タイトル
「男のロマン」




「コーイチー起きなよー」

ドンドン

ドアの叩く音が響く。

「早く起きないと遅刻だよぉー」

ドンドン

「っち!」

僕は自分のベッドから起き上がり、時計を確認する。

「なんだよ。まだ4時じゃないか・・・」

時計の針は朝の4時を差していた。
外はまだ暗く真っ暗だ。

「起きなさいよーねー。コーイチ。あーさーでーすーよー」
「うるせいなー! まだ夜だろうが!」

僕が怒鳴ると静かになった。
どうやら諦めたらしい。
それを確認して、僕は布団に戻る。

ガチャガチャ。ギィ・・・・

「うふふ・・・ぐっすり寝てる・・・わあ!」
「きゃ!」

僕は驚き、飛び上がった。
すると、僕のすぐ横で一人の女性が、女の子座りをしながらケラケラと笑っている。
残念ながら、これが僕のお姉ちゃんだ。
お姉ちゃんが朝っぱらから、一人大声で笑っていた。

「あはははー。驚いてる驚いている」
「なんでドアが開くんだよ? 鍵? かけてたよね?」
「ああ。これね。私のヘアピンを改造して、コーイチのカギにしちゃった。あはははー」
「たっく・・・。そういうのマジでやめてくれよな。プライバシーの侵害だ!」
「ふん! あんたのプライバシーなんかどうでもいいの。それより・・・まだこんなおもちゃ作ってるの?」

お姉ちゃんは僕の机を見て、そう言った。
お姉ちゃんの言う通り、僕の机には作りかけのビルがいくつも建っており、さながら机の上に街がある状態だ。
僕の趣味はジオラマ制作。
小さな街を作るのが趣味で、ミニチュアを作って楽しんでいる。
昔はジオラマを作り、眺めるだけで楽しめたが、最近縮小化装置ができて、ジオラマの世界も大きく様変わりした。
本物と見分けがつかないぐらい、精巧な模型が次々と販売されて、ジオラマ愛好者も増えてきている状況。
なんせ、縮小化装置を使えば、自分の作った建物に住むことだってできる。
自分で街を作り、その中に住んでしまう。
そんな夢のようなことが、簡単にできてしまい、模型愛好者が増えるのもうなずける。

「いつまでたってもあんたは子供だねー。こんなもの作って何が楽しいんだか・・・」

グシャ・・・。

「あ・・・」

ビルが砂のように崩れ去る。
姉はビルを握りつぶしていた。

「あーーー!! お姉ちゃんなんてことを!」
「あははは・・・ごめんね。でもぉ・・・ビルが脆いからいけないんだよぉ・・・悪いのはコーイチ」
「はあ?」
「だって、そうでしょ? おもちゃの電車なんかつくちゃってさ」
「おもちゃじゃない。Tゲージだ!」
「コーイチにはそうでもわたしにはおもちゃにしか見えない! 
 まったく・・・学校から帰っても、おもちゃばっか作って、私の相手・・・全然してくれないんだもん。
 こんなもの全部壊れちゃえばいいんだよ」
「うるさい! これは男のロマンだ! お姉ちゃんになにがわかる!」
「イーダ! 悪かったわね! 女で! 女だからわからないわよ!」

にらみ合う二人の姉弟。
しかし、姉の方が先に折れて、少し真剣な顔つきへと変わった。

「ねえ? コーイチー・・あんたももう高校生なんだから、こんなおもちゃ作りなんか卒業しよ・・・ね?」
「高校生でも小学生でも関係ないよ。ジオラマ作りは楽しいんだ! 僕の命だ! だからやめるつもりはない」 
「でもコーイチ。最近アンタ・・・部屋にこもってばかりで・・そんなんじゃ体によくないわよ。もっと体を動かさなきゃ・・・、
 そうだ! 気分転換にさ。週末お姉ちゃんとどっか遊びに行こ! どこでも好きなとこ連れてってあげるかさぁ~」

お姉ちゃんは僕の腕を取って、部屋から連れ出そうとする
だけど、それを僕は払いのけた。

「え・・・? コーイチ?」
「出てって! ほらお姉ちゃん。早く出てってよ!」
「コーイチー・・・」
「週末はジオラマ作りで忙しんだ! だからどこにもいかない。行くつもりなんかないから!」
「コーイチ・・・・ふ・・・ふん! お姉ちゃんの言うことが聞けないっての?」
「ああ。聞かない。僕はジオラマが好きなんだ。いくらお姉ちゃんの言うことでも・・・そればっかりは譲れなない」
「ああー。そうですか? お姉ちゃんに逆らっちゃうんだ? だったら勝手にすれば? ずぅーと部屋に引き込まってればいいのよ。
 この引きこもり! 一生部屋から出てくんな!」
「なにをーー!」

僕はお姉ちゃんとにらみ合った。
だが、姉の言ったこの一言で、形勢が変わる。

「朝なっても、もう起こしてやんないから」
「う・・」
「朝に弱いコーイチが、一人で起きれるか見ものだね。ニシシ・・・コーイチなんか遅刻しちゃえばいいのよ!」

恥ずかしいことに僕は朝が苦手なのだ。だからお姉ちゃんにいつも起こしてもらっている。
お姉ちゃんに起こしてもらうなんて、少しおかしい気もするけど、便利なので、ついつい甘えてしまう・・・。
だが、それがなくなると・・・少し困る・・・うん。少しだけ・・・。

「せっかく、コーイチを起こしてあげたのに・・・」
「起こすって言っても早すぎだろ! なんで4時に起こすんだよ! 7時に起きりゃ間に合うだろ?」
「いやあ・・・なんだか目が覚めちゃって、眠れなくなったの・・・だから、コーイチにも起きてもらおうかなって・・・」

こんなこと別に珍しいことではない。
お姉ちゃんはいつもそうだ。
僕を巻き込んで楽しんでいる。
この前だってお姉ちゃん。夜寝れないから寝るなと僕に命令してきた。
結局朝5時まで、お姉ちゃんに付き合う羽目になり、寝不足になった・・・。
眠くて眠くてたまらなくなって、学校で寝てしまった、
先生に見つかって怒られるわ、もう散々・・・。
本当に迷惑している。

「テレビでも見れろよな。僕は寝るから」

僕は布団をかぶって、目をつぶった。
しかし、それでお姉ちゃんは納得しない。

「テレビなんか見たってつまんないもん・・・。
 そうだ! せっかく朝起きたんだからさー。朝焼け見に行こうよー。この前海から見た朝焼け、すっごく綺麗だったんだからー」
「冗談じゃない! 今日も学校があるってのに・・・起きれるか! ばーか! 行くならひとりで行け!」
「コーイチー。昔の人はいいました。早起きは三文の得だと・・・」
「得なもんか! 寝不足で逆に三文損するわ!」
「そうかな? そんなことないと思うけど・・・」

ギシ・・・

お姉ちゃんは僕の机によりかかっている。
それにより、作りかけの家がお姉ちゃんのお尻に押しつぶされていた。

「ちょ・・・ちょっと! 机にもたれないでよ!」
「はあ? こんなところにまで置いてんの? はあ・・・はいはい。コーイチが見てみる前では、もう壊しませんよーだ!」
「っち! 言ってるそばから壊してるじゃん・・・ほら、お姉ちゃん。どいて!」
「痛った!」

僕は重い体を起こして、机の上からお姉ちゃんを叩き降ろした。

「暴力よ! 暴力! コーイチ。最近ちょっとひどいんじゃない? 暴力を振るうなんて最低!」 
「ちょっと押しただけで、なにが暴力だ。暴力を受けてるのはこっちだよ・・・とほほ・・・」

ぐしゃぐしゃになった家の残骸を見て、悲しい気持ちになる。
これ5000円もしたのに・・・・。

「お姉ちゃんのせいだよ! どうしてくれるの?」
「そんな所に置くから・・・・悪いはコーイチの」
「たっく・・・お姉ちゃんのお尻はほんと重いんだから」

ペシャンコになった家の残骸を見て、僕はそう思った。

「失礼ねー! 重くなんかないわよ!」
「はいはい・・・ふわぁ・・・もう寝るわ。なんだか疲れた・・・」

僕はおおあくびをしながら、布団の中に入り、くるまる。
あったかあったか・・・・。
これで眠れる。
しかし、

「起きろっていってんでしょ! えい!」
「さっむ・・・」

布団を取られて、冷気が入ってくる。
朝はとても寒い。
早朝なら尚更だ・・・。

「起きなさいよぉ!」
「返せ!」

寝起きの体に鞭を撃ち、僕は起き上がる。
しかし、姉の動きはかなり軽快で、布団が取り返せない。

「返せよ! この! この!」
「あはははー。返さなぁーい」
「返せ・・・ハックション・・うう・・・」

寒くて、体がブルブルと震えてくる。

「トイレ・・・」

起きる気はないが、トイレに行きたくなってきた。
これも急に体が冷えたからだろう。まったくいい迷惑だ。

「なんで、ついてくるんだよ!?」

階段を下りていると、足音が二つした。
振りかえってみると、そこにはお姉ちゃんがいた。
なんでか、知らんがニコニコしている。

「いやあ、コーイチがおしっこしてることを見届けようかと・・・」
「うるさい! あっちいけ!」
「そんなひどい!」

バン!

僕はトイレのドアを勢いよく閉めて、姉を追い出した。
用を足すのにも、一苦労だ・・・。
ほんと朝から疲れる。

「あれ。いない?」

トイレから出てみると、姉はいなかった。

「はあ・・やれやれだ・・・」

騒がしい姉がいなくなって、少しほっとしたが、時計を見てがっかりする。

「もう半か・・・」

時計は4時30分を回っていた。
朝の貴重な時間を、30分も無駄にするなんて・・・ショックだ。
お姉ちゃんのせいで、睡眠時間が削られる・・・。

「ここにもいない・・・」

自分の部屋も、もぬけの殻だった。
姉はいない。でも布団は元の位置に戻っている。

「やっと眠れる・・・」

僕は倒れこむように、布団に入った。

フニュ・・・

「うん?」

フニュフニュ・・・

マシュマロのような柔らかい感触だ。
大きさは・・・自分の手に収まるサイズか。
小さなフニフニが、僕の布団にあった。

「なにこれ?」

僕は確かめるため、その柔らかいフニフニをもっと揉んでみることにする。

「きゃ!・・・うふ・・・コーイチー・・・大胆・・・」

布団を上げてみると、そこにはお姉ちゃんが横になっていた。
パジャマ姿の姉は、胸元が少し空いていて、なんとも無防備な姿・・・。

「うわ!」

僕は驚いて飛び上がる。

「もぉー。コーイチ。そういうことは前もって言ってくれないと・・・心の準備が・・・」
「おおおお・・・・お姉ちゃん!? なんで僕のとこで寝てんだよ!」
「寒いのかなーって思って・・ほら、さっきくしゃみしてたし。お姉ちゃんが暖めてあげるー」
「と・・・とにかく出てけよ」
「えー、いいじゃん。もう少しこのままで」
「うるさい! 出てけ!」

僕は姉を蹴飛ばし、部屋から追い出す。

「ひどぉー。お姉ちゃんに暴力? 蹴飛ばすの? 男のくせに最低ー」
「ひどいのはどっちだよ! とにかく出てけー!」

僕は姉の背中を押し、なんとか部屋から追い出すことに成功した。

「たっく・・・なんだよもう・・・」

時計を見ると4時45分を差していた。
姉のせいで45分も睡眠時間を削られたこととなる。
最悪な気分だが、それから僕はすぐに眠り、そして朝がくる。

「やっべ! 遅刻だ」

時計は7時30分を差していた。
大急ぎで支度しないと、学校に遅刻してしまう。

「急がないと」

僕は大急ぎで制服に着替え階段を下りた。
すると、居間のテーブルの上に、一枚のメモ用紙とサランラップに包まれたパンが置かれていた。

(コーイチのバーカー。先行ってるから戸締りしといて)

と丸い字でそう書かれている。
お姉ちゃんはもう先に行ってしまったらしい。

「って、それどころじゃない・・」

僕はお姉ちゃんが用意してくれたパンを大急ぎで食べて家を飛び出した。
走らないと、もう間に合わない。
こうなるなら、お姉ちゃんが起こしてくれたあの時・・・起きていればよかったと、少し後悔する僕であった。



****************



学校にはギリギリで間に合い、遅刻せずに済む。
それから、何事もなく、僕は家に帰ってきた。

「やれやれ・・・やっと帰ってこれた・・・」

カバンを置き制服を脱いで、普段着に着替える。

「お姉ちゃん。帰ったよ」

家に帰ったら、お姉ちゃんに挨拶をする。
それが我が家のルール。
なんで、そんなことになっているのか、知らないが謎ルールだが・・・
小さいころからずっとやっている習慣なので、もう疑問には思わない。当たり前の行動だ。

ガチャ・・・。

「あれ? 閉まってる」

お姉ちゃんの部屋には鍵がかかっていた。
お姉ちゃんはまだ帰ってきていない。
もし、部屋の中にいるならカギは空いてあるはずだ。
それが閉まってるということはまだ帰ってないらしい。

「やったー! これで制作に打ち込める!」

邪魔な姉もいない。これなら制作もはかどる。
こんな自由な時間は久しぶりだ。
何をやったって、姉の指図を受けることもない。
姉の監視から逃れられる貴重な時間なのだー!

「自由って・・・なんてすばらしいことだろうか・・・」

僕は感動した。
だが、一秒たりとて今の時間を無駄にはしたくない。
一刻も早く、ジオラマを完成させなくてはならない。

「よおーし。やるぞ!」

そう意気込んでいるが、実はもうほとんど完成してしまっている。
あとは自分の部屋に作った物を並べるだけ。
まさに完成間近といった感じ。

「できたぁ・・・」

出来上がった建物を並べていくと、足の踏み場がなくなった。それぐらい小さな建物が部屋を占領している。

「か・・・完成だ!」

いつか街を作ってみたい。
そして、作った街を歩いてみたい。
それが長年の夢だった。
それが今日ようやくかなう。

「長かった・・・。電車やバス・・・はは・・・これは初めて出た・・・・バイト代で買った奴だ。
 この駅は親に泣きついて、ようやく買ってもらたっけ・・・長かった。製作時間2年の大作だ!」

思い返せば、数々の苦難があった。
姉にビルを壊され、制作にケチをつけられ妨害もされた。
それに行きたくもない所に無理やり連れていかれ、物をねだられ貢がされもした。

「長かった・・・。でもよかった・・・」

この縮小装置だって、バイト半年分の給料をつぎ込んでようやく買えたものなのだ。
それを今日初めて使う。
使う機会がようやく訪れた。

「いよいよだな・・・」

僕は縮小装置の電源をONにして、自分の体に浴びせる。
その縮小度は450倍を差していた。

「す・・・すげえ・・・」

縮小装置に光線を浴びると、僕は大通りの真ん中に立っていた。
道路の真ん中に立つなんて、本来ならできないことだが、それができてしまっている。
車は走っていないし、歩道には人も歩いていない。
周りにいるのは、僕一人だけだ。ビルが立ち並ぶ大通りに僕はいる。

「すげえ・・・」

この世界にいるのは僕だけで、他に誰もいない。

「はっは・・・こんなこともできるんだな」

僕は大通りの真ん中を歩いていた。
もちろん、こんなことやったって誰かに怒られることもないし、車に轢かれることもない。

「電車に乗ってみよ」

お姉ちゃんには、散々馬鹿にされたが、やはりジオラマはいい。
電車に乗るのもバスに乗るのもぜ~んぶタダ。
どこまで乗っても、どれだけ乗っても、お金を取られることはない。

そして僕は駅に着いた。
付くと同時に線路に降りてみる。
これも現実の世界ではできないことだ。

「えっと・・・スイッチは・・あった。ここだ!」

線路の枕に設置されていた赤いボタンを押してみる。
すると電車が動き出し、ホームに入ってくる。

「とととと・・危ないな・・・」

僕は慌てて、ホームに上がった。

ガタン・・・ガタン・・・。

「危ね・・・轢かれるところだった・・」

いくら450分の一という小さな模型でも、小さくなれば本物の電車と変わらない。
縮小化状態で電車に轢かれたら、当然死ぬ。

「スイッチはホームの柱に設置した方がよさそうだな・・・」

なにわともあれ、電車はちゃんと動いている。
気を取り直して、電車に乗り込んだ。

「ガラガラの電車はいいなー」

こうやってゴロンと、電車の椅子に寝転がっても誰も迷惑をかけない。
電車は貸し切りなのだ。

「もう・・・最高だよ・・・」

それから、僕は寝ころびながら、電車から見える車窓を楽しんだ。
山に川に家に街。
本物の電車に乗っているのと変わらない。
最高の旅だった。

だが・・・そんな楽しい時間もほんの僅か時間で終わることとなる。



ズン・・・カタカタ・・・。

「な・・なんだ?」

突然地面が揺れ出した。
僕は慌てて、電車の窓から辺りを見渡す。
しかし、特に変わった様子はない。

「気のせい・・・うわ!」

ズウウウン・・・

さっきよりも数段強い揺れが襲ってきた。

「コーイチー」

ガチャ・・・。

「コーイチーいないの?」
「ね・・・お姉ちゃん・・・」

地震の正体・・それはお姉ちゃんの足音だったのだ・・・

「やっば!」

僕は慌てて、電車を止める。

「あ・・・あれ? ブレーキがかからない・・・」

ブレーキは故障していた。いくらブレーキをかけても電車は止まらない

「まったく・・あれほどやめなさいって言ってるのに・・こんなにおもちゃ広げちゃって・・・足の踏み場がないじゃない」
「あ・・・あれが・・お姉ちゃんなの・・・?」

ビルの谷間から見える、一本の柱・・・。
僕は電車の窓から見てしまった。
恐ろしく巨大な姉の脚を・・・。
お姉ちゃんの脚はここにある、どのビルよりも太く同時に高かった。

「コーイチいるんでしょ! 出てきなさい!」

どうやら、お姉ちゃんは学校から帰ってきたばかりのようで、肩から薄汚れたカバンを下げたままだった。
それに着替えもしておらず、制服姿のままジオラマの前に立っている。

「で・・・でけえ・・・」

でかい・・デカすぎると・・・。
今のお姉ちゃんは僕の知っているお姉ちゃんじゃない。
巨人だ。巨大な女が、聳え立っている・・・。

「コーイチー。返事ぐらいしなさいよー。」

お姉ちゃんは呆れた顔をしながら、辺りを見ていた。
そして・・一歩。お姉ちゃんの足が一歩だけ動く・・・

ドシシシシ・・・

ドアの向こうから姿を現したお姉ちゃんの足。
白ソックスに包まれた、お姉ちゃんの足は大きく、足だけで怪獣のように大きかった。

「わわわわわ・・・」

電柱がグラグラと揺れ出す。
電柱のわきに立っている家も揺れ出し、家の窓がカタカタと揺れていた。

「流石にこの中には入れないわよね・・・。ほんと・・・邪魔・・こんなの捨てちゃえばいいのに・・・
 コーイチ! 出てきなさい。話したいことがあるから・・・」

お姉ちゃんはジオラマの中には入らず、部屋の隅を歩いている。
助かった・・・。ジオラマの中には入ってこない・・・。
だけど・・・。

ズン、ズン、ズン。

「はっや!!」

お姉ちゃんの足は、電車なんかよりも断然早く、たった一歩で僕の乗る電車を追い越している。
あっという間に部屋の奥まで歩いていた。

「コーイチどこ!」

お姉ちゃんは僕の勉強机の上に腰を下ろし、部屋全体を見回していた。
だが・・・その視線はジオラマの中にはない。
もっと遠く・・・・部屋全体を見ている。

「お姉ちゃん。ここだよ!」

僕は電車の中から手を振った。だけど・・・。

「コーイチ君。いないんですか・・・?」

お姉ちゃんは気づてくれなかった。
大きく手を振ってみたが、それでもダメ・・・。
やはり、今の僕では小さすぎるのか・・・。

「この中に隠れてるんじゃない?」

お姉ちゃんは僕のクローゼットを開き、中を覗いている。
もちろん、そこに僕の姿はない。

「あれ・・・いない・・・。ってことは・・・クスクス・・・チャンス到来ってやつ!」

お姉ちゃんは本棚の前に立った。
なにやら嫌な予感がする・・・・。

「ふーん・・・いっぱい貯め込んだわね・・・ほんと無駄遣い。こんなのとかいらないじゃない・・・」

お姉ちゃんが手に取ったのは、鉄道模型の車両ケースだった。

「なにこれ? さんいちさんけい・・・ちょくりゅう・・・きんこうがた・・・」

車両ケースから模型を取り出し、勝手に眺めている。
しかし、その扱いは雑・・・。
このままではパンタグラフが、ひしゃげてしまう・・・。

「お姉ちゃん。や・・やめろー! それ高かったんだから!」
「ふーん・・・・こんなのに夢中になってるんだ・・・しょうもないおもちゃね・・でもお・・・これのせいで・・・わたしが・・うう・・わたしが・・」

お姉ちゃんの指に力が込められた。
それによりメリメリと嫌な音が響き、上下から挟み込むような圧力が模型にかかる。

バギ・・・バギ・・・

電車の窓ガラスが吹っ飛んだ。
そして・・・車体自体が変形していき、くの字に曲がっていく・・・

ぐしゃ!

「きゃーーー!」

僕は悲鳴をあげた。
だってそうだろ? 
働いてようやく買った鉄道模型が壊されたんだ。
それにあれは限定品。今じゃ売っていない貴重な代物だ。
それを壊されたら・・・悲鳴をあげないほうがおかしい。
自分の身を切られるようなもんだ・・・

「うわあ・・・まだまだいっぱいある・・・きっしょ・・・」

お姉ちゃんは女の座りになって、僕の本棚を・・・僕のお宝コレクションを漁っていた。

「これとこれとこれ・・・」

お姉ちゃんは模型の入った車両ケースを乱暴に積み上げている。
選んでいる奴は、よりにもよって高いものばかり・・・。
それをケースから一旦出して、床に並べている。

「これのせいで・・・・コーイチは・・・」

床に並べられた電車たち。
その電車たちは、お姉ちゃんに怯え震えている、そんな風に見える。

「お姉ちゃん。やめて・・・あ!!」

僕の願いもむなしく、白い壁が電車の真上に降りてきた。

「えい!」

ぐしゃぐしゃ・・・

「うわああああ! ねえーーーちゃん! なんてことをーーー!!」

電車はつぶれていた。
Tゲージは小さく450分の1サイズと言われている。
となれば、電車一両が約4センチ、足だけで電車5両は覆えてしまう。
その言葉通り、お姉ちゃんは自分の足を使って、5両編成の電車を一気にまとめて踏みつぶしていた。

「これもコーイチのため・・・コーイチのためだから・・・」

お姉ちゃんは別の電車を地面に並べていた。
しかし、並べられている数はさっきのよりも多い。
並べられた電車は、まるで車庫、車両基地に止まっている電車のようで、編成単位で縦に並べられている。

「これのせいでコーイチが・・・うう・・・ごめんね。コーイチ。えいえい!」

ぐしゃ・・・ぐしゃ・・・

お姉ちゃんは二回足を降ろした。
それにより、すべての電車がお姉ちゃんの白ソックスの下に消えた。
僕からすれば車両基地ごと、工場ごと踏みつぶされたようなもんで、その圧倒的力に言葉も出ない・・・。

そして・・・その破壊現場の真横を、一つの電車が横切る。
僕はお姉ちゃんの踏みつぶす瞬間を見てしまった・・。

「う・・うわあ・・・」

驚きと悲しみで言葉が出ない。
お姉ちゃんの履く白ソックスが、怪獣のように電車を押しつぶしていてペシャンコになっている。
8両編成の電車が計4編成。
合計32両の電車が姉の白ソックスの下につぶされ、スクラップ状態になっている・・・。
あんなの電車じゃない。ただの鉄くずだ・・・。

「さあて・・・電車は一通り壊したし・・次はこのミニチュアかな?」

と恐ろしいことを平然と言ってくる。
お姉ちゃんは、僕の作った街を見て、仁王立ちになっている。
それは・・・どこから壊すか、品定めをしているような・・・そんな危険な雰囲気・・・。

「あ・・・やばい!」

お姉ちゃんが立ち上がった時、その真下には橋があった。
それはこのジオラマの一番端っこ。いわゆる山岳コースにあたる。
山岳コースには山や川が点在し、トンネルと鉄橋が入り混じる、自然豊なポイント。
そこに向かって、僕の乗っている電車は走っている。

「やばい。あそこには行たくない。なんとかして、経路を変えないと・・・」

僕は運転室に行き、運転台を操作した。
ここを触ればポイントが切り替わり、経路を変えることができる。
しかし

「ダメか・・・」

ポイントは故障していた。
だから電車は止まらない。
まっすぐ、お姉ちゃんの足元に向かって電車は走っている・・・。

「うわああ・・・どうしよ。どうしよ・・・」

電車は止まらないし、経路も変えれない。
完全に積んだ。このままだと、お姉ちゃんのスカートの真下をくぐることになる。
そんなことをして・・・生きていられるのだろうか・・・。

そして、電車は、とうとうトンネルの中に入ってしまった。
ここを抜けると橋に差し掛かる。
そうなれば、お姉ちゃんのスカートの真下を電車が走ることになるのだ・・・。

「きゃ! なにこれ・・・」

トンネルを抜けると、そこはパンツの国だった。
電車の真上にはお姉ちゃんの履く真っ白のパンツが大空のように埋め尽くし、その外側を黒いスカートのひだが、谷のように存在している。

「す・・・すごい光景だな・・」

スカートの中は薄暗いものの、パンツを見るには十分な明るさがあった。
しかも、今のお姉ちゃんは大変無防備な状況で、股を開いて堂々と立っている。
まるで、パンツを見せつけるようにして・・・。

「きゃ!」

と思ったら、お姉ちゃんはスカートを抑えていた。
そして、ごみを見るような目で、僕ことを・・いや電車を見ていた・・・怖い。

「スカートの下を走るなんてサイテー。どうせカメラでも仕込んで私のパンツを見るつもりだったんでしょ? 待ちなさい! 潰してやるからー」

カメラを仕込むというのは、完全に言いがかりなのだが、それをお姉ちゃんに知らせる方法がない。
姉の誤解を解く方法はなかった。
僕の乗っている電車に・・・巨大な影が迫る。

「うあわわわ・・・お姉ちゃん待ってよ!」

僕はノッチを入れ、電車を加速させた。
速度メーターはどんどん上がり、80・・・100・・・最終的に120キロまで加速した。
高速道路よりもはやい速度で、電車は走っている。

「ふん! それで逃げてるつもりなの?」

だが・・・巨大な姉にとってはノロいものだった。
いくら120キロで走ろうとも、それは小さな模型の世界であって、部屋の中にいることに変わりはない。
自分が歩けば、こんな小さなジオラマ、10秒で一周できてしまう。

「ちょっとかわいそうだけど・・・これもコーイチのため。コーイチを正気に戻すため・・・だから」

お姉ちゃんは、ジオラマに足を踏み入れた。
巨大な怪物が、牙を向き始める・・・。

「えい!」

ドシシシシ・・・・。

「うあわあああ!!」

白い布が勢いよく振り落ち、鉄橋が崩れ落ちる。
線路だけが残り宙ぶらりんになった。
枕木や橋脚は全部・・・崩れ落ちている。

「あららら。つま先が当たっちゃった・・・」

姉のつま先だけが、鉄橋に触れていた。
しかし、鉄橋を崩すのには十分な面積が姉のつま先にはあった。
なにもかもが巨大すぎるのだ。今の姉は・・・。
だが、幸いなことに電車はいまだに走っている。
姉が足を降ろした時、電車の最後尾を足がかすっていたが、なんとか持ちこたえている。

「さっきは外しちゃってけど、次は当てるから・・・」

姉はまた一歩踏み出した。
それにより、電車との距離が一気に詰まる。

「120キロだぞ。こっちは! それなのに・・・」

今日に限って電車はやけに遅く感じる。
いや・・・お姉ちゃんが早すぎるのか・・・。

お姉ちゃんの足は、電車の速度の数倍のスピードで空を飛んでいた。
お姉ちゃんの足は身軽なくせに、強大な範囲を持っている。
それを表すかのように、僕の乗る6両編成の電車に不気味な黒い影が迫ってきた。
最後尾から僕の乗る先頭車両まで、その全てをすっぽりとお姉ちゃんの足の裏で覆われてしまった。

「お姉ちゃんーーー!」

僕は叫んだ。
それは姉に対する恐怖心から叫んだのだ。
僕はお姉ちゃんが怖い。
怖くて震えあがる・・・。
だが・・・・僕がいくら叫ぼうとも、足を降ろすのをやめてくれなかった。

ズウウウウン・・・・。

電車は踏みつぶされる。
姉のソックスの下で、鉄板のように平らになっている。
パンタグラフも車体も屋根の上に設置してあるクーラーもすべてが平等に潰された。

「ざまあみろ! いい気味よ」

これが電車を踏みつぶした姉の感想である。
電車を踏んでしまったが、痛いとか特に、そういった感覚はない。
ただ、くしゃっと・・・重みに負けて何かがつぶれたと、そんな感覚しかない。

「ね・・・お姉ちゃん・・・」

コーイチは生きていた。
ボロボロになってはいたが、彼は生きていたのである。

「お姉ちゃん・・・痛いよ・・・」

姉の足指。親指と人差し指の間には、ほんのわずかな隙間があいており、そこの部分が彼が踏まれ、助かったのである。
電車の運転室の天井は、崩れてしまっているが、全体にまでは達していない。
運転室に座っていたコーイチは、ソックスの布につぶされることはなく、奇跡的に助かったのである。
もし、彼が運転室で立っていたら・・・もしくは姉の親指と人差し指の間隔が、もう少し狭かったら・・・一体どうなっていたのだろう?
確実に命はなかったと思われる・・・。

「さあて・・・次は街を壊さないとね・・・」

電車を踏みつぶした姉は次の目標は見ていた。
姉の視線は下がり、駅の方角を見ている。

「お姉ちゃん。もうやめてーーー!」

僕は体をねじらせ、ペシャンコになった電車から脱出をする、
そしてお姉ちゃんの足に向かって走り出した。

「うふふふ・・・あそこかな・・・」
「え・・・うわああああ!!」

足が突然持ち上がった。
ただそれだけのことで、電車の残骸が僕の頭上に降り注ぐ。
お姉ちゃんの白ソックスの裏は、灰色に汚れていて、電車の残骸がこびりついている。
しかし、足を持ち上げたことにより、電車の残骸6両分が、一斉に地上に降り注いだのである。

ドシン・・ドシン・・・グシャ・・・

降るわ降るわ・・・。
電車の椅子につり革・・・
挙句の果てに台車や床下機器まで、そのままの形で降ってきている。
僕は頭を押さえて、その場にうずくまった。
お姉ちゃんの足と、鉄の雨が降り止むのを待った・・・。

「ふっ・・・小さな家も脆いもんね・・・」

ズンズンと、お姉ちゃんはジオラマの中を進んでいた。
しかし、道路の上を歩いていない。
住宅地を、まっすぐ踏みつぶしながら歩いている。
今のお姉ちゃんには、道路も家も関係なく、お姉ちゃんが歩くところが道路なのだ・・・。
そんな巨大な足に小さな家々が対抗できるはずもなく、砂の城のようにして崩れていた。
足が一歩前に出されると、平均にして三軒の家が踏まれ、姉の足の下に消えていっている・・・・。

「くっそ! まって!」

僕はその辺に止めてあった車に乗り込み、エンジンをかける。
動く乗り物はなにも電車だけじゃない。
車も全部動くようにしていた。

お姉ちゃんが道路を歩かなかったのは幸いだ。
道路が生きている今なら、車で追いかけれる。
僕はスポーツカーに乗って、背中姿のお姉ちゃんを追っかけた。

「可愛い家」

車からお姉ちゃんの背中が見える。
その指先には、一戸建ての家が摘ままれていた。
家は土台ごと、無理やり持ち上げられていて、パラパラと土が地面に落ちていた・・・。
そして、窓ガラスも全部吹っ飛んでおり、壁には大きな亀裂が入っていた。

「お姉ちゃん。もっと優しく・・優しく家を持ってよ・・・」

このままだと、家が握りつぶさてれしまう・・・。
だけど・・・家のきしみが止むことがなく、外壁がボロボロと崩れ落ちていく・・・。

「可愛い家だけど、住めない家なんて、なんの意味ないよね・・・えい」

ぐしゃ・・パラパラ・・・

爆発したかのように砂煙が上がった
すると、姉の指先から家の瓦礫がこぼれ落ちていた。

「よっわ! ちょっと力を入れただけでこれ? ほんとコーイチたっら、なんでこんなもん作ってんのよ・・・」

指先で簡単に潰れてしまったが・・・実はあの家、震度7の地震にも耐えられるように頑丈に設計されている。
それを潰したということは、今のお姉ちゃん・・・震度7以上の力を楽に持っている。
それを証明してしまった・・・。
お姉ちゃん力そのものが自然災害クラスなのだ・・・。

「待って! お姉ちゃんーーー!」

巨大災害お姉ちゃん。
それを野放しにすると、街は完全に破壊されつくしてしまう・・・。
それだけは、なんとしても阻止しないと・・・。

「さあて、次行きますか・・・」

そんな願いもむなしく、足は無慈悲に持ち上がった・・・。
それにより車との距離が一気に広がる。
お姉ちゃんを捕まえるのは絶望的となった・・・。

「お姉ちゃんーーー! くっそなんだよ・・・」

僕は車のアクセルを強く踏んだ。
しかし・・・なかなか姉に追いつくことはできない。
時速100キロで車を飛ばしても、信号無視して走っても、一向に追いつける気配すらない。
むしろ二人との距離は開く一方・・・。
誰かスピード違反の罪で、お姉ちゃんを捕まえてほしいよ・・・。

「ふーん。ここが駅なんだ。まあ・・立派なもんよね・・・おもちゃにしてはだけど・・・」

お姉ちゃんはジオラマの中心。そんなところまで踏み込んでいる。
そこには商業施設が入った50メートルの駅ビルを中心に、ビルが形成されているビジネス街。
高層ビルこそないものの、結構立派なビルを立ち並んでいた。
そして駅と並走して走っている大通り。
大通りには無人の車が、数多く走っていた。
無人の車は呑気なもんで、
お姉ちゃんと言う怪獣がすぐそこまでやってきているのに車はいつも通り走っていた。

「車って嫌い・・・えい!」

三車線もある大通りの交差点に姉の足が降ろされた。
それによって、道路は姉の足に埋め尽くされ、コンクリートが足の直撃を受けた。・・・。
コンクリートがパッキパキに・・・チョコレートのように割れている。

「一撃かー」

姉の下にあった車は、まるでプレス機にかけられたようにぺしゃんこにつぶれていた。
しかし、車は自動で制御されているため、生き残った車が、姉に向かって走り出す。
そして・・・信号が青に変わる。

「あははは・・・なにこれ? 私の足にどんどんぶつかってくるよ」

無人の車は姉の足に激突する。
その姿は車自ら、事故を引き起こしているようなもんで、実に滑稽。
姉はケラケラと笑った。

「そんなに死にたいなら、手伝ってあげる」

ズンズン。

辺りを走る車をみーんな、壊してしまった。
両足で、大通りを歩きまわればそれで充分。
被害を免れる車はいない。

「ビルもついでだから壊しちゃおっと・・・」

お姉ちゃんは四つん這いになって、駅ビルを覗き込んだ。
高さ50メートルの駅ビルでも姉にとっては10センチしかなく、四つん這いになっても、顔は展望台よりも高かった・・・。
今の駅ビルはスマホよりも小さい。ちょうど手のひらの高さと同じぐらいの高さだった。
だから、

「わ! 手で包み込めちゃう」

こんなことだって、できてしまう。
ジオラマの中で一番高いビルが、お姉ちゃんの手の中に包み込まれている。

「よっと・・・」

両手でビルを握りしめ、ボキっとビルの根元から引っこ抜いた。
野菜を収穫するような動きで、ビルを根元から持ち上げている・・・。

「へー結構よくできてるじゃない! 机まであるんだ!」

お姉ちゃんはビル内部を眺めていた。
ビルの精巧さに驚いてくれるのは、ありがたいが、壊されては意味がない。
あれ・・・3万もしたのに・・・。

「でも、中に入れないんじゃ、いらないよね」

ポイっと姉の手からビルがこぼれ落ちる。

「うあああああ!」

それが僕の頭上に降ってきた。
姉が軽く投げ捨てたその先には、僕の乗る車が走っていた。
どんどん黒くなる影・・・巨大なビルが頭上に降り注ぐ、それは映画のようなあり得ない光景だった。

「くっそ!」

ズウウウン・・・

僕はハンドルを切って、車の向きを変える。
それが功を奏して、ビルの下敷きにならずに済む。だが・・・危機一髪には変わりない。
僕のすぐ真横を走っていた、車の姿がなく、吹っ飛ばされていたから・・・。

「よおし。どんどん壊していきましょー。まずは、ぱーんち! それ、きっくー」

本格的な破壊が始まった。
次々とビルが壊されていく。

「お姉ちゃん。か・・・怪獣みたい・・」

お姉ちゃんの足が動くと、ビルが崩れ、お姉ちゃんの手が動くと、道路が割れていく。
四つん這いになって暴れているのも重なって、今のお姉ちゃんは怪獣にしか見えない。
街の中を暴れまわる大怪獣。それが今のお姉ちゃんだった・・・。

「あははは・・思ったより楽しいかも?」

お姉ちゃんは意識的に壊したものもたくさんあるが、逆に無意識に壊したものも相当ある。
駅前のビルを大方片付けた姉は新たな獲物を求め、駅の向こう側へと移動する。
ハイハイになって移動する、制服姿の女巨人は、その膝下に多くの電車を巻き込みながら駅を横切っていた。
しかし、それは無意識の行動なのだろう。
あくまでもお姉ちゃんの目的はビルの破壊。
ビルを破壊するために駅を横切った。それに過ぎない。
しかし、お姉ちゃんのつけた、手形、膝形、ソックスの引きずった跡とスカートを引きずった跡が、地面にしっかりと刻印され、その破壊力を物語っていた。
残ったビルを壊す。そんなつまらない理由で、駅のホームが、お姉ちゃんの体によって潰された。

「こっちにもいっぱいあるー」

お姉ちゃんは方向を少し変えた。
しかし、後ろに突き出された大きなお尻が・・・。

「お姉ちゃん・・・パンツ見えてるよ・・・」

四つん這いになったお姉ちゃんを真後ろから見ると、パンツがはっきりと見えていた。
お尻に食い込む白い純白のパンツ。それがビルの上層部に触れて崩れ落ちてくる。
だが・・・この行為にお姉ちゃんは気づいていない。
ただ向きを変えたら、ビルにお尻が触れて崩れた。
ただ・・それに過ぎないのだ。

「これもコーイチのため! えいえい!」

お尻でビルを破壊し、今度はビルに殴りかかっている。
前側は拳でビルをつぶし、後側はお尻がビルを崩す・・。同時多発的に崩れ落ちるビルたち・・・。
前も後も両方が巨大鉄球のような破壊力を持つ。

「お姉ちゃんーーー! もうやめてくれーー!」

僕は大通りの真ん中に車を止め、うなだれながら叫んだ。
周りを見ると、もう・・・・街は廃墟だらけになっている。
線路やホームは踏まれ、大通りもめちゃめちゃ、車は一台も動いていない。
そして、駅の周りにあるビルも、お姉ちゃんのパンチやキックでつぶされ、もうほとんど残ってはないかった。
あるのは窓が吹っ飛んだ廃墟と・・・崩れ去った瓦礫の山・・・それがあるだけだった。

「あれ? 車まだ残っていたんだ・・・」

巨大な影が迫ってくる。
僕は消失感から、気づくのに遅れたが、その影の正体は・・・

「か・・・怪獣ーーー!!

逆光のシルエット、それはあまりにも大きく、ジオラマには不釣り合いなほど巨大な影だ。
ジオラマ全てを、飲み込めてしまうほど巨大生物が僕の前に聳え立つ・・・。

「に・・・にげなきゃ・・・」

よろめきながらも、僕は走った。
車はもうつかえない。
道路が寸断されて、役に立たなくなっている。

「・・・?」

巨大なシルエットの目が光る。
ギラギラとした、化け物が僕を見ていた。

「うわあああーーーやめろーーー!!」

僕は強大な力に支配されていた。
それはあまりにも支配的で暴力的でもあり、抵抗が許されないほどの圧倒的力。
強烈な遠心力がかかり、上空へと連れ去らわれる・・・。

「・・・・うん? お人形?」

巨大なシルエットからは二つの光が放たれている、そしてその光がじっと僕を覗き込む。

「お・・・お姉ちゃんなの?」

それがお姉ちゃんだとは認めたくなかった。
遠くから、様子を見ているだけで恐ろしい、あのお姉ちゃんが、今僕のことをつまみ、じっとその様子を見つめている。
お姉ちゃんの顔はなにもかもが巨大だった・・・。
巨大な・・・草原のような黒い眉毛に、ツタのようなまつ毛。まつ毛はあり得ないほど高速で瞬きをしている。
そして山肌のようにデコボコとしたピンクの唇に、巨大な洞窟、あれは鼻の穴だろうか?
鼻の穴と呼ぶにはあまりにも大きい・・・。人が穴の中に入って探検できるほど二つの鼻は大きかった。
そして、最後に・・・黒いお姉ちゃんの目が宝石のように輝いていた。
目の白目には、筒ぐらいある巨大な赤い血管が走り、あれが毛細血管だと気づかされる・・・。

「コーイチ・・・コーイチなの・・・」

その言葉と同時に、突風が吹き荒れた。
あまりの風圧に目をつぶってしまい、返事ができない。
お姉ちゃんの出す息吹は、僕の呼吸が止まる強烈なものだった・・・。

「やっぱそうだよ。コーイチだ。コーイチー!」

反対側に手が、僕の目の前にやってきて、大きく左右に振られた。
お姉ちゃんは僕に手を振ってくれた。
だが・・・あの巨大な手でビルを突き破ったのだと思うと、震えが止まらなくなる。

「お・・・お姉ちゃん・・・」

僕は気軽にお姉ちゃんと呼ぶことができなくなっていた。
今のお姉ちゃんは、どちらかと言えば怪獣で、何をしでかすかわからない化け物に見える・・・。

「なあに?」

しかし、肝心のお姉ちゃんは、随分気楽なもので、のんびりした様子で返事している。

「お姉ちゃん。命だけは・・・助けてぇ・・・」

僕は姉を恐れた。
ここまで、お姉ちゃんを怖いと思ったことはない・・・。
僕は本気で・・・姉の手に殺されると思っている。

「そっか・・・こんだけ暴れたんだもんね。コーイチ・・・怖かったんだ・・・」

お姉ちゃんはゆっくりと目を細め、小動物を見るかのように優しく僕を見つめた。
お姉ちゃんの優しい目・・・それは遠い昔、僕が熱を出した時、付きっきりで看病してくれた。
あの時の優しい目とよく似てる。

「でもまあ、悪いのはコーイチだし!」

しかし、それも一瞬のことで、いつもの目に戻る。

「な・・なんで? なんでなのお姉ちゃん?・・・」
「コーイチの目を覚ますためよ。こんなくだらないおもちゃなんか作って、何にもなんないじゃない。無駄よ。無駄。
 私がちょっとチョップしただけで、壊れるおもちゃなんかいらないでしょ。ほらチョップ!」

お姉ちゃんはかわらわりを、道路に向かってしていた。
それだけで、コンクリートが吹っ飛び、大きな亀裂が道路に入る。

「ほらね・・ニシシ・・」
「お・・お姉ちゃん・・・」
「ほら、そんなに悲しい顔しない。お詫びにお姉ちゃんが旅行に連れてってあげる。
 こんなおもちゃで楽しみより、本物の街に行こうよ。どこ行く? 北海道? 九州? 流石に海外は無理だけど、
 国内なら好きなこと連れてってあげるよ」

と機嫌よく言われても、破壊されまくった街に座っていては説得力ゼロだ。
今度は本物の街を壊しそうで怖い・・・。

「いや・・・いいよ・・」
「へー・・・せっかくお姉ちゃんが優しくしてあげてるのに、無視しちゃんだ! えい!」
「ぎゃーーーーーーーいたいーーーーー!

お姉ちゃん軽くコーイチをつまんだ。
それはいつものじゃれ合い、冗談みたいなもの。
しかし、今はずいぶんと体格が違う。
なので、ちょっとしたじゃれ合いが、凄まじい痛みとなって、コーイチに襲いかかったのだ。

「・・・?」

意識が飛びそうな強烈な痛み。
しかし、姉に罪の意識はないのか?
キョトンした不思議そうな顔で、僕を見つめていた。

「あれ? いつものように反撃しないの?」

姉は不思議に思っていた。
自分から手を出せば、必ずコーイチは反撃してくる。
しかし、小さくなったコーイチは何もしてこない。それが不思議でならなかった。

「くっそ! お姉ちゃんなんか殺してやる! えいえい!」

いや実は反撃してた。しかし、コーイチの細い腕では、太い姉の指にダメージは与えられない。

「?? ぎゅっ!」
「ぎゃーーーー」

強烈な痛みが走る。

「うん?」

指が緩み痛みがなくなる。

「ぎゅっ!」
「きゃーーーー!」

また締めつけられた。

「うん?」

そして、また緩む・・・。

「可愛い! コーイチ。ちっちゃくなって弱くなっちゃったーーー!!」

この時姉は心が弾んでいた。
コーイチは自分の手の中いる。なにをしたって抵抗はされない。
コーイチが、私の指をどかそうと必死にもがいても、私の指はピクリとも動かせないのだ。
自分は最強、無敵になったのだと、そう思った。

「ほらほら、殺されたくなかったら抵抗してみなさい!!」
「きゃーーーいだい・・いだいよ・・お姉ちゃん・・・」

今まで一番の痛みが走った。
体は熱くなり、息ができなくなる。
しかし、姉がケラケラと冗談笑いをしている姿を見て、これでも手加減しているのだとコーイチは悟った。
自分を持ち上げている二本の指だけで、姉が本気で喧嘩しているとはとても思えなかった。

「お姉ちゃん。やめて・・・暴力反対・・・」
「なに言ってるのよ。暴力を振るった回数はアンタの方が断然多いでしょ。ぎゅっ」
「きーーいーーやーーー!!」

メリメリと骨がしなり、内臓が飛び出そうになる。
それに顔が熱い。僕の顔は多分真っ赤になっていることだろう・・・。

「うふふ・・少しは懲りた?」
「い・・・痛いから・・・ほんとだって・・」
「うふ。そう? 痛いのね。じゃあ、痛いの痛いの飛んでけー。ふうう・・・」

お姉ちゃんは息を僕に吹きかけた。

「う・・・」

僕は思わず顔をしかめた。
お姉ちゃんの、口は臭くはないが独特の匂いが広がってきた。
生暖かい動物臭に、それを打ち消すミントの香り。それらがブレンドされた台風が僕の前だけに上陸する。

「あははは・・・面白い顔。ほんとちっちゃいコーイチは可愛い! それスリスリ・・・」
「わあ・・やめて。やめて!」

お姉ちゃんの顔にスリスリと全身を擦られた。
お姉ちゃんの顔の肌は大きく、よく見ると少しデコボコしていた。
それに細かい産毛だって生えているし、女の子の肌を間近で見られても全然嬉しくない。むしろ気持ち悪いぐらいだ・・・。

「えへへへ・・・ちっちゃくても、ちゃんとコーイチだ・・・可愛いな。赤ちゃんの頃に戻ったみたい・・・」
「いててて・・・痛い! 痛いってお姉ちゃん!!」

姉は終始笑みをこぼしていたが、コーイチが痛みの連続だった。
姉のニキビに体が擦られ、彼の体には擦り傷ができている。
思春期によく出るニキビと言えとも、その大きさは桁違い。
それが例え、指先の半分程度の大きさでも、コーイチの体よりも少し大きかった。
彼から見れば、姉のニキビは運動会の玉転がしサイズになり、洗濯板のようにゴリゴリとした、硬い皮膚に擦られてはもう最悪だ。
制服はボロボロになり・・・ところどころ血がにじんでいる・・・。
姉の赤い巨大なニキビは、コーイチに痛みと、擦り傷をプレゼントした。

「チュッてしよっかな・・ほら、チュッて・・・赤ちゃん頃よくしたでしょ・・・」

お姉ちゃんは唇をとんがらせ、キスする体勢を取っていた。
しかし、姉とキスしてしまえば、人生が終わる。
それは道徳としてではなく、人として人生が終わるのだ・・・。
それほど姉の持つ唇の筋肉はすさまじく、コーイチの首の骨ぐらい簡単にへし折ってしまう。
姉がチュパと口を鳴らせば、それで彼の首が折られ、人生が終わる・・・・

「やめろーー!」

ジタバタともがくコーイチ、
しかし、その姿を姉は薄目ながらちゃんと見ていた。

「うふ・・かわいい・・・」

コーイチの腕がパタパタと小さく動き、それでいて一生懸命もがく弟の姿を見て、姉の母性本能に火がついた、
自体はさらに悪化したのである。

「食べちゃたい・・・あ~ん・・」

いつの間にか、キスから食べるに目的が変わっていた。
コーイチも必死になって抵抗したが、指はビクともしなかった。
まるで車に乗せられているかのようにどんどんお姉ちゃんの口に近づいていっている。
迫りくる大きな・・・お姉ちゃんのお口。
糸を引きながら、パックリと開くそのお口は、ビルを丸呑みできるほど大きかった。
コーイチ、一人など、姉の歯の高さにすら満たない。
彼は食べカスのように惨めで小さな存在だった。

「食べたら、どんな味がするのかな? あーん・・・」

コーイチを連れ去っているその指は、姉から出る脳波に従い、コーイチを口元へと運んでいる。
それに逆らえるのは姉だけだ。
姉が食べるのを止めたいと思わなければ、指は決して止まらない・・・。

「僕を食べたら、兄弟の縁を切るからな!」
「え・・・・? コーイチ何言ってんの? 縁を切るだなんて・・・そんな・・・」
「だって、そうだろ? お姉ちゃんは僕を食べようとした。それはつまり僕を殺そうとした。違う?」
「え・・・えっと・・・」

姉は少し口ごもった・・・。

「もし僕を食べたら、お姉ちゃんのお腹の中で、一生恨み続けてやるから! 死んでも許さないから!」
「あはは・・・・ご・・ごめん。わたし・・・どうかしてたわ・・・」
「謝ってすむ問題かよ。一歩間違えてたら、お姉ちゃんの胃液に溶かされて死んでいたんだよ! この人殺し!」
「・・・・・う・・・うーん・・・」

姉は無言のまま、自分のお腹を撫でていた。

「僕のジオラマを、こんなめちゃめちゃに壊して・・・全部弁償しろよな」
「うん。わかった。弁償する・・・」

あれ? 意外と素直だ・・・
お姉ちゃんのことだから、もっとめちゃくちゃな言い訳をしてくると思ったのに、こうも自信なさげだと、拍子抜けしてしまう。

「第一お姉ちゃんは怪獣なんだよ。昔からそうだけど、なんでも雑に扱うし、さっきも死にかけた。違う?」
「あぅ・・・でもお・・そんなつもりなかったの・・・」
「僕が死にかけたってのに、謝らないわけ?」
「うう・・ごめんなさい・・」

お姉ちゃんは小さく縮こまりながら。しょんぼりしている様子。
だけど、それで僕の怒りは収まらない。もっともっと、言いたいことがたくさんある。

「靴下だって臭いし、ほんと不潔だよな・・・この足クサ怪獣!」
「・・・・・」
「街中を大暴れしているお姉ちゃん。本物の怪獣みたいだったよ。こんなんじゃ嫁の貰い手なんかないだろうね・・・この凶暴怪獣!」
「・・・・・」
「そのくせ尻が無駄にデカくて・・・さっきもお尻でビルを薙ぎ払っていた。この尻デカ怪獣!」
「・・・・・」
「尻はデカいくせに胸はないんだよな。胸は一度もビルに当たりませんでしたぁー! それは胸が出っ張ってないからですー。この貧乳お化け。貧乳怪獣」
「・・・・・」
「ジオラマの良さ、男のロマンもわからない。尻ばかりデカくて胸のない怪獣なんて・・・怪獣なんて・・・お・・・お姉ちゃん?」

お姉ちゃんはいつの間にか、うつむき頭を小刻みに揺らしていた。
そして、ゆっくりと、手が降下して地面につく。

「わ!」

ドッサっと手から振り下ろされた。
そして、お姉ちゃんはゆっくりと立ち上がる。


「もおおおおおおおおおおお!!」


怪獣が吠えた・・・いやお姉ちゃんが吠えた。
左から右へ首を振りながら、吠えたので、コンクリートが次々とめくれ上がっていく。
コンクリートは剥がされ、地面はうねる。
ほ・・本物の怪獣みたいだ・・・。

「黙って聞いてりゃいい気になって・・・いいわよ! そこまで言うなら怪獣になってやろうじゃないの! 
 もう手加減はしない、本気になって暴れてやるから!!」

調子に乗り過ぎた・・・。流石に言い過ぎたか?
お姉ちゃん・・・目を吊り上げて怒ってるし・・・ってあれ?
この雰囲気やばくないか・・・。

「お姉ちゃん・・・あれでも手加減してたの?」
「当たり前じゃない! 私だって鬼じゃないわ! 遊び半分でしたことよ」
「いや・・・今のお姉ちゃん、十分鬼だと思うけど・・・って・・遊び半分でやるなよな。あんなこと・・・(小声)」 
「なんか言った!」
「いえ・・・なにも・・・」

お姉ちゃんの威圧感に僕は圧倒される、
目の前に聳えている、白ソックスだけでも、めちゃめちゃ怖いのに、体全体が束になって襲ってくるんじゃないかと思うと、気が気でなくなくなる・・・。

「アンタね! 私のこと怪獣だって好き勝手言ってるけど。アンタだって私のこと蹴ったり、突き飛ばしたり・・・ひどいこといっぱいしてるじゃない?
 それなのに・・・わたしことばっか責め立てて・・・」
「いや、でもそれはお姉ちゃんが僕の嫌がることをするから・・・」
「もういいよ。もうたくさん。アンタの言う通り、私は、か・い・じゅ・う! 本物の怪獣になってやるんだからーーーー!!」 
「お・・・お姉ちゃん・・・ちょっと待って! 何する気・・・その足はなんなの?」

お姉ちゃんは足を持ち上げた。
そして

「アンタなんか。怪獣に踏まれて死ねぇーーー!」
「ぎゃーーーー!!」

お姉ちゃんのソックスに下敷きになった。
首から先は・・・なんとか動くけど、そこから先は全く動かない。
何枚も重ねた布団のように、ズシリと重い物がのしかかってくる。

「小手調べも済んだことだし、街を破壊しますか! 徹底的にね・・・」

足を持ち上げ、住宅地へと向かうお姉ちゃん。
駅周辺は完全に破壊されつくされており、ここを破壊する意味はもうない。
お姉ちゃんはそう判断したんだろう・・・。

「ちっちゃい家でも見逃さないよ。ぜんぶ壊すんだから・・・」

ズウウン・・ズウウン・・・と不気味な地響きが続いている。
その音が鳴るたびに、家が崩れていく・・・。

「こっち・・・次はこっちか・・・」

お姉ちゃんはわざと家を踏みながら進んでいる。
それは、歩くために家を壊すのではなく、家を壊すために歩いている。
目的が逆転し、街は更なる被害を受けた・・・。
もう・・・街はボロボロ・・・お姉ちゃんの足跡だらけになっている・・・。

「へー・・・こんなところに電車の車庫があるんだ」

家を踏みつぶしながら進むお姉ちゃん。その視線の先には電車の車両基地があった。
電車の車両基地が見つかってしまった・・。
これを壊されるのは、ほんと・・・マジでヤバい。

「こういうのを壊すのが・・・怪獣の仕事だもんね~」

車両基地に迫る巨大な足。
その足は大きく、電車数編成まとめて踏んでも、余りある大きさだった。

「お姉ちゃん。やめて! マジでシャレになんないから・・・」
「ふーん・・・じゃあ、ヒーローみたいに怪獣と戦ってみれば・・・」
「ひ・・・ヒーローって・・・」
「もちろんアンタのことよ。ほら私を倒して見なさいよ!」

ズンと置かれた巨大なつま先。
辺りにお姉ちゃんの足より大きな建物はない。

「戦わないの?」

くねくねと動く白ソックス
もはやデカすぎて、靴下自体が一つの怪獣に見える。

「こんな・・・怪獣と戦うの・・・いやでも!」

だけど、この車両基地だけはなんとしても守らなくてはいけない。
じゃないと、今までのバイト代がパアーになる。

「くっそ! 戦ってやるとも! やあああああ!!」

僕はお姉ちゃんの白ソックスに全身全霊をかけてタックルした。

「この! この! このぉーーー!!」

僕はマットに体当たりするようにして、白い壁を押している。
だけど、壁はビクともしない

「ふん! 全然痛くないんだけどね!」
「うあわわわ!」

お姉ちゃんの足がピンと動けば、僕は簡単に押し倒されてしまう・・・。
圧倒的だった。圧倒的力の差がお姉ちゃんと僕にはある。
お姉ちゃんが少し足をくねらせれば、それで決着がついてしまう・・・

「よっわー。それでも戦ってるつもり? そんなんじゃ世界は守れないよ。ヒーロー君。ふふ・・・」

足が近づいてくる。
白ソックスの壁は、芋虫のように体をくねらせ、僕の背中へと迫る。

「ほらほら、お姉ちゃんの足。指一本だけでも止めてみなよー」

そんなことできるはずがない。
今の僕の大きさでは絶対に不可能なことだった。
だけど、お姉ちゃんの攻撃は止まない。

「ほら! ほら! 反撃しなさいよー」
「痛い。痛いから・・お姉ちゃんーー!」
「ほら、ビームでも撃って反撃してみたらー」
「たたた・・・そんなのない・・・」
「あははは・・・よっわ! ビームも撃てないヒーローなのに、あんな生意気言ったの? バッカじゃない」

僕が苦しんでいる姿を見て、お姉ちゃんは片足を持ち上がる。

「コーイチを踏んづけ終わったら、次は電車の車庫かな? これも踏んであげる」

お姉ちゃんの足は、車庫に向かって、どんどん迫っていた。
僕を踏みながら、一緒に車庫も踏むつもりだ。
それだけはいけない! なんとしても阻止しなくては・・・。

「痛った! お姉ちゃん・・許して・・・悪かったから・・・」

僕は謝った。誠心誠意謝った。
それしか生き残る道はない・・・。

「もうおもちゃで遊ばない? 卒業する?」
「う・・・うーん・・・これ以上は買わないってのはダメ・・・かな?」
「ふーん・・・」

お姉ちゃんは迷っているそぶりを見せた。
それを見て、僕は慌ててこう言う。

「これはマジでヤバいんだって、限定品だから・・・もう手に入らない電車だから・・お願いだから見逃して・・・」
「ふーん・・・そうなんだ・・」

お姉ちゃんはジオラマを見渡した。
そして意味ありげな表情で、にっこりと笑っている。

「いいよ。ほとんど壊しちゃったし・・・残ったのは電車だけだもんね」

その言葉を聞き、肩の力が抜けていく思いがしたが、それも仕方がない。
限定品の模型が残っただけ、まだマシと考えるべきか・・・

「でも、コーイチ。コーイチは私に・・・ううん。貧乳怪獣に負けた、かわいそうなヒーロー・・・ってことでいいよね?」
「それは・・・ちょっと・・」
「うん?」

お姉ちゃんはその場で四つん這いになった。

「貧乳で電車を壊してあげる!」
「え?」
「コーイチは、そこで見てて・・・」

お姉ちゃんの着ている制服が近づいてきた。
住宅地を覆ってしまう、その巨大な制服。
胸元にあるリボンだけでも、電車よりも大きかった。
可愛らしい赤いリボンが、凶器となって街に降り注ごうとしている。

「待って! わかった・・・僕はお姉ちゃんの・・・えっと・・・」

こういう場合なんて言えばいいのか?

「下僕にさせてくださいでしょ?」

お姉ちゃんはきっぱりと当たり前のように言っていた。

「げ・・・下僕・・」
「嫌なの? ふーん・・わかった。貧乳怪獣の胸で潰すから!」

お姉ちゃんの胸が下がり出した。

「わかった。わかったから・・・下僕にさせてください。よろしくお願いします・・・」
「よろしい。特別大サービス! 貧乳怪獣の下僕にしてあげましょう。貧乳のね」
「は・・はあ・・・」

貧乳なんて言葉使うんじゃなかった。そのせいで、お姉ちゃんを怒ってしまい、怪獣の下僕に・・いやお姉ちゃんの下僕に・・・って、もう最悪だ・・・。

「じゃあ、どこ行きたい?」
「へ?」
「驚いた顔しないの。さっきも言ったでしょ? 好きなとこ連れてってあげるって・・・。でどこ行きたい? 九州? 北海道? 
 さ、今決めて」
「決めてって言われても・・・」
「ふーん・・・・」

僕を握っていない逆の手が、ジオラマにつく。
それにより、二軒の家が手に押しつぶされる。

「コーイチが釣れない態度だから・・・ふわあーあ・・・眠くなってきちゃった・・・。ここで寝ようかな・・・」
 
まずいまずいまずい!
ジオラマの中でお姉ちゃんが寝たら、大惨事だ。
ビルよりもはるかに大きい巨体が街に横たわれば、それこそ街は全滅。
車両基地も、ずっしりと重そうなお姉ちゃんの太ももに押しつぶされてしまう・・・。

「じゃ・・・じゃあ九州かな・・・」

理由は簡単。北海道よりも近いから。
近い分早く帰れそうだからという単純な理由だ。

「九州ね。きっまり~。じゃあ早速行こうか」
「まさか二人で行くの!?」
「当たり前じゃない。そんな遠いとこ、友達は誘えないわ」

と言いお姉ちゃんは、僕の机の引き出しを開けて、そこから僕のスマホを取り出す。
って・・なんでそこに置いてあるって知ってんだよ・・・。

「ちょっと借りるわよ・・・えっと、暗証番号は・・・」
「ちょっとお姉ちゃん。僕のスマホでなにする気?」
「あ・・・あったあった。へー・・・今からでも博多に行けるんだ。じゃあこの最終ののぞみを予約っと・・」

お姉ちゃんは僕のスマホを操作して・・・・なにを・・・っていや多分・・。

「まさか・・・新幹線の予約をしたの? 僕のスマホで?」
「そうよ。コーイチのお金で博多に行くの。それもグリーン車でね。ニシシ」
「ぐ・・・グリーンって・・一体いくらしたの!」
「えっと・・・26190円だって」
「二万・・って! そんな大金僕が払うの?」
「当たり前よ。帰りも同じ金額払ってよね。あとホテル代」
「嫌だよ。なんで僕が払わなきゃいけないんだ!」
「アンタは私の下僕になったんでしょ? なに嫌なの? じゃあわかった。電車のおもちゃ全部踏みつぶしてあげるから」
「や・・やめて・・・あれは、もうお金じゃ買えないんだよ・・・・」
「だったら、往復5万ぐらい安いもんでしょ。そんな大事なもんならね。まあ私はどっちでもいいけど~クスクス・・・」
「く・・・くう・・・なんで・・・なんで僕の暗証番号知ってんだよ。おかしいだろ!」
「アンタの暗所番号なんて、お見通しよ。ぜ~んぶ生年月日なんだから」

くっそ・・・完敗だ・・・。
暗証番号を単純なものにしていたのが、いけなかった。
今度からお姉ちゃんのわからないものに変えておこう・・・。

「そろそろ行こっか。せっかくのグリーン、乗り遅れたら嫌だもんね」

ズンズンとお姉ちゃんは地響きを立てて部屋から出る。
もちろん、その手の中には小さな僕が握られたまま・・・

「ちょ・・・ちょっと待ってよ。お姉ちゃん!?」
「うん・・・なに?」
「元の大きさに戻してよ」

無計画でいきなり旅行に行くのも結構驚きなのだが、まずは僕の大きさを戻してほしい。
話はそれからだ。

「ダメ。電車賃かかるから、このまま」
「このまま・・・」
「そうよ。大人一人の電車賃で九州に行けるなんて、魅力的じゃない!! 最高だわ~~~~。しかもアンタのお金だしね」
「え・・やだよ! 元に戻してよ! ねえ・・元に戻してよ。お姉ちゃん・・・」

小さいままお姉ちゃんと一緒に過ごす・・・しかも二人っきりの旅行・・・。
正直何をされるかわからなし、恐ろしくて楽しむどころじゃないと思う・・・。
お姉ちゃんにいいように振り回されて、コキ使われてるのがオチだ。
お姉ちゃんと旅行に行くと、前々からそうだ。
楽しかった思い出が一つもない・・・。

「コーイチってさ。ちっちゃい方が生意気じゃないし・・・そっちのほうが似合ってるしね」
「いやだーーー離してよーー!」
「暴れてる暴れてる・・・そんなことしても無駄だよ」

僕はお姉ちゃんの手を叩いた。
だけど、お姉ちゃんは笑うばかりで、僕の抵抗を本気にしない・・・。

「無駄だって・・・それ、つん」
「ぎゃあああああーーー!!」

お姉ちゃんの指に突き飛ばされ、指がのしかかってくる。
その圧は、内臓が飛び出そうになるほど、すさまじいものがあった・・・。

「いい加減学習しなさいよ・・・私には勝てないんだからさ~。でもパタパタしてる、ちっちゃなコーイチも可愛い・・うふふ・・」
「く・・・くっそ・・・」
「はい。喧嘩は終わり、行きましょうね~。コ~イチくぅ~ん~・・・」

お姉ちゃんは壁のようなドアを勢いよく開けると、足を速めた。
それによって、歩行振動がより激しいものへと変化する。

「早くグリーンに乗りたいな・・・」

お姉ちゃんの頭の中では、もう新幹線に乗っている。
だけど、僕はすでに家が恋しくなっている。
僕は後ろを振り返り、一歩一歩遠ざかっていく家に向かって、自分の手を伸ばした。

「行きたくないよー! 帰して!」
「だあ~め! 危ないから私の手から手を出さないで」

といって、手が閉じられる。
僕はお姉ちゃんの手の中に幽閉されてしまった。
これでもう、お姉ちゃんの許可なしでは、この手は開かない。
完全に独房だ。
僕はお姉ちゃんの肉の独房に幽閉されてしまった。
そしてその看守はお姉ちゃんの手。
だけど、看守は・・・独房の鍵を開けるつもりはないらしい・・・。

「電車に乗るまでおとなしくしてて・・大丈夫。なんかあったら、私がなんとかしてあげるから・・・あははは!」

笑い声が響き、大きく腕が振られると、意識がもうろうとしてくる・・・。
僕はお姉ちゃんの手の中で酔ってしまった・・・。
しかし、それもまだ序の口。
旅はまだ始まったばかりなのである。
これから待ち受ける、更なる難問にコーイチが耐えれるかどうかはお姉ちゃん次第なのだ。




おわり