タイトル
「恐ろしい天使様2」


僕は死んだのだろうか?薄っすらと意識があるが、目の前は真っ暗である。
でも仕方ないことかもしれない。天使様に殺されたのなら仕方がない。
あの途方もない力を持つ天使様の前ではどうにもならない。
目が開かないと思っていると、目の前が真っ白になる。
眩しい!!なにも見えない。
茶色の天井が薄っすらと見え始める。
夢かと思って目をこするとはっきりと木の天井が見えた。
ここは天使様と初めてお話した時の部屋だ。
気づくと服は自分の服じゃない。見たこともない服に変わっている。
服を触るとちゃんと感触もあるし、あれもしかして死んでない?
死んでないってことは天使様の体の中に入った後、どうなったんだ?

「アルト様!ご無事ですか?なかなかお目覚めになられなかったので、心配致しました。どこもお怪我はありませんよね?」

天使様は僕の体よりもはるかに大きな目で表や後ろをぐるぐると何周もし、心配そうにしている。

「アルト様、どうかお返事してください。もしやお声が出ぬほどお体が悪いのですか?大変、私のせいだ!!」

天使様はかなり動揺している。しかし僕に対して口調がさっきとまるで違う。まるで人違いでもしているみたいだが、
僕の名前をちゃんと言っているから人違いではなさそうだし、どういうことだ?

「天使様?なぜ僕にそのようなお言葉を?僕のような者にそのようなお言葉はおかしいですよ?それにさっきのは一体なんですか?
 なぜあのようなことを?」
「え!天使?・・・あ・・そっか・・私天使なんだ・・・さっきのこと?・・・ッ!!さささ・・さっきのことは忘れなさい!
 その話題は禁止いいわね!」

風呂場でも天使様の様子がおかしいが今も少しおかしい。
天使様はなにか隠しているような気がする。

「そ・・そんなことより、あんたお腹減ってない?」

そういえば、もう何日もまともな食事をしていない。
それに風呂場で体力を使い果たし空腹で今にも倒れそうだ。

「はい・・とてもお腹が減りました」

力弱く悲しい声で返事をする。
またいつご飯を食べられるのかわからない。
空腹という恐怖がいつまでも付きまとうと思うと憂鬱になる。

「お腹が空いたの?待っててすぐ持ってくるから」

そう言って出ていき、すぐに戻って来た。その天使様の指に黒いゴマ粒が挟まれている。
地面に置かれるとそのゴマ粒の正体がわかった。
見たこともない食べ物が沢山の乗った、黒い小さなテーブルが僕の前に置かれている。
見たこともない食べ物ばかりだが、フォークもスプーンもナイフもない。
だが手づかみで食べるような食べ物ではない。
どうやって食べたらいいかわからず、困惑してしまう。

「いかがいたしましたか。もしや食べる気力すら残っておられないのですか?」

また敬語・・・。うーん・・・なぜ?なぜ僕に敬語を使うんだ?

「いえ、そうではなく食べ方がわかりません」
「ああ、そうか!あんたの星では箸は使わないのね。少し待ってて」

天使様は立ち上がりまたどこかへ行ってしまった。
誰もいない部屋に食べ物のいい匂いが立ち込める。
透明なスープに魚が浮かんでいる。
これはソースがかかった煮た野菜かな?
僕は生唾を飲み込んだ。今すぐ手づかみで食べたいぐらいだ。

「はい、これを使って」

天使様はフォークとスプーンを持って来てくれた。
それを受け取ると僕は無言で食べ物をかきこんだ。
見たことも聞いたこともないような食べ物を口に入れるとびっくりした。
うまい、うますぎる!こんな美味しいもの初めて食べた。

「おかわりいる?」
「はい、お願いいたします」

皿の中が空になるとすかさず、おかわりを持って来てくれた。
一口一口食べるたびにお腹が満たされていく・・・。好きなだけご飯を食べたのはいつぶりだろう?
これが満腹か~こんな気持ちになったのは久しぶりだ。
とても幸せな気持ちになる。
満腹という快感に浸っていると料理は全部食べてしまったというのに、まだどこからか食べ物の匂いがする。

「天使様もしや、もう召し上がらないのですか?」

食べ物の匂いははるか上空から匂ってくる。
僕のいる位置からは低すぎて、天使様の皿の上に何が乗っているのか見えないが、多分僕と同じものを食べていると思う。

「うん、もうお腹いっぱい」
「あの・・皿の上を見せていただけませんか?」
「うん・・変なの?まあいいけど」

爪に持ち上げられたことにより、テーブルの上の状況が見えてきた。
やはり、天使様は料理を少し残している。

「あの、この料理どうなさるのですか?」
「どうするって・・・捨てるに決まっているじゃない」
「捨てる・・・この料理を・・・・」

僕は今まで食べるものに困るぐらい貧乏だった。
天使様の食べ残しは本人からしたらちょっとした量かもしれないが、僕にとっては一週間?いや一か月?
下手したら半年以上の食料に匹敵する。

「捨てるなんてとんでもない!僕が代わりに食べます」
「ごめん。足りなかったの?新しいの持ってくるから待ってて」

立ち上がって、おかわりを取ってこようとする天使様を引き止める。

「これほどの量の食料を捨てるなんてとんでもないことです。捨てるぐらいなら僕が食べます。降ろしてください」

天使様は困ったような顔をしながらも、球体上の皿の中に入れてくれた。
その中には白い塊が入っていた。その白い塊は一つは馬よりも断然大きく、下手をすると小さなクジラぐらいの大きさかもしれない。

「アルト・・・私の食べかけのご飯なんて食べてもしょうがないわよ・・・食べたかったら新しいの持ってくるから・・・」

天使様の言葉を無視し、白い塊を食べ続けたが一向に減らない。
まだまだ沢山、白い塊はあるのに塊の一つですら食べきることができなかった。
結局ちょっとかじる程度しか減らず、僕が食べても食べなくてもあまり変わらない。

「天使様いけません。食べ物を粗末にしては・・・私なんか食べる物が無くて困っていたのですよ。ですから・・・」
「うん、わかったわ。そういうことなら全部食べる」

皿の上にいた僕を、爪に挟んで取り出しテーブルの上に置いた。

テーブルの上から天使様を見上げると、大きな丸い皿が軽々と持ち上がられ、長細い柱を使って巨大なピンクの口に運んでいる。
天使様の残した食べ物を食べきろうと思っても、ちっとも量が減らなかったのに
天使様が少し口を動かすとあっという間に全ての白い塊を食べつくしてしまった。

「どうこれでいいでしょ?」

皿を手に持ちながら、僕に見せてくる。
その皿の中には白い塊の姿はなく、空っぽになっていた。
これで半年分ぐらいの食料は全部天使様の胃の中へと飲み込まれて行ったということだ。
すごい食欲・・いや食欲というより体格差・・・山のような巨人には文字通り山のような食料が必要・・・。
そのスケールに圧倒され、今まで自分は「こんな小さなかけら以下の食料に困っていたのか」と複雑な心境になる。

でもすっかり、ご馳走になっちゃたな。
これすごく美味しいけど、もしかしてすごく高い食べ物なんじゃ・・・。

「天使様、ご馳走様でした。ですが今持ち合わせがなくて、その・・・」
「持ち合わせ?ああ、別にそんなの気にしなくていいわよ」
「ですが、あのようなご馳走をいただいておきながら、なにもお返ししないというのは申し訳なくて・・・」

天使様は僕のことを見て、何か思いついたかのようにニヤリと笑う。

「そうなの!実はあの食べ物はとても貴重な物ばかりで、とても高いのよ」

やっぱり!どおりで美味しいわけだ。
でもどうしよ。どうやってこの恩をお返しすればいい?
小さなテーブルに載っていた食べ物は全部平らげてしまった。しかもおかわりまでしている。
高いものって言っていたけど、どれぐらい高いのだろう?
僕にでも払える金額なのかな?払えないとなるとまた借金か?借金なんてもうこりごりだ。

「天使様、申し訳ありませんがお金は持っていません。ですがいずれこのご恩はお返しいたします」
「どうやって返すの?」
「はい、時間はかかっても働いてお返しいたします」
「ふーん働いてねー・・・それじゃあダメ!今すぐ返しなさい」

今すぐ返すの!まさか天使様がそんなこと言ってくるとは思わなかった。
でも、今の僕にはなにもできない。

「では天使様、どうすればよろしいのでしょうか?」
「いい仕事があるのよ。それをやってみない?」
「どんなお仕事ですか?」
「簡単な仕事よ。しかもあんたが死ぬまで三食の食事付き、もちろんお腹いっぱい美味しいものが食べられて、
 寝る所や着る物も提供するし、健康面にも配慮して体調を崩したりすると無料で最先端の医療行為を受けられるようにするわ。
 どう?やってみる気はない?」

すごい!そんな夢のような仕事があるなんて、やはり楽園はすごいところだ。
でも、僕はすぐに「はい」とは言えなかった。

「天使様、実は言いにくいことなんですが、僕には借金がありまして・・・その借金を返さないと夜逃げしたことになってしまいます」
「なあんだーそんなこと。うーんじゃあ、この仕事をしてくれるって言うなら契約金を出すわ。そのお金を持ってあんたの星に行って
 借金を返してきてあげる。もちろん借用書ももらってくるから安心して」

天使様はタンスに行き、ゴトゴトとタンスに手を突っ込み何かを探している。
タンスから手が出てくるとピンク色の袋が手からぶら下がっていた。
その袋の大きさは生まれ故郷のシンボルの時計台が袋の中にいくつも収まるぐらい巨大な袋であったが、
その袋の大きさは天使様の手のひらサイズでしかない。
天使様は袋の中に手を入れ指で何かつかんでいる。
それを僕の目の前に持ってきた。

「これが契約金よ。これでどう?」

2階建ての家の大きさに匹敵する、巨大なダイヤモンドが僕の前に鎮座している。
このダイヤはかなり高いダイヤだ。今まで見てきたダイヤとは光り方が全然違う。
その光り方を見ただけで、かなり質のいいダイヤだということがわかったが、それよりも問題なのがその大きさだ。
家のように巨大なダイヤの塊なんて見たことがない。
これ総額いくらだろう?いやどんな金持ちでも家に匹敵する巨大ダイヤなんて持っている人なんているわけない。
僕はその巨大なダイヤを首を上げて見上げていた。

「もしかして足らないの?じゃあ、もう一個追加でどう?」

巨大ダイヤのすぐ隣にダイヤと同じような大きさの巨大ルビーが置かれた。
燃え上がるような美しい赤色で神秘的に光り輝いている。

「まだ足らないの?じゃあ、もう一個」

ルビーの隣にサファイヤが置かれた。
青く光るサファイヤは海の水を光り輝かせたような美しさがあった。
もちろんこのサファイヤもルビーと同じような大きさの巨大サファイヤだった。

「まだ足らないの?じゃあ、全部あげる。これなら流石に足りるよね」

天使様は袋を逆さにして降り始めた。
すると光り輝く宝石がバラバラと落ちはじめ、あっという間に宝石の山ができた。
眩しくて目がくらみそうだ。僕の周りには巨大岩のような宝石が重なりあって山のようになっている。
文字通り宝の山。
この宝石の山で、一つの町で使われる建物の材料の全てをこの宝石で賄えるほどのすごい量だ。
七色に光り輝く宝石でできた町。
そんな夢のような町もこの天使様の宝石を使えば簡単に作ることもできる。

「もしかして、まだ足らないの?ちょっと待ってて倉庫に行って、もっといっぱい取ってくるから」

僕は慌てて引き止める。

「いえ、そういうわけでは・・・」
「ちょっと!あんたの借金って一体いくらなの?」
「金貨なんですが枚数は・・・」
「ああ~金なのね?最初からそう言えばいいのに。待ってて今取ってくるから」

少しすると天使様は戻ってきた。
その手には金の延べ棒が握られている。

「あんたが欲しいのはこれでしょ?これで足りる?」

長さは80メートルもある金の延べ棒が地面に置かれた。その金の延べ棒が地面に着地した衝撃で地面がグラグラ揺れる。
僕は辺り一面黄金に包まれ眩しくて目をつぶった。
少しずつ目が慣れてきてゆっくり目を開くと、すごい大きさの金が目の前一杯に広がっている!
大きさもさることながら、かなりの厚さがあり、三階建て相当の建物に匹敵する高さを持っていた。
これ全部合わすと金貨何枚分あるのだろう?
少なくとも十万枚?いやもっとかな?と・・とにかく・・・こんなに沢山金を貰ったって扱いに困る。

「金で間違いないのですが、量が多すぎて困ります」
「じゃあ、どれぐらいの量なの?」
「これぐらいです。この手のひらに収まるぐらです」

僕は両手をお椀上にして天使様に見せる。
天使様は小さくて細かいものを見るため、僕に近づいてくる。
近づくにつれて、ふんわりと天使様の甘い香が強くなる。
大きな目の黒目が一杯に広がり、まつ毛さえも見えなくなるぐらい近づき、じっと僕のことを観察している。
手をちょっと伸ばせば、天使様の眼球に触れるんじゃないかと思えるほどの距離だ。毛細血管さえもはっきりと見える。
まつ毛が僕に当たって怪我するんじゃないかと思ったが本当にスレスレのところで瞬きをしている。
瞬きをするたびに風が吹く。
髪がなびくほどの風ではなかったものの、やはり至近距離から棒のようなまつ毛が何本も同時に上から降ってくると怖い。
僕の手の大きさは天使様から見ると0.2ミリもないため、確認するのは不可能かと思われたが。

「本当にそれだけ?そんなちょっとのお金に困っていたの?」

轟音が響く。至近距離で見ているということは、口も至近距離にあるということ。
その轟音に思わず耳を塞いだが、幸いその一言だけ言うと目は離れて行った。

「はい、天使様にとってはそうかもしれませんが、僕にとっては金貨100枚は大金でして・・・・」
「ふーん、そうなんだ。あんたも大変ね。でもこの金を細かく削るのはめんどくさいからこのまま持っていくわ。
 場所も調べればすぐにわかるし、その人の家の前にこれを置けばいいのよね?」

こんな巨大な金を僕の町に置ける場所なんてない。

多分この巨大な金を町に置くとこんな感じなる。

「ほら、この金を受け取りなさい」

借金取りの家が急に暗くなる。その家の上空には信じられないほど大きな女が立っていた。この巨人こそ天使様である。
天使様の手のひらには金の延べ棒が乗せられており、その手を逆さにした。

ゴオオオオオオという轟音が町中に響くと辺りが暗くなり金が降ってくる。
その金は影になっており、暗く不気味に町を覆いつくした。
ドスウウウウウという轟音と振動が町を襲い大きな地震が発生した。
とてつもなく重い、金の下敷きになり地面がめり込んだ。
それも一つや二つじゃない。何十もの建物を金はまとめて潰した。
レンガで作られた頑丈な建物も金の重さには勝てず、あっさりと地面に深くに沈んだ。
建物が直接金に触れずともその膨大な重量の影響で地震が発生し、家が倒壊したり傾いたりする。
下手をすると、どこからか火の手が上がり火事が起こるかもしれない。
一度、火事が起こると連鎖する。
金が町に落とされたことにより火事が起き、そして徐々に拡大していき最終的に火の海になる。
火事によって生まれた炎の光が金を照らし、照らされたことにより金がさらに美しく光り輝く・・・・・。

そんなことを想像するとゾッと寒気がした。
なぜ?僕がここまで被害を予測できたのかというと、天使様の手が町に触れたのをはっきりと見ているからだ。
金の大きさを考えると天使様の手のひらよりも若干重いはず、
ということはさっき破壊したレプリカの町が受けた被害と同じかそれ以上の被害が出ることは簡単に想像できた。


「天使様お願いです。そのようなことはおやめください。そのようなことをしますと多くの建物が潰れてしまいます」
「まあ、あんたがそういうなら仕方ないわね。あんたのいうとおりの大きさにするわ。その代わり仕事はちゃんとするのよ?」

ああ~よかった。どうやら町は潰されずに済みそうだ。
だが、ここまで色々天使様に注文をつけたんだ。今更この件を断れる雰囲気ではないよな・・・・。

「はい、お願いいたします。ですが仕事の内容はなんですか?まだ仕事内容を聞いていません」
「内容?えっと・・・どうしよっか?」
「え!?僕は何をしたらいいのですか?」
「考えてなかったな~えっと・・・そうだ!私とずっと死ぬまで一緒にいることそれがあんたの仕事よ」

ずっと一緒にいる?つまり金持ちとかが雇う執事みたいなことをするのか?
でもこんな大きな天使様のお世話なんて僕ができるのか?いや・・どう考えても無理な気がする。
簡単に引き受けたけど、もしかして、ものすごい無茶な仕事を沢山させられるのか?
そう考える急に不安になる。

「あの・・・執事的なお仕事でしょうか?」
「シツジ?・・うん?・・・シツジ・・・そう、そうしましょう。あんたは今日からシツジよ」
「ですが、僕はこの通り体が小さいです。天使様のお世話はできそうにありません」
「なに言っているの?あんたは私の近くにいればそれだけでいいの」

天使様は目を丸くして驚いている。

もしかして天使様のいる楽園には執事という職業はないのか?
なんか話がかみ合わない。

「ですが、一緒にいるだけでそのような大金を受け取るわけには・・・」
「なに言ってるの?私と一緒にいるのがあんたの仕事だって言ったでしょ。それともなに?私に逆らうの?」

まずい天使様はお怒りだ。
怒らせるとなにをされるかわからない。

「わかりました。お好きなようにしてください」
「そんな言い方じゃあダメよ。あなたと死ぬまで一緒にいる。命令だ!こう言いなさい」
「天使様、なぜそのようなことを言わなくてはならないのですか?」
「あんたは黙って私の言うことを聞いていればいいの!
 あんたの借金を返して、しかもその後の面倒までみるって言っているのに不満があるの?」

天使様はテーブルをドンドンと叩いている。
怒らせればあの手が町に落ちてくると思うとやはり拒否権なんてなさそうだ。

「あなたと死ぬまで一緒にいる。命令だ。天使様これでよろしいですか?」
「ふー・・・・命令とあらば仕方ありません。アルト様、これからもよろしくお願いいたします」

その言葉を聞くと天使様は目をつぶり、胸に手を当て大きく息を吐くと僕に向かって微笑んだ。
僕に向けられた笑顔は太陽のように光り輝いていた。


続く