タイトル
「コロニーの末路」





これが不幸中の幸いと言うのだろうか。
今我々が置かれている状況は最悪だが、しかし幸運という見方もできる。
この汗ばむほど、ムシムシとした環境は最低最悪とも言えるほど、居心地の悪いものだが、それでも耐えきれないほど過酷でもない。
しかし、この高温多湿こそが、我々の生命線だ。
この湿気が無くなれば、我々は皆死んでしまう。

なぜ? なぜこのようなことになったのか? それにここは一体どこなのか? なぜ我々がこんな異常ともいえるような環境を望んでいるのか?
それは、今から説明する。
それは昨日のこと・・・・。




*********



ジリリリとやかましい音が鳴り響き、思わず目覚ましを止めた。
半分無意識のことで、まだどこ寝ているような、それでいて起きているような、そんな曖昧な感覚。
半分目が開くと、時計の針がコチコチと一秒一秒進んでいた。
えっと・・・針は7と15? 

「わ! 15分も寝坊した!」

完全に油断した。今日は大事な日なのに・・・。
私は髪を大急ぎでセットし、制服に着替える。
まさか、今日という大事な日に寝坊するなんて我ながら憎い。
15分前に戻れるなら、自分自身を叩いて起こしてやりたいぐらいだ。
大急ぎで身支度をし、忘れ物がないかカバンをチェックし、階段を下りた。
朝ご飯を食べていきなさい、っとうるさく言うお母さんを振り切って、慌ただしく家を出る。

小走りで通学路を歩く。早く早くと心の中では焦っているが、このままのペースで歩いていけば、なんとか間に合いそうだ。
コンビニがある角を曲がれば目的地だ。よかった。なんとか間に合った。
そして、コンビニを曲がると、隠れるようにして、電柱の影に身を隠す。
幸い早朝なので、辺りに通行人はおらず、電柱の影に隠れていても怪しむ人はいない。
スマホで時間を確かめてみると、予定時間の一分前を表しており。ほんと時間ギリギリだった。
あと一分か。そう思うと心臓がドキドキしてきた。あと一分・・・あと一分で私の人生が決まる。そうとさえ感じるほど緊張している。
そして、一分が過ぎた。
恐る恐る電柱の影から少し体を乗り出てみる。すると・・・。

「来た!!」

木塚君だ! 木塚君が来た!
私は震える手で、カバンの中からラブレターを取り出した。

幸い辺りには誰もいない。この調子なら誰にもバレずに木塚君にコクれる。
でも・・・迷惑かな? 木塚君。野球部の県大会前なのに、突然ラブレターなんてもらったら困るかな?
それに、ここまで来ておきながらなんだが、なんて声かけよう?
昨日一生懸命練習したはずなのに、本番を迎え頭が真っ白になった。
でも、木塚君はこっちへどんどん向かってきいる。もう考えている余裕はない。
飛び出すなら今だ。いや、今を逃すと向こう側へ行ってしまう。
私は思いっきって、電柱の影から飛び出した。そして、そして言うんだ。木塚君に好きっていうんだ。



******

それは昨日のこと。

我々の住むスペースコロニーは、ついにワープ機能を手に入れた。
我々の持つ、小型宇宙船では、既にワープ機能は実現できているが、この数百kmにも及ぶ巨大大陸であるコロニーごと、ワープするのは初めてのことであり、
これは我々が100年以上開発し続けてきた、ワープ機能の完成形でもあり、また最終段階でもあった。
しかし、トラブルが起こった。
コロニーがワープし始めた頃、突如次元の歪みが発生し、本来なら行けるはずもない、あり得ない所へと飛ばされてしまった。
飛ばされたところは未知の世界。
コロニーの計器類は壊れ、機関部に至っては完全に壊れてしまったので、身動きが取れず、飛ばされた世界の詳細はわからない。
ただ、この世界には空気が存在し、なにか巨大なドーム状の奥へと飛ばされた。それだけは確かだ。
そのドームの大きさは、残った計器や専門家の計算により、ぼんやりだがわかった。

そのドームの大きさは200000kmから250000km。(20万キロから25万キロ)

なんと、我々の住むコロニーの1000倍以上はあるということだ。
なんということだ。我々のコロニーでさえ200km以上もあるというのに、それ以上の平面世界が存在するなんて・・・

我がコロニーは我々人間が住むには十分すぎるほど、広大な土地を持っているのに、それよりもさらに1000倍の面積を持った謎のドーム。
この謎のドームの大きさの詳細がわかったことで、さらに驚きがおこる。
それはこのドームは、なんと平均的な惑星をも包み込んでしまうほどの面積があり。つまり、1万km程度(地球)ぐらいの星なら、すっぽりと何個も中に入れらてしまう。

それから間もなく、このドームがなんなのか。確かめるため調査隊が組まれた。
小型宇宙船がワープ体制に入り、このドームの外へと次々と出て行った。
しかし、外は地獄だった。
このドームの外は、頑丈な宇宙船でも耐えきれないほど、気温が低く外に出た宇宙船が瞬間凍り付いていく。
宇宙船の硬い鋼鉄。
外気を通さないほどの分厚い装甲なはずなのにそれをいとも簡単に冷気は貫通し、宇宙船内部にまで侵入、そして充満していき乗組員は次々とやられ凍死していく。
調査隊が全滅したため、ドームの外がどうなっているのかよくわからなかった。
ただ一つだけ、わかったことは、このドームは黒いということ。ただそれだけだった。

調査隊全滅。

そんな想像すらしていなかった報告に上層部は混乱したが、そんな混乱もすぐかき消される。

それは巨大な地響きが襲い始めたからだ。
この数百kmにも及ぶ、コロニー全体を揺るがすほどの揺れで、これほど巨大な地震は存在しない。
いや、そもそも地震っていうのがおかしい。
この謎のドームは星ではない。なので地震なんか起こるはずがない。
それにもし、このドームが星だったとしても、これほど巨大な地震なら、星が砕けてしまい。星が存在できない。それほど巨大な揺れだった。

揺れが大きくなるにつれ、コロニーの建物が倒壊し始めた。
こんなのあり得ない。我がコロニーにはシールド装置があり、そのシールドの威力は半径100kmを焼き尽くす爆弾でもビクともしないほど強力だ。
それほど強力なシールドがあるにもかかわらず、この被害を見るとどうやらシールドを貫通して揺れが襲っているようだ。
緊急事態だ。このまま揺れが起こるとコロニーが割れてしまう。
コロニーが割れる。そんなあり得ないことが現実で起ころうとしている。

そして揺れが収まると、熱を持つ、なにか巨大な物体が我らのコロニーに近づいてきている。
それは壁か? 壁みたいなものがドームの屋根と地面をこすりながら進んでいる。
なんてことだ。惑星以上のあるドームに匹敵する巨大な壁がこの世に存在するなんて。
それにドームが悲鳴をあげている。ドームの地面と屋根がその動いている壁の引き起こすエネルギーに負けているのだ。
この惑星以上の頑丈なドームさえ、揺るがすほどの物がこの世に存在するなんて・・・。
そして、巨大な壁が止まると、ドームの揺れが収まった。

我々は間一髪だった。コロニーはこの謎の壁と10kmも離れていない。
本当にギリギリだった。あとちょっとでも前に進んでいたら、どうなっていたかわからない。
しかし、我々にはホッとする暇ななかった。
その壁が動き出したからだ。
あり得ないほどの浮遊感が襲うと、すぐに落下するという感覚に変わる。
それが何度も何度も我々を襲った。
しかも異常事態はそれだけではなかった。強烈で酸っぱい臭いがコロニーを襲い始めたのだ。
この匂いの元凶はどうやら、ドームの内部に侵入してきた壁にあるようで、そこから臭いと熱を発している。

なんということだ。コロニーはあっという間に臭いに侵食され、コロニー全体が臭いで覆い尽くされている。
臭いを吸い込んだ者はみなむせており、
快適だったコロニー内部の気温は急上昇し、汗をダラダラと滝のようにかくほど暑くなった。
それは、コロニーに備わっている、浄化装置の範囲を遥かに凌駕しており、追いついていない。
それもそのはずで、並みの惑星をいくつも包み込めるほどの広大な面積のドーム。
20万kmをも覆いつくすほどの巨大な壁から熱と臭いがあふれんばかりあふれだし、
ごうごうと音を立てているほどで、これほど広範囲にもなると浄化装置にも限界があった。

その無限ともいえるほどのドームを壁が覆いつくし、空気は逃げ場を失った。
それはつまり、換気が一切行われなくなってしまったということで、その逃げ場を失った臭いが、我がコロニーに流れ込んでいるのだ。
壁の臭いは弱まるどころか、強まるばかりである。どんどん強烈になっていく臭い。
コロニーの内部では黄色い霧が発生し、前が見えないほど濃密な臭いが充満し、外に出れなくなっている。
みな家に入り、その匂いから少しでも逃れようと必死であった。
家の窓を閉め切り、ありったけの消臭剤を鼻に近づけ、そして姿勢を低くし臭いから耐えている。
だが、そんな努力もむなしく、臭いは容赦なく家の中に入ってきた。
どんな小さな隙間からも、あふれるようにごうごうと家の中に臭い入ってきて目が痛くなる。
目が痛い。喉が痛い。吐き気がする。
とてもじゃないが、こんな状況で外に出ようと思うものはいなかった。

臭いもすごいが、その臭いが強烈になっていくに従い、気温も上がっていた。
コロニー内部にある、冷却装置が役に立たないほどの熱気。
みな熱いのに窓を閉め切り、汗をダラダラかきながら、臭いと熱さに耐えている。
そんな地獄のような環境に変わってしまい、コロニーの住人たちは冷却装置と浄化装置。この二つが故障した。
そう信じて疑わなかった。しかし、そうじゃない。この二つの装置は正常に動いている。
浄化装置と冷却装置が追いつかないほど、熱気と臭いがすさまじかったのである。

そんな地獄に耐えきれない。そう思ったものも多く、小型宇宙船でワープするものも多かった。
しかしドームの外に出た瞬間、宇宙船は凍り付き墜落していった。
それはどんな高性能な宇宙船であっても皆一緒で墜落しない船は一隻もない。

ドームの外に出た瞬間死ぬ。
ならドームの中にいるしかない。しかし、状況は悪くなるばかりだ。
気温と臭いはひどくなる一方で、もはやこれ以上は耐えきれない。それほどの状況まで追い込まれていく。
さらにドクンドクンと、かすかだが、なにか脈拍音みたいなものが遥か彼方から聞こえてくる。
速い。脈拍音はかなり速い。しかし、今はそれどこではなく、この異様な脈拍音を気にしているものはほとんどいなかった。


*********



「はあ~」

私は大きなため息をついた。
ラブレター木塚君に渡せなかった。
あんなに緊張したのに、結局渡せなかった。

「はあ~。私ってほんと意気地がない・・・」

せっかく、早起きして待ち伏せまでしたのに・・・。

「もうしょうがない。学校行こ」

あまり引きずっても仕方ない。もしこの落ち込んだ顔を誰かに見られたら、木塚君にコクろうとしたことが友達にバレかもしれない。
それはマズイ。木塚君は人気が高い。もし私だけが抜け駆けしたなんて、誰かにバレたら、絶対仲間外れにされる。
木塚君にOKもらえたなら、それでもいいと思っていたけど、コクる前からバレ、仲間外れになんかにされたら、私の立場が無くなる。
それだけはなんとしても避けなければいけない。
私は、なるべく平常心を保つようにして通学路を歩いた。
そして、私がコクろうとしたことなんて知らず、いつも通り挨拶してきた友達と合流し、学校について、靴を脱ぎ上履きに履き替え教室へと向かった。


*********


気温が下がり始めた。そして臭いは薄まってきており、脈拍音もしなくなった。
コロニー全体を黄色く染めていた霧は徐々に薄れていき視界が開けてきた。

「浄化装置が直った」

とか

「冷却装置が直った」


とかの歓声が、あちらこちらから聞こえ来るが、どちらの装置も壊れてもいないし、直ってもいない。
ドームの中にある壁の熱気と臭いは弱まったに過ぎない。
壁の熱気と臭いは、それからしばらく安定していたが、壁が突如として、ドームから離れていくと事態は一転する。

壁が無くなると、黄色い霧は完全に晴れ、臭いは完全にしなくなった。
あの忌々しい、黄色い霧がなくなった。そして臭いもない。
こんな当たり前のことが、こんなにもありがたいなんて・・・・。
息が吸える。外に出れる。汗をかくほど蒸し暑くない。
こんな当たり前のことを皆で喜び、手を取り合って喜んだ。

しかし、そんな喜びも一瞬で終わりを告げる。
なんと、今度はコロニー全体が凍り始めたのだ。
道路はもちろん、ビルやマンションが氷で覆われ始める。
喜んでいた者たちは慌てて、家やマンションに逃げ込み。暖を取る。
窓を閉め切り、ありったけの暖房をガンガンに効かした。
それでも冷気は入ってくる。どんな小さな隙間からも氷は侵入してきて家の内部さえも凍っていく。

その冷気に耐えきれず、ドームの外へと逃げる宇宙船もいたが、やはり外はもっと寒く宇宙船が一瞬で凍り付き墜落していく。
その時、コロニーの住人たちはあることに気づいた。

そう、このドームはローファー。そして壁は靴下。

その二つが我々のコロニーを温め、靴下の中。つまり足から臭いを醸し出していたのだ。
そのことが分かった瞬間。彼らは危機一髪であったことに気づく。
靴下。つまり、靴下の中には足本体があったはず。
もし、靴下を履かずに直接足を放り込まれていたら・・・・。
たぶん、みな死んでいただろう。
靴下を履いていても、あの臭いと熱気だったのだ。あれ以上のものをやられたら、誰も生き残れなない。

そして今。
足は靴から抜かれている。
それにより、我らの住むコロニーの気温がどんどん落ちてきている。
真冬以上の寒さに多くの市民が苦しんでいる。
そして、彼らはこう思うのだった。

「早く、早く靴を履いてくれ」

熱くたっていい。臭くたっていい。
それよりも早く・・・早く靴を履いてくれないと、みな凍えて死ぬ。
今となってはあの暑さと臭いが懐かしい。頼む、頼むから早く戻って来てくれ!!

スペースコロニーに住む1000万人以上の
住人たちはこの20万kmにも及ぶ天文学的数字の靴の持ち主の帰りを待ちわびており、
少女の放つ臭い足の帰りを今か今かと待ち望んでいた。



終わり。