うわーどっか行きてえ!
時は夏。学生の特権である長期休暇。いわゆる夏休みに入ったところだ。
数日間ゴロゴロと自堕落に過ごしてきた俺だったが流石に飽きて来た。今猛烈にどこかに行きたい気持ちでいっぱいだ!
海に行きたい。山に行きたい。
とにかく、ごみごみした東京を離れて、どこか遠い島に行きたいと思っている。
自然を見て心をリフレッシュと、そうは思ったものの、残念ながら今の俺に先立つものがなかった。
身分は大学生。勉学を本文とする学生であるため、金はあまり持っていない。

「そうですか。わかりました。ではまたにします」

ちょうど大手旅行会社から出て来たところ。
どこか遠くに行きたい。そう思ったものの、どこへ行くにも高くて手が出そうになかった。

「てか高すぎだろ。なんで一泊二日が3万もするんだよ・・はあー・・・・」

やはりというか今の時期ホテルはどこもいっぱいだった。しかも繁忙期ということもあってホテル代がめっちゃめちゃ高い。
どこも高すぎて手が出せる気がしない。

「今の貯金じゃ鎌倉か高尾山ぐらいにしかいけねえぞ・・・トホホ」

南の島でバカンス。自然豊かな土地で、うまいもんを腹いっぱい食う。
しかし、それも夢に終わりそうだ。現実は厳しい。どこへ行くにも高すぎて手が出せない。
時間があっても金がない。学生特有の悩みが、ここでも付きまとうのかよ。

「帰るか。結局旅行会社まで来る電車賃。無駄だったな。トホホ」

こんなことになるならネット予約にすればよかった・・・でもネットで予約するにしても高すぎてどこにも行けない。
全てが徒労に終わった。電車賃も時間も何もかも無駄にした。あーあー。今日一日何やってるんだろう?
そう思うと急に虚しくなってきた。

「でも電車賃を無駄にするには惜しいし・・・やっぱ」

高いからと言って、このままどこも行かずに、夏休みが終わってしまっていいのだろうか?
自問自答する。やっぱダメだ。このまま何もしないで夏休みが終わるのは嫌だ。
せっかく手に入れた長期休暇なんだから、それらしいことをしないと気が済まない。
南の島でバカンスは無理でも、どこか近場のホテルを予約していこう。
なあに、近場でもホテルはホテルだ。ホテルに泊まるだけでも充分旅行らしいじゃないか。
よし。決めた。もう一回。旅行会社に行ってホテルを予約するぞ!

「こうなったらヤケだ。格安のビジネスホテルでもなんでもいいから、どこか旅行に行く。よし!」

この際プチ旅行でもいい。でも、できれば田舎の方へ行きたい。田舎へ。じゃないと、俺の夏休みが終わらない気がする。某アニメのように無限ルールしちゃうぞ!

「あれ? こんなところに旅行会社なんてあったっけ?」

いつのまに裏道に入ってしまったんだろう?
シャッター街で有名な裏通りに、ポツンと俺だけが立っていた。その裏通りの片隅に一軒だけ開いている店がある。

「虚台蒸目旅行って、旅行会社か?」

それはどうやら旅行会社のようだった。でも、なんでこんな人通りの少ない町はずれに旅行会社があるのだろう?
普通、旅行会社って駅前とか商業施設とか人通りの多い所にあるのに変だな?
しかもこの店舗、外から中の様子が見えない。店内はカーテンで遮られているから、めっちゃ怪しく見える。

「まあいいや。こんな店。知らんし、それよりさっき行った、大手旅行会社に戻るかな」

リーン!
自動ドアが開く。するとベルのような音が鳴った。

・・・・
・・・・・??
・・・・・・・??

「うん? いつの間に俺・・・店の中に入ったんだ?」

いや待て。よく考えろ。俺はさっき大手旅行会社に向かったはずだ。
踵を返して大通りに引き返したはず。なのに、なんで、こんな怪しい店に入ってしまったんだ?
これは明らかに自分の意思ではない。足が勝手に動いたみたいに、店の中に入ってしまった。
訳が分からない。なんでこんなことに?

「え? 嘘でしょ。センサーに反応が・・・あ!」

店の奥からスーツを着た女の人が出て来た。店員さんと見受けられる女の人と一瞬目が合う。

「え? 可愛い」

店員さんが初めて発した言葉は、かなり意外な言葉だった。
店員さんから見て客である、この俺に可愛いと言っている。その言葉に俺はかなり違和感を感じた。
普通、客に向かってそんなこと言うのかね。

「うふふ♡ かわいいお客様。文句なし合格よ。さあさあ、どうぞ。どうぞ。こちらにおかけください」
「ああ・・いや。ちょっと間違えて入っちゃって・・ははは・・・・ごめんなさい。間違えました。失礼します」

そうだ。この店に用なんかない。
俺は、ただ間違えて店に入ってしまっただけだ。俺はすぐさま踵を返し、店から出ることにした。

「いらっしゃいませー♡。うふふふ」

さっきの店員さんが俺の真正面に立っている。
??・・・・??
てか俺、椅子に座っている。自分から椅子に座ってしまっている。なんで? なんで椅子になんか座っているの?
確かに俺は店を出ようとした。それなのに、なぜか店の椅子に腰かけてしまっている。

「うふふふ・・・じいー」

うわ! なんだこの人。俺のことめっちゃジロジロ見てくるじゃんか。気持ち悪い。なんでそんな目で見てくるの?

「あの? なにか?」
「うふふふ♡ かわいい。食べちゃいたい」
「可愛い?」
「え? あら? 心の声は漏れて・・おほほほ! ごほん! いえ、なんでもありません。それよりご旅行のご相談ですよね?」
「いや俺。実は間違えて入ってしまって・・その」
「うふふふ。今お茶入れてきますから、少々お待ちください。うふふ」

立ち上がって帰ろうとする、俺よりも先に店の人が立ってしまったから帰るタイミングを失ってしまった。
しかし・・・どうもおかしいな。この店。
俺は今まで何度か旅行会社に世話になったことがあるが・・・お茶を出してくれる店なんか一度もなかったぞ。
それに、この店、外から見た時も相当に怪しかったが、店の中も予想通り怪しかった。
店の雰囲気は普通の旅行会社って感じだが、店に置かれているパンフレットに少し違和感を感じる。

激安。超お得。今なら半額セール

など、普段旅行用のパンフレットには見慣れない文字が並んでいた
まるでスーパーのチラシのうたい文句が、旅行用パンフレットにずらずらと並んでいる。
沖縄激安旅行。北海道が今なら半額なんて文字がパンフレットに書いてあるけど、こんなことってある?
北海道や沖縄みたいな人気観光地が安く行けるなんて、ちょっと想像がつかないな。
訳が分からねえ。しかもこの店、別に来るつもりなんかなかったのに、椅子に座ってしまったし、なんなんだこの店・・・。
でも、まあ、いいや。この際細かいことは気にしないでおこうっと。どうせ俺は旅行へ行くんだ。
ここに来るつもりはなかったが、大手の旅行会社に行くつもりだったし、なら、まあ話ぐらい聞いてやるか。
そう思うようになると、ちょっとだけ気が楽になった気がする。

「お待たせしました。お客様~。粗茶ですがどうぞー」
「本当にいいんですか? 貰っちゃって」
「ええ。どうぞ。どうぞ。これはサービスですので、どうぞ。お召し上がりください。うふふふ」
「ありがとうございます。いただきます・・・!?」

正直言おう。お茶はうまかった。いや美味いという次元をとっくに超えている。
飲んでみて初めて分かったが、これはかなりの高級品。なんというか昔、家族で金沢旅行に行った時に飲んだ、一杯700円ぐらいの抹茶の味を思い出す。
てか、これお茶じゃなくて抹茶だろ。これはスーパーに売っていない味だ。
京都とか金沢の茶屋で出されるような特別なお茶だった。

「あ・・あの。このお茶は? まさか有料なんじゃ・・・」
「うふふふ。サービスです。もちろん無料ですのでお気になさらないでください」
「はあ・・そうなんですか?」
「うふふふ。それよりお客様。どちらへお出かけですか?」
「お出かけ?」
「はい。ご旅行のご相談ですよね?」
「あ・・ああ。旅行。旅行ね。うん。いいや。はい。どこか遠くへ行こうとは思っているんですが・・・」
「では海外なんかどうです? ちょうど今、お得なプランがありまして・・・」
「いや。海外って・・・その・・・できれば安い国内の方が」
「あら? 国内旅行をご所望ですか?」
「はい。一応」
「うふ。わかりました。では国内でどこかいい場所を探してあげますね。少々お待ちください」
「はい。お願いします」

と、お願いしたものの。ここである違和感を覚える。
どこかいい場所を探すと、この人はそう言っていたがそんなことってあるか!?
普通、旅行って、こっちから場所を指定するもんだろ?
なんで、俺の行先を勝手に決めようとしてるんだよ。おかしいだろ!

「あの・・実は俺、あんまり金が無くて・・・できれば、あんまりお金をかけずに旅行したいなあと考えているんですけど・・・」

そうだ。これぐらいははっきり言っておかなきゃいけない! ただでさえ怪しい感じの店だったから、金がないことぐらいははっきりさせとかないと、あとで揉めたらややこしいからな。 

「お金をかけずにご旅行ですか?」
「はい。できれば安くて、おすすめのところを探してもらえると、ありたがいんですが」
「はいはい。わかりました。ご安心ください。お金がなくても大丈夫。このわたしに任せてください。安くてお得なパッケージツアーをドーンと探してあげますから。お客様は大船に乗ったつもりで座っていてください」

なんだろうか? この感じメチャメチャ違和感を感じる。
てか普通。こんな感じで客と接するか? なんか妙に馴れ馴れしいというか変な違和感を感じる。
でも店の人は、ちゃんと俺の言うことを聞いてくれたようで、パソコンを早打ちしていた。

「ありましたよ。お客様。
「ありましたか? どこです?」
「ええ。これなんかおすすめですよ。沖縄5泊6日1000円。あと北海道周遊5泊6日1000円。これなんか安くていいんじゃないですか? どちらにします? 北海道と沖縄。どちらもおすすめですよ」
「やっぱ、俺帰ります」
「なんでえええええええええー!? なんで帰ろうとするのよおおおお!!! ねえ。ねえったら!」

うわ。なんだこいつ! 席を立ったら急に俺の袖を引っ張ってきたぞ。
しかも客である俺に対して大きな声まで上げているし怪しい。やっぱこの店怪し過ぎる。

「お客様。なんでですか? なんで帰ろうとするの?」
「なんでって、北海道周遊で1000円なんでしょ?」
「はい。北海道周遊5泊6日1000円。ぽっきりです」
「そんなの怪し過ぎるでしょ。だいいち北海道なんて遠い所1000円でなんか行けるはずがない」

そんなの小学生でもわかることだ。北海道1000円は安いの次元を超えている。

「待って。待って。帰らないで。うん。一旦落ち着こう・・・ね?」

うわあ! やばあ! この人。俺の進路を先回りして両手を広げて来たぞ。怪しい。帰ろうとする俺に通せんぼしている。
ますます怪しい。危ない雰囲気がプンプンする。

「ああ! わかった! あなた詐欺師かなんかでしょ? インドとかの発展途上国で、よくある手口なんだ。安いとかお得だとか言って言葉巧みに外国旅行者に近づいてきて、
 あとで高額な旅行代を請求したり、しょうもないお土産を高額な値段で買わせようとする気なんでしょ? それでお金を払わないって言ったら無理やり財布を奪い取ろうとしたり、仲間を呼んで大きな声で脅したりするあれだ」
「そんなことしません。絶対に」
「ほんとですか? 信用できないな・・・」
「それはインドだからできるんでしょ? ここは日本。世界トップクラスの治安を誇る日本なんですよ。そんな悪いことをしたら一発で警察行きです。とにかく・・ねえ? 座って、話だけでも聞いてください」
「ほんとですか? なんか怪しいな・・・」

そう言いながらも俺は店の人の勢いに押されてしまい椅子に座ってしまった。

「で、どんな日程になるんですか? その1000円で行けるプランってのは?」
「はい。では説明に入らせていただきます。まず、お客様は飛行機派ですか? それとも新幹線派? どちらかの乗り物を選んでもらうことになりますけど、いかがなさいます?」
「じゃあ、乗りなれた新幹線で」
「はい。でしたら、東京から東北新幹線のはやぶさ号に乗っていただいて、新函館北斗駅まで行ってもらうことになりますね」

東京から函館まで新幹線? もうこの時点で1000円は軽く超えている。
東京から函館まで、普通に切符買ったら1万円以上はするはずなのに、それがなんで1000円で行けるんだよ。怪し過ぎだろ。

「このプランになりますと座席はグランクラスになりますね、一日目は函館市街を観光して頂きまして、翌日は・・・」
「ちょっと、待ってください? え? グランクラス?」
「はい。グランクラスです・・・ああ。申し訳ありません。グランクラスって言うのはですね」

お姉さんは奥の戸棚からファイルを持って中身を見せてくれた。

「ようはグリーン車よりも豪華な座席ですね。どうです? グランクラス。イイ感じの座席でしょ?」
「・・・・これ。歯医者さんの椅子ですか?」
「違います。歯医者さんの椅子じゃありません。グランクラス。グリーン車よりも一段上の新幹線最上級の座席です」
「・・・・・やっぱ俺、帰ります」
「なんで。なんで帰るのよ! 行かないで、行かないでよ。もう!」

うわ! やば。今度は俺の背中に抱き着いてきたぞ。この人。マジでやべええええ! 恐怖すら感じて来た。

「離れてください。ちょっとなにしてるんですか?」
「だって、帰ろうとするんだもん」
「だもん。じゃないでしょ。なんなんですか? あなたは?」

くそ。薄々わかっていたが、とんでもねえところにきちまった。抱き着きやがってクソ! コイツ、離れねえ。
こうなったら走って逃げてやろうか? でも今は抱き着かれているから逃げられないし・・・困った。
いっそのこと警察に通報してやろうか? でも、警察に通報したら、いろいろ面倒なことになりそうだし、逆恨みされても厄介だし・・・どうしよう。困った。

「お客様。一旦落ち着きましょう。ねえ。落ち着こう。ほらほら、座って。座って。お姉さんの話を聞いて。ね?」
「は・・はい」

店の人の勢いに、またもや流されてしまった。俺こういうのに弱いんだよな。
一度頼みごとをされたら、断れないタイプって言うか、相手の提案を断る勇気がないんだよな・・・。

「ところで、なんで1000円で北海道に行けるのですか? ちゃんと理由を教えてください」
「え? それはお客様がお金をかけずにご旅行されたいとおっしゃいましたから、お安い方がお喜びになられるかと思っただけですよ」
「いやいや、確かにそう言いましたが、1000円って・・・じゃあ一体どんな日程なんです? まさか野宿とか現地解散とかじゃあないでしょうね?」
「そんな詐欺みたいなことしませんよ」
「じゃあ。どんな日程なんです?」
「一日目は函館周辺を観光して頂きまして、こちらのホテルにお泊りになりますね」
「はあ・・・・」
「二日目は、特急北斗のグリーン車で札幌へ向かってもらいます。札幌では札幌時計台やさっぽろテレビ塔などを観光されることになると思われます
「はあ・・・・」
「三日目は特急宗谷のグリーン車で稚内に向かってもらいます。稚内は本州最北端の地で、宗谷岬周辺を観光してもらうことになると思われます」
「はあ・・・」
「四日目は特急宗谷のグリーン車で旭川に向かってもらいます。旭川は旭山動物園が有名なんですよ」
「はあ・・・」
「五日目は自由日程ですね。お客様のご希望の場所に行くことができます。網走、釧路、近場なら小樽など、お客様の希望するところならどこへでも行くことができます。
 もちろんタクシーやJRの切符はこちらで手配させて頂きます。追加のお代金は一切いただきません」
「はあ・・・」
「どうですか? これで1000円はだいぶお得だと思いますけど、これになさいますか?」
「はあ・・・」
「はあーい。畏まりました。では手続きの方に入らせていただきますね」
「では、この書類にサインの方を」
「・・・・・がおおおおお!!」
「がおおおって・・お客様いかがなさいましたか?」

おかしい。おかしいおかしいおかしいおかしい。がおおおおおおだ!
なんだこのプラン。見れば見るほど、聞けば聞くほどあり得ねえー。
なに? 東京から函館までグランクラスで、北海道に入ってからもグリーン車だって!?
それだけでも充分おかしいのに、北海道の各観光施設の入場料は当社が負担しますって書いてあるし、ようはタダってことだろ!
ホテルは駅前にある高層ホテル。しかも夕食はホテルの展望レストランにて、フランス料理無料券プレゼントって書いてあるし、朝も夜もご食事は当社が全てご負担しますってデカデカとそう書いてある。
おかしい、おかし過ぎる。こんなのあり得ねえ。絶対になんか裏があるに違いない。

「俺。やっぱよそで探します」
「ちょっと待って。おかしいでしょ? なんで帰るのよ」
「おかしいのはそっちでしょ? なんでこんな安いんですか?」
「それはお兄さん・・・じゃなくてお客様に喜んでもらおうと・・・わかった。お客様。1000円という金額が気に入らないんですね?」
「そうですよ」

きっぱりと行ってやる。
こんなに安いと、安すぎて、なにか裏があると勘ぐってしまうのだ。

「じゃあ、こうしましょう。1000円の半額の500円」
「え? ええ」
「もしかして、まだ高いの? じゃあ500円から100円。どうです? 100円で北海道周遊6日間の旅。どうです? お得でしょう?」
「100円で、北海道ってそんなのあり得ないでしょう。絶対にこんなのおかしい。なんか裏があるんですよね?」
「そんなことないです。絶対にないから、座ろう・・ね? 座ってお姉さんの話を聞いて」
「はい・・・」

くそ! まただ。また場の雰囲気に流されてしまった。
俺、いつになったら帰れるんだ・・・トホホ・・・。

「わかりました。お客様がそこまでおっしゃるなら値段を言ってください」
「値段ですか?」
「ええ。お客様はこのプランが安すぎると、そうおっしゃっているのですよね?」
「はい。そうですけど」
「だったら、値段を言ってください。このご旅行。どのぐらいの金額が妥当だと思われますか?」
「5万ぐらい? いや5泊6日だから10万ぐらいするのかな?」
「じゃあ5万。100円から5万円に今から値上げします。どうです、5万円ですよ。さあ、これなら安心できますよね?」
「・・・帰ります」
「なんでえええええええええええ!!」

うわ! また抱き着いてきた。クソ離れろ・・離れねえ。店の人。思ったより力強いなあ。

「なんで、なんで帰っちゃうの?」
「だって5万なんか大金。俺持ってないもん」
「じゃあ、100円。100円にまけておきますから」
「100円はいくらなんでも安すぎ。そんなの怪しくて嫌だ!」
「じゃ。どうしたらいいのよおおおおおおおおお!!」

・・・・はあ・・・帰りたい・・・。
なんで店の人がぎゃんぎゃん泣き叫んでいるんだよ。訳がわかんねえ。
はあ・・・やっぱ警察呼ぼうかな・・・。

「わかりました。わかりました。理解しました。お客様」
「なにを理解したんだよ?」
「北海道周遊1000円は安すぎて怪しいし、でも5万は高すぎるってお客様はおっしゃるのですね」
「はい。そうです。そんなの普通に考えたらわかるじゃないですか」
「はい。はい。わかりました。そこまで頭が回りませんでした」
「頭が回らないって、どういう意味だよ?」
「うふふふ。では、こちらのプランなんかどうでしょう?」
「え? お、ここは?」

店の人が見せてくれた場所は、俺が知らない場所だった。
店の人が見せてくれた、パンフレットには東京から30分で離島に行けますと大きな文字でそう書いてある。

「東京から30分で離島? 東京の近くにそんな離島なんてありましたっけ?」
「そんな島があるんですよ。あまり知られてはいませんが、東京から南に僅か30分で田舎の離島暮らし。こういう所も悪くないと思いますよ」
「南の離島で田舎暮らしか。それはそれでありかもな。ちょっとそのパンフレット、詳しく見せてもらっていいですか?」
「どうぞ。どうぞ」

パンフレットの内容を見る限り、なかなか良さそうだった。
青い海、青い空。綺麗な海岸線が続き、なんだか海外のリゾート地って言った感じだ。
それにこの島、山まである。山の山頂から島全体を見渡せるのか。
島全体を見渡した俯瞰の写真が気に入った。これは結構な絶景。こんな島が東京のすぐ近くにあるなんて知らなかった。

「この島に行くのって、いくらぐらいの費用がかかるんですか? やっぱ高いんですか?」
「お値段のことですか? それは1000円・・・ゴホン! もとい。いくらぐらいでなら行けると思います?」
「そうですね。1万ぐらい・・・とか? いやもっとするかな?」
「じゃあ1万です」
「ええ? 本当に1万で行けるんですか?」
「はい。と言いましても東京から30分の近場ですから」
「あ! でも、今からだとホテルの予約が・・・いやこういう小さな島は民宿って言うんですか? 民宿の予約って今からでもできますかね? まさか満室じゃあ・・・」
「部屋なら空いてます」きっぱり

すごい、あっさり言い切ったな。この人。でも今からでも空いてるなんてちょうどいい。この繁忙期のど真ん中に民宿が取れるなんて、ありがたい話だ。

「じゃあ。ここに決めちゃおうかな」
「・・・・ええ?」
「なに驚いているのですか。俺。ここに行きたいと思うのですが・・・ダメですか?」
「いいえ。そんなことありません。あれもダメこれもダメって。文句ばっかりだったからちょっと驚いただけ。でも・・ええ! ええ! 本当に行ってくれるのですか?」
「ええ。部屋が空いているなら、ですけど」
「や・・」
「や?」
「やったー! バンザーイ。バンザーイ!」

え・・ええ!? なにこの人。お客である俺の前で万歳なんかし始めたぞ。
まるで、自分のことのように喜んでいる。なんだ。コイツ。やっぱ変な奴だな。

「じゃあ。じゃあ」
「うわ。近い。ちょっと離れてくれます?」
「すみません。ちょっと興奮したもので・・・」

おいおい。なんだよ! テンション高いな。これじゃまるで、この人が旅行に行くみたいじゃんか。

「では御代金の方からすみません。先に頂戴してもよろしいですか? すみません」
「え? えっと・・ああ。一万円ね。はい」
「はい。では確かに。一万円預からせていただきました。ではこちらが領収書になりますねー」

そのやり取りはごく普通だった。一万円以上なにか要求してくるかと思ったけど、とくに要求してくる様子はない。本当に一万円で行けるみたいだった。

「日にちはいつ頃になさいます? もし、よかったら今からでも行きませんか?」
「え? 今から旅行に」
「はい。こちらといたしましては早ければ早いほど嬉しいんですけど」
「・・・・」

やっぱやめようかな、この旅行。今から行きますか?なんていう旅行会社怪し過ぎるだろ。
普通旅行は、こっちが日程を決めるものなのに、そもそもなんで店の人が勝手に日程を決めようとするんだろよ。しかも今すぐに行きましょうって、おかしいだろ。

「今すぐはちょっと無理ですね」
「じゃあ。明日はいかがです?」
「明日はバイトが入ってるから無理です」
「じゃあ明後日は?」
「まあ、明後日ならバイトが連休になるから行けますけど」
「じゃあ。明後日にしよう。明後日。ねえ? 明後日がいい―。明後日にいこうー」

明後日がいい―ってなんだよそのノリ! カップルか? それが客に対して言う言葉か?
妙に馴れ馴れしいというか、これじゃあ彼氏彼女のノリだよ。

「あーお客様。大事なこと忘れていました。こちらの方にサインと必要事項を記入していただけますか?」

と思ったら急に真面目モードになったよ。大丈夫なのかこの人。もしかして情緒不安定なのか?

「えっとなになに、名前、住所、生年月日、固定電話もしくは携帯の番号」

まあ、一応書いておくかな。

「こちらがわたしの個人情報になります」
「はい・・ありがとう。って・・ええ!」

お店の人が渡してきたもの。それはこの店員さんの名前と住所と生年月日だった!

「申し遅れました、わたくし神田美月と言います。年齢25。職業は見ての通り旅行会社勤務です。彼氏募集中。趣味は食べること。どうぞ。よろしくお願いします」
「これはこれはご丁寧に。えっとかんださん?」
「かんだじゃなくてかみだです」
「その神田さんの個人情報をなんで見せてくるんですか? しかも住所までしっかり書いちゃって、住所は東京都竹美三の島? て、なんですかこれ?」
「え? でも、その方がフェアでしょう? お客様の個人情報を預からせていただくのですから、私ども従業員の個人情報もちゃんと開示しておきませんと、お客様と対等な関係は築けませんわ」
「・・・・」

やっぱ、この店、相当怪しい。従業員の個人情報を見せてくる旅行会社なんて聞いたことないぞ。

「はい。書類の方は結構です。では旅行当日何時頃出発にいたしましょうか?」
「そうですね。あんまり朝早いのは嫌だし、朝の8時ぐらいって、できますかね? あ。でも船の時間があるんでしたっけ?」
「いえ。問題ありません。では朝の8時になりましたら、わたしの携帯の方におかけください」
「・・・はい?」
「こちらの書類に、わたしの携帯番号と住所とSNSが記載されていますので、こちらの番号に」
「そうじゃなくて、なんで電話をかける必要があるんですか?」
「え? でも、そうしないとご旅行が」
「いやいやいや。普通こういうのって普通、俺が港に出向くんでしょう? そこから船に乗って行くとか。そういう感じの・・・」
「いえ。お客様はご自宅で待機してもらいます」
「・・・はい?」
「大事なお客様ですから、お手数はおかけできません。お客様のご自宅まで、私どもがお迎えに参ります」
「はあ・・・やっぱ俺・・・」
「うふふふ。お客様。やっぱ俺やめようかな? そうおっしゃるつもりですね? でもできません。この書類にサインなさったので、キャンセルはもうできなくなりましたよ。うふふ♡」
「え? そうなんですか?」
「はい。ここにちゃんと書いてあります。ですから・・・ふふふふ」
「うわ、こわ・・めっちゃ悪そうな顔してる」
「あ。これは失礼。ごほん。ご旅行日の当日、朝の8時になりましたら、ハイヤーにてお客様をお迎えさせていただきますので、そのつもりで、ふふふふ。今から楽しみですね。お客様」
「・・・・」

これは、もしかして、とんでもない所に旅行を頼んじゃったのかもしれない。
店員さんが一瞬見せた、悪い顔が目に焼き付く。
今更ながらに後悔してきた。本当に大丈夫なのかな? こんな旅行会社に頼んで、まともな旅行ができるのか不安だ。でも一万払っちゃったし、もうこうなったら行くしかない。
一回頼んだらキャンセルできないって言われたから、もうどうにでもなれだよ。


****


「おねえちゃん。おねえちゃん。ついに見つけたよー」
「え・・・え? ほんとなの?」
「ちょうどいい生贄がね。見つかったのよー。いやあ、あれ捕まえるのには苦労したよー」
「そう・・なら、ゴホゴホ! 早く頂戴。おねえちゃん。もうだるくて・・ゴホ!・・・・苦しい・・・死んじゃいそう・・・」
「それがね。おねえちゃん。生贄が来るのは明後日だって」
「え・・・そんな、もっと速くに来れないの?」
「それが無理だって。どうしても明後日じゃないと来れないって」
「そう・・なの・ゴホゴホ!・・・じゃあ直接私が取りに行くわ。場所はどこ? 東京? 東京まで歩いていけばいいの?」
「ダメダメ。今、お姉ちゃんが立ち上がったら大変なことになるから寝てて。そうそう。そのままじっとしてて」
「そう・・・残念だわ。ゴホゴホ」
「でも、こうなったのは全部、お姉ちゃんが悪いんだからね。前の生贄は全部引きちぎって殺しちゃったんだからー」
「なによ。そっちだって水を上げるのを忘れて機能不全にしてたじゃない。生贄がいないのはわたしのせいだけじゃないわ」
「それは・・・うん。今度はしっかり管理してるから大丈夫。それよりもお姉ちゃんだよ。お姉ちゃんだよ。今度はちゃんと壊さないようにしてよ!」
「わかってるわよ。次は壊さないようにするから、生贄の扱いには細心の注意を払うから、これで満足でしょ・・・ゴホゴホ!」
「ほんと気を付けてよ。あれ連れてくるの結構大変なんだから」
「ありがとう。そこは感謝してる・・・でもお願いよ。一刻も早く連れてきて。じゃないと・・・ゴホゴホ!」
「わかってる。ちゃんと届けてあげるから。その代わりお姉ちゃん。わたしにも分け前、頂戴ー」
「いいわ。じゃあ姉妹仲良く半分個ね」
「えへへ。お姉ちゃん大好き―」


****

そして約束の日が来た。だけど俺は家でスヤスヤ。起きようとは思っているけど体が重い。
昨日のバイトの疲れが、まだ残っているんだな。もうひと眠りしよう。

ピンポーン!
と、そんな時に誰か来訪客が来たようだ。

「てか誰だよ。こんな朝っぱらか・・・」

そうは思うものの体が動かなかった。本当は扉を開けて相手をしたいところだけど、まだベッドの上でもぞもぞている感じ。
すると扉の奥から、なにやら怒声が!?

「あけんかい!コラ!」

なんだ! 怖えええええ! 
扉の奥にヤクザでもいるのか? めっちゃドスのきいた声で叫んでいるぞ。てか誰この声? 

「おら! あけんかいコラ!」ドンドンドン!!! ガチャガチャガチャ!!

うわ扉めっちゃ叩いてくるじゃん。それにドアノブをガチャガチャしてくるし! なにこれ怖えよ。ドアが壊れる!

「はいはい。ちょっと待ってください」
「やかましい。はよ、出てこんかい!」

なんなんだよ。朝からヤクザ屋さんのお出まし? てか、これ開けちゃっていいの?
でも、ビビッて返事しちゃったし、今から居留守を使うわけにはいかないよな。

「やかましい! はよ出てこんかい! コラ!」
「はよぉ! あけんかい! ゴルァ!」
「はいはい。開けました。今開けましたよ!」

刺青の入ったヤクザ屋さんが俺の前に・・ではなく警察官が複数人立っていた。

「え? 警察ですか?」
「大阪や!」
「大阪さん?」
「はい。はあーい! ちょっとどいてくれるかしら?」

すると、どうしたんだろう? 警察官を押しのけて、一人の若い女性の人が奥から出て来た。

「はあーい♡ おはようごさいます。お兄さん。昨日はちゃんと眠れたかな? 興奮して寝不足とかになってなあーい?」

スーツを着たOL風の女性。年は20代半ばぐらい。背は150以上160未満と言ったところか・・・・。
てか、この人?

「誰?」
「誰ってひどいよー。お兄さん。わたし、わたしよおー」
「・・・すみません。ちょっとよくわからなくて・・・」
「もおー! 冗談きついわよ。神田美月よ。かみだ。ほら旅行の申し込みに来てくれたでしょ?」

スーツのOLさんはなにやら旗を振っていた。えっとその旗に何か書かれてあるぞ。

「虚台蒸目旅行・・・旅行の申し込み? ああー! あの時の店員さん!」
「ピンポーン! あたり~」

いや、ピンポーンって言われても困る。
あの時の店員さんが、なんで俺のうちに! それになんなんだ! この警察の方々は?

「ああ? これ。お巡りさんに起こしてもらえば、どんなお寝坊さんでも一発で起きるかなーって思ってね。大阪の警察さんに協力要請したのよ」
「「「お疲れ様です。美月様!」」」

こわもての大阪の警察の方々。
ヤクザと言われても納得してしまうような、怖いおじさん達が、旅行会社の店員さんに深々と頭を下げている。てか、これどういう状況?

「え? 俺を起こすためだけに、わざわざ警察を呼んだんですか?」
「ええ。そうよ。効果てきめんだったでしょー」
「・・・」

え? ええ・・ええ!! なんだこの状態。
俺を起こすためだけに、わざわざ大阪の警察を呼んだっていうの? 
どんな人脈だよ。てか、そんなくだらないことで警察が動くなんてどんな状況だよ。
訳が分からな過ぎて言葉が出てこないよ。なんだこの状況。 

「ほらほら。ボーとしないで。さあ早く乗って乗って」
「えっと。はい?」
「お客様の軒先まで迎えに来るって言ったでしょ。ほら早く乗って」
「・・・」

店員さんが指差した乗り物。それはパンダ色の車。パンダと言っても1980年代にドリフトで有名になったあの車ではなくパトカーだった。
店員さんはパトカーを指さしている。

「ほら、早く乗って乗って」
「え・・えええ! いやですよ。なんでパトカーなんかに乗らなきゃいけないんですか? 俺なんにも悪いことしてませんよ・・・」
「違いますー。捕まえるとかそんなんじゃなくて、パトカーで港まで行くのよ」
「え! そうなんですか?」
「そうよ。早く行くにはパトカーが一番。さあ早く乗って」

そうは言われてもパトカーに乗るなんて・・・なあ? 
どうしても抵抗感がある。パトカーと言えば悪いことをした人が乗る乗り物。そういったイメージが先行していて、なんだか乗りにくい。

「あの。店員さん。俺・・・パトカーじゃなくて別の手段で行きますよ」
「うふふふ♡」

店員さんが笑っていた。だけど目は笑っていない。

「うふふふ。大阪の警察さん。よろしく」
「はい。神田様。おい! おら! さっさと乗らんかい!」
「おら! はよお。乗らんかい!」
「乗るんじゃ! ボケエ!!」

ヤクザ顔負けの怖い警察官に背中を押され、有無を言わさずパトカーへと連れ込まれてしまう。

ウ~ウ~ピーポーピーポー

かと思ったら、パトカーは猛スピードで走り始めた。
サイレンが鳴っている。パトランプもどうやら点滅しているようだった。
え? 嘘だろ! なんでサイレンを鳴らして走っているんだ?

「はい。そこの車。脇に寄ってください。パトカーが通ります」

うわ。やべえ。赤信号なのに直進しているぞ、このパトカー。
緊急車両として走っているのかこの車! 赤信号の交差点をパトカーは悠々と駆け抜けていく。

「到着~~ね? パトカーで行った方が速かったでしょ? バスで行ったらこんなに早くつかないわ~」
「では。わたしたちはこれで」
「ありがとう。お巡りさん。またよろしくねー」

店員さんは元気よく、去り行く警察官に手を振っているが、俺はへとへとだった。
パトカーに乗るのがあんなに疲れるとは思わなかった。馬鹿でかいサイレンを鳴らし、スピーカーで車を脇に止めさせ、皆の注目を浴びながら交差点を駆け抜けていくパトカー。
恥ずかしい。あんな恥ずかしい思いをするのは初めてだ。それに警官がパトカーに乗っていても違和感を感じないが、私服姿の俺がパトカーに乗っていると、どうしても浮くというか、
去り行く人に見られているような気がして気が気ではなかった。もうあんな体験こりごりだ。

「うふふふ。楽しかったねー。パトカー」
「全然。楽しくなんかないですよ。それよりも店員さん」
「うふふふ。なあに?」
「大阪の警察と知り合いなんですか?」
「もう! その店員さんっての、やめてくれない? わたしの名前は神田美月。ちゃんと名前で呼んで」
「えっと、じゃあ、かみださん」
「かみだじゃなくて、下の名前で呼んで」
「え・・ええ! し・・ししし・・下の名前!?」

なんだよこれ。またまた予想外だ。昨日であったばかりの人にいきなり下の名前で呼んでなんて、俺初めて言われた。
でもでも下の名前って普通。相当親しくならないと呼び合わないよな・・・いやでも、ヤンキーは女友達に対して普通に下の名前で呼んでいたような・・・
ああ。ダメだ。下の名前でなんか呼べない。

「いえ。神田さんと呼ばせてもらいます」
「でもみつきって呼んだ方が便利よ?」
「便利とかそんなんじゃなくて・・・それより神田さん。あなたは大阪の警察と友達なんですか? なんでパトカーなんか手配できたんですか? あんなことして本当にいいんですか?」
「ああ。そのことね。いいのいいの。あんな奴ら。わたしのおかげでいか・・され・・てい・・・から。どう・・」

うん? 最後の方は聞き取れなかった。あんな奴。わたしの・・・うーん。なんて言ってるんだ? ところどころ聞き取れなかったぞ。

「あの神田さん、もう一回言ってくれませんか?」
「きたわ! おーい。おーい。こっちよー!」

神田さんは急にジャンプし始めたぞ。うん? なにが来たんだ?

「美月様ー。お待たせしましたー」

船が一隻こっちに近づいてきている。てか俺達港に来ていたんだな。今気づいた。
近づいてくる船は旅客船というよりも、どうみても漁船。小型の漁船がこっちに近づいてきている。

「今日はげんさんなのね。ありがとう。じゃあ早速行きましょうかー」
「はい。美月様ー」
「もう。げんさん。その美月様ってのやめて。今はお客様の前だから」
「ああ。これはうっかり」

そんな会話を神田さんは船のおっちゃんと話していた。
神田さん。漁師風のおじさんともなにやら仲良さげな感じ。少なくとも初対面って感じはしない。

「なにやってるのよ。お兄さん。早く乗ってよ」
「・・・はい?」

神田さんは先に漁船に乗っている。

「なにボーとしてるの? これに乗らないと島に行けないわよー」
「まさかとは思いますけど、神田さんも一緒に来るとか・・そんなこと言いませんよね?」
「え? そのつもりだけど」
「はいー!?」

えええ! またまた驚き。パトカーの次は漁船で行くのかよ。しかも神田さんも一緒についてくるってー!?

「なに驚いているのよ? わたしは家に帰るだけだけど?」
「家に帰る・・・まさか。俺の行くところって神田さんの住所に書いてあった、三の島ってところなんですか?」
「ピンポンピンポン! 大正解! これからお兄さんにはそこに行ってもらいます」

俺がこれから行く島は、あの読めない地名、竹美三の島ってところだったのも驚きだが、それよりも本当に大丈夫なのか? こんな小さな船。
こんな小さな漁船じゃ、海が荒れたらすぐにひっくり返りそうだし、なにより旅客船じゃない。
魚を取ることに特化した小型船で、本当に海を渡って行けるのだろうか? 心配になる。

「・・・やっぱ、帰ろうかな・・俺・・・」
「げんさん」
「あいよ」
「おい。おい。何するつもりだよ」
「うわー」

神田さんとげんさんに腕を掴まれ、そのまま漁船に投げ込まれてしまった。有無を言わさず漁船に乗せらている。

「げんさん。今よ。船を出して」
「あいよ」

漁船のエンジンがうなりを上げる。俺が起き上がる頃には既に海の上だった。

「ちょっと、神田さん。ひどくないですか? いきなり投げ飛ばすなんて」
「ごめんごめん。でも時間通りに船を出さないと行けないから」
「それにしたって・・いててて」
「本当にごめんなさいね。もしどこか痛むようだったら民宿の方で治療してあげるから。もちろん治療費はこっちで、もつから安心して」
「はあ・・・」

そういうことなら構わないけど、いてえ。尻餅を思いっきりついてしまった。
でもまあ、治療費は向こうが出すって言ってるし、それなら安心。
??・・・??? いや待てよ。治療費。治療費。費用。費用・・費用・・お金・・・・ああ!

「うわ。やべえ! 財布。家に置いてきた!?」

重大なことに気づく。今の俺にはお金がない。一円も持っていない。
警察に脅され、無理やりパトカーにねじ込まれたもんだから、スマホ以外なんにも持っていないぞ。
着替えはおろかハンカチもテッシュもなんにもない。あるものと言えばスマホ。スマホ以外着の身着のままで来てしまった。

「あら。財布を忘れちゃったの? うふふふ。お兄さんも案外忘れん坊さんね」
「あははは あんちゃんも案外、うっかり者だな」
「パトカーに連れ込んだ、そっちが悪いんでしょ。ああ、それよりどうしよう。あの・・・今から引き返すってことは・・・」
「そりゃ無理だな。あんちゃん」
「ええ・・・」
「ほらほら。げんさんもああいってるし、諦めたら?」
「そうはいきませんよ。お金が無かったら、なにも買えないし。色々と問題が・・・」
「大丈夫。大丈夫。お金のことなら心配しないで。お姉さんのこと財布だと思っていいから。お兄さんの欲しい物。何でも好きなだけ買ってあげるから」
「え? ええ!?」
「うふふふ♡ 冗談よ。でもお金のことなら心配しないで、こっちの方で立て替えておくから。後で請求書を送らせてもらうわ」
「そうですか? でも俺。あんまり金持っていないから、あとで高額な金額を要求されても困るっていうか。その・・・」
「うふふふ。大丈夫よ。お兄さんはね。大船に乗ったつもりでいたらいいのよ。何も心配しなくていいわ」
「いやでも・・・そういうわけには・・・」
「じゃあ。お兄さん。島についたら一滴の水も飲めないことになるけど・・いいの?」
「そ・・それは・・・」
「まあいいじゃねえか。あんちゃん。困ったときはお互い様よ。金がねえなら素直に美月さんに甘えておきな。それに今は夏だしな。水飲まねえとあんちゃん。熱中症で死んじまうぜ」

と、げんさんが言っていた。

「そうですか。わかりました。後でちゃんと返しますから、お願いします」
「うふふふふ。はあーい♡ 喜んでお貸しします。とりあえず1000円だけ貸しておくわ。足りなくなったら遠慮なく言ってね? なんなら100万円ぐらい貸しましょうか?」

神田さんからの懐から帯付き札束が出て来た。
まさかスーツの懐に、あんな大金が入っていたなんて予想外過ぎる。

「そんなに借りても返せないので。1000円だけで大丈夫です」
「そおー。でも足りなくなったらいつでも言ってね?」
「はい。どうも」

神田さんから1000円札を一枚だけ受け取った。
出発早々波乱万丈だ。まさか出発早々、無一文になるとは思わなかった。

「ほら、もう見えて来たわ。あれが今回の目的地。一の島でえーす!」

一の島が見えてくる。なんというか南の離島と言った感じの島で島の中央に大きな山が聳え立っていた。
だけど、この山。形が少しおかしい。普通山と言ったら三角形なのに、山というよりも岩みたいだ。
だけど山全体に分厚い雲がかかっていたので、その全容を完全に見ることはできなかった。

「はい。一の島に到着でえーす。~うふふふ」
「・・・・」
「あら? どうしたの? なにか気に入らない?」
「いえ。その・・・これは一体なんなんですか?」

船に揺られること30分。俺たちを乗せた漁船は無事に港に着いた。
磯の香りと、ほんのり匂う魚の生臭い匂い。あと白い鳥が飛んでいるのが、いかにも田舎の港って感じだが、そこで俺は異様な歓迎を受けることになった。

「バンザーイ。バンザーイ。美月様バンザーイ」

港は人で埋め尽くされていた。
万歳三唱で迎えてくれる島の人達。小学生と思われる子供たちが太鼓や笛を吹いてなにかの曲を演奏しているありさまだ。
中には「ようこそ竹美島へ」という横断幕まで広げている人までいる。
竹美島。それにしてもこの島。なんて読むんだ? たけびじま?

「ようこそおいでくださいました。美月様。ついにやりましたね」
「ちょっと、今はお客様がいるから、その美月様ってのやめて頂戴」
「あ・・ああ。これは失礼しました。美月さん」
「えっと。神田さん? この人は・・・・」
「ああ。この人? この人は町長さんよ。この島で一番偉い人」
「町長の神田です。遠路はるばるようこそおいでなさった」
「いや。遠路はるばるって言われても30分で着いたんですけどね・・・?? あなたも神田っていうのですか?」
「ええ。この島は住人は全員神田って苗字なんですよ」
「え! そうなんですか。変わってますねー。こんなの初めてです」
「まあ、苗字が同じというのは田舎ではよくあることなんです」
「そうなんですか。で、神田さん?」
「なあーに?」
「何か御用で」
「いや、俺は町長さんに言ったのであって、こっちの神田さんに言ったわけでは」
「でも、わたしも神田ですよ」
「うふふふ。わたしも神田でえーす」

・・・なんだかややこしいな。両方とも神田じゃどっちに言っているのか、わかりにくい。

「えっとじゃあ、町長さん?」
「はい。なんでしょう?」
「遠路はるばると、さっき町長さんは言いましたけど、東京から30分でこれましたし、それになにもこんな盛大な歓迎をしなくても・・・」
「いいえ。とんでもない。うちの島は観光客が少なくてですね。東京からのお客さんは大変ありがたいのですよ。それに美月様の・・・」
「うふふ・・・町長さん。それ以上言ったら・・うふふ」
「え? ああ・・美月様・・いいえ美月さん失礼しました。とにかく、どうぞゆっくりくつろいでいってください。では」

そう言って町長さんが去って行った。

「いやあ、町長さんがわざわざ出迎えてくれるなんて、俺びっくりしましたよ、ねえ? 神田さん」
「うふふふ。そうね」
「おらのことよんだかい?」
「いいや。わたすのことを呼んだんだろ?」

町長さんが居なくなると、ゾロゾロといっぱい、島の人達が集まってきた。てか、この人たち全員神田さんなのか。ややこしいな。

「いや、俺はこっちの神田さんに言ったのであって、あなたたちに言ったわけではないです」
「うなら、美月さんと呼ぶだよ」
「うんだ。うんだ。神田さん。神田さんと言われたら、誰の神田さんか、わかんなくて、ややこしいだよ。この島では下の名前で呼ぶのが普通だ」
「うふふふ。ですって。お兄さん。おばあちゃんもそう言ってるし、これからは下の名前で呼びましょうねー♡」

なんてことだ。こんな理由で下の名前で呼ぶことになるなんて。いいや、でも俺は諦めないぞ。まだ別の呼び方があるはずだ。
下の名前を呼ばなくてもいいような。なにか別の名前が。

「そうだ。俺、お姉さんって呼びますよ。それなら」
「ああ? おらのこと呼んだかよ?」
「いいんや。おらのことを呼んだにちがいねえ」

俺はお姉さんと言ったのに、なんかばあさんが前に出て来たぞ? なんだ。ばあさんたち?
なんで、ばあさんが二人も集まってくるんだ?

「うふふふ♡ このおばあちゃんは達はね。神田おねえって名前なのよ。だからお姉さんって言うと、神田おねえという、名前のおばあさんが出てくることになるわね」
「え? おねえって名前の人がいるの?」
「だから、お姉さんと呼んだら、このおばあちゃんが来ちゃうわね」
「じゃ、じゃあ、店員さんって呼びます」
「そりゃ、おらのことだよ」
「いいんや。おらのこと呼んだにちがいねえ」
「うふふふ。こっちの人は神田天院さん。つまりてんいんって名前のおじいさんよ」
「え? 神田天院さん? じゃあ店員さんって呼ぶのもダメなのか・・・」
「うふふふ♡ わたしのこと美月って呼んでくれるよね?」
「・・・・はい。美月さん」
「きゃー。うふふふ。ありがとう」

なんというか負けた。すっごく負けた気がする。下の名前で呼ばないように、色々考えたのに結局無駄になった。
くそ、なんでこの島には変な名前の人が多いんだよ? そもそもなんで島の人の苗字は全員神田なんだよ。ややこしくて仕方ねえな 

「うふふふ。そんなことより早く民宿に行こっか? 荷物を置いてからの方が歩きやすくていいわよね?」
「いや俺スマホしか持ってないから、荷物なんてありませんけど」
「うふふふ。そうだったわね。でも一応チェックインはしないといけないから、ついてきて」
「はい。じゃあお願いします」

神田さんの後をついて行き、民宿へと向かうことになった。

「到着でえーす。ここが民宿。キングスホテルでえーす」
「はあ?」

俺は上を見上げていた。大空を見上げている。
港周辺には高い建物はなかったのに、何だこの建物は? 
二階建ての家が密集している田舎の集落にドーンと! ホテルだけが異様に高く聳え立っている。

「このホテルでか! 何階建てのホテルだよ?」
「39階建て、全長138メートルのホテルですけどなにか?」
「39階建て!? なんでこんな高層ホテルが、こんな田舎に?」

明らかに島の規模とホテルの規模が合っていない!? てか、どういう理屈でこんな巨大なホテル建てたんだよ。
しかもこのホテルの後ろは崖。車が通れないほどの急斜面だ。そして真正面には海。
よくもまあ、こんな狭い場所にこんな立派なホテルを建てたものだ。てか、このホテル土砂崩れが起こったら、一巻の終わりな気がするけど、本当に大丈夫なのか? 心配だ。

「まあまあ、そんなことより、早く入って入って」
「あ・・はい」

ホテルの大きさに圧倒されている俺であったが、美月さんは慣れた様子で中に入って行っていた。

「ふーん。竹美プリンスホテルか」

これがホテルの名前らしい。一応覚えておくか。自分の泊ってるホテルの名前もわからなかったら恥ずかしいからな。

「うわ。ロビーも広い」

高い天井に大きなシャンデリア。それにフロントは、一体いくつあるんだ? フロントが10や20は軽くある巨大なホテルの内部に俺は目を白黒させていた。

「でも、大きい割に人はいないんですね。ガラーンとしてる。お! こっちにもなんかフロアがあるぞ」

巨大なロビーを奥に進んでいくと別フロアに出た。と思ったら、なんだこれ? 壁?
フロアを埋め尽くすような、大きなものが置かれてあった。
うん? これは泥か? 壁のような巨大ななにかに触ると手に黒い泥のような物が付着していた。なんだこれ?
泥で汚れている? なんだこの壁?

「・・・ああ! そこは入っちゃダメ!!」
「え? でも美月さん。これは一体・・・」
「はい。見ちゃダメ。えい! 目隠し!」
「わわわ。美月さん。なにを」

いきなり背後から抱き着かれた。そして両方の目を手で隠されてしまった。何も見えない。

「おほほほ。そこはまだ片付いていないみたい。ごめんなさい。ちょっと外で待っててくれる?」

目隠しされたまま。俺はホテルの外へと連れていかれる。

「ちょっと美月さん。なんでこんなことするんですか?」
「おほほほ。ちょっと待ってね。片付けてくるから」

そう言うと、美月さんはダッシュでホテルの中に入って行く。

「ちょっと靴。靴脱ぎっぱなし! お客様が来てるんだから片付けて」

そんな言葉が聞こえた気がするけど、靴? 靴ってなんだ? それも気になるけど、あんな大きなものどうやってロビーの中に入れたんだろう? それも不思議だ。
あんなに大きかったらホテルの扉をくぐれないはずなのに、なんか変だな?

「おほほほ。ごめんなさい。どうぞ」
「あれ? さっきの黒い物が無くなってる?」

またもや驚かされた。あんなに大きなもの、一体どうやってよそへ持っていたんだろう?
それにさっきのは結局何だったんだ?

「さっきあれ。なんだったんですか?」
「ああ・・あれね・・それはえーと。それよりチェックインしましょうか?」
「え? ああ。はい。チェックインね・・・と言っても誰も居ませんよ。このホテル」

地上39階建て。全長138メートルのホテルだって言うのに、中には誰も居ない。でもそんなことある?
それにフロントも10以上あるのに、スタッフが誰も居ないなんて、これはある意味不気味だ。
ちょっとしたホラーゲームをプレイしているみたい。

「おーい! おーい。お客様のご到着よ」

美月さんが大声で叫ぶ。するとスタッフルームの奥から誰か出て来た。

「い~ら~しゃ~ませー・・・」
「うわ。お化け!」

覇気のない声と共に、長い髪をした女の人がフラフラと頼りない足取りで出てきた。
彼女の髪は長く、垂れ下がっており、顔は見えない。前髪で顔が隠れている。
右へ左へ、おぼつかない足取りで歩いている。どこからどう見ても幽霊のそれであった。

「うふふふ。お化けなんかじゃないわよ。こら。お客様が驚いているでしょ? 前髪を上げて」

そんな幽霊に美月さんは勇敢にも近づいていった。そして幽霊の前髪を上げると、そこには。

「ふっふっふ・・・」

前髪を上げると、美月さんが居た。
だけど、

「うふふふ♡」

俺の隣にも美月さんが居る。

「うふふふ・・・」

美月さんが二人?

「うわ! 美月さんが二人に分身した!」
「違うわよ。こっちは双子の姉の」
「美月の姉の葉月です。よろしく・・・」

美月さんに支えながら、お化けがお辞儀している。

「まさか二人。双子なの?」
「「はい。そうです。うふふふ」」

二人は同時にそう言った。てか声までそっくりだな。おい!

「えっと葉月さんでしたっけ? なんだか具合悪そうに見えますけど大丈夫ですか?」
「うふふふ。調子が悪いから出て来たんですよ・・ふっふっふ・・」

えっと? どういう意味だ。体の調子が悪いから出て来た? 意味が分からない。
調子が悪いなら寝ていればいいのに、なんでこの人働いているんだろう?
もしかして人手不足で、休めないとかそういうのかな?

「ふっふっふ・・・・若い男の匂いがする・・・ふっふっふ。ぎゅ!」
「・・・・??」

あれ? 柔らかい物が背中に、それになんだか温かい? 

「な!」
「ふっふふふ」

なんと! 美月さん・・じゃなくて姉の葉月さんが俺の背中に抱き着いてきていた。

「なななな! なんで抱き着くんですか? ちょっと離れて!」
「申し訳ありません。少し足元がふらついてしまいまして」
「足元がふらついた?・・・」
「うふふふ。はい。でもお兄さんのおかげで元気が湧いてきました。さあ! 今日も一日頑張るぞ! おー!」

あれ? この人。急に元気になったぞ? お化けみたいな雰囲気は消え失せ、ハキハキと喋っている。
それに目のクマも無くなったような気がする。どういうことだ?

「うふふふふ。美月。ちょっと」
「あ・・はーい。お姉ちゃん。ごめんなさい。お姉ちゃんがお話があるって言うから、ちょっと席を外します。すみません」
「あ・・ちょっと!・・・行っちゃった・・・」

俺だけを残して、美月さんと葉月さんは奥の部屋に行ってしまった。


**


「ちょっと。美月。あの子。あんないい男どこで捕まえたの? めっちゃ良さそうな可愛い子じゃない」
「東京の旅行会社で見つけたんだよー」
「東京の子?」
「うん。ちょうど旅行会社のセンサーに反応したから、お姉ちゃん気に入るかなって思ったけど、やっぱヒットだった?」
「ヒットもなにもツーベース。いや場外ホームランよ」
「うん。わたしも同じ。場外ホームランだと思う。だけど多分東京中探してもあそこまでの逸材はなかなか見つからないと思うわ」
「うん。うん。そうそう。あの子のパワーは絶大よ。床に伏していた、わたしの体を一発で回復させたんだもん。只物じゃないわ」
「てか、お姉ちゃんだけずるい。あの子に抱き着いたでしょ? しかも無断でー、ああん。わたし、まだ手さえ握れてないのにー」
「そんなこと言ったって、私の方が影響を受けやすいんだから、しょうがないでしょー。病人はもっと大事にするものよ」
「むうー。まあいいわ。じゃあ次はわたしの番ね」
「うふふふ。すごいわよ。あの子。めっちゃ元気貰えるわ。でも少しだけ心配。あの子。この島から逃げないかしら?」
「大丈夫だよ。お姉ちゃん。この島はあの子にとって牢獄みたいなもの。人間の力だけじゃ絶対に逃げられない。魔窟だからな」
「それもそうね。まあ普通の人間には無理でしょうね。それより早く行こう。あの子を待たせたら機嫌を悪くさせちゃうわ」



*

たっく、いつまで客を待たせる気だよ。
席を外しますと言って出て行ったきり戻ってこないぞ。

「お待たせしました。あ・・ああ! あ~れー。足が滑ったわ~~」」

え?え? 俺の目の前に黒いスーツが!

ぼよよん!

「え? 胸? え・・えー・・ええーー!!」

柔かい胸が俺の顔に!

「わわわ・・・挟まった!」
「うふふふ。くすぐったいわー」

美月さん。葉月さん。どっちか知らないけど、彼女の胸の谷間に顔が挟まった。動けない。苦しい!

ぼよん! 

力いっぱい顔を引っ張ると、ようやく胸から解放された。

「あ・・あの・・さっきのは・・その不可抗力というか・・・その・・・ごめんなさい!」
「あらあら。こちらこそごめんなさい。ちょっと足元が悪くて抱き着いちゃったー。うふふー」
「いやでも俺・・とんでもないことを」
「いいの。いいの謝らないでー。それよりお部屋。見に行かない?」
「部屋ですか?」
「うん。お兄さんの泊る部屋まだ見てないでしょ?」
「ええ。まあ」
「じゃあ、決まりね。お姉ちゃん」
「あいあい。ではお客様。こちらのエレベータにお越しください」

お姉さんの名前は葉月さん。だっけ?
葉月さんが手招きしているエレベーターへと乗り込んだ。

「うふふふ」
「うふふふ」

俺の後ろから美月さんもエレベーターに乗ってくる。
三人に挟まれるように乗っている。てか、二人共ほんとそっくりだよな。
どっちがどっちか分からなくなる。ほくろとかの特徴もないし背丈も声も一緒。
服装まで全く一緒だから、どうやって二人を見分けたらいいのかほんとわからない。

「うふふ。なあに?」
「さっきから、ジロジロ顔を見てくるわね」
「いやあ。そんなつもりじゃ・・ただ二人共ほんとそっくりなので、なにか特徴かなにかあったら見つけてやろうとその・・・」

はあー。びっくりした! まさか二人の顔を見ていることに気づくなんて。
女は視線に敏感だとなにかの本で書いてあったけど、ほんとなんだな。
これからはあまり顔を見ない方がよさそうだ。

「わたしたちの特徴?」
「うふふ。そんなの簡単よ。顔は似てるけどあそこだけはねえ?」
「うんうん。そうよ。あそこを見れば簡単に見分けがつくもんねー。お姉ちゃん」
「え? そうなんですか?」

双子の特徴を見分ける簡単? お、それはぜひ知りたい。
正直、どっちがどっちだかわかないから、見分けれるなら見分けられた方がいい。

「で。どこが違うの?」
「胸元よ」
「胸元?」
「ほら、ここ」
「なっ!」

美月さん? それとも葉月さん? どっちかわからないけど、急に胸元を開いてきた。

「わたしの胸元にね。星型のほくろがあるのよ。で、美月の方はね」
「わたしのほくろは丸いのよ。ね? 簡単でしょ? 胸元を見れば見分けが・・・あれ? なんでそっぽ向いてるの?」
「ほらほら。わたしたちを見分けたいんでしょ? ちゃんと胸元を見ないとダメじゃないの?」

なんて二人は言ってるど、見れるかー! てか、なんなんだよ、この二人。
最初会った時からなんか危ない感じの人だなとは思っていたけど、やっぱ危ない人じゃんか!?
普通客に向かって胸元なんか開いてくるか? 信じられない。頭のねじ吹っ飛んでじゃないの?

「お姉ちゃん。もうその辺で。お兄さん。困ってるみたいだから」
「そお? まあ私としてはいくら見られても平気なんだけど? いやむしろ見られた方がうれしいっていうか興奮するって感じ?」

やべえよ。やっぱこの姉妹やべえよ。見られて興奮するなんて本物の変態じゃないか!

「あ。着きましたよ」

ポーンという電子音と共にエレベーターが停止する。
てか、今まで俺達エレベーターに乗っていたいんだよな。えらく長いエレベーターだった。

「ここの一号室がお兄さんのお部屋になります。どうぞ」
「うお。眩しい!」

映画館の廊下みたいな暗い通路を抜けると急に明るくなった。
扉が開く。するとそこは。

「・・・な!」
「オーシャンビューの最上階。和室の間ですー」
「いえーい! どんどんパフパフ!」

なんだこれ! これが本当に一万円のホテルなのか!
信じられないほど豪華な部屋が広がっていた。
畳敷きの部屋。いわゆる和室という奴なんだが、これが凄い。
めっちゃ広いってわけじゃないんだけど、高級感がプンプンする。
掛け軸に生け花、さらに窓はオーシャンビュー。ベランダを見れば、5人ぐらい入れそうな大きなお風呂まで完備されてあって海を見ながらお風呂に入れる構造だ。
しかも湯船は木。それもヒノキ。そしてなにより、この部屋めっちゃ高い。地上から100メートルぐらい離れてんじゃないかというぐらいの高層階からの海が一望できた。まるで、海が目の前にあるみたいだ。

「うふふふ。どう? 気に入ってくれた?」
「うちのホテル。自慢のお部屋ですよー」
「は・・はあ」
「あ。そうそう。これはホテルからのサービス。じゃじゃーん。バラの花束です。さあさあ受け取って」
「は・・はあ」
「あとね。今日の夕食は豪勢に行きたいから楽しみにしててね」
「は・・はあ」
「あら? どうしたのかしら?」
「なんか。固まっちゃったわね」
「もしかして、気に入らなかったとか?」

なんだよこれ。一泊二日1万円って聞いたから、てっきりビジネスホテルのシングルみたいな狭い部屋を想像していたのに、なんなんだーこれは。
それにこれ。花束めっちゃ重い。て、よく見るとこれバラの花束じゃねえか。

「なんでこの部屋なんですか? 俺一万しか払っていないのに、おかしくないですか?」
「と言ってもねえ? お姉ちゃん」
「そうよ。この部屋しか空いてなかっただもん。だから仕方がないわ」
「誰も居ないのにこの部屋しか空いてない? 怪しい。まさか高価な部屋に案内して、あとから高額な料金を請求する気なんじゃ。病院に入院しようとすると個室しか空いてませんっていって、 
 入院費を稼ごうとするあの手口と同じことをやろうとしてるでしょ!? なんて悪い奴らなんだ!」
「しないしない。そんなことしないわよ」
「そうよ。お兄さんはなにも考えなくていいの。お金のことは全然心配しなくていいんだから」

ほんとかよ? でも、このホテルかなりの高級ホテルとみた。
一泊いくらだこれ。一応ネットで調べておくか。
このホテルの評判。それにこのホテルの値段のことを詳しく調べておこう。
あとレビューもしっかりチェックしておかないとな。

「あれ?」

東京を出て初めてスマホをいじったが変だ。電波が一本もたっていないぞ。
あれ? あれれ変だな?

「あの。ここってWi-Fi飛んでますか?」
「うふふ。なに言ってるのよ。お兄さん」
「うふふ。この島は」
「「携帯の電波入らないんです」」

双子は口をそろえて行った。なに? 電波が入らないって?

「うちの島。田舎だし電波が入らないのは当然だと思うけど?」
「そうそう。それに携帯が繋がらなくても固定電話があるから全然不便じゃないわよねー」
「そう。固定電話さえあれば、なんとでもなるわー」
「いや。昭和か!」

しかし困った。電波が入らないと困るぞ。
いや困るどころの問題ではない。
こう見えても俺は現代っ子。暇さえあればいつもスマホをいじっている典型的な若者だ。
それに電波が入らないってことは、バイト先から連絡も遮断されることになる。
もし緊急のシフトとか入ったりしたら、俺はどうしたらいいのだろうか?
スマホが使えなければ店長と連絡もやり取りできない。そうなったら同じバイト仲間も困るし、それになにより俺自身の評価にも関わってくる。
できることなら、店長の評価を下げたくはない。

「やっぱ。俺東京に帰ります」
「うふふふ」
「うふふふ」

美月さんと葉月さんが両手を広げ、俺の行く手を遮った。
言うまでもない。帰るなというジャスチャーだろう。しかし悪いな。流石の俺ももう限界だ。
スマホが使えないような島に用はない。あばよ。美月さん。葉月さん。これでおさらばだ。

「お兄さん。なんで帰ろうとするの?」
「そうよ。まだ来たばかりなのに。どうして?」
「そんなの決まってるでしょ。圏外では困るんです。バイト先から突然連絡が来たら、どうするんです?」
「待って! つまりバイト先に連絡がつけば、いいのよね?」
「それは・・まあ確かに」
「美月。あれを」
「うん。お姉ちゃん」

美月さんは何かを取りに行っている。
そして数分間ぐらい部屋で待っていると、すぐに戻ってきた。

「うふふ。じゃあここに電話を付けてあげる」
「電話ですか?」
「ええ。電話が繋がれば、いいんでしょう?」

美月さんが持ってきたものは黒電話だった。
今時珍しい。いや実物を見るのがこれが初めてだったのだが、回転ダイヤル式の電話を部屋の掛け軸が飾られている前に取り付けてくれた。
これで電話ができると、そう言いたいのだろうか。

「これで満足?」
「いや、そうじゃなくて、SNSができないと困るとそう言いたいんですよ」
「えす、えぬ、えす? えす、えぬ、えすってなあに?」

え? 今時SNSを知らない? 

「お姉ちゃん。ソーシャル・ネットワーキング・サービスのこと。つまり、ごにょごにょ・・・・」
「あ・・ああ! 電子メールのことね。それは無理かな? うちの島にはパソコンなんてないし」

いや、パソコンのことじゃないんだけど。てか電子メールなんて最近あんまり聞かないな。久しぶりに聞いた気がする。

「でもね。お兄さん。そんな都合よく、シフトが変わったりするかしら?」
「そうよ。バイトのことなんか忘れて、パーと遊んだらいいわ」
「でも。万が一ってこともあるし。それに店長も困るだろうし・・・」
「ああんもう! わかったわ」

ジーコロ、ジーコロと、黒電話を操作している美月さん。
てか、あの電話、ダイヤルを回して電話をかけるのか? すげえ原始的。流石は昭和。こんな光景初めて見た。

「あ。もしもし。はい。はい。えー。えーっと・・お兄さんのバイト先の名前は」

受話器から耳を外して、そんなことを聞いてくる。
バイト先? まあいいや、俺のバイト先は。

「○○亭っていう、東京の○○線の××駅にある、チェーン店ですけど」
「OK。ありがとう。はい。それでですね」

なんだよ。これ。なんで俺のバイト先なんか聞くんだ?
それに、こんな古い電話で、どこに電話をかけているんだよ。

「はい。ありがとうございました」

チンという音と共に受話器を置く美月さん。いや葉月さん? どっちだ? 二人共同じ顔だから見分けがつかない。

「今ね。警察に連絡したんだけど、もしなにかバイト先で急用ができたらすぐに知らせてくれるって」
「え? それってつまり」
「SNSが無くてもバイト先に連絡はつくようにしたから何も心配しなくていいわ。なにかあったらすぐにお巡りさんが来てくれるから」
「あの。葉月さん」
「うふふふ。わたしは美月よ」
「え? ああ・・じゃあ、美月さん。前から聞こうと思っていたんですけど、あなた何者なんですか? なんで警察を、そんな簡単に動かせるんです? おかしい・・ですよね?」
「うふふふ。それはね。秘密」
「え? 秘密」
「お客さんは知らなくてもいいことよー」

と、後ろから葉月さんが言っていた。

「うふふ。そうよ。お姉ちゃんの言う通り。お兄さんは知らなくてもいいの。それより、うふふふ」

美月さんと葉月さん、そっくりな姉妹の顔が同時に近づいてきた。
グッと! 鼻と鼻がくっつきそうになるぐらい、顔が近づいてきたので、俺は思わずのけ反ってしまった。
だって、このままだとキスしそうになるんだもん。避けないと流石にまずいでしょ。

「うふふふ。これで東京に帰る理由が無くなったわねー」
「まさか。ここまでしたのに、今更帰るなんて言わないわよねー」
「・・・・・」
「どうしたの? まさか帰るっていうんじゃないでしょうね?」
「わかりましたよ。います。います。バイト先と連絡がつくなら文句は・・多少ありますけど我慢します」
「うふふふ。よかったー」
「うふふふ。ほっとしたわー」

この感じ。帰るに帰れない雰囲気。
だけど、俺が帰らないというと、二人共子供のような無邪気な顔で笑っていた。
そんなにうれしいのかよ。これは確実に何か裏があるな。

「わかったぞ。実は俺。将軍かなんかの子孫なんだろう。この島ゆかりの武将の子孫とかで、君たち二人はそれに仕えた子孫の末裔。そんな感じ・・だったりして・・・」
「はあ?」
「なに言ってるの?」

キョトンとする二人。ノリというか勢いで言っちゃったけど、うわ恥ずかしい俺。
ここまで帰らせたくない理由がそれぐらいしか思いつかないから、勢いで言っちゃったけど、やっぱそんなことあり得ないよね。

「お客さんは正真正銘普通の人ですよ。武将の子孫でも王家の子孫でもなんでもありません。ただのお客様です」
「うふふふ。お兄さんが武将なんてかわいいー」
「~~~っ!!」

めっちゃ恥ずかしい。これ後に響く恥ずかしさだ。これじゃあ中二病患者みたいじゃないか俺!

「じゃあ、なんでそこまでよくしてるくれるんですか? こんなの絶対におかしいですよー」
「え? それは・・・可愛いから?」
「え? 可愛い?」

そんなこと初めて言われた。俺が何? 可愛いだって?

「それに何というか落ち着くから?」
「・・・それだけですか?」
「うん。そうだけど」
「うふふふ。わたしもお兄さんと居たら心がポカポカするわ」
「・・・・」

やっぱおかしいよ。可愛いからここまでするなんて説明つかない。やっぱ帰ろうかな俺。

「まあまあ。それよりこれからどこに行く?」
「そうそう。それそれ。せっかく島に来たんだから、どこか観光して行かないと」
「え? ああ。そう言えば俺。島に来たんだったな」

ホテルが凄すぎてすっかり忘れていた。そういやここ島だったな。

「私のお勧めはね。三の島にあるお城なんかいいと思うんだけど」
「わたしのおすすめは何と言っても、ここ一の島にある神社。ここの神様はわたしの知り合いだから、何でも願いを叶えてくれるわ」
「あー。お姉ちゃんばっかりズルい―。三の島にもお城にもね。神社ぐらいあるんだから。わざわざ一の島なんかでお参りしなくても、こっちでもお参りぐらいできますー」
「なによ。三の島の神様なんて、よわよわの神様じゃない。それに比べたら一の島の神様は偉大よ。四つの島最強の神様は一の島の神様よ」
「いいえ! 三ノ島の神様の方が強くて御利益があるわ。それに一の島なんて神社ぐらいしか見るところがないじゃないの。それに比べたら三ノ島の方が凄いわよ。なんてったってお城があるんだから」
「なんですって。美月。お姉ちゃんにその態度はないんじゃないの!」
「お姉ちゃんこそ!」

なんだこれ! いきなり姉妹げんかが始まったぞ。しかも二人共バチバチ。目から火花が飛び散りそうな勢い。

「神社!」
「お城!」
「むうー」
「むむむ!」
「ふ・・二人共。その・・落ち着いて・・・」
「じゃあ。お兄さんに決めてもらおうかしら?」
「いいわよ。受けて立つわよ」
「「お兄さん。お城と神社。どっちに行きたいの!?」」

うわ近い! 鼻と鼻が擦れ合いそうな距離に二人の顔が迫っている。
鼻息が当たる。そして女の人独特の匂いも。やばいやばいやばい。めっちゃいい匂い過ぎてクラクラしそう。
俺はとっさに体をのけぞらせ、少しでも二人から距離を取った。

「二人共距離が・・近いですよ!」
「どっちがいいの?」
「早く決めて」
「どっちでもいいです」

「「それじゃあ困るのよ。どっち!?」」

「うわ。近い近い。じゃあお城で」
「やった。わたしの勝ち」
「負けちゃった・・残念ー」
「じゃあ、お城に向かってレッツゴー!」

はあはあ。二人は喜んだり悲しんだりしてるようだけど、こっちはもう心臓バクバク。あんな近い距離で女の人の顔を見たのは生まれて初めてだ。
いや、母親以外で初めてか。てか女の人から、あんないい匂いがするなんて知らなかった。
・・・??・・・!?
やば! 股間に反応が!?

「し・・静まれ」
「??」
「どうかしたの?」
「いや。なんでもない。あははは」

俺の息子に反応が! 確実にギシギシと大きくしなっている。
落ち着け。落ち着け。なんでもない。ここは修行僧のような気持で平然さを装うんだ。
二人の顔を見て勃起したと悟られたら人として終わるぞ。

「うふふ♡」
「あら♡」

あ・・あれ? 二人共なんか俺の股間を見ているような気がする。ヤバ!
クルリと回って彼女達から背を向ける。 

「うふふ♡ なんで背中を見せるの?」
「どうかした? 顔色が悪いわよ。お兄さん」
「それが・・その。いや実はのどか渇いちゃったなーって。ほら、今夏だし、喉が渇いてクラクラしていたんです」

そういうことにしておこう、ここはとにかく誤魔化すんだ。
それにまんざら嘘というわけでもない。今の季節は夏。夏休みだし暑いし喉がカラカラなのは嘘ではない。

「えー? 喉が渇いてクラクラって。嘘ー」
「お兄さん。大丈夫なの!?」

二人の反応が意外なものだった。喉が渇いてクラクラしたと言っただけで、口を押さえながら驚いている。

「熱中症の初期症状じゃないの!? それ。大丈夫なの?」
「病院行かなくて大丈夫?」
「いや。そんな大げさな。ただちょっと何か飲みたいなと思っただけです」
「何か飲みたい。わかったわ。ちょっとエレベーターに乗りましょう」
「早く早く、下の階に行って」

俺は二人に促されエレベーターに乗せられる。そして一階のフロントにまで降りて来た。

「お兄さん。そこの椅子に座って待ってて」
「すぐに戻ってくるからね」

ピューと風のように、ロビーの奥側の部屋に引っ込んでいく二人。たしかあの部屋、巨大な黒い壁が置いてあった部屋だな。

「こっちこっち。お姉ちゃん。これあったあった。これこれ」
「OK。それで、これがこおーで、あれがあーで」

なんだなんだ? 奥の部屋がガタガタと揺れているぞ。
何か大きなものが奥の部屋で動いている。一体奥の部屋でなにが行われているんだ?

「お姉ちゃん。邪魔。もっとこっち寄って」
「そんなこと言ったって、狭いんだから無理よ」

そんな声が聞こえると、ズドドドドドドドドド! と滝のような音が響いてきた。
なんだ? 奥の部屋に滝が流れているのか?
ガチャリ。扉が開く。

「どうぞ。用意ができました」

扉が開き奥の部屋に案内される。すると

「よいしょっと!」

ズウウウウ! ホテルが揺れる。
?? なんだ? 美月さん。巨大な樽を片手で持ち上げているぞ。

「あの美月さん。これ?」
「うふふふ。なにかしら?」
「さっき美月さん。片手で樽を持っていませんでしたか?」
「え? え? 片手て? えっとえっと。おほほほほ! そんなわけないじゃない。こんな大きな樽。片手でなんか持てないわよ」

俺の前に大きな樽が現れた。なんだ? この樽。めっちゃデカい!
酒蔵にある仕込み大樽のようだ。
そんな大樽を美月さんは片手で楽々を持ち上げた、ように見えた。
でも、そんなわけないし目の錯覚かな? 

「それで、この大樽、なんなんです?」
「うふふふ♡ ぼ・・・ごほん。もといミルクよ」
「え? ミルク?」
「お兄さん。熱中症なんでしょ? だから水分補給しないと死んじゃうと思って二人でしぼ・・もとい牧場から運んできたのよ」
「え? 樽の中身って全部牛乳なの?」

そういや樽の中から牛乳臭い匂いがするような・・・。でもなんでミルク? なんで大樽? 訳が分からない。
水を飲むだけなら、ペットボトル一本渡してくれればいいのに。なんでこんなめんどくさいことをするんだ?

「早く飲まないと体に毒だよ。お兄さん」
「あ・・はい」

訳が分からないが梯子に登るように誘導されたので梯子に登る。

「・・って、これ。どうやって飲むんだよ!?」

大樽のてっぺんに登った。だけど、白い液体は手を伸ばしても届かない距離にあったので飲むことはできない。

「ああ。ごめんなさい。ちょっと汲んでくるわね」

あれ? 美月さん。いつの間にミルクを汲んだんだろう? まあいいや。とにかく飲もうと、グビ

「どう・・かしら? ちゃんと飲める?」
「お口に合う? 美味しくなかったら吐き出してもいいのよ?」

じーと俺の顔を見てくる二人。二人の顔はなぜか心配そうな顔つきをしていた。

「甘い! いやあ。すげえこれ。めっちゃ飲みやすい! 甘くておいしいです」
「あらあら。美味しいの? よかったわー♡ じゃあドンドン飲んで―」
「美味しいって? よかったー♡ もっともっと飲んで―」

満面の笑み。二人はきゃ♡きゃ♡と、はしゃいでいる。
だけど分からない。牛乳を飲んだくらいで、なんでこんなに喜んでいるんだろう? 

「お兄さんがミルクを飲んでいる・・・ああーん! 尊い。ああ~~ん♡ 尊いわ~~♡」
「わたしたちのミルクが、お兄さんの喉元を流れていく♡ し・あ・わ・せ♡」

なんだコイツら。牛乳を飲んでいる姿がそんなに珍しいのかよ。

「ああ~ん♡ もう終わり?」
「もっと飲んでくれていいのよー♡ さあさあお兄さん。もっとグイグイ行って」
「いや、もうこれ以上飲めませんって」
「そおー? じゃあ船に乗って三の島に行きましょうかー」
「え? 今から船に乗るんですか?」
「当たり前でしょ? 三の島はここから船で10分。案外近い距離だから安心してね」
「はあ。また船ですか」

はあー。来て早々もう疲れた。観光なんか正直どうでもいいから部屋で寝ていたい。
だけど、二人のこのテンション。ここで行かないなんて言えないよな。
そんな雰囲気があったので言い出せなかった。

「さあ行くわよー」
「もう。美月ったら次は一の島で神社参りなんだからね」
「わかってる。お城めぐりが終わったら、お姉ちゃんの番にしてあげるから―」
「もうー。美月。調子に乗り過ぎよー」

それから約10分。ゲンさんの船に揺られると、三の島という島が見えて来た。

「あ・・・あれが三の島ですか」
「うふふふ。そうよ」
「はあー」

思わずため息が出る。三の島。船の上から見ても、わかるぐらい巨大な城が聳え立っていた。
でも、この三の島も一の島同様、島の中央に岩のような山が聳え立っている。
三の島と言われなければ、一の島と見間違いになりそうなほど、二つの島は非常に類似している。

「到着。城はこっちですよー。ついてきてー」

美月さん。そして俺の後ろからは葉月さんがついてくる。てか葉月さんも付いてくるんだな。
ホテルの仕事とか放りだしていいのだろうか? ちょっと聞いてみようっと。

「いいのいいの。お兄さん一人しかお客さんはいないから」

と、言っていた。なるほど客が一人しかいないからホテルを開けてもいいということか。
なんというか、随分のんびりしたホテル業だな。おい!

「こちらが大手門ですよー。慶長14年。1609年に作られたと言われる三の城の玄関です。この大手門は三の城の中でももっとも格式が高いと言われる門で・・・」


なんか急に観光案内が始まったな。でも美月さん。流石は旅行会社に勤めているだけあって、かなりうまい。
一切かまずに、スラスラとうんちくを語っている。
でも、流石は大手門だ。その名にふさわしい名前の門が、俺たちを出迎えてくれた。
門の高さは4.5メートルぐらいは優にあり、その柱は薄い木の色で、ところどころ白く変色している。
この門。かなりの年数が経っているようだ。木の質感や色を見れば古い物だと一目でわかった。

「大手門を抜けるとじゃじゃーん。大天守が見えてきましたー」
「え? デカあ!」

そこに建っていたお城は、俺の想像する何倍も巨大な城だった。

「三の島城の築城は慶長14年。西暦1609年。と、記された祈祷札が二枚発見されたので築城年は、はっきりしていまして」
「ちょっと待ってださい。もしかしてこのお城。まさか現存天守なんですか?」
「ええ。もちろん」
「え。でも現存天守って、確か姫路城、彦根城、松本城、犬山城、松江しかないはずじゃ?」
「それは国宝天守ね。厳密にはそれ以外にも松山城と丸亀城と宇和島城と高知城と弘前城と丸岡城と備中松山城があるわ」
「ですよね。でも三の城なんて、俺初めて聞きましたよ」
「ああ。それはここが離れ小島だからよ。今言ったお城は全部本土のお城でしょ。だからうちのお城は対象外って訳。でもね。うちのお城も本土のお城と同じように世界遺産にしようって運動があってね。ほらあれなんか」

美月さんは、大手門が建っているところを指さした。
すると、そこには「三の島城を世界遺産に」と、書かれた旗が建っていた。
なるほど、こんな旗。観光地なんかに行けばよく見るやつだな。

「それにしてもこんな立派なお城が離島にあるだなんて驚きですね」
「うふふ。ありがとうございます。そう言ってもらうとお姉さん。うれしいわ」

それにしても驚いなあ。お城だというからてっきり復元天守か、もしくは石垣しか残っていない城跡にでも連れて行かれるのかと思っていたけど、本物の古いお城がこんなところにあるなんて。
しかもこのお城かなり規模がでかい。正直に言うと熊本城や名古屋城、姫路城にも負けないような巨大な作りをしている。

「驚くのはまだ早いわ。うちのお城わね。江戸時代から完全な形で残っているのよ。ね? すごいでしょ? 凄すぎて腰が抜けちゃった?」
「はあ? そうなんですか?」
「ちょっと! もう少し驚いてよ。いい? 普通お城ってね。廃城が出たら、どこのお城でも門とか櫓とか御殿とか解体されちゃうでしょ?
 世界遺産で有名な、あの姫路城だって向屋敷、東屋敷とか大手門とかが、明治に入ってから一部が解体されたし」
「へー。そうだったんだ」

正直あんまり興味がない。でも話の途中で無理やり切るのもかわいそうなので、ここはひとつ最後まで話を聞いてあげるか。

「うちのお城の場合、江戸時代からなに一つ解体されていない状態で、しかも完璧な状態で保存されているのよ。ねえ? 凄いでしょ。こんなお城日本中どこを探してもうちだけよ」
「はあ。そうなんですか」
「わたしとしては三の丸御殿から見物するのをおすすめするわ。この三の丸は全国でも貴重なお殿様の住居が江戸時代からそのままの形で・・・」
「それより美月さん。天守閣をみたいですねー。俺木造の天守を見るのは初めてなんです」
「あのね。お兄さん。わたしの話聞いてた? 天守は本土でも見れるけど、三の丸とか二の丸とか西の丸とか東の丸とかは。本土で見られない貴重な建造物で」
「もう美月。お城マニアも大概にしておいて。お兄さんがちょっと引いているじゃないの」
「お姉ちゃん?」
「お兄さんは天守を見たいって、そう言ってるんだから希望に答えてあげないとかわいそうでしょ」
「むうー。せっかく三の丸の御殿を見せてあげようと思ったのにー」
「ほらほら美月。そんなの後でいいから、天守に行くわよ」

こうして俺たちは天守閣に向かうことにした。

「靴は袋の中に入れてね」
「はい」

城の入り口に来ると、ビニール袋を手渡された、なるほど土足禁止って訳か。

「じゃあ。入ったらすぐに階段だけど。大丈夫? 登れるかしら?」
「うわ。すごい急な階段だな」

城に入ると、見たこともないような、急な階段が姿を現した。

「城の階段はね。敵に簡単に攻められないように時間を稼ぐために、あえて急な階段の作りになっているのよ。だから気を付けて。頭をぶつけないようにね」
「は・・はい」

城内部の階段はかなりの急坂だった。おじいちゃんおばあちゃんには登れないようなのぼり階段が続いている。
エレベーターがあれば楽なんだろうけど、そんなもの昔のお城にはないだろう。つまり、この階段を登るしかないか。

「わたしが先に行くから、お兄さんは後からついてきてね」
「はい。わかりました」

美月さんの指示通り、彼女の後ろをついていくことにする。よいしょっとよいしょっと。
階段を一段一段。足元を見ながら慎重に登って行く。足を滑らしたら怪我しそうだな・・・。
あと、どのぐらいで階段終わるんだ? そう思って上を見上げると。

「な!」

黒いパンストが俺の目の前に。しかもムチムチの太ももが階段を登っている。
言うまでもない。これは美月さんの脚、太もも。黒パンストだった。

「? どうかした?」

階段の途中で足を止め、振り返る美月さん。
やばい。超やばい。美月さんの脚が俺の目の前にある。

「なんでもありません。そのまま登ってください」
「そう? ならいいけど」
「うふふふ」
「は!」

後ろを振り返る。すると姉の葉月さんの姿があった。まさかさっきの見られた?

「お兄さん。美月の脚が好きなのね?」
「そんなこと・・・ありませんよ。気のせいです」
「うふふふ。美月ー。お兄さんがねー美月の脚を・・・」
「うわ。葉月さん。しー! しー!」

葉月さんが、大声でそんなこと言っている。

「お姉ちゃん? どうしたの?」
「なんでもない。なんでもない。ほんとなんでもないですから・・・」
「うふふふ♡ お兄さんってほんと恥ずかしやり屋さんねー」

ヤバい。やっぱみられていた。くそ。やっぱこんな島来るんじゃなかった・・・。

「はい。お疲れさまでした。ここが最上階ですー」
「うわー、すげえ。海が一望できる、すげえ」

海が一望できる絶景。そんな光景が天守の最上段から眺めることができた。

「俺はお殿様だぞー。くるしゅうない。わっはっは。なんてな」

天守の最上階に来ると、そんな気持ちになる。島を一望できる景色を見ると気も大きくなる。

「水を差すようで悪いけど、天守にお殿様は住んでなかったみたいね」
「そうなんですか? でも時代劇とかだと、こういうところからお殿様が居たりしません?」
「それはドラマの演出。あんなの嘘っぱちよ。お殿様の住居は三の丸よ。ほら、お城の前に建物が建っていたでしょ? あそこがお殿様の住居だったの」
「じゃあ天守って普段何に使っていたんです?」
「倉庫として使っていたことが多かったみたいね。いつ戦が始まってもいいように鉄砲とか甲冑。あとお米とかを保管していたらしいわ」
「天守って倉庫だったの? なんかがっかり・・・」
「そんながっかりしないの。それより神社にお参りしましょう」
「ああ。そういえば、さっきから神社みたいなものがあるなあとは思っていましたが、やっぱこれ神社なんですね」

お城の中に神社がある。城の最上階に神社があるなんて変わっているな。

「あ。でも俺。財布ないから、あ賽銭が・・・」
「いいのいいの。お賽銭なんかどうでもいいわ」
「でも、そういうわけには・・」
「いいのよ。ここの神社の神様と、わたしは友達みたいなものだから、私がいいっていったら、いいのよ。ほらお金なんか気にせず、鐘鳴らして」
「はあ・・・じゃあ」

パンパン! と、手を叩いて、お参りする。

「むうー! 美月ばっかり自分の神社をお参りさせて! くやしい。ぐぬぬぬ! いい? お兄さん。明日は必ず一の島の神社にお参りしてね」
「あ・・ああ。わかりました」

俺がお参りしていると、なぜか葉月さんが怒ったような顔をしていた。でもなんで怒っているんだろう?俺なんか悪いことしたのかな?

「さあ次はいよいよ本番よー。三の丸へレッツゴー」

そして俺たちは頭をぶつけそうになりながら急な階段を下り、美月さん一押しの三の丸にやって来た。

「なにこれ。やばあ!」
「うふふふ。そうでしょう。そうでしょ。これこそが三の城一番の名物。三の丸御殿よ」

三の丸御殿を見た感想は、すげえの一言。なんだここ? 金ぴかの部屋が俺たちの前に広がっている。
金のふすまに金の天井の装飾。あと金の屏風。流石に廊下は普通の木だったけど、それでも圧巻の一言だ。

「ここが三の丸御殿の中でももっとも格式が高いところね。お殿様と家臣が謁見する場として使われていた間になりまーす」
「へー、なるほどここがねー」

この間の作りと比べたら、天守は住むのに適していないことがよくわかる。
天守の階段は急坂で登るのも一苦労。
しかし、この三の丸御殿は平屋建てで住むのに不便はないように見える。
しかも天守と違って豪華絢爛。ふすま一つを見てもかなり手がかかっていることがよくわかる。
歴史は苦手な俺だが、その時代の最高の技術が使われていたと想像するのに容易い。

「・・・うう・・うう・・」
「あの。美月さん? どうかしたんですか?」

美月さんが腰を振りながら、急にもじもじし始めた。なんだトイレか?

「わたしは葉月です。ちょっと」
「ああ。どうぞ。どうぞ。行って来てください」
「すみません。では」

ピュー。音が出るぐらいの速度で葉月さんが出て行く。
どうしたんだろう? 葉月さん。もしかして漏れる寸前だったのかな?

「あれ? お姉ちゃんは?」
「なんか、さっき走って出て行きましたけど、それより、もう一度外から天守を見たいんですけど、いいですか?」
「どうぞ。どうぞ、いくらでも見てください」
「そういや、あの天守って何メートルぐらいの高さ何ですか?」
「そうですね。お城時自体の高さは45メートルぐらいだと聞いています」
「へー、45メートルですか? どおりで大きいわけだ」
「でも石垣とかの高さを含めると多分60メートル以上の大きさになると思いますね」
「へー。60メートル。そりゃ凄い。じゃあ景色もいいわけだ。はっはっはー」

笑いながら三の丸御殿を出てくる俺達。すると天守閣が見えて来た。天守はやはり立派だ。

「それにしても大きいな。あんな大きなものを400年以上前に作ったんだから、すげえや」

天守閣は大きい。美月さんの言葉を借りれば60メートルの高さがあるらしい。ほんとこうやって近くで見るとめっちゃデカく感じる。めっちゃデカく。

「え?」

でも、俺は見てしまったんだ。天守閣よりも大きな巨人。
天守の向こうでしゃがみ込んでいる巨人の姿を!

「なんだあれ!?」

天守の向こうでしゃがみ込む巨人。巨人は後ろを向いていたため、顔が見えない。
だけど、天守の大きさは石垣を含めても60メートル。だけどしゃがみ込んでいる巨人の方が数倍大きいように思える。
一体どれぐらい大きいんだ。てか、なんであんな巨人がいる? まさかCG、特撮かなんかか?

「あ・・・あれ。美月さん。あれを見て!」
「うふふ。なあに? あ・・・ちょ! 見ちゃダメ。えい! 目隠し!」
「わわわ。なにするんですかー」

急に視界が奪われた。目の前が真っ暗になる。

「うふふふ。もういいわよ」

視界が開けた。目隠しが取られた。

「ちょっと美月さん。なにするんですかー」
「うふふふ。す・・スキンシップよ。そう。うふふふふ」
「こんなときにスキンシップを取ってる場合じゃないですって。それより見てください。巨人が。巨人が居ますよ。なんなんですかあれ!?」
「うふふふ。お兄さん。一体なんのこと?」
「だから、巨人が?」

あれ? いない。さっきまで居た巨人が居なくなってる。

「お待たせー。ごめんなさい。ちょっと長引いちゃったー」

少し遅れて葉月さんも戻ってきた。

「葉月さん。聞いてください。巨人があの天守の向こうに巨人がしゃがみ込んでいたんですよ」
「え? 巨人が・・・ええっと・・・」

葉月さんは美月さんの方へ、視線が動いていた。それを見た美月さんは首を横に振っている。
この人たち、今何か合図を送ったな。俺こういうのに敏感だからすぐに分かるんだ。

「うふふふ。な・・なんでもないわ。うん、なんでも・・」
「嘘だ。俺確かに見たんだ。あれは絶対に巨人だった」
「うふふふ。お兄さん。一旦落ち着こう」
「そうよ。お兄さん。巨人なんて居るわけないじゃないの」
「そういえば・・そうなんだけど」
「ほらほら。お兄さん。旅のせいで疲れているのよ」
「今日はもうホテルでお休みしましょうねー。美月。二の丸とか櫓の見学はまた今度にしましょうー」
「OK お姉ちゃん。残念だけど仕方ないわ。また今度ね」
「いや。でもあれは絶対に巨人だったんだけどな・・・」

俺は天守閣を振り返りながら港へと連れていかれた。
できることなら、天守の裏側を見て、巨人が居るかどうか確かめて見たかったんだけど、船が出るとか何とか言われて、それも叶わない。
でもあれは確かに巨人だった。天守閣よりもデッカイ、しゃがんでいる巨人。でも今となってはその正体がなんだったのか確かめる手段はない。


*


「うふふふ。夕食の方はどうだった? お口に合ったかしら?」
「どうもこうも、なんなんですかあれ? クリームシチューにクリームパスタ。あとグラタン。
 グラタンのクリームソースの上には大量のチーズがかかっているし、あれは驚きましたよ。あとデザートはミルクケーキのホールケーキ。飲み物はミルクだし、なんなんです?あれ?」
「あらあら。もしかしてお兄さん。お料理気にいらなかった? 今日のお料理美味しくなかったの?」
「いや、そういうわけじゃなくて、料理自体は美味しかったんですが、献立がどうも変だったで」
「うふふふ♡ あら? 美味しかったの? ありがとう。頑張って作ったかいがあったわ」
「でも。美月さん?」
「うふふふ♡ わたしは葉月よ」
「ああ。葉月さんだったんですね。すみません。でも、あれいいんですか? いくら乳製品料理が続いたとはいえ、中に入っていた具はどれも高そうな食材でしたし・・アワビとか蟹とかいくらとか、
 あんな食材いっぱい出して本当に採算取れているんですか?」
「いいの。いいの。そんなの気にしないで、お兄さんが美味しいって言ってくれたら、それでお姉さん。満足よ~」
「いやでも、これで旅費一万はおかしいですって。食事だけで一万超えるレベルでしょ。あれ」
「本当にいいのよ。海に行けばあんなのゴロゴロと居るしミルクだって沢山余ってるから」
「沢山余ってる?」
「いえ。その・・・おほほほ! お兄さんが美味しいって言ってくれれば、食材なんてタダみたいなものってことよ。おほほ!」
「そうなんですか?」
「それより、露天風呂に入ってきたらどうかしら? 夜の海を見ながら天然温泉ってのも乙な物よ」
「そうですか? まあお城登って汗もかいてたし、風呂に入りたいなあとは思っていましたけど」
「じゃあ、決まりね。服はこの竹籠の中に入れておいてね」
「ああ。これはどうも」
「うふふふ」
「うふふふ」

籠を受け取り、ズボンに手をかける。それなのにこの二人、部屋から出て行く気配がまるでしなかった。

「うふふふ。じー!」
「うふふふ。じー!」

美月さんと葉月さんが俺の股間をガン見している。なんだコイツら? 早く出て行けよ。

「あの・・ズボンを脱ぎたいんですけど」
「どうぞ。脱いでください。じー」
「どうぞ。どうぞ。お構いなく。じー」
「美月さんたちが居たらズボンを降ろせないでしょー。出て行ってくださいー」

パタン

追い出されてしまった。ほんとあの子ったら、恥ずかしがり屋さんね。
ズボンぐらい、わたしたちの前で脱いでくれても構わないのに。
でもいいわ。

「美月」
「わかってる、お姉ちゃん」

わたしたち姉妹は脱兎のごとく廊下を走って行った。そして防音設備が整った会議室に二人同時に飛び込む。

「ちょっと。お姉ちゃん。あんなところで体を大きくしないでくれる?」
「そんなこと言ったって、体の制御が効かなかったんだからしょうがないじゃない・」
「ほんと気をつけてよ。あんな姿。お兄さんに見せちゃって・・・めっちゃ怪しんでいたんだからね」
「でも。まだいい方じゃないの。500年前のあの日は、完全に体の制御が効かなくなって島ごと沈めそうになったけど、あの時と比べたら全然全マシじゃない。人的被害は出てないんでしょ?」
「そりゃそうだけど・・・とにかく体調管理はしっかり、やっておいてね。ただでさえ、あのお兄さん警戒心が強いんだから」
「ごめんなさい。次からは気を付けるから。それより美月。これからあの子。お風呂に入るようね。あれは? ちゃんと持ってきたの?」
「ふふふふ。じゃじゃーん。あの子のTシャツ。こっそり持ってきちゃったー。くんくん・・・フーフー! ああ。落ち着く。いい匂い」
「あー美月ばかりズルいじゃないのー。わたしにも嗅がせて」
「ダメよ。これはわたしが持ってきたものだから、わたしの物よー」
「ダメダメ。ここは病人である、わたしは優先でしょ」
「わたしの!」
「いいえ。わたしの」
「わたしのだって」
「いいやわたしの」

ビリビリビリビリ!

「「あ」」

真っ二つに破れるTシャツ。気づいたときにはもう手遅れだった。

「あらあら。破れちゃった」
「したかがないわ。でも破れる服が脆いからいけないのよ」
「じゃあ、二人仲良く半分個ね。あー。癒されるーずっと嗅いでいたい♡」
「ほんと、このTシャツの上に移住したいぐらいねー。はあ~~~~♡」

二人の姉妹は、まるでマタタビに酔いしれる猫のようにのたうち回り、Tシャツだけを嗅ぎ続けていた。


*

「なんだこれ! ミルク風呂じゃないか!?」

露天風呂に流れてくるお湯は白く、さらさらとしている。
ミルク。ヒノキ風呂に真っ白なミルクの液体で満たされ異様な色合いを醸し出していた。

「うえ。なんかこの風呂ぬるいし、水の質感が独特だし、もういいや」

早々と風呂を上がることにした。だけど、シャワーからは普通の水が出て来たので、ほっとした。
まさかとは思うけどシャワーまでミルクじゃなくてよかった。
そして事件は風呂から上がった後に起こる。

「ない! ない! なあーーーーーいい!」

俺の服がないぞ。籠の中に入れておいたのにTシャツだけが無くなっている。

「まさかあの二人が!?」

仕方がないのでクローゼットの中に収納されていた浴衣を着ることにする。

「失礼します」

噂をすればなんとやらだ。美月さんと葉月さんが同時に入ってきた。

「美月さん。それに葉月さん。籠の中に入れておいたTシャツどこへやったんですか?」
「さあ? わたしたちにはなんのことだか?」
「そんなの知りませんよー」

嘘つくの下手か? こいつら。明らかに何かを知っているような素振りしやがって。

「客の服を盗むなんて、いくらなんでもやりすぎ。あれ?」

さっきまでここにあったズボンが無くなっている。それにパンツまで無くなっている。
籠の中が空っぽだ。

「あれ? 俺のズボン知りません? さっきまでここにあったのに」
「さあ? 知りません」
「お兄さんが失くしたんじゃないんですかー」

目の前で、ズボンまで無くなったぞ!
くそ! こいつら。こうなったらこっちも黙っておかないぞ。
警察に通報してやる。電話を・・・

「あ。そっかここ圏外だった。電話は使えないのか・・・じゃあ! 固定電話で」
「ふん!」

固定電話に手を伸ばした瞬間、美月さんの足が振り下ろされる。
黒電話は美月さんの足に踏みつぶされぺしゃんこ。粉々になっている。

「あ! 電話が!」
「うふふふ。ごめんなさい。足が滑っちゃったわー。おほほほほ。これで警察に連絡できないわねー」
「ぐぬぬぬ!」
「まあまあいいじゃないの。お兄さん」
「そうそう。服がなくても死んだりしないって」
「ちがーう! そうじゃない。そうじゃないだろ。服が無かったら外へ出られないじゃんか。全裸でどうやって家に帰るんだよ」

そう言った瞬間。二人の目が光った。

「じゃあ、家に帰らなくてもいいんじゃない?」
「そうそう。それそれ。このままずっとこのホテルに泊まっていればいいのよ」
「いや。そういうわけで言ったんじゃ・・・と、とにかく代わりの服を用意しておいてください。お金はあとで立て替えますからそういうことで」
「もう! 意地悪ね。お兄さんも。このままずっとホテルに居たらいいのに」

今になって振り返れば、つくづくアホなことをしたと思うよ。
たった一万の旅費でこんな贅沢旅行ができること自体、そもそもがおかしんだ。もっと疑うべきだった。こんな旅行行くんじゃなかったよ。

「じゃあ。そろそろ寝ましょうか? お休み。お兄さん」
「おやすみなさい。お兄さん。うふふ」
「ああ。お休み」

俺は布団に入った。すると生暖かい物が両端に挟み込まれるように入ってくる。なんだこれ? 真夏なのに湯たんぽ? 

「うふふふ」
「うふふふ」

あれ? おかしい。
布団に入った。確かに布団の中に入ったはずだ。それなのに左には葉月さん。いやもしくは美月さんの顔がある。

「うふふ」

右にも葉月さんか美月さん。そのどちらが笑っている。
ええっと。つまりこれはつまり。

「ちょちょちょっと。なんで二人が俺の布団の中に入っているんですか?」
「え? だってそうしないと危ないから?」
「危ない?」

いやいや。俺と一緒に寝る方がよっぽど危ないでしょ。

「この島にはね。こわーい巨人が住んでいるのよ」
「巨人が?」
「ほら三の島城で見たでしょ? あれよ。あれ。あいつがこの辺りをうろついているらしくてね。一緒になった寝てないと危ないって訳」
「ちょっと、美月。あなた。なんてこと言うのよ。あれは・・・」
「しっ! ここは私に任せておいて。だからね。お兄さん。一緒に寝ないと危なくて巨人に食べられるかもしれないから、わたしたちがこうやって守ってあげてるのよ。うふふふ。嬉しい?」
「うれしくなんかなあーい!」

何を言い出すかと思ったら巨人だと? バカバカしい!
確かにさっき天守でそれらしいものは見たが、あれは幻覚。旅疲れからくる幻だろう。
そもそも天守閣よりも巨大な巨人なんかこの世にいるか? もし、いたとしてもどうやって体を支える?
あそこまで大きいと自らの体重に押しつぶされて、立って歩くことさえもままならないはず。
だから、あり得ない。あり得るはずがないのだ。この世に巨人なんかいない。

「巨人だって? はっはっはー。なにを言うのかと思ったらバカバカしい。ファンタジーの世界じゃじゃあるまいし、こんな離島に巨人なんか居るわけないでしょ!」
「え? でも巨人が・・・」
「はいはい。二人共出て行った。出て行った」

俺は二人を部屋から追い出した。その際二人は何か文句を言っていたような気がするけど気にすることはない。
巨人なんか居るわけがない。それより寝る前に水を飲もうと。
部屋にあったウォーターポットを注ぐ。すると白い液体が出て来た。これ牛乳だ。

「寝る前に牛乳はちょっとなあ・・そういや美月さんが1000円札を貸してくれたから、これで水でも買ってくるか」

巨人が居るなんて二人は言ったけど、そんなの嘘に決まっている。それを証明するため、ホテルから出て、日の落ちた夜道を歩いていた。
外は真っ暗。流石は田舎離島。街灯もなにもない真っ暗闇だが道に迷うことはない。ホテルから港までは一本道。道に迷う要素皆無。
確か船が停泊する港に自動販売機が一台あったから、そこで水でも買おう。

*

「ちょっと美月。なんであんなこと言ったの? 巨人が居るなんて言ったらダメじゃない!」
「それよりお姉ちゃん。ほら見て。あの子。夜道を一人歩いているわ」
「ほんと。あんな、か若い男が一人夜道を歩いてほんと大丈夫かしら。危ないわね。若い娘に襲われないかしら?」
「それに、転んでけがしないがほんと心配。あんな、か弱い男の子が夜一人で出歩くなんて信じられないわ・・・で、お姉ちゃん。どうなの? 体調の方は?」
「見ての通りよ。お兄さんがホテルから離れて、もうフラフラよ」
「うふふふ。お姉ちゃん。実はわたしもフラフラ・・・」
「ちょっと美月。あなた大丈夫?」
「ごめん。お姉ちゃん。わたしもそろそろ限界みたい。男成分が切れて来たみたい・・・」
「そんな、あなただけが頼りなのよ。あなたまで倒れたりしたら、今後どうやって生きて行くのよー」
「うふふふ。それそれ。そこなのよ。だから。お姉ちゃん。ちょっと協力して」
「協力?」
「さっきあの子に、巨人が居るって言ったでしょ? あれを活用したいの。なあに、ちょっと脅かしてやれば、あんな小さな男。イチコロだって。作戦の内容はゴニョゴニョ・・・」
「え? そんなこと私にやれっていうの?」
「大丈夫。大丈夫。外は暗いし顔はバレないって」
「そお? まあ、一応やってみるけど」
「うふふふ。じゃあ決まりね。後はよろしく。お姉ちゃん~」


*

なんだよ。楽勝じゃんか。どこにも巨人なんかいないぞ。
浴衣姿で外に出るのもどうかと思うが、流石は田舎離島
今の時間、港には誰も居ない。人が居なければ危険な要素0
これじゃあ夜のコンビニの方がまだ危ないと感じるな。
頭を黄色く染めたヤンキーがたむろしていることもないし、ここの方がよっぽど安全だ
ガゴン! 自販機にお金を入れ水を買う。
さて、あとは帰るだけだ。もと来た一本道を引き返してホテルに戻るだけ。

「あ・・・」

港からすぐのところに、巨大な穴が開いていた。
なんだこれ! もしかして足跡? しかもこれ、かなりの巨大に見える。
漁船一隻分ぐらいあるんじゃないかと思う巨大な足跡が地面に刻まれている。

「まさかこれが美月さんの言っていた巨人」

そう思うと寒気がしてきた。は・・・早くホテルに帰ろう!
俺は走ってホテルに帰ることにした。しかし、

「誰だー。悪いことする奴は―!」

恐ろしい声が響く。
背中から冷や水を浴びせられたような恐ろしい声だ。

「あ・・ああ! ああーーーーー!!」

思わず尻餅をついてしまう。何故なら俺の背後に見たこともない巨大な人の影が立っていた。

「あわわわ・・・きょ・・・巨人!?」

認めなくない。認めなくなんかない。だけど認めざるを得ない。あれは巨人。
人の形をした影。シルエット上の巨人の影が俺の前に聳え立っている。

「悪いことする奴は、ただじゃおかねえぞー」

何かが持ち上がった。そしてそれが降ってくる。街灯もないなにもない暗闇だから、よく見えないけど、そんな気がする。
そして、その予感は悪いことに的中した。
ズウウウウ!という、山をも揺れ動かすほどの地響きが響く。

「うわあああああああ!」

吹っ飛ぶ。吹っ飛ぶ。まるで嵐の落ち葉のように俺は吹っ飛ばされた。
しかし、これは巨人の足が振り下ろされたことで起こった突風だった。

「悪いことする奴は、踏みつぶすぞー」

今度は巨人の手が降りてきた気がする。だけど、巨人の手はあまりにも早くて逃げる暇がない。
俺はあっという間に捕まり、巨人の手の中に落ちてしまう。

「ぎゃあああああ!!」

どうやら巨人に握られてしまったらしい。しかしその瞬間、今まで感じたことにないような痛みが全身を駆け巡った。
骨が折れる! そう思えるぐらいの握力! ダメだ。とてもじゃないが敵わない!
巨人の力は恐ろしく機械的な力だ。たとえるなら車と相撲を取るようなもの。全く敵う気がしない。

「悪い奴はただではおかねえぞ」

ビリビリビリ! 今度は巨人にひっかかれた。浴衣がビリビリに切り裂かれる。
この巨人の爪、凶器だ。まるで手術用のメスで切り裂かれたように、すっぱりと浴衣が破られてしまう。

「ひえええええええ! 誰か助けて!」

一瞬のスキをついて、巨人の手から逃げる。そして一目散に走った。走ってホテルのフロントに駆け込んだ。

「美月さん。助けて! 巨人が巨人が出たんだよー!」
「あらあら。うふふふ♡ お兄さん随分セクシーな格好ね」
「え? セクシー? なっ!」

巨人のことで頭がいっぱいで、そこまで気が回らなかった。俺は今、走れメロスののようにボロボロだ。
浴衣はビリビリ。太ももは丸見え胸も丸見え状態で、とてもじゃないが女性の前に顔を出せるような格好ではない。

「ひえ! み・・みないでー」
「うふふふ♡ ダメですー。お姉さん。見ちゃいます」
「いやだから。見ないでください」
「うふふふ♡」

うわ。美月さん。やっぱ変態だ―。でもどうしよう。これで俺の着れる服は全部無くなった。
元から着ていた服は盗まれ、部屋に備え付けてあった浴衣もボロボロだ。
もう着る服がない。

「別にいいじゃないの。このまま裸で過ごしたら? わたしは全然気にしないわよ。むしろ芸術って感じで歓迎ねー」
「そんなわけにはいきません。それより、なにか着る服を持ってきてください」
「うふふふ♡ じゃあ、お願いして」
「お願い?」
「そうよ。美月さん。お願いします。服を貸してくださいって頭を下げて頂戴。そしたら貸してあげる。うふふ」

く・・くそ。こんなこと本当はしたくない。だけど背に腹は代えられないか。

「お願いします。美月さん。服を貸してください」
「うふふ♡ わかったわ。じゃあなにか持ってくるわね」

美月さんは奥に引っ込み、そしてすぐに戻ってきた。

「こんなんしかなかったけど」
「なんでもいいです。それより早く服を」
「はいはい。じゃあこれ」

俺は美月さんから服を受け取り、すぐさまエレベーターのボタンを押して最上階に行く。
そしてそのまま自分の部屋へ駆け込んだ。

「はあ・・やれやれ。でもこれで服を着れるな・・って、なっ!」

部屋の鍵を閉めて、美月さんが貸してくれた服を広げる。
服。そうだ。確かにこれは服。ブラジャー。ピンクの布切れ。パンツ。これって。

「これ。女物じゃないかー!」
「大丈夫? ちゃんと着れそう?」

そうしていると、美月さんが俺の部屋の扉の向こうに来ていた。

「ちょっと美月さん。なんで女物のスーツなんですか? こんなの着れませんよー」
「だって。わたし男の服なんか持っていないもん」
「じゃあ他に着れる服は?」
「ない。それしか予備の服はないわ」
「じゃあ、この島に服を買える場所は?」
「残念。うちの島は夕方5時になったら、お店は全部閉まっちゃうのよー」
「えー、そんな・・・」
「田舎だからしょうがないわ。今はそれしかないから我慢してね☆」
「え・・・でもそれだと女装に・・・」
「じゃあ素っ裸でいることね。まあわたしは全然それでも構わないけどね」
「素っ裸!?」
「素っ裸でいるか。わたしの予備のスーツを着るか、どっちかね。まあ私のお勧めは素っ裸ね。裸でホテルを歩き回りなさい。その方が・・・えへへへ・・・はあはあ♡・・・」
「わかりました。わかりましたから、スーツ借ります」

そして女物のスーツを着終わると、美月さんが部屋に入ってきた。

「うふふ♡ わかったわね? 勝手に外に出たらダメよ。今度出たら。えい! お仕置き」
「あいた」

美月さんのデコピンが、俺のおでこに炸裂している。

「今度やったらお仕置きだからね? わかった?」
「はい。わかりました・・・もう勝手に外に出たりはしません」

こうして俺は美月さんおそろいの女物のスーツを着ることになってしまった。
泣く思いで、美月さんのスーツに袖を通している。
なんで、こんなことにトホホ・・・

「うふふふ♡ あら♡ あら、あらあらあら♡ きゃー。可愛い。こんな可愛い男の子初めて見たわー♡ サイズもピッタリみたいねー」
「み・・みないでー」

なんという恥。恥。恥さらし。まさかこんな離島で女物のスーツを着ることになるなんて・・・。

「それより美月さん。大変なんです。巨人。巨人が出たんですよー」
「あら? そうなの? それは怖いわねー」
「きゃああああああー!!」
「まさか巨人が現れたんですか?」
「きゃー♡きゃー♡ なにこれ可愛い♡ なんで美月のスーツを着てるの?」

なんだ葉月さんか。葉月さんが美月さんと同じテンションで叫んでいる。

「葉月さんも聞いてください。巨人が。巨人が現れたんですよー」
「あら、そう? それは大変ねー。それより写真。お兄さん。写真撮っていいかしら?」

なんなんだよ。こいつら。巨人が出たというのに、この落ち着きよう。
巨人が出て襲ってきたら、普通もっと驚くだろう。
はあー、でももうどうでもいいや。それより疲れたよ。さっき全速力で走ったからもうヘトヘト。
正直このまま寝たい。何もかも忘れて寝てたいよ。

「うふふふ♡ はあーい。お兄さん。こっち見てねー」

パシャパシャ。なんか写真をめっちゃ撮られたみたいだけど半分寝ていたのでよくわからない。


*

くそー! こんなのどうやって寝るんだよ!

「すうーすうー」
「すうーすうー」

両脇に眠る美女。葉月さんと美月さんが挟むように眠っている。
巨人が出る、だからその用心棒ということで二人は俺の布団で一緒に眠っていた。

「くっそー。目開けれない!」

目を開ければ、二人の美女が居る。しかもこの二人胸元はゆるゆるだ。ゆるゆるの浴衣を着て、正直目のやり場がないのだ。
どこを見ても美女の女体が視界を埋め尽くす。だから目をつぶって、時間が過ぎるのを待つしかない。

「むにゃむにゃ。お兄さん」
「むにゃむにゃ。こっちにおいで―」

二人して寝言を言っている。てか顔が近い。寝言と一緒に寝返りを打ってきた。
もはや、たばこ一本分の距離もない。顔がぶつかる。

「くっそ。もうダメだ。やっぱあっちで寝よう」

布団はこの一枚しかないと言っていたが、こうなったら座って寝た方がまだマシだ。
俺は布団から出ようと思った。

「・・出られない。なんだこれ!?」

今まで二人の顔に気を取られて、気づくのが遅れたが、この二人、俺の体に抱き着いている。
動けない。両腕を掴まれて動くことができない。こいつら寝ているくせになんて力だ!

「はあ・・しょうがない。このまま寝るしかないのか・・・」

体を掴まれているので逃げることもできない。
もう・・どうでもいいや。このまま寝ちゃおう。もうそれしかない。

ようやく眠れた。と、寝ながらにそう思う。
すると、どこから声が聞こえて来たような気がする。

「うふふふ♡ ようやくあの子眠ったみたいね」
「うふふふ♡ じゃあそろそろ本番ね」

本番? 本番ってなんだ? 頭がボーとしているけど、そんな言葉がはっきり聞こえて来たぞ。

「じゃあ、わたしから」
「ダメよ。美月。ここは姉であるわたしから」
「もう! お姉ちゃんばっかりずるい」
「うふふふ。すぐに代わってあげるから、美月は後」
「えー」

そんな声が遠くから聞こえると、ぐらりとホテルが一瞬揺れた。
まるで、電車の連結のような衝撃がホテルを揺らしている。

「うふふふ♡ こんな小さなホテルにあの子は泊っているのねー。小さい。可愛い。うふふ♡ 食べちゃいたい」
「ダメだよー。お姉ちゃん。本当に食べたら。わたしの番が・・」
「うふふふ。冗談よ。それより見て。ホテルよりわたしの××の方が大きいわ。うふふわたしの××って、あの子からしたら山みたいなものね」
「いいなー。わたしも早く××に、お兄さん乗せたいよー」

私も早く、ダメだ。その後の言葉が聞き取れない。だけど、その言葉何か意味ありげな気がする。なんて言ったんだろう?

「いいなーいいな。わたしもあの子を××の上に乗せたいなー。ねえねえ。お姉ちゃん今どんな気持ちなの?」
「うふふふ♡ そんなの決まってるじゃないの。気持ちよくて心がポカポカするわー。満たされるって感じね」

心がポカポカ。ホテルが小さい? バカな! 俺が今泊まっているホテルは地上39階建て。全長138メートル。
高層ホテルに泊まっているのに、それが小さいだって? どういう・・は!
そこで俺は完全に目が覚めた。

「あれ? 美月さんたちが居ない」

さっきまで俺の隣に寝ていた二人が見当たらない。
二人共どこ行ったんだ? それになんか暑いな。
クーラー止まっているのか? なんか蒸し暑い。
それになんだあれ? 窓に何か映っている。あれは山?

「山というよりエアーズロックみたいだ。今の時間ははっきり見えるのか? 朝は雲がかかってよく見えなかったけど」

奇妙な形をした山だ。エアーズロックのような山。てっぺんが平たい山。そんな山が夜の海に浮かんでいる。あれは三の島の山か?

「うふふふ♡ じゃあ早速、あの子をオカズに、いっちょやっちゃいましょうか♡ うふふふー」

山がしゃべった! 
それに暗くてよくわからないが、山の上からなにかが垂直に降りてきている。

「指?」

指のような形の長い物が山の先端に触れる。
ドクン! 
それと同時にホテルの真下から、地鳴りのような音が響き始めた。
地中奥深くに埋まった爆弾が爆発したような揺れ。明らかに山が指に触れた瞬間に連動して響いている。
時計は朝の4時40分。もうすぐ日の出という時間。徐々に空が明るくなってきた。
すると徐々に山の全体の正体があらわになった。

「ま・・まままま・・・まさか。あれ! ち・・乳首!?」

タユンと揺れる。ピンクの乳首。海の向こうに聳え立つ。平べったい岩のような山。
エアーズロックを連想させるピンクの乳首が水平線の彼方に映っている。

「なんだあれ!?」

乳首の上に指が降りてきて、乳首を押さえつけている。
ぴょこん、ぴょこんと、サウンドバックでもするように指が乳首を押し倒している。
でかい。それにしてもデカい。あの乳首。距離感が狂っているからよくわからないが。相当な大きさに見える。
少なくとも、俺が泊っているホテルなんかよりもよっぽど大きい。本物山が、いや山のように巨大な乳首がオーシャンビューのホテルの先に聳え立っていた。

その瞬間。俺は叫びながらホテルから飛び出した。向かう先は港。港に向けて走っている。
もう無理だ。こんな訳の分からない島。これ以上滞在できない。今すぐ東京へ帰らないと、早く帰って元の平穏な生活に戻りたい。
今考えているのはそれだけだ。

「うん? あんちゃん。そんなに慌てて、どうしたんだ?」

港に着くと。これから漁に出かけようとしている漁師げんさんが船の前に立っていた。
ちょうどよかった。げんさんに頼んだら東京に帰れるぞ。

「血相を変えて走って。それに・・あははは! なんだその格好。まさかあんちゃん。女装の趣味があったのかい?」
「げんさん。そんなことより早く、早く船を出してください」
「おいおい。あんちゃん。いきなりだな。どうしたんだ?」
「とにかく俺。東京に帰りたいんですよ。今すぐ船を出してください」
「悪いが、あんちゃん。それはできない」
「なぜです?・・じゃ、じゃあいつなら船を出せますか? 昼ですか? それとも夜?」
「そういうことは、美月様が管理されてる。船を出したきゃ美月様に頼むんだな」
「え? なんで?」
「美月様と葉月様の許可が出ない限り、船は出せねえって言ってるんだ」
「なぜです? なんでそんなことをいうんですか?」
「悪いな。あんちゃん。美月様たちの許可がないと船は出せない。そういう決まりなんだよ」
「じゃあ、定期便は? 他に東京に戻る手段は?」
「そんなもん。なにもねえよ。もしあったとしても、みんな美月様の許可がいる」
「え?」
「ここの島民はな。みんな美月様が全て管理されていらっしゃるんだ。だから東京に行くのも、どこへ行くにも本土に出る時は必ず美月様の許可がいる。そういう訳なんだ。悪いな。あんちゃん」
「そんなのおかしいじゃないですか? 美月さんになんでそんな権限があるんです?」
「・・・言っとくがな。あんちゃん。長生きしたかったら美月様たちに逆らわないことだ。お二人のお言葉には「はい」以外の返事をしたらダメだぞ」
「そんな・・そんな・・そんな・・・」

おかしいおかしいおかしい。こんなの絶対おかしいよ。なんで美月さんたちに逆らっちゃいけないんだよ!

「それじゃあ! あれはなんです! あの山は一体何なんですか!?」
「うん? あれ?あ!」

水平線の向こうに聳え立つ、ピンク色の山。
それを見てげんさんは、あんぐりと口を大きく開けていた。

「なんなんですか! あれ。ゲンさん。あれがなんなのか説明してください」
「・・・ちょっと待ってくれ。あんちゃん。そこを動くなよ」

そんな言葉を残してげんさんはどこかへ走って行った。俺だけが港にポツンと一人、取り残される。
やることがなくなった。
仕方ないので港の周りとぐるりと一人歩いていると「ようこそ竹美島へという横断幕が落ちていた」
竹美島。そういやこの島の読み方。最後まで読み方がわからなかったな。これなんて読むんだろう?
いや待てよ。竹美。たけ。たけ、たけはちくとも読める。ちく美、ちくび、乳首。乳首島!?

「竹美島・・乳首島!? まさか・・まさかまさかまさか!」

そうだ。いやそうに違いない。この島はまさか!

「ここは・・・み・・美月さんの乳輪の上!」

美月さんと葉月さん。どっちかはわからないけど、ここが乳輪上だということだけは間違いなさそうだ。
だけど、そうだとすると二人共想像を絶するほどデカいことになる。乳首だけでもこのホテルの10倍。いやもっともっと大きいように見える。
乳首だけで山に匹敵する高さだ。
乳首があれなら、身長はもっと大きく、一体いくらになるんだ?
大きく過ぎてわからないが、とにかく想像を絶する大きさだということだけは間違いないだろう。

お兄さんの想像は正しく、美月さん。葉月さん。共に大きさは人類の100万倍。身長は1500キロから1600キロはあっただろう。
日本列島の約半分の面積を占めるほどの、大巨人がこの島に寝転がっていたのである。

「俺は今、乳首の島にいるのか!」
「うふふふふ♡ 乳首が何だって?」

この声。この話し方。聞き覚えがある。
美月さんと葉月さん。そして漁師のゲンさんが俺の後ろに立っていた。

「では美月様。葉月様。わたしはこれで」
「うふふふ♡ 教えてくれてありがとう。げんさん。後でご褒美に搾りたてのミルクを持って行ってあげるわ」
「ありがたき幸せ。ではわたしはこれで」

そう言ってゲンさんが去って行く。

「美月さん。葉月さん。あれはなんなんですか? あの乳首は一体?」
「うふふふふ♡ えい」

美月さんの指が俺の胸に触れた。ツンと軽く指で突かれた。

「・・・!?」

その瞬間。体が浮き上がり、朝焼けが見える。
さっきまで俺は立っていたはずなのに世界が反転している

「いてええええ!!」

体が滑る。コンクリートの港の上を、スキーのように滑っている。
なんだこれ!? まさか今の指の突っつきで?吹き飛ばされたのか?

「ダメよ。美月。あんまりお兄さんをいじめちゃ。傷でもついたらどうすの?」
「うふふ。ごめんごめん。でも、わたしの言うことを聞かなかったんだもん。ちょとぐらい痛めつけてもいいじゃない」

そんな会話をしながら二人の姉妹が俺の前に歩いてくる。

「うふふふ♡」
「うふふふ♡」

二人の姉妹は俺の顔を覗き込んでいた。立てない俺を二人で見下ろしているんだ。

「えい!」

今度は美月さんのパンプスで腹を踏まれた。だけど、この傷み。
女の人に踏まれた痛みじゃねえ。体重100キロ以上のデブに踏まれた気分だ。
内臓が破裂しそうな、それこそ息のできない痛みだ。

「く・・くう・・・」
「ほら美月。もうその辺にしておきなさい。本当に死んじゃうわ」
「うふふふ♡ そんなこと言うけどお姉ちゃん。前の生贄の時は手足をもぎ取っていたじゃない? あれに比べたら全然マシでしょ。それにまだ骨は折れてないわ」
「あの時は、その・・力加減を間違えただけよ」

ぞ・・ぞぞー! なに? 手足をもぎ取っただって! なんだよそれ。冗談でも笑えないぞ?

「うふふ♡ お兄さん。もっとやる? 今度は肋骨何本折ってほしい? 言ってみなさい」
「く・・・くう・・・」
「あらあら。痛くてお話もできないの? うふふふ♡ これで少しは分かってくれた? わたしたちに逆らったら・・・」

その時俺は本当の美月さんの姿を見た気がする。
なぜなら俺の前に立っている美月さんは悪魔じみた顔だったからだ。

「手足を全部引きちぎるわよ」

どす黒いオーラが透けている。今ここで逆らったら殺される。
美月さんに逆らうな。はい以外のことを言っちゃいけない。
げんさんの言葉だ。それが今なのだろう。

「はい。もう逆らいません。だから許して」
「美月。お兄さんもこう言っているんだし、許してあげたら?」
「うふふふ♡ まあいいわ。一応信じてあげる。じゃあホテルに戻ってお話ししましょうか? よわよわのお兄さん♡」

美月さんはそう言って、動けなくなった俺をなんと片手で持ち上げている。
彼女の細い体からは、想像もつかないような怪力だ。
まるで猫や犬でも抱き上げるように楽々と片手で運んでいる。
そして俺の部屋に戻ってきた。

「うふふふ♡ はい。お兄さん。ミルクを飲んで。これを飲んだら傷が癒えるわ。傷口にもミルクを塗っておいてあげるわね」

動けない俺を見かねてか。美月さんは自分の指にミルクを垂らし、それを俺の口の中に突っ込んできた。
ミルクが口の中に流れ込んでくる。

「ゲホゲホ・・・ゴホゴホ!」
「うふふ。どうかしら? これで少しは動けるようになったと思うけど」
「ゴホゴホ・・・ほんとだ。痛みが引いてきた」

傷みも引いてきて体が動くようになった。すると美月さんと葉月さんが俺の正面に座っている。
ゾクっとする。氷水を頭からぶっかけられたような気分。
この二人、体つきは女そのものだけど超怪力。
指一本触れただけで、大の大人が吹っ飛ぶほどの力を持っているんだ。そう思うと恐ろしくて仕方がない。
やば! さっきの光景トラウマになりそう。

「うふふふ♡ どこからお話しようか?」
「美月。とりあえず、わたしたちの正体から話しましょう」
「二人の正体?」
「ええ。お兄さん。今から言うことは全部本当のことだから、ちゃんと聞いてね。わたし姉妹はこの島そのもの。いわゆる島の化身といったところかしら?」
「島の化身?」
「ほら竹美島には、一の島から四の島まであるでしょ? あの島はわたしたちの乳首が海面から飛び出しているのよ。正確には一と二がわたし葉月ので」
「三から四がわたし美月の乳首ってことよ」
「一と二が葉月さん。三と四が美月さん・・・」
「でね。わたしたちの体は普段海底の奥底に眠っているんだけど、たまーにエネルギーを補給しないといけないのよ」
「エネルギーを補給?」
「そう。エネルギーの補給。まあ簡単に言うと私好みの男を島に住まわせることでエネルギーが充填されるって感じかな?」
「好みの男を島に住まわせる?」
「人間と同じよ。ご飯を食べて栄養を取り入れているのと同じで、わたしたち姉妹も男を自分の体に住まわせて体を維持しているのよ。だけどね。ここ30年。なかなか私好みの男が居なくてね。困っていたのー。いわゆる空腹状態ってやつ」
「空腹で困っていた?」
「ええ。人間と同じよ。お腹が空いて苦しむのと同じで、エネルギーが切れると起き上がれなくなるし体の制御が効かなくなるの。ほらお城で巨人を見たって言ったでしょ? 実はね。あれは私なの。
 あれもエネルギーが切れかけて体の制御が一時的に効かなくなったのよ」
「そうだったんですか?」
「ええ。でもね。ようやく見つけたわ。私好みの男。甘くて美味しそうな可愛い男をね」

むにゅう

俺の腕に葉月さんが抱き着いてくる、横乳がタユンと揺れ密着してきた。

「あー! お姉ちゃんばっかりズルい。わたしだって、この男好みなんだから」

むにゅう

反対の腕に美月さんが抱き着いてきた。

「あーこれこれ。この感じよ。満たされていくわー」
「ああ~ん。力がみなぎって来たわー。この感じ。いつ以来だろう―。もう最高ー」

スリスリスリと俺の肩に頬ずりする二人、今の状況はまさに両手に花。
二人の美女に挟まれている状態。

「なるほど。二人の事情はわかりました。でも俺、バイトがあるんで失礼します。明日までには東京に帰らないといけませんので」

じゃあな。
島の化身だか何だか知らないけど、こっちにもこっちの都合があるんだ。
いちいち付き合ってなどいられない。現代人はみんな忙しいんだ。

「うふふふ♡ つん!」

背中に細い指が触れる。その瞬間。体が急加速した。

「うふふふ♡ 誰が帰っていいって言ったの?」

体が地面にめり込んでいる。くそ! なんて力だ!
指で突っつかれただけで、また体が吹っ飛んだ。やっぱコイツら普通じゃねえ!

「いててて。でも旅の日程は一泊二日のはずでしょ? だから今日。東京に帰れるはずでは」
「あら? それじゃあなあに? お兄さん。わたしたちが死んでもいいって言ってるの?」
「お姉ちゃんの言う通りだよ。お兄さんが居なくなったら、わたしたち、お腹が空いて苦しいよー。それなのに帰るってことは、もしかしてお兄さん。自分さえよかったらいいタイプの人間?」
「そんなこといいますけどね。こっちにもこっちの生活が、バイトだってあるし大学だって・・・」
「人間社会のことなんてどうでもいいわ。お兄さんはわたしたちと死ぬまで一生暮らすのよ。もう決まったことだから」
「そんなバカな! それじゃあまるで拉致じゃなないですか?」
「なんとでもいいなさい。だけどね。お兄さん。安心して♡」
「なにが、安心してなんですか? 全然安心なんかできませんよー」
「お兄さんのことは死ぬまで、わたしたち姉妹が責任を持って面倒を見てあげるから。ねえ? お姉ちゃん」
「ええ。もちろんよ。美月。こんな可愛い子。途中で育児放棄なんかしないわ」
「育児放棄ってそんな! 俺はお前らの子供じゃないんだぞ!」
「赤ちゃんみたいなもんでしょ? 人間なんて全員。ミルクをチューチュー飲んでいるんだから赤ちゃんと同じ。ほらお兄さんだって美味しそうに飲んでいたじゃないの。
 わたしの搾りたてのミルク。母乳風呂にも入ったんでしょ?」

ミルク。ミルク。ミルクなんか飲んだか? いや待てよ。ホテルで出されたあの牛乳。あれが全部美月さんと葉月さんの母乳だったのか?
温泉も美月さんたちの母乳だったのか!? 

「わたしたちはお兄さんにミルクを提供する。そしてお兄さんはわたしたちにエネルギーを提供する。あら♡ ウインウインの関係じゃないの? お兄さんにとっても悪い話じゃないと思うわ」
「それにお兄さんが飲んだ。わたしたちのミルクわね。人間のと違って栄養満点よ。母乳を飲んだ人間は300年ぐらい生きれるようになるから、お兄さんも後280年は生きれるわけね」

あと280年も生きれるってどういうことだよ! 本格的に意味が分からねえぞ!」

「信じられないって顔してるわね。いいわ。美月。少しだけ私たちの力を見せてあげましょう。ついでだわ。お兄さんの歓迎会も一緒に開いちゃいましょう。美月の母乳を思う存分お兄さんに振舞ってあげて」
「了解。お姉ちゃん。とびっきり上等な、一番濃厚なミルクを浴びるほど飲ませてあげるわ。うふふふ。お兄さんよく見ておいてね。どっちが母親でどっちが赤ちゃんなのか。今からはっきりさせてあげるわ。じゃあ行くわよー! それ~~」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

なんだこの地響きは!?

「あ!」

美月さんが巨大化している!? そして美月さんの体の体が、三ノ島のある水平線方向に飛んで行った。
なにが起こったんだ?

「うふふ♡ ダメよ。美月。ちゃんと靴は脱がないと。靴なんか見せても大きさはわからないわ」
「うふふふ。了解お姉ちゃん」

美月さんはパンプスを脱ぐ。一の島のとなりに黒いパンプスが並んでいた。
その大きさは尋常ではない。脱がれたパンプスと比べたら我が一の島はゴマ粒のように小さかったのだ。

「あらあら。随分大きくなっちゃったわね。美月。うふふ。我が妹ながら大きいわ」
「あ・・・あれが美月さんなんですか!?」

正直それは人間と言えるような存在ではなかった。晒される素足。
足首から先は靄が掛かっていて先が見えない。島よりも大きな美月さんのつま先の指々が雲を漂わせながら、そこに鎮座している。
爪は見えない。俺が今見えているのは、美月さんのつま先の下にある底辺の底辺部分だけ。それ以外のパーツはあまりにも巨大過ぎてここからでは見えなかったのだ。

「ほら、お兄さん。新しいママに挨拶しなさい」
「あ・・新しいママ?」
「そうよ。わたしの妹とはいえ今や100万倍の巨人。島そのものとなった美月にひれ伏し恐れ尊敬の念を抱くのが普通でしょ? さあ挨拶しなさい。我が妹美月に」
「こんなのどうやって挨拶したらいいんだ?」

一の島がゴマ粒に見えるほどの大巨人。正直どれぐらい大きいのかわからない。
だが島全体よりも美月さんの素足の方がはるかに大きいように見える。
と、言うことはつまり美月さんの素足の上に多くの人が住める。それぐらい今の美月さんは大きいということだ。

「あら? あらあら。お兄さん。美月ママに挨拶しないっていうの? いいわ。美月。お兄さんが母親であるあなたに無礼を働いたわ。
 躾よ。美月。お仕置きしてあげて」
「わかったわ。お姉ちゃん」

その瞬間、パンドラの箱を開く音がした。なにか巨大な物が動き始めている。
一方巨人美月はお兄さんを突っつくため、一の島の前に腰を下ろし、一本の指を島に差し向けた。
空が光る。それは一の島上空を飛んでいた一機の旅客機。
美月が指を差し向けたことで、その指先に一機のジャンボジェットに激突し、あっけなく爆発した。
しかし、その指は旅客機を破壊するために差し向けられたのではなく、お兄さんがいる一の島を突っつくために差し向け魔の手だった。
躾と評して向けられた指が、旅客機を不運にも巻き込んでしまったのだ。

「ぐわああ!」

旅客機を指先に張りつけながら、巨大な美月さんの指が島全体を突っつく。
それだけだ。美月さんからすれば、バスの降車ボタンを押したような感覚。
しかし、それだけのことで、島全体が地中深くにまで沈んでいった。

「うわあ! 逃げろ!」

漁師げんさんを始め、島民たちが総出で漁船に乗り込み島から避難した。
しかしお兄さんと葉月だけは、巨人美月の指に張り付き天高くへ持ち去られていった

「あらあら大変。美月の指に張り付いちゃったわね。まあいいわ。どう? お兄さん。美月の指に張り付いた感想は? 太い? 大きい? 世界樹? 
 美月の指って細いのに近くで見たら太いわよね」
「もおー。お姉ちゃん。あんまり太い太いって言わないで」
「うふふ。ごめんなさい。でも元のサイズに戻った美月の指。あまりに太かったから」

指の腹に乗せられる俺達。しかし、その指の腹は波模様のある砂漠の上のようだ。
波模様は指紋で砂漠のような大地は指の腹。これが美月さんの指の腹の上だなんて・・・。異世界過ぎて困惑する以外できない。

「美月あなたの手のひらにミルクのプールを作ってあげて。そこでお兄さんの歓迎会をしましょうー」
「了解。お姉ちゃん」

そんな声がすると、またしても何か大きい物が天から降ってきた。

「なんだ・・あれ・・」

宇宙兵器を思わせる物。ぴょこんと飛び出た、ピンクの大砲のような物。
それが美月さんの手よりも高い位置から降ってきた。
ドドドドドドド。大砲から出て来たのは白い液体だった。
白い液体が、美月さんの手のひらに貯められて行く。

「まさか。美月さんの乳首!?」
「うふふふ♡ なに驚いているのよ? さっきまでお兄さん。あの乳首に上陸していたじゃないの? ほら美月の乳首の根元をよく見て、あれが三の島城よ」

美月さんの乳首の根元に白い点がある。それをよーく見ていると城だった。
今日の昼間、俺達三人が登った、あの三の島城が美月さんの乳首の根元に張り付いている。
それだけじゃない。その乳首根元は全体が緑色をしている。
それは三の島そのものだった。美月さんの乳輪の上に島そのものが乗っている。

「うふふふ♡ 三の島の海底にはね。おっきなおっきなミルク生産工場が埋まっているのよ。
 言うまでもないわ。それは美月のミルクタンクよ。お兄さんのことを想って作られたあまーい、あまーい。濃厚なミルク。
 でもね・・あらあら♡ 消費者がいないのよねー。せっかく美月の中で世界一のミルク生産工場があるっていうのに誰も飲んでくれないのよー。でもそれも今日で終わり。 
 お兄さん? 美月の甘い新鮮な母乳。たくさん飲んであげてね」

美月さんの島よりも巨大な手の中に、溜まって行く母乳。
乳首から無限に母乳を絞り出していた。

「うふふふ♡ 何しているの? お兄さん」
「これから・・・何をさせる気なんですか?」
「うふふふ。そんなの決まってるじゃない。さっさと飛び込みなさいってことよ! えい!」

後ろから葉月さんに蹴飛ばされた。
転げ落ちる俺、美月さんの指の腹から転がり、手のひらの中へ飛び込んでいった。

ちゃぽん! ぬるま湯のような白い液体に顔からダイブする。

「どう? お兄さん。美月の母乳風呂の感想は? 温かいでしょ? うふふふ」
「こ・・これが美月さん母乳。う・・海みたいだ・・・」

そこは海だった。一面真っ白な異様な海。ここが美月さんの手のひらの中だと言われなければ、わからないほど広大な世界。
大海原の中に俺だけは一人、ポツンと浮かんでいた。

「うふふふ♡ なに驚いているのよ? 昨日からずっと見てるでしょ? お兄さん? 一の島から見えた、三の島の山。あれは美月の乳首なんだから。
 それなのに今更驚くなんておかしいわ」

そうは言われても、あの時は分厚い雲に覆われていたから、山の全容は見れていない。変わった形の山ぐらいにしか思わなかった。
だけど今は美月さんの手のひらの中。
乳首に近い分、はっきりと見えてしまうのだ。ピンクの乳首を。分厚い雲もなく、なにも遮られていないモザイク無しの美月さんの乳首がクリアな視界で丸見えになっている。

「うふふ♡ ほらお兄さん。好きなだけ美月の母乳を飲んでいいわよ。なんなら泳いでみたら? それとも船を出してみる? うふふ♡ 美月の母乳の海底調査なんてのも面白そうね」
「助けてください。葉月さん・・・こんなの絶対変ですよー」
「・・・つまらないわね。これだけのミルクがあるってことは当分飲み食いには困らないってことの証明なのに、
 いいわ。美月、もっともっと母乳を追加しなさい。これぽっちのミルクじゃあお兄さん足りないって。お兄さんを溺れさせるぐらい、もっともっと絞りなさい」
「わかったわ。お姉ちゃん」

再び手のひらに向けられる。大砲のような美月さんの乳首。
ピンクの乳首が俺が泳いでいる、手のひらに向いている。
乳首は明らかに俺のことを狙っていた。拳銃で突き付けられるような気分。
そして乳首から大量の母乳があふれ出てくると母乳の激流に巻き込まれていった。嵐。津波。激流。その全てが体に激突していた。
それだけにとどまらず、母乳は手の中からあふれ出し、美月さんの手のひらからこぼれ落ちていた。
ぽたぽたとこぼれ落ちる、美月さんの母乳。

地上では今、こぼれ落ちた美月の母乳が津波を発生させていた。
お兄さんというたった一人の男のために絞られた母乳。それが手からこぼれ落ちることで、巨大津波となって沿岸都市に襲い掛かっている。
神の咆哮のような、凄まじい破壊力を兼ね備えた母乳の津波。
ぼたぼたと雫のようにこぼれ落ちる、その雫さえもミルクの津波となる。
今の美月は100万倍の倍率だ。つまり1ミリが1キロに見えるということになる。たとえわずかな1センチほどのミルクの雫であっても地上では全長10キロの母乳の塊となってしまうのだ。
飲み込まれていく日本列島。そして垂れ落ちた母乳が日本列島に激突している。
今の日本は美月の母乳の爆撃を受けて甚大なる被害を受けていた。日本の沿岸部は、もはや美月の母乳で白く濁り始めている。

「どう? お兄さん。これで少しは美月のすごさをわかったんじゃないかしら? これを機に、もう私たちに逆らわないことね」

ミルクの上を葉月さんは飛んできていた。一方の俺は美月さんの母乳風呂に浸かってせいで髪までずぶ濡れ。
陸地がないから、今も母乳に浸かっている状態。

「そんなこと言われても、俺には大学が・・後バイトも」
「ふーん。まだ懲りないっていうの? 物わかりの悪いお兄さんね。いいわ。美月。今から東京を捻りつぶしなさい。お兄さんが言っていた大学もバイト先もなにもかも破壊するのよ」
「OK。お姉ちゃん ミルクレーザーで全部破壊してやるわ」

OK? 今美月さんOKって言ったのか? てことはつまり

「な!」

俺は見てしまった。下界の姿を!
まるでそれは天気予報で見る日本地図のような光景だった。
本物の生きた日本列島が俺の真下にある。そしてその日本列島の真横に仲良く美月さんが座っていたのだ。
そして、美月さんはその東京都の上に、手をかざしていた。まさか美月さん。あの手で東京を踏みつぶすつもりなのか?

「ぶっといわよね? 美月の指って。あの指一本一本が全長70キロメートル。手全体だと170キロもあるんですってね」
「170キロの手のひら!?」
「うふふふ。よく見ておきなさい。お兄さん。ほら、美月の人差し指。あの根本が大体小田原ね。そして指の先端は東京駅の真上辺りを覆っているわ。
 つまり美月の左手が降ろされると小田原から東京までの距離が一瞬で消えるってことなの」
「そんなことって」
「嘘じゃないわ。でもね。美月にはあと4本も指が残っているでしょ? あくまでもさっき言った被害は指一本で起こせるってことね。指五本が束になって襲ってきたらどうなると思う?
 それがもし手のひら全体で東京都を叩き潰したら、どうなるのかしら? 美月の手に地表が耐えきれなくなってマグマが溢れ、東京都は死の土地に。少なくとも1000万から2000万の死傷者がでるでしょうね」
「や・・やめてくれ」
「無理よ。もうあの手は止まらないわ。もう東京は滅んだも同然なのよ。あ。そうだ。美月。このお兄さんの名前を日本列島に刻みなさい。そしてこう付け加えるの。お兄さんのせいで日本は滅びましたってね」
「や・・やめ」
「うふふふ♡ 困ったわね。このまま美月の指が日本に触れたら、お兄さんの名前が全世界に知られることになるわね。大悪魔として後世にまで名が残ると思うわ。うふふふ♡」
「いいわよ。お姉ちゃん。お兄さんの本名と住所と年齢と電話番号は、ばっちり暗記してるから、わたしのミルクレーザーで日本列島に大きく刻んでやるわ」

大きなおっぱいを左手で支えながら、近づく美月さん。
東京都の頭上には美月さんが作り出すおっぱいの影に徐々に覆われて行く。
手のひらの幅よりも巨大な胸。全長100キロ以上はあろうかという、超巨お胸が東京都の上空を覆いつくした。
そして向けられるピンクの大砲。その中に膨大なミルクを内包した世界最強のミルクの大砲が不気味に東京都に近づけられていった。

「うふふ♡ 楽しみね。美月のミルクレーザー見るのはわたしの今回が初めてなのよー。いけー美月。思いっきりミルクを絞るのよー」
「うふふ♡ OKお姉ちゃん。わたしのミルクで日本列島を母乳の中に沈めてあげるわ!」
「やめてくれ。お願いだから。もうやめて」

お兄さんは泣いて、そう言った。

「あらら? 美月。やめてだって。どうする?」
「うふふ。まあわたしとしてはいいけど」
「うふふ。美月がそう言うなら私も許してあげる。でもねお兄さん。ただで許してもらおうなんて虫が良すぎるわよ。ここはお兄さんに一肌脱いでもらうわ」

パシュと光が輝くと、葉月さんの体が一の島に吸い込まれていった。
そして一の島の山が持ち上がると、葉月さんの巨体が姿を現す。
葉月さんは美月さん同様100万倍の大巨人に変身していた。

「これからお兄さんには罰として生贄になってもらうわ」
「い・・生贄」
「そうよ。こんなに焦らしたんだもん。お腹が空いて倒れそうだわ。だから・・・べろん」

葉月さんの舌にお兄さんは舐め取られる。100万倍の舌にお兄さんは磔にされた。

「あーお姉ちゃんばっかり。ずるい! 先に食べるなんて」
「うふふふ♡ 独り占めにはしないわ。ここは姉妹仲良く。二人でお兄さんを味わいましょう」
「あ! いいね。二人で舐め合うんだー。やろやろ」
「じゃあ、いくわよ。ちゅぷ」
「う・・うむ。ちゅぷ。じゅるじゅる・・・」

それを境に二人の姉妹はお兄さんを舐め始めた。
むくりと立ち上がる美月と葉月の巨大な舌。100万倍の全長70キロの化け物のような舌だ。
街さえもひとなめで舐め取ってしまう怪物に、お兄さんは挟まれている。
美月と葉月はお互い舌を絡ませ合い、お兄さんという小さな生贄を取り合っている。
0.1ミリにも満たない、小さな点であったが、しっかりとその存在を認識していた。
二人の舌の動きが徐々に活発になる。押したり引いたり、押したり引いたり、二人の口の内部ではお兄さんを奪い合っていた。
美月はお兄さんの体を歯の裏側に押し付け、捕られないように、かくまっていたが、それを葉月の舌が押しのけ歯の裏からお兄さんを奪い取る。
奪い取られた美月は再び、葉月の舌に戦いを挑み、お兄さんを取り返そうと必死だった。
口の中で繰り広げられる光景は、まるで騎馬戦。獲物を奪い、かくまい、そして取られては奪い取る。まさに戦争だった。

二人の舌は非常に大きく街をひとなめで削り取られるほど強かった。
小さな生贄であるお兄さんからすれば、それは地面そのものが高速で動いているような物だった。
抵抗などできるはずもない。地震を素手で止めようとするぐらい無謀なことだ。
二人の姉妹は活発に舌を動かし合い、それに巻き込まれた小さな生贄は二人の口の中で転がされ、時には歯や頬に激突しその肉に磔にされている。
暴力と言っても何の問題もない、理不尽な光景にお兄さんはなすすべがなく、されるがままだった。
しかし。そんなお兄さんの感情など一切無視して、二人は激しい戦闘を繰り広げられていた。
お互いの舌を絡ませ合い、熱烈なキスを続けている。
一瞬のスキをつき、お兄さんを奪い合うゲームに二人は夢中だった。
それに小さな生贄を舐めれば舐めるほど、甘くておいしいエキスがあふれ出てくる。
二人の舌が疲れることはない。むしろ小さな生贄を口の中に入れてから元気があふれ出てくる。

「もおー。お姉ちゃんばっかり。お兄さんを舐めてズルい―」

姉にキスしながら、そんなことを言う美月。
小さな生贄であるお兄さんは。葉月の舌の上。核シェルターよりも頑丈な舌の下にかくまわれていた。
もし、この舌の上に核兵器を撃ち込んでも、葉月の舌はビクともしないだろう。痛いとも思わないし熱いとも思わない。
正真正銘世界最強のシェルター。それが葉月の舌という存在だった。
しかし、そんな舌を持ち上げようとする怪物が口の奥から現れている。
言うまでもない。これは妹、美月の舌だった。核兵器でもビクともしない、葉月の舌を美月の舌はこじ開け、小さな生贄を取り返しに来ていた。
突然、妹の舌が入ってきたので思わず、ひるんでしまった、
一瞬のスキを突くことができた。舌の下にかくまわれていた、小さな生贄を取返し自分の陣地である自分の口へと取り戻すことに成功したのである。

「やってくれたわね。美月」

しかし、それを姉の葉月は黙って見ていない。小さな生贄を強奪されたことで守りから攻撃に転じていた。
小さな生贄は今、美月の奥歯の奥。つまり歯歯と歯茎の境目に囚われている。それを取り戻そうと美月の口の内部へと舌を入れ込み侵入していたのだった。

「ここは通さないわよ。お姉ちゃん」

妹の口の中へもぐりこみ奥歯を目指す姉の舌。それを美月の舌が阻止しようとする。
小さな生贄を簡単には手放すわけにはいかない。一度手に入れたご馳走はもう二度手放したくはなかった。
姉の舌に勇敢に向かっていき、そして絡みつき、奥歯への侵入を阻止しようとしている。
そんな化け物の同士の戦いを、お兄さんは泣きながら、しかも間近で見ていた。
助けて、ここから出してとでも言っていたのだろう。しかし二人の姉妹は舌の方に全神経を集中させていたので、お兄さんの声までには気が回らない。
二人の姉妹は、ただただ、小さな生贄を手に入れ独り占めしたい。
そして心行くまで、お兄さんを弄び男のエキスを吸い取る。それしか頭になかったなのだ。
そして、またしても攻撃側と防御側が入れ替わろうとしていた。
姉、葉月の舌が妹の舌の防御陣地を突破し、ついに小さな生贄を取り返した。
蛇のように絡みつき美月の口から、姉葉月の口の中へと連れさらわれていく小さな生贄。
そして葉月は舌の上に彼を転がし、奥歯へ乗せて甘噛みをする。
すると美味しいエキスが口の中にあふれ出ていた。

「う~~ん。おいしい~ 幸せ♡」

二人の舌は、もう少しだけ暴れることになりそうだ。







おまけ


一の島キングスホテルのレビュー

評価内訳☆1


サービス☆1
従業員が一人しかいなかった。
接客も独特で馴れ馴れしく正直合わなかった

立地☆1
定期便がないので行き来が不便。
小さな漁船で島に向かうことになるので立地はかなり悪い

部屋☆5
窓から海が見えて景色は良かった。部屋も広めで、これで1万は安い

設備・アメニティ☆1
Wi-Fi及び携帯が一切使えないのは致命的。
外部との連絡手段はホテルの固定電話しかなかった。
あとホテルに自販機が一台もないのは非常に不便。港まで飲み物を買いに行く必要がある。

風呂☆1
ホテル自慢のミルクの風呂らしいが正直言ってぬるい。
あと質感も独特なので人を選ぶ。シャワーは普通だった。

食事☆2
乳製品の料理ばかりなので正直人を選ぶ料理だと思う。料理自体は美味しいが乳製品が嫌いな人は辛いと思う。
あと従業員がいちいち味を聞きに来るのが、うっとうしかった。