タイトル
「憧れの人」



恋に落ちると言えば聞こえはいいが、実らぬ恋ほど虚しいものはない。
いわゆる片思いってやつだ。
片思いだとわかりきっているのに、相手に一方的に近寄るのは相手に迷惑だし、なにより見苦しい。
俺は今は同じクラスの天本さんに恋をしている。
が、もちろん相手はそのことを知らない。
俺による一方的な片思いで恋が実る気配すらない。
話しかけたことなんて、一度もないし、それどころか話しかけることさえできないのだ。
なぜなら、天本さんはあまりにも美しく可憐で学年一の美人と言っても過言ではないからだ。
わざわざ俺みたいなさえない奴を選びはしないだろう。
男子から絶大な人気を誇る彼女がその気になったら、俺以上の男いくらでも手に入る。
なので、これだけは断言できる。
天本さんは俺を選ばない。
それだけは、はっきりしている。
天本さんと俺が結ばれないなら、あきらめるしかないわけだが、どうしてもあきらめきれない。
眠るとき、目をつむると天本さんの顔が浮かび、学校の廊下で偶然、天本さんとすれ違う、それだけで心が踊った。
今年の春まではそうだった。
天本さんと偶然すれ違う、それだけで満足だったんだ。
しかし、二年生に進級した春から、なんと天本と同じクラスになった。
同じクラスになるということは、俺の視界に天本さんが映る機会が増えるということだ。
同じ教室に天本さんがいる。
それだけでも俺にとってはすごいことだ。
とくに英語や現代文の授業では天本さんの声が聴ける。
もちろん毎回毎回ってわけではないけれど、そのためだけに学校に通っているって言ってもいいほど、楽しみにしていた。

そんなこんなで、天本さんとの距離がここ数か月で一気に距離が縮まったような錯覚をしてしまい、どうしても俺の中にある恋の欲求を抑えることができなくなってきた。
一応、告白も考えたが、どう考えても成功する見込みはない。
では、どうするか? 
告白してもダメだし、友達から始める? いやそれも無理そうだ。なんの接点もない俺と友達になるなんて不可能に近い。
だったら、遠くから見つめるか?
いやいや、それは単なるストーカーだ。
天本さんをストーカーしてるなんてこと、もし誰かにバレたら、どうなるかわからない。
それに天本さんを傷つけたくないし、怖がらせたくない。
なので、正攻法のストーカーではダメだ。
俺の理想は天本さんや他のクラスメートから絶対バレずに天本さんを見つめること。
しかも、遠くからではなく至近距離から自分の目で直接天本さんを見たい。
と思っても方法がない。
そんな夢みたいなこと、できるはずがない。

俺も自身もそう思っていた。この物体縮小装置に出会うまでは。

この縮小装置さえあれば、誰にも見つからずに、至近距離から天本さんを堂々と見ることができる。
そんな夢のような装置を俺は手に入れることができたのだ。
もともと、この装置との出会いは単なる偶然に過ぎない。
たまたま見ていたマッドサイエンティストが集まるサイト(サイトは全文英語で書かれているため日本人はほとんど見てないし知られていない)
でこの装置を発見し購入した。ただそれだけのことである。
物や人を小さくするなんて、あまりにも非科学的で胡散臭いため、世界中の誰からも相手にされていなかったのに、それをあえて俺が買ったのだ。
その額は日本円で10万円ぐらい。
それでも開発者によると安すぎると言っていたが、この装置が本物だと証明するいい機会だと言って特別に格安で売ってくれた。
まあ学生である俺にとっては10万円でも高すぎるぐらいだが、天本さんを見ることができるならと思い、お年玉貯金を崩して思い切って買った。

そして、その現物が今日届いた。
早速、段ボールを開けてみると文庫本サイズの薄っぺらな機械が入っていた。
ダイヤルとその縮小を示す倍率の数字が並んでいるだけのシンプルな構造の機械。
その機械のほかに説明書がついていたが、すべて英語で書かれたいたため、翻訳するのに時間がかかったが、なんとなく使い方がわかってきた。
薄っぺらな機械の真ん中にあるダイヤルを回す。
回すと数字が徐々に大きくなる。
10から20、20から30というように数字が大きくなる
この数字が倍率を意味し、ダイヤルを回して倍率を指定するようだ。
例えば10のところにダイヤルを回すと10分の1になり、100にダイヤルを合わすと100分の1になる。

俺は試しに机の上に転がっていた、黒ずんで小さくなった消しゴムに向かって機械を操作した。
ダイヤルを50に設定し、縮小装置を消しゴムに向けボタンを押した。
すると消えた。消しゴムが消えた。今まであったはずの消しゴムがどこにもない。
机の上をくまなく探すと・・・あった。
小さな小さな点のように小さくなった消しゴムが机の上にあった。
信じられないことだが、これはさっきまでここにあった黒ずんだ消しゴムだ。小さくてわかりずらいが間違いない。
実験は成功した。
これで、ついに天本さんを好きなだけ見れる。
こんなにうれしいことはない。
だが、ここからが重要だ。
ただ、小さくなっても意味がない。
相手にバレずにずっと観察するにはどうすればいい?
一晩じっくり考えてようやく答えが見つかった。

プールだ!! 

プールで小さくなって、水着姿の天本さんを見よう。
天本さんの制服姿ももちろん素晴らしいが、水着なら制服よりも数段上。
天本さんの水着姿を見たことないし、この先見る機会もないだろう。
そう思うとますます、天本さんの水着が見たくなった。
水着を見たいといっても、普通ならできない。夢物語だ。
しかし、そんな夢物語もこの縮小装置があれが叶う。
絶対にできないようなことも、この装置さえあればできるんだ。
せっかく10万円という高いお金を出したんだ。この装置があるときにしかできないようなことをしたい。
そう思うと必然的に水着姿の天本さんがみたいと思った。いや、思うんじゃなくて絶対に見たい。見なきゃダメだと思う。
しかしその肝心の天本さんはいつ水着なんか着るの? って普通は思うが、天本さんは毎日水着になっている。
なぜなら天本さんは水泳部で、朝日が登るぐらいの早い時間から一人で朝練をしている。
なので、早朝学校に行けば、水着姿の天本さんが見れる。
もちろん男は入れないが、この装置さえあれば、誰にもバレずに忍び込むことが可能だ。
しかも早朝の学校なら天本さん以外誰もいない。
プールに誰もいないから、天本さんだけをじっくりと見れるし、人が少なければ必然的に誰かに見つかるリスクも少なくなる。
これしかない。俺は早速明日から、この計画を実行することにした。
明日が楽しみだ。俺は目覚ましを朝の4時に設定し、いつもより早く眠ることにした。

そして待ちに待った朝がやってきた。
朝と言っても外はまだ暗く、朝といった感じがしない。
学校の制服に素早く着替え、薄暗い通学路をコソコソと歩く。
いつもはなにも考えずに堂々と歩いているが、今日はそうもいかない。
誰かに見つかったらダメだ。
誰かにこんな朝早くから、学校に向かっているなんてこと誰かに知られたら絶対怪しまれる。
だが、幸いなことに途中誰とも会わずに学校まで来ることができた。
そして、プールにやってきた。
更衣室を抜けて、プールに・・・・って、いや、待てよ。
俺の手に握られている、縮小装置はいつでも使える。
つまり、更衣室で小さくなれば、天本さんの裸を見ることも可能。
いや、よく考えてみると着替えだけではない、その気になればトイレだってお風呂だって覗ける。

「天本さんの裸・・・・。お風呂にトイレに着替え・・・・」

いやいやダメだ。ダメに決まってる。
いくら、この縮小装置を使えばなんでもできるとはいえ、それは俺の良心に反する。
絶対にバレないとはいえ、そんなこと天本さんのことを想う俺自身が許せない。
それに、水着で十分。十分すぎる。
仮に制服姿であったとしても、俺の気のすむまで天本さんをじっくり見れるなら、それでもいいぐらいだ。
だからダメ。裸は見ちゃいけない。
俺にはまだ早いし、そんなことしたら、人間としてダメな気がする。
これは完全に一線を越えてしまっている。するべきじゃない。
天本さんの裸は見ない。そう心に決め、更衣室を抜けプールサイドへと向かった。
プールサイドに着くと縮小装置を取り出した。

「とりあえず、100ぐらいかな? 100といえば1.7センチか・・・」

自分の指を見ながら考えたが、確か指の幅は1センチとちょっとぐらいだと思う。
自分の指を見て思ったが、1センチは思ったよりも大きく、虫ぐらいの大きさだ。
これでは、見つかる危険性は大いにある。足元に虫がうろついている。と思って見つかるかもしれない。
もっと小さく、ならなくてはいけないか。

「じゃあ、1000か? 1000なら1.7ミリか・・・」

その1000分の1なら2ミリ未満だ。
これならぐらいの大きさなら見つからないと思う。
と思ったが、そんな安易に決めてしまっていいのか? 
少し不安になったので、その場にしゃがみこみ、プールサイドのコンクリートに自分の指を置いてみた。
自分の指の幅が1センチちょっとなら、その10分の一が約一ミリぐらいになるはず。

「するとこのぐらいか」

確かに二ミリ未満一ミリ以上は小さい。
立っていれば、見分けるのは困難な大きさだ。
しかし、もし、しゃがめばどうなる?
しゃがみながら地面をよーく見てみると、見えてしまった。
二ミリ程度だと、しゃがめば見える大きさだった。
これではダメだ。もし天本さんがしゃがみこんで、地面を見れば見つかってしまう。
だが、二ミリだとそれがギリギリの大きさ。これ以上小さければ、しゃがんでいても見分けるのは困難だ。

「決まったな。大きさは2000分の1でいこう」

2000分の1。
それは俺の身長170センチが0.85ミリまで小さくなる。
1ミリを切る数値となり、肉眼での確認は困難になる。
こんなに小さくなれば大丈夫だ。絶対に見つからない。

「さて大きさは決まった。あとは安全確認だ」

プールサイドをぐるりと周り安全を確認する。
1ミリを切るということは虫よりも小さくなるということだ。
もし、近くにアリ一匹でもいたら大変だ。
小さくなった俺にとっては、アリはライオンよりも恐ろしい猛獣になる。
なので、念入りに確認をしたが周りには虫は一匹もいなかった。
これで、準備はそろった。あとは天本さんがこのプールに来るのを待つだけだ。
それから約10分後、ついにその時が・・・

(来た。天本さんだ)

心の中でそうつぶやくと、俺は縮小装置のダイヤルを2000に合わして、スイッチを入れた。


しゅるるるるる・・・・・


「小さくなった・・・?」

今までの景色はこんなんじゃないはずだ。
さっきまで、朝日の光が柔らかくプールに差していたが、今はなく影になっている
振り返って見てみるとあり得ないほど、高いなにかが建っていた。
それはなんだ? 
首が痛くなるほど、首を上げ上を向いてみると大きな黒いものが横に模様のように走っていた。
その模様をたどってみる。
黒く太い線は、横に進むと大きなカーブをし上に登り、登り終わると平坦になった。
平坦になり、その先はまた同じように大きなカーブを描き、上へと昇っている。
これはなんだろう?

「・・・さんだ!」

そうだ! 間違いないこれは数字の3だ。
あまりにも巨大すぎて、一目ではわからなかったが、これは数字。
つまり、俺の背後にあったのは飛び込み台。
その数字が俺の背後に聳え立っている。
改めて見てみると、もやはこれが単なる飛び込み台だとは思えない。
なにか巨大な建物のように思えた。

ドシン

飛び込み台の大きに驚いていると今度は急に地震が起こった。

「チッ、今度はなんだよ」

震度は4ぐらいか? 
急に地震が起こり体が揺ふらつく。
幸いここはプールなので、何かが上から降ってくる心配はないが、少し心配なことが頭をよぎった。

(もしかしたら、さっきの地震のせいで、天本さんの朝練は中止かも)


ドシイイイイン、ドシイイイイン

今度の揺れはさっきの地震よりも大きい。
震度は5か6クラスか?
何かにしがみつきたくなるような強い地震が辺りを襲った。

(ほんとにやばい。もしかしたら、朝練どころではなく、学校の授業そのものが中止になるかも?)

これはえらいことになった。
まさか、天本さんの朝練をこっそり見ようと思った、その日に限って地震が起こるなんて・・・

ドシイイイイイイン、ドシイイイイイイン、ドシイイイイイイン
 
「うわあああ!!」

さっきよりさらに強い揺れ・・・。
経験したことないような大地震が辺りを襲った。
あまりにもすごい揺れだったので、心臓がバクバク鳴り出し体が震える。
こうなっては、朝練どころじゃない。
自分の家が心配だ。なにも起こってなければいいけど・・・

「うん・・・・? な!!」

俺は気づいてしまった。
何かが俺の頭上をすっぽりと覆っていることを。
それはさっきの飛び込み台じゃない。もっと大きいものそれは・・・。

「天本さん!!」

思わずそう叫んでしまった。
本当に思わずだ。なんせ俺はこっそり覗いている身。
声なんか上げてはいけない。
それなのに声を上げてしまったのには理由がある。
それは天本さんが予想を上回るほど巨大だったからだ。
あり得ないほど巨大だと思っていた、飛び込み台は今の天本さんと比べると、とても小さく見える。
飛び込み台は天本さんの膝ぐらいの高さしかない。
そんな巨大な飛び込み台を上回る天本さん。
その顔は見えない。
今見えるのは果てしなく、大きなまるで天を支えているかのような、偉大さのある健康的な肌色の脚。
その脚は少し日焼けをしており、健康的に見えるが、かえってそれがより脚を偉大を増長させている。

その脚が一つにまとまる先。その先には黒の地面が肌を覆っていた。
これは天本さんが着ている競泳水着なんだろう。
その水着はまるで大地か山肌のように大きかった。
その黒い水着を登っていくと、丸い大きな二つの盛り上がりがあった。
これはおっぱいだろう。
二つのおっぱいは、水着の生地を押し出し大きく膨らんでいる。
その二つのおっぱいには山のような存在感があり、その丸みを持つ大きさのせいで天本さんの顔が見えない。
おっぱいに邪魔されて、天本さんの顔が見えなかったのだ。

「いやいやいや・・・落ち着け・・・落ち着け。確か天本さんの身長は155センチだったよな。
 で、今の俺は2000分の1の身長0.85ミリ。つまり2000分の1。
 俺から見た天本さんは2000倍になるから・・・・身長3100メートル!!」

3100メートル?
3100メートルって言えば山だ。
それも、とびっきりでっかい山。
確か富士山が3700メートルだったはずだから、それに匹敵する大きさだ。
やばい! 自分の大きさに気を取られすぎており、
天本さんがどれぐらい大きくなるのか計算するのを忘れていた。

「このままじゃ危ない! もっと大きくならないと・・・」

縮小装置のダイヤルを操作しようと思った次の瞬間。
天本さんが前にかがんだ。
かがんだことにより、おっぱいの山の奥から天本さんの顔が現れた。
その顔は、やはり美しく可愛かった。
それについては、山のように大きくてもそうじゃないくても変わらない。
美しく可愛い天本さんを見て、改めて強く思った。絶対にバレてはいけない。
これ以上大きくなると天本さんに発見される危険性がある。そう思い縮小装置を使い大きくなるのをやめた。
しかし、いくらなんでもこのままじゃ危ない。
さっきの地震は天本さんの歩行からくる振動のはず、それは天本さんの大きさから考えて容易に想像がつく。
富士山が歩いている。そう思うと震度6や7が簡単に起こっても不思議じゃない。

そんな恐ろしいパワーを持った天本さんの脚。いや肉の塔の持つ重量ははかりしれない。
そんな肉の柱が上から降ってきたら、小さな俺なんか一瞬でぺしゃんこだ。
3100メートルもある巨大で美しい肉体。
彫刻のような健康的で美しい脚。
その脚が一つに交わると、肌色から水着の黒へと色を変える。
その布越しからでもわかる、おへそ。
おへそはくっきりと水着の影になっており、そこがおへそだと一瞬でわかる。
さらにその先の綺麗な曲線。これは天本さんのくびれだ。
どうしたら、こんなにも美しい曲線を描けるのか不思議で仕方がない。
そしていよいよ、その先は二つの大きな山。おっぱいだ。
この二つの山は、みっちりと水着に張り付き、布を押し上げている。
こんな美しい山、見たことがない。
天本さんのおっぱいと自然の絶景と呼ばれる風景を並べてみても、天本さんの方がきれいだ。
今の俺ならそう断言できる。

おっぱいの持つ大きさはガスタンク並みか? いや天本さんのおっぱいはガスタンクなんかよりもはるかに大きい。
仮におっぱいの高さが10センチだとしたら、その2000倍200メートルになる。
200メートルなんて、本当の山だ。
そんな世界一柔らかい山が、俺の上空2000メートル先にあった。
2000メートル上空といえば雲が飛んでいる高さだ。
つまり、天本さんのおっぱいに雲がかかり、その雲の上に天本さんの顔がある。
雲よりも高い位置にあるのが天本さんの顔。そして雲がかかっている上空にあるのが天本さんの二つのおっぱい。

(天本さん、君は神だ。自然に匹敵する美しさと力を持つ女神だ)

天本さんの持つ神々しい力と美しさに見とれてしまい、ますます天本さんのことが好きになってしまった。

「朝日が気持ちいい~。これぞ朝って感じ~」

突然、綺麗な女の人の声が響いた。
このプールには天本さんと俺以外誰もいない。
なので、この綺麗な声は天本さんの声ということになる。
しかし、いつもこっそり聞いているの天本さんの声じゃない。
声のトーンは一緒というか、よく似ているが、問題はその音量。
なんというか、エコーがかかったような響く音だった。
声というよりも音。
マイクを持って叫んでいるような、それでいて鮮明に聞こえてくる。
それが、今聞こえてきた声だ。
今、天本さんの口は上空2000メートル以上先にあるはず。
そんな遠いところにある口から発した音だとすれば、それはかなりの大音量になるはずだ。
普通なら、そんな大音量人間には出せない。
しかし今の天本さんは2000倍に巨大化している。ということは口も巨大化しており、2000倍の口。
2000倍の口と言ってもどれほどのものかピンとこないが
普通の人間の口の横幅が約4.5センチ前後、上下の唇の幅が約2センチ前後と聞いたことがある。
それを2000倍すると今の天本さんの口の大きさがおおよそ見当がつくはずだ。

「ええっと、2000倍だと横幅90メートルで上下の縦の幅が40メートルか・・・・って、ええ!!」

おいおいおい、冗談じゃないぞ。
90メートルといえば、25メートルプールの3.6倍だ。
俺が縮小する前に見た、このプールの3倍以上の大きさの唇。
プール以上の大きさを持つ、ピンクの裂けめ。それが天本さんの唇だというのか?

もし唇を縦に置くことができたら、高層ビルに見えるだろう。
90メートルの柔らかい肉でできたビル。それが天本さんの唇だ。
しかも、その唇は自由に可変することができるピンクの肉の塊。
今の天本さんなら、ビルをくわえることさえな簡単だろう。
大勢の人が住む、マンションやビル。そんな巨大建造物を頬張るために口を開けば、簡単に口を通ってしまう。
建物の中にある階段やエレベーター、そして部屋やフロア、その中にあるトイレお風呂家具に電化製品。
建物の中にありとあらゆる全てをまとめて口の中に入れてしまう。それが天本さんの口の持つ大きさだった。
さらに口がぱっくり開くとその中には、舌という一見可愛らしいが、その正体は化け物ように恐ろしい力を持っている筋肉の塊が住んでいた。
舌は天本さんがご飯を食べたり、飲んだりするのをサポートしている。
舌は筋肉の塊だ。一旦口の中に入ってしまえば舌の天下。
舌の動きには逆らえない。
舌は唇の幅よりもさらに太く、口内を埋め尽くすような大きさだ。
つまり、口の中の地面が動くということは舌が動いているということになる。
舌を持ち上げれば、簡単に持ち上げられ、舌が俺を歯の上に乗せられれば逃げ切ることができない。
地面が意識をもって動いているのだ。
俺みたいに1ミリもない人間なんて、舌にかなうはずもない。
それは、地面から起こる振動、つまり地震を素手で抑え止めようとするぐらい無謀なこと。
自然VS人間
今の俺と天本さんにはそれぐらいの力の差はある。
富士山のように大きい天本さんと普通の人間。
そう考えると今の天本さんは恐ろしい自然災害そのもののような存在だった。

しかし、それでも天本さんは可愛かった。
それは身長が3100メートル。山のように巨大であっても変わらない。
それに例え90メートルもある巨大な口であったとしても綺麗な口に変わらなかった。
今の天本さんの持つ力はすさまじいが、それでも美しさ自体は変わらない。
強く恐ろしくとも美しく綺麗。
なんとも矛盾しているような気もするが、それが俺の感想なんだから仕方がない。



「準備体操しよっと、さっさと泳ぎたいし、早く終わらせなきゃね。いち、にい、さん、し~」

天本さんは準備運動を始めた。
俺から見たら、長く見える腕を大きく動かしている。
その腕も長さは1200メートルを超えている。
スカイツリーの2倍もある腕。
日本一高い建物の2倍もの高さもある巨大で長い腕が、右へ左へと高速で動いている。
天本さんが腕を左に倒すと、それだけで手が左に一キロ進む。
そして胴体に戻り、右へ体を傾けると今度は右に手が一キロ進む。
腕だけではなく、胴体も傾いている。
山のような胴体が右へ左へと傾いている。
黒い水着の天本さんの胴体はある程度、傾くと空中で静止し逆方向へとまた傾いていった。
天本さんにとっては単なる準備運動でも、俺にとっては巨大な山が暴れだしたようなものだった。
もし、天本さんのおっぱい付近に雲が漂っていたら簡単に吹き飛ばしてみせるだろう。
それが天本さんの持つ力、どんな力にも負けない圧倒的パワーだ。
しかしこれは単なる準備体操に過ぎない。
では本番ではどうなるのか。考えただけでも恐ろしい。

(逃げた方がいいよな・・・)

そう思い、天本さんから逃げる。
本来なら、もっと近くで見たいと思ったかもしれないが、今はそうは思わなかった。
天本さんが準備運動してわかった。近づく過ぎると天本さんに殺される。
準備運動でもあれだけの力を見せられたんだ。本番ともなるとそれ以上の力出すはずだ。そうなっては俺なんか簡単に消し飛ぶだろう。
さすがに天本さんといえども殺されたくはない。
殺されると、もう天本さんを見ることができなくなる。だからここで死ぬわけにはいかなかった。


「次はアキレス腱。いち、に、さん、しっ」

ドシイイイイイイン

これまでで、一番の大きな揺れが襲った。
あまりにも大きな揺れと突風で、体が吹き飛ばされた。
こんなの自然が起こす地震じゃありえない揺れだ。震度7かそれ以上の揺れが俺に襲い掛かった。
準備運動。だだそれだけの動きで、体のあっちこっちを強打し体が悲鳴をあげた。
痛い。痛すぎる。こんなに盛大に転んだのは何年ぶりだろう。
そう思いながら体を起こすと、なにか巨大なものが俺を覆っている。

「やれやれ、また天本さんの体かな? え!?」

そう、これは天本さんの体が作り出す影で間違いない。間違いないのだが、体全体による影ではなくそれは・・・。

「これって、つま先だよな?」

この影の状態は天本さんの足の影。厳密に言えば足の小指が作り出す影だった。
信じられないことだが俺は今、足の小指を見上げている。
小指の高さは多分、20メートルぐらいはあると思う。
天本さんの足の指、なんて可愛いんだ。
と一瞬思ったが、さっき地震を引き起こしたのがこの足だ。
この20メートル近い巨大な指も、きっと恐ろしい力を持っている違いない。
ガスタンクがずらりと並んでいる。今の天本さんの足指はそうとしか思えないほど巨大だった。
そんな大きなものが計五本、堂々と並んでいる。
小指からだと、遠くてよく見えないが、薬指はよく見えた。
薬指はもちろん小指よりも大きい。もちろんその隣の中指や人差し指も小指よりも大きいが、ひときわ大きいのが親指だ。
小指の倍ほどの幅を持ち、指の中では一番大きく、目立つ存在であった。
高さも小指の倍ほどあり、40メートルはあるだろう。
40メートルといえば、10階建てのビルに相当する。
つまり、天本さんの小指は5階建ての建物に相当し、親指に至っては10階建てのビルに相当する。

そういえば今、思い出したが、31メートル以上の建物にはエレベーターを設置しなくてはいけない法律があることを思い出した。
つまり、天本さんの親指ぐらいの高さの建物を建てるなら、エレベーターを付けないと違法建築になる。
エレベーターを付けないといけないほど、巨大な足親指。
さすが高さ40メートルの親指は伊達ではない。小指は20メートル。そして親指は40メートル。計5本ある。
だが5本とは片足だ。両足を合わせれば指は計10本もある。
つまり、今の天本さんが2000倍に巨大化した状態で街に現れたのなら、20~40メートルの足指が計10本並んで現れることになる
合計10のビル。見上げるほど巨大な足指が、俺のすぐ目の前に現れた。それも鉄でできた建物ではなく血の通った肉の球体。
天本さんの足は暖かく、直接触らなくても暖かく安心できるような心地よさがあった。

と話は長くなってしまったが、目の前にある天本さんの小指が俺のことを威圧している。
目の前で指が突如、黄色く変色した。するとほぼ同時に指が少し潰れた形に変形している。
これは足の指に力が加わっている証拠。
20メートルもある巨大な指でさえ、天本さんの持つ全体重に比べれば軽く、指が踏ん張り体を支えている。
さらにその上の太ももは、程よく引き締まっておりながら、とても柔らかそうだ。
その太ももが、アキレス腱の準備運動で、上下に動く。
その動きにつられて、太ももの筋肉が伸びたり、縮んだりしていた。

2000倍の大きさなら脚の長さは1400メートルはあるだろう。
天本さんの脚は 正真正銘、山だ。
山そのものの大きさの脚が二本、上半身を聳え立っている。
標高1000メートルを越える山さえも天本さんの脚の長さには及ばず、跨がれてしまう。
天本さんの脚の高さは標高といっていいほど巨大だ。
歩行するための脚が山より大きい。とするとその内部にどれほどの筋肉、そして柔らかな脂肪が詰まっているんだろう?
1400メートルの脚を動かす、強靭な筋肉。それでいて柔らかく包み込むような優しさを持った脚の脂肪。
力を入れれば硬くなり、力を抜けば柔らかくなる不思議な塔だった。

天本さんの体はどれほど重いんだろう? 
脚を見ていて、ふとそう思ったが、こんなことを考えるなんて、天本さんに対し失礼だ。
だが、これは2000倍の巨大な体を持てばどうなるか? どれぐらい重くなるかということ。
しかし、今の天本さんの持つ体はスケールが大きすぎて、どれほどの重さなのか見当もつかなかった。


補足

もし天本さんの体重が45キロなら、3600億キロ、つまり3億6000万トンとなる。
これがどれぐらい重いかというと、ほかの人工物と比べてみればよくわかる。

東京一高い建物 東京スカイツリー

高さ634メートル
重量4万トン

東京一長い橋 東京ゲートブリッジ

長さ2618メートル
重量3万6千トン


こう見ると3億トンがいかに重いのかよくわかる。
2000倍の大きさの天本さんから見たスカイツーは高さ31センチしかなく、膝の高さにすら及ばない。
これが日本一高い建物とはとても思えない。小さなおもちゃの塔であった




****


どれぐらい重いのかわからないが、とにかく逃げた方がいい。
巨大な足指が俺の近くにあるから、いつ踏みつぶされてもおかしくない。
俺は走り出した。
こんなに一生懸命走るのはいつぶりだろう。
しかも今、命の危険を感じて走っている。こんな感情初めてなった。
それほど、今の状況が危険である。そのことだけは間違いない。

「そうだ。屈伸がまだだった。あぶないあぶない」

大きな揺れがまた起こった。
その振動により、俺はまた転んでしまった。
地面に寝ころんだまま、上を見上げると黒い空が俺を覆っていた。
球体か? なにか丸い形の物が上空で静止ている。
距離はとても近く、今にも地面につきそうな勢いだ。
命の危険はさっきからずっと感じているが、今まで一番危ない。そう思った。
でも、逃げれない。黒い球体はとても早い速度で落下してきたため、逃げる時間なんてなかった。
もうだめだ。と思ったその時黒い球体は落下をやめ、急上昇していく。
どんどん天に登っていく、すると今まで大きすぎて全容が見えなかった球体の正体がわかった。

「あれが、お尻だなんて。そんな・・」

黒い球体の正体はお尻。
つまり、天本さんが屈伸し。お尻が落ちてきた。ただそれだけのことだった。

「うわ、まただ」

お尻がまた降ってくる。
お尻。それは山のように大きな双子山だった。
天本さんが、立っている時はお尻に見えるが屈伸し、しゃがむとお尻の肉の半分すら見えず、丸い球体の一部しか見えない。
ここまで、お尻が地面に近づくと近すぎてお尻には見えなかった。
それにしゃがみこんだお尻は水着にびっちりくっついており、水着が悲鳴をあげている。
ミチミチと不気味な音を響かせ、お尻が水着を押し破ろうとしている。
一方、水着はお尻のお重みに耐え、お尻の持つ力を跳ね返している。
お尻の持つ重さはすさまじく、ビルの1つや2つの重量では話にならないだろう。
そんな重いお尻を支え押し返している、水着の耐久性もすさまじかった。
水着を破ろうとするお尻と、それをさせまいとする水着の戦い。いや戦争が俺の上空で広がっていた。
でもそんな大きな天本さんのお尻が好きだ。水着越しなので、黒い球体に過ぎないのだが、それでも天本さんのお尻をこんな間近で見れて幸せだ。

「やっぱお尻が、ちょっときついなあ~。それに胸も苦しくなってきたし、そろそろ新しいの買わないとダメなのかな・・・」

天本さんの声が響くと、指が降ってきた。
降ってきた指はお尻辺りの水着の中へと入っていき、パチンパチンと音を鳴らし、お尻の肉を揺らしている。
普段なら魅惑的な光景だが、縮小した今の状態だと、そうは見えないし思えなかった。
なんせ、天本さんのお尻の力を抑えることのできる頑丈な布が、あっさり指に負けているのだ。
指は水着を簡単に持ち上げ、きついはずの水着の中に入って行っている。
とすると、水着なんかよりも、指の方が断然力が強い。
普段の大きさの天本さんの指はしなやかで細く、白くて透き通るような指だ。
天本さんの指とかの各部パーツは、隙さえあればこっそり教室とかで盗み見していたから、見間違えるはずはない。
だが、今の縮小した状態からみた天本さんの指は、普段と形こそ一緒だが、重くて頑丈な布である水着を軽々持ち上げている。
天本さんの着ている、きつい水着を持ち上げることなんて、どんなに力の強いクレーンでも不可能だと思う。
それなのに、天本さんはそれを簡単にやってのけた。
ということは、天本さんの指は、地球にあるどんなクレーンよりも強く強力であるいうことだ。
しかし、ただ強いだけでなく、今にも抱き着きたくなるほど、白くて細いしなやかな指でもあった。

確か天本さんは屈伸運動をしている最中だったはず。
だったら、手は膝の上にあったはずだ。
それなのに、俺の視界にはお尻しかなく、手は見えなかった。
ということは、膝は俺の視線に入らないぐらい高いということだ。
そんなことが頭によぎった。
指・・・いや今の天本さんの指は少なくとも幅20メートルはありそうだ。
確か道路の1車線の幅が3.5メートルのはず。
つまり、天本さんの指1本は5車線分の広さがあるということだ。
天本さんの指1本、置くにはかなり広い道路が必要となる。
今の天本さんの手の幅は約140メートル。これを道路に置こうとすれば、40車線必要となる。
40車線・・・そんな広い道路滅多にないと思う。
天本さんの手を置ける道路はほとんどない。
それでも無理やり町中に手を置こうとすれば、道路はもちろん建物と道路を一緒に押しつぶしてしまうだろう。
そんなものが、上から降ってくれば、人間なんて小さなもの簡単に押しつぶされてしまう。

「これで準備運動は終わり。さぁて・・・・泳ぎますか~」

その声と同時に足が持ち上がった。
踏まれる!! と思った瞬間。足は俺の頭上を通り過ぎ、遥か前方まで行ってしまった。
あっ! と思ったら、天本さんの足はあんな遠い場所まで行ってしまった。
もし、あそこまで走って行こうと思えばどのぐらいかかるんだろう?
数分? いやもっとか? とにかく全速力で走っても何分もかかりそうな距離を天本さんは一歩。たった一歩で走破してしまった。

「暗い・・・。なんだ。これ!?

急に辺りが暗くなり始めた。確か今は朝のはず。だったらどんどん日が昇り、明るくなるはずなのに今は逆に暗くなっている。
それも徐々にではなく急にだ。急に暗くなったのだ。
俺の上、つまり頭上になにか動くものを感じたので、首をあげてみると・・・。
足だ!! 天本さんの足が俺の頭上にあった。
思い出した。いやそんなこと当たり前だ。
さっきの俺の前方に降ろされた足は左足だ。
それが、降ろされたことにより、少し安心してしまったが、それは大きな間違いだった。
足は2本ある。人間は2本の足を使って、歩いているんだ。
そんな当たり前のことを忘れるなんて、どうかしているが、それは天本さんの体が大きすぎたため、俺の思考が普通の人間の体に置き換えて考えられなくなってしまっている。
そんなこんなで、一難去ってまた一難。次は天本さんの右足が俺を踏みつぶそうとして降りてきている。
もちろん、天本さん自身、俺を踏もうと思っていない。
今の天本さんからみれば、俺は0.85ミリだ。
立っている状態で1ミリ以下の物を肉眼で確かめるのは不可能に近い。
だから今、足を降ろそうとしているところには、なにもないと思い込んで、足を降ろしているに違いない。
だが、そこには俺がいる。1ミリ以下だが、俺という縮小された人間がいるんだ。
思い切って叫ぶか? いや意味がない。天本さんの耳は地上から2000メートル以上離れている。
2キロ先の耳まで叫んだって、聞こえるはずがない。それに足音がこんなに響くんだ。その音に声がかき消されるに決まっている。
天本さんの右足はどんどん地面に近づき、より影が濃くなっていく。
天本さんの足は440メートルぐらいか? 
そうだとしたら、15両編成の電車が止まれるホームをすっぽり覆ってしまうだろう。      

「ごめん・・・」

思わず声が出る。
俺が悪かった。俺が天本さんを覗こうとしたバチが当たったんだ。死んでも・・・いや死ぬのは嫌だが、それも仕方ない。
今から逃げても手遅れだし、天本さんに俺の存在を伝える手段もない。
ならば、あきらめるしかない。それもいいじゃないか。最後に天本さんの綺麗な足を見て死ねるならそれで、俺の短い人生よさよなら・・・・




ドシイイイイイイン





「痛って!! え!? なに?冷たい・・・」

あれ? 死んでない。いや確か天本さんに踏まれ死んだはず?
それなのになんで体が冷たいと思うんだ? 
てっきり死んだものだと混乱していたが、辺りを見回して状況を理解した。
体は冷たい。そして濡れている。そしてプカプカと浮いている浮遊感。
そうここは水の上。どうやら、俺はプールの上に落ちてしまったようだ。
でも、なんでだろう? なんでプールの上に?
色々考えてみたが、たぶんこういうことだろう。
天本さんの右足が地面に振り落とされる直前、足の着地点がズレて助かったが、足の起こす突風に巻き込まれて、プールに落下した。
まあそんなところだろう。でも俺は生きている。助かったのだ。

「天本さんに踏まれなかった。よかった~」

よかった。よかった。これでまた天本さんを見ることができる。ってあれ天本さんは?
左右辺りを見回しても、天本さんの姿は見えない。
プールと言っても今の俺からすれば、海そのものなんだが、どこにもいない。
水の上に浮かんでいるのは俺だけだった。

「さて、最初の一本は軽くしときますか」

天本さんの声がした!
でも、どこからだ?
声はするけど、姿は見えない。

「時計の針が0になったら、スタートしよ」

時計の針が0になったら、スタート?
一瞬なんのことか、わからなかったが、二回三回と天本さんの声を頭の中で繰り返していると言葉の意味が理解できた。
天本さんはまだプールには入っていない。
天本さんは飛び込み台の上におり、今から飛び込もうとしている。
もし、あんな高いところから、全長3100メートルの巨体が、プールに飛び込んできたらどうなる?
今度こそ死ぬかもしれない。
俺は時計を見た。
すると時計の針は50辺りを指している。
つまり、あと10秒で天本さんはプールに飛び込む。
そうなっては、今度こそ終わりだ。
俺の寿命はあと10秒。
10秒で、できることなんて、たかがしれているが、それでも懸命に泳いだ。
さっき踏まれそうになった時はあきらめてしまったが、今度はそうもいかない。
死という恐怖を味わったあとの心境の変化は大きく、無駄だとわかっていても、体が勝手に動いてしまう。
必死に泳いでいても、心が焦るばかりであまり進まない。          
それでも、針は55、56、57と確実に進んでいた。
58、59、00。
針が0になった。
すると、天本さんの体、つまり全長3100メートルの体が空を飛んだ。
水面から上を見上げると天本さんの、顔、肩、胸、おへその影、腰、ふともも、ふくらはぎ、足と体のすべてのパーツが、俺の頭上を飛び越えていく。
天本さんの脚力はやはり、すさまじい。
その鍛え抜かれた強靭な脚は飛び込み台を蹴る力が強すぎたため、俺の体の上を飛び越えてしまい、もっと遠くへと体全体を押し出していた。


ザバアアアアアアア!!

天本さんの体がプールにぶつかると、大爆発が起こるようにして巨大津波が発生した。
天本さんの持つ、途方もない重い体が飛び込んだんだ。それ相応の水が動いて当然。
100メートルはありそうな、ビルさえも簡単に呑み込んでしまうほどの大津波が突如発生した。
そんな巨大津波が容赦なく、こっちに向かってきている。
海のように広いプールの水、その全てが俺に押し寄せているような感覚になり、
垂直でできた水の壁がこっちに向かってきている。
津波が俺のいるところまで、到達するのにほとんど時間はかからなかった。
俺は津波に流されてしまい、なすすべがなかった。
今、飛び込み台の方向へ向かって流されている。天本さんの泳いでいる方向と逆方向に向かって水は急速に動いていた。
随分流されたのち、津波は突如逆方向へ向かい始めた。
これは、プールサイドの壁に津波がぶつかり、跳ね返ってきてこうなったようだ。
津波は飛び込み台のある方向から、流れを変えプールの中央に向かって流れ始めた。
やがて水の動きも弱まり始め、そして水は止まった。

俺はクラゲのように、ただ水の上を浮かんでいる。
もうへとへとだ。泳ぐ気力すらない。
津波にさらわれ、体がバラバラになりそうなほど水圧を受けたのだ。
今、生きていることと浮かんでいることで精一杯だ。
少しでも気を抜いたら、沈んでしまいようなほど、体力を消耗している。
そうやって、なにもせず浮かんでいるとまた水面が波打ちだした。
重い首を回し、プール中央に向かって、視線を移すと巨大な水しぶきが目に入った。
水を切り裂き、大津波を起こしながら、こっちに向かってきている。

どうやら天本さんは25メートル泳ぎきり、ターンしてこっちに戻ってきている。
それもとんでもない速度で真っすぐ、俺のいる方向に向かってきている。
地響きに似た振動と津波。
このまま、ここでじっとしていると天本さんの体が起こす、とんでもない量の水をまたまともに受けることになる。
天本さんの腕。1200メートルもある腕が水を切り裂き、1400メートルの脚が水を蹴っている。
全長3100メートルの巨体を動かすには、これほど大きな腕と脚が必要。
強靭な筋肉達が力を合わせて、天本さんの体を推進させている。
その様子は、海を切り開いて進んでいるように見え、とてもじゃないが人間がマネできるスケールじゃない。
これはもはや自然や神に匹敵るような強大な力。
そんな自然的力がこのプールに発生し、その証拠に巨大な津波を何度も発生させている。
山にも匹敵する長い柱が、水の中をありえないほど高速で動き回っている。
もちろん、こんな巨大な肉の塔に衝突すれば、軍艦ですら簡単に沈没してしまうだろう。
天本さんの持つ腕は山のようなもの、つまり、腕に触れるということは、山が降ってくるようなものだ。
いくら、頑丈な軍艦でも、山の下敷きになったら、無事でいられるはずない。
それは腕や脚に限らず、泳いでいる天本さんは常に水面を爆発させながら、泳いでいるようなもの。
そんな爆発に巻き込まれれば、軍艦といえど助かるはずがない。

さらに泳いでいる天本さんには10メートルはありそうな泡を体にまとっている。
これは、足や腕が水をたたいた時に起こる泡なんだが、これほど大きな泡は見たことがなく、どれぐらいの力を持っているのか俺に示しているように思えた。

そうこうしているうちにどんどんこっちに近づいてくる天本さん。
近くに飛行機でもあれば、飛んで逃げることもできるが、そんな便利なものあるはずもなかった。
そして俺は元気もなく、浮かんでいるのが精一杯。
泳いで向かってくる天本さんをただ見ている。それが精一杯だったのだ。

「死ぬ・・・」

波がどんどん強くなっていき、もうすでに流され始めていた。
水が動き始めて体が流される。と次の瞬間、大きな大きななにかが俺を覆いつくした。




「軽く泳いでるだけなのに、こんなに流されちゃって、ほんとちっちゃいんだね。ウオーミングアップ用の泳ぎでもこれだもん。
 大会用のタイムを出る、泳ぎで泳いでたら、死んでいたよ~。きっと」

誰かが笑っている。のか? 突然、雷鳴のような声が聞こえてきた。

「ふうん・・・。聞こえてないつもり? ああ。そうか。こんなにちっちゃいだもんね。そう思うのも無理ないか。でもね。君がそこにいるの、ちゃんとわかっているんだよ」

また、同じ方向から声がした。
俺は恐る恐る、上を見上げてみた。
すると、天本さんは泳ぐのをやめ、俺の前に立ち、じっとこっちを見ている・・・ような気がした。
いや、でも、そんなの気のせいだ。気のせいに決まっている。
俺の身長は天本さんから見ると0.85ミリになるはず、肉眼で見えるはずがない。

「まだ、知らんぷりするつもり? 勝手に入ってきたくせに、そんな態度とって。いいよ。わかった。そっちがその気なら・・・」

その声が発せられると同時に巨大な肌色の柱が降ってきた。
その柱は、天本さんの人差し指か、なんかだろう。
指が俺に向かって降ってきていたのだ。
そして指が着水。
俺を突き刺すような勢いで降ってきた指だったが、幸いにも指が横にズレて直撃はしなかった。
しかし、天本さんの指は小型漁船ぐらいの幅をもっている。
そんな大きな指がいきなり俺の近くに降ってくると、当然波が起きる。
天本さんの起こした波に流され、ブクブクと沈む。
苦しい。苦しくて本当に死ぬ。俺は死に物狂いで泳ぎ、なんとか水面に顔を出すことができ、溺れることをなんとか回避できた。
     
「指一本、水につけただけで沈むなんて、ほんとちっちゃいんだね。あ~、おっかしい~」

今度は指が少し昇り始めた。
その指は俺の真上で静止している。
何をするのか、見ていると、指がくるっと回った。上下逆さになった。
そのことで、天本さんの指に乗せられていた、水が降ってきた。
その量の水は、風呂をひっくり返すなんて、そんな生易しいものじゃなく、プールの水全てをひっくり返したような勢いがあった。
その指の水に流され、また沈み。
そして、また死に物狂いで浮かび上がった。

「あ~、やっぱおかし。だって、ただ指を突っ込むだけでブクブク。ちょっと水を当てただけでもブクブクなんて・・・もう! ちっちゃすぎだよ」


信じられないことだが、天本さんが笑っていた。
笑っている? なぜ笑う? このプールに俺以外のものがなにかあるのか?
いや・・・ない。なにもない。辺りを見回して見ても俺以外なにも浮かんでいなかった。
ということはもしかして・・・いや天本さんは俺のことに気づいたのか?

「ようやく、私のこと見てくれたね。そう、私はアナタが見えてるの」

って・・・おい! まさかまさか!!
そんな見えるはずなんかないのに、見える大きさなはずないのに。
いや、だって天本さんが入れた指はとても大きかった。
だから、縮小倍率は間違いない。間違いなく2000分の1になっているはず、それなのにどうして・・・・?

「ふふふ、驚いてる。驚いてる。なんで、私がアナタが見えるのか。不思議でしょうがないって顔してるね。

その言葉を聞いて、さらに驚いた。
天本さんは俺の表情まで正確に見えてる。
そんなまさか・・・・。

「ここじゃなんだから、上がってから説明してあげる」

プールの水がグラグラと揺れ始めた。
それは今までのような、水を叩くような揺れではなく、下から何かが迫りあがってくるような揺れ。
そして、俺の体が持ち上がる。
空へと羽ばたくように、体が宙に浮いていた。
慌てて状況を確認してみると、地面は波打つ肌色。
その形と大きさから考えてこれは指。
天本さんの指が、水中から現れ、俺の体ごと持ち上げていた。
指は天本さんの顔、辺りで止まった。
すると、天本さんの美しいきれいすぎる顔が大パノラマで広がっていた。
絶景。
いや、世界中のどんな絶景を見せられても、目の前にある絶景に比べるとかすんでしまう。
天本さんの顔は世界一綺麗だ。それは女性の持つ、美しさもさることながら、自然のように広大で息をのむような迫力があった。
その目、頬、鼻、口、耳、髪。
そのすべてが2000倍の大きさだ。つまり、天本さんの体のパーツ全てが自然物に匹敵するスケールなのだ。
その巨大と美しさがあいまって、何者も触れてはいけないような神秘性さえ感じられた。

そして下を見てみると、ザブンザブンと波を起こしながら、プールの中を歩いている。
一歩一歩、脚と脚を動かすたびに胸がプルンプルンと揺れた。
柔らかそうなおっぱい。水着越しからでもわかる大きなおっぱい。
山頂まで200メートルもあるおっぱいが揺れている。それはどういうことか?
どれぐらいの力があれば、山を揺らせれるのか? 
俺の力だけで、天本さんのおっぱいを揺らすことができるのか?
いや、そんなの無理だろう。人間ごときが山と戦って勝てるわけがない。
そんなことすっかり忘れていた。
俺は今、死ぬとか、そんな感情は薄れていたが、今の天本さんがその気になったら、いつでも俺を殺せる。
その方法が実に簡単で、指を挟めばいいだけ。それだけで、指に乗せられた俺はイクラをつぶすよりも簡単につぶれてしまうだろう。


「ここでいっか」

俺は天本さんの指から、地面のコンクリートに降ろされた。

「たしか君・・・。佐藤君だっけ・・・? いや違うな。あ! 鈴木君だ・・・。え? 違うか・・・・。う~ん・・・まあ誰でもいっか。
 とりあえず、同じクラスの男子ってことは間違いないよね」 

天本さんは自分の顎に指をあて、女の子座りをしながら俺を見下ろしている。
俺は天本さんのちょうど膝付近にいた。
いくら座っているといっても、間近で見る、天本さんは大きかった。
頭まで少なくとも2000メートルぐらいはありそうで、そんな高いところから俺を見下ろし、表情まで認識できるなんて、いまだに信じられない。

「なんで覗いたの? でも、私が着替えてるところとか覗いてないよね? もしかして、泳いでるところが見たかったとか?」

そんな・・・バレてる。天本さんの表情から察するにすべてがバレているようだ。
ど・・・どうしよう。なんて言い訳すればいいのか・・・。

「ふーん・・・そうやってずーと答えないつもり? これでも答えない?」

巨大な指が降ってきた。もちろん俺を目掛けて。
潰される! と思った瞬間、指は静止し空中で止まった。

「このまま、なにも言わないつもりなら潰しちゃうよ」

その言葉と同時に指が左右にうねりだした。
指がただ単にくねくね動いているに過ぎないのだが、今の俺には巨大なドラゴンが空中で暴れまわっている。そんな風に見えた。
それほど恐ろしく、大きなものが暴れているということだ。
当然そんなものが降ってきたら、あっという間に指にミンチにされてしまうだろう。

「待って!! ちょっと待って!」
「やっと、私と話してくれた。でもよかったね。あと数秒でも遅かったら、指、降ろしてたよ」

指を顔まで持ち上げて、自分の指を見ながら話す天本さん。その顔は冗談で言っているようには見えず、どうやら本当に殺すつもりだったようだ。
おお・・・怖い。

「で? なんでここに入ったの? まさか知らないで小さくなって、気づいたらここにいた。なんて言わないよね?」
「いや・・・その・・・」
「とぼけたって無駄だよ。縮小装置を使って、小さくなったってことはわかってるんだから」
「・・・・って、ええ! なんで縮小装置のこと知ってるの? それになんで俺のことが見える?  
「そんなの簡単だよ。あの装置は私が作ったんだから」

・・・・は? どういうこと? 

「実はね。誰かに私の研究の成果を見てほしかったんだけど、考えてみれば物体を小さくするなんて、犯罪に使おうと思えば使えるし、人だって簡単に殺せる。
 私の作ったもので、誰かを傷つけてほしくないし、最悪売らないことも考えた。
 でも、やっぱ誰かに使ってほしい。
 他の人がこの縮小装置を使うと、どんな使い方をするのか、もしかしたら私の思いつかなかった使い方を考え出すかも、ってすごく興味があった。
 だから、縮小装置を誰かが使ったら、どこでなにに対して使ったのかわかる、まあ逆探知機みたいな装置も同時に作ったの。
 でも、まさか同じ学校のしかもクラスまで一緒の男子が使うとは思ってもみなかったけどね」

ということは、最初からバレていた? 最初から天本さんは俺が覗いていたことがわかっていたのか。

「でも、一つだけわかんない。エッチな目的で小さくなったんだったら着替えを覗けばいいじゃん。
 それなのに、着替えの時は反応しなかった。ということは着替えは見てないはずだよね? なんで? どうして着替えを覗かなかったの?」 
「かわ・・・ぃそぅ・・・だ」
「え!? なんて?」
「かわいそうだからだよ! わかってるよ。悪いことをしてるっていうことは。だからだよ。だから着替えを覗くってことは、悪いことに悪いことを重ねるみたいで、いやだったんだ。
 それに天本さんを見れればそれでよかったんだ。それで充分なんだ。だって、いつもは盗むようにチラッと教室で見る程度、そんなのいやだ。
 もっと近くで、気が済むまで堂々と天本さんを見たい。そう思って、小さくなったんだ」   
「遠くから見るね・・・。ふーん・・・あ! じゃあ、もしかしてこういうこと?」


指が持ち上げられ、泉のような大きな目がこちらを見つめてきた。
真っすぐ、じっと俺のことを見つめている。二つの目。
その目があまりにも大きくて、驚いてしまい思わず目線を逸らす。
そもそも、なんで危険を冒してまで小さくなったのかというと、天本さんを見るため、遠くからでもいいから、思う存分天本さんを眺めたい。
そう思って小さくなった。
それなのに今、天本さんと初めて言葉を交わし、しかも天本さんの指につままれ、本当に天本さんの目の前。
手を伸ばせば触れそうなほど目は近くにいる。
これがもし、縮小状態ではなく元の大きさ。つまり天本さんと俺が同じ大きさだった場合、、天本さんに壁ドンをされているような状況だ。
普通の男女はこんな至近距離で話したりしない。
壁ドンとは恋人がするようなことだ。
そんな状況に急発展し、俺は激しく同様している。
憧れの人にそんな至近距離から話しかけられた俺は、恥ずかしすぎて、天本さんの顔をよく見ることができなかった。
それでも、チラッとだけ、天本さんの顔を見てみた。
すると相変わらず、俺の顔をじっと見つめている。その大きな目は時々上下に動いており、俺の体全身を観察しているようだった。
泉のような巨大な目と俺の目が合った。目が合った瞬間、また俺は視線を外し、うつむいた。
恥ずかしいし、もう心臓バクバクだ。
憧れの人に指でつままれ、見つめられるなんて・・・恥ずかしすぎて、もうどうしていいかわからない。

「ふ~ん、せっかく私を見れるチャンスなのに見ないの? ほらほら、そんなに好きなら、いくらでも見ていいんだよ」

うつむいていた顔を指がつかみ、グイと上げた。
それにより、目の前に天本さんの顔が広がった。
慌てて、首を下げようとしたが、指は俺の顔を決して離さず、少しも動かすことができなかった。

「よかったね~。これで見放題だよ。うふふ、そんなにいいの? 私って?」

天本さんはケラケラ笑いながら、そう話している。
だが、その言葉は人を苦しめて喜んでいるというよりは、冗談半分といった具合にからかっているような口調だった。
それでも俺は、恥ずかしくて目をつぶった。
なぜなら、理性を抑えるのに必死だったからだ。

天本さんの指や顔の温もりが体全身に伝わってきている。さらに一言一言、話すたびに吐息がかかった。
天本さんのぷにぷにの指を全身で感じ、さらに口の匂いまでダイレクトに嗅いでしまっている。
もう、こうなっては恥ずかしいという感情をも超越し、エッチな気持ちになりつつあった。
だが、そうなってはいけない。俺のスケベな気持ちを天本さんが気づいてしまうと、どう思うかわからない。
いやらしい目で、見てるとバレて殺されるかもしれない。
なので、いけない。これ以上興奮してはいけない。
指に挟まれ、天本さんに全身を肌で感じ、吐息を嗅ぎ興奮している。
そのうえ、顔まで見つめると、確実にやばい。理性がなくなってしまう。
なので、俺は天本さんの顔を直視することはできなかった。


「こんなにいっぱいチャンスをあげてるのに、それでも私を見ないなんて、やっぱりアナタは言ってることは嘘じゃないみたいね。
 その表情を見てわかったよ。本当に命を懸けてまで、私を見たかったんだね。
 そんなの前もって言ってくれれば、いくらでも見せてあげたのになぁ~。
 でも、勝手にのぞいたのは悪いことだよ。いくらエッチな目的じゃなくても許せない。
 殺そうかとも思ったけど、でも・・・・アナタのその顔。その恥ずかしがってる顔を見ていたら、気が変わっちゃった」


しゅるるるる・・・・


「どう? 今の感じは」

耳を抑えたくなるような轟音。それに台風みたいな突風が吹き荒れた。

「耳が痛い? それじゃあ、音量を下げる設定にしてあげる。あと重力もいじったからね。これで私から離れられないよ」

轟音と突風は静まったが、なにかがおかしい?
天本さんの声が今まで以上にエコーがかかっており、それにものすごい浮遊感を感じる。
浮いているのか? と一瞬思ったが、確かに俺は天本さんの指という地面に足をつけている。
それなのになぜか、ものすごい高いところにいる、そんな気がした。

「まだ気づかないの? ほら、よーく周りを見てみて」

辺りを見回すと、辺りの景色が激変していた。
さっきまで、天本さんの指にいたはず。
それなのに今、俺がいるところは傾斜が続く肌色の大地。
それだけなら、指と変わらないはずなのだが、問題はそのスケールだ。
その傾斜は山だ。山のように巨大な傾斜が続いており、その距離は何キロにもわたって続いていた。
そして傾斜の反対側はなにもない空間が広がっている。
確かに俺はプールサイドにいたはずだ。それなのに、プールが見えない。
傾斜の反対側はなにも見えず、ただ広い空間が見えるだけだった。

「やっと気づいた? アナタを縮小したのよ。それも10万倍までね」

10万倍? 確か天本さんは10万倍って言った。
今までの俺は2000分の1の大きさだったはず、それのに10万倍ってどういうこと?

「今のアナタは私の鼻の・・・そうね。鼻先辺りにいるんだよ。多分私の鼻は3センチぐらいの高さがあるから、アナタにとっては3キロ。
 つまり3000メートルってことだね。そっか富士山ぐらいの高さの鼻か・・・そんな高いとことにいるなんて、アナタも大変だね~」

鼻が3000メートル? そんなバカな。
たしか今までの天本さんの大きさが2000倍の身長3100メートルだったはず。
それなのにさっき天本さんは鼻だけで、3000メートルもあると言った。
鼻だけで富士山? 鼻だけでそんな大きいなんて、じゃあ体全身なら一体どれぐらいあるんだ・・・・。

「あ~、そうそう。言うの忘れていたけど、今の私の身長は155キロだよ。これがどのぐらい大きいのかというと、東京を枕にしたら足は静岡にある計算になるね。
 だから、アナタから見た私の鼻は大きすぎて、下山するもできないと思うし、もし仮に下山できて足まで行こうと思っても何日もかかる。それぐらい大きいんだよ」

東京から静岡?
それが今の天本さんの身長? それは本当なのか? あまりにも大きすぎてぴんとこない。
でも、今の天本さんの顔、つまり鼻から先はよく見えた。
そこにあるのは目。その目は、まるで二つの月のように見えて、星がこっちをギロリと俺を睨んでいる。
まさに今の俺は目と鼻の先の状態・・・いや、目と鼻の上だ。
天本さんから逃げることはできない。
今の天本さんは、人間というより、一つの大地だ。
富士山の鼻、そして県の2つや3つまとめて下敷きにできるほど巨大。
そんな体を見て、人間なんて思えるか? いや思えない。
今の天本さんは神。それもとびっきり美しい女神だ。
その女神の決定にちっぽけな俺が異議を唱えられるはずもなかった。

「もうあと30分で始業チャイムがなるから、そろそろ着替えないと。よかったね。今から私の着替えが見れよ。でも、まあ体の全容は見えないか?
 今のアナタのその小さい目なら、せいぜい私の顔を見るのが精一杯で、胸まで遠すぎて見れないだろうし、
 それにその位置からだと鼻が邪魔になって真下は見えないでしょ。だったら、このまま着替えても問題ないよね。
 でも下は見えなくても、顔なら見放題だね。よかったね~。授業中ずっと私の鼻の上から顔を見てられるよ」

そういうと天本さんの脚が動き出した。
もちろん、天本さんの言う通り、巨大すぎて脚は見えない。だが、この尋常なない揺れは天本さんの起こす揺れ以外考えなれない。
それに、ものすごい風圧だ。天本さんは走っているのか? いや違う、ただ歩いているだけだ。
それだけなのにこの風圧。頭がくらくらする。
やばい、これはさすがにやばい。俺は大声で助けを呼んだ。

「今のアナタは、小さすぎて・・・そうね。0.02ミリのアナタなんて、小さすぎて誰からも見えない。だから助けを呼んでも無駄だよ。
 それにただ歩いてるだけで、そんなに慌ててるようじゃ身が持たないと思うけどな~。ねえ忘れてない? 今日の体育でマラソンがあるでしょ。
 全力で走ったら、こんなもんじゃないよ・・・ああ! そうだ! マラソン。それにアナタが耐えれたら、元の大きさに戻してあげる。それまで私の顔でも見ててよ。
 好きなんでしょ? 私の顔。まあ・・・楽しむ余裕があればの話だけどね」
 



これから、彼に待ち受けていたのは地獄の連続だった。
だが、彼にとってはそれもよかったのかもしれない。
なぜなら、憧れの天本さんと話すことができ、彼女の体を触れることができたのだから。