タイトル
「最強能力者になるはずだったわたしがなぜか最強の農家に転生した件について」





わたしはその日、車にはねられて死んだ。

「あなたは不幸にも死んでしまいました。しかし異世界では素晴らしいライフが送れるよう、なにか特別なスキルを差し上げましょう」

気づくと天界に居た。
どうやら、わたしは今から異世界に転生するらしい。

「もしかしてあなたは女神様?」

薄手の白い服を着ている綺麗な人。
見るからに女神っぽい人が、わたしの前に現れていた。
この人がこの世界の女神様なのかな?

「そうです。わたしが女神なのです」
「へー、あなたが女神なの。初めて見た。へー、白い翼~ これ本物? さらわせてよ」

試しに女神の翼を引っ張ってみる。

「いててて・・・何をするんですか!」
「ああ・・ごめんなさい」

羽毛布団のような感触が手に伝わってくる。
本物だ。本物の翼が背中に生えていた。

「背中から翼が生えてる~。じゃあ本物だー」
「だから、さっきから言ってるでしょ! もう、これだから最近の若者は・・・罰としてゴキブリに転生させますよ!」

え! わたしゴキブリにされちゃうの・・・。
それだけは嫌だなあ・・・。

「ふふ、反省しているようですね。そうです。それでいいのです、よろしい。若気の至りとして許して差し上げましょう。
 さあいいなさい。異世界へ旅立つ者よ。どんなスキルが欲しいですか?」

スキル・・スキルねえ。
そんなこと急に言われても言葉が出てこない。
さっきまで普通の女子高生をやっていた身だから、異世界がどういうところなのかよくわからなかった。
前世でもわたしは、ゲームとかアニメとかほとんど見なかったし、あんまり興味もなかったしね。

「よくわかんないけど・・・・無敵にしてよ。世界最強の人になれれば、とりあえず苦労はしないだろうから」
「わかりました。無敵ですね。よろしい。ではあなたを絶対無敵になれるスーパーウルトラデラックスエクセレント、ウーマンにしてあげましょう」
「なんだか、よくわかんないけど胡散臭そうな名前」

無理かと思われた望みがあっさり受理されてしまった。
女神の体が光る。
すると空間が歪んだような変な浮遊感を感じ、そのあとわたしはどこかへ飛ばされた。

「ここは・・・」

ペンキをぶちまけたぐらい、見事な青い空。
大空がいっぱいに広がっていた。
ここが異世界なのか?

「って、服はそのままなのね・・・」

現実で着ていた制服が、そのまま目に入ってきた。

「せっかく異世界に転生したっていうのに雰囲気出ないわね。制服って・・・」

異世界のイメージといえば、魔女とか冒険者とか神官とか?
中世ヨーロッパ風のイメージを持っていたのに、それが制服って・・・・。
日本の高校生が着ている制服で異世界転生なんて、全然雰囲気が出ない。
これじゃあ、日本といた時と大して変わらないよ。

「まあいいわ。どこかに服屋があるでしょうし、そこで着替えれば問題ないか。それにしても・・・・」

異世界に来たというのに、それっぽさを全然感じない。
ドラゴン、スライム、ゴブリン、オークなど異世界に住むモンスターが全然見当たらなかった。
空はある。だけど地面にはなにもない。
空だけが大きく映り、それ以外何もなかった。

「殺風景な所ね。ここが本当に異世界なの? まあいいわ、少し歩けば景色も変わるだろうし、ちょっと歩てみようかしら?」

方角なんてわからないけど、とりあえず太陽の方向へ向かって歩いてみることにした。

10分経過

「なにもないわね」

20分経過

「・・・・なにもない」

30経過

「どういうことなのー。なんにもないじゃないー!」

30分も歩いたというのに景色は全然変わらなかった。
街はおろか、森もダンジョンもドラゴンの住む山もない。
人はおろか、モンスターも現れない。
青い空と緑の芝生だけがずっと続いている。

「はあ。疲れた。よいしょっと」

腰を下ろして、その場に座る。

「え? ふかふか・・・」

びっくりした。
硬い地面かと思っていたけど、地面はふかふか。
まるで絨毯のよう。
いや? 絨毯よりも毛が細い、
コケ?というか、藻のように細かいものがびっしりと地面に生えている。

「なんだかわかんないけど気持ちいい」

あまりの座り心地の良さに、思わず背中を倒してしまう。
ふわふわの苔が、わたしの体を優しく受け止めてくれた。
最高のベッドがそこにあった。

「そういや、スキルってどうなってるのかな?」

絶対無敵のスキルをくれるって女神は言っていたけど、詳しいことはなにも知らされていない。
ポケット中に杖が入っていた。

「杖か・・・これで魔法が使えるのかな? えい」

試しに杖を左右に振ってみた。

「・・・・あれ」

杖を振ると魔方陣が現れてビームがドーン!ってなるはずだった。
だけどならない。
杖から何も出てこない。

「ちょっと待って! わたしのスキルって何なの?」

制服の懐に見慣れない魔導書が入っていたので、それをめくってみる。
するとそこにはこんなことが書かれていた。

(あなたのスキル、水の魔法、火の魔法)

なるほどなるほど、火と水を操れる魔法ね。
ようやく、異世界らしくなってきたじゃない。

「えい!」

ボッ! 杖を振ると火がついた。

「えい」

ちょろろろろ。もう一度杖を振ると、今度は水が出て来た。

「・・・・なんかしょぼくない・・・」

火も水も確かに出せる。魔法だ。
だけどモンスターを狩れるような勢いのある炎ではない。
射程距離があまりにも短すぎる。
例えるならマッチのような心細い火、それに水魔法も水道の蛇口のよう。
どれも攻撃には向かない。威力のない魔法。

「どうなってるのよ。えっと、なにか他に書いてあることは・・・」

わたしは本のページをめくって調べた。

「えっとなになに・・・」

スキル1建築(家を建てる能力)レベル99カンスト
スキル2水魔法(飲み水を生み出せる能力)レベル99カンスト
スキル3火魔法(火を起こせる能力、暖を取るのに必要)レベル99カンスト
スキル4植物の種を作り出す魔法(農業に必要)レベル99

(あなたのスキルは全てカンスト中です)

「はああああああああああああああああ!! どういうこと? これでカンスト? え! ええーー!」

こんな弱っちい魔法がカンスト状態?
ええ!! 嘘でしょう。これのどこか絶対無敵なのよ!
さらにステータスを見て見ると。


HP10
攻撃力5
防御力5


と表示されていた。
しょっぼい数字。

「せっかく異世界に転生できたっていうのに、がっかり・・・女神に騙された。くそー女神のアホー」

絶対無敵の能力をくれるって、女神が言うから期待していたのに期待して損した。
ああ辛い。こんなんじゃモンスターと戦えないよ。
しかもスキルがカンストしてるから、これ以上強くなることもない。
ああ最悪、
この先、どうやってこの世界で生きて行けばいいのよ・・・。

「嘆いたってしょうがないわね。とりあえずこのスキル1の建設って魔法を使って、家でも建ててみましょうか」

モンスターと戦えない以上、逃げるところ、つまり隠れ家のような所が必要だ。
まずは生活の基盤と身の安全を確保するのが最優先。
スキル1の建築魔法を使って家を建ててみようっと。

「スキル1、建築魔法発動。たあー!」

なんて、かっこつけてやってみたけど、本当にうまく行くのかしら?
これも大した魔法じゃなかったりして・・・・

「おお! すごい。家が建ってる!」

地平線の奥から無人の木材が飛んできたと思うと、勝手に木材が詰みあがっていく。
丸太がひとりでに空を飛び、重なって家になっていく。

「すごいすごい。魔法みたい!」

一つ二つと三つと、次々と丸太が飛んできて、丸太が積みあがっていく。
家らしき土台ができると、あっという間に完成。あっという間に丸太小屋が出来てしまった。
この間僅か2分弱。
2分で家が建ってしまった。

「これが魔法建設か。すごいわ。冒険者はやめにして大工さんにでもなろうかしら?」

そう思わせるほど、立派な出来だった。
立派な丸太小屋。
「北の×から」に出てくる黒板×郎の丸太小屋よりも立派な小屋だ。
中に入ってみると、一人で住むには十分すぎるほど広々とした空間が広がっている。

「へー、すごい。ベッドまでちゃんとあるんだ」

ベットに暖炉、それに台所までちゃんと完備されてある。
外には畑があり、ベッドの横には小さな腰掛まで用意されてある。

「外に畑があるってことは・・・なるほどね。このスキル4の魔法で農業をやれってことね」

魔法スキル4は農作物の種を作り出す魔法。
家の前に畑があるのもそのせいか。
魔法を使って自給自足の生活をしろってこと。
思えば水、火など農業にものはすべてがわたしの魔法で賄える。
誰の力も借りず一人で生きていける、だから絶対無敵の能力と、そういうこと?

「まあいいわ。一人でいるのも嫌いじゃないし、畑でも耕しながらのんびりと過ごす、もう学校にも行かなくてもいいのだし、農家に転生っていうのも、まあ悪くはないわ」

こうしてわたしの農家異世界ライフが始まった。
田畑を耕し水を撒く。農作業が終われば寝て過ごせばいい。
そんな悠々自適な日々を過ごせるのも、そう悪くはないかな?


*

深い森の中
彼女が異世界に転生をしたとき、木こりたちはド肝を抜かれていた。

「なんだべ。あれさ」

突然森が揺れ動いた。
大地な唸り、木々がしなっている。
まるで、この世の崩壊のように大きく、そして激しい揺れが森全体を襲っている。

「ありゃ、ノワールホークの群れじゃねえべさ?」

森の中でも上位に位置する黒い鷹。
ノワールホークと呼ばれる大型モンスターが、群れをなして飛んで行く。

「夜行性のノワールホークがなして、今に・・・」

今は昼。太陽が一番高い真昼間である。
こんな時間に夜行性の鷹が群れで飛んでいるなんて、本来ならあり得ないことだった。

「か・・神の祟りだべさ・・・」

鳥の王者ノワールホークが森を捨て逃げている。
これは神の祟りだ。
神の祟り以外に考えられない。

「おい、ありゃ・・・なんだべ?」

空飛ぶ、ノワールホークの背後に黒い大きな壁が聳え立っていた。
最初それを見た時は山か何かかと思ったが、しかし

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

「ありえねえべ。動いた。動いたんべ!」

先が見えないほど、巨大な壁が動き出す。

「うわあああああああ!!」

黒壁が動き出すと、小さな木こりたちは吹き飛ばされてしまい、森の中で数日間も気を失ってしまった。


*

王都。
そこは王都城がある人間族の首都。
数千年も続く王族たちがこの王都を収めており、その下には多くの貴族たちが仕えていた。
王都では貿易、農業、産業その全てが上手く循環しており、港では多くの貿易船が行き来し、多くの品物が取引されていた。
山に目を向けると広大な炭鉱が広がっており、そこで鉄や石炭その他の魔法石を発掘しており、それらを港まで運び、他の街と貿易している。
王都の南側は田畑になっており、そこで取れる野菜や果物は絶品であった。
これら食料も一部は輸出され鉱石と共に、王都の主な収入源になっていた。
金、食べ物が豊富に揃う街。それが王都であり人間界の首都である。

「今日も一日よく働いたなあー」

鉱夫たちが体を伸ばす。
ちょうど、午前の仕事が終わったところである。

「ああ、今日は魔法石がうんと取れた。すげえ儲かったよ。どうだい、これから一杯グーっと行くかい?」
「いいねえ」

そんな景気のいいやり取りがあちらこちらか聞こえて来た。
王都民は、みな景気がよく、明るく楽しい人生を送っている。
夢のような人生を送っていた。
しかし、そんな夢のような日々も今日で終わりを告げる。

「巨人だ! 巨人が出たぞ!」

鉱夫の見張りが声を上げた。
その声に誰もが耳を疑う。

「なに? 巨人族だと? だが奴らは500年も前に絶滅したはず・・・」

人間対巨人族、
そんな戦いも500年前にあったと、そう伝え聞いている。
だが、それは500年前のこと。
誰もがそんなことがあったとぐらいしか伝え聞いていない。
500年前のことなど、誰も経験していない。

「巨人族か。珍しいな。どれどれ・・・」

500年も前に絶滅したはずの巨人族が再び人間の前に現れた。
それは絶滅したはずのティラノサウルスが再び蘇ったぐらい、彼らには珍しいことだった。
なんせ、500年ぶりに巨人族が再発見されたのである。珍しいに決まっている。

「たしか巨人族は10メートルぐらいの大きさなんだよな」

巨人族の身長は10メートル。
絶滅した種族全集にはそう書いてあった。
だが、現れた巨人族は・・・。

「は?」

炭鉱夫は全員、例外なくあっけにとられた。
全長10メートル。それは人の5.6人分ぐらいの大きさ。
そう聞いていたのに、今現れた巨人は・・・。

「で・・・でけえ・・・」
「うわああああ。なんだあれ!」
「化け物ー!」

山の向こう側に、現れた巨人。
それはもはや巨人というスケールを軽く超えており。

「山よりもデカいなんて・・そんな・・・」

鉱山のもう一つ先に聳え立つ山。
アラムス山は標高1000メートルの大山である。
だが、そのアラムス山ですら巨人の履物よりも小さかった。
山の標高よりも巨人の履く靴の方がはるかに大きい。

*




巨人族襲来はすぐに王都城にも伝わっていた。
王都城壁の先に薄っすらと見える、ある影。
それはひどく巨大で、まるで一つの壁のような存在感。
巨人の履く靴が魔法石の鉱山の山を跨ぎ、王都にまで迫ってきている。

「バカな! 王都城よりも巨大・・だと!」

王都城の主である、王様はひどく動揺していた。
巨人族の履く履物は靴ともブーツとも違う不思議な形をした履物であったが、そんなことが気にならないほど、その履物は巨大で形などどうでもよいことだった。
巨人の履く、黒い光沢を放った履物。
その大きさは王都城全域よりもはるかに大きい。
王都の城はもちろん城壁、召使の屋敷、王都庭園、その全てを片足だけで踏みつぶせるほど巨人の足は大きい。
小さな集落ぐらいなら、一撃でペシャンコにされてしまうぐらい大きい。

「バカな! 巨人の正体は・・・・小娘だと! 小娘があんなに大きいのか・・・」

黒い壁のような履物の向こう側に、美少女の顔があった。
若い小娘だ。
年は20にもなっていない。年頃の娘が地響きを立てながら王都に近づいている。

「女のくせに・・・なんて大きさじゃ・・・」

あんな馬鹿でかい小娘が居るとは・・・王様も呆れてそれ以上言葉が出てこない。
巨人族。500年前人間が滅ぼした巨人族は皆、男と相場が決まっていたのに、どこにでもいそうな、あんな娘が巨人だとは王様も驚くほかなかった。

「な・・なんじゃ! この揺れは!」

ゴゴゴゴゴゴ!!

巨人の口がゆっくりと開く。
その振動だけで王都が揺れ動く。

「ベル・・・マル・・・ウエト・・・・ボクチ・・・・」

ドゴオオオオオオオオオオオオオオ!!

巨人が口を開き声をあげると。雷をさらに強くしたような地響きが空から降り注ぐ。

「きゃああああ!!」
「王妃よ。落ち着け。落ち着くのじゃ!」

王都一頑丈な作りの城が、城の天井が大きくたわみ出す。
巨人の咆哮は王都城の窓ガラスをくまなく破壊し、竜巻のような突風が王都城の内部で吹き荒れていた。

「王妃よ。大丈夫じゃ。安心せい。安心せい」

王様は王妃を抱きしめている。
だが、王様も王妃と同様、悲鳴を上げたくなるほど怯えていた。
巨人族の言葉。その口から溢れ出る風圧は尋常ではなく、言葉という音の刀が城の真上に振り下ろされている。
城の天井が歪み、柱にひびが入る。
王都の城はもはや崩壊寸前の状態だ。
しかし、地響きはまだ続いていた。
巨人の小娘の口がもう一度、ゆっくりと開いた。

「ムフウ・・・ワルト・・・」

唇や頬、そして舌がうねりを上げていた。
それと連動して巨人の口から煙があがっている。
まるで炎を履くドラゴンのように、巨人の口から大量の熱気、水蒸気が漂っていた。

「うわあ。城の中が真っ白に・・・ごっほごっほ!

巨人の口から溢れ出た水蒸気。
雲のように白い煙が、王都全体を包み込んだ。
城は霧の中に閉じ込めたように真っ白。
視界が利かなくなるほど白く染まっている。

「ば・・化け物じゃ!」

霧に染まった王都を見て、王様は腰を抜かした。
巨人の履物、雷鳴、さらには口からの水蒸気。
この世のものとは、とても思えない。
自然災害にも匹敵するような恐ろしい光景が広がり、それらが今にも襲い掛かろうとしている。

「申し上げます。王様。直ちに軍を動かしたいと軍部が申しておりますが、いかがなさいましょう」
「す・・・好きにせよ」
「は!」

王様の命令により軍が動き出す。
まずは制空権確保のため、ドラゴン騎士団が王都城より飛び発ち巨人に近づく。

「ドラゴン騎士団よ。頑張ってくれ」

王様は祈るように騎士団の出発を見送っていた。

「・・・・ドラゴン騎士団はどれじゃあ? どこへ参った?」
「は! あそこに小さく居るのがそうかと」
「・・・あれが王都最強のドラゴン騎士団だと?」

ドラゴンの大きさは平均で10メートル。
ヒグマの5倍もの大きさを持つドラゴンが巨人と比べると、まるでハエのように小さく見える。
あの小さな点のようなものが、騎士団だというのか?

「なんじゃ・・・・まるでハエのようではないか」

ドラゴンは小さく、ゴミにたかるハエのよう。
対する巨人は大きく、そして立派だった。
あどけなさを持つ、あの小娘の顔からは想像もできないほど体は大きく立派。
巨人の体格差を考えると、我がドラゴン騎士団は小さく僅か1ミリぐらいの点に過ぎなかった。
小さい、あまりにも小さく、巨人は大きい。
小さな虫がゾウに挑むような、そんな非現実的な出来事が目の前で起こっているのだ。

「全軍かかれ!」

王都軍最精鋭のドラゴンがイノシシのように突進していく。
ハエのように小さなドラゴンが本当に巨人に勝てるのか、王様は不安になりながらも天に祈っていた。
もはや祈ることぐらいしかやることがない。

ズウウウウウウウウウウウ!!

ドラゴン騎士団が巨人に近づくと、巨人は背を向けた。
背を向けて進路を変えていた。

「巨人が逃げ出したぞ!」
「やった。我々の勝利だ!」

背を向け去っていく巨人。
巨人の姿はどんどん、小さくなっていく。

「やたあああああああああああああ!!」
「勝った。俺たちは勝ったんだ!」

わあああと、歓喜に包まれる王都。
王都軍は勝った。
巨人に勝った。
王都民は割れんばかりにドラゴン騎士団を褒めたたえ、踊るように喜んでいる。

「よくやってくれた。そなたたちの働きで王都は救われた。褒美をつかわす」

王から勲章を授かるドラゴン騎士団。
最高名誉である金一等の勲章を王様直々に授かり、彼たち騎士団は大いに誇りに思った。
我らは強い。あんな巨人でも勝つことができた。
彼たちは思い、自信をつけている。
だが、一抹の不安もないわけではない。
巨人は去った。逃げるように去って行った。
だが巨人は死んではいない。
彼女はまだ生きている。だからまたいつ王都を襲いに来るかはわからない。
王様はそのことに気づき、そして青ざめた。
今回は上手く追い払えたが、次はどうなるかわからない。
だから先手を打つ必要がある。

「巨人は去った。しかし巨人族の脅威は去っておらぬ。我々はこれからも巨人の行動を注視しなければならない。そこでだ。偵察隊に頼みたいことがある」、



*


「え? 僕がですか?」

偵察員ジョンは驚愕していた。
まさか偵察隊隊長から直々に巨人偵察を任命されるとは思ってもみなかった。


「そうだ。ジョン。お前が一人で偵察に行ってくれ」
「ですが隊長。わたしよりも優秀で経験豊富なエデンとメラーナが居るではありませんか? 優秀な彼らを差し置いてなぜ新米の僕にそんな任務が回ってくるのですか?」
「もちろんエデン、メラーナも行く予定だった。だが急きょいけなくなったのだ」
「なぜです?」
「うむ。エデンはワクチンの副作用で熱が38度も出ている、それにメラーナはインフルエンザだ。熱が39度も出て咳がすごいらしい」
「つまり、僕以外行ける人が居ないと・・・」
「そうだ。話が早くて助かる」
「え・・・でも・・危険じゃないですか? 相手は山よりも巨大な巨人族の偵察なんですよね? そんな怪物の調査なんて・・僕嫌ですよ。死んじゃったらどうするんですか」
「心配するな。仮に殉職しても二階級特進という名誉が待っているし、成功すれば王様より直々に表彰される、成功しても失敗してもいいことずくめだぞ」
「・・・・・」
「ジョン。これは王命だ。もちろん行ってくれるな」
「わかりました。王命とあらば行きます。はあ・・・」

はあ・・・と、ため息をつく偵察員ジョン。
手には隊長から預かった表示石が握られている。
これは敵のステータスを測れる魔石らしいのだが、はあ・・・巨人の偵察だなんて気が進まない。
というより生きて帰れる気がしない。
だけど、王様から直々の命令なら断るわけにもいかない。
もし断れば非国民。
王様の命令に逆らった反逆者として自分はもちろん、家族まで迫害されてしまう。
最初から選択肢などなかった。王様に行けと命令されれば嫌でも行くしかない。

「はあ・・・こんなことになるなら、偵察員なんかになるんじゃなかった・・・グチグチ・・・」

愚痴をこぼしつつ、ジョンは巨人の居場所を探す。
王都から見て北側の森に巨人が歩いて行ったから、多分こっちの森に居るはず。

「どうか見つかりませんように・・・」

巨人を探す。でもできれば巨人には見つかりたくない。
偵察隊でありながら偵察相手を見つけたくないとは、なんとも矛盾した行為だが内心ジョンの心は震えていた。
山よりも巨大な巨人族を一人で偵察するなんて無茶もいい所。
死にに行けと言われているようなものだ。

「はあ・・・怖いな・・・巨人か。相手はどんな顔しているんだろう・・・」

ジョンの脳裏に浮かぶ絵。
角の生えた鬼。黒い翼の生えた悪魔。牙の生えた吸血鬼。
そんな恐ろしい絵ずらがずらりと思い浮かぶ。
巨人なんて、どうせろくでもない顔をしているに違いない。
人を見たら構わず襲い掛かってくる野蛮人。
そんなイメージが彼の脳裏にはあった。



*



「火炎魔法」

ボボボッ! とフライパンに火が付く。

「ふんふんふん♪~」

異世界に来てから今日で二日目。
その暮らしは快適そのもの。
火と水は魔法で起こせるし、農作物は一日で食べれるようになった。

農業といえば面倒な作業が多そうだが、ここ異世界に限ってはそんな作業はいらない。
種をまいて、水をやればそれでよかった。
あとは朝になるまで待てば、勝手に作物が出来上がっている。

「それにしてもびっくりしちゃった。朝になったらこ~んな!立派な野菜や果物が出来てるんだもん」

朝とれたミニトマトサイズの野菜をフライパンで熱すると、香ばしい匂いが丸太小屋に広がった。
いい匂い!美味しそう。
野菜とは思えないほどジューシーな匂いがプンプンしている。

「そろそろ焼けたかな?」

こんがりいい焼き目がついたので、火の魔法を止めてお皿に移す。
そして

「いただきます」

フォークを手に取り、その野菜を食べた。

「・・・っ~~~おいひい!」

ジューシーな味が口いっぱいに広がる。

「野菜じゃないみたい。でも野菜の味もちゃんとするし、うまーい!」

流石は異世界。
地球の野菜とは一味も二味も違う。
この野菜、なんというか脂っぽい味だが、それであっさりとしているところはあっさりとしているし後味もよい。
口の中に嫌な油っぽさが残らない、不思議な味のする野菜だった。

「はあー食った。食った!」

食べ終わると、すぐにベットに横になる。
こんなこと、地球に居た時じゃ絶対に出来ない。

(女の子なんだからもっとお上品にしなさい。食べてすぐ横にならない!)

なんて、母親にお小言を言われることもないし、ありのままの自分で居られる。

「あははは。お腹丸出し」

そうだ。こんな格好も地球ではできなかっただろう。
わたしは寝転がり、股を広げて、お腹を出している。
食べたら食べっぱなし。食器も片付けずに、そのまま出しっぱなしにしている。

「うるさい親もいないし、学校にも行かなくていいし最高ー。天国ー」

うーんとベットの上に背伸びする。
て、横になったらなんだが眠くなってきちゃった。
うん、そうだ。このまま寝ちゃおう。

(食べた食器はすぐに片付ける)なあーんて怒る人はもういないんだし、今寝たって誰にも迷惑をかけない。
私以外この世界には誰も居ないのだから。
わたしのすることが法なのだ。

「今日の農作業も終わったし・・・寝ちゃってもいいよね・・・むにゃ・・・むにゃ」

食器を出したまま眠ってしまう。
その寝顔は実に安らかで安心しきっている寝顔だった。


「・・・もう夜?」

虚ろ眼の目を擦り体を起こすと外は暗くなりかけていた。
外はオレンジ。日が沈もうとしている。

「寝汗かいたし、お風呂に入ろう」

起きると寝汗が気持ち悪かった。
ここはお風呂に入って汗を流そう。
わたしは、そのままお風呂に向かう。



*********


「なんだこれ!!」

巨人の行方を追う道中、ものすごい大きさの足跡を発見した。
辺りの木はめちゃめちゃになぎ倒され、大きなくぼみになっている。
早速表示石を使って計測してみる。

「長さ2300メートル、幅920メートルいったところか。それにしてもすごいことになってるな・・・」

地面が100メートルも沈み込んでいる。
これが巨人の残した足跡。
辺りの森はめちゃめちゃになぎ倒されて森は崩壊。
踏まれたところだけ、はげ山になって地面が深く掘られていた。


「もし、王都が踏まれたからどうなることやら」

そう思うと身震いした。
直径2キロ超の足跡。
巨人に踏まれれば森は全滅。
ならば、王都で同じことが起れば森と同じ運命をたどるはず。
森は無人だから、いくら踏まれても人が死ぬことがないが人口が密集している王都となれば話は変わる。
大勢の人が巨人の靴に下敷きにされることだろう。
巨人の一踏みで王都は全滅。
地下100メートルまで究極的に圧縮され王都と城もまとめて滅ぼされてしまう。
僕は早速、巨人の足跡を見つけたことを隊長に報告することにした。
無線魔法をON。通信先は隊長にセットする。

「こうがこうで・・・こうなっていました。隊長!」
「了解した。この先も引き続き偵察を頼む」
「え! まだ偵察を続けるんですか? もう充分なんじゃ・・」
「何を言っておる! お前はまだ足跡を発見しただけ。まだ任務は完了してない」
「えー、そんな・・・」
「弱音を吐くな。巨人の所在地を発見するまでは帰ってはならぬ。これは王命だからな。では切るぞ」

プツン。
切られてしまった。どうやら任務はまだ完了していないらしい。

「でも・・・この先は・・・」

巨人の足跡の続く方向をみると、そこには迷いの森があった。
コンパスすら利かなくなる魔の森。
一度入れば二度と出られない、遭難確率95%の森がうっそうと生い茂っていた。

(迷いの森 危険度レベル10 コンパス必須 それなりの装備を整えてから攻略に挑んでください)

と警告魔法が教えてくれる。
危険度レベル10か。上級冒険者でも手こずるような危険な森。

「まあ。ドラゴンがいるから、なんとかなりそうだが・・・」

空を飛んで抜ければ、なんとかなるかもしれないが、しかしそれでも危険は伴う。
森の中にどんな怪物が控えているのかわからない。
迷いの森に近づく者が少ないため、情報が不足していた。

「それでも行くしかないか・・・」

王命は絶対である。
だから、行きたくなくても行くしかない。
意を決して森の中に入る。

「うわああああああ!! 怪鳥だ!」
「うあああああああ!! 狼だ!!」
「今度はヒグマだ!」

案の定、怪物が滝のように襲い掛かってきた。
空を飛べば怪鳥に襲われ、地面に降りれば狼やクマが襲ってくる。
川にはカバが! そして草原に出ればライオン。
猛獣のオンパレード。

「はあはあ・・・やばい。薬草が尽きた」

回復アイテムである薬草の在庫が尽きた。
これ以上、もう回復ことができない。

HP9/500

500もあったHPが残り10を切っている。
僕の体はボロボロ。服は破れて体は傷だらけ。
絶体絶命のピンチ。
一撃でも攻撃を喰らえば死ぬ。
怪物の餌になってしまう。

「どこか回復できそうな薬草は・・・・・」

緊急事態発生だ、この際薬草でも回復の泉でもなんでもいい。
とにかくHPを回復させないと死ぬ。死んで猛獣の餌になってしまう。

「ない・・薬草なんてどこにもないよー」

一時間ほど、ドラゴンと共に迷いの森を彷徨ったが収穫は0。
薬草はおろか、食べれそうな果物さえも見つからない。
万事休すか・・・うん?

「くんくん・・・いい匂いがする。って、おい!」

グワーと体が引っ張られる。

「がお・・がおがおがお!」

ドラゴンは涎を垂らしながら匂いに方向へと飛んで行った。
僕を乗せたドラゴンも、僕と同じく腹が減っているらしく、僕の言うことなどお構いなし。
どんどん匂いのする方向へ飛んで行っている。

「信じられない・・・山のように巨大な野菜じゃないか・・・」

ドラゴンに連れられて、来たこの場所。
そこには巨大な球体のようなものが、そこにあった。
超巨大な野菜。
100メートルサイズの巨大な野菜が僕の目の前に鎮座している。

「がおお! がお! がお!」

腹を空かせたドラゴンが野菜にかぶりついている。
ドラゴンがうめーうめーと言うかのように喜びながら、その巨大野菜を食している。

「すげえでっかい野菜・・・でもこの野菜どこかで・・・」

高さ100メートルぐらいはありそうな超巨大な野菜。
僕はその野菜を知っている。確かこの野菜は・・・

「ゴットべジタブル! 神が食す伝説の野菜!」

巨大な球体上の野菜。
それは神のみが生産し、食すことができる伝説の野菜。
栽培法も、どこに生えているのかさえも不明、存在そのものが疑問視されている伝説の野菜。
そんなものが僕の目の前に聳え立っている。

「なんでゴットべジタブルがこんなところに・・・って、なんだこれ! でっか!」

野菜の脇にキラリと光るモノ。

「もしかして・・・・フォーク!」

巨大な処刑機械のような巨大フォークが僕のいる方向に向けられていた。
フォークが野菜の脇に寝かされている。

「いや、待て・・・ここってもしかして・・・」

あり得ないぐらい巨大なフォーク。
そして伝説の野菜
巨大テーブル。
巨大な椅子。
巨大な天井。
これはどう見ても・・・。

「家・・・なのか?」

そう、ここは家の中だった。
それもすっごく巨大な家。
巨大な椅子に巨大な食器類、そして巨大な家具類。
自分が小さくなってしまったと、そう錯覚してしまうほどの巨大な家と家具。
僕たちはいつの間にか巨人の家に迷い込んでいる。

「それにしてもでっかい。コビトになったみたいだ」

辺りを見ると、めまいが起きる。
それぐらい巨大な天井。目測1万メートルはありそうな巨大な天井が広がっている。だが幅はもっと広かった。
部屋の幅は、優に10万メートルぐらいはあるだろうか?
幅10万メートル、それは王都の総面積よりも広い。
下手すると、この家の中に国一つ作れそうなほどの長大面積を要している。
恐ろしいぐらいの巨大な家。

「ふん~♪ふん~♪!」

突然、雷鳴がひびく。
僕たちが乗っているテーブルがカタカタと揺れ出す。
この声はテーブルの先にある、別の奥の部屋から響いている。

「ドラゴン行くぞ。あそこの部屋を調査する」

僕はすぐさまドラゴンに飛び乗り、声のする方向に恐る恐る向かって言った。
やはり、この家は大きく、僕自身がコビトになったと、そう錯覚してしまう。
部屋一つ移動するだけでも大冒険だった。
ようやく部屋の境界にたどり着いた。
部屋の境界は扉で硬く閉ざされていたが少し隙間が開いていたので、そこを潜っていく。
潜ると湯気が湧き出し熱気がこみ上げてきた。
すると・・・・。


「アメルモ。パピコ。ホエム・・・・」

巨人だ。湯気の中から巨人が現れた。
しかしなんて大きだ。
巨人は座っていた。
しかし、その大きさを目視することができない。
湯気に苛まれて体全体を見ることができない。
その姿はまるで霧に包まれた山。
山のてっぺんから、山岳部を見下ろすような形で、巨人はそこに鎮座しているのだ。
全てのスケールが狂っている。

「マピコ。ベル・・・ウル」

巨人は座ったまま手から泡を出した。
そしてその泡を体に塗りたくっている。

「もしかして・・・体を洗っているのか・・・」

巨人は全裸だった。
肩や顔は見えないが、あわあわにまみれた肌が広がっているから、おそらく全裸なんだろう。
全裸の巨人が体を洗っている。

「な!」
「が・・・がお!?」

僕とドラゴンが思わず声を出す。
すると湯気の奥から巨人の体が現れ、そのまま降ってきた。
なんの前触れもない
いきなり、巨体が降ってくる。

ゴゴゴゴゴゴ・・・・

「うおっ退避!」

グワーと落石のように降ってくる巨人の体。
ピンクの岩、ゴツゴツとした表面の岩が降ってくる。
その部位は乳首だった。
巨人が体を倒し、床を彷徨う僕たちに向かって、巨人は乳首を倒してきている。

「あ・・・あぶねえ。もう少し遅かったら、乳首に串刺しにされるところだったぞ」

ピンクの巨塔が僕の背後をかすめていく。
それは乳首。
僕の乗るドラゴンの数倍、いや数百倍はあろうかと思われる巨大乳首が隕石のように降ってきて、僕たちの背後をかすめていった。

「バカな。あれが乳首だと・・・乳首じゃなくて浮遊都市だろ・・あれ」

ドラゴンの数百倍の面積を持つ乳首は、まさに動く浮遊都市。
浮遊都市そのものの面積を持っている。
巨人がその気になれば、首の上に人を住まわすこともできるし、そこに街を作ることだってできてしまうだろう。
乳首だけで王都城に匹敵するような、そんなとんでもない大きさの乳首が背後に聳え立っている。

と思ったのもつかの間。
今度は足が持ち上がった。
僕たちは乳首をかわすために、地面に向かって降下していたから、巨人の足の付近を飛んでいた。
足付近から巨人の体を見上げる。
すると、凄まじい迫力の巨人の裸体が姿を見せて、それは寝ころんだ状態からクレーンを見上げているような、そんな凄まじい超ローアングルだった。
大迫力で映る巨人の裸体、超ローアングルからの巨人の迫力は凄まじく、それはドラゴンの戦闘力とは比べ物にはならない。
肉の足が動く、ものすごい速さで動いている。
重さは感じさせない、軽快な動きで脚が左に動き始める。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

脚が横切った。
風きり音と突風にドラゴンが揺れめいたものの、なんとかかわすことに成功する。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



「今度は何だ!」

続けて別の轟音が鳴り響く。
見れば、巨人が地面を蹴り飛ばている。
立ち上がってくる。
巨人の持つ重たそうな尻がロケットのように加速し、宙に浮かび上がっている。
信じられない、あんな重い尻があんな速度で持ち上がるなんて・・・。
巨人は大きいだけでなく、身のこなしが軽く、凄まじい筋肉を脚の内部に秘めている。

「ベルモンド。オシピチオ!」

巨人は表情を変えずに、魔法の杖を一振りした。
すると複雑で巨大な魔法陣がいとも簡単に現れている。
その形を見て、僕は高等魔法だとすぐに理解した。
こんな複雑な形をした魔法陣はこれまで一度も見たことない。
複雑で、かつ巨大な魔法が今展開されようとしている。
だが、そんなことよりも魔法陣の規模が尋常ではなく、巨人の体に匹敵するような前代未聞な超巨大魔法陣が展開されていた。
人が住んで、街を作れるほどの大魔法陣が目の前に出現している。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!

(魔法陣展開。魔法陣展開。危険度レベル100。伝説クラスの魔方陣が発生中、今すぐ避難してください)

「ば・・・馬鹿な! あの魔法はノアの箱舟! 世界を水で押し流した、伝説の水魔法じゃないか!?」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

街一つ作れるほどの面積を持つ大魔法陣から、おびただしいほどの水が噴き出した。
太古の昔、世界を押し流したとされる水魔法ノアの箱舟。
伝説の水魔法が今、現世に蘇った。

「飛べドラゴン!」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

天空から水が押し寄せ、世界が洗い流されていく。
僅か数秒で、辺り一面水浸しになり、地面だった丸太の地面が水で染まり見えなくなった。

「あぶねえ・・・ドラゴンを連れて来なかったら、今ごろ水に飲み込まれていたぞ・・・」

丸太の地面の上で巨大な津波が唸っている。
まるで地獄のような光景。
あんなところに、落ちてしまったら命はない。
この世の終わりのような、大洪水が地面をうねっている。
ただ、普通の津波とは違うことろは泡が混ざっているというところ。
巨人の体についていた泡が伝説魔法ノアの箱舟によって洗い流されていき、地面に流れ落ちどんどん溜まっていく。

「やばい。水位が上がってきた。高度を上げろ、ドラゴン。さもないと水に押し流されるぞ!」

グネグネと水は激しくうねり、一度落ちたら波にさらわれ溺死する。
洪水なんて目じゃない。世界を洗い流せるほどの大波が眼下に広がっているのだ。

「ふんふんふん~♪!」

世界を滅ぼせるほどの大津波が発生しているのに、巨人は呑気に鼻歌なんて歌っていた。
あんな、すごい雨量をまともに体に受けているのに、巨人はなんともないのか?

「まさか、シャワーなのか?」

そうだ。そうなのだ。
この水。そして津波のうねり。
小さい僕だから、大げさに感じるだけで、巨人になった気持ちで考えてみるとすべてが一致する。
これはシャワーだった。
頭に展開された水魔法はシャワーのじゃ口。
地面に展開された津波は、シャワーによって生み出された津波だった。

「流石は巨人。シャワーを浴びるためにノアの箱舟。伝説の水魔法を使うなんてな・・・」

恐ろしい。
太古の昔、天変地異を起こすために伝説の魔女が開発したとされる水魔法。
ノアの箱舟を自ら体を清めるために使うなんて・・・。
しかも巨人の奴、鼻歌を歌いながら魔法陣を唱えていた。 
なんて魔力、なんて力だ。

「うお。シャワーが終わったら、今度は湯船に入るらしいぞ」

巨人のあわが体から押し流された。
今、巨人の体に泡はついていない。
泡は全て丸太の地面に流れ落ち、地面に溜まっている状態。
そんなところに巨人の体が落ちて来た。
まるでロケットのような勢いで、巨人の尻が落ちてくる。
その先にあるのは湯船。
世界中の水を集めて、そこに貯めたような水が、巨人サイズの湯船に張り巡らされている。
落ちる。落ちる、巨人の尻が湯船に落ちてくる。
尻は隕石のような勢いで湯船に突っ込んで行き、湯の張られたお湯に激しく衝突した。
湯船の湯が「く」の字に大きくゆがむ。
尻によって水面が大きく歪み、行き場を失った湯が湯船から押し流されていく。


ゴゴゴゴゴゴ!!

「まずいまずい。まずい。逃げろ!」

尻は湯船の湯を破壊し、外へと押し流した。
それにより湯船の水位は急上昇。
氾濫寸前な所が限界を迎え、湯があふれ出てくる。
ついに氾濫が起きた。

ザバアアアアアアアアアアアアアアア!!

海をひっくり返したような大津波が、僕のいる方向へ向かってきた。
壁のように聳え立つ大量のお湯。壁のような津波が迫ってきている。

「ごぼごぼごぼ・・・・」

僕とドラゴンはあっという間に湯によって押し流され、湯船から遠ざかって行った。
巨人の体から落ちた泡に絡まり、なすすべなく一方向へ流されていく。
あれるあれる。
まだまだ湯があふれ出てくる。

「ふんふんふん~♪」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!

巨人の風呂場には水があふれる音と、巨人の鼻声で響き渡っていた。

「はあ・・・やっと収まった・・・・」

ようやく津波の勢いも衰え、水が引いていくと辺りは静かになってきた。
はあ・・・死ぬかと思った。
てか、よく生きていたもんだ。

「ドラゴンの奴・・・どこ行ったんだ?」

気が付いたときにはドラゴンはいなくなっていた。
もしかして湯に流されたのか!


「大変だ! ドラゴンが居なくなったら、迷いに森を抜けられなくなるぞ!」

ドラゴンが居たから迷いの森を抜けて、ここまでこられたようなもの。
あんな深い森の中を歩いて帰るなんて自殺行為だ。
ドラゴンが居てもギリギリだったのに、それを今度は一人で、しかも歩いて帰るなんて絶対に不可能だ。
そんなことをすれば、狼に喰らわれて、あっという間に獣の餌になってしまう。

「ドラゴンやあーい! どこ行った。返事をしろー!」

僕は必死の思いでドラゴンを探した。 
しかし、僕にはドラゴンを探す権利など最初からなかった。
ここは巨人の家。巨人こそがここの主であり、巨人の行動がなによりも優先される。

ズシイイィイイイイイイイイイイ!!
スシイィイイイイイイイイイイイイ!!

遠くに丘のようなものがぼんやりと見えて来た。

「な! あ・・足!?」

それは巨人の足だった。
足が僕のいる方向に向かってきている。

「やめろ・・・こっち来るな・・・これ以上来たら踏みつぶされる・・・うああああああああああ!!」

ズシイイィイイイイイイイイイイ!

巨人の地響きを間近で受け、あまりの振動に気を失ってしまった。



***


「ふうーいい気持ちー」

お風呂っていうものは何度入っても気持ちがいいなあ。
しかもこのお風呂、足を伸ばして入れる広いお風呂だった。
地球に居た時は足も延ばせない、せっまいお風呂だったから気持ちいいのなんのって。

「ああ~極楽極楽。ランランランー」

さあもういいでしょう。しっかり浸かったし、そろそろ出ようかな。

プーン!

「うん?」

プーン!

「なに? 虫?」

耳元に甲高い羽音が聞こえた。
蚊? それともハエ?
どっちにしても虫は嫌い。

「あっちいけ!」

ブンと手で払う、するとその虫はどこかへ行ってしまった。

「ふう・・・よかった。そろそろ上がりましょうか」

腰を上げ湯船を跨ぎ数歩進む。

「うん?」

一瞬人の気配がした。誰かに見られている!

「誰!」

素早く辺りを見渡す。
しかし、誰もいない。
いない・・だけど視線は感じる。
胸が邪魔で下がよく見えないが、その視線は足元から来ているような気がした。
足元に神経を集中させる。脚・・・足・・つま先・・・。
つま先からなにか悲鳴のような声がする。

「誰かいるの?」

足元に向けて呼びかけてみる。
だけど、それでもよく見えない。
だからしゃがみ込んで、よく足を見てみることにした。
だけど見えない、
誰もいない。しかし気配はする。
体を倒して猫背になってみる、よく、よーく足を見つめてみた。
足、正確には親指と人差し指の隙間を凝視する。
すると。

「小さな人間・・・もしかしてこびとさん?」

信じられないことだが小さな人間がそこにいた。

「ちっちゃ! これほんとに人間なの?」

こびと、といえば一番最初に思い浮かぶのは手のひらサイズだが、今わたしの前に現れたこびとはこびとと呼ぶにはあまりにも小さかった。
1ミリ? いやもっと小さい。
ゴマ粒以下のサイズの人間が風呂場の床に伸びている。

「起きていますかー」

試しに足の指をグニグニと動かしてみる。
でも起きない。
コビトは相変わらず伸びたまま。

「突っついちゃって大丈夫かな?」

こびとさんの前に指を差してみると、コビトは予想以上に小さいことに気づいた。
指で突っつけば、そのまま潰してしまいそうなサイズ。

「あ、そっか。指で摘まめなくても魔法で持ち上げればいいんだ、えっと魔術本、魔術本」

わたしは服と一緒に置いてあった杖を取り、こびとさんの体に魔法をかけた。

「モウ、テービル。アガール」

コビトさんの体が浮き上がる、
浮き上がって、わたしの手のひらの上に降りて来た。

「ちっちゃ・・でもちゃんと人間の顔しているなあ・・・」

小さな小さな、目と鼻と口。
人間の体とほぼ一致している。
コビトの身長は、自分の爪先の白い爪部分よりもさらに小さい。
よく目を凝らさないと、こびとさんがどこにいるのかわからなくなるぐらい小さいよ。これ

「とりあえず・・・・服着よっか」

今のわたしは風呂上がりで、正真正銘全裸だった。
こんなみっともない格好をこびとさんに見せるわけにはいかない。
慌てて服に袖を通し、再び椅子の上に腰掛ける。

「全然動かないなあ。ほんとに生きているの?」

こびとさんはピクリとも動かない。
死んでしまったように、わたしの手のひらの上で伸び切っている。

「そういや魔術本に回復魔法も載っていたような」

えっと回復魔法。回復魔法・・・・あった!
魔術本、第92ページ。

「対象者に「ナオール」と唱えればHPが回復する。なるほど、じゃあナオール!」

ぽわわん。
杖を一振りすると、こびとさんの体が光り始める。
どうやらうまくいったみたい。
魔法が効いてきたみたいだ。

「お! 動いた、動いた、こびとさんこんにちは」

手のひらに目線を合わせて挨拶。
相手は小さく、自分は大きい。
だから、なるべく怖がらせないよに優しくそして丁寧にあいさつする。


********


ドク・・・ドク・・・ドク

地震のような揺れに目が覚める。
肌色の大地。丘のような傾斜がなだらかに続いている地面。
生暖かい熱気がこみ上げてくる。暑い。
石鹸の匂いが充満し、まるで大柄の人に抱き着かれている気分だ。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

上下の揺れが襲ってくる。
そして絶え間なく聞こえてくる地震のような左右の揺れ。

「な!」

丘のような大地から、月のように丸いものがあがってきた。
それは太陽が昇ってくるような、自然現象。
壮大な風景が広がると、それは巨人が持つ目玉だった。
水平線から現れた太陽のように、巨人の目玉が、手のひらの丘の向こうから昇ってきている。

「おいおいおい。まさか・・・」

ここは巨人の手のひらだった。
ドクドクと空砲のように響いているこれは巨人の脈拍。
手のひらの下に眠る、血管たちの振動。
そして、ゴゴゴゴゴと聞こえてくるこの音は巨人の顔があがってきた音。

「ニチャ・・・・」

水音と共に開く巨人の口。
唾液の巨塔が聳え立つ、巨人の口がゆっくりとスローモーションのように開く。
口の内部を住処にしている、ピンクの怪物舌が姿を現わせた。
僕を歓迎するように、舌は蠢き、不気味な踊りを披露している。

「メル・・ボル・・・トオオオオオオオオオ」
「うあああああああああ!!」

舌の奥から突風が生まれた。
それは風速50メートルの台風のような猛烈な風の波。
刃物で切り付けられるような、ものすごい風が僕の体を切りつける。
髪が逆立ち服は激しく波打つ。

「メル・・・アル・・・エリム・・・」

と言うと舌は踊りは止め、再び口の奥側へと引っ込んでいった。
えらいことになった。
僕は巨人の手のひらの上に乗せられている。
手のひらから下を見れば目が眩むんだ。
王都上最上階よりもさらに高い所に僕は乗せられている。
飛び降りることはできない。ここは標高5000メートル以上の高所なんだ。

「戦うしかないのか・・・しかし・・」

(巨人のステータスHP100000000 攻撃力50000000 防御力50000000)

と、表示石には表示されていた。
一方僕のステータスはというと

(あなたのステータスHP500 攻撃力200 防御力200) 

でもやるしかない。このまま何もしなかったら殺される。
僕は剣を抜き、巨人の手のひらに向かって、突き刺した。

ガチン

(巨人に剣で攻撃 ダメージは1 残りHP99999999/100000000)
(巨人の自然治癒発動 HP1回復 残りHP100000000に回復)

渾身の一撃もダメージは僅か1。
巨人には自然治癒という厄介な特殊能力が備わっており、僕が与えたダメージをすぐに回復されてしまう。

「くそ! やはり剣は効かないか。ならば弓で攻撃だ」

巨人の顔に向かって弓を放つ

(巨人の指に攻撃 攻撃は射程外射程外 攻撃は外れた 巨人ダメージは0 残りHP100000000)

弓は遠すぎて届かない・・・だと・・・。
こうなったら魔法で攻撃を・・・

「うん?」

魔法で攻撃しようとすると空が暗くなった。
気づけば、巨人の顔が僕の頭上を覆っている。

「あわわわ・・・巨人が僕を睨んでいる・・・)

(巨人のにらみつける攻撃 あなたはひるんで動けません)


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!

(巨人の反撃 息を吸いあげ肺に吸収 膨大な風が吹き寄せます あなたは睨まれて動けません。
 巨人の肺に空気が集中。空気圧により肺にダメージ10000のダメージ・・・巨人の自然治癒発動。肺のダメージは全て回復しました。
 肺より器官、気管より口へ、空気圧が移動。息吹が吹き付けるまであと2秒です・・・1、0発射!!)


ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

(巨人の息吹が吹き荒れています 危険度MAX 温度35度 あなたの体にダメージ HP100→50→1)


「うあああああああああああああ!!」

僕は吹き飛ばされ、手のひらから落ちた。

「風の精霊よ! 僕を守れ!」

風魔法を発動させパラシュート代わりにする。
落下速度は落ち、なんとか生き伸びる。

「はあ・・・助かった・・・って、助かってない!」

(巨人の足指が現れた)

小指攻撃力1000000
薬指攻撃力1200000
中指攻撃力1500000 
人差し指攻撃力1600000 
親指攻撃力2500000


そんなバカな!
一番小さな足の小指でさえ僕の攻撃力を大幅に超えているだと!


(あなたのステータスHP500 攻撃力200 防御力200) 

攻撃力200の僕が攻撃力1000000の足の小指とどうやって戦えばいいんだ・・・。
巨人の圧倒的ステータスを見て、僕は茫然となった。
もはや戦う気にすらならない。こんな化け物と戦うなんて、神に挑むことぐらい無謀なことだ・・・。