タイトル
「10万倍のOLは神様2」


速水優子彼女はごく普通のOLである。
ごく普通のOLであるはずの彼女が、勇者と間違えられて、異世界に召喚されてしまった。
しかし、彼女は運が悪かった。
トイレに行く直前で、異世界に召喚されてしまった。
しかも、召喚先は10万分の一という、極小サイズのミニミニ世界であった。
そんな小さな世界に召喚されたとは知らず、優子はおしっこをしてしまった。

彼女の股から放たれたおしっこは、10万倍のおしっことして森に襲い掛かり、すべての木々を洗い流してしまう。
圧倒的水圧、そして圧倒的膀胱の溜水量。
そんな彼女の肉体、10万倍のOLが降臨したことにより、小さな王都民たちは恐れたたものの、
それは徐々に感動へと変わっていった。
王都民の感動はピークを迎え、一部の者は、優子のおしっこを聖水だと言って珍重した。
おしっこの湖で泳ぎ、飲み物とし、家で奉る・・・・
だが、それが・・・神の怒りを買うことになったのだ。


******


「だ・・・ダメ! 絶対ダメ! 絶対・・・絶対に!」

<神の拳が現れた>

<攻撃力1200000>



神の握りこぶしが王都の上空に現れている。
拳は、たんなる人の手を大きく上回り、地平線のその全てを覆いつくすように現れていた。
すべてが桁違いの大きさ・・・。
その攻撃力は120万。一般的な兵士の攻撃力5とすれば、それは比べ物にならないほど大きな数値だった。

「なんという、攻撃力じゃ・・・」

王様は驚いた。
まさか、神がこんなにも大きいとは、夢にも思っていなかった。
神の拳は、我が王都軍が束になっても敵わない、
まさに神の力。いや、神の拳。
それを優子は無意識のうちに、王様を含む全王都民に見せつけていた。

「あなたたちを殺して私も死ぬ!」

神の御言葉だ。
神は怒っていらっしゃる。
神が握りこぶしは、城全体の敷地も含まれており、その内部にいる王や重鎮たちはみな震えあがっている。

王都の半分をも埋め尽くす巨大な手。
柔らかい手が硬い拳へと変化したことにより、手の骨が協調される。
皮膚から出っ張っている五本の関節部分でさえ、幅500メートルはくだらない。
王や重鎮たちは、あの化け物から逃げようとして城から出たが、すぐに無駄な行為だと気づく。
なぜなら、巨人の握りこぶしは幅だけでも9キロもあり、走って逃げるのにはもう・・・遅すぎたのだ。

「うう・・・うう・・・あんな恥ずかしいの・・みんなに見られるなんて・・・」

遥か彼方上空で、神が涙目になっている。

「泣いておるのか?」

とすれば、神はおしっこをしたいから、しただけであって、最初から我々王都を滅ぼす気はなかった。
それどころか、我々におしっこを見られて、恥ずかしいと思っている?
だとすれば、神様に敵意はない。
もしかしたら、我らの味方になってくれるかもしれない。
味方になって魔王を倒してくれるかもしれない、と王様は一人考えていた。

「おい。召喚士に連絡魔法を送るのじゃ! 神様の要求をすべて受け入れ、魔王を滅ぼすよう伝えろ!」


******


もう・・・死んじゃいたいと思った。
だって・・・私の放尿を見られたんだもん。
もう、これ以上生きてられない・・・お嫁にだって行けないし・・・私の放尿シーンの動画や写真があっちこっちに出回って・・・。

「うわああ! やっぱダメ! みんな死んで!」
「お待ちになってください! 神様」
「でもぉ・・・」
「王様より連絡です。神様がお望みなら、あの写真や動画は全て削除し、それに背いたものは、すべてひっとらえるとの王命が下りました」
「へ?」
「それだけではありません。あのお小水の湖と、それを拭かれた巨大な布(ティッシュのこと)は、すべて王立が管理維持いたします。
 さらに人が近づけぬように兵を配置し、近づいて者は死罪にするとの王命です」
「それ・・・本当ですか・・」
「はい。神様がお望みならば・・・のお話ですが」
「お願いします。お願いします。お願いだから、そうしてください」
「はい。では。そのように」

私は拳を引っ込め、少し安堵した。
よかった・・・これで、あの恥ずかしい動画や写真は出回らない。それだけでもだいぶ違う。

「本当ですよね? もしも・・・なにかの拍子で、出回ったりは?」

小さな小さな召喚士さんに、私は念を押すように、顔を覗かせながら聞いてみた。

「絶対にないですよね? もし嘘だったら、私怒りますよ!」

神様の顔がドアップになり、召喚士は震えあがっていた。
神様の怖いお顔が至近距離・・・縦1200メートル、横3200メートルという山のような目玉がギロリと激しく僕のことを睨んでいた。
全長21キロの顔が意志を持って動き、さらには殺意を持って、僕のことを睨みつけている。
山のような神様のお顔にはこう書かれている。
少しでも変なことをすると「殺すぞ!」・・・・と。
神が怒り、殺意を感じれば、それは山そのものを敵に回すようなこと。
山対人間。
自然物を相手に、たった一人の人間が戦うことになれば、それこそ天災が起こるのと何ら変わらない・・・・。

「神様・・・ご・・ご安心ください。
 もし、違法動画を無断でアップロードすれば、その者は死罪です。神に逆らった謀反人として処刑されますので、
 なにとぞ・・・お怒りはお沈めに・・・・」

それを聞いた、速水優子は胸をなでおろした。
これで、あのことはなかったことにできる。
早くみんなには忘れてほしい。そう思っていた。

「みんな忘れてくださいー。話題にもしないでくださいね・・・お願いですから・・・」

小さな小さな10cmの丸い円。
私の手の大きさにも劣る、この小さな円が王都だなんて、いまだに信じられないが、ここに多くの人がいることだけは間違いない。
なぜだかは知らないが、王都の人の声や姿が感じる。相手の心がわかるぐらい鮮明に感じていた。


「は! 仰せのままに!」
「神様 どうかわたくしめをお許しに・・拳をお引っ込めください」
「神様 どうかお許しください!」
 
と、沢山の人が・・・いや、王都にいるほとんどの人が、わたしにひれ伏し、願っていた。
王都にある一番立派そうな教会に、大勢の人が押し寄せて溢れかえっている。
教会は大混乱だ。教会まで続く道に人が殺到して、身動きが取れない状態になっている。
人が押し合い、なんとかして教会にたどり着こうと、みな必死であった。

「そ・・・そこまでされても困ります・・・」

と軽い気持ちで、私は言った。

「こここここ・・・困るのはこっちですよ! 神様!」

その言葉を返すように、慌てた様子で召喚士さんが言う。

「神様は神様なんですから、もっと堂々としていてください」
「あの・・・神様ってのはやっぱりおかしいと思うんです・・・わたしそんなんじゃないし・・・ただの会社員ですよ」
「ですから、ダメですよ! 神様! このままでは世界が滅んでしまうんです」

私は召喚士さんから、神様についての説明を受けた。


神と言うものは、世界の頂点。
だから、一応神である? わたしが神として振舞わなければ世界のバランスが崩れる。
世界のバランスが崩れると、世界が崩壊する。
そうなれば、魔王や王都など言っている場合ではなくなり、この世界そのものが崩れ崩壊する。
そうならないようにするには、私が本物の神になること。
私が神のように振舞い、コビトの彼ら・・・・いや召喚士の言葉を借りれば、下等生物を支配するように接しなければダメらしい。
神の言うことは絶対。王都民をはじめ魔王や魔物たちにも知らしめる。
それが、世界の安定につながるらしい。


「ええーーー!ってことは、私が世界で一番強いふりをしないと世界が滅んじゃうんですか?
「神様・・ですから、敬語は控えてください。それにふりではなく本物です。本当に神様は世界で一番強いお方なのですから」
「でも・・・私・・今日も書類ミスしちゃったし・・・、ほんと何をやってもダメで・・・・私なんかが、神様になれませんよ・・・」


召喚士は地球の文化を知らなかった。
なので、表示石に「書類」とはなんなのか、聞いていた。


「書類作成・・・解析中・・・出ました。クエストレベルSSS。
 パソコンと呼ばれる巨大な機械を操り、攻撃力100000以上の衝撃で、スイッチが作動する超高耐久の装置。
 攻撃力100000の攻撃を指定されたスイッチに与え、作動する装置、
 その時描かれる文字は一文字、直径500メートル以上でなければならない。
 ただし、全世界の電気をかき集めても、パソコンの電力を賄いきれないため、電源を入れるさえ困難である。
 書類作成とは超高難易度クエストレベルSSSのことである」

召喚士さんは石を見ると、なぜか目をパチパチさせていた。
呆れているのだろうか? 
書類作成の一つもできない神様なんて、おかしい! バカだ!
もし、そんな風に思われていたら、なんだが悲しい・・・。


「す・・・ずげええええええええ!! 流石は神様。そんな高難易度クエストをお一人でされるなんて・・・ご苦労様です」
「「「ご苦労様です。神様!」」」

召喚士さんに続いて、王都からも大勢の声が聞こえてきた。

「ば・・・馬鹿にしないでください! 誰でもできる仕事ですよ」
「そんなことはありません。私たちには到底及ばぬ、それこそ国を挙げての一大プロジェクトです。
 軍を総動員して、パソコンのスイッチを一回押せるかどうか・・・・。 
 それをお一人で全てされるなんて、なんとお強いお方。流石神様です!」

「「「神様。流石です」」」

召喚士さんや王都の人たちはほめてくれた。

(神様・・・私はすごい・・・って違う!)

彼の言葉に流されそうになったが、そんなことあるはずがない。
私はただの新入社員。神様でもなんでもない。

「神様・・・恐れ多くて言葉にもなりません!」

でも・・・そうは思うものの。
召喚士さんはとても小さい。それこそ吹けば飛ぶような虫・・・。
いや、別に彼のことをけなしているつもりはないが、日本を飛んでいるハエと召喚士さんが戦ったら、どっちが勝つのだろうか?
もしかしたら、ハエの方が強いんじゃないか?
彼らはハエのように早く飛ぶこともできないし、力だってハエよりも弱いと思う。
それに・・・存在感みたいなものも、ほとんど感じられなかった。

「神様。重ね重ねご無礼をお許しください。ですが、神様にお願いがあります」
「お願いですか?」
「はい。我が王都は魔王軍と戦闘状態でして、第二の街シュトロブルクも魔王の手に落ちました。
 ですから、この王都に魔王の手が伸びるのも時間の問題です」
「まさか・・・魔王と戦え! なんて言いませんよね?」
「いえ、違います」
「そう、なら、よかったです」

そりゃそうか・・・。私みたいな一会社員に勇者のまねごとをさせるなんて、あり得ないよな。
でも、よかった。面倒ごとに巻き込まれなくて。

「魔王を滅ぼしてほしいのです」
「は?」
「ですから、戦うのではなく、種族ごと滅ぼしてほしいのです」

魔王を滅ぼす? 魔王ってあのゲームとかに出てくる強いラスボスのこと?

「いやいやいや。無理ですって!」
「いえ、そんなことありません。神様ならきっと・・」
「ダメ! 絶対に無理です。わたしまだ死にたくない・・・」

ゲームならともかく、本物の魔王と戦う。
つまり、負ければ死ぬということだ。
ゲームなら、生き返ってやり直しということもできるが、現実ならそうもいかない。
死ねばそれで最後。本当に死んでしまう。

「できます! 絶対に神様なら負けません」
「なんで? どうしてそう言い切れるんですか? 私、すっごく運動神経悪いんですよ」
「神様は神様です。運動神経なんて関係ありません。ただ歩くだけでも最強です」
「え? あるくだけ?」
「はい。歩くだけで、魔王軍と十分戦えると思います。ほら・・・」


召喚士さんは私の足元を指さした。


<神様のおみ足>
パンプスを履かれた、神様のおみ足。
書類作成クエストの時のダメージ・・・現在も継続中。
おみ足は熱を持っており、今は少し蒸れている状態。

<攻撃力は2000000>
<防御力は10000000>


「表示石によれば、神様の足の攻撃力は200万、防御力は1000万です。これほどの数値となりますと、
 勇者が束でかかってきても、神様にはかないません。なので魔王ごときに負けることはないと思われるので、どうかご安心を」
「そ・・・そうなの? 魔王って強いんじゃないの?」
「神様のご神体は我々の10万倍、それはもう大陸クラスなので、負けるわけがないんです」
「ちょっと、待ってください! もしかして魔王も、召喚士さんのように小さいんですか?」
「はい。その通りでございます」

私はてっきり、魔王って大きいもんだと思っていた。
でも、召喚士さんのように小さい魔王なら私にだって・・・って! 何考えているのよ私! 流されそうになってるじゃない!
  
「でも・・私には関係ないことだし・・・世界を救ってもね・・・」
「ですが神様。魔王は冷酷非道です。ここで倒さなければ、魔王が神様の世界を侵略しようとするかもしれません」
「え? そうなの?」

そうなったら大変だ。私の世界にこんな変な人たちがゾロゾロ来たら・・・嫌だと思う。召喚士さんには悪いけど・・・。

「わかりました。気は進まないけど協力します・・・でも、危なくなったらすぐ逃げますよ。それもいいですか?」
「ありがとうござます。ありがとうございます。この御恩一生忘れません」

なんだか、さっきから召喚士さんは妙に大げさで、それに付き合うのも、なんだか疲れてきた。
いちいち付き合ってられないので、少し流し気味で今は聞いている。

「で。私はなにをすればいいですか?」

召喚士のえ! っとした顔・・・それを見て私はハッとした。

「す・・すいません。「聞く前に考えろ」ですよね・・・すいません私。指示待ち人間ってよく言われるんです・・・」
「え! 私が神様に指示を出すのですか? 恐れ多いですね・・では、申し訳ありませんが靴を脱いでください」
「え? く・・靴?」

靴を脱ぐ? なんで? 
なぜ靴を脱ぐ必要がある?

「はい。実はですね。神様のお力があまりにも強く・・・神様の重みに地面が耐えられそうにないんです。
 ですから、すこしでも軽くするため、持ち物はもちろん、靴をお脱ぎに・・・」

足元を見てみると、地面に亀裂が入っていた。
私の足は他の地面と比べ、少し下に沈んでおり、地面にひびが入っている。
チョコレートを砕いたようなひび割れが、私の足元を中心に広がっていた。

「そうですか・・・じゃあカバンも置いていくんですね?」
「はい。申し訳ありません」

私はその場でパンプスを脱ぎ、カバンの地面に置いた。
カバンの中身は・・・ハンカチ、ポケットテッシュ、あと化粧品と手鏡、財布にメモ帳と筆記用具、あとスマホぐらいか。

「あの・・・ここに置いていっても大丈夫でしょうか? 盗まれたりしませんよね?」
「盗む? 盗むって何をですか?」
「これですよ。カバンとか靴とか・・・大したもんじゃないですけど、でも・・・盗まれたら困りますから・・・・」

その言葉を聞いた召喚士は唖然とした。
盗む? 盗むって神様の所有物をか?
神様の所有物を改めて、眺めてみた。
全長30キロの巨大なカバン・・・。
山々を踏みつぶし、その上に鎮座する巨大な黒いカバン・・・。

これを一体どうやって盗めと言うのか?
これなら、山を盗む方がよっぽど簡単だ。
神様のカバンは山よりも大きく、その気になれば、山そのものをカバンの中に収容できてしまう。
たぶん・・・10は軽く入るだろう。
山を10個重ねて、カバンの中に入れ、そのまま持ち去る。そんなことだって可能だ。
そんな巨大なカバンを盗むだなんて・・・・絶対に不可能だ。断言できる。

「絶対に盗まれませんので、ご安心を」
「え・・・でも・・」
「大丈夫です。神様の持ち物は、重すぎて我々には扱いきれません。ですのでご安心を」
「そうなの?」
「はい。それより神様。 早く靴をお脱ぎに・・・王様がお待ちですよ」
「え・・・王様・・・。大変!」

速水優子は焦った。まさか王様と会うことになるとは、夢にも思わなかった。
カバンから小さな手鏡を取り出し、化粧用品。パウダーファンデーションをスポンジに薄くとった。
スポンジは、そのまま自分の頬を撫でて、ファンデーションを頬に塗っている。


しかし・・・・それを見ていた王都民は驚愕した。
神様は化粧を直し始めた。しかも、我々がいるその真上で・・・。
あの手に持っている、スポンジさえも全長5キロはくだらない・・・。
そんな広範囲を一気に、一瞬で塗っているのだ。
あれが、もし神様の肌ではなく王都の上だったら? 
もし、ファンデーションを頬の上ではなく、王都の上に直接乗せていたら、どうなっていたか?
そうなれば王都が、まっ平らにされていたことだろう。
神様の柔らかい、もちもちした肌の上であっても、小さな彼らにとっては鋼のような代物で、
その上をすべる、スポンジもまた鉄のように固かった。
鉄のスポンジが王都の上をすべる。それは王都の壊滅を意味した。

「口紅も直さないと・・・・」

神様はカバンから、真っ赤な口紅を取り出していた
口紅先端は、まるでミサイルのようにとんがっており、その高さは赤い紅の部分だけであっても、1キロはくだらない。
山そのものを赤く塗ることができる、そんなミサイルのような物で、神は口を赤く塗っていた。

「これでいいかな?」

神様は口紅を地面に置き、手鏡で自分の顔をチェックしている。
地面に置かれた口紅は、天高く聳え立っており、その先端のとんがった赤い部分には雲が沸いていた。
雲が晴れると、口紅先端の赤い部分は、太陽の光を反射しながら赤く光っている。
なんとも神々しい口紅だ・・・。あの山頂の赤い紅の部分は、人間が決して届くことはない。
人類が登って、上げれるほど口紅は低くなかった。
山と違って口紅は垂直に聳え立っており、容易に人を近づけさせぬ、まさに霊山のような存在であった。


神の化粧道具・・・・神具は自然物にも勝る大きさで、神の口や頬に色を塗る・・・
神様が化粧するということは、こういうものだと、こういうスケールのものだと、知らず知らずのうちに王都民に見せつけていたのである。


「よし。終わった。王様は? 会いに行くんですよね?」

もちろん、化粧を見ていたのは王都民だけではない。
召喚士はもっと近くから見ていたので、ド肝を抜かれていた。
まさか、ミサイルよりも巨大な口紅で、口に色を塗るとは思わなかった・・・・。
真っ赤に塗られた唇に、粉を付けた頬・・・。
山が化粧をするとよく言うが、今の神様それ以上だ。
大陸に色を塗るようなもんで、分厚い化粧の層が厚みを増していた。
少なくとも、10メートル以上の化粧の層が、神の肌の上に新たに塗られている。
それは地面に雪が積もるのと同じようにして、肌の色を変えている。
厚さ10メートルの化粧の層。
これは厚化粧とかいうレベルをはるかに凌駕している化粧の濃さだった。


神様は化粧を塗りなおし、化粧の匂いが強くなった。
独特の匂いがプンプンして、むせ返りそうになる・・・。
こんな姿・・・王様にはお見せできない・・・。

「いえ・・・やはり魔王を倒す方が先決ですので・・・ごほ・・・げほん! 失礼。先に魔王城に行きましょうか」
「あ・・そうですか。じゃあ・・・」
「はい。靴を脱いでください」


私は会社からずっと履いていた、パンプスを脱いでみる。
足元はタイツだけになる。
感触が変わったので、改めて地面を踏みしめてみた・・・

(え? 嘘・・・)

柔らかい・・地面はまるでマシュマロのようだ。
とても柔らかく、地面は私の足を包み込むようして、優しく受け入れてくれた。
なんだか・・・ずっと足踏みしていたいほど・・・気持ちがいい。

「では、神様。行きましょうか」

召喚士さんは、私の目の前を横切り、前に進みだす。

「・・・・・」

行きましょうかと・・・・召喚士さんは元気よく言ったのに、その速度は実に遅い。
からかっているんじゃないかと思うぐらい彼はノロい。
召喚士さんが、私の手から飛び立ってから、もう・・・30秒ほどたっただろうか?
しかし、動いているようにはみえなかった

「あの・・・行くんじゃないんですか?」
「なにをおっしゃいます。これでも全速力で飛んでいるんすよ!」

とはいうものの、かたつむりのような、ゆっくりとした速度・・・。
これじゃあ、いつまでたっても進みそうにない。

「もっと速く飛べませんか? いくらなんでも遅すぎますよ」

もう一分も待った、しかし距離にしたら、私の歩行、一歩分の距離も進んでいない。

「なにをおっしゃいます。この大鳥は王都でも五本指に入る名鳥なんですよ。遅いはずはありません、さ! 神様。なにをしているんです。 
 早くお越しを・・・置いていかれますよ」


呆れた! 
こんな遅い鳥が速いだなんて、あきれてものも言えない。
この調子なら、魔王退治なんていつまでたってもできやしない。

「あの・・・もしよかったら、私の手、使います? 多分こっちの方が速いと思うので」
「神様! なんと恐れ多い・・・いえ。やはり、いけません。神様のお手に触れるなど、恐れ多くてできませんよ」
「でも、はやく終わらせたいから」

私はそーっと優しく、召喚士さんの乗る鳥を、自分の手に乗せた。

「乗りましたね」

召喚士さんが無事、手のひらに乗ったので、私は歩き出した。

「か・・・神様ーー!」

悲鳴のような声。
私は驚き、歩くのをやめる。

「どうしたんですか!? なにか・・・」
「神様・・速い! 速すぎます!」
「え? でも、普通に歩いただけですけど・・・」
「それが速いんですって・・・もっとゆっくり歩いてください。体が引きちぎられそうです・・・
 それに靴下も脱いでください。地面が崩れて、マグマが・・・」

私は左足をどかしてみた。
すると、足跡の下から、赤いものがあふれ出ていた。
これがマグマなのだろうか?

「全然熱くないけど・・・これがマグマなんですか?」
「そうです。そうです! だから早く脱いでください。このままだと世界が割れてしまう!」
「ストッキングまで脱ぐんですか? でも・・・それだと裸足になっちゃいます。汚いですよ。私の足・・・」
「いいから! ストッキングが重いから、早く脱いでください! じゃないと世界の終わりだぁーー!」

召喚士さんの叫び声に驚いてしまい、素早くストッキングを脱ぐ。
でも、ストッキング一枚や二枚脱いだぐらいで、そんなに重さって変わるものなの?

「脱ぎましたけど・・・これ、どうしましょうか?」

ストッキングを脱いだのはいいが、当然置き場などない。
でも・・・手に持ちながら歩くのもなんだか嫌だし・・・どうしたらいいのか?

「どこでも結構です。お好きなところに置いてください」
「そう・・・」

私は脱いだストッキングを手から離す。

「神様。いいですか! もっとゆっくり音を立てずに歩いてください。世界を滅ぼすのでなく、魔王を滅ぼすんです。お願いしますよぉ・・」
「はい。召喚士さん。わかりました・・・」

召喚士さんの言葉通り、そーっと・・抜き足差し足で進んだ。
なるべく足音を立てずに、ゆっくりと地面に足を降ろす。

「なんだか、泥棒みたい・・・」

でも裸足になったせいか、地面の感触が手に取るように、わかるようになる。
ストッキングを履いていた時よりも、さらに鮮明だ。

「うふふ・・・なんだが気持ちいい」

プチプチっと、細かい粒はつぶれる感覚・・・この感触は全部森の木なんだろう。
細かい集合体のような木でも、実は広大な森・・・それをまとめて踏んでいる。
振りかえってみれば、私の残した足跡が、くっきりと地面に刻まれ、そこだけが茶色くなっている。
私の踏んでいない場所は緑色をしているが、私が踏んだ所は茶色く、五本指の跡がくっきりと描かれていた。

「なんだか、昔を思い出すなぁ・・・」

昔・・・子供のころ、初めて海に行ったことを思い出す。
あの時は、浜辺に着いた自分の足跡がなんとも面白くて、意味もなく浜辺を歩き回り、日が暮れるまで遊んだ。
あの時の楽しかった気持ち・・・まるで童心に帰った、そんな気分になる。
私が歩けば足跡になって、地面の模様が変わる。
ただ、それだけなのに、なぜか私は心が弾んでいた。



「神様。着きました。ここが魔王軍前線基地です」
「もう着いたんですか! 早いですね」

王都を出発して、まだ30秒も経っていない。ゆっくりと歩いていたのに、もう到着した。

「神様! 早速宣戦布告してください。この灰色の地面に向かって、宣言するのですよ」
「え・・・でも・・私そんなのやってことないですし・・・失礼がないようにするには、どうすれば・・・」
「貴方様は神様なんですから、失礼なんかありません。なんでもいいんですよ。戦う意思を相手に見せれば、それで結構ですから」

少し考える。
そして考えがまとまった。
こんなこと言うなんて、少し恥ずかしいけど・・・でも私なりに一生懸命考えて、彼らに語り掛けた。

「私、神様をやらせていただくことになりました。速水優子と申します。これから皆様の街を破壊させていただきたく・・・」
「ちょ! なんですか! これは!」

また召喚士さんの怒声。
私は驚いて、話している途中で宣言をやめてしまった。

「困ります。そんなに改まっては・・・。もっと高圧的な態度でないと、世界が滅びてしまいます」


この時、召喚士の目には世界のぐらつきを感じていた。
神様が魔王軍に下手に出たことにより、世界のバランスが崩れていたのである。
もし、このまま神様が魔物ごときに謙譲語を使い続ければ、世界が崩壊してしまう。


「じゃあ、なんて言えばいいんですか? 召喚士さん」
「そうですね・・・相手が魔王軍だと思うから、ダメなんですよ。もっと下等な者だと思って言ってください」

下等と言われても・・・なんだか、よくわからない。
とにかく、もっと砕けた感じでいいのかな?

「みんな、私、速水優子って言うんだけど・・・」
「ダメです。それじゃあ友達みたいですよ・・・。もっと神々しく、本物の神様になったつもりで、言ってみてください」
「神様ですか・・・そんなのわかりませんよぉ・・・」
「いいですか? あなた様は下等生物に天罰を与えにきた女神様です。絶対的な神になった。そのおつもりでお話を」
「わかったわ・・・やってみる」

神様になったつもりか・・・。
とはいうものの、神様・・・神様ってなんだろう? 
とにかく偉い人? 人間じゃないそれ以上の存在? 
何をやっても許される人?
うーん・・・よくわかんないけど、とにかく私のイメージする神様になりきってみることにした。

「神に逆らった魔物たちよ。今から天罰を与えるわ。私に踏みつぶされたくなかったら、今すぐ逃げなさい。
 逃げる者は追わないであげるから、慈悲深い私に感謝なさい・・はは・・・なんちゃって・・・・」

高らかなる宣言。
しかし、言った、そばから後悔した。
私の知り合いが、もし私の声を聞いたならば、笑われてしまう、明らかに私らしくない・・・。

「す・・すいません。調子に乗りました」
「流石は神様。素晴らしいお言葉です!」
「へ?」

私の手のひらに、ちょこんと乗っている召喚士さんは私のことを見て、目を輝かせていた。

「素晴らしい! 魔物はみな降参しました! 無血開城ですよ。神様!」
「え? うそ!」

その場にしゃがんで、その前線基地とやらを見てみた。
すると・・あった、あった!
小さな小さな、灰色の丸い地面。あれが前線基地なんだろう。
私の足元にある小さな小さな前線基地・・・大きさは、私のつま先と同じぐらいか。
私の足の長さにも満たない、横幅とほぼ同じの小さな楕円形の地面がそこにあった。

「女神様! どうかお許しを!」

聞こえる、聞こえる、魔物たちの悲痛な叫びが!

「ふふ・・・可愛い・・・」

魔物と言うから、さぞかし恐ろしい見た目だと勝手に想像していたが、実際に見てみるとなんてことはない。
たんなる虫だ・・・いや虫の方がよっぽど、気持ち悪いし怖い。

私のことを見上げながら、懺悔する魔物たちには虫以下の存在だ。
虫が持つ、力のようなものを全く感じない。
彼らには蜂が持つような毒針や、アリのような鋭い顎も持っていない。
全く無害の存在。そんな虫以下のちっぽけな魔物に怖がる必要などない。

「みんな反省した?」

私はなるべく優しく、そして怖がらせないように言ったつもりだ。
だけど、魔物たちは

「ひいいいいいい!! 反省した。反省した。もう王都に攻め込まないから許してーー!!」
「うふふ・・よろしい」

なんだ。私がただ見下ろしているだけで、この慌てようだ。
魔物たちはよっぽど、私のことが怖いと見える。
それもそうか。彼らは虫よりも小さいんだ。それなら仕方がない。
虫以下の存在が、人間に恐れおののくのも無理はない。

「ふふ・・・なんだか本当に偉くなったような気がするわ」

私は自分の力を試すため、その場で軽く足踏みをしてみる。
彼らがどんな反応をするのか、少し興味があった。

ドシシシシ!!

地面が少し揺れると、魔物たちの悲鳴が続々と聞こえてくる。
みんな大慌てだ。

「きゃー! 助けてー」
「女神様。お怒りをお沈めに!」

など・・・これはほんの一部の声に過ぎない。
悲鳴は多すぎて、聞き取れないほど伝わってくる。

「哀れね。私の足指よりも小さな魔物さん。今の気分はどうかな?」 

魔物のたちの基地の上に、私は足の指をかざしてみる。
指の形をした丸い五つの影が、すっぽりと基地を覆ってしまった。

「随分とちっちゃいわね」

基地の上空に指を横切らせ、そして、基地のすぐ横に指を降ろしてみる。

「ひいいいいいいい!!」
「お助けを・・・お助けを・・・」

魔物たちはみんな泣きわめき、わたしに命乞いをしていた。
でも・・・私って、そんなに怖いのだろうか?
ただ、つま先を街にかざし、横切っただけなのに、この慌てようだ。

「みんな、そんなに私の足指が怖い?」
「怖いです。恐ろしいです」
「なにとぞお許しを・・・」

なんだか、少しやり過ぎちゃった・・・。
魔物たちが、少しかわいそうになってきたので、この辺で辞めにする。
しかし、私の指ごときで、こんなに怖がるなんて夢にも思わなかった・・・。
私の指って、そんなに強いのかな?


「今回だけは許してあげる。でも次はないからね。感謝なさい」 

私は腰に手を当て、そう宣言した。
魔物たちは私から逃げることもできない。
弱くてかわいそうな魔物たち・・・。
それに対して、私は魔物を見下ろし、仁王立ちになっている。
圧倒的だ! 絶対的な力の差。
私は魔物たちにいつでも攻撃できるし、いつでも殺すことだってできる。
しかし、どうだ? 魔物たちは私を攻撃できないし、逃げることもできない。
まさに吹けば飛ぶような存在。それがこの世界の魔物たちの実力だった。



こうして魔物たちの前線基地は私たちのものとなった。
実に簡単。あっけない。
少し脅しただけなのに・・・こんなに上手くいくとは思わなかった・・・。

「神様の話術。素晴らしかったです。みな震えあがっていましたよ! 次もこの調子で」
「ね・・ねえ? 召喚士さん?」
「はい。何でしょう?」
「わ・・・私・・・変じゃなかった? あんなひどいこと言っちゃったけど・・・恨まれないかな・・・」

なんだか少し怖くなった。
召喚士さんにさえ、このことを聞くのが怖い。
もし、「ひどい奴だ」とか「あんなの神様じゃない}とか言われたら、ほんとうに傷つく。
でも・・・調子に乗り過ぎた私の方も悪い。反省しなくちゃいけない・・・。

「とんでもありません。あれでこそ神様です!」

目をキラキラさえ、尊敬のまなざしとも取れるような、すごい目で召喚士さんは私のことを見ていた。 

「神は世界の頂点。つまり、神に逆らえば天罰が下って当然です。それなのに神様は魔物を殺さず降伏させた。
 神様はなんて・・お優しいお方なのでしょう・・・僕感動しました!」
「そこまで言っちゃうの!?」
「はい。もちろんです。貴方様はお優しいお方です。本物の女神様ですよ。これは・・・」

こうして、速水優子と召喚士一行は、前線基地を取り戻すことに成功した。
そして彼女たちの次なる目標は王都第二の都市シュトロブルク奪還。
彼女たちはすでにシュトロブルクに向けて、歩き出している。
しかし、そこに一匹のドラゴンが飛んでいた。
このドラゴンに乗る魔物は、魔王軍四天王の一人、グランエルマ。
彼は女神を見つけることができたのでニヤリと笑い、ドラゴンの住処である山、オットル山に向けて飛び立っていった。
グランエルマは山にこもり、女神一行を待ち伏せする。
そんな作戦を練っていた。
しかし、女神たちはまさか自分たちが待ち伏せにあっているなど、知らないでいる。
召喚士はもちろん、女神速水優子さえも気づいていなかった。