想像以上に長くなったので前後編
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「あー、疲れたー」
美しい金髪左右に揺らす女神こと、私はぶんぶんと肩を回して体をほぐす。自らの担当の中では全知全能に振る舞える私にとって、先ほど行われた神々の会議はとてもとても堅苦しいことこの上ない。
特に用も無いのに呼ばれたことに軽くストレスが募る。世界の発展や平穏の手段の議論など、私としては興味がないのに。
――まあ、正常なのは神々であることは知っていたし、自らの趣味が異端であることも知覚している。
それでも気にすることはない。だって、そこでは私がルールだから。
「さっ、帰ろっと」
ピョン!と両足で可愛らしく跳躍すると、女神はそこから姿を消した。
「ただいまー」
「……女神様、おかえり」
私が移住へと戻ると、うんうんと資料とにらめっこしていた何も身に纏わぬ天使が振り向いて迎えてくれる。
いつ見ても完璧な造形美。私が造り上げたのだから当然と言えば当然だが。
一応言っておくと、天使ちゃんが裸なのは私の設計。対して私は日によって色の変わるものの、今日はピンクのブラジャーとパンツを装備している。
「天使ちゃんー!」
「……ん」
そこにある撫で回したくなるほどに瑞々しく、もちもちとした天使の素肌に私は思わず駆け寄り飛び付く。
二組の巨乳が衝突したが、その勢いを天使ちゃんは無抵抗に受け止めた。まあ、もし抵抗しようが、結果として体格差から私が押し倒す形になったのだが。おおよそ160cmに対して私170cmという身長差。天使ちゃんがテーブルに倒れ込むのは当然である。
「……あ。……関係ない、場所も、壊れちゃった」
見れば、私がのし掛かる彼女の倒れるテーブルには既に世界が置かれていたようだ。僅か数秒前までは色とりどりな模様が大地を塗りあげていただろうに、今や高さ400km、幅3000km、長さ8000kmもの天使ちゃんの白い肌に塗り潰される。
「いいじゃん、こんなちっぽけな世界なんてさ。――天使ちゃんを困らせるとはいけない人々ですね。天子ちゃんに滅ぼされるの刑です。神罰を与えます」
クスクスと笑いながらそう言いのける。別に言う必要もないが、それはそれ。私の次に偉い天使が不快に思うなど、世界が何個集まっても償いきれない大罪。
女神はテーブルに押し付けたままの天使と裁きという名のスキンシップを再開する。
下に引かれた二つの大陸と無数の島々、そこに暮らしていた人々の行方は言うまでもなく。女神が天使を強く抱き締めれば、もぞもぞと身を捩らせた天使の素肌は更に100kmを巻き込み、犠牲者を増加させる。
だが、人びとにとって不運なことに悲劇はこれだけで終わらない。天使には純白の双翼が付いていたのだ。
変化の薄い表情の代わりにピクピクと動く、天使の腰ほどまで届く、長さにして9000kmはありそうなふさふさな翼。それは一度動くと、陸に蔓延る微生物ごと、あらゆるものを掃除してしまう。数度翼が羽ばたけば、地表50kmに存在していたものは例外なくその表面にこびり付き、海水すらも僅かにも羽を湿らせることなく、文明が存在していた証拠の全ては翼の汚れとなった。
「きゃははは!これだけやれば懲りたかしら」
満足いくまで天使を愛でたあと、共に起き上がり世界を見下ろす天使と女神。
そこにあったのは、天使の背中の形にダイヤより固く押し固められた、もはや原型を留めていない物質で構成された大地。翼に掃除された、マグマで埋め尽くされた真っ赤な海。そして、幸運にも破壊の魔の手から逃れたごくわずかな陸地だった。
「……女神様、まだ、ちょっと、残ってる」
「いいのいいの。こんな世界で生き殺しなんて素敵じゃない。天使様にかけた迷惑、たっぷり償って貰わなきゃ」
パチリ、と女神が指を鳴らせば、その世界はもとある場所へと戻った。
世界に散らばる残された100万人ほどの生存者は生きることを許されたのだ!
……重力すらも歪みつつある地獄で、だが。
ばさばさ。と天使ちゃんが羽ばたけば、先ほどの世界の残骸は塵となって空に消えた。それが私に今のちっぽけな大破壊を印象付けさせる。
「んんぁっ、……最高っ」
先ほどまで多くの生命体が繁栄していたというのに、その世界は私たちがふれ合うだけで崩壊してしまったのだ。
なんという力の差!生死与奪を自由がままに握りしめる圧倒的な優越感!己の全能感に酔いしれる私は、興奮なり止まぬこの身を慰めるために優しく胸を刺激する。
「……手伝う」
それを見るや否や、天使ちゃんもむにむにと私の火照った胸を揉みしだいてくる。
「んっ!」
その健気な姿に思わず達してしまいそうになるものの、なんとかこらえ、一呼吸。今日のメインディッシュはこれではない。しばし、我が儘な体を冷やす休憩である。
誤解のないように言っておくと、他の神々からすれば、護るべき世界を破壊して興奮しているこの女神はまごうことなき変態であり、これが普通というわけではない。
……そして、不運にも彼女に産み出されてしまった世界がまた破滅を迎えようとしていた。
「えいっ」
パチリと指を鳴らせば、世界リストから適当に選んだターゲットが丸テーブルに転送された。
「あれ?手形?」
大まかに緑、白、青の三色で構成される典型的な世界。でもその中心には何故だか、私の手をそのまま押し付けたかのようなパーの形に起伏が存在していた。
「……これ、この前、遊んだ」
うんうんと首を捻る私だったが、天使ちゃんの話を聞いてようやく思い出す。
そうだそうだ。たしか手形を大地に刻んで放置した世界があった。
女神様が造り上げた山脈に建造物を構築するとはなんたる無礼者なのだろうか。これはもう、全生命体で償ってもらわなければならない。
――などという今考えた馬鹿げたシナリオを片手に、私は目の前の箱庭へ飛び立つ。
「それじゃ、ちょっと遊んでくるね」
「……いってらっしゃい」
操作する場合は例外として、世界と女神たちの間では時間の感覚が大いに異なる。時間感覚がことなる神々からすれば、等速ではもはや進展がわからないため都合が悪いのだ。
かくして彼女たちからして約1ヶ月。彼らにして10億年ほど前。それなりに繁栄してきた文明は、一度崩壊を迎えていた。
ドゴオオォン!!
何の前触れもなく、突如として世界を襲った激震。世界中は今までにない大揺れに見舞われ、建物という建物は崩壊する。揺れから耐えるべく地に丸く伏せる人々だが、倒れるビルの瓦礫と、バリバリと割ける地から逃れることは出来なかった。
だが、女神が神力で揺れを押さえたからこの程度の被害ですんだのであって。現に、本来なら秒速100kmを越えて地面が襲い掛かってきたところを、未だ人類はまばらに生き延びることができた。
一面瓦礫となってしまった風景に絶望を隠せない人々。悲しみの中、天より声が響く。
「あー、聞こえる?みんなの女神様よ。君たちの信仰が低いから、たった今裁きを下しちゃったわ。いずれまた来るけど、もし助かりたかったら私を崇めることね、あはは!」
女神の愉快で楽しげな、最後には笑いだしてしまう全く威厳のない神託。その神託と共に、一瞬の内に人類を1000分の1まで減らした1800kmの御手は天へと帰っていく。
創造的な破壊の後、残されたのは遥か上空から見ればくっきりと目立つ手形と、都市の残骸だけ。
茫然とした人々が再び動き出すには幾度の時間がひつようだった。
だが、人類というのは想ったよりもしぶとく力強いもので。長い長い時間の中で崩壊前よりも遥かに発展し、かつてないほどの栄光を気づいていた。
――発展した科学は神への信仰を、犠牲にしたが。