、それは突然
光に包まれたかと思うと、いきなり火を噴いてあっさりと堕ちた。
「何が起こった!?」
 隊長が叫ぶ。みると、その土偶の顔が先のヘリの方を向いていた。どうや
らこいつは完全に敵のようだ。隊長はすぐさま応戦の指示を出した……。

 神都山の麓では、先の黒集団の隊長がなにやら金属板のような物を手にし
て書かれている文字をなぞっていた。見ると、空中の土偶はその指にあわせ
て動いているようだ……。
「隊長![偶神]を黙って持ち出したって、矢間さんにばれたら……!?」
「ふ……[騎神]を手に入れてしまえばこっちのもの……あとはどうとでもな
る!!」
「隊長……まさか最初から!?……」
「……あんなすごいものを見せられて、何もするなというほうがどうかしてい
るのだ!……[天明モリヒメ]を手に入れれば、あの[遺跡]の[偶神]す
べてをコントロールできるんだ。そうなったら、あんな狂った学者野郎なん
かに頭下げなくても……それどころか……世界が俺のものに……!!]
 このとき、すでに隊長の目は凶器の光に満ちていた……
5
 巨人の少女にゆっくりと近づいた作郎は、両手を広げて出来る限り微笑ん
だ。無謀とも取れる兄を遥が袖を引っ張ってとめようとするが、かまわず作
郎は少女の足元に寄っていく。
 作郎が突然自分の足元にやってきたのを見た巨人少女は思わず足を後ろに
引く。だが作郎が微笑んでいるのを見ると、躊躇いながらもゆっくりと身を
かがめ、顔を足元の小さな少年に近づけた。
「……いいよ。手に乗せても……」
 迫り来る巨大な顔に作郎は恐怖を押し隠してそれだけを告げる。するとそ
の言葉の直後、巨人はゆっくりと、躊躇いがちに右手のうちのひとつを作郎
に向けて伸ばしてきた。が、その手は開いたまま、すれすれとところで止ま
った。
 作郎は巨大な指と指の間に自らの身を入れた。それと同時に指は閉じ、ゆ
っくりと作郎を持ち上げてゆく。
「兄ちゃん!!」
 その信じられない光景に遥が思わず叫ぶ。すると、それに反応したように
巨人のもうひとつの右手がゆっくりと降り、遥の体を包もうとする。その突
然の出来事に遥は思わず「いやっ!!」と叫ぶ。その拒否反応に巨大な指は思
わずびくっと震え、その場に止まる。
「……あ、ゴメン……」
 さすがに今の反応にバツが悪くなったのか、遥は思わず謝る。それを聞い
て安心したのか、巨人は遥の体を指でそっと包み、そのままゆっくりと立ち
上がった。そして二人をそのまま自分の顔の高さまで持ち上げる。
「うわー……たかーい!」
 視界の高さに遥が思わず叫ぶ。振り返ると、少女の顔がやはり視界いっぱ
いに広がる。その顔は優しい笑顔で二人を見つめていた……
 しばらく巨人の顔に見とれていた作郎だが、ここで我に返り、目の前の巨
大な顔に改めて話しかけた。
「……君は……夢に出てきた[君]なのか?……」
 だが、巨人は困惑した表情を見せるだけで返事を返しはしなかった……。
「(……どうして?……せっかく逢えたのに、肝心のことが何も思い出せない
なんて……この人の名前は?……どうして私はこの人のことを知っている
の?……そもそも、私はいったい誰なの!?)」
 だが、思慮にふける暇はなかった。突然巨人の足元に強烈な光が襲い掛か
り、大爆発を起こしたのだ。
「きゃあぁぁぁ!!」
「遥ぁ!!」
 叫びを聞いた巨人は二人を胸に抱き寄せ、開いていた左腕二本でかばう。
巨人は光が放たれた方向を見る。するとそこには巨大な土偶が宙に浮いてい
た。その大きさは、巨人よりもさらに一回り以上大きいようだ。
 土偶は周りを取り巻くヘリや、地上から自分を攻撃する戦車、そして辺り
の家々などを次々と破壊しながら神都山、すなわち巨人のほうに徐々に近づ
きつつあった。どうやら、彼女が目的のようだ。
「なんだ、あれは!?」
「町が……兄ちゃん、町が壊れちゃうよ!!」
 二人の叫びを他所に、土偶はなおも攻撃を続ける自衛隊をなぎ払いながら
ゆっくりと進んでくる。
「(ひどい……なんでこんなことをするの!?)」
 土偶の諸行を目の当たりにしたとき、巨人の表情が険しくなった。そして
抱いていた作郎と遥をそっと地面に降ろすと、土偶の方向に体を向け、ゆっ
くりと山を下りて行こうとした。
「どうするつもりなの?……あの娘……」
「たぷん……戦うつもりだ!」
 
 市街では、土偶に対する自衛隊の必死の攻撃が続いていた。だが、いくら
ヒューイコブラがTOWやARSを、90式が120mm滑空砲を、その他様々
な攻撃手段を用いても土偶の外装に傷ひとつ付けることが出来なかった……。
「つーより、攻撃が届く前に磁気バリヤーみたいなヤツに阻まれてるって感
じかな……」
「何暢気なこと言ってるんですか車長!……徹甲弾も粘着榴弾も聞かない相
手じゃ、どうすることも出来ないんですよ!!」
 ぼやく乗員に車長が表情を変えずに言う。
「だが、今の俺たちにある得物はこの90式だけだ。いまさらじたばたしても
始まらん。ともかく弾があるうちは反撃するんだ!」
「……はい……」
 部下のあきらめたような返事を聞き流し、車長はキューポラを開けて上空
の巨大な敵を見上げる。
「(あれだって、人が作ったんだ!……どこかに弱点があるはずだ!!)」
 だが、じっくりと観察している暇はなかった。ちょうど頭上に土偶が差し
掛かったとき、また一機のコブラが遮光器から放たれた怪光線で撃墜され、
その残骸が90式に向けて墜落してきたのだ。
「おいおい、ちょっと都合がよすぎねぇか!?」
 車長は毒つきながらも回避を指示、90式は地面を削りながら急激に後退を
開始した……。

 その頃。現地からの報告を受けた対策本部では、巨人と土偶の両者に対す
る対策会議が続いていた。が、次々と寄せられる戦況報告に幹部連中は頭を
痛めていた……。
「……まったく、怪獣映画じゃあるまいし……こんなことは前代未聞だ!!」
「今展開している部隊だけでは、荷が重過ぎます。即刻増援を……」
「すでに各基地にスクランブル要請は出しております。まもなく、各方面から
部隊が到着する予定です」
「ですが、相手は未知の存在、しかも二体です。通常兵器が効果を表さない現
状では、これ以上の部隊を展開させても、果たしてどれほどの効果を挙げら
れるか……」
 この一言で会議室は沈黙に包まれた。が、しばらくして一人の幹部が口を
開いた。
「……そろそろ、[彼ら]の出番ですか……」
「ハイパーディフェンス……新参者に頼るのはどうかと思うのだが……」
「ですが、もはやこれ以上部隊を投入しても、損害が増えるばかりです……」
 そのとき、室内に設置された電話が唐突に鳴った。
「こちら対策室……なんだと!?」
「どうした!?」
「巨人が……巨人が動き始めた模様です!!」

「おいっどうするつもりだ!?……相手は土偶みたいな化け物なんだぞ!!」 
 土偶に向かおうとする巨人に、作郎は思わず叫ぶ。
「幾ら体が大きくたって、腕が六本あったって、相手は光線を出すやつだぞ!
……大きさだって、あいつのほうが大きいんだ!!」
 その作郎の叫びが聞こえたのか、巨人は振り返って笑みを見せる。それは、
自分を心配してくれる作郎を安心させるためのようだ……。
 そのとき、作郎と遥のもとに亜子が駆け寄ってきた。
「亜子か!?大丈夫だったのか!?」
「それはこっちの台詞よ!!……あなたたちこそ大丈夫!?巨人に捕まった
んでしょ!?」
「亜子さん、あの巨人さんは、いい人みたいです……」 
 心配する亜子を他所に、遥は再び土偶のほうに目を向ける巨人を見て呟い
た……。
 巨人は、三人から十分距離をとると、中腰の姿勢をとり、体を前方に傾け
た。そしてしっかりとその目を土偶に向けると、さらに姿勢を低くし、次の
瞬間、一気に体を伸ばした。
「跳んだ!?」
 そう、巨人は空中に飛び上がったのだ。その高さは巨人が20メートルと仮
定しておよそ十倍、200メートル以上と思われる。その大きさを無視したと
しても、ものすごいジャンプ力である。
 それだけではなかった。巨人はしばらく宙にとどまった後、急激に落下し、
一軒のマンションの上に着地した。が、驚いたことにビルは少し震えただけ
で破壊されることはなかったのだ!……巨人ほどの大質量が200メートルも
の高さから落下してきたというのに……。
「質量を調整してる?……いや、重力を制御しているのか……!?」
 いつの間にか作郎たちの傍にやってきていた矢島が呟く。隣には、これま
たいつの間にか摩耶がボーっとした表情で佇んでいた……。
「摩耶さん!?……いったいどこに行ってたのよ、さっき社にいなかったじゃ
ない!!」
「……すみません……巨人さんのあまりの大きさに社の裏手で気絶してまし
た……」
「まったく、こんなときに神社に行くなんていうから……」
「でも、いいお人みたいですね、あの巨人さん……」
 亜子の心配の言葉に、摩耶は相も変わらないのんびりした口調で言う。そ
んな彼女に亜子は、
「竹神君に遥ちゃん……摩耶さんまで……いったいみんなどうしちゃったの
よ!?」
 と、思わず叫んでいた……。
 その間に、巨人は着地したビルを次々にジャンプ台にして何度も宙に舞い
上がる。そしてそのまま確実に、街を蹂躙する土偶に近づいていった……。
6
 かろうじて残骸から逃れた90式は、体制を整えなおし再び射撃体勢をとる。
「どうやら、生き残っている戦車は俺たち含めて2,3両って、とこのようだ
な……」
「どうします?……撤退しますか……?」
「馬鹿野郎、撤退するったって、どこに撤退するんだよ!!」
 弱音を吐く乗員の頭をごつきながらも、車長は自分なりの対策を必死にな
って探っていた。だが……
「(……でも、実際こういうときに欲しくなるんだよね……正義の味方ってヤ
ツが……)」 
 車長は思わず天を仰ぐ。そのとき、土偶の顔が自分たちを見ていることに
気付いた。
「やばい!!」
 そう思ったときはすでに遅かった。土偶の遮光器の隙間が一瞬光ったかと
思うと、そこから強烈な怪光が伸び、地面をえぐりながら90式めがけて迫っ
てきた。
「もうだめだ!!」
 そう思った瞬間、車長をはじめ全員が目を閉じ、訪れるであろう最後のと
きを待った。が……
「……なんだ!?」
 車長は何かが戦車を覆っていることに気付いた。それは、三つの大きな手
のひらだった。どうやら、それが怪光線から戦車を守ったようだ。
 戦車を守った巨人はゆっくりと立ち上がり、宙に浮かぶ土偶を見上げる。
そして六本の腕をそれぞれに構え、ゆっくりと間合いを計る。
「戦おうというのか……この巨人、本当に正義の味方、なのか!?」
 キューポラから顔を出した車長は、自分を助けてくれた[40メートルの]
巨人を見上げて呟いた……。
 その光景は神都山の作郎たちにも見えていた。
「さっきよりも……大きくなっている!?」
 
 [偶神]を操っていた黒集団隊長は巨人の行動に驚いた。
「[騎神]が戦いを挑んできた!?……誰かがコントロールしてるのか?……」
「どうします?……[偶神]と[騎神]じゃ、ぜんぜん力が違いますよ!!」
 動揺する部下の言葉に、それでも隊長はあきらめなかった。
「……それは[騎主]が同調している場合だ。セラフィアだって、矢間のヤツ
が居なきゃあ、何にもできなかったじゃねぇか!!」
 隊長はそういって、再び手の中の金属板に目をやった。
「いけっ!……[偶神グーラ]……[天明]を捕獲するんだ!!」
 グーラと呼ばれた土偶はゆっくりとした動きで身構える巨人少女に向けて
移動を開始した。そして牽制とばかりに遮光器から連続で怪光線を発射した。
「(くっ……!!)」
 巨人少女はその数発の怪光線を腕で防ぐ。それは一瞬彼女の服の表面を焦
がすが、それ以上の被害を与えられず、挙句その焦げさえも次の瞬間には完
全に消えてしまっていた。
 怪光線が効かないのを目の当たりにした黒隊長は次なる手に出た。
「効かないのは、百も承知だ!!」
 その言葉の直後、グーラは今までまったく動かさなかった両の腕を巨人に
向けて突き出した。そしてつめ先を開いたかと思うと、ものすごい勢いで手
首を射出した。
「(くっ……!?)」
 グーラはその延ばした爪先で巨人の両手(のうち一対)を捕まえると、手
首に連結されたワイヤーを巻き戻し始め、彼女を自分のもとに引き寄せよう
とした。
「(こんなもの……!)」
 巨人は引き寄せられまいと足に力を込め、さらに空いている残り二対の腕
をワイヤーにかけ、逆にこの土偶を引っ張り返した。それに対しグーラもさ
らに引く力を強めるが、まったく歯が立たず、徐々に巨人のほうに引き寄せ
られていく。
「まだまだ!!」
 隊長はここで金属板の文字を複雑になぞる。すると今まで平然と引っ張り
返していた巨人の表情が急に苦痛を帯びたものとなった。どうやらワイヤー
を通じて巨人に電撃のようなものが流されているようだ。
「(何……これ!?……力が……入らない!?)」
 自分の体に断続的に流れる衝撃に巨人少女は必死にこらえる。が、それは
徐々に強まり、彼女の体に更なる苦痛を与える。
「効いてますよ!……隊長!!」
「……ほとんどのエネルギーを衝撃波にまわしているからな……どうやら目
覚めたばかりで、完全な力は出せないようだ……今なら捕獲できる!!」
 黒隊長は金属板をさらになぞった。
「やばい!……援護だ、援護!!」
 助けられて以降、呆然と見ていた車長が思わず叫ぶ。
「ですが、部隊長からは、静観せよとの命令が……」
「彼女は俺たちを守ってくれたんだ!……その彼女がやられるのを黙って見
てるわけには行かないんだよ!!」
「……それもそうっすね!!」
「角度ヨシッ!装填ヨシッ!」
「てーっ!!」
 車長の号令とともに120mm滑空砲が火を噴いた。その砲弾は狙いたがわ
ず土偶の胴体に命中、その徹甲弾は外装を貫きはしなかったものの、衝撃で
土偶は一瞬空中で揺れた。
「バリヤーが……ない……そうか、ヤツは今、電撃にエネルギーを回している
から、バリヤーを張れないんだ!!」
 それを見た生き残りの戦車、ヘリ、そして対空装備を備えた部隊がいっせ
いに土偶に対して攻撃を開始した。それは徐々にではあるが、グーラの外装
に損傷を与え始めていた。
「(いまだ!)」
 自衛隊の一斉攻撃でグーラの電撃がひるんだ瞬間、少女は体を左右に動か
し、全力でグーラを振り回し始めた。浮遊と電撃以外のほとんどのエネルギ
ーをカットしていたグーラはあっさりと振り回される。
「まずい!!」
 隊長はすぐさまグーラに新たな指示を出した。 
「これでどうだ!!」
 その隊長の叫びと同時に、グーラの両腕からワイヤーが切り離される。そ
して急に切り離されたことで、巨人は後ろに大きく吹き飛ばされる。
「(きゃあぁぁぁ!!)」
 飛ばされた巨人は建設中のビルに激突、それは轟音とともに大きく崩れ、
巨人の体を覆い隠した。

「くぅ!……」
 巨人少女と土偶の闘いを見ていた作郎は思わず彼女のもとに走り出そうと
した。が、それを矢島、遥、亜子が寄ってたかって止める。
「どうするつもりだ作郎君!」
「兄ちゃんが行ったって、何にもならないでしょ!!」
「そうよ、遥ちゃんのいうとおりよ!!武神君あなた死ぬ気!?」
 それでも作郎は前に進もうともがいていた。が、やがてぐったりとその場
に座り込む。
「(……またかよ……また助けられないのかよ!?)」
 そして作郎は自称気味に呟く。
「……考えたら、呼びかける名前さえ思い出してないんだよな……」

「(痛ったぁ……)」 
 巨人少女は瓦礫や鉄骨を押しのけ、何とか立ち上がる。周りでは、自衛隊
が残存戦力で何とか攻撃を続けている。しかし、電撃を止めて再びバリヤー
を張ったためにその攻撃のほとんどが無駄に終わり、逆にグーラの反撃にさ
らされ、いたずらに損害を増やしていくだけであった……。
 それを見た巨人はやっとの思いで立ち上がる。そして手近な鉄骨を二つの
右手と一つの左手で拾い上げると、その場から思い切り跳躍し、怪光線を乱
射しているグーラめがけて殴りかかった。
 巨人の振るった三本の鉄骨はグーラの表面に到達する前にバリヤーによっ
て食い止められる。だが、バリヤーによって弾かれたものの、その衝撃はす
さまじく、グーラは巨体を地面に叩き落された。
 こんどは自分が瓦礫の中に埋もれてしまったグーラは、両腕を駆使して何
とか立ち上がり、再び空中に飛び立とうとする。が、その目の前には、怒り
の表情で土偶を睨み付ける巨人の少女の姿があった……。
 グーラはありったけのエネルギーを怪光線につぎ込み、巨人少女に浴びせ
かけた。が、それはあっさりと二つの左手の掌に止められる。もはやこの土
偶を模した偶神に巨人を阻止する力は残されてはいなかった……。
 怪光線が途切れるや、巨人はゆっくりとグーラに近づく。そして右中央の
腕を振り上げ、それを思い切りグーラの胴体に叩き込んだ。
「……ぅわあぁぁぁぁぁ!!」
 それはこの巨人の少女が始めて発した声であった……。
 叩きつけられた拳はなけなしのバリヤーを無視し、グーラの胴体をあっけ
なく砕いた。巨人は残る二つの右腕で土偶の体を押し、叩きつけた中央右腕
を引き抜く。その直後、偶神グーラは砕かれた外装部分から火を噴き、その
まま爆発四散した……。

「……勝った!……」
 矢島のその言葉に、作郎が思わず顔を上げる。
「勝った……のか!!」
「ちょっと、兄ちゃん!!」
 思わず走り出した作郎を遥が追う。それに続いて亜子も走り出す。
「まったくもう!……二人とも待ってよ!」
 そんな三人に対し矢島はあえてそれを追わずに、何故か摩耶をじっと見て
いた。彼女は先の戦闘の間ずっと、悲痛な、悲しみとも取れる表情で巨人、
そして作郎を見つめ続けていた……。

 ばらばらに吹き飛んだ土偶の残骸を前に、巨人少女は疲れきったようにそ
の場に座り込んだ。周りを見渡すと、先ほどまでグーラを攻撃していた部隊
の生き残りが遠巻きに彼女を取り囲み、様子を伺っていた。
 いや、一両の戦車だけが少女の傍らまで走ってきた。主砲を後ろ向きにし、
攻撃の意思がないことを示したその90式のキューポラから顔を出したのは、
先ほど巨人が助けた車長だった。
「先ほどは助かった!……礼を言わせてくれ……」
 車長は敬礼しつつ笑みを浮かべる。それを見た少女も軽く微笑み返し、右
手のひとつを伸ばし、車長に向けて人差し指を差し出す。それを見た車長は
一瞬驚いたが、すぐに笑みを取り戻してその人差し指を両手で握り返した…
…。
 その不可思議かつ温まる光景にほかの自衛隊員も徐々にではあるが、この
六本腕の巨人の少女に対しての警戒心を解いていった……。
 だが、それは束の間の休息に過ぎなかった……。
 それは町の上空に何の前触れもなく飛来した……。
「何だ……あれは!?……」
「…………天使!?」
 それは、銀色の翼と髪を持つ、美しい女性の天使であった。だが、その大
きさは尋常ではなく、六本腕の少女の倍近く、おそらくは80メートル以上は
あった……。
 天使は少女の頭上で停止すると、そこから無表情で彼女を見下ろした……。

「……あれは……[天明]ではない……」
 巨大な天使[翼翔セラフィア]の肩の上から少女を見下ろした矢間は驚き
の表情を隠し切れないでいた。
「私が[奴等]から聞いた情報では、確かにこの地に[天明モリヒメ]が封印
されているはずなのだ……それなのに……」
「……[戦皇]……そんな筈は!?……」
 驚愕の表情を押し隠しながらも呟くセラフィア。それを聞いた矢間が彼女
に問いただす。
「……[戦皇]だと!?……」
「……でも、[戦皇]は[かつての動乱]の際に[破壊]されたはず……」
 困惑の表情を浮かべるセラフィアに、矢間は落ち着きを取り戻して眼鏡を
掛けなおす。
「何、見たところ[騎主]の姿もない。完全な力を出せない今なら、騎神とい
えど君の敵ではないよ……セラフィア……」
 だが、セラフィアはそれでも表情を緩めることはなかった。
「……[戦皇]はもともと[騎神を倒すために創造された騎神]……しかも目
の前の騎神がそうならば、以前私が見た[戦皇]とはまた別のもの……どん
な力を持っているかわからないわ……」
「わかった。私としてもデータ無しで不明の相手と戦うのは好まない。それに、
今日のところは別の目的がある。いくぞ……」
 
 しばらく空中にとどまっていた天使は、自分が[戦皇]と呼んだ少女に一
瞥をくれると、再び翼を広げて飛び立った。その方向には神都山が見えた。
「(……[彼]が危ない!!)」
 そう感じた少女は、先ほどと同じように跳躍し、大急ぎで山に戻って行っ
た……。

 突如飛来した天使の姿は、矢間を下りようとした作郎たちにも見えていた。
「何だ……こんどは何だ!?」
「武神君……あれ……天使なんだから、きっとあれも[いい人]だよ……ね?」
 亜子がどこか不安げに呟く。だが、考えている暇はなかった。
「こっちにくる!!」
 遥の言葉とほぼ同時に、巨大な天使は神都山上空に飛来、少女の倍はある
であろう圧倒的な巨体を目の当たりにした三人、そして矢島と摩耶は呆然と
立ち尽くした……。
 天使は山の上空を一周すると、こんどは麓にゆっくりと着地した。そして
威圧的な表情で下を見下ろすと、その場にしゃがみこみ、ゆっくりとした動
きで右手を下に伸ばした。それは、先の少女と違い、明らかに友好的なしぐ
さとは違っていた……。
「……まさか、俺たちを捕まえる気じゃ……!?」
 作郎の言葉どおり、その巨大な手は自分たちめがけて降ろされているよう
に見えた。迫り来る巨大な手に戦慄を憶えた作郎だったが、それでも
「遥!!……亜子!!……」
 と、二人をかばうように覆いかぶさる。そして巨大な手は三人に覆いかぶ
さった。が、それは予想に反して優しく、守るように包んでくれていた……。
「…………!?」
 作郎が目を開けると、目の前に見えたのは六本腕の少女の顔だった。そし
て自分たちを包んでいるのは天使ではなく、彼女の掌だった……。
「助かったよ……」
 安堵の笑みを浮かべる作郎に、少女もまた笑みを返す。そして二人は、そ
ろって巨大な天使のほうを見た。天使はすでに何かを掴んで立ち上がり、少
女のほうを見下ろしつつゆっくりとその手を自分の左肩に近づけていた……。

 セラフィアが掴み上げようとしたのは作郎たちではなかった。その握られ
たこぶしが広げられ、掌の上に姿を現したのは、黒集団の隊長と、生き残っ
た部下の二人だった……。
 突然巨大な手に捕まった二人は気が動転し、声も出ないようであった。そ
んな彼らを見た矢間は、表情ひとつ変えることなく二人に話しかけた。
「困りましたね……私はただ偵察を依頼しただけなのですが、まさかこんなこ
とになろうとは思いませんでしたよ……」
「待ってくれ!……これは不可抗力だ!!……まさか騎神がよみがえるなん
て思っても見なかったから……」
「で、私に無断でグーラを持ち出したのも、不可抗力ですか……もういいです。
言い訳など聞きたくありません。ただの失敗ならともかく、私に対する裏切
りとなると、それ相応の措置を取らなければならないようですね……」
 すべてを見抜いていたような言葉に、二人は言い逃れをあきらめ、命乞い
の言葉を並べた。が、矢間はそれを聞き流し、そして布石みな笑みを浮かべ
てセラフィアに一言だけ命じた……
「……始末したまえ……」
セラフィアはその言葉の意味を悟ると、とくに返事をすることなく、無言
で二人を乗せていた手をゆっくりと閉じ始めた。突然指が閉じ始め、徐々に
狭まる空間に二人の男は悲鳴を上げた。
 その懇願するような悲鳴を聞いたセラフィアは、その手を完全に閉じるの
を躊躇う。そして二人の様子を見ようと自分の指の隙間を覗き込む。中では、
目の前に出現した巨大な瞳に更なる悲鳴を上げる二人の哀れな人間の姿が見
えた……
「どうした!?……何を躊躇う!!」
 矢間はそう言って何故か胸ポケットに手を当てる。するとセラフィアは急
に顔を苦痛に歪め、そしてそれが収まると、こんどは苦虫を噛んだ表情で一
気にその手を握り締めた。断末魔は、聞こえてはこなかった……
「はぁーっはっはっはっは……!!」
 セラフィアとは打って変わって、矢間はその光景に狂喜し、はしゃぐよう
に大笑いをしていた……

 突然の天使の所業に作郎と少女は怒りを覚えた。
「なんてことをするんだ!?」
 作郎の怒りの声が届いたのか、天使は声のほうを見下ろした。それを見た
作郎もまた、少女の掌の上から天使を睨み返す。
「……人間を握りつぶすなんて……しかも仲間じゃないか!!……あんたに
は人の心がないのか!?」
 作郎の言葉に答えたのは、肩の上で悠然と寛ぐ矢間だった。
「必要のない人間は消えたほうが世の中のためになるんだよ……それに、彼ら
は私を裏切った。十分な罪だよ、これは……」
「何様のつもりだ!お前……!!」
「……いい加減。君と話しているほど暇ではないのだが……」
 作郎の言葉に少々いらだった矢間は、セラフィアに新たな命令を与えた。
「……セラフィア。どうやら彼は死に急ぎたいようだ。望みどおりにしてあげ
たまえ……」
 矢間の冷酷な言葉にセラフィアは一瞬ためらうような表情を見せたが、や
がて一言「……はい」と呟く。
 それを見た巨人の少女は、掌の三人をかばうように抱き、天使との間合い
を計るように飛び退った……

「出撃の許可が下りました。VP−EX(イクス)出動お願いします!!」
 コックピットの中で待機していた飛鳥は無言のままパネルを操作、待機状
態にあったVT−EXが完全に起動した。
「……状況は?」
「土偶形飛行物体が阿修羅型の巨人によって破壊されました。その後、もう一
体、天使型巨人が出現、阿修羅型巨人と戦闘に突入する模様です!」
 オペレーターの報告を受けた飛鳥は、装着中の特殊装甲強化服[GT−E
X](イクス)のバイザーを閉じる。
「……三つ巴……最悪は二対一……厳しい初陣ね……」
 覚悟を決めた飛鳥は、自らの決意を確かめるように叫んだ。
「ヴァリアブルポッド−EX」、スクランブルモードに変形……発進しま
す!!」

 平和だったはずの神都町に突如出現した巨大な神殿……中から出現した阿
修羅のような巨人の少女……彼女とそれを取り巻くものたちの物語は、始ま
ったばかりだ……                      (つづく)