作 wbgたせ
[戦皇騎神 修羅子]
第二話「その名は修羅子」
1
「ほう……不完全な状態で、私のセラフィアと勝負する気かね?」 
 掌に乗せた作郎、遥、亜子を庇いつつ戦闘体制を取る巨人の少女をあざ笑
う矢間。その言葉と同時にセラフィアは右手を前方に掲げる。そしてそれと
同時に右手周辺の空間が歪み始める。
「……一撃で……終わらせてあげる!」
 やがて空間のゆがみから棒状のものが突き出る。セラフィアがそれを掴む
と一気に固定化、巨大な剣へと姿を変えた。そしてその巨大な剣を自分の半
分ほどしかない六本腕の巨人に向けて一気に振るった。どうやら言葉どおり
本当にこの一撃で決めるつもりのようだ。
 だが、巨人も素直にやられるつもりはなかった。
「(させない!!)」
 巨人は体をひねり、振り下ろされた剣をかわす。そしてその直後、巨人は
更なる巨大化、セラフィアと同サイズになるとそのまま目の前の巨大な天使
に挑みかかる。が……
「……右にかわしてそのまま剣の柄で殴りつけろ!」
 矢間の的確な指示を受けたセラフィアは少女の三つの右手を易々と避け、
そのままの姿勢から右手に握る剣の柄で殴りつける。
「(くっ!!)」
 その不意の攻撃は少女のあごに命中、その一撃を受けた少女はあっけなく
吹き飛ばされ、傍の雑木林に木々をなぎ倒しながら倒れこんだ。
「きゃあぁぁぁ!!」
「兄ちゃん!!」
 少女の掌にいた亜子と遥が悲鳴を上げる。少女は二人が吹き飛ばないよう
にすぐさま左手のひとつで庇う。が、ここで少女は大事なことに気が付いた。
「(彼がいない!?)」
 
 その肝心の作郎はなんと、いつの間にかセラフィアの腰紐にしがみついて
いた。
「(あの眼鏡野郎が天使を操ってるのはわかってるんだ!)」
 作郎は先のセラフィアの表情と矢間の言葉から、彼女が何らかの事情で仕
方なく従っているのだ、と考えて(思い込んで)いたのだ。
「ここからよじ登って……あいつを追い出してやる!」
 だが、激しく動く巨大な天使の体をよじ登るなど不可能に近い。作郎は落
ちないようにしがみつくのがやっとであった。
 
 倒れた少女の側に、剣を掲げたセラフィアが歩み寄ってきた。どうやら止
めを刺すつもりのようだ。肩の上では矢間が少女を見下ろして嘲笑う。
「言っただろう……[騎主]のいない君は本当の力を出すことは出来ない。残念
だが、これで終わりだ!」
 その言葉と同時にセラフィアは掲げた剣を逆さに持ち替え、そしてそのま
ま少女の体を貫こうと一気に突き出した!
「やめろぉ!!」
 その作郎の叫びにセラフィアの動きが止まった。腰紐に捕まっている少年
に気付いたセラフィアは開いていた左手を伸ばし、その小さな体を指で摘も
うとする。
「うわぁ!!」
 巨大な指が迫ってくるのを目の当たりにした作郎は何とか逃れようとする
が、そもそもしがみついている状態では無駄な足掻きにすらならず、あっさ
りと摘み上げられる。
「(その人を放しなさい!)」
 少女は作郎を取り戻すべく立ち上がるが、それに反応したセラフィアがす
ぐさま右手の剣を少女の喉元に突きつける。さすがにその切っ先を前に少女
は動けなかった……。
 セラフィアは摘み上げた作郎を自分の顔の側に近づけた。
「はーっはっはっは……愚かな少年だよ君は。わざわざ自分から死にに来ると
は……」
 その笑い声に作郎は思わず矢間をにらみつける。その視線に敏感に反応し
た矢間は眼鏡の奥の目を細くし、相変わらずの高圧的な口調で呟く。
「そんな目をしていられるのも今のうちだ!……セラフィア!!」
 だが、セラフィアは呆然とした表情で手の中の作郎を見つめていた。
「(……この子、戦皇を助けるためにわざわざこんな危険な行為を……どうし
て……!?)」
「どうしたセラフィア!!」
 矢間の声で我に返るセラフィア。そして彼女は矢間の意思のままサキの隊
長のときのようにゆっくりと作郎を乗せた手をゆっくりと閉じ始めた。
「(これでさっきみたいに命乞いでもしてくれれば、まだやりやすいんだけど
ね……)」 
 セラフィアは感情を殺してきわめて冷静に対処しようとする。
「(やらせない!!)」
 今にも握りつぶされんとしている作郎を目の当たりにした少女は目も前の
剣を払い、作郎を取り戻すべく再び挑みかかる。が、セラフィアはやはりあ
っさりとその動きを見切り、後ろに回りこんで少女の背中に剣の腹を叩きつ
ける。
「(くっ!!)」
 少女はその剣の一撃に耐えられず、そのまま神代荘の側の道路に倒れこむ。
受けた衝撃が強かったのか、少女はその場から立ち上がれないでいた。
「……矢間が言ったでしょう……あなたがいくら強大な力を身に帯びていよ
うと、騎主のいない上に目覚めたばかりの不完全体では、私に勝つなんて無
理よ……」
 このとき、セラフィアの表情はどこか少女を哀れみを含んでいた……
「(でも……騎主を得れば自由は失う……)」
 心の中で一言呟いたセラフィアは、再び剣を上段に掲げる。
「……終わりよ!」
「やめろ!その娘に手を出すなっ!!」 
 手の中から作郎が再び叫ぶ。それを聞いたセラフィアは少しだけ強くその
手を握り締める。
「わあぁぁぁ!!」
 ものすごい力で体を締め上げられ、悲鳴を上げる作郎。だがそれでも言葉
は続く。
「……なんで……そんな奴の言うことなんか聞くん……だ!……自分のして
いることが……わかって……いるの……か……!!」
 それを聞いたセラフィアは一瞬呆然とした表情になり、思わず手を緩めて
しまう。
 その作郎の言葉に答えたのは矢間だった。
「……君は死に行く身だ。少しだけ教えて差し上げよう……」
 少女がセラフィアに翻弄される様に余裕を感じたのか、矢間は傲慢な態度
で言葉を続ける。
「……そもそも[騎神]とは、はるか古代に存在した超文明が生み出した最強
兵器で、このセラフィア、そしてそこに倒れている少女もそのうちのひとつ
だ。そして……」
 ここで矢間は自分の胸ポケットから一枚の金属板を取り出す。それは、黒
集団隊長が偶神グーラを操る際に用いたものとはまた違う形状をしていた。
先のそれより一回り小さな金属板には様々な文字、文様らしきものが刻まれ
ており、その中央には大粒の水晶球がはめ込まれていた……。
「……この[魂の玉]は彼女たち騎神の[封じられた力]を完全に引き出すこ
とができる。だが、代わりに……」
「……騎神は[玉]を持つものの命に従う……」
 最後のセラフィアの言葉はどこか悲しげに響いていた。
「だから……許して……」
 セラフィアは再び作郎を握る手に少しずつ力を込める。一気に握り潰さな
いのはやはり躊躇いがあるからだろうか、さっきのものと比べて苦痛はそれ
ほどでもなかった……。
「本当に逆らえないのか!?……自分の意思はなくなっちまうのかよ!!」
「あなた、自分のおかれている状況を理解しているの!?……あなたは私に潰
されて死ぬのよ!……命乞いとか、悲鳴上げるとかしたらどうなの!!」
「そんなことしたって助かるわけじゃないだろ!!」
 セラフィアのどこか自棄になった叫びに、作郎は矢間のほうを見て叫び返
す。そんな作郎を見た矢間はさも当然だ、というような表情を浮かべた。
「いい加減にしたまえ……もうくだらない戯言は聞き飽きた。セラフィア、そ
ろそろ終わりにしたまえ!!」
 いらついた矢間の声にセラフィアは一瞬びくっと震え、その後は表情を殺
してきわめて冷静な声で「……はい」とだけ答える。
「ほんとにそいつに従うしかないのか!?じゃあ、何のためにあんたたちは自
分の意思を持っているんだ!!……逆らうことは出来ないのか!!」
 作郎の叫びはセラフィアの心をさらに迷わせる。
「(私は騎神……魂の玉を持つものに従うのが私たちに与えられた運命……逆
らうことなど、許されない!……なのに……)」
 ここでセラフィアは頭を振って迷いを断ち切る。そして……
「さよなら!!」
 セラフィアは作郎から顔を背け、その手に一気に力を込めようとした。
 作郎は迫りくる死に恐怖しながら、それでも諦めることはなかった。
2
 そのとき、不意にセラフィアの背中に激痛が走った。
「何!?」
 その直後、セラフィアの頭上を一機の戦闘機がものすごい速力で通過した。
それを見た矢島が叫ぶ。
「VP−EX!!……完成していたのか!?」
「知っているんですか?」
 こんな状況にもかかわらず、そばにいた摩耶があいも変わらないおっとり
した口調で矢島に尋ねる。
「ちょっと前まで、僕も開発に関わってたことがあったんです。でも、すでに
ここまで完成していたとは……」
 VP−EXコックビット内では、飛鳥が地上からの情報と報告を受け取っ
ていた。
「……了解。状況は把握しました。これより、巨人の援護に入ります!!」
「頼む!……弾と燃料が尽きた俺たちの代わりに巨人を……あの阿修羅娘を
助けてやってくれ!!」
 90式のキューポラから車長が顔を出し、通信機を握り締めて叫ぶ。
「……後は任せたぞ!……新兵器!!」
 飛鳥はVP−EXの機首を再び巨大天使に向け、パルスレーザーを乱射す
る。その攻撃は劇的とは行かず、かつ作郎に危害がいかないようにするため
に足元などを狙うしかなかったのだが、それでもセラフィアを混乱させるの
に十分だった。
「(何、何なの!?……私の体に影響を与える武器があるって言うの!?)」
 それでもセラフィアはすぐに気を取り直し、右の翼を大きく振った。それ
はものすごい突風となり、VP−EXを襲う。
「落ちろ!!」
「なんの!!」
 突風に襲われ、バランスを失ったVP−EXを飛鳥は必死に立て直す。機
体は空中できりもみを描きながらそのまま地面に落下。だが、激突する直前
その機体はいきなり動きを止めた。そう、その場にとどまり、浮遊している
のだ。 
「[リパルションクラフト]……実用反重力装置搭載の新兵器を甘く見ないで
よ!!」
 VP−EXは水平に姿勢を戻し、そのままホヴァリングによる横移動に移
行する。
「いくわよ……VP−EX、マニューバモード!」
 飛鳥の叫びと同時にVP−EXは機首を後ろに大きくたたみ、後方ブロッ
クを下に移動させる。これによって機体の質量を調整し、高機動戦闘により
適した形状となるのだ。それはどこか、ディフォルメされた人型にも見えな
くはなかった。
「それが故にあれはヴァリアブルポッドと呼ばれているんだ……」
 その変形を目の当たりにした矢島が呟く。
 変形を完了したVP−EXは横移動を続けながらセラフィアの隙を探る。
そんな機動兵器を目の当たりにしながらセラフィアは落ち着き払ってやはり
こちらも様子を伺う。
「(ともかく……問題は作郎君をどうやって助け出すかってところね……)」
 飛鳥はヘッドアップディスプレイに映し出される、セラフィアの左手に捕
らえられている作郎を見て、思案に暮れていた。
 そしてセラフィアもまた、
「(この時代の人間も捨てたものじゃないわね……あれだけのものを作り出せ
るなんて……)」
 と、冷静に分析していた。
「(これで、一方的な殺戮にならずにすむかも……)」
 心の中でセラフィアは、どこか安心したように呟いた。
 だが、慌てふためいたのは意外にも矢間だった。
「何をしている!……相手は新兵器だ。何を隠し持っているかわからん
ぞ!!」
 そんな矢間の言葉にセラフィアは一瞬軽蔑するような目を向けるが、すぐ
に気を取り直して再び目の前の浮遊物体に目を向けた。
 しかし、それは彼女にとって十分に隙となった……

「ねぇ!……起きてよ、お願いだから起きて兄ちゃんを助けてよ!!」
 遥は倒れた巨人の少女の顔を必死にゆすって起こそうとしていた。
「遥ちゃん、近づいたら危ないって……!!」
「でも、兄ちゃん助けられるのって、巨人さんだけなんだもん!……」
 亜子が止めるのも聞かず、遥は少女の瞼をゆすったり叩いたりするが、巨
人が目を覚ます様子はなかった。
「任せなさい!!」
 そこに矢島が山から下りてきて駆けつけた。矢島は懐から何かを取り出す
と、それを少女のまぶたに当ててスイッチを押す。先端が一瞬光り、バン、
と大きな音を立てる。どうやら強力なスタンガンのようだ。しかし、それで
も少女は起きなかった。
「さすがにこれだけの大きさだと、矢島印の強力スタンガンでも効果無しか…
…」
「感心してる場合じゃないでしょ!!」
 遥が叫びながらも再び少女の瞼を叩く。
 そんな中、亜子は不意に不思議な 気配を感じた。その方向に目をやると、
そこには一人の巫女が立っていた。
「……摩耶さん?……違う……」
 そこに立っていたのは明らかに摩耶のものとは違う巫女装束をまとう女性
だった。しかもその顔には全体を覆う仮面を着けていた。
「誰……?」
 亜子の誰何に応える代わりに巫女は小さな何かを亜子に投げ渡してきた。
思わず受け取った亜子が見たそれは、先ほど矢間が見せびらかした[魂の玉]
に酷似していた。違いといえば、中央の水晶が紅い勾玉に変わっているとこ
ろうか……
「……その玉を用いれば、[戦皇]に力を与えることが出来ます。騎神に何を
させたいかを念じ、願いなさい……」
「願うって……操る……こと……?」
 亜子がその問いを告げた直後、巫女の姿は最初からそこにいなかったよう
に消えていた。だが、手の中にある魂の玉は今の出来事が消して白昼夢でな
いことを物語っていた……。
 迷っている暇はなかった。亜子は魂の玉を胸に抱き、言われたとおりに念
じ、願いを告げた。
「(……お願い……武神君を助けて!!)」
 その瞬間、少女の目が突然開いた。
「(……なんだろう?……体の中に何かが流れてくる……これは力……願い…
…?)」
 少女はそばにいた遥と矢島に気を遣いながらもすばやく立ち上がると、自
分に対して後ろを見せているセラフィアに掴みかかった!
「しまったっ!!」
 GT−EXに気を取られていたセラフィアは不意に襲い掛かってきた少女
にあっさりと背中を取られ、羽交い絞めにされた。だが、セラフィアが驚い
たのはそれだけではなかった。 
「さっきとはまるで力が違う!」
 そう、先ほど戦ったときとは明らかに力が違うのだ。そしてその戸惑いは
更なる隙を生む。
「(その人を放しなさい!!)」 
 少女は羽交い絞めにしたままの状態から二つ目の左手でセラフィアの左手
を掴み、締め上げる。そして思わず取り落とした作郎を三つ目の左手で受け
止める。
「く……!!」
 不意打ちによって作郎を奪い返されたセラフィアは思わずうなる。が、内
心はどこかほっとしていた……。
「(とりあえずは、殺さずにすんだようね……)」
 一方、さらに慌てふためいたのは矢間であった。羽交い絞めにされた際に
少女の腕が自分の乗るセラフィアの肩の至近に近づいたことでパニックを起
こしていたのだ。 
「ひいいぃぃぃ!」
 矢間はセラフィアの首筋に隠れようとしたが、振り返ると少女の怒りに満
ちた巨大な顔が飛び込んできた。 
「セ……セラフィア!……逃げろ、退却だ!!」
 恐怖に錯乱した矢間の叫びを聞いたセラフィアは渾身の力で少女を引き剥
がし、すぐに空中に飛び上がる。
「逃がさない!!」
 飛鳥はVP−EXをセラフィアに向けた。それと同時にパルスレーザーの
銃口を兼ねた小型マニピュレータの形状が変化し、光が集中する。
「……いつまでも人間があんたたちみたいな存在に無力だとは思わないで
よ!……誘導砲身展開……プラズマバスター発射!!」
飛鳥の叫びとともに強烈な光球が解き放たれ、それは飛び去ろうとしたセラ
フィアに、その一撃を受けた巨大な天使は一瞬バランスを崩しかけながらも
そのまま飛び去った。
「私は負けたわけではない!!」
 矢間の負け惜しみが神都町に木霊した……。
「この借りは必ず返すぞ!!」
3
 戦いが終わり、巨人の少女は作郎を手に乗せたまま神都山の麓に戻ってき
た。遥は無事な姿を見せた兄を見て思わず涙ぐみ、矢島、そしていつの間に
かそこにいた摩耶も笑顔で迎えた。
「ありがとう……助かったよ」
 そっと地面に降ろされながら、作郎が少女を見上げて呟く。だが、少女は
何故か呆然とした顔である一点を見つめていた。そこには、やはり呆然とし
た亜子の姿があった。
「(私……巨人を操った!?)」 
 そう感じたとき、亜子の中に不意に恐怖が過ぎった。
「(私……とんでもないことをしちゃったのかも……なんか、怖い!)」
 亜子は手にしていた魂の玉を投げ捨てようとした。が、巨人がこちらを見
て微笑んでることに気付いて思いとどまった。
「……許して……くれるの?」 
 その呟きが聞こえたのか、少女は優しく頷いた……
 二人のやり取りを呆然と見ていた作郎に、亜子は不意に何かを手渡してき
た。それは、魂の玉だった。
「これは……!?」
「……武神君が持っていたほうがいいと思う。これ……」 
「でも……」
 作郎はそれを受け取りながらも、先の矢間とセラフィアの言葉を思い出し
ていた……
「(……この[魂の玉]は彼女たち騎神の[封じられた力]を完全に引き出す
ことができる。だが、代わりに……)」
「(……騎神は[玉]を持つものの命に従う……)」

 セラフィアが飛び去ってから半日以上が過ぎ、再び静けさをとり戻した神
都町は夕暮れに包まれていた。
 巨人の少女の身の振りようは、未知の敵の撃退に協力したとして、いちお
う限定的ながらも自由となった。ただし、自衛隊とハイパーディフェンスが
町に常駐し、当面のあいだは監視する、という条件もついた。
 もっとも、自衛隊(とくに先の戦車乗り)と飛鳥は少女を監視するのでは
なく、町とともに警護するべき対象と捕らえていた……。
 神都町そのものの被害は尋常なものではなかったが、幸い最初に少女が出
現した際にあらかた避難を済ませていたので、人的被害はそれほどでもなか
った。現在、町の住人はとりあえず各小中高の学校や病院などに避難してお
り、中には遠方の親戚の家に避難したものもいた。
「で、うちは避難所にはならなかったんだ……」
「……やはり[彼女]を警戒しているんだろう……」 
 作郎の問いに矢島が呟く。そんな中、少女は六本の腕を総動員して神代荘
側の廃工場の中のガラクタ類を片付けていた。当面のあいだここが彼女の部
屋となるのだ。
 本来であればもともと出てきた[遺跡]に戻るのがよいのだろうが、彼女
は何故かそれを拒んでいた。おそらく、また封印されてしまうのではないか
という不安感があるようだ。
 あらかた中の機械類を取り除いた後、今度は床に絨毯やマットレス、人工
芝などを適当に敷いた。これらは破壊されたホームセンターから頂戴してき
たもので、安らかとはいかないまでも、コンクリートの床に直接寝るよりは
マシだろう、という配慮から出たアイデアであった。
 やがて日が暮れて夜になる。神代荘に戻った面々はとりあえず夕食をとる
ことにした。
「……こんな大鍋、うちにあったんだ……」
「……えぇ。普段は使わないんですけど、一応神事の時のためのものです」
 引っ張り出された直径1メートルもの鍋を見て亜子が唖然としていた。し
かも目の前にはそれが3つも並んでいるのだ。そしてそれそれの鍋では大量
のうどんが煮られていた。そのうちのひとつを亜子が調理していた。
「こういうときは、うどんみたいなほうがいいかと思いまして……まだまだ
寒いし……」
 そう言って摩耶がもうひとつの鍋をかき回す。横では遥も同様にうどんを
煮ていた。もちろん、自分たちだけで食べる量ではない。鍋のうちひとつは
自分たちのだが、もうひとつは付近で待機している自衛隊員へ。そして残る
ひとつはもちろん[彼女]のためのものであった……。
 
「いただきまーす!」
 うどんを一通り外の自衛隊員に配ったあと、神代荘の面々にようやく遅い
夕食を取った。無論少女も一緒である。彼女は現在その大きさを10メートル
程度に縮小させていた。どうやらそれが限界のようだ。
 うどんを鍋ごと差し出された少女は一瞬途惑った。
「どうしました?」
 摩耶が見上げて話しかける。それに習って遥、亜子も笑みを浮かべる。
 飛鳥もVP−EXを降りて初めて直に巨人の少女を目の当たりにしたとき
は途惑ったが、徐々に慣れ、彼女に笑みを見せるまでになった。
 そんな笑顔に少女もまた笑顔で返す。だが、肝心の作郎がなぜか下を向い
たままでいることが、なんとなく寂しかった……

「まぁ、何かを考える前にまずは夕食だ。だけど……」
 うどんを食べながらそう呟く矢島だが、彼はここである問題を指摘した。
「そろそろ……この娘に名前をつけたらどうだ?……見た感じ、自分の名前
すら憶えてなさそうだし……」
「そうよ兄ちゃん!……なんか知り合いっぽいし、いい加減名前で呼んであ
げたら?」 
「あ……ごめん、考え事してた……」
 遥に話しかけられ、作郎がようやく我に返る。
「まだ、その勾玉で悩んでるの?」
 亜子がそう言って、作郎の手の中にある魂の玉を見た。
「ともかく!……それをどうするにしても、名前がわからなきゃ、あの娘を
どう呼んだらいいのかわからないじゃない。さ……どうせわからないんだっ
たら、兄ちゃんが付けてよ」
「そういわれれば、そう……かも……」
 作郎は腕組みをして再び考え込んだ。
「(……俺は確かにこの娘の名前を夢の中で読んだ。何度も……)」
 作郎はいつも見る、あの夢を必死に思い出そうとした。そして不意にある
名前が浮かんだ。
「(……し……)」
 だが、なぜかこれ以上思い出すことが出来なかった。というより、思い出
すことを拒んでいるようだ。
「(……本当に……この名前で読んでもいいのだろうか……)」
「兄ちゃん!」
「武神君!」
「…………修羅子……戦皇騎神 修羅子……」
「へ……?」
「だから……修羅子。阿修羅みたいに六本腕だから修羅子。で、戦皇とか言う
騎神だから戦皇騎神。いまは、それしか思いつかない……」 
 唐突に出た奇妙な名前に遥と亜子、飛鳥は唖然となった。
「ちょっと作郎君……その名前はあんまりじゃない?」
「そうよ武神君!いくらなんでも……」
「なんとなく、そう呼びたいんだ……」
 そう呟く作郎はの笑顔はどこか寂しげだった。
「なぁ……いいだろう!?」
 作郎は少女を見上げて叫ぶ。そのとき、作郎の笑みからは先の寂しさが消
え、何かを吹っ切ったようにさわやかだった。
 今の作郎の身も蓋もない命名にやはり呆然となっていた巨人の少女は、そ
のままの表情で作郎を右中央の手でそっと掴みあげ、そして掌に乗せた。
「(…………修羅子……そのまんまというか……あんまりなような……)」
 なぜか少女はその名前の意味がわかっているようだ。
「(…………でも……今の私にはちょうどいい名前かも……)」
 少女は作郎に笑みを返し、そして小さく頷いた。
「ちょっと、マジ!?……ほんとにあなたそんな名前でいいの?」
「いいじゃありませんか……私は良い名だと思いますよ」
 飛鳥の驚きの叫びに摩耶が呑気に応える。そして矢島もまた、
「他にないのなら、それでいいんじゃないか?」
 と、特に表情を変えることなく呟く。
「ま、兄ちゃんに期待してもしゃーないか……私は遥。よろしくね、修羅子さ
るB
「うーん……確かに取り立て他にないし……私、亜子。よろしく!修羅子」
「僕は矢島英二。これからもよろしく」
「私はここ神代荘の大家の摩耶です。あなたを歓迎しますよ……修羅子さん」 
 遥、亜子、矢島、摩耶が少女に笑顔で自己紹介する。そして飛鳥も諦めた
ように自分も自己紹介をする。
「……ま、本人が納得しているようだし……私は鬼崎飛鳥。よろしく!」
 そして最後に作郎が掌の上から声をかけた。
「俺は……作郎……武神作郎だ!」
 作郎、そして全員の笑みに応えるように少女も微笑み、全員に手を伸ばし
た。その伸ばされた指先を全員が握り返す。
「(……私……修羅子。よろしくお願いします!!)」
4
 深い闇の中……少女は強制的に目覚めさせられた……。
「(……誰?……私の覚醒を望むのは……)」
 少女は自らを閉じ込めていた棺の蓋が開くと同時に立ち上がり、背中の翼
を思い切り広げ、そして自分を見上げる小さな二人の人物を見た。
「……これが……[翼翔]……」
 眼鏡を掛けた男、矢間が恐怖に引きつりながらも笑みを浮かべて巨大な天
使を見上げる。
「……そうだ。お前がさがしていた[古代の英知]はいま目の前にある……」
 黒いコートに身を包んだ青年が低いトーンの声で男に囁く。
「……使いこなせるかはお前しだいだ……」
 男はそう言って、一枚の金属板を取り出した。それは、[魂の玉]だった……。
「……聞こえるか、翼翔セラフィア。お前は今から、この矢間という男の配下
に入る。騎神としての役割を果たせ……」
 その言葉の直後、魂の玉は矢間と呼ばれた眼鏡の男に手渡された。
「……ついに……私は手に入れたのだ……古代の英知……強大な力……私の
説は正しかった!!」
 矢間の笑みから恐怖が消えていく。
「はははははははは!……これで私を追放した学会を……そして[守護者]の
やつらに一泡吹かせられるぞ!!」
 矢間はそう言って魂の玉に自らの念を込める。
「セラフィア!……今日から君は私の僕だ。私のために存分に働いてくれたま
え!」
 流れ込んできた矢間の[念]を受けたセラフィアは試しに自分も軽くだけ念
を返す。が、それはあっさりと拒絶される。
「(ま……これはいつものこと……)」
セラフィアはそれほど落胆はしなかった。
「(……私は騎神……人間に仕え、力となるために創造されたもの……)」
 心の中で呟いたセラフィアは、足元の矢間に跪いた。
「……あなたの御心のままに……」

 矢間との出会いを思い出しながらセラフィアは、浮上した海底神殿を照ら
す月を眺めていた。
「……私はずっとそうやってきた……でも……」
 セラフィアの傍らには、前に破壊した巡視船があった。持ち上げればおそ
らく乗組員の亡骸もまだそこにあるだろう……。
「(ホントにそいつに従うしかないのか!?じゃあ、何のためにあんたたちは
自分の意思を持っているんだ!!……逆らうことは出来ないのか!!)」
 作郎の叫びが不意に過ぎる。それは今までの自分をすべて否定する言葉だ.。
「……いっそ……あの子が騎主だったらよかったのに……」
 その呟きをセラフィアはすぐに否定する。
「……でも、それでは[私が私でなくなる]……それに……」
 セラフィアはここで巡視船の残骸を見下ろした。
「もう……許してはくれないよね……また……いっぱい人を殺しちゃったか
ら……」

 そして神殿の中では、矢間が部下に八つ当たりを起こしていた。
「いったいなんだあの騎神は!……しかもあんな新兵器が出来ているなど、私
は聞いてはいないぞ!!……しかも裏切り者まで出るとは……」
「落ち着いてください矢間さん……今回のことはわれわれにとってまったく
の予想外なことで……」
「ええい……黙れ!!」
 必死になだめようとしている部下にその辺のものを投げつけてうさを晴ら
そうとしている矢間だが、不意に感じた背後の気配に振り返る。
「誰だ!?」
「……何を荒れている……」
「君か……」
 その黒いコートを着た青年を見た矢間は、その怒りの矛先を彼に切り替え
た。
「君がくれた情報だと、あの神都町に[天明モリヒメ]が封印されているは
ずじゃなかったのか!?」
「予想外だ。あの騎神はわれわれの持つ記録の中にはまったく存在しないもの
だ。酷似しているものは記録にあるが……」
「記録にないだと!!……ならば、あの騎神は現代になって創られたというの
かね、馬鹿馬鹿しい……そんな技術が残っているわけが……」
「それが残っているのだ」
「何だと!?」
 ここで矢間の表情が変わった。どうやら、いまの青年の一言に興味を持っ
たようだ。さらに男の言葉が続く。
「……それが守護者である[天都家(あめのみやけ)]の隠し持つ[力]だ。
奴らは古より伝わる偉大なる神都文明の遺産を完全な形で受け継ぎ守り続け
ているのだ。そう、決してそれを表に出そうとせず……!」
 いままで無表情だった青年のそれが一瞬怒りの表情に変わる。
「……そのすべてが……あの神都町に眠っている。今の文明が誕生するはるか
以前に栄えた[カムト王朝]のすべてが!!」
「……私はその存在に気付き、それらの一部を発掘、調査した上でそれらを学
会に発表した。その内容は、いままでの古代史を完全に覆すはずのものだっ
た……それを……」
 遠い目で語る矢間もここで怒りを爆発させる。
「やつらは私を追放したのだ!……汚い陰謀をめぐらせて!!」
「お前は本来であれば世紀の大発見を成し遂げた考古学者として歴史に名を
残すはずだったのだ。だが、それを許さぬ[天都家]がそれを阻んだ……」
 青年が語る中、矢間はこの部屋のさらに奥の大きな扉を開く。その向こう
はとてつもなく広い空間になっており、その中には十体を超える巨大な偶像
が整然と並んでいた……。
「だが、このままで終わる私ではない……見ているがいい……私が手に入れた
この力で、私を陥れ、認めなかったものたちに一泡吹かせてやるぞ!……私
に楯突くものは全て破壊してやる!!はははははは……!!」
 そう言って高笑いをする矢間に青年がこんなことを言った。
「事は急いだ方がいい。モリヒメおよび戦皇アスーラが完全な覚醒を迎えない
うちに神都の地を完全に制圧することが出来れば、天都家も迂闊に手を出せ
なくなるはずだ……」
「わかった。準備が出来次第すぐに出陣しよう。今度は出せるだけの偶神を
使って確実に攻め落とす!……そうだ……いまこそすべてを手に入れるの
だ!!」
 そう言って矢間は部下に指示を出す。そんな矢間を青年は冷ややかに見つ
めていた。
「(……お前の境遇には同情するが、やはりお前は小物だ。せいぜい守護者気
取りの連中を引っ掻き回すのがせいぜいだろう……)」
 そのとき、矢間がこんなことを青年に尋ねた。
「ところで……そもそも[戦皇]とは何なのだ?」
「その前に、騎神とそれを創造した文明のことはわかっているな?」
 青年の言葉に矢間は、当然だ、と言いたげな表情で答える。
「現在の歴史では語られない、はるか太古の時代……人類はすでにすばらしい
超文明を有し、世界を統一する巨大な王朝を築いていた……。その文明が自
らの防衛のために創造し、世界各所に配置したのが機械の巨兵[偶神]!!……
そしてもうひとつ……」
 矢間はここでいったん言葉を切り、大げさに身振りを交えてさらに続ける。
「それらは!……[天明モリヒメ]を頂点としたまさしく神の兵器[騎神]!!
……その王朝は騎神を中心とした偶神の軍団によって[来訪者]から守られ、
繁栄を極めていた……」
「だが、その繁栄も長くは続かなかった…… そう、文明を滅びに導いたのは
ほかならぬ騎神たちなのだ。正確には、それら騎神を自分たちの権力闘争に
利用しようとした当時の各地域の支配者たちなのだが……」
 一息ついて青年が言葉を続ける。
「……やがてそれは世界を巻き込んだ大戦へと発展した……そしてそれはも
はやモリヒメでさえも止められず、文明は滅亡の危機にさらされた。そのと
きに最後の頼みとして投入されたのが、[戦皇アスーラ]と呼ばれる騎神だ。
それはすべての騎神を統括するモリヒメが[究極の存在]であるならば、ア
スーラは最初から騎神と戦うために創造された[最強の存在]といってもい
いだろう……」
「最強の……騎神!?」
「そうだ。だが、結局その[戦皇]も暴走、皮肉にもそれを止めるために世界
は団結……[戦皇]をかろうじて破壊することには成功したが、その戦いは
文明の更なる疲弊を招き……そして守護者、現在の[天都家]が中心となっ
て自らの文明を完全に封印した……」
 ここで矢間が口を挟む。
「ちょっと待て!……今の話だと、その[戦皇]はとっくの昔に破壊されてい
ることになるではないか!?」
「だから……天都家の奴等が、持てる[秘技]を用いて再び生み出したのだ!!
……いまここで手を打たなければ、まさに最強の敵になるだろう……」
 青年の言葉を聞いた矢間はむしろ笑みを浮かべていた。
「だが、逆を言えば、天明と戦皇の両方を手に入れれば私は本当の意味で世界
の覇者となるわけだ……ふっふっふ……は—っはっはっはっ……!!」
 [力]に魅せられた矢間は自分の目的を完全に見失ってしまっていた……。
5
「と、まぁ、これが僕の知ってることと調べたことだ」
「でもハカセ……その[隠された歴史]って、調べた人は[消される]とか言
ってましたよね。何で、ハカセは大丈夫なんですか?」
 作郎の問いに矢島は廃工場傍の仮設テントの中で何かの機械の端末を操作
しながら答える。
「ま、そこは色々とな。そもそも[神都超文明]は僕たち狂科学者とかでは結
構噂になってたし、何より仕事柄そういうのには触れていたし……」
「ハカセ、仕事なんかしてましたっけ……」
「あれだ。」
 作郎の次なる疑問に矢島は工場の反対側に見えるVP−EXを指差した。
「僕が設計、開発したんだが……あれなぁ、実はその文明の発掘技術が大量導
入されているんだ。機関部なんかは殆どそのまま使っている。極秘だけどな
……ところで……」
 矢島は傍らのスキャナーのような機械に目をやった。そこには、魂の玉が
置かれ、分析に掛けられていた。
「……これはどうするんだ?……僕が持ってたって何の価値もないし、へたな
組織とか機関とかに預けたら、それこそ厄介だ。どんな風に扱われるかわか
らない。最悪は修羅子ちゃん自体どうなるか……」
「…………」
「だから、君が持っているほうがいいと僕は思うよ。作郎君。そのほうが修羅
子ちゃんも喜ぶし……」
「でも……ハカセの話が本当だと、修羅子の力はとてつもないんじゃあ……」
「力が……怖いのか?」
「……それもあるけど……俺がその何とかの玉を持てば修羅子は強くなる。だ
けど、そんな力、あいつも望んでるんだろうか……あいつだって、普通の女
の子として暮らしたかったはずだ。なのに……どうして……」
 作郎のこぶしが強く握られる。
「それに……あの玉を使うと、俺が修羅子の自由を奪うことになっちまう……
あいつのように……」
 矢間の不気味な笑みを思い浮かべた作郎は右のこぶしで左掌を叩く。
「だが……あの天使がまた攻めてきたら、戦わなきゃならないだろうな……」
 矢島の言葉に作郎のこぶしから力が抜ける。
「それに、操ってしまうかどうかは君の心しだいだと思うよ、僕は。玉を使っ
たところで、彼女の意思そのものは失われない。上手く協調すればパートナ
ーにだってなれるんじゃないかな……」
 矢島はそれだけを言って作郎に魂の玉を手渡す。
「これは渡しておく。あとは……」
「あとは貴方しだいですよ……作郎さん」
「摩耶さん……」
 いつの間にかそこにいた摩耶は作郎と矢島にお茶をだす。見ると、ほかに
も四人分ほどの湯飲みと、やはり大きな鍋いっぱいのお茶があった。
「そろそろお茶にしようかと思ったんで……」
「ちょうどよかった。じゃあ、早速中の三人……四人を呼ぶか……て……」
矢島はモニターを覗き、急に顰めた顔になった。
「あいつら……修羅子ちゃんの[何]を調べてるんだ……?」
「どうしたんです?」
 作郎が覗き込もうとすると、何故か端末代わりのノートパソコンを閉じた。
「君は……見るな」
「……………?」

 廃工場の中では、飛鳥を中心に遥、亜子の手で修羅子の体に関する調査が
行われていた。調べるといってもそれほど本格的なことは出来ないが、今後
付き合っていくにしても、彼女が何者だか知っておかなければ、いざという
ときの対処が出来ない、とのことで矢島が勧めたのだ。
 当初、飛鳥はその調査をハイパーディフェンスの施設で行うことを検討し
ていたが、それは矢島が反対した。現時点では修羅子にとって信頼できるも
の、すなわち自分たちだけで調査する必要がある、と主張したのだ。
 また、それは修羅子自身も望んでいたことだった。何故自分がこのような
巨大な体に六本の腕、そして秘められた力がいったいなんなのか、自分でも
まだはっきりとはわかってはいなかったのだ。
 だが、修羅子は承諾したことを半分後悔していた。別に自分に対する扱い
がひどいとか言うわけではない。しかし……
「わ……すごい……こんなところまで私たちと同じだなんて……」
 遙がスキャナーのようなものを掲げながら修羅子の[ある一箇所]を見て、
顔を紅潮させながら呟いた。それを見た修羅子はやはり顔を高潮させて思わ
ず右手のひとつで股間の[その部分]を隠す。
 修羅子はいま、一糸纏わぬ姿で体を横たえて工場の壁に凭れかかっていた。
一対の両腕と右手のひとつで体を隠した状態の彼女は、好奇心旺盛な遥の為
すがままにされていた。
「ちょっと、遥ちゃん……そんなトコじっくり眺めてないで……修羅子ちゃん
困ってるでしょう?」
 いつまでも修羅子も腿の付け根でじっとしている遥を見かね、飛鳥が思わ
ず窘める。その言葉に、同じように修羅子の伸ばした残りの手をスキャニン
グしていた亜子も頷く。
「ゴメンゴメン……」
「じゃあ、遥ちゃんはお腹のほうをお願い。私は首周りをスキャニングするか
ら……」
 遥は頭をかきながら笑うとその場で靴を脱ぐ。そして修羅子の右の腿に手
をかけてよじ登り、そのままゆっくりと下腹部に移動する。また、亜子も腕
から伝って修羅子の肩口へと登る。どうやら二人ともすっかり修羅子に慣れ、
恐怖心が完全になくなっているようだ。
「(……!!)」
 修羅子にとって小さな遥と亜子が自分の体の上をちょこちょこと歩く感触
は微妙にこそばゆいものがあり、思わずビクッと反応してしまう。当然その
一瞬の反応も遥と亜子にとっては地震のようなものだったが……
「わぁっ!!」
「落ちるぅ!!」
 悲鳴を上げ、自分の体の上でバランスを崩している遥と亜子に気付いた修
羅子は慌てて空いていた手を二人に差し伸べ、落ちないように優しく掴む。
だが、その手は二人をそのまま離すことはなかった……。
「修羅子……さん?……」
「え?……ちょっと、どうした……の……?」
 二つの右手に優しく掴みあげられ、ゆっくりと胸元へと寄せられていく遥
と亜子は修羅子の突然の動きに困惑した。いくら存在に慣れてきたとはいえ、
やはりまだ巨大な手に掴まることそのものには慣れた訳ではなかった……。
 そんな困惑する二人を修羅子は不思議なものを見るような瞳で見つめてい
た。
「(……ホントに小さい……違う、私が大きいんだ……)」
 修羅子は掴んだ二人をさらに自分の顔に近づける。
「(……やっぱり、大きいと怖いのかな……でも……なんか急に……)」
 二人が急に愛しくなった修羅子は思わず遥の小さな体を自分の胸元に寄せ、
そのまま自分の胸の谷間で包み込んだ。そしてもうひとつの右手に掴んだ亜
子を自分の頬に寄せ、頬擦りをする。
「やだ、やめてよ修羅子さん……私、そんな趣味ないってば!!」
「ホントにどうしちゃったのよ、修羅子!?」
 突然の修羅子の行動に遥と亜子はどうしたらよいかわからず、困惑した。
「……ほんとに、驚いたわね……」
 そんな三人を横目に、飛鳥はディスプレイを見ながら呟いた。
「……[コア]を中心に[物質化した力場で]構成されている体……発見され
た[秘文]に書かれている通りね……これじゃ、VP−EXじゃなくてGT
−EXも必要かも……て、何やってるの!?あなたたち……」
 ようやく事態に気付き、飛鳥が修羅子の元に駆け寄る。
「調査が先に進まないでしょ!……早く二人を下ろしなさいよ!!」
 叫ぶ飛鳥を見た修羅子は、開いていた左手で彼女を優しく掴み上げ、自分
の左頬に寄せる。
「……修羅子……ちゃん……?」
 飛鳥は修羅子の瞳が潤んでいることに気付いた。
「(……あったかい……この温もり……無くしたくない……)」
「修羅子……さん?」
「……修羅子?……」
 遥、亜子も修羅子のもの悲しげな表情に気づく。それを見た三人は今度は
自分たちから力を抜き、修羅子に自分たちの体をそれぞれ委ね、そしてそれ
を感じ取った修羅子もまた、遥を抱いた胸をほんの少し強く抱き、両頬の亜
子と飛鳥を包んだ手の上に残りの手を重ね、その温もりをより強く包み込む。
 そして三人もまた、修羅子の温もりを体いっぱいに感じ取る。
「あったかくて柔らかい……結構心地いいよ、修羅子さん……」
「……体は大きいけど、結構寂しがりやなんだね……修羅子って……」
「……コアとか力場とか、そんなことどうだっていい……この娘は確かにここ
に[いる]……」
 修羅子はいま温もりを感じている三人、そして外にいる矢島、摩耶、そし
て作郎を想った。自分が何者なのか、今はそれよりも、この感触を大事にし
たい、と……
「……まもらなきゃ……」
 修羅子に抱かれた三人はその呟きを確かに聞いた……。
6
 そんな安らぎのひとときはあっけなく終わった。江藤から飛鳥にエマージ
ェンシーが入ったのだ。
「鬼崎さん……太平洋上に土偶型飛行物体が三体出現、首都圏に向けて進行中
とのことです……」
 開けっ放しのVP−EXのコックピットで飛鳥は、江藤から通信に耳を傾
ける。
「首都圏……ですか?……」
「えぇ、そうです。現在空自及び海自がすでにスクランブルしましたが、先の
戦闘でもわかるように、通常兵器で対抗できる相手じゃありません。政府か
らの要請もありました。鬼崎さん、VP−EXの出動をお願いします……」
 江藤の言葉に飛鳥は何か釈然としないものを感じた。
「(……あの天使を操っている男の狙いがここじゃない?……違う、これはき
っと……)」
 その考えを呼んだのか、通信機越しの江藤が言葉を続ける。
「今回の攻撃が[囮]なのは重々承知しています。何せ、まだ例の天使の姿が
確認されてませんからね……ただ、その囮の偶像でさえ、私たちには太刀打
ちできないのも事実です……」
「……了解しました。鬼崎飛鳥はこれよりVP−EXで出撃、土偶型飛行物体
の迎撃に当たります!」
「お願いします」
 その江藤の言葉の直後、通信が切れた。飛鳥はすぐにコックピットに座り
なおし、すぐさま発進の準備を整える。 
「また、土偶みたいなロボットが攻めてきたんですか!?」
 VP−EXの側に作郎が駆け寄り、飛鳥に向けて叫ぶように問いかける。
側には矢島、摩耶、遥と亜子、そして修羅子の姿もあった。
「大丈夫、今はここに攻めては来ないわ。でも、作郎君、修羅子ちゃん、これ
から話すことをよく聞いて!……」
 突然の飛鳥の言葉に作郎と修羅子は一瞬戸惑った。それにかまわず飛鳥は
話を続ける。
「……私が出撃したあと、必ずあの天使がこの町にやってくるわ!……私も向
こうを片付けたらすぐに戻るけど……それまで……」
 ここで飛鳥は一息つき、そして修羅子と作郎を交互に見てから、再び、決
意じみた表情で言葉を続けた。
「……それまで、この町を守れるのは、修羅子ちゃんだけなの!……お願
い!!」
 飛鳥の強く懇願する言葉に修羅子は困惑の表情を浮かべたが、すぐに表情
を変え、そしてその場にしゃがみこみ、VP−EXのコックピットを覗き込
んで飛鳥に向けて強く頷いて見せた。それを見た飛鳥もまた、頷き返す。
「飛鳥さん!……絶対帰ってきて!!」
「死んじゃったりしたら駄目だからね!!」
 遥と亜子が今にも泣きそうな顔で叫ぶ。その側では摩耶がいつもの穏やか
な表情で話しかける。
「飛鳥さん、帰ってくるまでにはお茶を沸かしてますから……」
「楽しみにしてますよ、摩耶さん。それに遥ちゃんと亜子ちゃんも心配しない
で。私はちゃんと帰ってくるから。それから、作郎君……」
「…………」
 どう話しかけたらわからず、黙り込んでいた作郎は、突然呼びかけられて
返事も出来なかった。飛鳥はそれでもかまわず言葉を続ける。
「……修羅子ちゃんを支えられるのは君だけなの……本当は、民間人の作郎君、
それに修羅子ちゃんにこんなことを頼むのはとんでもないことだけど、いま
はあなたたちにしか頼めないの……だから、お願いね!」
 飛鳥はそう言って、返事を待たずにコックピットハッチを閉める。それを
見た矢島が、小型の無線機を取り出して飛鳥に繋ぐ。
「……飛鳥さん……まさか[GT−EX]を使うつもりじゃ……」
 矢島の問いに飛鳥は笑みを浮かべて答える。
「当然でしょ。さっき修羅子ちゃんの体調べて、大体のことはわかったわ。彼
女を含むいわゆる[騎神]はコアの機関部から発生している強力な力場で構
成されている、いわば[擬似実体]すなわち[物質の振りをしたエネルギー
の塊]……そんな相手に通常兵器どころか、出力の弱いレーザーやビームが
効くわけがないわ。だから……」
「……だから、か……」
「そう、だから[同じ土俵に立つ]必要があるわけ!……じゃあ、行きます!!」
 通信が切れると同時に、VP−EXがゆっくりと浮上、そして十分に高度
をとるとすぐさまスクランブルモードに変形、一瞬のうちに加速し、太平洋
の方面に向けて飛び立った……。
 
 東京湾上空では、航空自衛隊の戦闘機、そして海上自衛隊の護衛艦が三体
のグーラとの交戦状態に入っていた。が、それはすでに戦闘と呼べるもので
はなかった。
「つーより、こんな相手は想定外だ!!」
 F15のパイロットは浮遊する巨大土偶を目の当たりにして叫ぶ。そもそも
出撃時も搭載装備の選別でさえ手間取ったのだ。そしてようやく装備を整え、
攻撃を仕掛けたものの、結局それらはすべてグーラのバリヤーの前に無力化
された。
 それでも必死に攻撃を続ける戦闘機の部隊だったが、グーラの目から放た
れる怪光線の前に次々と撃墜され、すでに残るは数機となっていた……。
「護衛艦はどうした!?」
 隊長機が護衛艦からのミサイル攻撃が途絶えたことに気付き、すぐに確認
の通信を入れる。が……
「こちら護衛艦[ゆうなみ]……現在ロボットの攻撃を受け大破!至急支援を
……!!」
 ここで通信が途絶えた。
「いったい何が……何だ……あれは!?」
 護衛艦に向かった隊長機はとんでもないものを目の当たりにした。それは、
艦を襲う巨大な[埴輪]だった。埴輪は海面から上半身をせり出し、巨大な
剣でブリッジを叩き切り、そのまま艦によじ登った。自身の半分以上と同等
の大きさの埴輪に登られた護衛艦はその重量に耐え切れず転覆、それと同時
に艦は真っ二つに割れた。
「土偶の次は埴輪かよ!!」
 隊長機が叫ぶと同時に、海面から再び巨大埴輪が上半身を出し、ゆっくり
と移動を始めた。みたところ、どうやらグーラと同系列のロボットのようだ。
「最後の弾だ!!」
 そう言って隊長は機に残ったミサイルを埴輪に向けて発射する。だが、そ
の攻撃もグーラ同様、バリヤーによって防がれてしまった……。
「……打つ手無しか……」
 すべての武器を使い果たした隊長機は思案に暮れた。今すぐに引き返して
補給を受けることも可能だが、その間にも土偶と埴輪は徐々にではあるが東
京に接近している。上陸は時間の問題なのだ。それにどのみち補給を済ませ
ても、まったく通用しないのでは結果は同じなのだ……。
 そのとき、突如二発の光弾が埴輪に命中、バリヤーを無視して爆発した。
「何だ!?」
 隊長がキャノピーを見上げると、見たこともない飛行物体が高速で飛来し
てくるのが確認できた。それは隊長機の頭上を追い越すと、再び土偶に向け
て光弾を発射、命中と爆発を確認するとすぐさま上昇し、今度は土偶三体に
正面を向けて攻撃態勢に入った。
 その飛行物体はVP−EXのマニューバモードだった。現場に到着した飛
鳥がすぐさま機体を変形させてプラズマバスターを撃ち込んだのだ。
「後はVP−EXが引き受けます!……そちらはいったん体勢を立て直して
ください!!」
「これが例の新兵器……了解した。どのみちこちらはもう攻撃手段を持たない。
あとは頼む!!」
 通信の後、戦闘機の退却を確認した飛鳥は土偶、そしてその下に追いつい
てきた埴輪と対峙する形でVP−EXを空中停止させた。
「……四対一……埴輪ロボットにはプラズマバスターで打撃を与えたけど、ま
だ決定打とはいえないし……」
 飛鳥は本部の江藤に通信を入れた。
「こちら飛鳥、現在敵との交戦状態に入りました。地上部隊の配置はどうなり
ました?」
「言われたとおり、東京周辺および神都町に出来る限りの人員を派遣しました。
警察と自衛隊にも協力を仰ぎました。あとは敵のコントロールシステムの逆
探知がうまく行けば……」
 これは表向きには知られてはいないが、実は江藤、矢島の手によって数年
前から神都超文明の調査は進められ、その際、グーラなどの残骸を含む各種
資料を入手していた。無論、[守護者]などの圧力、妨害もあったがそれらは
何とか切り抜けて研究を続け、その結果、ある程度までの解明は進んでいた
のだ。
「おそらく相手はどこかからあのロボットたちをコントロールしているはず
です。私と修羅子ちゃんだけでは抑え切れるかどうか……一刻も早く操縦者
の発見をお願いします!」
「修羅子さんとは、例の巨人ですね。了解しました。全力を尽くしましょう。
鬼崎さんと修羅子さんだけに苦労はさせませんよ……て、ちょっと待ってく
ださい、緊急の通信が……何?……そうですか……わかりました……」
「どうしました?……室長……」
「あなたの読みが当りました。神都町に例の天使が出現しましたよ……」
7
 神都町上空では、セラフィアが空中に留まったまま町、そしてパニックを
起こしている人々を見下ろしていた。側にはグーラが三体控え、しかもそれ
ぞれが一体づつ巨大な埴輪型の偶神[バイオウ]を合計三体吊り下げていた
……。
 そのセラフィアの肩の上では矢間がいつものように寛ぎ、地面に目を向け
て不気味な笑みを浮かべていた。
「……このまま一気に[神殿]に攻めるの?」
 セラフィアの問いの矢間は笑みを浮かべたまま答えた。
「待ちたまえ。せっかくだから、私の力を人々に見せ付けるよい機会だ。この
場に降り立ち、町を蹂躙しながらゆっくりと進行しようじゃないか……」
 その言葉を受けたセラフィアは無言で降下を始め、それと同時にグーラも
腕のワイヤーをゆっくりと下に伸ばし、バイオウ三体を地面に降ろした。
 やがてセラフィアとバイオウはそれぞれ地響きを立てて地面に降り立つ。
そしてゆっくりとした歩調でそれぞれに前進を始めた……。
「さて、破壊と殺戮の始まりだ……」
 
 セラフィア出現は当然、神代荘にも伝わった。
「どうしましょう……」
 摩耶が矢島に困ったような表情を向ける。
「とりあえず避難したほうがいいでしょうね……ヤツの狙いはここですから」
「でも、ここは私と皆さんの大切な[家]ですし……」
 その言葉に反応したのは修羅子だった。修羅子は摩耶を安心させるかのよ
うに手で彼女の体を優しく掴みあげ、顔の側に近づけるとにっこりと微笑ん
で見せた。
「……修羅子さん……戦うおつもりですか?……」
 摩耶の問いに修羅子は沈黙のまま、続いて矢島、亜子、遥をそれぞれの手
に乗せ、やはり自分の顔に近づけて四人を優しく見つめた。
 修羅子の手に乗せられた遥と亜子はそれぞれ無言でその巨大な手の親指に
しがみつく。それは突然持ち上げられたゆえの困惑ではない。二人は心から
修羅子を心配しているのだ……
 他の二つの手の中にいる矢島、摩耶も修羅子を気遣うような表情を見せて
いた。そう、少なくとも神代荘の人たちは修羅子をすでに家族の一員として
みていたのだ……
「(……守らなきゃ……この人たちを……この人たち、私たちが住む[家]を
……)」
「修羅子!!」
 修羅子の足元で叫ぶ作郎を見た修羅子は、空けておいた中央一対の両手で
作郎を抱くように持ち上げた。 
「……修羅子……俺……」
 作郎は飛鳥が飛び立ってからずっと悩んでいた。だが、まだその答えは出
てはいないようだ……。そんな作郎に修羅子はやはり優しく微笑んで見せる。
「(……作郎さんまで危ない目に合うことはない……だから……私一人で行く
ね……)」
「修羅子!?」
 その瞬間、作郎は驚きを隠せなかった。
「(……聞こえた……確かに今、修羅子の[声]が……!)」
 作郎が思わずポケットの中の魂の玉に手を触れると、それはほんの少しだ
け暖かくなっていた……
 修羅子は驚愕の表情を浮かべたままの作郎、そして矢島、摩耶、遥、亜子
をゆっくりと地面に降ろす。そして彼らから数歩離れると、最初に出会った
ときと同じように、まるで風に乗るかのように飛び立った……。
「修羅子!!」
「修羅子さん!!」
 亜子と遥が思わず叫び、後を追って走り出す。が、修羅子はあっという間
に市街へと着地、ビルとビルのあいだに隠れてしまった……。
「どうした?……作郎君……」
 呆然と魂の玉を見つめる作郎を見た矢島が声をかける。その声にゆっくり
と振り返った作郎は決意を込めた表情を見せた。
「ハカセ……俺、答えが見つかりました……」
「……答えって……まさか兄ちゃん!?」
 作郎の言葉に遥が何かを悟り、心配そうに話しかける。そんな妹のほうに
向き直った作郎は安心させるかのように笑みを浮かべ、それでいて決意を込
めて言った。
「修羅子と一緒に……闘う!」
「ちょっと武神君それ本気!?」
 作郎の言葉に亜子も驚く。その側では摩耶も悲しげな表情を浮かべていた。
そんな三人に作郎は無言のまま頷くだけだった。
 そのとき、矢島が真剣な表情で作郎に話しかける。
「……確かに僕はさっき、その玉は君が持っていたほうがいい、と言った……
だが、戦いに赴くとなると話は違う……死ぬかもしれないんだぞ……」
「だけど、修羅子はその死ぬかもしれない戦いを今、しようとしてるんです。
俺たちのために……」
 作郎は右手に握り締めた魂の玉を見つめる。
「……これを使えば、修羅子の自由を俺が奪ってしまうかもしれない……でも、
さっき俺は確かに修羅子の声を聞いた。上手く使えば、支配するんじゃなく
て、心を通わせることができるんじゃないかと思って……それに……」
 ここで作郎は一同を見渡し、そして言葉を続けた。
「……[力]を持ってしまうのはとても怖いけど……使わなきゃいけないところ
で使わないのは、やっぱり卑怯だと思う……」
 ひととおり作郎の言葉、そして想いを聞いた矢島は作郎にこんな言葉を贈
った。
「[力は正しいことに使え。少なくとも自分がそう信じられることにな]……
僕のお気に入りの言葉だ……」
「……誰の受け売りです?」
 口元を綻ばせて問いかける作郎に、矢島もまた笑みを見せながら答える。
「僕が今嵌まっているゲームの主人公の言葉だ……」
 ここで矢島はいつの間にか手にしていたメタルケースを作郎に投げてよこ
した。
「これは……?」
「さっき大急ぎで完成させた。上手く行けば、修羅子ちゃんを[支配してしま
う感覚]を軽減することはできるかもしれん……」
 矢島の言葉を聞きながら、作郎はそのメタルケースを開き、そして思わず
絶句した……。

 市内では、町を破壊しながら進行を続けるセラフィア率いるバイオウ、グ
ーラの軍団を阻止するべく激戦が繰り広げられていた。
「一体だけでもどうしようもないのに、六体ものロボット軍団と巨大天使まで
相手にしてたら、命がいくらあっても足りませんよぉ!!」
「がたがた抜かすな!……愚痴っている暇があったら撃ち続けろ!!……ど
っちみちそれしかあの阿修羅娘を援護する方法を持っちゃいないんだ……」
 そう言って90式の車長は愚痴をこぼす砲手に怒鳴るように射撃命令を出
す。
「撃てーっ!!」
 十数両の戦車がいっせいに砲撃を開始、上空では戦闘ヘリがロケットラン
チャーを撃ち放つ。が、その攻撃はやはりバリヤーに阻まれてまったく効果
を上げてはいない。
 そのとき、戦車隊の頭上を巨大な影が通過、後ろのビルに激突、その衝撃
でビルは倒壊した。それはセラフィアに投げ飛ばされた修羅子だった……
「(いったぁ……)」
 修羅子は瓦礫を押しのけ、下一対の腕を支えに半身を起こす。が、全身に
痛みが走るのか、その場に蹲り、上一対の腕で頭を抱え、中央一対で体を抱
いた。 
 そのセラフィアの肩の上では、矢間がその様子を見て呟いた。
「……本当に、あれが最強の騎神だとでも云うのかね……?」
 修羅子の周辺には、やはり建物や戦車隊を蹴散らしながらバイオウ三体が
取り囲むように接近する。空中にはグーラ三体も接近していた
「そうだ。そのまま戦皇アスーラを足止めしていろ。その間に私はセラフィア
とともにもう少し破壊を楽しむとしよう……」
 矢間はそう言ってセラフィアに手振りで指示を出す。それを受けた巨大な
天使は純白の翼を翻しながらきびすを返して歩き出す。
「(……私を止められるのは、戦皇だけだと思ったけど……)」
 そう心で呟いたセラフィアの視線はすぐに目の前の、自分を攻撃する戦車、
戦闘ヘリに向いた。
「あぁーっはっはっはっ……そんな玩具で私と戦おうと言うのかね!」
 その言葉の直後、セラフィアは側のまだ倒れていないビルの一階部分に左
足をまわすようにして強烈な蹴りを入れる。続いて右手をビルの蹴られた一
階とは反対の、自分のちょうど胸あたりの高さにある最上階に当て、思いっ
きり押した。
「わあぁぁぁ!!」
 そのビルは砲撃を続けていた戦車に向けて倒れる。それを見た戦車は慌て
て後退するが、間に合わずに倒れたビルに押しつぶされる。そしてセラフィ
アはそのビルに左足を乗せ、そのまま踏み潰した。
 次にセラフィアは自分を攻撃している空中のヒューイコブラに目を向けた。
そして左の翼を広げ、思い切り羽ばたかせる。それは衝撃波となり、周囲の
窓ガラスを巻き込みながらヘリに到達、そのまま数機を跡形もなく吹き飛ば
す。そして唯の鉄の塊と化したそれらは街の数箇所に墜落した。そのひとつ
が落ちたところは、避難所に指定されている、神都町の私立高校である出雲
坂高校の側だった……。
「きゃああぁぁ!!」
「なんだなんだ!?」
 突然の出来事にまだ避難が完了していなかったのか、ここにはまだ沢山の
人々が残されていた。そして厄介なことに、そのことを矢間に気付かれてし
まったのだ。
「何だ、まだ人が大勢残っているじゃないか……」
 残忍な笑みを浮かべた矢間はセラフィアに命じた。
「次はあそこだ!……あれは踏み潰し甲斐があるぞ……」
「……!?」
 矢間の命令を聞いたセラフィアは一瞬、その表情を凍りつかせた。が、す
ぐに俯き加減になりながら表情を殺し、ただ一言「……はい」とだけ答えて再
び前進を開始する。
「やばい!!」
 まだ生き残っていた車長の90式を含めた戦車部隊は、それを阻止すべく
セラフィアと高校のあいだに塞がるように展開し、砲撃を開始する。だが、
砲弾はやはりセラフィアの表面すれすれではじき返され、いたずらに周囲へ
の被害を増やすだけであった……
 砲撃をはじきながらセラフィアはその歩みの速度を上げた。そしてあっと
いう間に戦車部隊の側まで寄ると、そのうちの一両に手をかけて自分の顔の
側まで持ち上げる。そしてそのまま砲塔の基部に指をかけ、そのまま本体か
ら引き剥がした。
「ぅわあぁぁぁ!!」
 突然砲塔がなくなり、巨大な瞳に覗き込まれたことに乗員たちは混乱を起
こす。そしてそのうちの一人が拳銃を取り出し、声にならない悲鳴を上げな
がらそれを乱射した。
「(……怖いよね……当然……)」
 その顔に当る銃弾をセラフィアはあえて力場ではじかずにそのまま皮膚で
受け止めた。どっちみち人間の武器で傷つくわけではないのだが、何故かそ
うしなければならないような気がしたのだ。
 だが、その銃弾は偶然矢間の側を掠めてしまった。
「ひいぃぃぃ!!」
 その突然の出来事に矢間は驚き、情けない悲鳴を上げる。そして
「ななな何をしている!……その生意気な人間をさっさと……ひね、ひね…
…捻り潰したまえ!!」
 と、舌が回らない上に裏声になりながら叫んだ。その命令を聞いたセラフ
ィアは戦車から目をそむけ、「(ごめんなさい!!)」と心の中で叫んで手にして
いたそれを地面へと叩きつけた。セラフィアの足元の地面に激突した戦車は
地面にめり込み、その後、爆発炎上した……。
「畜生め!!」
 その光景に怒り狂った車長は再度砲撃を再開させる。そしてその砲撃を今
度は力場で防ぎながらセラフィアはゆっくりと、確実に高校に向けて歩き出
した……。 

 その頃、修羅子は自分を取り巻く偶神たちの攻撃に苦しめられていた。グ
ーラが空中から両腕のワイヤーを伸ばし、修羅子のそれぞれの腕に絡みつか
せて衝撃波を流す。そして側ではバイオウが手にした剣を苦痛で動けぬ修羅
子に叩きつける。
 ただでさえ一体のグーラに苦戦しているのに、一気に六体の相手など、今
の修羅子にとっては荷が重すぎたのだ。
「(このままじゃ……やられる!……みんなが、殺されちゃう……)」
 修羅子は気力を奮い立たせて反撃に出ようとするが、断続的に流される衝
撃波と休むことなく繰り出される剣の攻撃にどうすることもできず、やがて
その残りの気力も失われようとしていた……。
「(ゴメン……私、もう駄目かも……)」
「(諦めるな!!)」
 不意に心の中に流れた[声]に修羅子は驚き、そして我を取り戻した。
「(……作郎さん……なの?……どこなの!?)」
「君の……修羅子の……すぐ側だ!!」
 今度ははっきりと聞こえた声の方向を見ると、瓦礫のあいだを一台のジー
プが走ってくるのが見えた。そしてその屋根のない車上に確かに作郎が立ち
上がって修羅子のほうを見ているのがはっきりとわかった。作郎は頭にヘッ
ドギアのようなもの、左腕には何か手甲のようなもの、そして変わったバッ
クルのついたベルトを装着していた。
「博士、行きます!!」
 作郎は瓦礫を必死にかわすように運転する矢島に一声掛ける。後ろの席に
は亜子と遥は前のシートにしがみつきながらも作郎をさっき同様心配そうな
目で見つめていた。
「武神君、ほんとに気をつけてね!!」
「兄ちゃん、ちゃんと帰ってきてよ!!」
「わかっているさ……帰ってくるよ。修羅子と一緒にね!!」
「作郎君!……[ソウルドライバー]の起動だ!!」
「はいっ!!」
 矢島の叫びと同時に作郎はソウルドライバーと呼ばれた、腕に装着された
手甲の肘部分のカバーをスライドさせる。そしてその中に魂の玉を表向きに
差し込み、再びカバーを閉める。それは小気味よい音を立ててロックされた。
 それと同時に下ろされたバイザーのヘッドアップスクリーンに[cont
act]の文字が表示され、同時にマシンボイスが告げる。
 準備を終えた作郎は大きく深呼吸した後、すべての思いを投げ渡すように
修羅子にむけて叫んだ。
「一緒に戦おう!……修羅子!!」
 その叫びは修羅子の心の中に[力]となって流れ込んできた。
「(……わかる……作郎さんの想いが……私の中に流れ込んでくる!……私も
……諦めない!!)」
「帰ってきた!修羅子の[心]が!!……俺の心に……」
 作郎は確信を得たといったような表情を見せた。
「そう、この玉は決して修羅子達を支配するものじゃない!……これは……修
羅子達と俺たちの心をひとつに繋ぐ架け橋なんだ!!」
「わあぁぁぁぁ……!!」
 作郎の叫びと同時に、修羅子は絶叫とともに一瞬にして自らを縛り付ける
すべてのワイヤーを引き千切った。それは修羅子自身の心の中の[封印]そ
のものの開放のように見えた……。
「全部思い出したわけじゃないけど……少なくともこれだけはわかる。私がや
らなきゃいけないことがなんなのか……」
 修羅子が始めて[声]に出して呟く。
「私は……[守るために]戦う!!」
 その叫びと同時に修羅子の周囲の空間が歪み、一気に爆発する。それは赤
い炎となって彼女を包み、やがて凝縮して物体化する。それは一そろいの[赤
い鎧]だった。その鎧は修羅子の周囲を囲むように浮遊していたが、すぐに
次々と全身各所に装着され、ひとりでに留め金がしまる。
 炎が晴れたとき、そこに立っていたのはまさに[阿修羅]そのものだった。
違うとすれば、その瞳が戦いを求めるだけの[狂気]ではなく、[守るための]
決意に満ちていると言うことだろうか……。
 その修羅子の肩の上には、いつの間にか作郎が立っていた。
「行こう、修羅子……街を……俺たちの居場所を守ろう!!」
「…………はいっ!!」
 
 この時点で、一人の少女は本当の意味で[目覚め]を迎えた。
 その名は修羅子。
 戦皇騎神 修羅子……                   (つづく)