タイトル
「押しかけ少女。前編」



丸いホールのような部屋。ここは私の通っている学校の教室。
教室の教壇には、先生がいて、浮き上がったモニターを指さしながら熱弁している。
教わる生徒も勉強に必死だが、教える先生も生徒に負けないぐらい必死に教えている。

「え~、ですから、原始文明しか持たない異星人は水と光がないと、生きていけないわけで・・・・」

周りは真剣そのものもなのに、一人だけが上の空。
私は先生の話をこれっぽちも聞いておらず、窓の外から風景、人工的に作り出された青い空を見上げてばかりいる。
そんな状況なので、当然授業内容なんか頭に入ってこない。
ここ数日ずっとそう。なあんにも手がつかなかった。

「ちょっとエマさん。聞いているの?」

先生がキッと私を睨んでいる。とても怖い顔だ。
しかし、今の私には先生が怒ろうが怒らないが関係なく、自分が怒られているのに、なぜか他人が怒られているような感じがする。

「エマさん。原始的な異星人を滅ぼすには、なにが一番手っ取り早いですか? 立って答えなさい」

私は立ち上がった。
そして、答えを言おうとしたが、わからない。授業をきちんと聞いていない、私には当然答えられはずもなかった。

「エマさん。この授業が終わった後、一人で教室に残ってなさい」

先生は確実に怒っている。それは顔を見れば明らかだ。
でも、私は謝りもわず、先生に対し曖昧な返事をするばかりだった。
そのあとも授業は続いたが、私はあいかわらず、空を見ていた。
ああ、空はこんなにも広いのに、それに比べたら、この教室はなんて狭いんだろう。あの空に飛び込むことができたら私は・・・・

「エマさん。エマさん!」

気づくと先生が私の肩をつかみ、グラグラと揺らしていた。

「エマさん。授業はとっくに終わりましたよ」
「すいません」
「どうしたのエマさん? なにかあったの」

今の私には悩み事ある。眠れなくほど、考えてしまう悩み。でも恥ずかしくて人には言えない。
先生はもちろんのこと友達に対してもだ。誰にも言うつもりはない。

「もじもじ指をくねらせ。真っ赤になったその表情。う~ん・・・」

先生は私の頬を両手でつかんだ。
急に顔を触られたので、びっくりしてしまい、一歩あとずさりをする。
その間も先生は私の顔を真剣に見つめていた。


「間違いないわね。エマさんもとうとう発情期か。おめでとう、で・・・相手は?」
「な! は・・・はははは・・・・発情!!」
「そう。その表情と仕草は間違いなく発情ね」

そんな・・・誰にもバレないと思っていたのに、よりにもよって、先生にバレるなんて・・・
さいあく・・・。恥ずかしくて死んじゃいそう・・・・。

「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのよ。先生にも昔そんなことがあったから」
「そうなんですか!?」
「そう、私の場合エマさんより、ちょっと遅かったと思うけど、そんなこともあったわね」

そうだったんだ・・・。
世界で私一人だけが、異星人に恋しているのかと思っていったけど、先生にもそんな過去があったなんて意外だ。

「恋をして、彼のいる異星に行って、彼を自分のものして・・・でも、自分のものになったら、男を養わなくちゃいけないでしょ? 
 だから、星を侵略する必要があるってわけね。
 そうやって、ちょっとずつみんな大人になっていくものなのよ・・・・で? エマさん。あなたの好きな人はどこに住んでるの?」
「地球っていう星に住んでいるみたいです」
「へー・・・聞いたことない星ね。でもエマさん。あなた・・・遊び半分じゃないでしょうね?」

私が恋をしていることを見抜いた先生には嘘は絶対通用しない。
もし、ここで嘘をついてもまた見抜かれてしまう。
と、なればヤケだ! 思っていること全部しゃべってやろう。

「先生! 私、遊びなんかじゃありません。カイ君のこと考えてたら眠れないし、目をつぶれば、カイ君が浮かぶし、空を見れば、ああ・・カイ君も
 この空を見つめているのかな? じゃあ、もしかしたら今、目が合ってるのかな? とか考えて、
 もう、なにもかもがカイ君カイ君で私・・・もう・・・変になりそう・・・・」
「はいはい。エマさんの気持ちは十分わかったから、とにかく落ち着いて」

落ち着いてなんか言われても、落ち着いていられない。

「先生。お願いです。地球に行く許可をください」
「許可って言っても、あなたクラスの中で弱い方じゃない。その程度の力で、目的の人を振り向かせることができるの?」

私はなにも言い返せなかった。
今の私は弱い。こんなことでは、星の支配なんか到底無理だろう。
だから、カイ君のことを知るまでは、強くなろうと一生懸命勉強していた。
しかし、ここ最近は勉強がおろそかになっている。それも全部、私の心を奪ったカイ君のせいだ。

私の通っている学校の教育方針。それは星を支配することで、それは私たちの生き方そのものだ。
いくつもの星を支配し、その資源を得て豊かな生活を送る。それが一人前の女である証拠だ。
星一つ支配し、その頂点に立てなければ話にならない。
文明を破壊し、支配する力があってこそ、男を守れる。そういうことだ。
地球では、男が女を守ると言っているが、私たちからするとバカバカしい。女が男を守るこれが私たちの常識だ。

「それにあなた。なに? その目のクマ。肌も荒れてるし、そんなんで大丈夫?」

先生が鏡を持ってきて、私の顔を見せてくれた。
鏡を覗き込んでみると、ひどい顔が映っていた。
髪はバサバサだし、なんとなく顔色も悪く、ちょっとやつれている。
ひどい姿だが、仕方がない。
毎日毎日もやもやして眠れないんだもの。そうなっても仕方ないような気がする。

「地球ね・・・。ちょっと待って。調べてみるから・・・へ~ランクZ。最低クラスの文明か・・・。こんなに弱かったら守りがいもあるし、
 これなら、あなたの力でもなんとかなりそうよ」
「本当ですか!」
「ええ。でも・・もしもよ。もしも、その男がエマさんのこと見て、嫌いって言ったら、その時はどうするつもり?」
「それは・・・・」
「弱い、あなたは嫌い。帰れって言われたら?」
「うぅ・・・」

先生はあいかわず、痛いところをついてくる。
そこは私も一番気にしていたことなので、なにも言い返せず、うつむいてしまった。

「はあ~。わかってないわね。そういう時こそ、強い自分を見せなきゃ。
 この世の中は弱肉強食なのよ。弱いものは強いものに逆らえない。そうでしょ?」
「はい。先生は授業で何回もそう言っていましたね。だから強くなれと」
「そう。だから。もっと強くなろうと努力しなきゃ。確かにエマさんはクラスの中では弱いかもしれない。
 でも、一生懸命ベストを尽くして男を振り向かす。それぐらいの気持ちがなきゃ男は振り向いてくれない。そうでしょ?」

確かに先生の言う通りだ。
今までの私は、弱い自分は嫌だ。恥ずかしいとずっと思っていた。
でも恥ずかしがって、なにもしなければ進展があるはずもない。
進展がなければ、ずっとこのままでなにも変わらない。
それだけは嫌だ。絶対に嫌。 なんとしてもカイ君に私の気持ちを伝えなきゃ。伝えて両想いになりたい。
そうなるためには先生の言う通り、私のできる範囲でベストを尽くす。それしか方法がないような気がする。

「先生。私、まだまだ未熟ものですけど、でも・・・やっぱり、カイ君に会いたい。会って私の気持ちを伝えたいです。じゃないと私、もう身が持ちませんよ・・」
「ランクZの地球人のところにね。う~ん・・・・ちょっと不安なところもあるけど、ランクZならあなたぐらいの力でもなんとかなりそうだし・・・・よろしい許可しましょう」
「先生。本当ですか!?」
「まあ弱いもの同士、気が合うんじゃない」

カイ君のことをバカにされたみたいで私は少しムッとした。カイ君のいいところを私はいっぱい知っている。
それなのに大好きなカイ君のこと悪く言われると、先生と言えどいい気はしない。
なにか言い返してやろう。カイ君のいいところを先生にも知ってほしい。
しかし、私が口を開く前より先に先生の口が開いた。

「でも、まあ・・・これだけ弱い星よく見つけたわね。こんなに弱いなら、先生の母性本能もくすぐられちゃう。ねえ、エマさん先生も一緒に行ってもいい?」
「ダメです。カイ君は私のものです。いくら先生であっても、カイ君を取るっていうなら、容赦はしませんよ」
「そんなムキにならない。冗談に決まっているでしょ」
「あ・・・そうですよね・・・。先生はいっぱい星を侵略しましたし、もちろん男だっていますよね・・・すいません、怒鳴ったりして・・・」
「いいのよ。それだけ、アナタが本気だってことがわかったから」
「はい・・・・すいません」
「それよりエマさん? 一応聞いておくけど、もし、その目当ての人がエマさんの気持ちを受け入れたら、そのあとどうするつもり?」

先生はなんとなく軽い気持ちで聞いただけかもしれないが、私にとってそれは重要な質問だった。
今日という日まで、カイ君のことをどれだけ妄想し、思い描いたことだろうか。
なので、プラン、理想はいくらでもある。
まずデートをして、それから付き合い始めて、初めてカイ君の家に泊めてもらって、そして最終的には・・・・。
私は胸を張って、先生にこう伝えた。

「そんなの決まってるじゃないですか。カイ君を守るため、地球を滅ぼします」



そして次の日の早朝。

私は教室でただ一人、先生が来るのを待っていた。
いつもなら、座って待っているのに、今は立って待っている。
先生がいつ来るか。いつ来るかと思うとのんびり座ってなんかいられないし、時々教室をうろうろし、廊下を見たりする。
そんな意味のないことを何回か繰り返していると階段を上ってくる足音がした。この足音は・・・先生の足音だ。
先生が来た! 私は慌てて、椅子に座り、平常心を保っているふりをする。

「おはようエマさん。昨日はよく眠れた?」
「はい」
「私の言いつけをきちんと守ったようね。これなら大丈夫そう・・・かな」

先生は地球へ行く許可を出してくれたが、それには一つだけ条件があった。

それは体調を整えること。

そんな簡単なことだが、これにはちゃんと意味がある。
まず男にいい印象を持ってもらうためには、健康そうに見えなければいけない。
そのためには健康管理は必須だと、先生が言っていた。
私は先生の言葉を厳守し、昨日早く寝たため、肌の調子は昨日と違いとてもいい。


「ちょっと、顔見せて。うんうん・・・OK、OK。昨日私が言った通りにしてるし、化粧もしてないようね」

これも先生の指示。
自分の顔を化粧で誤魔化して、男を落としても意味がない。
本来の自分の顔で男を落とせないなら、本当の意味で男を落としたとは言えない。
なので厚化粧は厳禁らしい。

「エマさん。これじゃあダメよ。前髪が乱れている。ちゃんと直しなさい」

先生が差し出した手鏡を受け取り、慌てて髪を直した。ちゃんと家で髪を確認したのに、どうやら登校途中で髪が少し乱れたらしい。

「エマさん。あと手紙は? ちゃんと書いた?」
「はい。書きました」
「じゃあ、あとは地球までの道のりだけね。えっと、一回しか言わないから、しっかり聞くように」
「はい」
「宇宙は広くて、よく似た銀河が多いから、間違えたりしないでね」
「先生。わかっていますよ。カイ君の住む銀河を間違えてを踏んだりしませんよ」
「じゃあ、それと・・」
「それも分かっています。目的の銀河についたら、縮小魔法をかけて、小さくなるんですよね」






先生の説明もようやく終わり、宇宙空間に出ることができた。
宇宙空間と言っても、ただ広いだけで、特に変わったことはない。
空気の無い宇宙に出ても苦しくともなんともない。・・・が、これから行く地球はそうもいかないらしい。
地球人は空気がないと死んでしまうとらしい。さっき先生がそう言っていた。
さすがはランクZ。空気がないだけで、死んでしまうなんて弱い。というのを通り越して、なんだかかわいそうに思えてきた。
それに、この辺りの銀河は、とても小さく、見えるか見えないかぐらいの小さな光の粒だった。
試しに、近くを漂っていた、銀河を手にかざしてみる。

「やっぱり、ちっちゃい・・・」

手にかざしてみて、わかったが、私の前を漂っている銀河は手の指紋の溝に入るぐらい小さかった。

「ふ~・・・・」

手のひらに息を吹きかけてみる。
すると、息を吐き終えた頃には銀河は消滅していた。
どこかへ飛ばされたのではなく完全に消滅だ。
文字通り、完全に銀河一つが消えてしまった。

「弱い・・・。いやかわいそう・・・」

こんな信じられないぐらいちっちゃい銀河、またその中にある小さな小さな星に住んでいるカイ君・・・。
小さいし弱すぎる。こんなに小さくて弱いんだったら、この銀河いつ滅んでもおかしくない。
もし、ここに私に同級生が来たらどうなる?
辺りは踏み荒らされ、多くの銀河が消えてしまう。
銀河一つが1mmもないぐらい小さいんだ。
つまり、足を一回降ろすだけで、何百の銀河がなくなっちゃう。

「いや・・・でも、まさかね・・・」

一瞬そう思ったものの、確信が持てない。
そんな弱い銀河がこの弱肉強食の厳しい世界になぜ存在し、生き残ってこれたのか?
奇跡なのか? それともただ運が良かっただけ?
そう考えると不思議でしょうがなかった。
なので、これも実験だ。
この周辺の銀河がどれほど、弱いのか試してみる。
私は足元にあった銀河の上にローファーをかざし、ゆっくりと降ろしてみた。

「・・・?? 感覚がない」

確かに踏んだはずだ。それなのに踏んだ感触が全くない。
仕方がないので、ローファーを脱いで、底をよく見てみると・・・。

「つぶれている・・・。そんな・・・」

小さかった銀河が光を失い、さらに小さく細かくなって、私のローファーの靴底にくっついていた。
ローファーの靴底に小さく申し訳なさそうにつぶれた銀河が点のようになってついている。
その二つは同じ世界に存在しているものと思えぬほど、大きさに違いがあった。

「ううん・・・でも、靴底は硬いからね。柔らかい指先なら」

靴底は硬い。靴に踏まれると私でも痛いぐらいだ。なので、今度は指先で軽く・・・いや、できるだけゆっくり優しく、銀河に触れてみた。

「え? これでも壊れちゃうの?」

驚きだ。ちょっと指に触れただけで、銀河が消えた。それも一瞬でだ。
私の爪の厚さより、ちょっと大きい程度の銀河、星の集合体である銀河が指に触れただけであっさりと消えた。
銀河は消えても、私の体に変化ない。それどころか銀河が触れたという感覚すらあったかどうか怪しい。
まずい。この辺りの銀河は脆い。脆すぎる。
ちょっとでも、体が触れれば一瞬で壊れてしまう。

こんなところにもし、同級生が着てたら? もしも複数人でワイワイ騒ぎながら、歩いていたら?
みんな、おしゃべりに夢中になって、足や体に銀河が衝突しても気づきはしないだろう。
ここに銀河がありますよ。とわかっていないと絶対に気づかない。それぐらい小さいのだ。
その大きさの比はアリと像どころではない。
星の集合体である銀河が砂粒なんだから、その中に住んでいる生命はもっと小さいはずだ。
砂粒の中に銀河という世界があり、銀河より小さな世界に星という世界がある。カイ君はその星の中に住んでいる。
そう考えたらゾッとする。カイ君が殺される! そうなっても不思議じゃない。

「まずいな。早く地球のある銀河を探さないと」

早く見つけないと、ほかの子に銀河を壊される。
銀河が滅ぶと、太陽が滅ぶ。太陽が滅ぶと地球が滅び、地球が滅ぶと地球人が滅ぶのだ。
こうしちゃいられない。早く地球を見つけないと。
私は先生から聞いた、場所を元にして地球のある銀河を探し始めた。
宇宙空間をキョロキョロと見回し、あれでもない。これでもない。とほぼ手探りで銀河を探している。
一個一個、手のひらに銀河を乗せ、丁寧にそして慎重に見極める。そうしないと銀河が滅ぶかもしれない。
もし、間違えて銀河に触ったりしたら簡単に滅んでしまう。
なので触るのは御法度だ。
自分の体に当たらず、小さな銀河を探さなければならない。それは砂浜の砂粒を一個一個探すような地道な作業だった。
30分、1時間と時間はどんどん過ぎていくのに、地球のある銀河はなかなか見つからなかった。

「ど・・・どうしよ! もしかしたら、見落としたかも・・・」

地球のない銀河は用なしで邪魔だ。だから、二重確認を防ぐため、確認済みの銀河は手で全部すりつぶしてしまった。
しかし、これだけ探しても地球のある銀河はなかなか見つからない。
もしかしたら、知らず知らずのうちに地球のある銀河をつぶした? 地球のある銀河なのに地球は無いと勘違いして間違えてつぶした?
そういう、焦りが出てくる。しかし、もう手遅れだ。一度つぶした銀河は元には戻らない。
まさか見落としてはないと思うけど、もしかしたらと思うと不安で不安で仕方がない。

「ああ! あった。ここだ。よかった~。ふう~・・・」

数時間探し続けて、ようやくカイ君の住んでいる銀河が見つかった。
私は目をつぶり、胸に手を当て、ふう~と息を吹き、心を落ち着かす。
よかった。よかった。見落としてなんかなかった。これで、ついにカイ君に会いに行くことができる。
緊張から一転、心が躍る。そんな気持ちに変わった。
私の目の前にある、小さな小さな銀河。指先よりも小さな光の粒。
吹けば飛ぶような、弱弱しい銀河はは今まで潰してきた銀河となんら変わらないが、大好きなカイ君がこの中に住んでいると思うと、
ほかの銀河と違って、特別な銀河だと思えてくる。

「こ・・・こんにちは・・・」

カイ君の住んでいる銀河に向かって挨拶してみた。
返事があるかもしれないと思って、少し待ってみたが、やはり返事はなかった。
まあ、それも無理はない。なんせ私は銀河の外から挨拶しているんだ。聞こえないのも無理はない。

「でも、この中にいるんだよね・・・」

この中にあのカイ君がいるなんて・・・、ちょっと信じられない。でもこの銀河なんか愛おしい・・・。
私はそっと指を丸め、銀河を手の中に閉じ込めた。

「えへへ・・、このまま力を入れたら、銀河がつぶれちゃうよ。それでもいいの?」

手を握り、見えなくなった銀河に向かってそう語りかけた。・・・が、誰一人、私に返事するものはいなかった。

「なんにも返事しないけど本当にいいの? 私がちょっと力を入れたら、みんな死んじゃうんだよ」 

地球・・・いや銀河消滅の危機なのに、なんにも気づかないなんて、地球人は呑気なもんだ。
私に破壊する気がなかったから、よかったものの、ちょっとでも指に銀河が触れていたら、つぶれていただろう。
でも、それもしょうがない。だって・・・。

「ちっちゃいもんね。でも、もうちょっと来るのが遅かったら、死んでいたかもだよ~」

それは冗談ではない。本気でそう思った。
私以外の誰かが、この辺りを通れば踏まれて消滅する。
いや、踏まれなくとも顔、胴体、足に至るまで、どの体にちょっとでも触れただけで銀河が消滅してしまう。
でもカイ君に余計な心配をかけたくないから、あえて優しく、そう話した。
でも、この声、カイ君には聞こえていないんだろうな。そう思うとちょっと虚しい。

「私が守ってあげるから、カイ君はもうなにも心配しなくていいよ。絶対にカイ君を死なせたりはしないから私に任せて」

助けなきゃ。こんな小さくて、弱くて、でも可愛いカイ君を今すぐ助けなきゃ。
早くしないと誰かがこの辺りを通るかもしれない。そう思うと早くしないといけない。
私は縮小魔法を使い、カイ君を守るため、地球に降り立つことにした。





*******


「あ・・・。すいません・・・」

街角で、自転車とぶつかりそうになり、慌てて謝る。
自転車に乗った人は、俺のことをチラッと一瞬見ただけで、なにも言わず去っていた。
よそ見をしていた俺の方が悪いが、なにも反応せず、そのまま行ってしまうというのは、なんとも寂しい気持ちになる。
でも、これが東京だ。田舎の人とは違う。

元々俺の出身地は、日本海側にある小さな村で、県庁所在地でも50万を切るような田舎街。
田舎生まれだが、俺の今年から大学に入り、東京に出てきて一人暮らしを始めている。
東京の大学に受かり、東京で一人暮らしが決まった頃の俺はは、田舎から出られるし、うるさい親から逃れられると思い嬉しかったが、
実際はそんないいことばかりじゃなかった。

東京というところは祭りかと思うぐらいの人が毎日溢れかえっており、地下街にはアリの巣のように道が張り巡らされており、文字通り迷路のよう。
地上は地上で狭い道が張り巡らされており、そんなところを縫うようにして駆け抜けていく自転車。
自転車は苦手だ。今まで何度ひかれそうになったとこか。
前を歩く人のスピードに自分も合わせて歩き、肩と肩がぶつかりそうになりながら、歩くのも疲れるし、なにより息苦しい。
田舎と比べ人口密度が高く、人が多いためか空気が薄いような感じがして、なにをするのも疲れてしまう。
大学が終わり、ぎゅうぎゅうの満員電車からも解放されると、やっと自分の住むマンションが見えてきた。
やれやれ、あとは誰にも邪魔されず、のんびりできる。

「・・・・っ!!」

まただ。またこの感触。
目の前がモノクロになる。
そして、時間にしたら心臓の鼓動一回分ぐらいか? わずかな時間だが世界が止まった。そんな錯覚が襲ってきた。
立ち止まり、深呼吸すると少しずつ収まってきたが、これで三回目だ。
こんな嫌な感触が、今日だけで三度襲ってきている。
しかし、俺の周りにいた人は、特に変わった様子もない。みな普通に歩いている。
この嫌な感触。病気かなにか悪いものかと思ったが、そうではなく、たぶん疲れているんだろう。
最近無理をしすぎた。なれない都会の暮らしに、体と神経が疲れ切ってしまったんだろう。
寝れば治る。そう・・・そのために今日は早くマンションに帰ってきたんだ。
今日は早く寝る。そう自分に言い聞かせながら、マンションに入っていった。
さて、これから、部屋に入り、ひと眠りしようかと思っていたがあるものを見て、また嫌な気分になった。
郵便受けにはあふれんばかりに手紙が入っている。
その内容はわかっている。ここ数日毎日こんな感じで、大量の手紙が来ている。
だが、手紙の内容はいつも一緒で、いわゆるいたずらってやつだ。
誰がなんのためにこんないたずらをしたのかわからないが、一応内容を見ておくことにした。


******


カイ君へ

好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き
結婚して結婚して結婚して結婚して結婚して結婚して結婚して結婚して結婚して結婚して結婚して結婚して結婚して結婚して結婚して結婚して


これ以上は我慢できないので今日会いに行きます。よろしく。


エマ


********


「こっわ!! なにこれ!!」

封筒を開けると、こんな不気味な内容の手紙が入っており、手紙以外にも写真と婚姻届けが封筒の中に入っていた。
婚姻届けにはちゃんと「妻になる人」の欄に名前と住所が書かれており、ハンコまで押されている。そして「夫になる人」の欄だけ白紙の状態。
つまり、俺の名前さえ書けば、それで婚姻成立。そんな状態で手紙は送られてきている。
そして最後に入っていたのは写真だ。
それは女の子の写真で、A4サイズと結構大きく引き伸ばされており、全身写真から、顔のアップまで様々な写真が入っていた。
怒っている写真、無表情の写真。笑っている写真と様々な角度から、いろんな表情の写真が入っていた。
しかし何回見ても怖い。
同じような内容の手紙が今まで、何百通と送られてきている。
もちろん婚姻届けも女の子の写真も何百枚と送られてきている。それもここ数日という短い間に。
恐ろしい・・・・。

「こんな手のこんだいたずら誰がしたんだよ。なにか気に障るようなこと俺がしたか?」

気持ち悪い手紙をゴミ箱に捨て、ベットに入る。
もう忘れよう。寝れば忘れるはずだ。疲れが取れれば嫌なことも忘れるだろうし、世界が止まるようなあの嫌な感触も無くなるはずだ。
今日はどこにも出たくない、もしこのまま外に出ればこの手紙の主が現れるかもしれない。そんな予感がし、今日はこのまま寝てしまおう。そう思った。

「・・・??」

ベッドに入ろうとするとベットがあったかかった。
うん・・・・? ベットになにはいっているのか?
気になったので、手探りで布団の中を探ってみる。

ふにゅ。

柔らかい? なにか柔らかいものが布団の中に入っている。
手を動かし、それがなにかさらに探ってみる。

「うぅ・・・ん」

これは俺の声じゃない。誰か別の人の声だ。
反射的に布団を取ると、ベッドの上に女の子が眠っていた。
女の子は胎児のように丸まり、すぅすぅと寝息をたて眠っている。
俺は思わず生唾を飲んだ。
綺麗だ。なんて綺麗な人だ。
眠っている女の子は金髪で、髪がキラキラと輝いていた。
別に金髪だから、綺麗とかそういうレベルじゃなく、なんというか、神々しさみたいなものを感じる。
でも、なにかがおかしい。ぱっと見、外国人なのになぜかセーラー服を着ている。

「ハーフかな? それにしてもすごい・・・。アイドルみたいだ・・・」 

眠っていてもわかる。この可愛さは、普段町中で見ることができないほどの顔。
まるで、芸能人のように顔が整っており、一回見たら、忘れることができないような、特別なオーラを感じる。

いや、待てよ? 
寝ている姿があまりにも美しく見とれてしまったが、よく考えたら、この状況まずくないか?
綺麗な子だが容姿は幼く見える。中学生? もしかしたら、高校生かもしれないが、明らかに俺より年下だと思う。
とすれば確実に未成年だろう。
知らない未成年、しかも、女の子が俺の部屋で寝ている。それは世間一般から見ればどう思われるか? そんなことを考えてみるとまずいような気がする。
中学生を部屋に連れ込んだ! 他者から見れば、そんな状況にも見えなくともない。

大学一年生が中学生を部屋に連れ込み乱暴を働く。

そんなニュースが流れるかもしれない。
まずい。どうすればいい? あ! でも、布団の中のあの柔らかいものは、たぶん胸だよな・・・。じゃあ、胸に触ったということになる。
ということはもしかして、手遅れ!!
いや・・あれは事故だ。触るつもりはなかった、だから事故だ。俺は悪くない。
まさか、自分のベッドの中に女の子が寝ているとは思わない。だから、俺は悪くないはず。
とにかく俺は悪くない。自分の無実を証明しなくてはいけない。
帰ってきたら、女の子がベッドに勝手に寝ていて、確かめようとしたら、手がちょっと胸に手が当たった。そう、それだけだ。
とにかく、まずはこの寝ている子を起こして・・・・・って

「無理だよな・・・」

そもそも女の子の起こし方を俺は知らない。
女に慣れている奴なら、肩をさすったりするのかもしれないが、俺にはそんなことできない。
この寝ている女の子は触れてはいけないと思うほど、美しく、俺なんかが触ると美貌が崩れるような気がした。
触れないなら、声で起こすか? いやそれもダメだ。
こんなに気持ちよく眠っているんだ。起こしちゃ悪い。

起こせない。でも起こしたい。そんな気持ちが交錯し、結局のところ寝ている女の子を見つめることしかできない。

「あれ? よく見たら、靴履いてる」

土足だ。土足で寝ている。
おいおい、いくらなんでも土足でベッドはないだろう。
靴には砂がついており、たぶんベッドにも砂が落ちているはずだ。
そう思うと、だんだんとこの子のことが許せなくなってきた。
無理やりにでも脱がしてやれ。とにかく布団が汚れるのは嫌だ。
そう心の中で決め、寝ながらでも靴を脱がしてやろうと思い、足元に手をやる。

「うう~ん・・・」

女の子は寝返りをした。その時、靴を脱がそうとしていた俺の手が女の子の足に当たりそうになる。
靴を脱がすことにすっかり意識が向いていたため、突然動いた女の子に対し、気づかれたと思い、驚いてしまって、結局靴は脱がせることはできなかった。
それに、やっぱり寝ている子を触るのはよくない。そう思ったのもある。
なので、俺は女の子が目を覚ますまで、待つことにした。
我ながら、情けない話だ・・・。


「うぅ~ん。よく寝た」

気づくと女の子が起き上がり、背伸びをしていた。
そのままこっちを向いた。俺と目が合ったので、女の子に声をかけようと立ち上る。
すると女の子も動き出し、俺の元まで寄ってきた。
俺の方から、なにか話そうとした、次の瞬間、胸ぐらをつかまれた。
そのまま、持ち上げられ、足が床から離れていき、完全に宙に浮かんだ。

「誰よ。あなた! ここはカイ君の部屋よ。それなのに勝手に入ってきて、どういうことなの? もしかして、泥棒? 殺人者?
 暴れても無駄よ。私はカイ君を守るため来たんだから、地球人ごとき、なにをやっても抵抗できないよ!」

く・・苦しい!! 息ができない。足をパタパタさせながらもがくが、女の子の手はビクともしない。
信じられないことだが、この年下の女の子はとんでもない怪力の持ち主で、とてもじゃないが敵いそうにない。

「俺がカイだ・・・苦しい・・・」

息ができないので、かすれるような小さな声でそう答えた。
すると、首にかかっていた力が抜け、地面に降ろされた。
はあはあと息を荒げながら、その場にうずくまり、女の子を見上げる。
すると、女の子は手で顔を抑えながら、驚いたような表情で俺のことを見ていた。

「ご・・・ごめんなさい。あなたがカイ君だったのね。起きてすぐだったから、寝ぼけてたみたい・・・」
「君は・・・」
「きゃ!」

かすれるような小さな声を出しただけなのに、彼女は驚いて後ろを向いてしまっていた。さらにしゃがみこんでおり、うずくまっている。

「君は誰なんだ? なんで、俺の部屋に?」

しかし、返答はなかった。女の子は相変わらず、うずくまっている。
どうしようか? このままだと埒が明かない。
誰か助けを呼ぼうかとどうか考えていると、女の子は立ち上がった。

「私の声聞こえてるよね?」
「なに言ってんだ。聞こえる決まってるじゃないか」
「あぅ・・。ごめんさない。ベッドの匂いを嗅いでたら、気持ちよくなって、気づいたらそのまま寝っちゃってて。でも、よかった私の声ちゃんと届いた・・・」
「で、なんで、俺の部屋に? それに土足」
「土足?」
「靴だよ。靴。汚れるから脱いで」

この子には部屋に入る時、靴を脱ぐという習慣がないのか。女の子は不思議そうな顔をしていた。

「あ・・・ほら、これ銀河。脆い銀河だから、靴底から剥がれると消滅するから。だから大丈夫。汚れないよ」
「いや、でも脱いで」
「そうなの? まあカイ君がそういうなら・・・」

玄関まで靴を持っていくよう誘導し、この子が誰なのか聞いてみることにした。

「で、君は誰なんだ」
「えっと・・・初めましてになるのかな。私はエマ。宇宙ランクはA-。今日からよろしくお願いします」

エマと名乗ったこの子は、目を伏ながら、もじもじしている。それに若干顔が赤いような気がした。

「エマさん・・・ってことはやっぱり、外人?」
「違うよ。カイ君から見たら、異星人ってことになるかな」
「異星人? 異星人ってことは宇宙から来たってこと?」
「うん。カイ君からみたらね」
「それに、今日からよろしくって、なにを? 俺は君のことなにも知らなんだけど?」
「手紙に今日会いに行きますって、カイ君宛に出した。だから!・・・その・・・」
「手紙?」

手紙なんて、知らない。
だが、知らないはずなのに、なにかが引っかかる。
それにこの子、見覚えがあるようなないような。
手紙・・・。女の子・・・。
うん!? この女の子、よく見ると、気味の悪い手紙の中に入っていた、写真の子とそっくり?
いや、本人だ! 
手紙の内容が気持ち悪すぎて、写真までしっかり、見なかったから、気づかなかったが、手紙の中に入ってた写真の子。その子が今、俺の目の前にいる。

「え? どういうこと?」
「えへへ・・・。来ちゃった・・・。婚姻届けもう出した?」
「じゃあ、あの手紙を書いたのが君ってこと?」
「うん」

女の子はもじもじしながら、顔を赤らめている。
しかも、俺と目を合わさない。
こんなこと初めてだ。女の子に嫌われることはあっても、好意みたいなものを感じるのは生まれて始めだった。
本来なら、飛び上がって喜ぶところだが、喜んでもいられない。
この子はヤバい! 
自分は宇宙人だ。と言い婚姻届けやあんな気持ち悪い手紙を送り付けた。
普通の神経の持ち主とは思えない。きっと危ないやつだ。

「悪いんだけどさ、手紙を送るのやめてくれない。あんなの送られても困るからさ」
「うん。もう送らない」

意外や意外。素直に受け入れてくれた。
自分が宇宙人だ。なんていうヤバい子だから、絶対ごねると思っていたのに、ちょっと拍子抜けだ。
物わかりのいい子で、助かった。

「じゃあ、もう出ていって」

やれやれ、これで解決だ。
この子は手紙を送らないと約束してくれた。だから明日から、平穏な日常が戻ってくる。
そう思うと、疲れがどっと出てきた。ああ・・・今すぐ寝たい。

「なに言ってるの? 私とカイ君はもう夫婦なんでしょ? なのになんで出てかなきゃいけないの?
「は?」
「婚姻届け出したんでしょ。だったら、私たちもう夫婦じゃん。出てく理由がないよぉ」

何言ってんだ? 意味が分からん。婚姻届け? 夫婦?

「手紙の中に婚姻届けが入ってたでしょ? あれ、出したんでしょ」
「あ・・・あの、手紙か。いや、まだ出してない」
「なんで!?」

俺のことをキッと睨み、問い詰めるかのようにして近づてきた。
また胸ぐらをつかまれると思い、身構えてしまう。が彼女はなにもしてこなかった。

「理由を話して」

冷たい声で、そう話す彼女。その顔つきは冗談でもなんでもなく、真剣そのものだった。

「あんなの、真に受けるわけないだろ」
「そんなの絶対おかしいよ・・・私真剣なのに・・・」
「真剣もなにもないだろ。それに君何歳? どう見ても中学か高校生ぐらいだよね?」
「コーコーセイってなに?」
「高校生のことだよ。だから君何歳なの?」
「私? 私はえっと・・・・。地球でいうと私、何歳だっけ?」

話にならない。やっぱりこの子はヤバい奴だ。間違いない。
どうにかして、追い払わないと。そうしないと俺に平穏は訪れない。

「いいから、もう出ていって。それと俺の前にもう現れないで」
「絶対?」
「うん、絶対」
「どうしても?」
「うん、どうしても」
「私がこんなにも想っているのに?」
「そんなの知らん。さあ出て行って」

そうきつい口調で言うと、彼女は黙ってしまった。
少し言い過ぎたかな? いやいや、俺はなにも間違っていない。悪いのは勝手に入ってきたこの子だ。俺は悪くない。

「私、そんなに嫌られるようなことしたかなぁ・・・。できればしたくなかったけど、仕方ないか・・・」

彼女は何かを思いついたかのような表情をし、俺に近づいてくる。
 
「どうしても私を追い払いたかったら、力ずくで追い払って」

そう言うと、彼女は握りこぶしを作り、ボクサーの構えをしてきた。

「この世は弱肉強食。異議を唱えるなら、力でねじ伏せる。これ世界の基本だよぉ」

もし、彼女のことをなにも知らずに喧嘩を売られたら、鼻で笑うところだが、彼女は俺を片手で持ち上げれるほど怪力の持ち主。 
真正面から喧嘩しても勝てるはずがない。

「あれ? 来ないの。だったら、こっちから行くよ~」
「・・・ぐっ!」

胸を思いっきり、手で押さえつけられた。片手で、軽く押さえているように見えないが、恐ろしいほどの力を感じ、体がメリメリと悲鳴をあげている。
く・・・苦しい。

「もっと、もぉ~と、力を入れるよ。痛い? うふふ・・・。カイ君から見たら、私って強いでしょ。でも、これでも私クラスじゃ弱い方なのよ」
「う・・・」
「さあ、もっと力を入れるとどうなるかな?」

おいおい、この雰囲気なんかヤバくないか? 今ですら、体がつぶれそうなのに、これ以上力を入れたら・・・。
メリメリと体から悲鳴があがり、体が熱くなり、息がだんだんできなくなってきた。

「し・・・死ぬ・・・」
「え!? 死んじゃダメ」

フッと力が抜け、呼吸ができるようになった。

「大丈夫? どこも痛めてない?」
「う・・・うわああああああ!!」
「って、え!! ちょっと、どこ行くの?」

俺は部屋を飛び出し、走り出した。
ヤバい。ヤバすぎる。
かわいい中高生だったから、多少のことは大目に見ていてが、もう我慢の限界だ。
彼女は人の部屋に勝手に入り込み、気持ち悪い手紙を送り付け、暴力を働いた。
これはれっきとした犯罪だ。

とにかく、誰か助けを呼ばないと。こういう時はとりあえず警察!

おまわりさん。たーすーけーてー。

「どこ行くの?」
「わ!」

全速力で走っていたはずなのに、気づくとさっきの女が隣を走っていた。
そんな、ありえない。
女の子の不意を突いて、走り出しから、俺と彼女の距離は相当あったはずだ。
それなのに一瞬で追いつかれた。
これは足が速いとかそういうレベルじゃない。

慌てて左の細い道に逃げ込む。すると女の子は追ってこない。よかった。どうやら振り切れたようだ。
さて、とりあえず警察だよな・・・。あんまり、行きたい場所ではないが、殺されかけたんだ。仕方がないがここは行くしかない。

「もしかして、これが地球の遊び。鬼ごっこ?」

気づくと、女の子は俺の目の前にいた。
おかしい。さっきまで、この道には誰もいなかったはず、それなのに後ろじゃなく、なぜ俺の目の前にいる?
瞬間移動? そんな単語が頭に思い浮かんだ。

「じっとして」

今度は体が動かなくなり、指すら動かなくなった。
いや、瞬きすらできなくなっている。こんなの異常だ。これは毒で神経を麻痺させたとかそういうレベルじゃない。
体がおかしいというより、体がなにかに縛られているそんな感じがした。

「どう、動けないでしょ? 地球人程度の力ならどんなに頑張っても絶対動けないはずだよ。まあ、クラスの子にこれやってもすぐ解かれちゃうんだけどね・・」

なにをした。と言おうとしたが、声が出ない。

「ちょうどいいから、私の力、少し見せてあげる」

と彼女が言うと、手のひらを俺の目の前まで持ってきた。
それも、鼻が付きそうなぐらいの至近距離で。
ここまで手が近くになったから、自然と彼女の手の匂いが鼻の中に入ってくる。女の子の手の匂い・・・。なんか不思議な感じ。

「これが地球のある銀河で、こっちがアンドロメダ。どう綺麗でしょ?」

彼女は、人差し指の第一関節を指さすと、次に第二関節を差した。
が、言っている意味がわからない。
しかし、身動きが取れない以上、その話を聞くしかなかった。

「地球からアンドロメダまで、ざっと200万光年あるから、今の私は身長1億6000万光年かな・・・・
 ほらほら、よーく見て、ここに銀河があるでしょ? 銀河と銀河の距離が私の指先より、ちょっと大きい。
 でもね。カイ君から見るとすっごく大きなものが私の手のひらに乗っていることになるんだよ~。すごいでしょ」 
 
銀河があるとかで彼女は盛り上がっているが、俺には銀河なんてものは見えない。ただ、手のひらが俺の目の前に置かれている。そうとしか思えなかった。

「私の手のひらに銀河があるから、どこへ逃げても私からは逃げれないよ。でも、カイ君に本気で逃げる意思があるなら、アンドロメダよりも遠くへ行かないと、
 私から逃げたうちに入らない。ほら・・・私の指と銀河の上で鬼ごっこする? うん?」

やはり、彼女の言っていることが理解ができない。ただ単に手の上に指を置いただけにしか見えず、銀河とか言われてもなにがなんだか・・・。


「ほんとカイ君の住んでる銀河はちっちゃいな~。うふふ。でもちっちゃい銀河も可愛い~。
 でも、こんなに小さいんだから、つぶしちゃうこともできるんだよ~。ほら、こうやって・・・」

指がゆっくりと動き出し手のひらが閉じられ、握られていく。

「・・・っ!!」 

まただ、またあの嫌な感触が来た。
今までで一番ひどい。

「ほらほら、早く逃げないと銀河ごとまとめてつぶれちゃうよ。私の手から、どう? 逃げられそう?」

強烈なめまいが襲い、グラグラと体が揺れる感じがする。
息ができない! 苦しい。このままじゃ・・・。

「あれ? どうしたの?」

その言葉と同時に体が動くようになる。
体が動くようになると、俺はその場にへたり込み、はあはあと息を荒げている。
頭が痛く、呼吸ができない。
このままだと悲鳴をあげそうだ。それぐらい尋常じゃないほどの痛みで、ほかの誰かが見てたら、救急車を呼ぶレベルだっただろう。

「どうしたの!? ちょっと返事をしてよ!」

彼女も事態の深刻さに気付いてくれたようで、心配そうな声を出し、俺に駆け寄る。
肩を触り、心配そうな声で、俺を覗き込んでくれたが、今はそれどこじゃない。
自分のことで精いっぱいで意識を保つのがやっとという状況。

「もしかして、銀河が原因かな? いやでも、地球人がそこまで感知できないだろうし・・い・・・・うあ・・・も」

彼女の声がだんだん聞こえなくなってくる。
そしてぐにゃぐにゃと世界が歪み、視界が暗くなってきた。
頭が痛い、なにも見えない。
あれ? 世界が真っ暗だ・・・・。





目が覚めると、どこかの天井が見える。
この天井は・・・。

「よかった~。気がついた?」

天井が消え、女の子の顔が見えた。かわいい子だ。こんなかわいい子がこんな近くにいるなんて・・・。
ってヤバい! さっきの女の子じゃないか! その子が俺の上にいるということは・・・。
起き上がると、そこは自分の部屋だった。
そしてベッドの横で女の子は正座をしている。ってことはもしかして、さっきのは膝枕・・・。

「よかった~。もう大丈夫そうだね~」
「もしかして、看病してくれてたのか?・・・・っつ!!」
「ダメだよ。まだ動いちゃ」
「いや、でも」

起き上がろうとするが体が動かない。動こうとすると強烈な頭痛と体全身に痛みが走る。
それでも無理やり、起き上がろうとすると、彼女の手で肩を抑えられ、膝の上に戻されてしまった。

「まだ、寝てないとダメだよ。あとちょっとで、回復魔法も終わるから」
「魔法?」
「うん。私の体の中にある魔力をカイ君の中に送っているから、もう少しで終わるよ」

彼女の顔を見てみると、なにか特別なことをしているようには思えない。
にっこり微笑みながら、俺を見下ろしているだけだ。

「はい、終わり。いいよ。動いても」

起き上がってみると、驚いたことに体が軽くなっていた。
まるで、10時間ぐらいぐっすり眠った後、みたいに疲れが取れてる。

「君は一体何者なんだ。魔法使い?」
「だから、言ったでしょ。私は異星人だって」

それから、彼女の説明を受けた。
彼女の名前はエマ。
宇宙の遥か彼方の銀河からやってきた宇宙人。
彼女の種族は宇宙でトップクラスに強く、(ちなみに俺ら地球人は最下位クラスらしい)自分たちより弱い種族から、得たもので生活している。
つまり、植民地みたいなものらしい。
彼女の種族は強いが、なぜか男が生まれないため、ほかの星行って男を探す。
その相手が俺ということらしい。
そして、俺の感じためまいは、危険信号らしく、第六感に近いものがあるとのこと。
エマが銀河をつぶそうとした時、地球の危機だということで第六感が働き、めまいを覚えたということらしい。


「でも、すごいよ。私の指の動きを地球の外から感じるなんて。やっぱり私の見る目に狂いはなかったんだ~。今日から一生よろしくね。カイ君」

一人でキャッキャっと盛り上がっているが、俺の心境は複雑だった、
もし仮にエマの話が全部本当だったとしても、エマと一緒に暮らせない。
だって、俺は学生だぞ。それにエマはどう見ても大人には見えない。せいぜい高校生ぐらいに見える。
そんな未成年二人が、一緒に同居なんて、親はもちろん、周りの人が許すわけない。
それに、こんな狭い部屋に男女が二人という関係も危ない。
ベッドもひとつしかないし、なにより狭い。
こんな綺麗な金髪の子と一緒にいられるなんて、夢みたいだが、現実はそうもいかない。
なにか理由をつけて、帰ってもらうほか仕方ない。

「でもさ、俺たち未成年だよ。やっぱさ無理だよ」
「未成年ってなに?」
「まだ子供ってこと。だから一緒には暮らせない」

するとエマは頬をプクーとさせながら、顔を赤くしている。

「私、大人だもん。確かめてみる?」

セーラ服をたくし上げ、服を脱ごうとしている。
セーラー服の下から、かわいいおへそがちらりと顔をのぞかせ、このままだとブラまで・・・

「わかった! わかったから! エマは大人だ。だからやめて」

そう叫ぶと手が服から離された。
やれやれ、こんなところで裸にでもなられたら・・・・・。
(私の裸を見たのに帰れってひどくない!)とか言って、ますます帰ってくれないような気がする。
危ない危ない。ギリギリセーフだ。

「でもこの部屋狭いだろ。二人で住むには狭すぎると思うんだけど」

その言葉を聞くと、エマはキョロキョロと辺りを見回した。
よかった。よかった。これで納得して帰ってくれるだろう。

「確かに、二人で住む宮殿にしては、ちょっと狭すぎるかな。でもこうすれば・・えい!」


なんだ! なにかが変だ。
今まで確かに自分の部屋にいたはず。それなのにその風景は一変した。
ずっと続く、木の地面。地面には大きな溝があり、とても人間が歩けるようなところじゃない。
一度入れば、はしごか何かなければ、昇ってこれないような、大きな溝だった。

「うふふ・・ちっちゃいカイ君も可愛いな~」

どこからか、エマの声が聞こえてきた。
だが、その声がどこからしてくるのか、さっぱりわからない。

「こんにちは。私は今日からカイ君のパートナーだよ。今日から一緒に暮らそうね~。」

肌色の柱が上から降ってきた。
よく見るとガラスでできている? じゃあ、ビルのガラスか?
いや・・・ガラスにしては無機質じゃない。色も不揃いなとこもあるし、なにより地面側が白く、上側がピンクのガラスなんて見たことがない。
恐る恐る、ガラスに触ってみると、暖かくツルツルしていた。
それになにより、ガラスに触るとドキドキする。ただガラスに触っているだけなのに、なぜ? こんなにもドキドキするのだろうか。

「きゃ、嬉しい。カイ君から私に触ってくれるなんて、もう大好きだよ~」

ガラスの柱が持ち上がり、俺を踏みつけた。
よく見ると、その柱は、上の方で交わっている。もしかしてこれが足なのか? 
一瞬そんなことがよぎるが、こんな大きな足なんかあるはずがない。
すると、右側から新たな柱が現れた。
これで3本の柱。それらが俺の体をつかみ離さない。
上から、そして左右から、肌色の柱が、俺を踏んだり、挟み込んだりしている。

柱は俺の体の何十倍もありそうで大黒柱以上の大木のようだ。
だが、そんな巨大な柱に踏まれても痛くはない。意外にも柱はプ二プ二していて、やさしく、まるで俺のことを気遣っているかのように挟んでいる。
これは、じゃれつかれている?
そう、犬が飼い主に甘え、じゃれつくそんな感じに近い。
俺はこの柱の正体を探るため、上を見上げると・・・・山・・・いや、あれはエマだ。
大きな、大きな、ものすごい存在感を感じる山。それがエマなんてそんなのあり得ない。

「なんなんだ! デカすぎる!!」
「うふふ。違うよ。カイ君がちっちゃいんだよ」

エマの口が開くと、ものすごい突風が吹き、思わず目をつぶる。
エマが軽くしゃべるだけで、目も明けられないほど、突風が吹いた。
ヤバい! ヤバすぎる!! このままだとエマはなにをするのかわからない。
俺はこの時初めて、虫の気持ちがわかったような気がした。
小さいものが、大きなものに襲われ、そして命の危機を感じることが以下に怖いのか。少しはわかったような気がする。

逃げるか? いや無駄だ。エマの一歩ほどの距離を移動するのに何分もかかってしまう。
そんなアリ以下の小さな足でなにができる。

「お人形さんより、小さなカイ君も可愛いよ~」

エマの目の形が変わった。
それはまるで、雲の形が変わったような、自然現象に近い。そんなイメージがわく。

エマの目はあり得ないほど、巨大かつ遠く、雲や月が浮かんでいる。そう感じてしまうほど、巨大な目な二つの目を持っていた。
しかし・・・、俺を見て笑ったということは、俺のことが見えている?
エマから見たら小さな、虫以下の小さな俺に向けて、笑顔を振り向けるなんて、そんなありえない。
なんで、俺のことが見えている? 普通なら、小さすぎて見えないはずなのに・・・。
それになんで、エマが巨大に・・・いや違う。なんで、俺が小さくなったんだ? これも宇宙人だからできるということなのか・・・。
するとズドンと指が俺のすぐ横に降ろされた。

「この右手。カイ君にあげるよ」

大きな大きな指。指五本が地面に立てられた。

「この右手でなんでもしてあげる。こうすれば・・・」

右手が俺を覆った。
それはまるで、野球ドームそのものが降ってくるような感覚だ。
逃げようとしたが、手はあまりにも巨大で早く、逃げることなんてできなかった。
踏みつぶされる! と思ったが、手は少し丸まっており、その空いた空間に俺は閉じ込められた。
手の中は暗いが、少し光が漏れており、うっすらとだが中の様子がわかる。
天井は・・・たっか! 手の天井はかなり高く、小さなビルなら、すっぽりと入ってしまうほどの高さがあった。

「ほら、こうすれば、カイ君を守れるでしょ。次は・・・」

手が持ち上げられ、光が差し込んできた。
気づくと、手は遥か彼方まで、上に上がっており、今度は握りこぶしに形を変えていた。
そのまま、握りこぶしが落ちてくる。
手は見たこともないような猛スピードで落下してくる。
このままじゃ死ぬ。と思い逃げたが、握りこぶしは俺のすぐ横に振り落とされた。
巨大な振動。まるで大地震が発生したかのように、床が揺れている。
振動に耐えきれず、転倒してしまった。
倒れた俺はバクバクと心拍数が上がっている。
恐ろしい。このままじゃ死ぬ。そう体が警告していた。

「カイ君を狙う悪い奴は、みんなこうして殺してやるから。でもよかったね~。これでカイ君はもう大丈夫。世界一頼もしい用心棒を手に入れたんだよぉ~。
 あ・・・でも、ただ強いだけじゃないよ。ほら、なにかしてほしいことがあったら言ってみて。私の手は用心棒だし、でもカイ君のメイドさんでもあるんだよ~。
 お帰りなさいませ。ご主人様~。なんてね・・・うふふ・・・」

今度は中指と人差し指がたてられ、そのままお辞儀した。
まるで、指が人間の足であるかのように。

「なんなんだ。これは! 早く俺を戻せよ」
「あ! 大変。カイ君のメイドさんたちが怒り始めたみたいだよ」

右手が俺の頭上で、くねくねと暴れ出した。
それは高層ビルのような大きさのドラゴンが暴れている。そんな恐ろしいできごとだった。
五本の首を持つ竜。それが俺目掛けて、襲ってきた。
ヤバい! 拳を地面にたたきつけただけで、あの振動だ。直接下敷きになれば死んでしまう。
崩壊してくるビルから逃げるかのように、巨大なものが地面に落下してくる。そんな命にかかわるような恐ろしいことだった。

「つっかまえた~。えへへ~。ほら、メイドさんに挨拶して。早く挨拶しないとメイドさん達、怒ってカイ君のこと殺しちゃうかもしないよ~」


手は途中で、折りたたまれ、人差し指一本だけが、地面についた。
その下には俺が下敷きになり、とても痛かった。
しかし、痛かったのは一瞬で、指に力が抜かれていく。
今の状況は押しつぶされるというより、挟まれて動けない。そんな感じだ

「離せ・・・」

持てる力全てを持って、ビルのような指を押し返すとするが、やはりびくともしない。
ぷにぷにの柔らかい指は、俺の腕を優しく包み込み、押した力が柔らかい肌に吸収され、うまく力が伝わらない。

「ふ~ん・・。力比べのつもり? じゃあ力を入れるね」
「・・・・っ!!」

柔らかかった肌が急に硬くなった。
まるで、硬いコンクリートのようなものが、俺を挟み込みメリメリと体が悲鳴をあげていた。
恐ろしい・・・。力を入れなければ、柔らかい指なのに、力を入れただけで、こうも変わるものなのか・・・。
指の筋肉はエマの考え一つで凶器にもなる。そう俺に警告していた。

「うん・・・こんにちは・・・」

俺は巨大な指に恐怖しながら、小さな声で挨拶をした。

「なんか他人行儀だね~。う~ん・・・。私のメイドさんたち気に入らなかった?」

そういうとまた指が降ってきた。
ヤバい! またあの柱のような指の下敷きになり、殺される!

「こんにちは! か・・・かわいな。これが僕のメイドさんか。う・・・嬉しいな。こんなかわいい子が僕のメイドさんになってくれるなんて・・・はは・・」

指に抱き着きながら、そう叫んだ。
指なんかに触りたくなかったが、こうでもしないと、またいつ力を加えられるかわからない。
壁のような指に抱き着いて、顔までうずめた。

「可愛いだなんて・・・えへへ・・・。じゃあ、挨拶も済んだことだし、次はキスだね。さあ、早くキスして」

指が倒れてきて、今度はてのひら全体が地面についた。
爪が下側になり、俺の目の前に降ろされている。
キスって、指にしろってこどなのか? いやでも女の子手にキスなんて・・・。
すると、指がまた形を変えた。今度は人差し指が、俺の頭上で静止し、そのまま落下してきた。

ザック!

何かが切り裂けるような、鈍い音がした。
振り返れば、指が地面を刺している。
爪が床に真っすぐ立てられ、地面をつき刺している。
それは、小さな俺からしたら、巨大なクレーンが上から降ってくるようなことであり、命の危険を感じる。

「いやなの?」

指をたどり、エマの顔まで見上げてみると、怒っている。そんな不機嫌な顔をしていた。

「で・・・でもさ、今日会ったばかりの人にキスするってのはちょっと・・・。それに俺なんかキスされてもエマは嫌で怒るでしょ?」

ドンっという音と同時に、巨大な振動が襲った。

「キスしないほうが、怒ると思うけど・・・・死にたいの?」

エマの右手はいつの間にか握られており、床を思いっきり叩いている。
その大きさ、力に圧倒され、一瞬なにが起こったのかわからないほどの振動だった。


「早くして! さもないと今度はカイ君の頭の上に振り落とすよ!」
「ひ! わかった。わかったから、手を降ろして・・・・」

地震を起こせるほどのパワーを秘めた手に逆らう。そんな選択肢はもはやなかった。

「最初から素直に聞いてればいいのに」

今度は手がゆっくり降ろされ、振動はほとんどなかった。
そして、手が開かれていき、俺の目の前に指先が来る。

「早く」

エマに促され、指に近づく。
肌色の壁。
見上げると、手の上の方にある爪には届かない。
いや、手で届くとかそんなレベルじゃない。
この指は何階建ての建物だろうか? 階段いくつも登り、ようやくたどり着ける。そんな大きさの指だった。
指が少し、動いた。それは、マンションがうねうねと動くようなことで、こんな巨大な指にぶつかれば、きっと俺は死ぬ。
一瞬でぺしゃんこになる。マンションの下敷きになって死ぬ。それほど大きな指だった。

もたれるようにして、両手を指の壁につく。
体重を指の壁に預け、そして、口を指に近づける。
なぜだ? なぜ俺はドキドキしてるんだ?
確かにこれは指だ。しかし、大きすぎて肌色の壁にしか見えない。
なのになぜ心臓が高鳴っている?
よくよく考えてみると、俺は今まで女の子の手を握ったことはない。
それなのに、女の子の指をこんなに間近で見れて、しかも、キスをする。そう意識すれば、緊張するのも納得できる・・・・かも。
いやいや落ち着け・・・これは指だが、宇宙人の指だ。人間じゃない。それにこんなに巨大なんだ。普通の指じゃない。
落ち着け、これはただの壁。これはただの壁・・・・

そして、キスをした。

しかし、そう意識すればするほど、意識してしまう。
エマの指は、女の子の匂いがあふれ出し、しかもぷにぷにだし、俺の体を優しく包み込んでくれる。
指にキスと言っても、口と口でキスするぐらい俺は緊張し、ドキドキしていた。

「うふふふ・・・私、初めて男の人にキスしてもらっちゃった・・・。しかも好きな人に・・・えへへ・・・・」

首が痛くなるまで、見上げてみると、エマがトロンとした目で、俺のことも見下ろしている。
なんというか、エロい目つきだ・・・。
この状況・・・やっぱり、エマはヤバいような気がする。
なんというか、異常なまでに俺に執着しているとでもいうべきなのだろうか。
なにより、普通の目じゃないことだけは確かだ。

不意に右手が持ち上がり、俺のいるところに迫ってきている。
エマの手が作り出す、影に覆われ、辺りは暗くなっていく。

「うわ!」

エマの指に頭を押さえつけられ、そのまま押し倒されてしまった。
指一本だけでも、建物のように大きく、当然そんなものが降ってくると苦しい。
押しつぶされる! いつ死んでもおかしくない。そんな恐怖が襲ってきた。

「さっきキスしただろ! それなのになんでひどいことするの! 助けて・・・」
「カイ君がキスしたのは、親指だけでしょ。だからほかの指が嫉妬して、怒っているんだよ」

指に蹴飛ばされ、仰向けにされた。今俺は木の床に寝っ転がっている。
また指が降ってくると今度は体全体が指に押さえつけられてしまった。
指たちは交互に俺の体を踏みつけていき、人差し指から中指と中指から薬指という具合に次から次へと変わっていく。
そのたびに、指の重みを感じ、潰されるような痛みを感じた。

「親指だけにキスするなんて、ひいきになるんじゃない?」

とエマが言うと、親指を除く4本の指が爪を立て、俺の真上に降ろされようとしていた。
その様子は、ギロチンで処刑される囚人のようで、指の爪が俺の首を切り落とそうとしているように見えた。

「待って。いや待った!! 他の指にも・・いや右手の指全部にキスするから! それで許して!」

必死になって、そう言ったが、自分でもなにを言っているのかわけがわからない。
死にたくないと気持ちで必死になって叫んだ結果、このような言葉が出てしまった。

すると指がゆっくり降ろされた。しかも今度は指同士がぴったりとくっついている。
これは、エマが俺にキスしろ。という意思表示で間違いなさそうだ。
俺は人差し指から小指までエマの右手の一本一本に丁寧にキスをする。
どの指も女性らしく、白くて柔らかく、すべすべで触り心地は抜群だが、さっき押しつぶされそうになった恐怖心が勝ってしまい、純粋にキスを楽しめなかった。
今のエマの指はおとなしく、じっとしてるから、優しく柔らかそうに見えるが、
さっき俺の体を引き裂けるほどのとんでもない力を持った指と、今のおとなしい指と同じ指とは思えなかった。

そんな凶器にキスをしているのだが、エマの顔を見上げてみると、エマはとびっきり可愛いかった。
こんなかわいい子が、この指の持ち主・・・・。
やはり、信じられない。
この指の持ち主は俺を見下ろしているエマ・・・。そのエマの顔はあんなに遠いのに指は俺の目の前・・・。
もうわけがわからない。どれが本当のエマなんだ? この指がエマ? それとも月のように遠い位置にあるエマの顔がエマ本体なのか?

そんなことを考えているとエマの指が動き、今度は爪を立て、俺を爪の裏側に乗せ、そのまま天高く浮き上がる。
俺は慌てて、しゃがみこみ、エマの爪にしがみついていると、エマの顔が大パノラマで広がっていた。

「これで主従関係は成立。私の右手はもうカイ君の体の一部も同然だよ~」

思わず、俺は生唾を飲み込んだ。
この・・・いや俺からすればエマの手のひらは地面そのものだ。このエマの指と爪がなければ、下に落ちてしまう。
そんな大地のような手。野球グラウンドより大きな手が俺の物・・・?

「触ってもいい?」

なぜだ? なぜそんなこと聞く? なにも考えずに自然とそんな言葉が出てしまい。慌ててしまった。
思わず、取り消そうとしたが、それより先にエマの口が開く。

「この手はカイ君の物なんだから、なにしたって怒らないよ。いいよ。好きにして」
「いや・・・悪い。やっぱいいや・・・」
「もう! 恥ずかしがり屋なんだから」

親指がやってきた。
そして、人差し指の爪にいた俺に向かって、親指側面が衝突する。
人差し指の爪が地面で、親指が天井。そんな状況になり、俺の体全身がエマの指に包まれる。
なぜだ? なぜ気持ちいいと思う・・・。女の子に抱き着かれたら、こんな感じになるんだろうか。

「いくらでも、お世話してあげるよ。だって右手はカイ君のメイドさんなんだからね~」

これは指のお辞儀なのか? 
親指がくねくねと動いている。
大きい指だ。大きな指がくねくねと動き、力強さと可愛さを感じ、目が離せなくなっていく。

「これからこの指がカイ君の寝床なんだから。よろしくって指たちが言っている」
「・・・? 寝床ってどういう意味?」
「そのままの意味だよ。今日から私の右手がカイ君の家。寝る時もお風呂もどんな時でも右手と一緒で・・・ああ、そうそう・・・・」

寝床? 家? おいおい、それって、もしかして・・・。

「まさかここに住むってこと?」
「うん」

エマは即答だった。
この手が俺の住処・・・。この筋肉と柔らかい肌の地面の上に住むの?
見上げれば、エマの顔、下を見れば、エマの足・・・。
あっちもこっちもエマエマエマ。
常にエマに抱きしめられている。そんな状況だ。

「もうエマのことは十分わかったから、エマが宇宙人だって信じるから、だから元の大きさに戻してよ!」

こんな環境で生きていけるわけない。
女の子の手の上に住むということは、百歩譲ってもいいが、この匂いと地面の感覚は無理だ。どうも女という生き物を意識してしまい、平常心を保てない。

「え・・・無理」

さっきまで、ニコニコしていたエマが急に真剣な表情に変わった。

「だって、そうでしょ。私はカイ君を守るために地球に来たんだよ。それなのに元に戻せって・・・それじゃあ誰がカイ君を守るの?」
「いや、でもそんなことしてもらう意味なんかないし・・・」
「そんなことない。地球は今、とっても危ない状態。だって、ほらさっきも見せたでしょ。
 地球の銀河は私から見たら、ものすごく小さくて、ちょっと息を吹きかけるだけで、ダメになっちゃうんだよ。
 それに確か・・・核兵器だっけ? 地球には地球人を殺す兵器がゴロゴロしてる。
 そんな危険な世界にカイ君を残すわけにいかない。きっとこのままじゃあ、カイ君は死んじゃうだから・・・」
「そんなこと言ったって、それが地球人なんだから、しょうがないじゃない? 確かに核は怖いと思うけど、それはみんなも同じだよ。」

「それじゃあ、ダメ! 絶対ダメ! みんなも危険だから、自分もいいなんて、そんなの私絶対認めない!!」
「お願いだ。エマ元に戻してよ・・・」
「どうして? どうして私の気持ちわかってくれないの? そう・・・どうしても戻りたいっていうなら、戻してあげる」

エマの体から光が出てきた。
まぶしくてなにも見えない。
数秒ぐらいで、光は落ち着き、辺りが見えるようになる。
目をこすりながら、辺りを見渡すと、そこには・・・・



つづく