作 wbgたせ  協力 たせ01
[戦皇騎神 修羅子]
第四話「翼翔の哀歌」
1
 神都町、ひいては世界を震撼させる戦いは最終局面を迎えようとしていた。

 修羅子と別れた矢島、遥、亜子は途中、江藤等に拾われ、無事にその場を
離れることができた。
「……まったく……矢島博士、今は民間の人なんですから、無茶をされては困
りますよ……」
 江藤の小言に耳を貸す様子もなく、矢島は車内の機器を操作し、偶神の操
縦者の位置を大まかに特定していた。
「これでよし……もう逃がさないぞ……」
「ですが、困ったことが……」
「人手が足りないんでしょう?……見ればわかりますよ。大丈夫、当てはあり
ます!」
 矢島はそう言うと、今度は運転手に学校のほうに向かうように指示を出し
た……。

「……もう、俺たちの出番はないのかな……」
 再び住民避難の準備が進められていた出雲坂高校では、車長が修羅子とG
T−EXの戦いを虚しく見つめていた。
「もう……こんなもので援護しても足手まといだからなぁ……」
 手にした無反動をしげしげと眺める車長に、矢島が話しかけてきた。
「いや、まだできる事はある。手伝ってもらえないか?」
「我々だけでは、人手不足なのです……」
 そばにいた江藤も車長に頼み込んできた。隣では、遥と亜子もすがるよう
に車長を見ている。
「……奴らに一泡吹かせられるようなことか?」
「……もちろん!」
 その力強い矢島の返事に車長の眼に活気が戻り、手近の部下に指示を出し、
さっそく出動準備に入った……。

「……矢間!!」
 屋上に降りた作郎は先ほど修羅子の肘に驚いて逃げ出した矢間を追う。
「作郎とか言う小僧か!?」
 修羅子が離れたことで強気を取り戻した矢間が逃げるのを止めて作郎に向
き直る。
「……小僧一人で何ができる!……騎主になったからといって、正義のヒーロ
ーになったわけではないのだぞ!!」
 あざ笑うように言い放つ矢間に作郎も余裕の表情で答える。
「悪いけど、体力ならあんたみたいなおっさんに負ける気はしないぜ!!」
 もちろんはったりである。いかに普段からある程度鍛えているとはいえ、
作郎はただの高校生である。もちろん、何か武術の類を習っているわけでは
なかった……。
「(いきおい飛び出してみたものの、どうやって玉を取り上げるか……)」
 作郎はソウルドライバーの一部である、腰のベルトのホルダーに手をかけ
た。そこには、矢島が持たせてくれた武器があるのだ。
「(今はこれが頼りか……)」
 だが、ここで作郎は肝心なことに気付いていなかった。
「……その勇気は称えよう。だが、君は肝心なことを忘れている……」
 その言葉と同時に、作郎の背後のビル屋上入り口から十人ほどの黒いサバ
イバルスーツの集団が雪崩れ込んできた。偶神を操縦していた部下たちを矢
間が自分の護衛のために呼び寄せていたのだ。
「……この私が何の準備もしないでいると思っていたのかね……」
「…………くっ!?」
 突然武装集団に取り囲まれた作郎はどうすればよいのか、まったくわから
なかった……。
「……悪いな、小僧……これも[仕事]なんだ……」
 心底申し訳なさそうな表情でリーダーが呟く。
「やれっ!……だが、すぐに殺すな……たっぷりと痛めつけて、自分が如何に
身の程知らずなのか思い知らせてやりたまえ!!」
 その言葉と同時に、十人のうち八人の男がそれぞれに武器を構えた。中に
は素手のものもいる。残りの二人は作郎を無視して屋上の金網の側でGT−
EXとバイオウ二体の戦闘に見入っていた。どうやら偶神の操縦者のようだ。
「さすがに子供相手に銃を使うのは気が引けるのでね……」
「そりゃ……どうも……」
 表面上ではおどけて見せる作郎だが、内心では何とかこの状況を打破する
手立てを考えていた……。
 だが、あまり考えている暇はなかった。
「さぁ、ショーの始まりだ!!」
 その矢間の叫びと同時に、八人がゆっくりと作郎に近付き始めた……。

 一方、飛鳥はGT−EXの力を駆使してバイオウ二体相手に奮戦していた。
「……[現代モノ]を甘く見るな!!」 
 飛鳥はブレードユニットを右から迫るバイオウに叩きつける。その鋭い剣
戟をバイオウはかろうじて自分の剣で受けるものの、高速振動するそれは埴
輪の巨体を必要以上に弾き飛ばす。
 だが、その隙にもう一体のバイオウが飛鳥の背後に迫りつつあった。
「なんの!!」
 バイオウの動きに気付いていた飛鳥は左手に装備したガンユニットをバイ
オウに向けて発射、数発の弾丸を諸に受けた二体目の埴輪は胴体の鎧を砕か
れながら後退する。
「(早いとこ、決着をつけないと……こちとらタイムリミットが迫っているん
だもの……)」
 飛鳥は焦る気持ちを抑えながら、なるだけ戦闘に集中しようとする。
「まずは一体に集中!!」
 自分に言い聞かせるように叫んだ飛鳥は、最初にブレードを叩き込んだバ
イオウを集中的に攻撃した。
「てりゃあぁぁぁ……!!」
 絶叫とともに繰り出される高周波ブレードはバイオウの鎧をことごとく砕
く。その怒涛の攻撃に為す術のないバイオウは後退して体勢を立て直そうと
するが、それすらも飛鳥は許さなかった。
「逃がすか!!」
 飛鳥は自分を向いたままの姿勢で後退するバイオウの胴体に今度は銃弾を
三発ほど叩き込む。それは確実に鎧の破壊された部分にクリーンヒット、手
負いの埴輪をさらに追い込む。全身から火花を散らすバイオウにもはや反撃
するだけの耐久力は残されてはいなかった……。
「とどめっ!!」
 ボロボロのバイオウに向けて飛鳥はダッシュ、その運動エネルギーを乗せ
たブレードを胴中央に深々と突き刺した。その直後、バイオウは一瞬両腕を
痙攣させ、そして動かなくなった。
「残るは一体……!」
 飛鳥は動かぬ木偶人形と化したバイオウからブレードを引き抜き、最後の
バイオウに向き直る。そのGT−EXの背後では、木偶人形が力なく崩れ落
ちていく。
「……さぁ、さっさと終わらせるわよ!!」
 だが、飛鳥の奮闘もここまでだった……。
[……システム限界時間……戦闘モードから通常モードに移行します……]
「しまった!……リミッターが……!!」
 その飛鳥の叫びと同時にGT−EXの全身から蒸気が勢いよく噴出した。
「……相手が下っ端ロボットでも、通常モードのGT−EXじゃ……ましてこ
の状態からVP−EXに戻ったら……」
 さっきまでとは打って変わってがっくりと肩を落とした飛鳥の姿に、バイ
オウはまるで勝ち誇ったかのように悠然と迫った……。

「まずい!!」
 活動限界時間を過ぎたGT−EXにバイオウが近付きつつあるのを見た矢
島はすぐさまジープに乗り込む。
「行きましょう!……大体の場所はわかっています!!」
「ですね……このままだと飛鳥さんもやられてしまいますからね……」
 そう言って江藤もオートマチック拳銃を取り出し、マガジンを取り出して
中の弾丸をチェックする。周りでは地上班メンバーと自主参加してくれた自
衛隊員がやはりそれぞれに武器を点検している。
 そんな中、遥と亜子が矢島のジープの後部座席に乗り込んできた。
「まさかいまさら私たちを置いていくわけないよね!……ハカセ……?」
「兄ちゃんや修羅子さん……飛鳥さんまで戦っているのに、私たちだけ何もし
ないのはイヤ!!」
「そんなこといっても……」
 矢島はこれ以上言うのをやめた。
「わかった。でも、さっきも言ったけど、君たちを守っている余裕はない
ぞ!!」
「わかってるって!!」
 そのとき、準備を終えた車長が叫んだ。
「よしっ……行こう!!」
 それを合図に車長含む何人かの自衛隊員、そしてハイパーディフェンス地
上部隊が矢島の先導のもと、学校を後にした……。
「待ってろよ……作郎君、飛鳥さん、修羅子ちゃん!!」
 矢島ははやる気持ちを抑えながら、瓦礫を避けつつ目的地に向けてジープ
を走らせた……。
2
 空中で剣を交わらせたままのセラフィアは修羅子の一言に戸惑っていた。
「……あなたは自分の今の感情に気付いているはず……!」
「感情……ですって!?」
 セラフィアはその言葉を否定するように交わった剣を突き放す。
「そんなもの騎神には……要らない!!」
「セラフィア……」
「騎神は騎主に従い……戦う存在。感情も要らなければ……」
 ここでセラフィアはさっきの修羅子と作郎の会話を思い出す。握り飯を口
に含む修羅子の笑顔を振り払いながら、彼女は言葉を続ける。
「……人間のような食事も要らない!……眠ることもしない……騎神と騎主
はあくまで主従関係……必要以上のふれあいは無用!!」
 セラフィアはそう叫びながら剣を修羅子に向けて振り回す。だが、その瞳
は自分の言葉そのものを否定するかのように閉じられていた……。
 修羅子は巧みにそのめちゃくちゃな剣の攻撃を受け流しながらも、セラフ
ィアの心境に気付いていた。
「たあぁぁぁ!!」
 修羅子は気合とともに中央両手の剣を縦に振るい、セラフィアの剣に叩き
つけた。その衝撃でセラフィアは剣を落としそうになるが、それは何とか堪
え、再び間合いを取って体勢を立て直す。
 だが、修羅子はこれ以上の追撃を繰り出さなかった。
「……どうして……?」
 修羅子は全部の剣を下に降ろし、無防備な立ち姿を晒してセラフィアに話
しかける。
「……何故、そんなに無理をするの?……」
「え……?」
 修羅子の今にも泣きそうな声の訴えにセラフィアは戸惑った。
「見てればわかるわよ!……さっきからずっとあなたを見てれば……どうし
てそんなに無理をしてまで、あんな人に従うのよ……そんなにイヤなら従わ
なきゃいいじゃない!!」
「簡単に言わないでよ!……私たち騎神はそういう風に創られているのよ…
…あなたは……アスーラは[たまたま運良くいい人に出会えた]からそんな
ことが言えるのよ!!」
 感情を爆発させて叫ぶ修羅子の言葉にセラフィアもやはり感情むき出しに
言葉を続ける。
「創られてからずっと私は騎主に仕えてきた!……あの少年のような騎主に
出会うことをずっと夢見てきた!……でも、殆どの人が私を戦うための兵器
としてしか見てくれない……私は誰かと戦う存在でしかない……こんな風
に!!」
 セラフィアは再び剣を狂ったように振り回して修羅子に挑みかかる。
「それを何よ!……まるで聞いたような風に「無理をしている」なんて……あ
なたが私の何を知っているというのよ!!」
 セラフィアの脳裏にかつての記憶が浮かぶ。
「(……翼翔セラフィア……そなたの存在目的はあらゆる[脅威]から王国を
守護する騎神である……)」
「(……いいぞセラフィア!……このまま一気に破壊しろ!!)」
「(……何を躊躇う……お前は戦うためだけに創られたのだぞ……)」
「私は……私はしたくもない破壊と殺戮を続けてきた!……でも、それが[騎
神になった]ものの運命なら、と言い聞かせて……」
 その瞳から涙を流しながらセラフィアは、自分の今まで溜めてきたものを
吐き出すかのように剣と叫びを修羅子にぶつけてくる。
「たとえそれがどんな汚いことでも……どんなにひどい人の命令でも……騎
神は玉を持つものの命に従う……従わなければいけないように創られている
のよ!!」
 そのセラフィアの叫びは、まるで自分自身に言い聞かせているようだった。
「(……そう……私はずっとそうしてきた……そしてこれからも……)」
 だが、ここでセラフィアの表情が一瞬柔らかいものになった。
「(……でも……あなたは違うわ、アスーラ、あなたはいい人に巡り合えた…
…だから、あなただけは……その代わり私は……)」
 ここでセラフィアはあえて盾を投げ捨てた。
「(私は罪を[償う]から!!)」
 その心の叫びと同時にセラフィアは攻撃を誘うかのようにわざと大きなモ
ーションで剣を振るった。無防備な体を曝け出して……。
 そのセラフィアの動きを見て彼女の心を悟った修羅子は思わず叫ぶ。
「……ふざけるなぁ……!!」 
  修羅子はやはりこちらもあえて反撃せずにセラフィアの自棄気味ともいえ
る怒涛の剣戟を受け止めながら、こちらも半分自棄になって叫び返す。
「わああぁぁぁぁぁ……!!」
 修羅子はその叫びとともに繰り出されたセラフィアの剣を右二振りと左一
振りの剣で絡め取るように押さえつける。
「何よ!……不幸に遭っているのが自分だけって顔しないでよ!!」
 その修羅子の叫びの直後、両者は空中で絡み合い、やがて失速して地上へ
と落下していった……。
「私だって……私だって……!!」

「くっ!!」
「ほら、どうした小僧!!」
 ビルの屋上では作郎が黒集団相手を突破しようと奮戦していた。が、やは
り高校生と、雇われとはいえ喧嘩のプロ八人では勝負にならず、ただ翻弄さ
れるばかりであった。
 そんな光景を矢間は嘲笑を浮かべながら眺めていた。
「はーっはっはっはっ……!……小僧、無理をするな。玉を渡したまえ。そう
すれば、この場は見逃してやってもよいのだぞ!!」
「冗談!……こっちはまだぜんぜん本気を出していないんだぜ!!」
「粋がるな小僧!!」
 集団の一人が背中から作郎を押さえつける。
「はなせっ!……このっ……!!」
 作郎はその男の腕から逃れようと必死に抵抗する。
「(修羅子だって必死に戦っているんだ……こんなところでやられるわけには
行かないんだ……)」
 だが、思いとは裏腹に作郎の周りに黒集団が集まり始めた。彼らはその手
の得物を作郎に見せ付けるように掲げた……。
「(もうだめか!?……)」 
 作郎が思わず目をつぶる。それと同時に矢間の「やれっ!!」と叫ぶ声が聞
こえた……。
 そのとき、轟音と振動が突如周囲を襲った。それは修羅子とセラフィアが
地上に墜落したことによるものだった。両者は周囲のビルを巻き込み、倒壊
させながら倒れ、暫く立ち上がることはなかった……。
「な……なんだ、一体!?」
 矢間をはじめ、黒集団が突然の出来事に慌てふためく。そして作郎を捕ら
えていた男の手も思わず緩む。
「いまだ!!」
 その瞬間を作郎は見逃さなかった。男の手が緩んだと同時に作郎はそれを
振り払い、振り向きざまにその男めがけて殴りかかった。
「甘いっ!」
 男は作郎の動きに反応し、その拳をやすやすと受け止める。が、その直後
にバン!と派手な音が鳴り響き、男は何が起こったのか理解する暇もなく気
を失った。
「ショットナックル……ハカセがソウルドライバーと一緒にくれた強力スタ
ンガンだ!!」
 作郎はいつの間にか右手に嵌めていたナックルガードを構えなおし、慌て
る集団のもう一人に叩き込む。
「ぐわっ!!」
 今度の一撃は相手を気絶されるまでには至らなかったが、それでも強烈な
電気ショックはその男を戦闘不能に陥らせるのに十分だった。
「……矢間っ!!」
「ひいぃぃぃ!!」
 作郎は混乱に乗じて慌てふためく矢間のもとに一気に駆け寄ろうとした。
が……。
「いい気になるな小僧!!」
 集団の数人が立ち直り、矢間との間に立ち塞がると、そのうちの一人が駆
け寄る作郎の足を蹴り上げる。
「くっ!!」
 作郎はそれをかわすことができずにその場に転がる。そこを男たちはすか
さず飛び掛り、数人掛かりで取り押さえる。
「……い、今のはさすがに驚いたが……どうやらこれまでのようだな……」
 矢間がようやく立ち上がり、動揺を隠すかのようにずり落ちた眼鏡に手を
当てて直す。
「……もう余興はいい。小僧からさっさと玉を取り上げて始末しろ!!」
「は、はいっ!!」
 その返事とともに一人の男が完全に地面に押し付けられている作郎の咽元
にコンバットナイフを突きつける。
「よく頑張ったが……ここまでだったな……悪く思うな……」
「(……ここまでなのか……ゴメン!……修羅子……!!)」
 作郎は心の中で諦めかけた……
3
「痛ったぁ……」
 街に墜落した修羅子は頭を抑えながらゆっくりと立ち上がる。見ると、周
りでは、ビルが四棟ほど自分たちの落ちた衝撃で倒壊、地面も深く陥没して
いた。
「町の人や自衛隊の人はいないみたい……よかった……」
 さりげなく[自衛隊]という言葉を使ったことに気付かない修羅子だった
が、とりあえず立ち上がってセラフィアを探そうとする。
 そのとき、少し離れた瓦礫の山から、セラフィアの巨体がやはりビルの破
片を払いながら立ち上がる。
「…………!?」
 やはりこちらも呆然とした表情のセラフィアは、修羅子の姿を確認したと
たんすぐに体制を整えて剣を構えなおす。だが、修羅子はあえて剣を取らず
に無防備のままセラフィアに向き直った。
「……死ぬ覚悟があるんなら……死ぬ気になれるんだったら、どうして自分の
運命に逆らおうとしないの!!」
 その修羅子の叫びにセラフィアは構えた剣を地面に落とす。それはズン、
と重い音と土煙を上げ、剣はその場で再び粒子に戻った……。
「……できるなら……そうしているわ。でも、そうしたら自分が何のために騎
神として生まれてきたのかわからなくなる……私が私で……なくなる……」
「自分に逆らうことが自分でなくなるなんて変よ!!」
 セラフィアの力のない呟きに修羅子は強く反発する。
「たとえ命令に従うとしても……それが自分の意思でなきゃただのロボット
じゃない……それが自分でなくなるなんて……やっぱり変よ……」
 修羅子はここで俯き、声を落としてそれでもはっきりと言葉を続ける。
「それに……こんな形で死んだって……罪は……罪は償えない!」
 その叫びは飛鳥の元にも届いていた。GT−EXの機能が低下したところ
を狙われ、首もとを掴まれたままの状態の彼女は修羅子の声に励まされたの
か、渾身の力を振り絞ってバイオウの手を振り解いた。
「……そうよ……人間死ぬ気でやれば何でもできるのよ!!」
 飛鳥はそう呟くと、強化服のヘルメットを脱ぎ捨てた。そのボロボロのヘ
ルメットは飛鳥の手から離れ、大きな音を立てて地面に落ちた。そしてエネ
ルギー供給が絶たれたそれはやがて粒子にかえり、そのまま消えていった。
「……たとえ通常モードでも、落ちた出力を気合でカバーすればどうにでもな
るわ!!」
 その飛鳥の叫びにバイオウが思わずたじろいだ……。
「ど、どうしましょう……矢間さん……」
 ビルの屋上では、唯一生き残った偶神を操縦している部下が慌てふためき、
矢間に指示を仰ぐ。
「どうすることもない。そのまま押し切ってしまえばよい。はったりなどに構
うな!!」
「わかりました!」
 矢間の一喝に部下はすぐに操縦に専念しなおす。
「それにしても……セラフィアは何をしているのだ!?……馬鹿話などせず
にさっさと戦えばいいものを……」
 そう言って二人の騎神がたたずむ様子を呆れ顔で眺める矢間に、押さえつ
けられたままの作郎が叫び返す。
「さっきの二人の叫びが聞こえなかったのか!?……あんたはまだセラフィ
アの本当の気持ちがわからないのか!?」
「黙れ!!」
 男が作郎をさらに強く押さえつけ、作郎が「ぐっ!」と呻き声を上げる。
「セラフィアがどう思っていようと私には関係ない。そもそもあいつは私の道
具なのだ!!」
 矢間は苦しむ作郎を見下ろし、不気味な笑みを浮かべて言い放つ。そして
再びセラフィアのほうを見ると、今度は苛立つ表情を浮かべて叫んだ。
「何をしているセラフィア!……私が小僧から玉を取り上げるまで戦皇を釘
付けにしていたまえ!!」
 その言葉と同時に矢間は手の中の玉を強く握り締めた。それと同時にセラ
フィアは一瞬顔を苦痛に歪め、そして今度は無理やり表情を消して「はい」と
だけ答えた。
「(……そう……玉が矢間の手にある限り……私は彼の人形……)」
 心の中で呟きながらセラフィアは右手を前に突き出し、再び剣を実体化し
ようとした。が……
「わぁぁぁっ!!」
 その修羅子の叫びと同時にセラフィアに向けて何かが飛んできた。セラフ
ィアは咄嗟に腕で払ったそれは、自分にとって模型のような自動車の残骸だ
った。
「一体何……!?」
 突然の出来事にキョトンとなるセラフィアだったが、それが一体なんなの
かを確認するまもなく今度は車両や瓦礫が複数飛んできた。
「え?……何、何なの一体!?」
 飛んでくる瓦礫から身を庇いながらセラフィアがその方向に目をやると、
そこに見えたものは地面にぺタンと座り込んだ修羅子の姿があった。
「わーわーわーわー……!!」
 修羅子はあたりに散らばる瓦礫や自動車の残骸などを六本の腕で片っ端か
ら拾い上げてはセラフィアに向けて投げつけていた。その顔を涙でくしゃく
しゃにして……
「……さっきから私が言っている言葉がわからないの!?……そうやってあ
なたは人形の振りをして逃げているだけじゃない!!」
 修羅子は叫びながらもなおセラフィアに向けて物を投げつける。その怒涛
の攻撃?にセラフィアも思わず尻餅をついてその場にズン、とへたり込む。
 それでもセラフィアはやられっぱなしは嫌だとばかりに、自分も周りに散
乱している瓦礫や車両の残骸を両手で拾い、修羅子に向けて投げつけた。
「何よ!……私だって好きでやっているわけじゃないのよ!!」
「じゃあ、何でやめないのよ!?……叫ぶだけの……死のうと思える意思があ
れば、どうとでもなるじゃない!!」
 セラフィアの叫びに修羅子も負けじと叫びながらやはり六つすべての手で
辺りの残骸や瓦礫を拾い上げては投げつける。
「わーわーわーわーわーわーわーわーわーわーわーわーわーわー……!!」
「このこのこのこのこのこのこのこのこの……!!」
 二人の騎神はものすごい勢いで腕を動かし、ただひたすらに物を投げ続け
る。が、それはだんだんと修羅子の一方的なものへと変わっていく。しかし
セラフィアが押されているのは、その如何ともしがたい腕の数の差だけでは
あるまい……。
 やがて周りに投げるものがなくなったのか、修羅子とセラフィアの動きが
ぱったりと止んだ。
 やがて修羅子がポツリポツリと呟き始めた……
「……私は好きでこんな体になったんじゃない……[大きな手]に捕まって…
…目が覚めたらこんなになっちゃって……」
 修羅子は自分の六つの掌を哀しげに眺める。
「ただでさえ化け物なのに……しかもこんなに……」
 ここで修羅子は投げ損ねた自動車を掴み上げた。
「こんなに大きくなっちゃって……こりゃ、作郎さんと遥さんが怖がるはずだ
わ……」
 二人との初めての出会いを思い出し、修羅子の表情は涙目のまま自嘲の笑
みを浮かべる。だが、それはすぐに怒りと悲しみに満ちた表情に変わる。
「どうして……どうして私がこんな目に合わなくちゃいけないのよ!!」
「アスーラ……」
 見兼ねたセラフィアが矢間の命令を忘れて修羅子のもとに歩み寄ろうとす
る。そんな彼女に修羅子はやはり悲しげな瞳を向ける。
「……セラフィア……私はそれでも[私として]生きていきたい……確かに私
の中にも[騎神としてのプログラム]はある……でも……」
 ここで修羅子の表情に変化があった。涙を振り切り、決意に満ちた瞳をセ
ラフィアに向けた修羅子は言葉を続けた。それは、さっきまでとは違い、ど
こか力強い[心の中からの]叫びのようだった。
「でも、私にはそんなもの関係ない!……私は私自身の意志でここにい
る!!」
「……………」
 今の言葉に放心したセラフィアに構わず修羅子はさらに言葉を続ける。
「作郎さんを受け入れたのも私の……町を守るために戦っているのも私の…
…何より今ここにこうして生きているのも私の意志だから!!」
 修羅子は表情を緩め、今度はセラフィアに優しく語り掛ける。
「……もしあなたが、本当に[自分の意思で]騎主を守り……私と戦うならそ
れでもいい……でも……」
「……でも……?」
「そうしたくもないのに……戦うのはやめて。見ていて辛いから……」
 その修羅子の言葉にセラフィアは戸惑いを隠せなかった……
「私……私はどうしたらいいの?……一体どうすればいいの?……教えて…
…教えてアスーラ!!」
「……本当に自分の感じたこと……本当に自分がそれをしたいと思ったらそ
うすればいい……でも、そうでなかったら……」
「そうで……なかったら……?」
「……抗うしか……抗えば、いい……」
「私……私……!?」
 セラフィアはどうすればよいのかわからず、その場に蹲った……。
4
 ビルの屋上では、二人の騎神の思わぬやり取りに矢間を始め、黒い集団、
そして作郎が呆然となっていた。当然、作郎を押さえつけ、今にも止めを刺
そうとしていた男も同様だった。
「まったく、セラフィアは何をしているのだ!……戦皇の馬鹿話に乗せられお
って!!」
 矢間のぼやきに部下たちが正気に帰る。そんな矢間に作郎がまた吼える。
「これが騎神……いや、彼女たちの心の叫びだ!!」
「黙れ小僧!!」
 押さえつけている部下がさらに力を入れると、作郎は「うっ!」とうめき声
を上げる。それを見て「フンッ!」鼻を鳴らした矢間は、今度は偶神の操縦者
に話しかける。
「そっちはどうだ!……邪魔者は片付いたか!?」
「も、もうちょっとです!!」
 突然話しかけられ、慌てて返事をした操縦者の視線の先では、偶神とGT
−EXとの戦いが続いていた。いや、それは戦いと呼べるものではなかった。

「……やっぱり根性だけじゃカバーしきれないか……!!」
 一時は操縦者が修羅子のセラフィアのやり取りに呆然となった際に生じた
隙を突いて逆襲に転じた飛鳥だったが、やはりパワー不足は否めず、すぐに
逆転され、度重なる剣の攻撃を受け続けていた。
「……でも、このままやられっぱなしは……」
 飛鳥は振り下ろされた剣をもはや作動しない高周波ブレードで受け止める。
「嫌だ!!」
 その叫びと同時に飛鳥はブレードで剣を押し返し、左手の銃をバイオウに
向けて撃ち放った。が、もともとGT−EXからエネルギーを供給されてい
る擬似実体弾丸にもはや偶神の力場を貫くだけの威力は残されてはいなかっ
た……。

「はーっはっはっはっ!!……いいぞいいぞ、そのまま止めを刺せ!!」
 バイオウ有利の戦いに機嫌を直した矢間がはしゃぎながら指示を出す。そ
して矢間は次にセラフィアのほうを向いた。
「いい加減にしろセラフィア!!……お前は騎神……私の言うことさえ聞い
ておればいいのだ!……さぁ、立ち上がって戦皇と戦え!!」
 だが、矢間の玉を通した叫びにセラフィアが答える事はなかった。
「一体どういうことなのだ!?……セラフィア、返事をしたまえ!!」
 再度叫ぶ矢間だったが、それでもセラフィアはただ蹲り、ただ首を横に振
り続けるだけであった……。
「(……まずい……セラフィアがいうことを聞かなくなれば、その力を拠り所
にして脅していた部下たちも言うことを聞かなくなる……そうなる前に小僧
から戦皇の玉を取り上げなければ……!!)」
 矢間はそんな思いを悟られないうちにと、慌てて作郎のほうに向いた。
「何をしている。さっさと小僧を始末したまえ!!」
「はっ!!」
 矢間の怒鳴るような指示に慌てた部下は、今度こそとばかりにコンバット
ナイフを作郎の首に当てた。
「……待たせたな小僧……すぐに楽にしてやるからな……」
「(……今度こそお仕舞いか!?)」
 作郎は自分の最後を悟り、思わず目を閉じた。が、そのとき心の中に修羅
子の声が響いた。
「(作郎さん、負けないで!……立って!!)」
 その声と同時に、作郎の中に何か[力]のようなものが流れ込んできた。
「修羅子……なのか!?……そうだ……そうだよな……こんなところで諦め
ちゃいけないんだよ……な!!」
「な……何を言っている小僧!?」
 突然独り言を呟く作郎に一瞬驚く部下だったが、次の瞬間さらに驚くこと
になった。
「何だ!?……いったい……うわっ!!」
 突然、作郎が男の腕を跳ね除けて立ち上がったのだ。続いて作郎は無言の
まま、自分を押さえつけていた男の顎に向けて強烈なニーキックを放ったの
だ。
「ぐばっ!!」
 その強烈な一撃を受けた男は地面に仰向けに倒れこみ、そのまま気を失っ
た。
「わっぱっ!!」
 その光景を見た別の男が殴りかかってくる。だが、その拳も作郎はあっさ
りとかわし、そのまま綺麗なバック転を決めて間合いを取った。それは明ら
かにさっきとは、いや、すでに高校生の動きではない。その突然の豹変に部
下たちは思わず息を呑んだ。
 だが、一番驚いていたのは作郎自身だった。そう、今の立ち上がってから
の動きはすべて自分の意思によるものではなかったのだ。
「(……まさか……)」
 何かを感じ取った作郎がソウルドライバーに目をやると、やはり玉を収め
たホルダーから紅い光が漏れていた。そして今度は修羅子がいるはずの方向
に目をやると、思ったとおり修羅子が自分を向いて驚愕の表情を浮かべてい
た……。

「(……私が……作郎さんを[支配]した……!?)」
 作郎の危機を感じ取った修羅子は思わず心で叫んだが、それがまさかこの
ような結果を招くなど、思っても見なかったのだ。原理的には魂の玉の逆転
使用、すなわち[騎神が騎主の心に干渉する]というものなのだが、今の二
人にはそれを考えている余裕はなかった……。
「(……私……とんでもないことをしちゃった……)」
 修羅子は自分のしたことに恐怖した。そう、自分がその気になれば逆に作
郎を支配できる、という事実に……。
「(……どうしよう……もう作郎さんとは一緒にはいられないかも……)」
 とてつもない不安に襲われた修羅子は思わず作郎から目をそむける。が…

「フォロー……サンキュー!!」
 その耳と心の中の同時に聞こえた声に再び目を開く修羅子が見たものは、
自分のほうを向き、笑顔とサムスアップを見せる作郎の姿だった……。
「よかった……作郎さん……許してくれた……」 
 作郎の心の声と笑顔に修羅子は再び元気付けられた……。

「……貴様……いったい何をした!?」
 作郎の突然の逆襲に矢間が戸惑い、思わず叫ぶ。
「これが魂の玉の……ソウルドライバーの本当の力だ!!」
 調子に乗った作郎が叫ぶ。その言葉は矢間をますます苛立たせる。
「……本当の……力だと!?」
「そうだ!……セラフィアをただ支配しているだけのあんたには、わからない
だろうがな……」
「小僧がっ!!」
 哀れみとも取れる作郎の言葉と視線に矢間が怒り狂って叫ぶ。それと同時
に周りの黒集団が再び作郎を取り押さえようとその包囲の輪をゆっくりと狭
め始めた。
 そのとき、黒集団の一人は不意に肩を叩かれたことに反応し、思わず振り
向いた。そして次の瞬間、強烈な打撃に襲われた。 
「がっ!!」
 顔面に不意打ちの蹴りを受けた黒集団の一人が吹っ飛び、そのまま仰向け
に倒れて気を失う。その突然の出来事に他の者たちがその方向に向くと、そ
こには一人の白衣を着た男がファイティングポーズを決めて立っていた。
「矢島さん!!」
 作郎の呼び掛けに矢島はポーズをとき、作郎に心配そうな顔を向ける。
「まさかこんなことになってるなんて……僕はここまでやれとはいってない
ぞ!……死んだらどうする気だ!!」
「ハカセだって、さっきは無茶したじゃないですか!!……」
 作郎の思わぬ反論に、矢島はバツが悪そうに頭をかきながら笑みを返し、
再び敵に向き直って構えを取った。
 矢島の突然の乱入に一瞬戸惑った黒集団だったが、すぐに平静を取り戻す
と今度は二人を取り囲もうとした。しかし……
「おっと……そこまでだ!!」
 その突然の声に振り向いた部下たちは今度こそ驚きを隠すことができなか
った。そこにはなんと90式の車長を先頭に、自衛隊とハイパーディフェン
ス地上班の合同部隊、20人ほどがすでに展開していたのだ。
「ここは完全に包囲しました。もはやあなたたちの負けです!!」
 江藤が静かに、それでいてはっきりと告げる。
「武神君!!」
「兄ちゃん!!」
「亜子!……遥!!」
 江藤の裏から叫ぶ亜子と遥に気付いた作郎は二人を見て安堵の笑みを浮か
べた。
「学校の人たちも無事に避難を始めた……みんな坊主と阿修羅娘のおかげ
だ!!」
 笑みを見せる車長の言葉に作郎は、少なくとも自分と修羅子の戦いが人々
の役に立ったことを改めて実感した……。
5
「アスーラが……騎神が人を[支配]した……!?」
 修羅子と作郎のやり取りに驚愕の表情を浮かべたセラフィアは、その目の
前の出来事にまたも呆然となった……。
「……私たちは支配されるだけの存在じゃない……もちろん、支配しちゃいけ
ないのも確かだけど……」
 修羅子の呟くような声にはっとなるセラフィア。その顔が自分のほうを向
いたのを見た修羅子はさらに言葉を続ける。
「私たちには私たちの[意志]がある!……受け入れることも自由なら……」
「……受け入れることも……自由……なら?…・・・」
「……[拒否]することも自由なはず!!」
「!?」
 その修羅子の言葉にセラフィアは、呆然とした表情のまま矢間のいるビル
に目を向けた……。

 そのビルの屋上では、ハイパーディフェンスと自衛隊員が、矢間とその一
味を完全に包囲していた。おそらくは屋上の入り口の奥にも入りきれなかっ
たものたちがいるはずであった。もはや空でも飛ばない限り彼らに逃げる道
はないだろう……。
 そんな状況にもかかわらず、矢間は降伏しようとはしなかった。
「やれ!……我々にはまだ偶神が一体残されている。それにここで小僧から玉
を奪って戦皇を支配すれば形勢は逆転だ!!」
 しかし、そんな矢間の叫びにもかかわらず黒集団たちの動きは鈍かった。
周りはすでに敵に囲まれ、矢間の力の拠り所であったセラフィアはもはや当
てにならず、確かに偶神がまだ生きて新兵器を追い詰めてはいるが、それも
戦皇が加勢すればすぐに破壊されてしまうのは目に見えていた。
 それでも降参に踏み切れないでいるのは、万が一セラフィアが再び矢間の
支配下に入り、その結果戦皇まで支配してしまったら、たちまち形勢は逆転
……そのときもし矢間を裏切っていたら……
 そう考えながら黒集団たちは互いの顔を見合わせていた。だが、その躊躇
が大きな隙を呼んだ。
「逮捕!!」
 江藤の掛け声とともに地上班、自衛隊員全員が一斉に矢間と部下たち目掛
けて押し寄せた。その先陣を切ったのは矢島と車長だった。
「狂科学者を甘く見るな!!」
 矢島は手近な敵に向けて拳を振るい、たちまち一人を地面に伏させる。そ
の隣では、車長が黒集団の一人の胸倉をつかんでそのまま背負い投げの態勢
に入る。
「ガラにもないが……俺たちの戦車と、戦友の借りを返させてもらうぜ!!」
 そう叫びながら車長は相手を投げ飛ばす。その勢いは一人を昏倒させるだ
けに留まらず、そばにいた二人ほどの黒集団を巻き込んだ。
「いまだっ!!」
 敵が浮き足立ったところを見計らった江藤の指示で包囲網が一気に狭めら
れ、黒集団は次々と取り押さえられていく。そしてバイオウを操縦していた
男も周りが次々と取り押さえられる光景に思わず「ひぃ!」と、操縦装置の金
属板を投げ捨てて両手を上げた……。
 
「動きが……止まった?」
 執拗にGT−EXを攻撃していたバイオウが突如その動きを停止したこと
に安堵した飛鳥は、力が抜けた人形のようにその場に座り込んだ。
「飛鳥さん!!」
 その声に飛鳥が顔を上げると、心底から心配そうな表情をした修羅子が駆
け寄ってくるのが見えた。
「……修羅子ちゃん……ちゃんと言葉を交わしたのはこれが最初ね……」
 そう言って飛鳥はそのまま仰向けに倒れこもうとする。それを見た修羅子
は慌てて飛鳥を抱きとめる。
「大丈夫ですか!?……死んじゃいやですよ!!」
「……システムの限界が来ただけだから大丈夫……私自身は平気よ。ちょっと
疲れただけ……」
 飛鳥はそれだけを言うと、まるで寝るように目を閉じた……。
 
「こんな……こんなことで私は終わったりはしないぞぉ!!」
 自分の部下が次々と取り押さえられるのを目の当たりにしながらも、屋上
の金網の側で矢間は諦めずに叫んでいた。
「セラフィア!……セラフィア!!……私を助けろ……助けたまえ、セラフィ
ア!!」
 だが、矢間の叫びはセラフィアに届いた様子はなく、ただ呆然とした表情
のまま、ビルの上で喚く主を見つめていた……。
「矢間−っ!!」
 そんな矢間に向けて作郎が叫びながら向かってきた。それを見た矢間も思
わず叫び返す。
「こぞーう!!」
 作郎は矢間のその叫びに臆することなくそのまま突っ込んだ。が、その途
中で黒集団の一人が立ち塞がる。
「どけーっ!!」
 突然目の前に現れた敵に作郎はそのままショットナックルを向けてスイッ
チを押す。その直後、バン!と派手な音が響き、立ち塞がった(あるいはた
だ前に出てしまっただけの)男は声を上げるまもなくそのまま気を失った。
 男が倒れるのを待たずにその横をすり抜ける作郎、それを矢間はあえて正
面から迎え撃った。
「そのままぶっ倒れろ!!」
 作郎は思い切りショットナックルを突き出す。その必殺の一撃を矢間は右
手であっさりと受け止める。が、それは作郎の狙い通りだった。
「いまだっ!!」
 矢間がショットナックルに触れるのを見た作郎はチャンスとばかりにスイ
ッチを入れた。が……。
「止せ、作郎君!……ショットナックルは最大でも3回が限度だといったはず
だぞ!!」
「しまった……!!」
 そう叫んだときは遅かった。もはや作動しないショットナックルを作郎の
腕ごと掴んだ矢間はそのまま体を引き寄せ、その首に腕をかける。
「……ぐっ!!」
「作郎君!!」
 矢島が駆け寄ろうとするが、矢間に睨まれ、動きを止める。
「動くなよ!……動けば小僧を絞め殺すぞ!!」
 矢間は作郎の首にかけた腕の力を強める。
「……ぅう……ぐっ!……」
 さらに強く首を絞められ、うめき声を上げながらも作郎は必死になっても
がく。そしてその状況はソウルドライバーを通して修羅子にも伝わった。
「作郎さん!!」
 修羅子は力尽きた飛鳥をその場に寝かせると、作郎のもとに駆け寄ろうと
した。が、
「戦皇!……貴様が何かしようものなら、この小僧の首をすぐにでもへし折る
ぞ!!」
 との矢間の叫びに屈してか、その場を動くことはできなかった。それは、
屋上で乱闘を繰り広げていた車長たち自衛隊員とハイパーディフェンスも同
様だった。
「武神君!……」
「兄ちゃん!……」
 亜子と遥も江藤の裏から心配そうな声を上げる。
 全員の動きが止まったのを確認した矢間は、今度はセラフィアのいる方角
を向いた。
「セラフィア!……いつまで呆けているのだ。さっさと駆けつけて私をここか
ら助け出したまえ!!」
 だが、矢間の叫びにもかかわらずセラフィアは呆然としたまま動こうとは
しなかった。
「どうした!?……早くしたまえ!!」
「セラフィア!……こんな奴のいうことなんか聞くな!……さっきの修羅子
の言葉を思い出せ!!」
「ぇえい、まだそんなことを!!」
 作郎の減らず口に苛立つ矢間がその腕にまたも力を加え、作郎の苦しむ声
がまたも響いた。
「作郎さん!!」
 堪りかねた修羅子が思わず叫び、続いてセラフィアに向き直る。
「セラフィア!……作郎さんを助けて!!……今のあなたなら[それ]が出来
るはずよ……お願い……」
 その言葉とともに修羅子の瞳から零れ落ちた涙が、セラフィアの胸を打っ
た。そして先の修羅子の言葉を思い出し、呟いた。
「……私の意志……受け入れることも自由なら……」
 ここでセラフィアの表情が変わった。そしてその決意と覚悟をこめた瞳を
矢間に向けた。それを見た矢間は恐怖に襲われた。
「……わ……私は騎主だぞ!……お前の主なんだぞ!!」
 それでも何とか叫ぶ矢間に、セラフィアも自分に言い聞かせるように叫ん
だ。
「……[拒否するのも]……自由!!」
6
「……な……何をする気だ?……セラフィア!?」
 決意を込めた瞳を自分に向けたまま立ち上がるセラフィアに矢間は戸惑い
を隠せなかった。そして続く彼女の言葉に矢間はさらに驚愕した。
「その人を……放しなさい!!」
「なっ!?」
 セラフィアの叫びの直後、矢間の体に異変が起きた。
「何だ!?……体が……いうことを聞かない!!」
 そう、矢間の腕がゆっくりと開き始めたのだ。それも矢間自身の意思では
なく、玉を通じたセラフィアの意思によって……。
「……私は……私はあなたを[認めない]!!」
 そのセラフィアの叫びと同時に矢間の手が思い切り広がる。その瞬間、作
郎が振り返り、戸惑う表情のままの矢間に向けて拳を振るった。
「たあぁぁぁっ!!」
「!?」
 叫びに乗せて放たれたその拳を矢間はかわすことが出来ずにまともに受け、
そのまま横に吹き飛んだ。そしてそれと同時に矢間の胸ポケットから一枚の
小さな金属板が飛び出した。それは、セラフィアの魂の玉だった。
「しまった!!」
 痛みを堪えながらも矢間は何とか玉に手を伸ばそうとする。が……
「取ったーっ!!」
 いつの間にか駆けつけていた遥が寸でのところで玉を掴んでいた。それを
見た矢間は「返せ!!」と遥に掴みかかろうとするが……
「やーっ!!」
 やはりいつの間にか駆け寄ってきていた亜子がこれまたいつの間にか手に
していた角材で矢間の背中を殴りつける。
「げふっ!!」
 亜子の角材の一撃を受けた矢間はその場に完全に倒れこんだ……。
「兄ちゃん、玉だよ!!」
 遥が得意そうに玉を上に掲げる。その横では息を切らしながらも亜子が作
郎に向けて笑みを見せていた。
「助かったよ……遥、亜子……それに……」
 作郎はここで金網越しにセラフィアを見た。
「……セラフィア……ありがとう。君のおかげで、助かったよ。でも、これで
君は……」
 だが、作郎は異変に気付いた。セラフィアがその場に両膝を着いてへたり
込んだのだ。それは少なくとも、開放されたことを喜ぶ姿には見えなかった。
「……簡単なのね……」
「セラ……フィア?」
 やはり異変に気づいた修羅子がセラフィアのほうを見て呼びかける。が、
力なく翼を地面に落とした巨人の天使はただ独り言を呟くだけである。
「……拒否することがこんなに簡単だったなんて……やってしまえば、なんて
ことなかったのね……」
 セラフィアの顔には自嘲とも取れる笑みが浮かんでいた。
「……そう、最初からこうしていれば、物をこんなに壊すことも……」
 そう言ってセラフィアは瓦礫の山と化した町を見渡し、続いて自分の両手
を見つめる。
「……沢山の人を殺すこともしなくて済んだのに……そう、みんな私が……」
 ここでセラフィアの表情が完全に悲しみの色に染まった。
「そう、みんな私が……私が自分の意思を[捨てた]ばっかりに……」
 セラフィアの脳裏にはいままで自分がしてきた行為が次々と蘇る。巡視船
の破壊を始め、黒集団を握りつぶした感触、掴み上げた戦車の乗員が見せた
怯える表情、学校に閉じ込められた住民たちの悲鳴……
 それだけではない。セラフィアの記憶の中のすべての破壊、殺戮行為すべ
てが脳裏に蘇ってきたのだ。今まで「自分は人形」という感情で誤魔化されて
いたものが一気に……
「うわあああああぁぁぁぁぁぁ…………!!」
 セラフィアの叫びが町中に響き渡った。まさにそれは魂の叫びそのものだ
った……。
 その光景に屋上のものたちは敵味方関係なく呆然となった。
「……セラフィア……」
 ある意味自分と修羅子がここまで追い詰めたような感じに襲われた作郎は、
セラフィアに掛ける言葉が思いつかなかった。
 その隣では、遥と亜子も複雑な表情でセラフィアを見ていた。
「確かにあの[人]は町をめちゃめちゃにした……でも……」
「……何だか……責めるに責められない……」
 そんな二人の言葉に矢島は、
「……創造されてからずっと、人にただ従うようにだけ言われ続けてきたんだ。
それだけが自分の存在価値だということを思い知らされていたんだ。それを
[変える]のは……並大抵のことじゃない……」
 と、やはりセラフィアをサングラス越しに見つめる。
「……それでもセラフィアは自分を変えた……彼女にとっては、死ぬような思
いだったはずだ……それを認めてしまえば、自分の存在理由がなくなるかも
しれないからな……」
 矢島の言葉にその場の全員が神妙な表情で耳を傾け、泣き叫ぶセラフィア
を見つめていた……。
 
 だが、周りが沈黙する中、ひそかに動きを見せるものがいた。
「修羅子ちゃん、危ない!!」
 飛鳥の叫びに振り返った修羅子だが既に遅く、突然鈍器のようなものに思
い切り殴られ、そのまま吹き飛ばされて手近のビルに激突、その崩れた瓦礫
に覆われ、動かなくなった。
「修羅子—っ!!」
 その突然の出来事に作郎が金網にしがみつくように叫ぶ。
「……あれは……!?」
 矢島をはじめ、屋上にいたもの全員が驚愕の表情を隠せなかった。そう、
修羅子が立っていた位置にいたのは、先ほど動きを止めたはずのバイオウの
生き残りだったのだ。
 修羅子を剣で殴り飛ばしたバイオウは、今度はその剣を逆手に持ち、ゆっ
くりと上に掲げてその切っ先を作郎たちのいるビルに向けた。
「……投げる気だ!!」
「総員退避!!」
 矢島の言葉に江藤がすかさず指示を出し、それと同時に自衛隊、地上班、
そして黒集団たちが一斉に屋上入り口へと殺到する。だが……
「……無駄だよ……もう遅い……」
「矢間!?」
 作郎がその声に気付いて振り返ると、そこには先ほど倒れたはずの矢間が
不気味な笑みを浮かべて佇んでいた。そしてその手には、先ほどの乱闘で操
縦者が投げ捨てた、バイオウの操縦装置である金属板が握られていた……。
「……まだだ……また私は終わったわけじゃない……」
 そう言って矢間は手の中の金属板の文字を指でなぞる。
「……そうだ……これから[終わる]んだ……」
 その言葉と同時に矢間は、バイオウに最後の指令を与え終えた。
「道連れだ……みんなまとめて……」
 その言葉と同時にバイオウはその手の剣を投げつけようとさらに腕を持ち
上げる。
「みんな逃げて!!」
 そう叫びながら修羅子が瓦礫を蹴散らして立ち上がり、ビルに駆け寄ろう
とするが上手く行かずに出遅れる。その側では飛鳥が何とか立ち上がろうと
するが、やはりシステムが回復していないのか、動くことすら間々ならない。
「私には……もう何も出来ないの!?」
 何とか上半身だけを起こした飛鳥が悔しそうに呟く。
「みんな逃げろ!!」
 矢島が再び脱出を促し、それと同時にその場のもの全員が再び動き出す。
だが、時既に遅く、バイオウはその手の剣を力いっぱい投げつけた。当然目
標は作郎たちのいるビルである。
「死ぃぃぃぃぃねぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 狂気に満ちた目を全員に向ける矢間の叫びにその場の全員が恐怖した。そ
の中で遥は、その場に蹲り、両手を組んで祈った。もはやそれしか出来ない
かのように……
「(お願い!……誰でもいいからみんなを助けて!!)」
 その瞬間、何か黒い影がビルを覆った。
「なん……だ!?」
 作郎が目を開くと、そこには巨大なものが立ち塞がっていた。それを見た
作郎、矢島、遥、亜子は……そしてその場にいるもの全員、さらには修羅子、
飛鳥までもが言葉を失った……
「……こんなことで……私の罪が償えるとは思わないけど……!」
 いつの間に駆けつけたのだろうか、ビルの側で苦しそうに呟くセラフィア
のその胸には、バイオウが投げた剣が深々と刺さっていた。背中から突き出
た切っ先はその傷が消して浅くはないことを示しているのが屋上のものたち
にも十分見て取れた……
「……今の私にはこれしか出来ないから……!」
 セラフィアはわずかな呻き声を上げながら、その剣の刃に手をかけ、ゆっ
くりと引き抜き抜いた……
「私は……この人たちを守る!……[心に届いた声]と私自身の意思で!!」
7
 セラフィアの叫びに遥が思い出したかのように自分の右手を開いた。
「これって……!?」
 その掌には、先ほど矢間から奪った魂の玉が淡い光を中央の水晶から
放っていた……。
「……わた……し……!!」
 遥はその光の意味を理解し、そして自分がしたことに困惑した……」

 自分の胸から剣を引き抜いたセラフィアは、それを渾身の力で元の持ち主
であるバイオウに向けて投げつけた。
「……たあぁぁぁぁぁっ!!」
 その叫びとともに投げられた剣は狙い違わず埴輪型偶神の胸に突き刺さっ
た。だが、それでもこのボロボロの偶神は動きを止めることなく、ビルに向
かってゆっくりと歩き始めた。

「矢間ぁ!!」
 作郎が呆然としている矢間に飛び掛り操縦装置を取り上げ、続いて矢島と
車長が本人を取り押さえる。矢間はとくに抵抗することなくその場に押さえ
つけられた。
「ハカセ!!」
 作郎は奪った操縦装置を矢島に渡す。
「この手のものは大体パターンが決まっているんだ!」
 矢島はそう言って金属板の文字をなぞり、バイオウを停止させようとする。
が……
「……無駄だよ……最後の指令を打ち込んだとき、キャンセルできないように
ロックをかけたからな……」
 と、車長に押さえつけられている矢間が不気味な笑みを浮かべて呟く。
「修羅子!!」 
 作郎がすかさず叫び、それに答えて修羅子も立ち上がる。
「わあああぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
 修羅子は自らの剣を手にすることすら忘れ、そのままバイオウに飛び掛っ
た。そして後頭部を右中央の手で押さえつけ、そのまま地面に叩きつける。
「わーわーわーわーわーわーわー……!!」
 修羅子は泣きながら六本の腕をめちゃくちゃに振り回し、地面に伏したバ
イオウをただひたすら叩き続けた。そしてそれは、その偶神の原型がなくな
るまで続けられた。
 だが、修羅子の怒りはこれで収まったわけではなかった。
「うわあぁぁぁ……!!」
 バイオウを完膚なきまでに破壊した修羅子はそのままの勢いで作郎たちの
いるビルに向けて突っ込んできた。そしてすれすれのところで止まると、怒
りの形相を向けたまま、屋上で車長に抑え付けられている矢間に手を伸ばし
た。
「わぁっ!!」
 突然伸びてきた手に驚き、車長は思わず飛び退いた。その直後、修羅子の
巨大な右中央の手が矢間の体を無造作に鷲掴みにした。
「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……やめてくれぇぇぇぇぇぇ!!」
「どうするつもりだ!?」
 突然掴み上げられ、悲鳴を上げる矢間を見た作郎が問いただすが、修羅子
は無言のまま矢間を掴んだ手を頭上高く上げる。
「地面に叩きつける気だ!!」
 矢島のその叫びに作郎が素早く反応する。
「だめだ修羅子!!」
 ソウルドライバーを通じた作郎の叫びに、修羅子はようやく動きを止めた。
「……お願い作郎さん……このまま好きにさせて……私、この人だけはどうし
ても許せない!!」
 修羅子はそれだけを何とか呟くと、振り上げた腕に再び力を込める。
「だめよ修羅子ちゃん!!……あなたの気持ちはわかるけど、そんなことをし
ても何にもならないよ!!」
 GT−EX[変身]が解除されたVP−EXから、同型の強化服のままで
降りてきた飛鳥がやはりこちらもヘルメットを取りながら叫ぶ。
「でも……でも……!!」
 自分がしていることが決して褒められた事ではないのは修羅子自身、頭の
中ではわかってはいた。が、気持ち的にはそう簡単には割り切れるものでは
なかった……。
 そんな修羅子を見かねた亜子が強い口調で怒鳴る。
「修羅子の馬鹿!……そんなやつに構っているよりも先にすることがあるで
しょう!?」
 そう言って亜子は傷口を押さえて佇むセラフィアを指差した。
「セラフィア……!?」
 修羅子が自分のほうを向いたことに気付いたセラフィアは、苦しく息をし
ながらもその口を開いた。
「……アスーラ……あなたの手は、矢間なんかの血で汚しちゃだめ……あなた
の六つの手は……人を[守る]ためにある手……だから……」
 そう言って微笑むセラフィアを見た修羅子は、無言のまま矢間を元の屋上
に降ろした……。
「……ありがとう。思いとどまってくれて……」
「ゴメン……馬鹿なんて言っちゃって……」
 作郎と亜子がそれぞれに礼と侘びの言葉を告げるが、修羅子は首を振りな
がら答えた。
「ううん……私が思わずカッとなって自分を忘れただけだから……」
 その三人のやり取りを他所に、矢島は無造作に転がされた矢間を見て呟く。
「……ま、今のでこいつも、自分がしてきたことがどれだけ恐怖を撒き散らし
ていたかがわかるか……な?」
 その言葉の直後、恐る恐る近づいてきた車長他数名が見たものは、髪の毛
すべてが真っ白になり、完全に廃人と化した元考古学者の姿だった……。

 その後、我に返った修羅子は大急ぎでセラフィアのもとに駆け寄った。そ
こには既に作郎たちも来ていた。
「セラフィア!!」
 修羅子は両膝をついてしゃがみかむセラフィアに話しかける。
「アスーラ……ううん、今は修羅子、だったっけ……ようやくあなたの言って
た意味がわかった……」
 セラフィアはそういって、やはり自分の近くに来ていた遥に目を向けた。
「……あなたの[思い]……私の心に届きました……」
 そう言って微笑むセラフィアに遥は悲しげな表情で答える。
「私が……[願った]ばっかりに……あなたに痛い思いさせちゃった……」
 そんな遥の言葉にセラフィアは笑顔のまま頭を横に振る。
「……気にしなくていいよ……きっかけは確かにあなたの声だけど、これは私
の意志で決めたことだから……」
 セラフィアはもう一度、自分に言い聞かせるように、それでいて満足げな
表情で呟いた。
「……そう……私自身が私の意志で決めたことだから……」
 ここで作郎がゆっくりと、セラフィアの膝の側に近づいた。
「……傷は痛むのか?……」
 優しく掛けられた気遣いの言葉にセラフィアは笑みを浮かべたまま答える。
「……私たちの体はあの種のエネルギーで構成されているから。見た目と違っ
てこの程度の傷なら何の問題もない……でも……」
 セラフィアはそう言って、右手で押さえていた傷口をその場の全員に見せ
た。
「……コアをやられたのか……」
 矢島がセラフィアの胸に開いた傷から漏れる光の粒子を見て呟く。
「咄嗟だったので、剣をコアから逸らすことが間に合いませんでした……」
 セラフィアはごまかし笑いを浮かべて答える。だが、その笑みに誰も答え
ることが出来なかった……。
「……でも、後悔はしてません……私は、この姿になってはじめて自分の意思
で動いた……そしてはじめて自分の意思で人を守った……修羅子。あなたが
それを教えてくれた……おかげで、[人の心]のまま[消えて]いける……」
「!?」
[消える]という言葉に修羅子と作郎、亜子と矢島、そして飛鳥が息を飲ん
だ。遠巻きに見ている車長も複雑な表情を見せた……。
 そんな中、遥が地面についているセラフィアの巨大な左手に思わず抱きつ
いた。
「ゴメンなさい……本当にゴメンなさい……」
 自分の手にすがり付く小さな少女に、セラフィアは優しく微笑みかける。
「気にしないで……私、最後の騎主があなたで本当によかった……あなたはあ
んな状況の中でも、自分じゃなくて、[みんなを助けて]って願った……矢間
なんかと違って、とっても暖かかった……」
「セラフィア!!」
 思わず作郎もセラフィアの手の側により、頭上の巨大な笑顔を悲痛な表情
で見上げる。
「……作郎さん……でしたね……あなたと修羅子はこんな私に最後まで声を
掛けてくれた……こんな私を[思って]くれた……ありがとう……」
 そう言ってセラフィアは、右手を作郎に伸ばした。が、すれすれのところ
でそれは止まった。まるで躊躇いがあるかのように……。
 自分の側で動きを止めた手に、作郎は笑顔を見せながらそっと触れた。そ
して遥も立ち上がり、巨大な右掌に身を凭れさせた。
「…………いいん……ですか……?」
 二人の行動に戸惑うセラフィアは、思わず修羅子の顔を見る。
「……いいよ……」
 修羅子はセラフィアに涙交じりの笑顔を見せてそう呟いた。それを見たセ
ラフィアはやはり涙目の笑顔になって頷き、自分の手の中に身を委ねる二人
をそっと掴み、そのまま頬に抱き寄せ、しばらくその感触に浸った。
 その光景を見た矢島は俯いて背を向け、亜子、そして飛鳥が目頭を押さえ
る。
「……ああいうことされちまったら……憎むにも憎めないな……」
 車長はそう呟いて、作郎と遥を自分の頬に寄せるセラフィアを見つめてい
た。その隣では、江藤が矢間を見て呟く。
「……この男と出会わなければ、ほんの少しは彼女の運命も変わっていたかも
しれません……」

 少し経って、セラフィアが二人を下ろして立ち上がった。
「……セラフィア!?」
「……修羅子、私そろそろ行くね。もうコアが限界なの……」
「行くって……」
 その意味を悟り、悲しみの表情を寄り強くする修羅子に、セラフィアは笑
顔のまま言った。
「……さんざん酷い事をしておいて言うのもなんだけど……せめて私のコア
は誰にも見られないところに沈めたい……せめて最後のお願い……」
「あ、ちょっと待った!」
 降ろされる直前、作郎は肩に掛けていたカバンを引っくり返し、、セラフィ
アの掌の上に中身をばら撒いた。それは、先ほど修羅子にあげたのと同じお
にぎりだった……。
「これは……?」
 自分の掌に転がる三個のおにぎりに困惑するセラフィアに、作郎は照れな
がらも優しく言った。
「……仲良くなったら……友達になれたら、あげようと思っていたんだ……」
「…………あ……ありがとう!!」
 セラフィアは涙目でそのおにぎりを見つめ、そしてゆっくりと口へと運ん
だ。
「……この感じ、久しぶり……これが、[おいしい]なのね……」
 セラフィアのその様子に修羅子、作郎、そして遥と亜子も瞳からあふれ出
る涙を止めることが出来なかった……
「修羅子……作郎さん……そして皆さん……ありがとう……」
 そう言ってセラフィアは翼を広げ、ゆっくりと空中へ舞い上がった。その
胸の傷から漏れる光の粒子がまるで流星の尾のようにたなびく。それはまる
で、迷いが晴れ浄化されたセラフィアの心の色を表しているようだった……。 
「セラフィアーっ!!」
 皆に別れを告げるように空中を一回りし、飛び去っていくセラフィアに修
羅子が呼びかける。だが、白い大きな翼を広げた巨人の天使が振り返ること
はなかった……。
 神都町から離れたセラフィアは、まっすぐ海へと向かった。誰に命令され
るでもなく、自らの意思で……。
「(……風が心地いい……翼が……体が軽い……このままずっと飛び続けてい
たい……私の罪が許されるのなら……)」
 大きく広げられた白い翼が、風に当たってわずかに震えていた。それは、
歌を歌っているようだった。喜びと哀しみの両方が込められた哀歌を……。

 修羅子の足元では、作郎の胸にすがって遥が泣いていた。
「遥……せめて見えなくなるまで、見送ってあげよう……」
 作郎に促された遥は、「うん……」と呟き、涙に濡れた瞳をセラフィアの飛
んでいった方向に向けた。そんな二人を修羅子の巨大な手が優しく包み、胸
元まで持ち上げられる。他の手には矢島、亜子、そして飛鳥もいた……。
「作郎さん……私、結局セラフィアを助けることが出来なかった……」
 そんな修羅子に作郎はやさしく言った。
「……少なくとも、心は救った……俺はそう思いたい……」
 その言葉に矢島がサムスアップで、亜子、そして飛鳥も笑顔で答える。
「……兄ちゃんも……修羅子さんも頑張ったよ……」
 ようやく笑みを取り戻した遥も、作郎の頭を撫でながら、修羅子に向けて
こちらも親指を立てて見せた。
「……ありがとう……皆さん……ありがとう……」
 修羅子は涙混じりながらも精一杯の笑顔で答えた……。
 そんななか、矢島が背伸びをしながら皆に聞こえるように呟いた。
「……さて、そろそろ帰るか……腹も減ったし、麻耶さんも心配しているだろ
うからな……」 
「そうですね……俺も腹減ったし……」
「そんなことより、兄ちゃんは怪我とかは大丈夫なの!?」
 遥の言葉に亜子も、
「それを言ったら、修羅子と飛鳥さんだって……」
 と続ける。
「私は大丈夫です。でも、飛鳥さんが……」
 修羅子は右下の掌で身を横たえる飛鳥を心配そうな目で見つめる。
「私は平気よ。ちょっと疲れただけ……それより、あとでVP−EXの回収を
手伝ってくれる?……さすがにあの機体は簡単には運べないから……」
「お安い御用です!」
 飛鳥の笑顔に修羅子もまた、安心したように笑みを返した……
「さて、じゃあ帰りますか!……神代荘に……俺たちの家に!!」

 その神代荘では、摩耶が夕食の支度をしながら全員の帰りを待っていた。
修羅子の住居である廃工場の側で三つの大鍋の豚汁と格闘し、大量の握り飯
を握りながら摩耶が呟く。
「……ここは……みんなが安心して帰ってこれる場所じゃなきゃ……」
 そのとき、一定振動の地響きが辺りに響いた。見上げると、夕日を浴びて
紅く輝く鎧に身を包んだ修羅子が帰ってくるのが見えた。その手に仲間たち
を乗せて……。
「…………お帰りなさい……皆さん!」
「ただいま!!」
 修羅子は最後に開けておいた手を摩耶に差し伸べ、作郎、遥、亜子、そし
て矢島と飛鳥が笑顔で迎えた……。

 その後、江藤からこんなことを伝えられた。
「……太平洋上に出たセラフィアは、その後自衛隊および米海軍の戦闘機と接
触、攻撃を受けてそのまま海中に没したようです。コアの残骸はいまだ、発
見されてはいないようですが……」
 だが、遥はその報告を信じなかった。
「……きっとセラフィアは生きている……だって……」
 そう言った遥の手の中で、セラフィアの魂の玉はわずかだが、いまだに輝
きを失わずにいた……。
8
 深夜。
「……どうやら、終わったようだな……」
 先の海上戦の際、GT−EXによって偶神が全滅させられたあと、生き残
った黒集団はとりあえず神殿のある島に引き返そうとしていた。そしてラジ
オで事件の顛末を知り、船上で今後どうするかを話し合っていた……。
「……矢間さんも捕まったらしいな……」
「まだ、残りの金、貰ってないんだぞ!!」
「……そんなことどうだっていいじゃねぇか……」
 一人が金の話をせせら笑って呟く。それを聞いたほかの男たちが騒ぎ出し
た。
「おいっ!……俺たちはお尋ね者になるんだぞ……よく笑っていられる
な!?」
 だが、それでも笑った男は平然と言葉を続ける。
「矢間がいなくなったんだろ?……だとすると、あの島にある偶神は今後誰の
ものになるか、考えなくてもわかるだろ?」
「そうか!……あれを使えば、世界征服!!……とまではいかないけど……」
「そうだよな……戦皇とかに拘らなければ、あれは無敵だからなぁ……」
「よし、[俺たちの]城が見えてきたぞ!」
 その言葉の通り、小型船は島の見える位置までやってきた。
「だが……あんなものどうするんだ?……あのデカ物で傭兵をやれば確かに
勝ち続けるだろうけど……」
「ほかにも使い道はあるだろう。たとえば、軍事関係にひそかに売り込むとか
……」
「確かに、あれなら欲しがる奴はいっぱいいそうだからな……」
 そんなことを考えながら、黒集団の小型船はゆっくりと島に近づいていっ
た……はずだった……
「おい……島がぼやけて見えないか……?」
「ホントだ……ぜんぜん近づいた感じがしないぞ!!」
 突然の異変に船上がざわつきはじめた。そしてその直後、辺りに女性のも
のと思われる大きな声が響いた。
「……神殿は最封印を施しました。あれはこの世に出てはならないもの……」
「何だ……うわっ!?」
 次の瞬間、男たちは船が空中に浮かんでいることに気付いた。いや、浮か
んでいるわけではなかった……
「……巨大な……手!?」
 そう、船はその船体を一掴みにされていたのだ。
「……まさか……騎神!?」
 船を掴んだ巨人の手の持ち主は、巫女装束にも似た不思議な着物を身にま
とう、神秘的な美しさを持つ美少女だった。
「……戻ってきてしまいましたね……」
 後ろに束ねた黒髪と同じ輝きを放つ瞳を船に向け、巨人女性は、さも哀れ
みをかけるように呟く。が、次の言葉に男たちは凍りついた。
「……あなたたちは余計に[知り]過ぎました……だから……ここで[消えて]
いただきます……」
 その直後、巨人女少女の手はゆっくりと、そして確実に小型船を握りつぶ
していく。中からは黒集団の悲鳴が聞こえてきた。
「……………御免なさい」
 そのひとことの直後、少女の手は一気に握られ、船は舳先を残してすべて
粉々に砕けた……

「ふぅ……」
 とりあえずの[後始末]を済ませた巨人……天明モリヒメは別空間と化し
た神殿側で安堵とも溜息とも取れる息を漏らした……。
「……また罪深きことをしてしまった……でも……」
 モリヒメが視線を向けた先には、偶神が格納されている神殿が見えた。
「……この遺跡……いえ、カムトの遺産を世に出すわけにはいかない……」
 そう言ってモリヒメは、今度は本土の方角を向いた。
「さて……次は戦皇ですか……[あのコ]が何故、魂の玉をあの少年に渡した
のかを問いただす必要がありますね……もっとも……」
 ここでモリヒメの表情が哀れみのそれに変わる。いや、むしろ哀しみが近
いか……
「……その理由は大体察しが付きますが……人としてはそうしなければなら
ないのも確かですが……」
 モリヒメは自らの右手を見つめた。
「……そう、[あの二人]を引き裂いたのは私なのだから……せめて[彼]に
は返してあげたいのも人の情……でも……」
 ここで開かれていた掌が強く閉じられる。
「……戦皇の……アスーラの力は人が安易に手にするべき力じゃないのも事
実……」
「またそうやって……すべてを闇に葬ろうというおつもりですか……」
 突然の男の声に振り向いたモリヒメは、そこに自分とは違うもう一体の巨
人のシルエットが佇んでいるのを見た。
 その巨人の肩の上には、一人の男が悠然と立っていた。それは聖耶であっ
た。さらにもう一つ驚くべきことに、その巨人は修羅子、いや、戦皇アスー
ラに酷似していた……
「……今度は、完全に消し去ることは無理でしょう。そもそも矢間のような男
を差し向けたのは最初から貴方たちを表舞台に引っ張り出すためことが目的
だったのだから……」

 翌日。
 戦闘で破壊された神都町の復興が始まった。そんな中、神代荘の面々もボ
ランティアとしてそれぞれできることに参加していた。
「亜子さん、鍋の準備終わったよ!」
「ありがとう、遥ちゃん……こっちも材料切り終わったから……」
 遥と亜子は再び避難所となった学校で炊き出しの準備に追われている。そ
して飛鳥と矢島は偶神の残骸を、とりあえず応急修理を施したGT−EXを
使って片付け始めていた。
「……これは見たこともない装置だ!……何かに使えるぞ!!」
「見たこともない装置をどうやって使うんですか?……ていうか、どいてくれ
ないと作業がはかどらないんですけど……」
 そう言って飛鳥は、GT−EXと化した自分の巨大な指で矢島を摘み上げ
た。その側では、江藤が困った顔をして呟く。
「……何としてでも夕方までには終わらせるようにとの、自治体からのお達し
なんですが……」

 住人が出かけた神代荘では、摩耶が今日も洗濯物と格闘していた。
「……もし、あの二人が真実を知ったら……私を許さないでしょうね……」
 がたごとと音を立てて回る旧式の洗濯機の中の渦を見つめながら、摩耶は
一人呟いていた……

 そして町の中心部では……
「さあ、修羅子……始めようか!!」
「……はい!!」
 作郎と修羅子は町の瓦礫撤去を手伝うべく、重機や人が一番集まっている
本部と思われる場所に赴く。突然現れた六本腕の巨人に驚く人々に修羅子は
明るい声で話しかけた。
「……私、戦皇騎神 修羅子です!……皆さんのお役に立てるよう頑張ります
……よろしくお願いします!!」               

 戦皇騎神 修羅子と武神作郎、そして神代荘の面々の織り成す物語は、ま
だ始まったばかりである……                 (つづく)