作 wbgたせ  協力 たせ01
[戦皇騎神 修羅子]
第三話「激戦 神都町」
1
 東京湾上空では、飛鳥の駆るVP−EXがグーラ三体およびバイオウ一体
と激戦を続けていた。
「……大きさじゃあ負けているけど……」
 飛鳥はVP−EXをグーラのうち一体の正面に向け、そのまま突っ込ませ
る。
「機動力じゃあ断然こっちのほうが上なんだから!!」
 そう言って飛鳥はプラズマバスターを発射、その直後に機体を急上昇させ
る。光弾の直撃を受けたグーラはその表面で大爆発を起こし、その体をぐら
つかせるものの、すぐに体勢を立て直して上空に飛び去ったVP−EXに遮
光器のような目を向けて怪光線を乱射する。が……
「だから……」
 ここで飛鳥はVP−EXを急反転させ、再びグーラに向けて急降下した。
「機動性はこっちが上って言っているでしょうが!!」
 だが、今度の攻撃は失敗に終わった。別のグーラが怪光線を発射、それは
かろうじて回避したものの、体勢を崩されて攻撃の機会を失ってしまった。
そこに三体目のグーラがワイヤーアームを飛ばしてVP−EXを捕らえよう
とする。
「なんの!!」
 飛鳥は操縦桿を巧みに操作し、グーラ三体の間を潜り抜けてその包囲網を
突破する。グーラはそれぞれ首を動かしてVP−EXを追うが、その動きに
ついて行けずに翻弄されるばかりであった……
「……でも、機動力があっても火力不足は補えないか……」
 飛鳥は機体をいったん敵から遠ざけるように飛行させる。
「……せめて、プラズマバスターがパルスレーザー並に連射がきけば……」
 そんな雑念を振り切り、飛鳥はVP−EXを再びグーラ三体に向けて加速
させる。
「今度は低空から一気に……!!」
 そう言って飛鳥は機体を海面すれすれに降下させる。そしてそのまま高速
で接近、VP−EXは大きな飛沫を残して一気にグーラに接敵させた。
 が、そのとき、前方の海面が大きく盛り上がり、その直後、巨大な剣がV
P−EXを襲った。
「……くっ!!」
 不意の攻撃に焦る飛鳥だが、機体にその切っ先をかろうじて回避させると、
とりあえず攻撃するのを諦めて再び上昇する。
「迂闊……もう一体いるのを忘れてた……」
 海面から出現としたのは埴輪型の偶神[バイオウ]は、VP−EXを攻撃
した後、4,50メートルはあろうかと思われる巨体を揺るがし、ゆっくり
と前進を始めた。
 飛鳥はここでハイパーディフェンス本部への回線を開いた。
「こちら飛鳥。江藤室長、地上班の方はどうです?」
「こちら江藤です。現在自衛隊、警察と連携して操縦者と操縦地点の探索を提
案したのですが、何分……」
「逆探装置の不具合でも……?」
「と、いうより……[管轄の違い]がやはり弊害となっているようで……」  
「管轄……ですか?……」
 飛鳥の疑問に江藤は半ば飽きれかえったような声で答えた。
「いえですね……指揮権の問題から協力は簡単にはできない、との回答が……
それぞれの上層部の方々は要するに新参者の私たちに仕切られるのがお嫌な
のでしょう……まぁ、何とか私たちだけで行動は起こしたのですが、人員不
足がなんとも……」
「……こんなときまで……」
 だが、飛鳥にあきれ返っている暇はない。こうしているあいだにもVP−
EXはグーラ、バイオウの攻撃に晒されているのだ。
「ぅわっ!!」
 グーラの怪光線をかろうじて回避したVP−EXは反撃とばかりにプラズ
マバスターを一体のグーラに撃ち込む。その一撃は遮光器状の目のうち片方
を直撃、完全に破壊した。
「やった!!」
 飛鳥はその結果に思わず小躍りする。が、それは油断を招いた。
「しまった!!」
 突然機体を振動が襲い、コックピット内にアラームが鳴り響く。
「……左側面に怪光線命中!……油断した!!」
 VP−EXは怪光線の直撃を受け、炎上は免れたもののバランスを崩し、
そのまま海へと落下していく。飛鳥は必死に操縦桿を引き、機体を立て直そ
うと努力する。
「……あがれぇ!!」
 だが、その健闘もむなしくVP−EXは海面に激突、巨大な水柱をあげて
そのまま海中へと沈んでいった……
 その墜落を見届けた偶神たちは、再び東京方面へと進撃を始めた……

「大丈夫ですか!?……鬼崎さん……」
「ちょっと油断しました……でも何とかします。室長、そちらはよろしくお願
いします……」
「……了解しました……こちらはこちらで何とかしてみましょう……」
「お願いします……」
 飛鳥はここで通信を切った。
「でも……参ったわね……」
 沈み行くVP−EXのコックピットの中では、飛鳥がこの状況にもかかわ
らずに落ち着き払って次にすべきことを準備していた。もちろん、それは[脱
出の準備]ではない。
「使うしか……ないわね……」
 飛鳥はそう言って、収納されていたコンソールを引っ張り出して何かを打
ち込む。そして今度は強化服のヘルメットのバイザーを完全に下ろしてシー
トに全体重を預けた。
「前に、[人が人のままの姿で手にしてはいけない力だ]って、ハカセが言っ
てたっけ……でも……」
 飛鳥は軽く息を吸い込み、そしてそれを吐き出すように呟く。
「音声入力……[GT−EX]起動準備……キーワード入力……」
 そして飛鳥は再び息を今度は大きく吸い込み、そのまま一気にそのキーワ
ードを叫ぶ。
「…………[変身]!!」

 進撃する偶神から少し離れた海域に、それを観察するように一隻の小型船
が浮かんでいた。その船上には黒いサバイバルスーツに身を包んだ七人の男
たちが乗っており、うち三人が小銃を、そして残り四人が何か金属板のよう
なものを手に一心不乱に集中していた。
 その金属板は、神都町を襲撃した最初のグーラを操縦した、あの隊長が所
持していたものと同様のものだった……。
「やった!……新兵器を落としたぞ!!」
 双眼鏡で戦況を見ていた一人の男が小躍りした。
「新兵器とか言っても、たいしたことはなかったな……」
「そんなことあるものか!……俺のグーラは片目を壊されたんだぞ!!」 
「それはお前の操縦がヘボなだけだ……」
「なんだと!?」
 はしゃぐ仲間たちを見兼ねた一人がここで全員を嗜める。
「おいおい、俺たちにはまだすることがあるんだぞ。ここで気を抜くと、また
矢間さんに叱られるぞ!」
「それもそうだ……くわばらくわばら……」
 その一言で配置に付き直した黒集団は船のエンジンを作動させ、進撃する
偶神に追随しようとする。が、そのとき……
「……何だ……あれ……?」
 一人の男が先ほどVP−EXが墜落した海域を見て呟く。そして、その言
葉に反応した全員はそこに浮かんでいる[もの]を見て呆然となった……
「……巨人……蒼い鎧の……騎士!?」
 そう、そこに浮遊していたのは、身長が50メートルはあろうかと思われ
る巨大な[騎士]だった。そのたとえどおり全身に中世騎士風の蒼い全身甲
冑に身を固め、顔も面頬で保護されて素顔を垣間見ることができない。
 だが、身にまとう鎧の所々のディティール、センサー類などはその巨人が
明らかにただの騎士ではなく、それが[兵器]であることを物語っていた。
 しかし、それでいてその騎士が時折見せるしぐさはロボットのそれとも違
っていた。そう、それは間違いなく[人間のしぐさ]だった……。
 黒集団が我を取り戻す前にその[騎士]は行動を開始した。
「何だ!?」
 [騎士]はまるで魔法のようにどこからともなく巨大なガトリングガンを
取り出すと、それを自分の目の前のグーラ三体、バイオウ一体に向けて斉射
し、突然の奇襲に為す術もない三体の偶神をあっという間に半壊させ、最も
被害の大きかったうち一体のグーラを完全に破壊した……
「……戦う力がありながらそれを使わないのは、やっぱり卑怯よね……」
 [騎士]は飛鳥の声でそう呟き、手にした巨大な銃を、再び戦闘体制を整
える偶神に向けて構えなおした……。
2
 神都町では、[覚醒した]修羅子を目の当たりにした亜子、遥が呆然とその
様子を見つめていた……
「……修羅子さんが……しゃべった……」
「たぶん、作郎君が[コンタクト]した際に、今まで修羅子ちゃんの[繋がっ
ていなかった部分]が接続されたんだろう……」
 矢島の言葉に、今度は亜子が問いかけた。
「そもそも、さっき武神君に渡したソウルドライバーって、何なの?」
「あぁ、あれはさっき、あの[魂の玉]を調べた結果を元にして製作した一種
のインターフェイスだ。上手く作動すれば、修羅子ちゃんの現在の状況とか
がバイザーのスクリーンに映し出される。これによって作郎君は限定的なが
らも彼女と一体感を感じることができるはずだ……」
 だが、ここで矢島は苦笑いを浮かべた。
「……と、まぁ、ここまでは[建前]……」
「……建前……?」
 遥の怪訝そうな呟きのあと、矢島は言葉を続ける。
「……実のところ、あれは[玩具]みたいなものだ。魂の玉を使った際、[支
配してしまうか]それとも[協調するか]は気の持ちようだってのは大体見
当がついていた。だが、あの眼鏡男とセラフィアとか言う巨人天使の関係を
見て作郎君は恐怖感を持っていたわけだ。自分が修羅子を支配してしまうん
じゃないかと……」
「ふむふむ……」
「そこで、[それっぽいもの]を作って渡せば作郎君もすこしは安心するんじ
ゃないかと思って、それで急ごしらえで作ったんだ。まぁ、あのソウルドラ
イバーにはその他にも役に立つ様々な機能を付加しておいたから、単純に玩
具というわけでもないんだがな……」
 そう言って矢島は真剣な表情に戻り、六体の偶神に取り囲まれたままの修
羅子の後姿、そしてその肩の上の作郎に視線を戻す。そして遥、亜子も無言
のまま戦いに臨む二人を見つめた……。

「修羅子!……まずは正面突破、セラフィアに追いついて学校を守るん
だ!!」
「はい!!」
 作郎の言葉に修羅子が頷き、それと同時に六本の両腕をすべて広げる。そ
の開かれたそれぞれの掌には無数の稲妻が集まり、それらは凝縮してやがて
実体化、稲妻は白い柄の剣(つるぎ)に姿を変えた。そしてその細身ながら
も重厚な剣は修羅子の手の中へと収まった。
「行きます!!」
「おうっ!!」
 作郎の叫びと同時に修羅子は正面のバイオウ一体に剣を向け、一気に間合
いを詰める。その動きに、埴輪を模した偶神はやはりこちらも剣を構えなお
す。
 だが、
「遅い!!」
 その一言の後、修羅子は左下の剣をバイオウの剣に叩きつけてその構えを
崩し、続いて左中央の剣で今度はそれを叩き落す。そこに続けざまに繰り出
された右上部の剣がバイオウの左肩口を捉え、装甲を無視するようにあっさ
りと切り裂く。そしてその深々と入り込んだ剣を引き抜き、とどめとばかり
に残りの右下、右中央、左上部の剣で為す術もないバイオウの胴を突き、右
腕と頭部を切断、これを完全に破壊した……。
「……まず一体……次、行きます!!」
「おうっ!!」
 作郎の返事と同時に修羅子は、今度は空中に跳躍、一体のグーラに切り掛
かり、そして体を捻りながら右三本の剣を左から右へと振るう。その三つの
刃はグーラを斬り刻むには至らなかったものの、その土偶を模した偶神は胸
部に深い切り傷を作りつつ破片を撒き散らしながら空中を回転し、そのまま
地面へと落下した。
 それを見た修羅子は自分もそのまま倒れたグーラの側に着地、逆手に持っ
た剣を思いきり振り下ろした。
「たあぁぁぁーっ!!」
 その勢いを乗せた剣は胸部の損傷箇所に突き刺さり、その切っ先が深々と
入り込んだ。その直後グーラは断末魔のごとく修羅子に怪光線を全力で浴び
せかけるが、それは左二つの手甲であっさりと防がれ、その直後、感情のな
いはずのそれが無念そうに唸り、そして動かなくなった……。

「いっぺんに……二体も……!?」
 すこし離れたピルの陰に、隠れるように駐車しているトラックの中には十
人ほどの男たちが潜んでいた。無論、偶神たちの操縦者も含まれている。彼
らは突然豹変した戦皇の様子、そしてバイオウとグーラがあっという間に破
壊されたことに驚愕していた。
「話が違うぞ!……[戦皇は騎主がいないから本当の力を発揮できない]んじゃ
なかったのかよ!?」
「……勝てないよ……こんなんじゃ……」
「何、今のは油断しただけだ……それにいざとなれば矢間さんのセラフィアが
いるじゃないか!……それに、もし今逃げ出したりしたら……」
 その言葉に黒集団は前任の隊長の末路を思い出した。
「あんな殺され方をするよりは……」
 男たちはそれだけを呟き、再び偶神の操縦に専念した・・・

「……強い……」
 ビルの陰から戦闘の様子を伺っていた矢島、遥、亜子は先ほどとは打って
変わった修羅子の[強さ]に圧倒された。
「……強いというか、なんとなく……怖い……」
 亜子の呟きに遥もまた、
「……本当にあれが……修羅子さん……なの……?」
 と、不安げに矢島に問いかける。
「やっぱり、修羅子さんは古代の……兵器なの?……」
「あの土偶と埴輪のロボットに関してはそうだろうとは思うが……僕は修羅
子ちゃんを含む[騎神]は兵器じゃないと思うんだ……」
「兵器……じゃ、ない……?」
 亜子の疑問に矢島が言葉を続ける。
「そうだ。確かに最強兵器だと考えたほうがあの強さは納得できるかもしれな
い。だけど、それだとしたらあれほどの強い[意志]はかえって邪魔なはず
だ。制御がしにくくなるはずだから……」
「じゃあ、修羅子さんは兵器じゃなきゃ、なんなの……?」
 遥の問いに矢島はちょっとだけ考え込み、そしてこう呟いた。
「……[神様]……かな?」
「……神様?」
「そうだ。たぶん古代の人は……騎神に[神]を求めたのかもしれない……」
 だが、三人にそのまま戦闘を静観している時間はなかった。再び偶神たち
が動き始めたのだ。
「……おっと……こんな所にいたら巻き込まれる!……いったん逃げる
ぞ!!」
 矢島はそう言ってジープを急発進させた。その車上では、遥と亜子が遠ざ
かる修羅子と作郎をじっと見つめ続けていた……。

 修羅子の[強さ]に旋律を憶えたのは作郎も同様だった。
「(強い……まさかこれほどのものだったなんて……これが修羅子の本当の…
…姿なのか!?)」
「……私、こんなこと好きでやっているわけじゃない……こんなこと、本当は
したくない……こんな[力]いらない……」
「……修羅子?」
 突然の言葉に作郎が修羅子の巨大な横顔を改めて見る。その表情は凛々し
く、決意に満ちたものであるが、それと同時に、どこか哀しげな雰囲気を漂
わせていた……。
「でも……誰かがやらなくちゃならないなら……それが私にしかできないの
なら……」
 修羅子はここで、戦車を蹴散らしながら避難所へと歩み続けるセラフィア
に目をやった。
「……私に[力]があるのなら……戦うしかない……それが私の……[力]を持
つものの責任だから……」
「……信じるよ」
「……作郎さん?」
 不意の言葉に修羅子は自分の左肩の上の作郎を見た。
「俺……信じる。修羅子は戦うためだけの[兵器]なんかじゃない……だけど、
今は戦うしかない。街を守れるのは……」
 ここで作郎もセラフィアを見た。
「……天使を……セラフィアを止められるのは……君、いや、俺たちしかいな
いから……」
 作郎はそう言ってバイザーを上げた自分の目で、巨大な修羅子の顔、そし
てその澄んだ瞳をまっすぐに見つめた。そして修羅子もまた、そんな作郎に
決意の眼差しを向ける。
「いくぞ!!」
「はいっ!!」
 作郎がバイザーを下ろし、修羅子が剣を構えなおす。そして再び立ち塞が
る偶神たちに向けて雄叫びを上げながら突っ込んでいった……。
3
 反撃を続ける戦車部隊や戦闘ヘリ部隊の攻撃をものともせずにセラフィア
は、ゆっくりと、確実に学校へと進んでくる。その地響きを立てて迫り来る
巨大な天使のサンダルの恐怖に耐えながらも90式の車長は無線機片手に叫
ぶ。
「ここは自分たちが防ぐ!……そっちは早いとこ避難してくれ!!」
「こちら第三避難所……了解した。退避を急がせる。何とか頑張ってくれ!」
「急いでくれよ……通信終わり!」
「車長、来ます!!」
 部下の叫びに車長がキューポラを上げて頭上を見上げる。そこには、すで
に巨人の足が間近に迫っていた。
「まったく……あの綺麗な御身足が本当にさっきビルを蹴倒したなんて……
冗談にも程があるよ……」
「このままじゃ、[その御身足]に自分たちが踏み潰されちまいますよ!!」
「わかってる!……だが、ここで後退したら、後ろの避難所が[その御身足]に
踏み潰されるんだぞ……避難が終了するまで何とか持ちこたえるんだ!!」
 
「まったく……学習能力のない奴らだ。そんな玩具ではこの私に太刀打ちでき
ないということがいまだにわからないらしい……」
 セラフィアの右肩の上で矢間が、なおも自分たちに向けて攻撃を続ける自
衛隊をあざ笑うように呟く。それとは対照的に哀れみとも取れる表情を浮か
べるセラフィアは、自分に向けて撃ち込まれる砲弾やロケット砲などを力場
で防ぎながら一言も口を開かず、ただ単調に一定速度で学校に近づいていく。
「(……やっぱり、あの建物に着いたら、みんな踏み潰さなきゃいけないのか
な……建物も乗り物も……人間も……)」
 心でそう思いながらもセラフィアは、やはり自分に言い聞かせる。
「(……でも、私は騎神……騎主の心のままに戦うのが存在意義……)」
 そんなセラフィアの思いも知らずに矢間は、相も変わらずはしゃぐ。
「はーっはっはっはっ……見たまえ諸君!……これが私の[力]だ……貴様たち
がバカにした、私の[偉大な力]だ!!」
 もはや矢間は完全に自分の目的を見失っていた……。
 そしてこうしている間にも、セラフィアは学校へと歩みを進めた。できる
限りゆっくりと……

「急げ!……部隊が防いでる間に急いで避難を完了させるんだ!!」
 避難所になっている出雲坂高校では、人々の緊急避難が行われていた。が、
突然の急な襲撃に戸惑い、それは遅々として進んでいない。
「隊長!……バスもトラックも不足していて、とても全員が乗るには無理があ
りすぎます!!」
「慌てるな!……追っ付け援助が来る。それまでは、女性と子供、老人、怪我
人など、弱った人たちを優先して避難させるんだ!!」
「りょ……了解!」
 部下は敬礼してすぐに指示通りに動く。
「だが……問題はそれだけじゃない……」
 隊長は誰にともなくそう呟き、この敷地の正面入り口の門を見た。そこで
は、まだ距離があるものの、自衛隊による巨人天使への攻撃が続いていた。
そう、大型の車両が出入りできる入り口は正面にしかなく、しかもセラフィ
アが向かってくるのはその方向からなのだ……。
「……どう、突破するか……」
 限られた時間の中でどう脱出するか、隊長が思案していると、先ほどの部
下が報告に戻ってきた。
「隊長!……バスとトラックの準備ができました!!」
「……よし!……こうなったら、少しずつでも可能な限り避難させる。すぐに
出発だ!」
「了解!」
 隊長の指示のもと、すぐさま最初の避難が始まった。準備の整ったバス二
台とトラック一台に女性や子供、老人や怪我人など先ほどの指示通りに次々
と人々が乗せられている。だが、やはり目の前の激戦の中を目の当たりにし
た人々の混乱は避けられなかった。
「おいおい!……巨人が暴れている中を突っ切ろうっていうのか……冗談じ
ゃねぇぞ!!」
「せめて、もっと安全を確認してからのほうが……」
 そんな人々を隊長が焦りを抑えながら説得する。
「敵が目の前に迫っています!……部隊が防いでいる今しかチャンスはない
のです。彼らの働きを無駄にするおつもりですか!!」
 その言葉に人々は反論することはなかった。
「さぁ、急いでください!!」
 隊長の指示のもと、人々は大急ぎでバス、トラックに分乗する。そしてそ
うしている間にも新たなバス、トラックが次々と到着し、やはりすぐさま人々
の乗車を始めていた。
「どうやら、思ったより早く避難は済ませられそうだ……」
 隊長は安堵の息を漏らし、巨大天使に対して必死に攻撃を続ける戦車、ヘ
リのほうを見た。そこでは、自分の戦友たちが自分たちを逃がすために奮戦
しているのだ。
「頼むぞ……あと少しだけ持ちこたえてくれ……」
 その言葉の直後、最初のバスとトラックが出発、校門を出て左右の道にそ
れぞれ分かれて走り出そうとしていた。
 が…………

「……ふん……この私がそう易々と逃がすと思うかね?」
 校門から出発する大型車両を見つけた矢間が呟き、すぐにセラフィアに指
示を出す。
「セラフィア……自分たちの状況がどれほど絶望的なのかを思い知らしめて
やりたまえ」
「…………はい」
 その言葉の意味を理解したセラフィアは、おもむろに背中の翼を広げ、そ
して一度だけ下から上に、まるで地面を抉るように大きく羽ばたいた。
「な……何だ、一体!?……わぁ!!」
 突然の激風に煽られ、90式の車体が軽々と吹き飛ぶ。車長たちは悲鳴を
上げながらも何とか持ちこたえようと努力するが、どうすることもできずに
翻弄される。
 周りでは他の戦車、戦闘ヘリ、隊員や乗り捨てられていた車両などが次々
と吹き飛ばされていた。
 だが、セラフィアの……矢間の狙いはそれだけではなかった。
「ぅう……一体何が……こ、これは!?」
 衝撃の去ったあと、避難を指揮していた隊長は自分たちの置かれた状況に
恐怖した。
「……周りが…周りの道路が抉れてる!!」
 そう、セラフィアの翼が起こした衝撃波は学校周辺の地面を完全に抉って
いたのだ。めくれたアスファルトや陥没した地面は、車両はおろか人間の足
などでは到底突破できるものではない。学校は完全に瓦礫の壁に覆われたの
だ。
「……私たちを……閉じ込めた?……」
一人の女性の言葉に人々はいっせいに悲鳴を上げた……。 

「はーっはっはっは……見たまえ、人間たちの慌てぶりを!……すぐに殺した
りはしない。たっぷりと時間をかけて楽しませてもらうとしようではないか
……なぁ、セラフィア!!」
 今の結果に満足した矢間が高笑いを上げる。
「さぁ、セラフィアよ……行って好きなだけあの小さな人間を弄びたまえ…
…」
 その矢間の言葉にセラフィアは、無言のまま再び歩き始めた。

「冗談じゃねぇぞ!!」
 状況を悟ったヘリのパイロットがコックピットの中から叫ぶ。
「どうする!?……もうロケットもないし……正面からじゃ止められん
ぞ!!」
「後ろに回り込む。そうしたら、すぐに機銃であの肩の男を狙い撃て!……せ
めて一矢報いるんだ!!」
「わかった!!」
 ガンナーの返事の直後、パイロットはコブラをすぐさまセラフィアの後ろ
に回り込ませる。
「今だーっ!!」
 その叫びと同時に機首のガトリングが火を吹いた。が……
「……な……!?」
 それはすべて矢間に届く前に背中の翼で防がれてしまった……。
「着目点はよかったが、騎神の上にいる限り、私は[保護]されるのだよ」
 矢間がヘリのほうに振り向き、あざ笑う。
「……もはや打つ手なしか……」
 動けなくなった自分の戦車から部下とともに脱出した車長がセラフィアを
見上げて諦めたように呟く。
「……今度こそ、[正義の味方]が欲しいってトコだな……」
 そう言って車長は先ほど倒れた修羅子のほうを見る。そしてそこに見た光
景に再び希望を見た。そう、再び力強く立ち上がり、赤い鎧を身に纏って戦
いに望む修羅子の姿を……。
4
「まずい!……修羅子、下っ端は後回しだ……学校を守るぞ!!」
「うんっ!!」
 修羅子はバイオウ二体が両脇から繰り出してくる剣を六本の腕で振り払う
と、そのまま一気に空中に飛び上がり、今にも学校に迫ろうとしているセラ
フィアに向けて踊りかかった。
「セラフィア!!」
 修羅子は落下に乗せて右手三つの剣を振るう。それに気付いたセラフィア
は咄嗟に飛び退いてそれを避ける。
 着地した修羅子はセラフィアに目を向けつつも、足元で呆然と見ている車
長含む自衛隊員に話しかける。
「ここは私たちがふせぎます!……皆さんは学校の人たちをお願いしま
す!!」
「お……おう!!」
 終始無言だったさっきまでと打って変わって、しっかりとした意思のある
声で話しかけてくる巨人に車長は一瞬戸惑いを見せたが、その言葉がはっき
りとこちらに対する気遣いであることに気付くと、部下や他の隊員を連れて
大急ぎで学校へと戻った。
「まだ、正面の道路は無事なはずです!……早く避難を!!」
「わかった!!」
 修羅子の肩から作郎が叫び、それに隊員の一人が応えた。
「(……やっぱりあの阿修羅娘は味方だったんだ……)」
 初めてはっきりと意思の疎通ができたことに、車長は感激を覚えた……。
 隊員たちが学校に向かって全力で走っていくのを確認した修羅子と作郎は、
改めてセラフィアのほうに向き直り、そしてしっかりとその姿を見据えた。
「……戦皇……覚醒、したのね……」
 修羅子の武者姿を見たセラフィア、そして矢間は一瞬呆然となった。
「……そんな!……戦皇が騎主を得たというのか!?」
 その言葉に修羅子が返す。
「私たちはあなたたちとは違う!」
「そうだ!……俺は[騎主]じゃない……俺は……俺は修羅子の……」
 作郎はここで一呼吸おいて、矢間よりもセラフィアに向けて叫んだ。
「……修羅子の[パートナー]だ!!」
 作郎の言葉を受けた矢間はまたも呆然となるが、すぐにその言葉を理解し
て笑い出した。
「ふふふ……ははははは……パートナーだと!?……どうやら君は前に私が言
ったことを理解していないようだね……いいかね、そもそも……」
 ここで矢間はセラフィアを指差す。
「……そもそも騎神は人間の命を受けて[動く]ように作られた兵器……すなわ
ち[人形]なのだよ。それをパートナーだと?……笑わせてくれる……」
 矢間のその言葉に作郎は強く反論する。
「違う!!……修羅子は……いや、騎神は人間の道具じゃない!……自らの意
思と心を持った……そう、俺たち人間と同じ存在だ!!」
「私は人形じゃない……私は……私自身の意志で作郎さんと同調したん
だ!!」
 修羅子の叫びにセラフィアは冷めた口調で切り返す。
「本当にそう思っているの?……それが[本当に自分の意思だと]信じられる
の?……アスーラ……」
 セラフィアは修羅子の肩に乗る作郎を指差して言葉を続ける。
「私たちは騎主に従うように創られている。もしその子があなたの意思に反す
る命令を下したとしても、あなたはそれに従わなければいけない……それで
も……」
 セラフィアの瞳が一瞬、哀しみの色に変わる。
「(……どうして……どうして騎主を受け入れたの?……これであなたは自由
を失ったのよ!!)」
 そんな心の声を押し隠して、セラフィアはあえて冷たく言い放つ。
「それでもあなたは[自分の意思で従った]と思えるの!?……アスーラ……」
 だが、修羅子は動揺することなく答えを出す。
「……あなたはまだ気付いていないの?……セラフィア……騎主となった人
と私たちは[心で繋がる]ことができることに……そして、それができていない
あなたこそ[不完全]だということに……」
 こちらも哀れみの表情を浮かべて語る修羅子にセラフィアは返す言葉を失
った。そして修羅子の言葉は続く。
「それに……私の名前はアスーラじゃない。私は……」
 修羅子は一呼吸置き、自分自身に言い聞かせるように叫ぶ。
「私は修羅子!……戦皇騎神 修羅子だ!!」
「修羅……子……?」
 呆然とするセラフィアに矢間が呆れ返るように言った。
「……いつまで馬鹿話に付き合うつもりだ?……セラフィア!……構わん。
少々痛めつけて、自分たちがどういう存在かをあのトチ狂った騎神に思い知
らせてやりたまえ!!」 
 魂の玉を強く握り締めた矢間の言葉は、否応なしにセラフィアに戦闘開始
を強要した。だが、それは今のセラフィアにとっては都合が良かった。
「(……そうよ……私は騎主に従い、戦うための[人形]……遠い昔にそう決め
たはず……)」
 そんなセラフィアの心境を表すかのように、その手にはいつの間にか剣が
握られていた……。
「戦いたまえ……私のために!!」
 肩の上で叫ぶ矢間の声に身を任せたセラフィアは自分の迷いを振り切るよ
うに雄叫びを上げ、修羅子に向けて剣を振り下ろす。修羅子はそれを左手二
本の剣で受け止め、絡ませるようにその剣を自分の剣で押さえ込む。
「これ以上罪を重ねるのはやめろ!!」
「目を覚まして!……お願いセラフィア!!」
 互いの顔が近づいたところで作郎と修羅子がセラフィアに向けてなおも呼
びかける。だが、当のセラフィアは聞く耳持たず、と言った様子をあからさ
まに示すようにその絡まった剣を力ずくで解き放つと、無言のままでそれを
横に振るいながら修羅子との間合いを取るように飛び退く。
 その戦闘機械に徹するセラフィアの様子に矢間は満足そうな笑みを浮かべ
る。
「そうだ。戦いたまえ……お前は私の言うことだけを聞いて戦っていればいい
のだよ……そして……」
 矢間は修羅子にむけても叫ぶ
「貴様も我が配下に加えてやろう……その少年を引き裂いて、魂の玉を我が物
にしてなぁ!……そうすれば、否応にも知ることになるだろう……貴様の…
…騎神の立場と言うものを……!!」
 その言葉と同時にセラフィアが再び飛び掛ってきた。そして今度は腰溜め
に構えた剣を数回にわたって突き出してくる。その攻撃は容赦なく修羅子の
胴中央を狙っていた。
「くっ!!」
 修羅子は六本の剣を代わる代わる繰り出してその稲妻のような突きを払う。
「どうしたのアスーラ?……あなたの力はそんなもの?……」
 防御ばかりに専念する修羅子をセラフィアが挑発する。その言葉に修羅子
は黙ったまま防御を続ける。
「(……正直言って、今の私の力ならセラフィアの剣をかわして反撃に転じる
のは簡単だと思う……でも……)」
「修羅子!……まずはセラフィアを無力化するんだ……そしてとにかくあの
矢間とか言うおっさんを引き摺り下ろすんだ!!」
「……はいっ!!」
 作郎の言葉に迷いの晴れた修羅子は突き出された剣を右中央の剣で払うと、
そこにできた隙に乗じてセラフィアに右肩からの体当たりを敢行した。
「何!?」
 修羅子の突然の反撃に反応しきれなかったセラフィアは思わず吹き飛び、
後ろのビルに激突、半分ほど破壊してその場に凭れ掛かった。
「ど、どど、どうしたセラフィア!?……早く立ち上がっては、反撃しろ!!」
 たった一回の体当たりで吹き飛ばされたセラフィアに動揺した矢間が思わ
ず取り乱す。
「(まずい!……こうなったら、[あの手]しかない!!)」
 セラフィアが立ち上がろうとする最中、矢間は無線機を取り出してなにや
ら部下に指示を出す。そしてセラフィアが立ち上がったと同時に修羅子と作
郎に向けて急に余裕を取り戻したかのように堂々とした態度で叫んだ。
「……お見事だよ……さすがは最強を誇る騎神、戦皇アスーラだ!……だが、
いくら六本の腕を振るっても、同時に[二箇所]の敵を相手にはできまい?…
…」
「なんだと?……まさか!?」
「作郎さん!」
 修羅子の声に振り返った作郎は驚愕を隠せなかった。先ほど振り切ったグ
ーラとバイオウが追いついてきていたのだ。しかも目指しているのは自分た
ちではなく、再び避難行動を始めたばかりの出雲坂高校だった……。
「学校にロボットが……まずい!!」
「(驚くのは早いよ……本当は[三箇所]なのだよ……)」
 矢間が心の中で呟き、うっすらと不気味な笑みを浮かべる。
「……なるほど……神殿に別働隊を送ったのね……貴方らしい……」
 セラフィアが矢間の意図に気付き、小声で話しかける。
「当然だ。念には念を入れてあるのだよ。それをもしあの二人が知ったら……」
 矢間は慌てふためく修羅子と作郎を見て高笑いを上げた……。
5
 矢間の命令を受けた別働隊はすでに神都神社に侵入していた。黒いサバイ
バルスーツに身を固め、マシンピストルやコンバットナイフなど思い思いの
装備で身を固めた10人の集団が茂みの中から境内を覗き込んだ。
「待て!……誰かいる……」
 その境内の鳥居の側に一人の巫女服の女性が立っていた。彼女は黒集団に
気付いた様子はなく、ただひたすら修羅子の戦いを見守っているようだった。
この女性は摩耶なのだろうか……。
「どうする?」
「……人を呼ばれると厄介だ……われわれは迅速にあの遺跡を乗っ取る必要
がある。セラフィアの戦いが不利になる前に天明モリヒメを起動させてアス
ーラを従わせるんだ!!」
 リーダーと思しき男の言葉が終わると同時に集団が巫女に向けて静かに、
それでいて素早く近づいた。
「悪く思うな……」
 リーダーはそう呟いて一気に間合いを詰めた。そして手にしたワイヤーを
後姿を無防備に晒す巫女の首にかけようとした。
 そのとき、後ろから不意に部下の悲鳴が聞こえてきた。振り返ると、そこ
にはいつの間にか奇面と狩衣に身を包んだ集団が次々と自分の部下に襲い掛
かっている光景が飛び込んできた。
「そんな……いつの間に!?」
 はっとなってリーダーが巫女の方を見ると、彼女は最初から自分たちに気
付いていた、と言った感じの余裕を感じさせるように悠然とした態度で立っ
ていた。そしてその顔には奇面たちとは雰囲気が異なる、無表情の仮面が被
せられていた……。
「きさまっ!!」
 リーダーが巫女に向かって再び飛び掛ろうとするが、そこに新たな奇面が
現れ、それをあっさりと阻止する。
「……読んで……いたのか……われわれがここに来ることを……」
 巫女は黙ったまま奇面と黒の集団との戦いをじっと見つめていた……。

 一方、修羅子、作郎と別れた矢島、遥、亜子はセラフィアと偶神たちがそ
れぞれ修羅子も作郎と学校それぞれ別々に攻撃を始めようとしている光景を
見て憤慨していた。
「ひどい!……修羅子さんが一人なのをいいことに……!!」
「でも……私たちじゃ武神君と修羅子を助けることができない……」
 そんな遥と亜古の呟きの横では、矢島がなにやらジープの荷台に積み込ん
であったものを取り出し、点検していた。
「ヨシッ!……何とか使えそうだ……」
 それは、何か筒のようなものだった。
「そんなものどうするの?……ハカセ……」
「あぁ、これで連中の注意をひきつけて修羅子ちゃんと作郎君が戦いやすいよ
うにできないかってね……」
 亜子の質問に矢島は軽く笑みを浮かべて答える。
「……注意を引くって……まさかハカセ、学校に行く気なの!?」
「……このまま見ているだけって言うのはやっぱり性に合わなくてね……狂
科学者としては……」
 心配そうな表情の遥と亜子に矢島は親指を立てて答える。
「心配ない。簡単にはやられないさ……」
 だが、さすがの矢島も次の二人の言葉には動揺した。
「私も……行く!!」
「うん!……兄ちゃんと修羅子さんだけを戦わせるわけにはいかないもの…
…見てるだけなんて嫌!!」
「ちょっとまってくれ!……君たちはここに居てくれないか!?……いくら
なんでも危険すぎる!!」
「もう決めたんです!……さぁ、行きましょうハカセ!……武神君と修羅子を
助けなきゃ!!」
 亜子はそう言ってジープの後部座席に乗り込み、遥もそれに続く。それを
見た矢島は諦めた表情で呟く。
「……わかった……ただ、僕自身、自分の身を守れるかどうかわからない。だ
から、君たちを守ってやれる自信はないぞ……」
「大丈夫、気にしないで……ハカセ……自分たちで決めたことだし……」
 遥が矢島を安心させるように微笑む。横では亜子も笑みを見せていた。
「わかった……一緒に……きてくれるか!?」
 矢島の真剣な言葉に二人の少女はゆっくりと頷いた……。
「よし!……行こう……二人を……修羅子ちゃんと作郎君を支援するん
だ!!」
「はいっ!!」
 決意を込めた矢島の掛け声に遥と亜子は同時に決意の返事を返した。それ
と同時に矢島は運転席に乗り込み、急発進で学校へと向かって走り出した…
…。

 神都神社の戦いは奇面たちの勝利に終わろうとしていた。黒集団はリーダ
ーを中心に必死に戦ったが、地形を利用した攻撃と倍以上の数で押される形
となり、あっという間に追い詰められていった。
 やがて残った数名も完全に取り囲まれ、その命は空前の灯火となった……。
 その様子を見続けていた仮面巫女はここでようやく口を開いた……。
「……必要以上にこの地を血で汚してはいけません……」
 その言葉を奇面たちは、油断なく敵に目を向けながらも神妙に耳を傾ける。
「……ここは……[あの人たちの家]なのですから……」
 巫女の言葉が終わると同時に、奇面たちはやはりこちらもワイヤーを取り
出した……。
 その後始まった殺戮を仮面巫女は、終始無言のまま見つめていた。そのと
き、最後まで抵抗を続けていたリーダーはあるものを見た。
「……あの仮面の巫女……[泣いて]やがる……」
 そう、確かにリーダーには仮面の目の奥が[光って]見えたのだ。それが本当
に[涙]だったのかどうかは首に巻かれたワイヤーによって自分の命の炎が消
えてなくなるまで結論が出ることはなかった……。
 
 やがて殺戮は終わった。黒集団の死体は速やかに片付けられたのか、どこ
にも見当たらなかった。
 だが、奇面たちはなぜか警戒を解こうとはしなかった。
「……如何しました?……」
 周囲の様子にただならぬ気配を感じた巫女が奇面の一人に問いかける。
「……まだ、何か居ます……どこかに潜んでいるものと……」
「潜んでなどいない……俺はさっきからここにいる……」
 不意に響いた声に奇面たちはざわめきを隠すことができなかった。巫女が
その方向を見ると、一人の黒いコートに身を包んだ青年が立っていた。それ
は、矢間にセラフィアを渡した、あの男だった……。
 青年はゆっくりと、確実に巫女のほうに歩み寄ってきた。それを見た奇面
たちは再びそれぞれの武器を構えて青年の周囲を取り囲む。だが、先ほどと
違って何故か落ち着きが無いようにも見えた。それはまるで、[怯えている]
ようだった……。
 奇面たちとは対照的に青年は取り囲まれながらも毅然とした態度を崩そう
とはしなかった。そして奇面たちに一瞥をくれると、突然、
「下がれ家人!!……貴様たちに用などない!!」
 と、強い口調で叫ぶ。その声に奇面たちはこれまた何故か畏まり、恭しく
頭を垂れてその場から後退した。だが、それでも油断なく警戒はしているよ
うだ……。
 そんな奇面に構わず、青年は巫女に少しだけ近づき、そしてこちらも恭し
く膝を折って頭を垂れる。
「……お久しゅうございます、お姫(ひい)様……いや、今は御館様とお呼び
するべきか……」
 御館様と呼ばれた巫女はその仮面の下の表情を曇らせた……様な気がした
……。
「……やはり貴方でしたか……聖耶……」
 仮面巫女の呼び掛けに聖耶と呼ばれた青年は無言のままさらに頭を下げる。
「……貴方はやはりまだ、私たちを恨んでいるのですね……聖耶……」
 聖耶はゆっくりと顔を上げる。態度こそ恭順しているように見えた彼だが、
その目の中にはあきらかに[憎しみ]の光が宿っているようだった。
「……私はまだ、[あのときの]ことを忘れてはおりませぬ……」
「ならば、私の命を取るだけですむでしょうに……何故にこれほどの所業を…
…何故に矢間のようなものにセラフィアを与えたのですか……」
「……御館様お一人を殺して気の済むことではありません……私の恨みはそ
れほどのものとお思いください……そして矢間の様な男を作り出したのも、
あなた方であるということをお忘れなく……」
「……聖耶!……」
 巫女の呼びかけに聖耶は答えることなく、再び立ち上がるとロングコート
を翻して歩き出す。その後姿を巫女は追いかけようとするが、突然、一陣の
風が吹き、それが止んだかと思うと、聖耶の姿は完全に消えていた。まるで
最初からそこにいなかったように……。
「あぁ、そういえば貴方たちは再び[戦皇]を創り出したみたいですが、今度
の[魂]は誰の物を使いましたか?……[姉上]……」
 聖耶の声嘲笑うが周囲に響き渡った。巫女はその顔の面を取り、声の方向
をじっと見つめ続けていた。その素顔は長い黒髪に隠れて見えなかった……。
6
「……さぁ、どうする?……どちらを相手にするかね……」
 学校を守るかセラフィアと戦うか……矢間の言葉に苛立ちながらも二人は
どうするべきかを悩み、そして結論を出した。
「修羅子!……まずはロボットだ……学校を……みんなを守るんだ!!」
「……はいっ!!」
 修羅子はセラフィアの不意打ちに用心しつつ空中に跳躍し、今まさに学校
に到達しようとしているグーラ、バイオウの前に着地した。
「いまだ!……戦皇を足止めしろ!!」
 修羅子との接敵を確認した矢間の指示を受け、偶神たちは四方に別れて修
羅子を包囲する。
「……さぁ、とっとと片付けよう!」
 作郎が周りを見渡し、余裕の表情を浮かべる。先の戦いを見る限り、今の
修羅子にとってバイオウとグーラは何体いても脅威には感じられない。ここ
は手早く片付けてしまうつもりで考えていた。だが……
「……そう簡単に行くかな……?」
 矢間の呟きと同時に偶神たちが動きを見せる。しかし、それは予想とは違
い、バイオウ一体だけであった。
「まずはあいつからだ!」
「行きます!!」
 修羅子は掛け声と同時に右三降りの剣を、動きを見せたバイオウに向けて
横なぎに振るった。バイオウはそれに素早く反応、後退しながらやはりこち
らも剣を構えなおしてそれを防ごうとするが間に合わず、わずかだが切っ先
はこの埴輪の甲冑の表面を傷つけた。
「よしっ!……踏み込んで一気に畳み掛けるぞ!!」
「作郎さん!……他の敵が……」
 修羅子の困惑の声に振り向いた作郎は偶神たちの行動に驚愕した。なんと
彼らは修羅子を無視して学校に向けて再び進撃を始めたのだ。しかもグーラ
は出鱈目に怪光線を放ち、それは学校付近に命中した。
「まずい!!」
 作郎の叫びに修羅子が反応し、バイオウの腹を右足で蹴り倒しながらその
反動で再び宙に舞う。そしてそのまま学校と偶神たちの間に着地した。それ
を見たグーラは、今度は修羅子に向けて怪光線を集中的に浴びせかけた。
「……わあぁ!!」
「……だ、大丈夫か、修羅子……!!」
 守護されているとはいえ、それでも体に襲い来る熱と衝撃に苦しみながら
も作郎は修羅子を心配する。
「……何とか……でも、私がここをどいたら学校が!!」
「……完全に釘付け……それが狙いか!?」
 怪光線の攻撃よりも現在の状況に苦しむ修羅子と作郎、それを見て自分の
策が上手く行ったことを実感した矢間は満足げに笑いを上げる。
「はーっはっはっはっ……!どうだ、動けまい……」
「なるほど……最初から堂々と戦うつもりはなかったのね……」
 セラフィアが溜めていた息を吐き出すように呟く。そして肩の上の小さな
主を見るその目には、どこか侮蔑の色が見え隠れしていた……。
「当然だ……完全に覚醒した戦皇と誰が正面から戦うか……肉体的にも精神
的にも徹底的に追い詰めてから、じっくりと料理してやる!!」
 そう言ってはしゃぐ矢間はセラフィアの心境に気付くことはなかった……。
「……さて、あちらは偶神どもに任せて、私たちは殺戮の続きといこうではな
いか、セラフィア……」
 矢間の言葉にセラフィアは再び無表情に戻って「はい……」とだけ答えて学
校へと向けて歩き出した。そのゆっくりとした足取りはできる限り学校に到
達する時間を遅らせたい、との願いからではあったが、それはかえって人々
の恐怖心を煽るだけであった……。
「やめてセラフィア!……これ以上罪を重ねないで!!」
「よせっ!……そんなやつの言うことなんか聞いちゃ駄目だ!!」
 怪光線の攻撃に耐えながらも修羅子と作郎は訴えるが、セラフィアは沈黙
のままその歩みを止めようとはしなかった……できる限り二人を見ないよう
にしながら……。
 そのとき、ソウルドライバーの通信機に矢島の声が飛び込んできた。
「作郎君!……修羅子ちゃん!……今から援護する。その間に突破口を開いて
くれ!!」
「なにをするつもりなんですか!?」
「見てればわかるさ……待っててくれ!!」

「来るぞぉ!!」
 セラフィアの接近を確認した自衛隊員が叫ぶ。
「阿修羅娘一人に戦わせはしないぞ……俺たちだってまだやれるんだ!!」
 戦車を失った車長はそれでも闘志を漲らせて無反動砲をセラフィアに向け
て構えた。周りでも他の隊員たちがそれぞれにやはり無反動砲や迫撃砲の準
備をする。
「……来るなら来て見ろ……!」
 ゆっくりとせまり来る巨人天使の恐怖に耐えながら、車長はじっくりと狙
いを定めた……。
 そのとき、学校まで続く道の最後の交差点を悠然と歩いていたセラフィア
の目の前に突如光球が飛来、真横から飛び込んできたそれは顔面すれすれの
ところで破裂した。
「くっ!?」
 光球は打撃を与えるには至らなかったものの、一瞬ひるませ、注意を引く
には十分だった。そして何より……
「ひぃ!!……なんだ、今のは……!?」
 矢間を怯えさせるのに十分だった……。
 
「命中!……亜子さん、すごい……」
「ホントに……当たっちゃった……」
 ジープの荷台の上でノートパソコンのようなものを見ている遥と、セラフ
ィアに向けて筒のようなものを構えている亜子が今の結果に驚いていた。
「……VP−EXに装備したプラズマバスターの試作品だ。威力はないが誘導
性に優れているから、威嚇と陽動には丁度いいはずだ……て、来たぞ!!」
 今の攻撃に気付いたセラフィアがこちらを向いたのを見た矢島はジープを
急発進させた。それを見た巨人天使は走り出したジープに向けて走り出した。
「追いたまえ!……私を愚弄するものは何人たりとも許しはしない!!」
 セラフィアの肩の上で矢間が怒りに興奮し、我を忘れて叫んでいた。だが、
攻撃を受けたセラフィアに怒りはなく、むしろ逃げる三人に興味があった。
「(……なんなの?……あの三人……どう見たって[戦士]には見えない……
でも、私に戦いを挑んでくる……これも戦皇のためなの?……)」
 心で呟いたセラフィアは[矢間の意思とは関係なしに]三人を捕まえるべ
く追いかけた。
「来た!……遥ちゃん、ハカセ……天使がこっちに来た!!」
「亜子さん、チャージ終了、発射できるよ!!」
「どっちみち当たってもダメージにはならない……できる限り顔面を狙って
撃つんだ!……少しは目くらましにはなる!!」
 矢島の叫ぶような指示に遥はコンソールを操作し、プラズマのコースをセ
ラフィアの顔面に設定する。そして設定の完了を確認した亜子が再び発射機
を肩に担いで構えなおす。
「……今度は三連射よ……発射!!」
 亜子の叫びと同時に発射機の先端から三つの光球が立て続けに発射された。
「あたれぇ!!」
 だが、遥のその叫びもむなしくプラズマ弾はセラフィアの手の甲であっさ
りと弾かれてしまった。
「嘘……!?」
「さっきの一撃は驚いたけど、不意打ちじゃなきゃどうってことないわ……」
 亜子の呟きに答えるようにセラフィアが言い放つ。その直後、天使はその
片翼を大きく羽ばたかせる。そしてその翼の起こした突風は周りの乗り捨て
られた車両などを吹き飛ばし、残っていた窓ガラスを粉々に割りながらジー
プを襲った。
「しまった!!」
 矢島は咄嗟にハンドルを切って横道に逃げ込もうとしたが間に合わず、ジ
ープは突風に巻き込まれてそのまま横転した。三人の悲鳴は周りの音にかき
消されたのか、聞こえてはこなかった……。
 ジープが横倒しに倒れたのを確認したセラフィアはゆっくりと近づいてい
った。わざと大きく地響きを立て、おそらくは陰に潜んでいる三人を威圧す
るかのように……。
「私を愚弄した以上……覚悟はできているだろうなぁ……!?」
 顔を真っ赤にした矢間が吼える。
 その光景はもちろん、偶神と戦っている修羅子と作郎にも見えていた。
「遥さん、亜子さん、矢島さん!!」
「みんな!?……こんなときに俺たちが動けないなんて……!!」
 修羅子は状況を打開するために何度か攻撃を試みたが、そのたびに偶神は
修羅子ではなく学校に威嚇攻撃を仕掛けて牽制する。この状態のままだと。
どちらかを助けるにはどちらかを見捨てるほかはないようだ……。
「どうりゃいいんだっ!?」
 苛立ち、叫ぶ作郎に追い討ちを掛けるように矢間が言い放つ。
「無駄だ。貴様たちはそこで私に逆らう愚か者の死を眺めていたまえ!!」
 セラフィアは哀しげな目を修羅子の肩の上の作郎に向けた……。
7
「すまんな……守りきれなくて……」
 ジープの陰に潜んでいる矢島が遥と亜子に向けて囁くように謝る。
「しゃーないよ……ついてくっていったのは私たちのほうだもの……」
 遥の呟きに亜子も頷く。その直後、巨大な影が三人をジープもろとも包み
込んだ。
「来たわね……!」
 亜子が恐怖を堪えて立ち上がり、プラズマバスターを頭上にそびえるセラ
フィアの巨体に向ける。その側では矢島、遥もやはりその目をセラフィアか
ら逸らさずにゆっくりと立ち上がった。
「無駄なあがきもここまでだ……」
 矢間があざ笑うように三人を見下ろす。そしてセラフィアに顔を向け、右
手の人差し指を足元の三人に向けて指差した。
「…………」
 セラフィアは無言のままゆっくりとその場にしゃがみ、剣を左手に持ち替
えて開いた右手で三人を捕まえようとする。
「(……どうして?……あの少年といい、この人たちといい、どうしてここま
で戦皇のために……)」
 困惑しながらもセラフィアはその手を止めようとはしなかった。いや、む
しろ三人をもっと近くで見たいという欲求のほうが強かった。
 迫り来る巨人の手を前にした矢島、亜子、遥は戦慄を憶えた。だが、それ
でも三人はその場から離れようとはしなかった。
「……どう逃げたって駄目なら……」
「せめてもうちょっと引っ張りまわしたかったな……」
 遥と矢島が覚悟を決めたように呟く。その隣では亜子が叫ぶ。
「私は……武神君と修羅子を信じる!……私たちが時間を稼いでいる間に活
路を見出してくれる!!」
 亜子はそれだけを叫ぶと、プラズマバスターの引き金を引いた。最後の光
球は迫る巨人の掌で破裂した……。
 そんな三人に苛立った矢間はここで叫ぶ。
「これで終わりだ……一気に握りつぶせ、セラフィア!!」
 
 そのとき、辺りに突如とてつもなく大きな銃声、というより砲声が数回に
わたって轟き渡り、同時に空中のグーラのうち一体がこれまた突如として体
の数箇所が砕け散って火を吹いた……。
「え……何……?」
「一体なにが起きたんだ……?」
 突然土偶の一つに無数の銃弾が叩き込まれたその光景に修羅子と作郎は困
惑した。それは矢島と遥、亜子、それに三人を追い詰めていたセラフィアと
矢間、そして自衛隊員や他の人々も同様だった……。
「なんだ……あれは!?」
 矢間とセラフィアは砲声のした方角を見たとき、驚愕を隠せなかった。そ
こにはなんと、見たこともない巨人が巨大な拳銃のようなものを構えて立っ
ていたのだ。銃口から立ち上る残煙が今の砲声が巨人の銃からのものである
のは明らかだった……。
 その巨人は東京湾で偶神と戦った[蒼い騎士]だった。騎士は構えていた
銃を上に向け、開いていた左手で顔のバイザーを上に跳ね上げた。その素顔
は遥、亜子、そして作郎と修羅子をますます驚かせた……。
「お・ま・た・せ!」
 その重厚な甲冑姿とはうらはらにおどけて見せたのは鬼崎飛鳥だった。し
かもそのバイザーから覗き見える顔は、当然その巨体に見合った大きさだっ
た……。
「……[GT−EX]……とうとう起動させたのか……」
 矢島が複雑な表情を浮かべて呟いた……。

「……[ギアテクターEX]……神都文明の遺跡から発掘された遺物、文献か
ら得られたデータを基に私たちが開発した[現代の騎神]……」
 神都町郊外で地上班を指揮していた江藤がGT−EXの到着を確認しつつ
呟いた。
「……苦労しましたよ……[天都家]に見つからないように研究、開発を続け
るのは……」
「室長!……操縦地点の大まかな割り出しに成功しました。あとはその地点を
重点的に調べれば……」
 部下の報告に頷いた江藤はすぐに指示をだす。 
「わかりました。すぐにその場所に赴き、場所を特定次第、現場と容疑者を確
保します。銃撃戦も予想されますので、各自武装の確認を怠りなく……」
 その言葉の直後、江藤ら地上班を乗せたワゴンが神都町の激戦の中へと向
けて発車した……。
 
「飛鳥さん……一体その姿は……!?」
「訳は後で!……私がその有象無象を引き受けるから、作郎君と修羅子ちゃん
はセラフィアを!!」
 飛鳥はそう言ってバイザーを閉じ、いつの間にか取り出したユニットを銃
の先端に装着、再び動き始めようとしているグーラに向けて両手で構えなお
した。
「カノンユニット!!」
 その叫びと同時に、新たに取り付けられた巨大な砲口が轟音とともに火を
吹いた。発射の衝撃で銃身がやや上に跳ね上がるものの、それでも砲弾は狙
い違わずグーラの胴体に直撃、大爆発を起こした。
 爆発の直後、その大量の煙の中からグーラは姿を現した。だが、もはやそ
れは浮いているスクラップといったほうが早く、そしてすぐにその土偶型偶
神は全身から火花を散らし、終いには内部から爆発、粉々に吹き飛んだ。
「今よ!……早く!!」
 バレル下のグリップをスライドさせ、次弾装填を済ませながら叫ぶ飛鳥の
声と同時に、修羅子は空中に跳躍した。それを見たバイオウ二体と残り一体
のグーラが反応するが、その前にGT−EXが再びカノンを発射、さらに命
中を確認するまもなく立て続けにもう一発、発射した。その二発の砲弾はそ
れぞれバイオウ二体の胴体で爆発、破壊には至らなかったものの、十分なダ
メージを与えたようだ……。
「そんな……なぜ実弾兵器が偶神に通用するのだ?……奴は力場を無視でき
るというのか!?」
「……実弾に見えるけど、あれは私たち騎神と同じシステムで作り出された
[力場]による擬似実体……すなわちあれもエネルギーの塊ってとこね……」
 矢間の驚愕の言葉にセラフィアが冷静に分析した結果を伝える。だが、そ
れた二人にとって致命的な[隙]となった。
 矢島はこの隙を逃さなかった。
「いまだ!……亜子ちゃん、プラズマバスターの赤いボタンを押すんだ!!」
「は、はいっ!」
 いきなりの指示に戸惑いながらも、亜子はプラズマバスターの引き金の側
の赤いボタンを押す。すると発射機の先端が二つに割れ、その中から一発の
ロケット弾が発射された。それはシュルシュルと頼りない音を立てて飛んで
いき、その音に気付いたセラフィアの顔面側で爆発、大量の煙を撒き散らし
た。
「くっ……!?」
 その煙は一瞬ではあるが、セラフィアの視界を遮った。そしてそれは一瞬
で十分だった……。
「たあぁぁぁ!!」
「何!?」
 その叫び声と同時に修羅子はセラフィアに体当たりを仕掛け、それをまと
もに受けたセラフィアはものの見事に吹き飛ばされた。
「わぁっ!!」
 セラフィアはビルに叩きつけられ、そのまま昏倒、ビルを倒壊させながら
そのまま地に伏した。肩の上にいた矢間は力場によって保護されていたおか
げで無事ではあったが、今の出来事に錯乱し、我を忘れて叫んだ。
「ひいぃぃぃ!……起きろセラフィア……起きて私を守れ!!……起きてく
れぇ!!……ひいぃぃぃぃぃぃぃ……!!!!!」
 もし、今セラフィアに止めを刺そうと思えば簡単であろうが、それでも修
羅子は剣を投げ捨てて足元の矢島、遥、亜子をやさしく掴み上げていた。
「……矢島さん……亜子さん……遥さんまで……」
「何で、こんな無茶なことを……」
 心底から心配そうな顔で手の中の三人を見つめる修羅子と作郎に、遥がほ
っとした感じで呟く。
「よかった……修羅子さんはやっぱり修羅子さんだ……」
「うん……私たちを心配してくれた……」
「何言ってるんです!!……死んじゃうかもしれないんですよ!!」
 亜子の言葉に修羅子は涙目になって叫ぶ。思わず三人、そして作郎は耳を
ふさぐ。
「……と、ともかく話は後だ!……セラフィアが復帰するぞ……!!」
 耳を押さえながら矢島が叫ぶ。その言葉に修羅子がセラフィアが倒れた方
向を見ると、すでに彼女は半身を起こしていた……。
「……決着をつけよう……修羅子……」
 作郎の呟くような言葉に修羅子はゆっくりと頷いた。
「……終わらせましょう……私たちの……ここにいるみんなの……町の人た
ちの……何よりセラフィア自身の為にも!!」
 修羅子は三人を安全な場所に降ろし、再び六本の剣を構えて立ち上がった。
8
 半身を起こしたセラフィアは修羅子が自分のほうに向いたのを見ると、ビ
ルの破片を払いながら自分も悠然と立ち上がった。
「……とうとう決着をつけるときが来たようね……」
 その呟きの直後、セラフィアの体が一瞬光を帯びた。その光は凝縮し、白
銀の胸当て、兜、大きな盾へと姿を変え、彼女を完全武装させた。
「……そろそろ本気で行くわよ!」
「セラフィア!…… こうなれば遠慮はいらん……戦皇を完膚なきまでに叩
き潰せ!!」
 矢間はいつの間にか近くのビルに移っていた。どうやら本格的な戦闘に巻
き込まれることを恐れて逃げたようだ。
「(……ま、所詮こんなものね……)」
 見物を決め込もうとしている矢間を横目に、それでもそんな彼に従おうと
する自分に呆れ返るようにセラフィアは小さく溜息をつき、そして改めて剣
と盾を構えなおした。
 矢間の態度に呆れたのは修羅子も同様だった。
「(……やっぱりあの人はセラフィアと完全に同調していない……でも、作郎
さんは……)」
 だが、ここで作郎は思わぬことをいった。
「俺も……降りる!」
「え……!?」
 作郎の言葉に一瞬驚く修羅子だったが、本当に驚いたのは次の言葉だった。
「……矢間のいるビルの屋上に降ろしてくれ!……玉を分捕れば、セラフィア
もあんな奴に従わなくて済むはずだ!!」
「そんな!?……一人じゃ危険です!!」
「……でも、そうすればセラフィアも……君も無駄な戦いをしなくて済む…
…」
「作郎さん……」
「……[力]と戦うことが[力を持つものの義務]なら、その[力]を正しい
方向に向けてやるのが、[力を操るものの義務]だと思う……だから、それが
できない矢間には、魂の玉を持つ資格はないんだ!」
 作郎はソウルドライバーのホルダーを開き、修羅子の玉を見つめる。その
中央の勾玉はわずかに紅い光を帯びていた……。
「……大丈夫。俺を信じてくれ!!」
 そう言って作郎は再びホルダーを閉じ、修羅子に決意を込めた眼差しを向
けた。
「……わかった……貴方を信じます……作郎さん……」
「おっと、そうだ……」
 作郎はここで提げていた小さめのカバンから何かを取り出した。
「修羅子……ほら!」
「え……何?……!?」
 声に反応した修羅子が作郎のほうを向くと、突然口の中に何かが放り込ま
れた。
「……これ……?」
「……麻耶さんが持たせてくれたおにぎりだ。一個や二個じゃ足りないだろう
けど……」
 そう言って作郎も無理やりな笑顔でおにぎりを頬張る。
「……気持ちだけで、十分おなかいっぱいです……!」
 修羅子は涙交じりの笑顔で答えた。
「さぁ、行くぞ!!」
「はいっ!!」
 修羅子は再び戦いの表情でセラフィアを見据えた……。

「……どうやら何とかなったようね……」
 修羅子が三人を助け出したのを見た飛鳥は、改めて偶神三体に目をやった。
「さて、こっちは[変身]のタイムリミットも近いことだし、手早く行かせて
貰うわよ!!」
 飛鳥はそう言って弾切れのカノンユニットを切り離し、再びガンユニット
を構えて空中のグーラに向けて撃てるだけの弾丸を叩き込んだ。それは張り
巡らされた力場を無視して土偶の胴体に無数の弾痕やひび割れを作った。
「まだまだ!!」
 飛鳥はここでGT−EXの武器を切り替える。ガンユニットを左手に、そ
して右腕を背中に回して固定型の大型ブレードを転送、装備したGT−EX
は背部のVP−EXに酷似したブースターを作動させ、もはやスクラップ同
然のグーラめがけて踊りかかった。
「ていやーっ!!」
 その叫びと同時に飛鳥は高周波による振動を立てる大型ブレードを、宙に
浮くグーラに叩きつける。ブレードは弾丸同様に力場を無視して土偶の罅割
れた装甲をさらに砕き、そしてその刃は内部機構をも切り裂く。その一撃を
受けたグーラは全身からスパークを放ち、直後に爆発四散した。
「……前に言ったはずよ!……いつまでも人間があんたたちみたいな存在に
無力だとは思うなって……!!」
 着地した飛鳥は自分を挟むように立つバイオウ二体に向けて言い放つ。
「……さぁ、蜂の巣にされたい!?……それとも、微塵切りのほうがいいかし
ら!?」
 操縦者の怯えが反映されたのか、バイオウは二、三歩後退した……。
 
「来なさい!!」
 腰だめに六本の剣を構えた修羅子に対し、セラフィアは体を捻り、盾を前
面に突き出して防御の姿勢を取った。まずは攻撃を受けてから反撃に転じよ
うというのか……。
 それを見た修羅子はあえてその盾に右三振りの剣を突き立てる。
「……くっ!!」
 その剣戟のすさまじい衝撃に耐えながらもセラファはそれを受け止める。
「(やはり陸での戦いは不利……)」
 そう感じたセラフィアは背中の翼を広げて空中に飛翔した。
「修羅子!!」
「はいっ!!」
 作郎の意図を悟った修羅子は左中央の腕を矢間のいるビルに伸ばした。
「ひぃぃぃ!!」
 突然自分の側に掛けられた巨大な肘に矢間は悲鳴を上げながら逃げ出す。
それを見た作郎は掛けられた肘を伝って逃げた矢間を追う。
「作郎さん、気をつけて!!」
「任せろっ!!」
 ビルの屋上に降りた作郎は修羅子に向けて笑顔とサムスアップで答えた。
それを見届けた修羅子は空中で待ち構えてるセラフィアに再び目を向ける。
「……空中戦に持ち込む気ね……」
 そう呟いた修羅子は自分も空中に跳躍する。だが、それは今までのそれと
は違っていた。
「……空中戦はあなたの専売特許じゃない!!」
 その叫びと同時に修羅子の周りに風が集まった。そして風は修羅子の背中
で凝縮、大きな白い[羽衣]へと姿を変えた。羽衣は輪を描くようにたなび
き、修羅子は地上に降りることなく、そのまま浮遊していた……。
「……飛び方を思い出したようね、アスーラ……だけど、やっぱり空中戦は私
のほうが有利!!」
 そう叫んだセラフィアは翼を大きく広げた。そして翼と平行に剣を横に広
げるように構え、さらに盾を前面に突き出してそのまま修羅子に向けて突っ
込んできた。
「やあぁぁぁ!!」
 セラフィアは修羅子とすれ違いざまに剣を横に振るって切り裂こうとする。
それを修羅子は自分の剣を前面で交差させて攻撃を防ぐ。空中でものすごい
金属音と火花が散る。
「……やっぱり早い……でも……」
 そう呟きながらも修羅子の目は確実にセラフィアの動きを捉えていた。
「……決して追いつけないわけじゃない!!」
 修羅子は旋回して再び自分に向かってくるセラフィアに、今度は自分から
挑みかかった。
「たあぁぁぁっ!!」
 修羅子の気合を込めた叫びと同時に繰り出された剣がセラフィアの盾に叩
きつけられる。その切っ先は盾を貫くことはできなかったが、衝撃は彼女を
突き飛ばすのに十分で、バランスを失ったセラフィアはそのまま地上に落下
していく。
「なんという力……でも、負けられない!!」
 セラフィアは地上に激突する瞬間に姿勢を変え、手近のビルを蹴り上げて
再び空中に舞い戻る。その後ビルは倒壊し、それを見た修羅子は焦りを感じ
た。
「(このまま戦ったら、地上にいるみんなにも被害が広がる……もっと高度を
上げるか、あるいは一撃で決めるか……)」
 そう考えているうちにもセラフィアは修羅子に迫り、今のお返しとばかり
に剣を叩きつけてきた。修羅子はそれを中央二振りの剣で受け止める。
「……戦闘中に考え事をするのは命取りになるわよ……アスーラ!」
 両者は剣を交わらせたまま空中でもつれ合う。
「私たちは戦いために創られた人形!……余計な感情は無用!!」
 その言葉に修羅子はきっぱりとこう言い返す。 
「……あなたは気付いているはずよ……自分自身の今の感情に……!!」
「……!?」
 セラフィアは修羅子のその一言に困惑を隠せなかった……

「修羅子さん……飛鳥さん……兄ちゃん……」
 修羅子、作郎、そして飛鳥のそれぞれの戦いを見守る遥が三人の名前を心
配そうに呟く。
「……この町……この戦い……あの二人はどうなっちゃうの!?」
「わからん……だけど、僕たちにもまだ、やれるべきことはあるはずだ……」
 亜子の問いかけに矢島は、空中で剣をぶつけ合う修羅子とセラフィア、偶
神相手に奮戦するGT−EXこと飛鳥、そしてビルの屋上で矢間と対峙する
作郎を想いながら次にどうするべきか思案に暮れた……。

「矢間……」
 セラフィアに戦いを挑む修羅子を見届けた作郎は改めて矢間のほうに向き
直る。
「…………終わらせる。こいつをぶっ飛ばして、この戦いにケリをつけてや
る!!」

 それぞれの最後の戦いが始まる……             (つづく)