「はーい。みんな注目ー」

ここは小学校。理科の授業中。
教師であるミナト先生がパンパンと手を叩くと授業が始まる。

「今日は宇宙に関する授業よ。先生の持っているこのシャーレの中には、なんと宇宙が入っていますー。綺麗なお星様がいっぱい入っているから、みんな覗いてみて」

ミナト先生は理科室のテーブルの上にシャーレを置いた。
すると目を輝かせながら、多くの生徒が集まってくる。
みんな前のめりになって、シャーレの中を覗き込んだ。

「先生。お星さまはいませんー」
「なんにも見えないよー」

綺麗なお星さまが見える。
児童たちはそう期待に胸を膨らませながら、シャーレを覗き込んだ。
だがミナト先生が持ってきたシャーレの中にお星さまはなかった。
シャーレの中にあったのは、真っ黒な空間がフワフワと浮いているだけである。

「そう。このままではお星さまは見えないの。だけど、この顕微鏡で覗けば・・・」

ミナト先生は顕微鏡を持ってきて、シャーレの中にピントを合わせた。
すると

「わあ。きれい・・」

20代半ばのミナト先生ですら息を飲むほどの美。
シャ―レの中に、赤い燃える星が映っていた。

「先生ばっかりずるーい」
「見して。見して」
「見えないよー」

一人で盛り上がるミナト先生を見て、児童たちは怒った。自分たちも早く見てみたいと。

「はい。じゃあみんな順番ね。喧嘩しちゃだめよ」

ミナト先生は顕微鏡から顔を離し、児童たちに譲った。

「このレバーでピントを合わせて、そう、そんな感じ」

顕微鏡を覗き込んだ児童の眼に、ぼんやりとしたものが映し出される。
ミナト先生の指示に従い顕微鏡のダイヤルを動かすと、シャーレ内部にピントが合う。
ぼんやりとしていた顕微鏡に宇宙。
その宇宙の内部に、ある一つの星が映し出されていた。

「すごーい」
「なにこれ、まっかっかだよー」

代わる代わる顕微鏡を覗き込んでは歓声を上げる生徒たち。
児童たちは皆興奮していた。
顕微鏡の内部に映し出された、赤い球。
顕微鏡の中に赤い恒星、太陽がぼんやりと映し出されていた。

「わーすごい」

児童たちは盛り上がる。
宇宙の内部。太陽という微弱な星を見るのは、これが初めてだったからだ。

「はいはい。みんな注目。いい? お星さまというものは、このシャーレの中の中に収まるぐらい小さなものなんです。
 だけど、みんなが見ているこの赤い星は恒星って言って、宇宙の中では比較的大きな星の分類なんです。
 でもね。太陽だけが宇宙の星じゃないの。宇宙にはもっともっと小さな星がたくさんあるのよー」
「ええ!」

ミナト先生の言葉に驚く児童たち。
顕微鏡で見なければ見えない。
そんな微弱な星、太陽よりもさらに小さな星があることに児童たちは衝撃を受けていた。
宇宙って不思議!

「小学校にある顕微鏡では倍率が高すぎて見えないんだけど、本当はこの太陽の周りを回る微惑星ってのがあってね。その中には、どうやら別の生命体が住んでいるらしいのよ」
「せんせー、生命体ってなんですか?」
「いい質問ね。生命体っていうのは、わたしたちと同じ体をした、別の星に住んでいる生き物のこと。
 みんなが見ているこのシャーレの中にも、別の生命体がいるかもしれないってこと」
「えー」

またまた驚く児童たち。
顕微鏡で覗かなければ見ることのできない、小さなお星さま。
赤く光る太陽のよりも、さらに小さなお星さまがあることに、みんなは驚く。

「不思議よね。先生の指の長さよりも小さな宇宙が、このシャーレの中にあって、その宇宙のなかに小さな太陽があって、その太陽よりもさらに小さな微惑星があるなんてねー」

ミナト先生は、テーブルに置かれたシャーレの外側を包むガラスの上に指を置いた。
その行為に児童たちは興味津々に覗き込んだ。
なるほど、確かにミナト先生の言う通りだ。
シャーレの中の内部に収められた宇宙よりも、ミナト先生の人差し指の方が長い。
先生の指に対して、宇宙は大体3センチといったところだろうか?
確実に先生の持つ人差し指の方が大きかった。
シャーレの中に収まる宇宙の、その倍ほどの長さがある。
そのことに児童たちはどよめいた。


そんな光景を見ていた一人の児童が、こんな疑問を持つ。

「せんせー。宇宙の中には生命体がいるんですよね? その生命体が先生の指を見たら、一体どう思うのでしょうか?」
「え?」

ミナト先生は一瞬、言葉が詰まった。
まさか幼い子供が、こんな鋭い質問をしてくるとは。ミナト先生は予想外の質問に少し戸惑っている。

「うーん・・・先生はその筋の人じゃないから詳しくはわからないけど、たぶん、先生の指はおっきな怪獣に見える・・のかな?」
「あは☆ せんせーの指。怪獣だー」
「怪獣だー」

ケラケラと笑う児童たち。
ミナト先生のしなやかな指を指さし、みんなが笑う。

せんせーの指が怪獣に見える。

そんな言葉が児童たちは笑った。笑いのツボに入ってしまった。
面白い。面白すぎる。
ミナト先生は体育が苦手で、優しいけど強そうには見えない。
そんな先生の細い指が怪獣だなんておかしいと児童たちは笑い、そしてシャーレの中に閉じ込められた、宇宙のひ弱さを陰ながらに知った。
理科の授業。宇宙を扱った授業は無事に終了。
放課後が訪れ、鎮まり返った理科室。その扉が静かに開く。


「ラッキー鍵が開いてる」
「チャンチャンス、入っちゃおう。入っちゃおう」

誰もいないはずの理科室に女子生徒が入ってくる。
彼女たち二人は先生に黙って、理科室に入り込んでいた。
この二人の女子生徒の名前はユキとマヤ、
ユキとマヤはどうしても、シャーレの中にある宇宙をもう一度よく見てみたかった。
だから、理科室に密かに忍び込んでいる。

「マヤ。顕微鏡持ってきて」
「あいあ~い」

顕微鏡をセットして、シャーレの中を覗き込む。
二人は代わる代わる顕微鏡尾を覗き、そして太陽が持つ美しさにため息をついている。

「何度見てもやっぱ綺麗」
「ほんとほんと、病みつきになっちゃうよね」

顕微鏡に映し出された、太陽は何度見ても綺麗だった。
本物の宝石以上の、神秘的な美しさが二人の女子児童の心を釘付けにする。
しかし二人にある不満が生まれる。

「うーん・・・反射がひどくて・・・ピントの調整が・・・」

シャーレのガラスが、ひどく反射をする。
それによって顕微鏡のピント調整が上手くいかず、太陽はずっとぼんやりしていた。
そのことにユキちゃんは不満を持ち、シャーレに手を伸ばす。

「ええい。ガラス外しちゃえ」
「ええ!ユキちゃん。いいの? そんなことして?」
「大丈夫。大丈夫。直接触らなきゃ大丈夫でしょ」

ユキちゃんはシャーレの蓋。上部を覆っているガラスを取り外した。
それにより、シャーレの内部、宇宙の内部が外気が晒された。

「さて、取ったよ。どれどれ・・・」
ガラスが退けられた、むき出しになったシャーレの中をユキちゃんは覗き込む。
すると、

「わあ。すごい。めっちゃ鮮明!」

ぼんやりとしていても、美しかった太陽がさらに美しくなった。
例えるなら潜水艦の潜望鏡から裸眼に変わるぐらい、太陽は鮮明に映し出されている。
ぼんやりとしていても、美しかった太陽が鮮明に映ったことで、ユキちゃんは思わず息を飲んだ。

「ユキちゃんばっかりずるい」

そう言いながらマヤちゃんも顕微鏡の中を覗き込んだ。
しかし

「あれ? なんにも見えないよ?」
「え? 嘘。確かに見えてたんだけど・・・」

二回目に覗き込んだ時は、なぜか太陽は見えなくなっていた。
顕微鏡に映るのは真っ暗な宇宙、ただ一つである。

「おっかしいな・・・・なんで見えないんだろう」
「し! ユキちゃん。誰か来るみたいだよ」
「うそ。わ! ほんとだ。マヤちゃん。早く片付けて」

慌てながら顕微鏡を片付け。シャーレに蓋をする二人。
そして足音が近づいてくる反対側の方向へと駆け出し、二人は理科室を去っていった。



一方シャーレの内部、その中に入っていた宇宙では今有象無象の大天災が起ころうとしていた。
宇宙に進出して間もない、地球よりも進んだ星。
知的生命体が、ある異変に気が付く。

宇宙の果てに、巨大なバリアが張られている。

そうシャーレのガラスの部分。
その僅かな厚みに彼たち知的生命体は困惑し、そして恐怖していた。
惑星間破壊ミサイルを撃ち込んでも、バリアはビクともしない。
巨大な太陽を破壊できる、大火力の宇宙艦隊を束にしてもシャーレのガラスに傷をつけれなかった。
彼たち知的生命体は、完全に太陽系の内部、シャーレ内部に閉じ込められたのである。

そんな時、突然シャーレの蓋が取り払われる。
シャーレの蓋。
その重量は、この太陽系の全質量をも遥かに凌駕する分厚いガラス。
天文学的ガラスの厚みを女子児童が二本の指だけで軽々と持ち上げていた。
この幼い指は普段鉛筆を握っている細い指。
しかし、その指は宇宙よりも巨大である。
そんな幼い、しかし宇宙よりも巨大な巨指がシャーレのガラスを挟み込み、宇宙の外へと連れ去ってしまった。
それにより、宇宙はむき出しになってしまった。
しかも、その遥か先に、シャーレのガラスを取り外した二人の女子児童がいた。
その時初めて、知的生命体は二人の女子児童の存在を認識した。
シャーレの蓋は、マジックミラーのような役割を果たし、これが取り付けられている限り、内部から外を見ることはできなかったのである。
しかしシャーレが取り払われたことで、外部の情報が入ってくるようになる。

指だけで太陽系よりもはるかに巨大な少女。

そんな怪物たちがわたしたち、知的生命体のことを見下ろしている。
それは地獄以外の何物でもなかった。
少女の体、一つ一つが宇宙最大クラスである。
少女の目玉一つをとっても、宇宙最大の質量を持つブラックホールと肩を並べられるほどの、凄まじい重量物。
それがなんと4つ。
二人分の目玉が、この太陽系に現れ、わたしたちのことを見下ろしている。
もしかしたら、わたしたちに危害を加えてくるかもしれない。
そんな懸念が生まれると、すぐさま宇宙艦隊は女子児童の目玉に向けて艦隊が発進した。
しかしすぐさま、ある壁にぶつかった。
女子児童たちはあまりにも遠すぎた。そのため兵器が少女に届かない。
少女たちはあまりにも巨大で、そしてあまりにも遠かった。
シャーレを覗く顕微鏡にすら、彼らの科学力ではたどり着けていない。

一方の少女たちは、太陽を顕微鏡で覗いていた。
その顕微鏡から太陽までの距離も、実は果てしない天文学的距離になる。
知的生命からすれば、少女の指の上だけでも充分宇宙と言えるほどの広さがある。
その気になれば、少女の指の上だけで生活してしまえるほどの天文学的巨指だったのである。


少女たちの指は普段は鉛筆を握り、文字を書いている。
普段は小さく幼い指もシャーレ内部では宇宙最大、そして宇宙最大の重量物として宇宙の外部に君臨していた。
少女の指。
普段鉛筆を握る指が、宇宙最強最大の兵器。
神をも一瞬で塵に変えてしまえる魔の兵器。
そんな巨指がシャーレの内部に入ってくると、一瞬で星は消えてしまうだろう。
ピクリと指が動くだけでも、宇宙にどれだけの影響力があるのか想像もできない。
しかも少女の指を止められるものは、この世になにも存在しない。
宇宙そのものを崩壊させられる、女子児童の戦闘力は計り知れなかった。
そんな事実を知的生命体である彼らが把握した時、震えあがった。

あの少女たちはまずい。指一本。いや爪先の厚みに引っかかれるだけで、宇宙の破滅だ。
知的生命体たちは震え、そして女子児童たちが一体何をしてくるのか、その一挙手一投足に注目した。
だが、女子児童たちが彼らに下した攻撃は指でも、ましてや足でもなかった。


「わあ。すごい。めっちゃ鮮明!」

可愛らしい子供の声が、むき出しになったシャーレの内部に直撃する。
しかしシャーレの中に住む彼らたちには、言葉としてではなく轟音として響いている。


「フォフォ・・・フォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


恐ろしい魔物のような声。
それが言葉とは思えない、野太い間延びした音がシャーレ全体を震わせた。
女子児童の声は衝撃波であり、超がつくほどの重量物である。
宇宙全体を震わせ、そして宇宙そのものを押しつぶした。
宇宙は「く」の字に曲がる。
少女の声に、音の重みに宇宙が負けていた。
空間が歪み、宇宙そのものが少女の声に押しつぶされていく。
太陽は消滅。もちろん知的生命体が住む、彼らの母星も既にこの世から消えている。
その時間はわずか0.2秒。少女の口が開いた、ほぼその瞬間。
太陽系がこの世から消えていたのである。

そして自分たちの声に宇宙が壊滅したことなど知りもしない少女たちは顕微鏡のなかを覗き込んでいた。
その時には、もう太陽も知的生命体が住む星も全てこの世から消えていた。
残されたのは歪んだ宇宙と、少女の口から吐き出された甘酸っぱい、女の吐息の匂いが充満した崩壊した宇宙のみだった。