タイトル

「10万倍の女勇者2」






********

おかしい。本当に人の気配がしない。
人はおろか、鳥一匹、虫一匹すら飛んでいない。
この世界にあるものと言えば、細かいカビのように小さな草はびっしりと生えている程度で、生き物の気配が全くしない。
誰もいないため、道を聞くことすらできず、途方に暮れてしまったが、このまま何もしないというわけにもいかない。
なので、私の使える魔法の一つ、導きの魔法を使うことにした。
この魔法はなにか困ったとき、どうしていいかわからないときに使う魔法で、この魔法を使えば最善に近い判断を下してくれる。
いわば、チートに近いような魔法なのだが、使えるものは仕方がない。
気がつけばいつの間にかこの導きの魔法が使えるようになっていたのだ。
チート魔法を使えるからと言って、私に嫉妬はしないでもらいたい。

詠唱を唱え、これから私はどうすればいいのか問いてみる。

「我の問いに答えよ」


「一つ、私はどこにいるのか?
 二つ、雇い主である、主(あるじ)はどこにいるか?
 三つ、倒すべき魔王はどこにいるか」


すると、こんな答えが返ってきた。


(一つ目の答え、ここは魔族が繁栄している異世界。
 二つ目の答え、そなたの主はすぐそこにいる。手を伸ばせば楽に届く距離。
 三つ目の答え、歩いて行ける距離)


「うん・・・・?」

おかしい。
いつもなら、的確な判断を下してくれる便利な魔法なのだが、今回はどうも様子が違う。
魔法によればここは異世界らしいが、魔物が住むような恐ろしい世界には思えないし、それに魔王が近くにいるとも思えない。
魔王ほどの強力な相手なら、魔王の魔力を感じるはずだ。
なのに、なんの魔力も感じらない。

おかしいので、質問を変えてみる。

「我の問いに答えよ!」


「一つ、人間の住む街はどこか?
 二つ、魔王の住む城はどこか?
 三つ、主はどこにいるのか? 具体的に答えよ」

正確な場所を教えよと付け加えて詠唱を唱えた。
するとすぐに返事が返ってくる。


(一つ目の答え、そなたの足元
 二つ目の答え、北北西に進み、山を20ほど超えたところに魔王の城はある。
 三つ目の答え、そなたの耳の中)


問いの答えを聞き、サーっと血の気が引いていく。
もしかして、いや噂で聞いたことがあるが、それはとてもまれなことだ。そうやすやすと・・・いやしかし、状況を考えると・・・・。


「我の問いに答えよ。この世界は私にとって大きいか? 小さいか?」

(一つ目の答え、小さい)

「どのぐらい小さいか。正確な数値を答えよ」

(一つ目の答え、そなたの体が、1メートル60センチなら、この世界では160キロ。通常の10万倍の大きさになる)
       
「・・・・?」

一体どいうことだ? 10万倍? 165キロ?
それが本当なら・・・いや問いに間違いはないはず、すべて本当のことなのだろう。
ということは・・・私の主は・・・耳の中にいる?
思考が停止する。
耳の中に人が入っているなんて、初めてのことだ。気が動転してしまう。
思わず、私は反射的に耳を触ろうと手を伸ばす。



*****


意識が戻ると私は横になっていた。
荒れ狂うような轟音と、全てを揺るがす大地震。
天災ともいえる振動に体が耐えきれず、気を失っていたらしい。
だが、こうなってしまったのも察しが付く。
勇者がなにか言葉を発したのだろう。
一言、いや、勇者が少しボソッとつぶやくだけでも、人が何人も死ぬような大災害が起こり、小さな私を翻弄させている。
そもそも、勇者の足元にある王都からでも物が飛ばされるぐらい風が強いのだ。
なら、足元よりにいた時よりも耳の方が口に近く、気を失っても納得できてしまう。

皮肉なもんだ。私の声を勇者に届けようと耳まで飛んだのに、こちらの音は届かず、勇者の声ばかりが聞こえてくる・・・。
力尽き、勇者の耳の中で横たわり考えていると、また轟音が響いた。
起こった轟音は今までとは違う。なにか大きなものがこちらに近づいてくるような揺れだ。
思わず揺れた方向。つまり、勇者の耳の入り口へと向かって視線を移した。
耳の入り口。
そこは、どんな大きな競技場でも余裕で入るほど巨大な耳なのだが、それをすっぽりと覆い、光すら遮るほどの壁がこっちに向かってきていた。
肌色の壁、首が痛くなるほどの上を見ても、まだまだ壁は高く、永遠に壁が続いているのかと錯覚してしまう。
向かってくる壁はデコボコしていて、人一人が入れるのほど大きな溝が、何本も連なって横に大きく広がっていた。
それは山模様のように雄大な景色で、それでいてエネルギーに満ち溢れている。
計り知れぬほど強大な力をあふれ出しながら、壁は迫ってきており、壁を見ながら私は悟った。
耳の中いる私は勇者にとって異物だ。
なので異物である私を始末しにきた。
勇者にとってみれば、勝手に人の耳の中に入り、体の中で悪さをしようとした、いわばばい菌。
私というばい菌を殺そう、そう思ったのかもしれない。
正確な理由はわからないが、とにかく勇者の持つ力を思い知った私は強大な敵を前にして抵抗する気が起こらかった。
もう何をしても無駄なのだ。今の私にできることは待つだけ、神の決断を待つだけだ。



******


手を耳に当て、そのまま奥へ突っ込もうとしたとき、思わず手を止める。
危ない。危ない。このまま耳の奥まで指を突っ込むと、私を呼んだ主に危害を加えてしまうかもしれない。
そうなっては本末転倒。私の名声はいっきに地に落ちてしまう。
そっと耳から指を抜き、中にいる主を傷つけないようにする。
そして自分の耳の中に向かって、通信魔法、テレパシーを送ってみる。
もし、本当に10万倍もの小さな主がいるなら、なにか応答してくれるはずだ。

「主。主はいるか」

耳を澄まして、返答がないか待つ。
どんな小さな声でも聴き逃してはならない。

「お・・・」

かすかだが声がした。

「主。いるのか?」
「おーい・・・助けて・・・耳が・・・・耳が破けそうだ・・・」

確かに主は私の中にいた。
主の話す声は、まるで消える寸前の火のように細く頼りないものだったが、魔法が教えてくれたことは全部本当だったのだ。

「そうか。すまない。私の声が大きかったようだな。今すぐ回復魔法を施すからな」

まさか自分の耳の中に人が入り、その自分の耳に向かって回復魔法を使うとは・・・思いもしなかったが、さて、これからどうするか。
これじゃあ、主とうかつに話もできない。
私が少しでも言葉を発すると、主の耳が破けてしまう。どうしたらいいものか・・・・。
ここで一つの忘れかけていた魔法の存在を思い出す。

「主。今から主に向かって防御魔法をかける。防御魔法と通信魔法。この二つの魔法を同時に使えば話ができるぞ」

魔法を使うため詠唱に入る。
防御と通信の二つの魔法。この二つの魔法を追加で使おうと魔法を詠唱していたが、詠唱途中にあることに気づく。
防御と通信、この二つの魔法だけじゃ足りない。私は三つの目の魔法も追加で使うことにした。
その魔法は・・・・・。



*******


肌色の壁、指が過ぎ去るとまた轟音が響く。
その音はあまりにも大きくて、なにを言っているのかわからない。
ただ、音の重圧と、体を破りそうな衝撃が伝わってくるだけだ。
そして、また音が鳴り響く。今度はかなり大きい。
思わず耳を抑えたが、それでも鼓膜が破れそうなほどの大音量で、思わず悲鳴をあげてしまう。
痛くて痛くてたまらない。耳が引きちぎられそうになり、一瞬耳が聞こえなくなる。
私の横ではドラゴンまでもが苦しんでおり、悲鳴を上げ、のたうち回っている。
あのドラゴンさえもが、これほど苦しんでいるとは前代未聞なことで、この大音量がいかに大きいかを物語っていた。
私にとっても、この音は相当に堪え、その場にうずくまり、耳を抑え必死に衝撃に耐えていた。

だが、ふとした瞬間、痛みが消えた。
それどころか、春風のような心地よい風が吹き、気持ちが安らぐ。
あんなに苦しんでいたドラゴンも険しい表情が和らぎ、眠り始めたぐらいだ。
訳が分からず、あっけにとられていると、私の前に一人の若い娘が急に現れた。
思わず声をあげてしまう。


「お嬢さん。どうやってここまで来たんです・・・ってそんなこと今はどうだっていい。
 それよりここは危険です。早く逃げなさい。じゃないと音に耐えきれません。死んでしまいますよ!」

その娘は最初きょとんとしていたが、徐々に表情が和らぎ

「主よ。ようやく会えたな・・・しかし、なんだ、その言い草は・・・ふふ」

この娘・・・自分が置かれている状況をまったく理解できていない。
ここは勇者の耳の中、いわば地獄の入り口だ。若い娘が来るようなところではない。

「お嬢さん。笑っている場合じゃないですよ。早く逃げて!」
「まあ待て。我が主よ。こうやって少し画面を引けば納得してくれるか?」

若い娘は私から遠ざかり、全身が見えるようになる。
凛とした目つきに、さらりと流れるような黒髪。そして腰には鞘を差し、鎧のようなものを身に着けている。
上半身は鉄鎧で硬く守られているが、両脇は露出しており、脇から手に向かって肌が完全に露出している。
そして膝が見えるほどの丈の短いスカートを履いており、太ももを大きく露出にさせている。
足元には鉄でできたブーツを履き、これじゃあ、まるで異世界の勇者・・・・?
そうだ! この格好は異世界の勇者のする格好だ。
しかし、なぜだ? なぜここに勇者がいる? なにかの手違いでもう一人、別の勇者が来てしまったのか?

「あなたは・・・一体誰ですか?」

いや・・・待てよ。
別の勇者が来たというなら・・・・。

「勇者様助けてください、この巨大な勇者を今すぐ止めて・・・」
「くす・・・ははは~! なにを言っているのだ。主よ。勇者ならここにいるではないか」
「ですから、この巨大な勇者を止めて・・・」
「違う。違う。勇者は私一人だけだ。主が見ているのは幻。いわば、私の分身みたいなものだ。
 主と目と目で会話でできるよう、小さな私を主の前に立たせている」

分身に幻? 勇者は一人だけ? ということはつまり・・・。
半信半疑の状態で、勇者に聞く。

「あなた様が、この巨大な耳を持つ、巨人の勇者様なのですか!!」
「巨大な耳とか巨人とか言われると、なんだが変な感じがするが、うむ。そうだ。私が勇者だ。主。こうして会うことができて嬉しいぞ」

勇者が手を出す。それは友好を示すため、握手を求めてきたが、私は勇者と握手はしない。

「あなた様は本当に私たちの味方なんですか?」
「うん? それは一体どういう意味だ? 私がなにかしたか?」
「私はあなたに気づいてもらうため、目の前で・・・本当に目の前、まつ毛が触れるぐらい近くに行って手を振ったんですよ。
 しかし、あなたは私に気づかず、恐ろしい音で威嚇するばかり・・・あなたは本当に私たちの味方なんですか? 
 王都では今、勇者様の力に怯え、帰るよう言っているものさえいるんですよ」

勇者の分身が眉をハの字にし、申し訳なさそうにこう言った。

「すまない・・。私もこんな小さな世界があるなんて知らなかった。許してくれ」
「では、あなたは私たちの敵ではないと、そういうことでしょうか? 私たちに危害を加えず、敵である魔王と戦ってくれますか?」
「うむ! そのつもりだ。主の敵は私の敵だ! 魔王討伐は任せてくれ」

その言葉を聞いてほっとした。
これで勇者が我々の味方となり、魔族と対等に戦える。
一時は王都が魔族によって滅ぼされるかと、本気で心配したが、もう大丈夫だ。
勇者が魔王を倒せるかどうかは別として、これで王都が滅びることはない。
これほど、大きな力を持った勇者が来てくれれば、簡単に王都は落ちないだろう。

「では改めてだな・・・主、よろしく頼むぞ!」

勇者が手を差し出し、それにこたえて私も手を出すが握手はできず、すり抜けてしまった。

「あはは。そうか。幻だから握手もできないかぁ。すまない。忘れていた」

勇者の体をよく見るとほんの少しだが体が透けていた。
やはり本人がそこにいるわけではないから体を触れない。そういうことなのだろうか?

「分身を見た後はこれを見てほしい。こうやって魔法をちょっといじれば・・・・、どうだ主。ちゃんと見えるか? 」

と勇者が言うと、勇者の分身は消え、別の景色が見え始める。

「これは私の見ている視線だ。つまり魔法を少し変えれば、私の見たものと同じものを主に見せることができるんだ」

勇者の体の代わりに現れたのは、青い空と緑の地面。
両者は辺り一杯に広がっており、見たことも聞いたこともないような広い、そして丸い世界が映し出されていた。

「こうすれば今、私が何やっているのか、わかるだろう。ほら、私の手が見えるか?」

目もくらむような巨大な柱が動き出す。
距離にして何十キロもの腕が、高速で動き始めた。

「どうだ? 私の手が見えるか?」

空気の渦を巻きながら、巨大な手のひらが、私の目の前に出された。
手は開かれたり、握られたりしており、その動きだけで、いや、指一本だけで、山をも握りつぶせるほどの力を持っている。
五本指が同時に握ると、山が五つ潰せる。
指一本だけで山の頑丈さも簡単に凌駕し、そんな恐ろしい力を見せつけられた、私には化け物のように感じてしまう。
魔族に匹敵する化け物に遭遇し、足が震える思いだが、この指こそ勇者の手。
この巨大な手さえあれば、魔王にだって・・・。

「な・・なんだ。私の手をじろじろ見て。そんなに見ると恥ずかしいじゃないか」
「す・・・すみません。決して変な意味で見ていたわけではないんですよ。こんなに大きな手なら、きっとすごい破壊力なんだろうなって・・・」
「ふふ・・・。なんだ、そうなのか。それならよいが」

予想以上の手の大きさに、驚きを隠せないが、なにはともあれ勇者が来てくれた。
魔王軍に侵略寸前という絶望的状況にもかかわらず、勇者様は助けに来てくれたのだ。
これほど、嬉しいことはない。

「さて、一通り自己紹介も済んだ。早速で悪いが敵はどこだ? 早く敵と戦いたいのだが」
「それがですね。勇者様。魔王軍を討伐するには王様の許可が必要です。ですから・・・」
「うむ。そうか。で、その王様は今どちらにいる?」

視線が勇者目線に変わる。
勇者の視線は地平線の向こう側、つまりかなり遠くを見ている。
どうやら王都を発見できず困っているようだ。

「勇者様。王都はもっと下です」
「うん・・・下か?」

視線が足元へと変わり、少しずつ足から視線が離れ、森へと視線が移っていった。

「勇者様。行き過ぎです。視線を戻してください」
「主よ。私をからかっているのか? どこにも王都なんかないじゃないか」
「ございます」
「どこに?」
「とにかく、ゆっくりとしゃがんでみてください。話はそれからです」

勇者がしゃがみだすと、私の体がギューと引っ張られる。
勇者が少し体を動かすだけで、この力・・・やはり、この勇者、かなりの力を持っていること間違いなしだ。
視線が一気に下がると、勇者の足元に白い埃みたいなものがフワフワ漂っていた。

「主よ。さっきから気になっていたのだが、この白い綿はなんなのだ?」
「えっとですね・・・勇者様の大きさを考えると雲ですね」
「なに? 雲?」
「はい。大空を覆うあの雲です。さっき私が勇者様の耳元に向かう際、ドラゴンとともに雲を突き抜けてきたので間違いありません」

勇者にそう言うと、視線が白く雲に集中し動かなくなる。
勇者にとって、これが雲だと半信半疑らしく、白い雲を長いこと観察していた。

「これが、本当に雲なのか?」
「はい。間違いありません」
「雲とは空にあるものではないか? なぜこんな低く?」

勇者は視線を上げた。
勇者の目には白い雲は映らず、代わりに黒い空が見えていた。

「そうか・・・本当に10万倍の大きさなのだな・・・。だから雲も見えなかったのか」

勇者は、また足元に視線を戻し、目を皿のようにして地面を見ている。すると

「主よ。まさかとは思うが、これが人の住む街ではあるまいな?」

勇者が指さす、その先にあったのは灰色の地面。
指の長さにも劣る、この灰色の地面こそが

「王都です」

衝撃の事実を知った勇者は、思わず指を引っ込めた。


「なななな、なにを言っているのだ! こんなちっぽけな物が街だと!? いくら私が大きいとはいえ、そんなこと・・・」
「勇者様。落ち着いてください。あまり急激に動かれると、王都がどうなるかわかりません。とにかく落ち着きを」
「そ・・・そうか。以後気をつける・・・だが、これが本当に街なのか? いくら小さいと言っても信じられん」
「では、勇者様の身長はいくつですか?」
「身長か? 確か・・・160キロだと言っていた」
「勇者様の身長が本来160センチだとして、一センチはこの世界ではどのぐらいの大きさになると思います?」
「さあ・・・今まで考えもしなかったからな・・・たぶん10メートルぐらいではないか」
「違います。今の勇者様にとって一センチは1000メートル。つまり一キロになります」
「い・・・一キロだと! それなら山と同じではないか! それが本当なら主から見て私はどう見えている? 
 主よ。教えてくれ。今の私はどう見えているのだ?」


一呼吸置き、私が思ったことをそのまま勇者様に伝える。

「今の勇者様の大きさなら、耳にだって山が入ります。見てください。
 ここにもあそこにも下を見れば小さなデコボコがいっぱいあるでしょう? あれ全部本当は山なんですよ」
「こ・・・この小さいのが山なのか?」
「そうです。あれが山なのです。あれほど小さなものなら、すくい上げて耳の穴に入れることもできるでしょう。
 勇者様にとって取るに足らない、盛り上がりこそが山なのです」
「そうか・・・」
「勇者様。あなた様はこの世界にとって、とてつもなく大きいお方なのです。なので行動には細心の注意を払ってください」
「・・・うむ。わかった。これからは、もっと足元に気をつけるとしよう。だかな・・・」


勇者は驚き困っていた。まさか、こんな小さな世界があったのか・・・と。
しかし、相手がどれだけ小さかろうと、全力をもって敵を倒す。それを忘れてはならない。
そう勇者は自分に言い聞かせていた。

勇者様は、それから態度が一変し、しゃがみこんだまま、一歩も動かず地面をキョロキョロと視線だけを動かし辺りを見回していた。

「主よ。悪いが王様とは話ができそうにない」
「なぜです?」
「こんなに大きんだ。私の声が届いても、王様の話を聞くことができない。なので、すまないが、王様と話をつけてきてくれないか? 
 もちろん私の体から離れずとも王様と話ができるよう配慮はする。魔法を使うから問題ないはずだ」

勇者の提案を受け入れ、早速実行に移す。
私の体はそのままで、視界だけが勇者の体から離れていく。
私の視界は今、雲をすり抜け高度を下げていた。
勇者の体の上からだと、王都は小さな地面の模様程度にしか見えなかったが、高度が下がり、王都がはっきりと見えてくる。
王都にある細かい家々まで、はっきりと認識できるようになった時、血の気が引いていく。
目を見開き、それが夢ではないことを確認すると私は茫然とした。

「家が・・・家の屋根が吹き飛ばされている」

王都を代表する大通りには、大木が横たわって道を塞いでおり、交通網が完全に麻痺している。
さらにその大通りの横に建っている家のほとんどが瓦礫に変わっていた。
かろうじて残った家もガラスや屋根が無くなっており、ひどいありさまだった。
そして、なにより衝撃だったのは、王都の城壁がすべてなくなっていたこと。
頑丈なレンガでできた城壁はすべて消え去り、王都は裸同然になっている。

魔王軍の来襲。

一瞬そんな言葉が一瞬頭によぎった。
だが、それは間違いだとすぐに気づかされる。

「主よ。どうだ? 王様に会えたか?」

勇者が言葉を発すると、目も明けられないほどの突風が吹き荒れ、草木が舞い上がり家に降り注ぐ。
風が収まり周辺を見回すと、家の屋根が吹き飛んでいた。 
飛ばされた屋根は、隣の家に突き刺さり、屋根の重みで家が崩れる。
家の中にいた住人は死にそうなほど大声を上げ、逃げ出していたが一歩間違えていたら、確実に重症、最悪死亡していただろう。

「勇者様。お静かに!! 家が吹き飛ばされてしまいます」

今の勇者はしゃがみこんでいるため、口の位置が地上に近く、王都に降り注ぐ息吹の破壊力が数段上がっているのだ。
このまましゃべり続ければ、王都の建物が全部吹き飛んでしまう。

「そ・・・そうか。それはすまなかった」

勇者は慌てて口を抑える。
だが、いくら手で口を隠しても、勇者の息吹は凄まじく、手のひらという、全長17キロの手で口を覆っても、
王都への被害を完全に抑えることはできなかった。

「勇者様! もっと小さな声でお話しください」
「う・・・うむ。こうか?」

今までより勇者は小さくしゃべってくれはしたが、それでも風は強く木々が大きく揺れている。
勇者の口が少しでも動くと、台風のような風が王都に降り注ぎ包み込む。
突風は生暖かく、女性ならでは甘いような酸っぱいような独特な匂いがし、王都はおろか辺り空気を奪い塗り替えていく。
いまや王都の大気はすべて勇者の息吹によって塗り替えられてしまい、皆が勇者の匂いを強制的に嗅がされている。
匂いと突風。
突風の原因は勇者の口の吐き出す空気の塊にあり、少しでも大きな声を出せば、王都はすべて吹っ飛んでしまう。
勇者の口の横幅は5000メートルもあり、その気になれば王都なんぞ簡単に吹き飛ばせてしまうだろう。


どちらにしてもこの状態はまずい。
勇者が誤って大声を出せばそれだけで王都は終わるのだ。
私は王様に魔王討伐の許可を一刻も早くもらうため、草木が倒れ荒れ果てた大通りを一人走った。

「え!ダメ? どうしてですか? 王様」

苦労して勇者を説得し、我々の味方につけたというのに王様の返事はよいものではなかった。


「ダメだ、ダメだ、ダメだ! あんな化け物、我々に味方するわけない。きっと魔王軍の手下なんだ」
「違います。王様。あのものは決して魔王軍の手下ではありません。
 あの者は真面目で、私のような小さい者でも、対等に接し、見下したような態度は取りませんでした。
 それに万が一、あの者が本当に魔王軍の手下なら、我々はもう死んでいるはずです。
 殺そうと思えば、いつでも私を・・・いえ、いつでも王都を滅ぼせたはずです。
 ですが、私はまだ死んでません。生きています。これをなんと説明しますか?
 私はあの者を信用します。どうかお考え直しください。王様!」


辺りがざわつく。
だが、私の意見に肯定的な見方は少なく、あの化け物。
つまり、あの勇者は王都に災いをもたらすとの意見が優勢だった。

「大臣よ。あの者の力は計り知れぬ。この王都にいつ災いが降り注ぐかわからぬ。なので、すぐ帰るよう伝えよ。これは王命だ」

王命が下った。
正式文章に、王の印が押されれば、もう万事休すだ。私にはもうなにもできない。
そんな絶望的な状況下で、突如雷鳴が城を襲った。

「どうだ。主。もう決まったか? いつ魔王を討伐に出かける? って! ああ・・すまない普通の声で話してしまった・・・」

異様な振動。
グラグラと大きな音が響き、白の柱も不気味に揺れている。
その揺れは、本当に城そのものを崩してしまいそうなほどの大揺れだった。

「王妃! 王妃よ。大丈夫か!」
「はい。大丈夫です。それより王様? おけがはありませんか?」

王妃様と王様は抱き合い、お互いを守り合っていた。

「王命だ! 大臣! 早くこの化け物を帰すよう伝えよ!」

王様がうろたえるのも無理はない。
ピシリ、ピシリと城の柱の亀裂が大きくなっているからだ。
このままだと城は崩れ、みな死んでしまうだろう。

「あのですね。勇者様・・」

王都の城の中で勇者と直接意思疎通ができるのは私だけだ。
だから、この大勢の悲鳴も勇者には伝わっていない。
なので、王命を伝えるもの必然的に私の役目ということになる。



「王様がおっしゃったんですが、その・・・勇者様の持つ力にですね・・・不安を覚えられ・・・」

正直言って、なんて言ったらいいかわからない。
せっかく遠路はるばる魔王討伐のため来てもらったのに、何もせずに帰れなんて言えないし、かと言って嘘はつけない。
他の重臣たちや王族の方々が私の行動を凝視しているのだ、こんな公の場でもし嘘でもついたら、私は即刻死刑になるだろう。

「なんだ。そんなことか。うむ。王様も見ているようだし、よろしい。この場で私の力を披露しよう」

勇者は腰に携えていた剣を抜いた。
だが、そのことを理解したのは私だけだったようで、他の者は襲い掛かる地面の揺れに驚き震えていた。

「どうだ。これが私の剣だ。この剣がどれほど、すごいかは外見だけでは分かりにくい。
 なので、この辺りの武器全てに数字が表示されるよう魔法をかけておいた。
 なあに驚くことはない。これも勇者なら使えて当たり前の魔法だ。よかったら見ておいてくれ」

王都上空に巨大な剣が降りてくる。
その剣は雲よりも高く全容がわからない。
勇者の剣は雲をも突き抜けるほどの長さを持っており、その長さなんと80000メートル。
雲の高さの約40倍もの高さを持った剣は、まさに鉄でできた柱。
王都からは見た、勇者の剣はその先っぽの一部分しか見ることができず、この剣がどれほど長いのか理解できた一人もいなかった。

そして、このような数字が表示された。


勇者の剣。    

勇者だけが使える巨大な剣。長さは80キロにも及び、巨人族以外扱うことは不可能。
とてつもなく重く、切れ味は計り知れない。

<攻撃力568000000>


勇者の剣の先にそのような数値が表示される。
ふと、私の隣にいた王都剣士の剣を見ると


王都兵士の剣。

<攻撃力5>


つまり、こういうことだ。
5億対5
勇者と兵士の剣が戦えばこういった戦力差になる。
王様や大臣連中は皆、勇者の剣の攻撃力に驚いているが私はとくに驚かない。
それぐらいの戦力差があっても不思議ではないと思う。あんなに大きんだし・・・

「さて、肩慣らしだ。皆見ておれ」


勇者の履く鉄のブーツが持ち上がる。
ブーツにへばりついていた直径100メートルもある大量の土砂が、王都のすぐ近くにまで落ちてきたが、幸運にも王都に被害はなかった。

「はっ!」

勇者は剣を振り上げ空中を一刀両断。
するとゴウという音が響き、剣からは風の衝撃波が発生した。
白い波打った衝撃波は超スピードで森の中を駆け抜けており、あっという間に見えなくなった。



ドゴオオオオオオオオオ!!


波打った衝撃波が突如爆発を起こした。
爆発の中心部は、赤い炎の波が発生しており、空が徐々に赤く染まっていく。
森の木々は炎で薙ぎ払われていき、重いはずの木が埃のように宙を舞っていた。
宙を舞っている黒焦げた木は、やがて灰となり最終的には雨のようにして地面に降り注いでいる。
そんな地獄のような光景を見ていた王都民は、この世の終わりを覚悟したのだという。


<勇者の攻撃>

<地面に200000000000のダメージ>


ダメージ2000億と表示されたが、2000億とはどれぐらいの数字なのか私には見当もつかなかった。
ただ、一つだけ言えるのは、城にいる皆が勇者の力に怯え、早くこの異常事態が去ることを願っている。そんな様子だ

それから数分間、王都の空は赤く染まり、焦げ臭い匂いが王都を包み込む。
そして、ようやく元の空の色に戻っていた頃には、周辺の景色が激変していた。
王都の周りにあった森林はすべて焼失し、更地になっている。
勇者が振り下ろし、爆発したと思われる地面には深さ10キロもの巨大な穴が空き、まるで隕石が衝突したかのような穴ができていた。

「どうだ。これで納得してくれたか?」

勇者は勝ち誇っているような口ぶりたが、誰も勇者の話なんか聞いていない。
勇者は放った一撃で、森林が200キロにも渡って、それも一瞬で燃やされ、その恐怖におののき固まっているのだ。
かつて王都の周りにあった森林は、鳥や獣で溢れ、動物の楽園と言われるほど豊かさで溢れていた。
しかし、その豊かな森の面影はなく、勇者の一撃で森林は完全に破壊されつくされてしまったのだ。
完全なる破壊。それは木々が完全に焼失し、木の枝すら一本も残っていない。
枝すら残らぬほどの高温で木々が焼かれ、さらには森に住む動物たちも一匹残らず焼かれて死んだ。

「主。どうした。黙っていたらわからないじゃないか。なにか言ってくれ。この剣の威力、どう思った?」

王都に近づけられた勇者の剣。
あれほど多くの木を燃やしたのにもかかわらず、剣は刃こぼれ一つしていなかった。
剣が王都に近づけられると、いやでも剣の鋭さがわかってしまう。
この剣は間違いなく一級品だ。
かなりの切れ味を持っていて、それでいて80キロの長さもある。
攻撃力5億という数字に疑いを持つ者はもう誰もいなかった。

勇者の剣が王都の家の屋根に近づき、巨大な影を落としている。
王都の城を、その剣先だけですべて覆いつくせ、剣の厚みだけでも家一軒は余裕で収まるほど巨大な剣。
剣の先っぽ。剣先部分にもかかわらず、雲が漂っていた。
雲に邪魔され剣の根元部分は地上からだと全く見えず、事情を知らぬ王都民は、雲の向こうから鉄の柱が降臨したと、そう思った者も多かった。

攻撃力5億の剣。

まだ焦げ臭い匂いを漂わせている勇者の剣は城に近づき、城の真上にやってきた。
それはどう見ても、これから城を攻撃するぞ! という意思表示にしか見えず、王様を始め多くの重臣たちの恐怖は最高潮に達していた。

「私の能力に不満があるのか? この程度なら魔王に勝てぬ。そう言いたいのか? よし。なら、だれでもよいから、かかってこい。私が相手になってやる」

ズンと剣が地面に突き刺さる。
多くの者がこれで王都が終わったと思っていたが、死んだ者は誰もいない。
剣は直接王都に振り下ろされたのではなく、城壁のすぐ横に突き刺さっており、王都を直接つぶしはしなかった。
しかし王都に直接的な被害が出なかったとはいえ、剣は深々と地面に突き刺っており、大きな亀裂が発生している。

「腕に覚えのやる奴は、ここまで来い。私が相手になってやる。誰でも構わん。全力でかかって来い!」

意気揚々と高らかに宣言する勇者であったが、誰も勇者に挑戦する者はいなかった。


「王様。勇者の実力をご覧になってたしょう。ここは彼女に任せるべきです」
「しかしだな・・・」
「でしたら、私からも提案させていただきます。王都にある全軍の兵を勇者と戦わせてください。
 もし、それで勇者に勝てるのなら、私も身を引きます。いかがですか? 王様」
「だが・・・」

これだけ言っても、まだ決めかねぬ王に、私はいら立ちを感じる。
勇者はこれまで我々に認めてもらおうと一生懸命頑張っているのに、それを無下にする王様はひどいと思う。

「王様。私の命に変えてご忠告させていただきます。今の段階では勇者は我々の味方ですが、もし寝返った場合どうするおつもりですか?
 もし、魔王が勇者に魔族側に寝返るよう言い渡した場合、勇者が応じるやもしれません。
 そうなれば、勇者の剣が王都に突き刺さり全てが終わります」


また辺りがざわつく。
そして・・・・・