「残念ですが長原君。折れてます。二か月は試合に出られないので、夏の大会は諦めてもらうしかないですなぁ」

原稿でも読み上げるような淡々とした説明。
そんな説明に俺はひどく傷ついていた。
俺こと、長原は病院の診察室で病状の説明を受けていた。
結果は骨折。骨が折れてしまったため、夏の大会に出られないという事である。

「くっそ! なんで、こんな大事な時期にくそ!」

俺の年は18歳。部活は野球をしている。
野球をしているといっても県内でも屈指の名門校に属しているから「している」というよりは「命懸けでやっている」と表現する方が正しく、
毎日毎日厳しい練習に耐えて来た。
・・・なんてことはない。こんなこと言っちゃなんだが野球の練習はそれほど厳しくない。
甲子園を目指している割には、練習はゆるゆるで、千本ノックや千本投球などと言った猛特訓はうちの学校ではなかった。
だけど、その分寮生活が死ぬほど厳しかった。
今は三年だから、なんことないけど、一年坊の時はまさに地獄。やることは山のようにある。
先輩の部屋の掃除、ユニフォームの洗濯、先輩の野球道具運び、先輩の練習の手伝いまで、ありとあらゆるお世話をしなくてはいけない。
家事については母親がやってくれる以上のことを、先輩から求められ、正直最初の一年の頃は野球をしに来たというよりも、先輩にお世話をするために、この学校に入ったんじゃないかと勘違いしたほどだ。
時には先輩から理不尽なことで叱られたりもした。ひどいときなんか、スリッパの音が生意気だと叱られることもあった。
そんな地獄のような寮生活を耐えに耐え、ようやく最上級生になったというのに、大会前に骨折とは・・・。

「くそ!くそ!なんのためにこの三年間我慢してきたんだよ。くそ!」

と、壁に向かって殴りつけても何も変わらない。俺は松葉杖をつきながら、トボトボと寮へと帰って行く。

「お疲れ様です。長原さん」
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」

一年坊が90度の角度でお辞儀してくれる。そんな後輩のお辞儀を無視して自分の部屋へとそそくさと入って行く。なるべく後輩には弱い姿を見せたくはない。

「長原さん。お疲れ様です。あのユニフォームは?」

自分の部屋に戻ると同部屋の一年が正座をして待ってくれていた。

「ユニフォーム? ああ。いいよいいよ。俺の分は俺で洗濯しておくから、いつもそうしてるだろ?」
「でも。それですと、二年の方々に・・・」
「ああ。大丈夫だ。二年には俺から直接言っておくから、お前は心配するな。あと楽にしていいぞ」
「はい。失礼します!」

俺はそういうと一年は足を崩し体育座りになる。これがうちの学校の伝統だ。先輩がいいと言うまで、下級生はずっと正座して先輩が帰ってくるのを待っていなければならない。
と、そんなとき、廊下から大声が聞こえて来た。

「おい! ゴルァ! 誰や隠れておかし食ってるやつは!? お前か。この野郎! ふざけやがって!」

大声がしたので、なにかと思って部屋から顔を出してみると、二年が一年の胸ぐらをつかんでいるところだった。
どうやら、一年生が隠れてお菓子を食べていた所を二年に見つかってしまったらしい。
一年はお菓子やジュースと言った甘い物禁止。それがうちの学校のルールだ。もしそれを破ったりすれば事件扱いとなり、娯楽室に呼ばれて一年全員の連帯責任になる。

「おい。うるさいぞ。もうその辺で許してやれ!」

二年に向かって、そういう俺。

「はい。長原さん。失礼しました。おい! ゴルァ! 一年。長原さんがお前を許してくださるんだ。お前もはよお礼をいわんかい!」
「ありがとうございます。長原さん。ありがとうございます」

一年に対してあんなに強気だった、二年も三年である俺には逆らえない「許してやれ」一言そう言っただけで、この変わりようだ。
一年坊も90度のお辞儀で、礼を二、三回繰り返している。これが野球部の上下関係って奴だ。一年先輩ってだけで扱いがこんなにも違う。

「はあ・・でもな。俺は野球がしたくて、この学校に入ったんだ。それなのに・・それなのに・・・」

だけど、上級生になった優越感も今となっては虚しいものだ。
俺は野球がしたくてこの学校に入ったんだ。それなのに高校生最後の大会である夏の大会に出られないなんて、ああ。悔しい。
せっかく地獄のような一年、二年を耐えたのに何やってんだか・・・。

そして次の日。俺は経過観察のため病院の診察を受けることになった。病院は寮から電車で二駅ばかり行ったところにある。

「そういや、一年の頃は電車の椅子に座るに禁止だったな」

電車の椅子に座れるのが、こんなにも大変なことだろは思わなかった。
もし、電車の椅子に座ろうものなら先輩に殴られる。
電車の椅子というものは三年生の物だ。ただ例外的に席に余裕があれば二年が座ることを許されるが、一年は着席することは決してない。
それがうちの学校のルール。そう考えると、俺も電車に座れるだけ偉くなったと思う。
そして、電車のドアが開き松葉杖をつきながら病院へ歩いて向かう。
すると、なんだか不思議な気分になった。今まで暗い気持ちがパーと晴れるような不思議な気持ち。
そう。俺はこの時運命的な出会いを果たしたのだ。

「湖美都整形外科?」

こんなところに病院がある。でもこの病院。何か変だぞ。中はカーテンが閉まっていて中の様子は見えない。
それに電気が消されていて真っ暗だ。
なんだ廃業か。でも潰れた病院がこんな駅前にあるなんて知らなかったな。

「あの。もしかして鯛場津高校の長原君!? え? そうよね? その顔。その坊主頭間違いないわ。」

後ろから、ふいに声をかけられた。その声の主は女の人の声のように思える。

「はい?」

俺は間抜けな声を出しながらそう返事をした。

「あら・・あらあら。きゃー。うれしい。やっぱり鯛場津高校3年。長原君じゃないの?」
「は・・はあ?」

その人は若い女の人だった。だけどこの人、少し変わった格好をしている。なぜか白衣を着ていた。

「うれしいわ。お姉さん。長原君の大ファンなのよ。ボーイズリーグの時から応援してるわ」
「え? ボーイズリーグの時からですか?」

ボーイズリーグの時からということは小学校の時から知ってるってことか? 珍しいな。そんな人もいるんだ。

「長原君。ボーイズリーグの時はピッチャーだったわよね? でも鯛場津高校からは遊撃手になって。ねえねえ? なんでピッチャーやめちゃったの? かっこよかったのに? もうピッチャーはやらないの?」
「それは・・・俺よりうまい奴がいるから。それに監督がお前はショートの方が素質あるっていうから・・・」
「あらあらー。へえー。うふふふ♡ 初めて聞いたわ。なるほどねー。確かに遊撃手の方が長原君には合っているかもしれないわねー。だって長原君。守備がとってもうまいんだもん」
「はあ・・」
「あと、長原君って一年生の秋からベンチ入りしてたでしょ? お姉さんその時の秋季大会。見に行ったのよー。あと二年の春は・・・秋の大会ではチャンスに打席が回って来て・・・ぺらぺらぺら・・・・」

めっちゃ早口で話していそう。
なんだこの白衣の人? 野球マニアかなんかか? しかし、俺のことよく知ってるなあ。 
しかし弱ったな。こんなところで時間食っている場合ではない。女の人には悪いが俺だって忙しいのだ。早く立ち去りたい。

「すみません。俺急いでいますので。それでは」
「あら? あらあら・・・きゃー!」

なんだよ。この人急に叫び始めたぞ。
ざわつく周り。道行く人が俺達の方を一斉に見てくる。

「きゃああああああああ!! 長原君。どうしたの? 松葉杖なんてついちゃって! まさか骨折したの?」
「はい。まあ」
「大変。こんなことしている場合じゃないわ」
「はい。そういうことなんで、これから病院に」
「そうね。病院。うん。病院早く行ってきて」
「はい。ではこれで」

ふうー! 変な人だったらどうしようかと思ったけど。案外すぐに別れることができた。
高校球児ともなれば、ああいう変な奴に絡まれることもたまにある。まあちょっとした有名人だからな俺も。
名門校のレギュラーともなれば人目につきやすくなる。

「さあ。どうぞ」
「??」

白衣のお姉さんが扉を開けた。

「あの俺。病院が」
「うふふふ♡ うちも病院ですけど」

お姉さんが開けてくれた扉、その扉は廃墟かと思っていたあの建物の扉だった。
そして、その建物の上には看板がかかっている。

湖美都整形外科

「うふふ♡ さあ入って入って。治療してあげるからー」
「あのもしかして?」
「そうよ。わたしここの院長をやっているのー。これでもお姉さん、お医者さんなんだからね!」

はあ!? ああ。そういうことか。いやあ驚いた。
ただの高校球児のファンかと思ったら、お医者さんだったんだ。へえーそんなこともあるんだな。

「長原君。骨折してるんでしょ? ほら何してるのよ。早く入って、足見せてよね?」
「いやあ俺は、そこの病院に見てもらっているので」
「ちょっと見せて」

病院の扉の前でしゃがみ込む、白衣のお姉さん。
そして、俺の脚をジロジロ見ると、こんなことを言い始めた。

「わたしの見立てでは全知二か月ところね。そう言われたでしょ? あそこの病院でも」
「はい。まあ。一応」
「うふふふ♡ でもね。わたしにかかれば一週間。いや三日で治してみせるわー」
「え? 三日で? ほんとですか?」
「そうよ。骨折なんかちょちょいのちょいよ。すぐに治してやるわ」

その言葉はまさに青天の霹靂。バットで頭を思いっきり殴られたような、そんな衝撃が「ガーン」と脳にまで伝わった。

「ほんとですか? たった三日で骨折が治るんですか?」
「うふふふ♡ 断言はできないけど、お姉さんの言う通りに治療したら、きっとよくなるわ」
「そうなんですか? じゃ、じゃあ」
「うふふふ♡ どうぞ。中に入ってー」
「はい。お願いします」

迷わず中へと入る。

「一名様ご来店です。どうぞ。いらっしゃい!!」
「あの・・・これって」
「あらあら。ごめんなさい。昔ラーメン屋でバイトしていたものだから、ついうっかり」

はあ。びっくりした。まさか病院で「いらっしゃい」なんて言われるなんて思いもしなかった。
だけど中は普通というか、どこにでもありそうな病院の待合室が広がっている。

「じゃあね。長原君。悪いんだけど問診票を書いてくれる?」
「あ。はい。わかりました」

先生が手渡してくれたのは問診票とクリップボード。あとボールペンを持ってきてくれた。なるほどこれに病状を記入しろってことね。

「名前は長原。住所。年齢。電話番号、学校の連絡先」

問診票の欄をうめていく。すると病状に関する項目になった。

「今の症状はどこで、いつなりましたか? ええっとスライディングした時だから、一昨日の練習試合でそうなったと記入っと」

後は薬を飲んでいないか、アレルギーはあるか、あと妊婦かどうかなどの簡単な問診。俺は何の問題もなく、スラスラ書き上げて行く。

「終わりましたよ」
「はあーい。ありがとう。うふふふ♡ あら?」
「どうかしましたか?」
「うふふふ♡ 二枚目がまだみたい」
「二枚目?」

クリップボードにはもう一枚の問診票が挟まれてあった。なるほどまだ項目が残っていたのね。

「すみません。書いてきます」

待合室の椅子に座って、二枚目の問診票に取り掛かる。

「うん? 今あなたに彼女はいますか? これは×だな・・。え?なんだこれ?」

問診票の内容に俺は首をかしげる。なんだこれ?

「あなたは童貞ですか? 年上の女性はどう思いますか? オナニーは一日何回しますか? 好みの女性はどんな人ですか? 性欲は強い方? どんなプレイが好き? 
 感じやすい場所はどこですか? 口 乳首 おちんちん。その他のどれかに〇をつけてください」

なんだこりゃー!? これが問診票なのか! なに聞いちゃってんだ。

「あらあら。真っ赤な顔して長原君。どうかしたの?」
「先生。これは? なんでこんなこと書かないといけないんですか?」
「うふふふ♡ これも大事なことよ」
「え? でも明らかに骨折と関係ないでしょ?」
「あら? 書きたくないっていうの?」
「はい。そうです」
「あら? じゃあ悪いけど、この話はナシね」
「え?」
「問診票を全部書いてくれないと治療できないの―。残念だけど、よその病院へ行ってくれる?」
「で? でもそれじゃあ、骨折は治らないんじゃ・・・」
「ええ。そうよ。普通に治療したら二か月ぐらいかかっちゃうけど、わたしは名医だからね。三日もあれば治せるわよ」
「普通に治療したら、二か月・・・」

前の病院でもそう言われた。二か月ぐらいはかかると。でもそれじゃあだめなんだ。
二か月も待っていたら夏の大会に間に合わなくなる。

「ちなみに長原君って頭いいの? 大学進学できるのかな?」
「それは・・・」

正直言って勉強はあまりできない。小学校の頃から野球ばっかやってきたから、勉強の方はさっぱりだった。

「ふーん。夏の大会前に故障離脱ねー。可哀想だけど、こんなんじゃプロ入りは絶対無理よねー。それどころか大学からも声がかからないんじゃないの?
 長原君って野球と可愛いしか取り柄がないでしょ?、本当に大丈夫かしら? お姉さん。長原君の将来が心配だわ」
「そ・・それは・・・」
「親御さんも悲しむでしょうね。長原君が活躍するところテレビで見てみたかったでしょうにね。わたしがもし長原君のお母さんの立場だったら悲しくて泣いちゃうわ。
 せっかくレギラー取れたのに、一試合も試合に出られず卒業だなんてね」

その言葉。すごく傷つく。だけど先生の言う通りだ。俺には野球しかない。野球しかできない野球バカなのだ。
野球バカの俺がこの社会で勝ち抜くには、やっぱり野球しかない。それに今猛烈に野球がしたい。野球ができないと思うと余計に野球がしたくなる。

「わかりました。ですが」
「うふふふ♡ 分かってるわ。ちゃんと夏の大会までには治すようにするから安心して。お姉さんが絶対に治してあげるから」
「じゃあ、この問診票は俺一人で書きますんで・・」
「なに言ってるのよ。お姉さんと一緒に問診票書くのよー」
「え? 先生と一緒にですか?」
「あら? いやなの? どうしても? ふーん。じゃあこの話は無かったことに・・」

先生は背中を見せて、俺の前から立ち去ろうとしている。

「わかりました。書きます。一緒に書けばいいんでしょ」
「うふふふ♡ じゃあ最初の項目ね。長原君は童貞? 〇か×かで答えて」
「先生。あの・・・顔近くないですか?」
「うふふふ♡ そおー? でも私目が悪いから小さい字見えないのよね。嫌なら治療しないけど?」
「わかりました、ではマ・・〇です」
「あら? 長原君モテそうなのに童貞なの? なんで? どうして?」
「それは寮生活が忙しくて。そもそも全寮制なので病院とか特別な用事以外で外出できないんですよ」
「あら。そうなの? 大変ねー。じゃあ。彼女はいるの?」
「聞かなくてもわかるでしょ? 当然×です。野球が忙しいから彼女なんて作ってる時間なんてありませんよ」
「うふふ♡ じゃあ×ね」

何だ。この人。めっちゃ嬉しそうじゃんか。なにがそんなに嬉しんだよ。俺に彼女がいないことをバカにしているのか?

「オナニーの回数は何回ぐらいしてるの? ちゃんと毎日できてる?」
「そ・・それも答えないといけなんですか?」
「あらあら。顔が真っ赤でかわいいわねー。ええ当然よ。これも治療に関わることだから嘘ついちゃダメ。ほんとのこと言って」
「先生って女の人ですよね?」
「そうよ」
「いいんですか? 異性なのに・・」
「うふふふ♡ 確かに私は女だけど、お医者さんでもあるのよ。男の子の構造は、よーく勉強しているから何も問題ないわ。さあさあ言って。嘘ついたら治療できなくなっちゃうから、正直にね」
「・・・二回から三回・・ぐらい・・・」
「あらあら。うふふふ♡ 三回も? 若いわね。くすくす」

なんだよこれ! 人が恥ずかしがるのを笑いやがって。しかもこの人。俺の股間をチラチラとチラ見してくるぞ。
もう・・わけわかんねえ。

「じゃあ次。好みの女性はどんな人かしら?」
「好みの女性って! これも治療と関係あるんですか?」
「当然よ。それともなに? わたしの言うことにケチ付けるの? いいのよ。文句があるなら他の病院へ移って頂戴。でもその場合は夏の大会。出られなくなるけどね」
「わかりました。わかりましたよ。好みなんかない・・と思います。俺、ずっと野球ばっかやってきて、女の人のことなんかよくわからいし」
「じゃあ。年上でもイケる? 大人の女性でもOKかしら?」
「そりゃ・・・まあイケるんじゃないですか? でも俺、よくわかりません。女の人のことなんて知らないし」
「うふふ♡ 経験がないからよくわかないってことね? いいわ。そういう子。大好きよ」
「大好きって。どういうことですか?」
「うふふふ♡ こっちの話。気にしないで。じゃあ次の項目。長原君はどこの部分に性的快感を感じますか? 正直に言ってみて」
「それは・・・」
「もちろん治療と関係あるわ。さあ早く言って頂戴」
「それは・・やっぱりおちんちんがとか・・・」
「そう。おちんちんが一番感じやすのね。じゃあ次が最後ね。長原君はどんなプレイが好き? あと女の人のどこの体で興奮する?」
「それも・・わかりませんよ。女の人のことなんて、俺にはわかりません」
「うふふふ♡ 経験がないからよく分からないのね。結構結構。OK。これでいいわ。問診票は終わり。次は治療ね。診察室に入って頂戴」
「はい・・・」

はあ・・疲れた。なんか問診票の時点でへとへとになった感じ。
これから診察らしいが、正直不安になってきた。こんな問診票を書かせておいて、一体どんな治療をするんだよ。

「じゃあ胸の音を聞きたいから服を脱いで」
「はい」

診察室の椅子に座ると、そんなことを言ってきた。
先生がそう言ったので疑いなく、服をめくりあげたが・・・待てよ? これは変だ。
包帯でグルグル巻きになった脚に目もくれずに、先生は聴診器を耳に当てている。
よく考えたら、おかしくないか? ここは整形外科。整形外科って骨を見るところだろ? なんで整形外科で胸の音を聞くのか意味が分からなかった。

「あらあら。うふふふ♡。服をめくり上げるんじゃなくて、上全部脱ぐのよ。」
「全部ですか?」
「そうよ。全部脱がないと、お姉さん。音をよく聞こえないのよ」
「でも・・それって必要なことなんですか? 骨と関係ないんじゃ?」
「うふふふ♡ 嫌なら帰ってくれてもいいのよ♡」
「はい・・わかりました」

シャツを全部脱いで上半身裸になる。

「あらあら・・・きゃあ~~~。筋肉ムキムキじゃないの? 触っていい? ちょっとだけ触らして~。きゃ~いいわ。硬くて気持ちい―」

黄色声が耳元に響く。なんだこれ? これが診察なのか? 

「じゃ・・じゃあ・・・胸の音を聞くわね。吸って」

俺は息を吸った。

「吐いて」

息を吐いた。

「うふふふ♡ いい音。正常ね。呼吸は問題ないみたい。じゃあ次は脚ね。えい!」

うん? その瞬間、俺はある違和感を覚えた。先生が握りこぶしを作った。
そして、その拳を俺の脚に思いっきり殴ってきた。え? でも、そんなことをすれば

「い・・いてえええええええええええ!!」

こうなる。めっちゃいたい。顔から火が出そうだ。

「あらあら。やっぱり骨、折れてるみたいね」
「そんなの。見りゃわかるでしょ・・いてててて。く・・くぅー・・・」
「ごめんなさい。でもこれでよくわかったわ。長原君の骨を治す方法をねー☆」
「ほんとですか? じゃあ早く治療してください」
「うふふふ♡ せっかちさんね。いいわ。じゃあこれを」

先生が錠剤を手渡してきた。

「うふふ♡ 飲んで」
「飲むんですか? これ」
「うふふふ♡ 大丈夫よ。わたしが開発した新薬だから、きっとよく効くわ。ほらお姉さんを信用して飲んでみて」
「はい。わかりました」

水を手渡されて、それを飲んでみる。
ゴク。錠剤を一飲みにした。

「あれ? なんか目がチカチカするような・・・」

バタ! 薬を飲んだ長原君は倒れた。それを間近で見ていた先生はニヤリと笑った。

「うふふふ♡ 計画通り」


*


カーン!

「打ちました。大きい。大きい。入るか入るか。入ったー。ホームラン。長原君の会心の一撃! 3-0。鯛場津高校3点リードに変わります」

やった。打った。ついに打ったぞ。会心の一撃がレフトスタンドに突き刺さった。これで俺たちの学校の勝ちが近づいた。
あとは9回の裏を抑えてくれれば二回戦に進出。湧き上がる歓声。吹奏楽部のみんなも、顔をしわくちゃにしながら喜んでくれている。
監督さんも笑っている。やった。やった。俺憧れの甲子園でホームランを打ったんだ・・・あ・・・あれ? おかしい。世界が急に暗くなった。
さっきまで走っていたグランドも甲子園の歓声もだんだん聞こえなくなった。回転する。世界が回転は回転し始める。
俺の・・・俺の甲子園はどこへ行ったんだ! 何も見えない。真っ暗闇の世界がグルグル回転して頭が痛い。

「うあああああああ!!」

ガバ! という音が出るほどに長原は勢いよく起き上がった。

「うふふふ♡ 長原君。おはよう。目が覚めた?」
「あ・・ああ。ここは?」
「ふふふふ♡ ここはね。湖美都整形外科の二階。つまりわたしの居住スペースね」
「湖美都整形外科の二階? ってことはさっきのは夢かー。はあー、なんだびっくりした」

ホッと胸を投げおろす、長原君。しかし彼はある違和感を感じ始めていた。おかしい。明らかにおかしいこれは一体なんだ?

「うふふふ♡」

あー! と口を開けながら、それを見上げる長原君。彼の前には整形外科の先生が見下ろしていた。
しかし、彼の視線は低く、まるで寝転がったような視線だった。
動かない。低い視線から動かない。彼は先生の姿を見上げるばかりだった。

「え? 俺立っているよな?」

長原君は立ち上がっていた。立って先生のことを見ていた。
それなのに先生の位置は遥かに高かった。手が届かない高い位置に先生が笑っている。
まるで自分が寝転がりながら先生のことを見上げているのかと、そう錯覚するほどに先生は大きかったのだ。
これは・・・つまり・・・・。

「えー! ええええ!! 体が縮んでいる―」
「うふふふ♡ 小さな長原君可愛いわー」

長原君は1/100のまで小さくなっていた。今彼の身長は1.8センチ。それはちょうど一円玉ぐらいの大きさだ。

「え? なんで? なんで俺小さくなってるの?」
「うふふふ♡ えい!」

えい! 先生はえいって言った。それは先生が長原君に指を伸ばした合図。
先生の丸太のように太い指が長原の体に襲い掛かる。

「ひい!」

間一髪でそれを避ける長原。それを見ていた先生はいたずらっ子のように小さく笑った。

「うふふふ♡ 逃がさないわよー。長原君♡」

指が今度はスライドし始めた。長原君の体に向かって地面を滑っている。

「うわわわわ!」

走って逃げるが、しかし巨人の指は素早く、彼に逃げる余地を与えさせない。

「うふふふ♡ 逃がさないわよ」

新手が天から降ってくる。
反対側の手が降りてきて、長原君は挟み撃ちにあった。前からは左手。そして後ろからは右手に追われて彼は巨人の手に捕まってしまう。

「うふふふ♡ がおー。指さん怪獣だぞー」

と、冗談半分で言っている先生。しかし2センチにも満たない長原からすれば、単なる指も怪獣の以外の何物でもない。
先生の指は7センチ。それが100倍の大きさになるのだから7メートル。指一本の長さが7メートルにもなるのだ。
長原の身長の3倍以上もある長い指が、しかも10本同時に威嚇のポーズを取れば、それは怪獣以外の何物でもなかった。

「こ・・殺さないで」

参ったと言わんばかりに、その場で命乞いをする長原。その姿を見て先生は大きな声で笑い出した。

「うふふふふふ!! 長原君。よかったわね。あなたちゃんと走れているじゃない?」
「走れてる?」

あっけにとられる長原君。しかしそれも無理はない。今まで10匹の怪獣に追われてひやひやしていたのだ。
そんな怪獣たちが、急に走れてるじゃないと言われてもなんのことだか、さっぱりわからない。

「走れてる? 走れてる? あ! ほんとだ! 俺骨折してるのに走れてる!?」

骨折して二か月は野球できない、そう病院で言われたのに、さっき走っていた。
長原君は全速力で走っていた。骨の痛みはない。走った時に違和感も感じないし、元通り。怪我をする前の状態に戻っている。

「うふふふ♡ 骨折は完治したようねー。よかったー。上手くいったみたいよー」
「ありがとうございます。先生。これで俺」
「夏の地方予選。これで出られるわー」
「ですよね? やったー!!・・・いや待てよ」

巨人のような先生が笑っている。自分の怪我の完治を心から喜んでいるようだ。
しかし、その先生の顔は遥か高みにある。まるで空全体が先生の巨顔に置き換わったような、そんな迫力。
周りを見てみれば、巨人の家具が長原君を見下ろすように並んでいた。
巨人のテーブル。巨人のカーペット。そして巨人のテレビ。
先生が住んでいる、この部屋はまるで巨人の国のようだ。
巨人の家に迷い込んだコビト。それが今の長原君の大きさだった。

「で? 先生。なんで俺、縮んでいるんですか? 怖いんで早く元の大きさに戻してください」
「うふふふ♡ 無理」

なにかの聞き間違いか? さっき先生は無理とそう言ったような気が・・・。

「だから無理よ。元の大きさに戻したら長原君。また骨折した状態に戻ってしまうから。だから当分このままの大きさで居てもらうことになるわね」
「え? ええ・・・ええーーー!?」
「もう。そんなに驚かないの。大丈夫だから」
「大丈夫ってそんな! 俺。永遠にコビトの姿なんですか? それじゃあ困りますよ」
「ううん。違うの。3日よ。3日経つと元の大きさに戻れるわー。その時はちゃんと骨もくっつくから心配しないで」
「そうなんですか? 3日経つと、元の大きさに戻れて、しかも骨折も治ってるって先生はそうおっしゃっておられるのですね?」
「ええ。でもそれまではちゃんと入院してねー」

その瞬間、俺の顔から笑みが消えた。なに? 入院だって? 

「いや、俺入院なんて困りますよ」
「あら? なんで?」
「なんでって・・・そりゃ入院すると根性なしに思われるからですよ。シャバの人には分からないかもしれませんが、それがうちの学校の学風なんです。
 根性なしに思われたくありませんから入院は無理です」
「うふふ♡ あら? 長原君。そんな体で寮へ戻る気なの?」
「当たり前でしょ。それに怪我が治ったことを寮長や監督に知らせないといけませんし」
「うふふふ♡ それはやめといた方がいいわ」
「なぜです? なんでやめといたほうがいいんですか?」
「それはね・・・うふふ。ちょうど来たわ。長原君。あの子。誰だかわかるでしょ?」
「あ・・あいつは!」

整形外科の二階の窓。そこから下を覗き込むと見覚えの人物が歩いていた。

「あいつは一年坊じゃねえか? なんであいつがこんなところを歩いているんだ?」

二年に胸ぐらをつかまれていた、あの一年生が、なぜか一人で歩いていた。
全寮制である以上、勝手な外出はできないはず。それなのになんであいつこんなところに居るんだ?

「くっそ! 長原の奴め。俺のことを助けたつもりなんだろうがよおー。どうせ助けるならもっと隠れて助けろっていうんだ。ああー。あのバカ原のせいで、二年に余計目をつけられたじゃねえかよ!
「俺のメンツを潰された」とかぬかしやがって、あの二年! くそ! あの後死ぬほど殴られたんだぞ! 有難迷惑にもほどがあるぜえ。あのバカ原。
 ああー、それがきっかけで脱走しちまうし・・・くそくそくそ!
 あの長原とかいう馬鹿。今度会ったらタダじゃおかねえからな。必ず踏みつぶしてやるから覚悟しておけ!」

一年の、一人ごとがだだ洩れてくる。あいつ寮から脱走したのか? しかも俺のことを逆恨みしている様子だ。
怖い。なんて恐ろしさだ。通常サイズの俺ならあんな一年。怖くもなんともない。だが今のあいつは見上げるほどの大巨人なんだ。
正直、今のあいつはウル×ラマンよりも巨大なのだろう。
そうなんだ。あんな一年でも、今の俺からすれば怪獣よりも強い化け物。こんなコビトの状態で寮に戻ったら何をされるかわからない。
立場は完全に逆転してしまっている。いや待て。弱気になるな。あいつは一年。一年なんだぞ。
ほら、鯛場津高校の伝統があるじゃないか。3年は神様。2年生は人間。1年生は奴隷。
その言葉を思い出せ。そうだ。あいつは1年。3年の俺から見たら奴隷の1年じゃないか。だから怖くなんかない。ほんとは怖いけど怖くないふりをしないと先輩としてのメンツがたたない。

「おい! いたぞ。一年。おまえ脱走しやがって! コラ暴れるな!」
「離せ! 離せよぉ」
「うるせえ。あとでキッチリしごいてやるからな! さあこい!」

そんなことを考えていると1年生は整形外科の前で捕まっていた。竹刀を持った鬼の形相の寮長に連行されていく。
さながら拉致現場のようだ。こうして一年はハイエースの中に収容されて姿を消していった。

「わかったかしら? 長原君。あなた今寮へ戻ったら殺されるわよ」
「こ・・殺されるですって?」
「ええ。今の長原君は赤ちゃんよりも弱いんだから、あんな可愛いぼうやでも(一年生のこと)抵抗できないわよ」
「そんなことありませんよ。あんな一年怖くなんかありません」

ほんとは怖かった。でも怖いなんて言っちゃいけない。
上下関係は絶対だ。それは決して覆ることはない。それを俺は信じてみたい。

「うふふふ♡ ほんとかしら? じゃあ長原君。このわたしに勝てる?」

その瞬間、先生の体がこわばるような気がした。明らかに筋肉が硬くなったような動き。
俺にはわかる。長年野球をやって来たから、相手の筋肉の動きがなんとなくわかるんだ。
そして先生は笑いながら、ほっそりとした指を俺に向かって差し向けて来た。
先生の細い指が、曲げられデコピンの体制を取っている。そして指が弾かれる。その弾かれた指が俺の腹部に激しく激突した。

「ぐは!」

先生のデコピンをまともに喰らった俺は、風船玉のように飛んで行った。
これが女のデコピンなのかよ? ほんと信じられねえ。キックボクサーに蹴られた。それぐらいの一撃が腹部にヒットしている。
なんていうかこれ。かなりヤバい。ケツバットよりも確実に強い衝撃。
たとえるなら、バットよりも太い丸太で思いっきり腹部をどつかれたような、そんな勢いだ。
俺は地面にめり込むように、激しく地面に叩きつけられた。

「あらあら大変。もう倒れちゃった。わたしはかるーくデコピンしただけなのに・・・長原君。無事? 大丈夫?」
「え・・ええ、こんなのなんでもありませんよ」

と、強がっているが正直フラフラだった。
まさか俺も女のデコピンに脳震盪を起こしそうになるとは夢にも思ってなかった。なんて怪力だ。こんなの女の腕力じゃない。これが巨人の力なのか?

「でもね。わたしのデコピンなんかよりも、さっき連れていかれたぼうやの方がずっと強いはずだわ。長原君大丈夫? これより強い力に耐えれそう?
 何度も言うけど、さっきのはただのデコピンよ。殴ったわけじゃないから勘違いしないでね」
「あれがデコピンなら・・・ちょっと無理かもしれませんね」
「でしょ? でしょ? そうよね。うふふ♡ 悪いこと言わないから入院することをお勧めするわ。大丈夫。学校には私の方からちゃんと連絡入れておくから」
「はい。じゃあお願いします」
「はい。お願いされました。じゃあ今日から楽しい入院生活。スタートね! うふふふ♡」

こうして俺は強制入院させられることになってしまった。
でも、これからどうなるんだ? しかもこんな小さな体で・・・正直不安しかない。

「うふふふ♡ じゃあさっそくリハビリしましょうか?」
「リハビリですか?」
「ええ。長原君は甲子園を目指すんだから、練習はしっかりしないとね」
「え? 野球の練習ができるんですか?」
「もちろんできるわよ。体はちいさいけど体に問題はないし、激しい運動もちゃんとできるはずよー」

よっしゃー! これは願ったりかなったりだ。今まで野球の練習はおろか、歩くことさえままならなかったのだ。
でも、今日から練習を再開してもいいと先生は言っている。こんなにうれしいことはない。
体は虫みたいに小さくなったけど、そんなことを忘れるぐらいに嬉しいぜ。

「うふふふ♡ じゃあわたしも長原君と一緒に走っちゃおうかな?」
「お! 先生も走るんですか? でもやめといた方がいいですよ。俺野球部一の俊足ランナーなんですから」
「うふふ。そうね。でもお姉さんもそこそこ速いから覚悟していてね」
「そうですか? まあお手柔らかに頼みますよ」

ふざけんじゃねえよ。こっちは小学校の時からがむしゃらに野球をやって来たんだ。
こんな勉強ばかりやって来た医者なんかに負けるはずはねえ。

「じゃあ、そこの窓まで競争しよっか? 一旦降ろすわね」
「うわととと・・・」

先生の長さ7メートルの指が俺の体を摘み上げる。先生からすれば一円玉を拾い上げるような仕草だ。そして床の上へと降ろされた。

「あれがこの部屋の窓か。結構遠いな」

窓まで競争。今俺のいる場所からだと200メートルは離れているように見える。
200メートルは、大体ホームベースからセンターバックスクリーンの往復分ぐらいの距離。
ホームから走ってセンターの壁まで行って帰ってくるぐらいの距離か。
まあ、このくらいの距離ならリハビリにはちょうどいい。普段15キロ毎日走らされている身からすればなんでもない。楽勝な距離だ。

「じゃあ、いくわよ。よーいドン!」

先生の掛け声と共に全速力でスタートする。スタートダッシュは見事に決まった。
へへ。どんなもんだい。俺の脚力についてこれた奴はいないんだ。鯛場津高校野球部最速はこの俺だ。

「え?」

ズウウウウウウウ!! 怪獣の地響きのような音を立てながら巨大な物体が飛んでいる。
あれはまさか先生の素足!?

「ゴール。うふふふ♡ お姉さんの勝ちね」
「そんなバカな・・・」

あまりのショックに思わずその場に立ち尽くしてしまう。スタートしてまだ5秒もたっていない。それなのに先生はもうゴールした。
200メートルの距離の先生はたった数秒足らずで歩いてしまっていた。

「うふふふ♡ 長原君って意外と足遅いのね。こんな短い距離。いつまで走ってるの? うふふ」

この時俺は悟った。先生はデカい。デカいからこそ、この速さなんだ。
先生からすれば、なんでもない。2メートルぐらいの距離なのだろう。それが今の俺には200メートルぐらいに感じている。
圧倒的対格差。今の先生は怪獣以上の怪獣。手に負えない化け物だったのだ。

「はあ・・はあ・・やっと窓に着いた」

送れること30秒。やっとの思いで先生に追いついた。
しかし、競争に負けたことよりも、先生の素足のデカさに俺は驚かされていたのだ。

「で・・デカい。これが先生の足?」

先生の素足はまるで戦車の装甲のようだった。くるぶしの骨がメチャメチャごっつく見える。
足から出っ張った骨の球体は、まるで鉄のように硬く見え、その他にある足の筋なんかが鉄の骨組みのように見えている。
足側面から浮き出た、紫の血管も太い鉄パイプのように見える。
彼女の血管も太く、俺の腕と同等か、それ以上の太い血管見える。
そして、なにより気になったのが、先生の足の大きさだ。100倍の倍率ということは全長23メートル。
先生の足は大型のトラックよりも大きく、シロナガスクジラにも匹敵する大きさだった。
浜辺に打ちあがったクジラのようなスケールで、先生の素足が存在している。
こんな足が、もし蠢きだしたら、俺の体なんて一瞬で踏みつぶされるだろう。
これが先生の足。女の素足に、ド肝を抜かされる。

「あら? うふふ♡ そんなに先生の足ばかり見ないの。そんなところをウロウロしたら踏みつぶしちゃうわよ」  

先生の足が持ち上がる。それはシロナガスクジラが急に暴れ出したことを意味していた。
だが先生からすれば、足の指をちょっと動かしたに過ぎない。
だけど、今の俺には全長4メートルの先生の足の指々が暴れ出したことを意味していた。
人の背丈の二倍もある巨指達が暴れ始め、それに巻き込まれれば当然命はなかった。

「うふふふ♡ これでわかってくれたかしら? 今の長原君はね。わたしの足さんにも敵わないぐらい弱いのよ。だからね? 先生に逆らっちゃダメよ。もし逆らったしたら」

ズン! 先生の足が激しく降ってくる。

「踏みつぶしちゃうからね。うふふ♡」

顔は笑っているが目は笑っていない。先生の殺意満ちた笑顔に、俺はただ震えるばかりだった。

「あらあら? お返事は?」
「はい。わかりました」
「うふふふ♡ よろしい。じゃあ次はグランドを使ったリハビリをしようねー」
「グランドを使ったリハビリ?」

そして、それからも先生のいたずらは続いた。

「ピッチャー。投げました!」」
「ひええええ!!」

ボールが見えない。大リーガーでも投げないような剛速球を先生は平気な顔して投げていた。
ここはミニチュアの球場。ピッチャーマウンドから先生の指だけボールを投げている。
指人間に見立てた、先生の指がボールを投げてきていた。

「あらあら。わたしのストレート速すぎて打てないの? こんなんじゃ甲子園で勝てないわよ。さあさあボールをよく見て。狙って打って行って」

優しい口調でそう言っているが、とてもじゃないが無理だ。
先生の指人間は全長7メートル。当たり前だが、そんな高い身長の人間は、この世に存在しない。
普通の人間の背丈は、よくてもせいぜい2メートルぐらいだろう。
だから、身長7メートルの指人間は、俺から見ると巨人だった。
指人間がキャッチャーミット目掛けて投げてきているけど、その球はどれも桁違いに速かった。
球速表示はどれも180キロを超えている。180キロの剛速球を指人間は次々と投げてきている状況だ。

「あらあらおかしいわね。お姉さんは指しか使っていないのに。打てないの? だらしがないわね。じゃあ攻守交替。今度はお姉さんが打つ番ね」

攻守交替。いわゆるチェンジという奴だ。俺はピッチャーマウンドに上がって、中学生以来の久々の投手となった。

「うふふふ。いつでもいらっしゃい」

先生は針金のように細い金属バットを親指と人差し指で摘まんでいる。
今回も指人間だ。先生は指だけを使って打つ、つもりらしい。
くそ! 舐めやがって! これでも俺は中学までピッチャーだったんだぞ。それに打撃はタイミングが重要なんだ。
力だけでは絶対に勝てない。

「とりゃ!」

どうだ! 130キロは確実に出ている剛速球だ。これは流石に巨人でも打てないはず。

カーン!

「そんなバカな!」

ボールは遥か彼方遠くへ飛んでいる。結果は場外ホームランだった。

「うふふふ。飛距離は500メートルと言ったところね。多分世界新記録よ」

球場2個分にも匹敵する距離を先生は楽々と放っていた。これが巨人の実力。打撃も桁違いなのかよ。くそ。

「うふふふ。今度は手加減してあげる。ほら、バントしてあげるから。投げて来なさい」
「くそ。舐めるなよ」

コツン。先生はバットを振らずボールを当てている。バントだ。ボールは一塁線を転々と転がっている。
これなら楽にアウトに出来るぞ。

「それタッチ!」

走者に向けてタッチ。そう思った瞬間。先生の指が俺の頭上を跨いでいった。

「あ・・あれ?」
「うふふふ♡セーフね」
「き・・汚いぞ。先生。俺を飛び超えて行くなんて反則じゃねえか」
「あら? でも野球のルールブックには空を飛ぶのは禁止とか、守備側を跨いで避けるのは禁止とか書いてないわよ。だから今のはインプレー。成立してるはずよ」
「く・・くう」

確かにそうだ。先生の言う通り、ルールブックには守備側の選手を跨いで避けるのは禁止とか書かれていない。
くそ。これも7メートルの指を持つ先生だからできる技なのか? キリンよりも長い脚、いや指で跨がれたんじゃどうにもなんねえよ。

「うふふ。じゃあ、次は盗塁阻止の練習ね。今からお姉さんが盗塁してみるからアウトにしてみて。一塁にアンドロイドの人形を立たせておくから。それ目掛けて投げるのよ」

どこまでも舐めた先生だ。これから盗塁してみるからアウトにしてみろだって。ふざけやがって。
盗塁というのはこっそりやる物なのに予告盗塁かよ。今度という今度はアウトにしてやるぞ。

「うふふふ♡ 甘いわ」

先生は走り出した。と言っても指人間が走っているのだから、先生の体の本体は走っていない。
でも俺が投球モーションに入っていないから、アウトにするのはたやすい。今二塁に投げれば楽々タッチアウトできる。

「うふふふ♡ セーフ盗塁成功ね」
「はあ?」

唖然とする俺。何故なら先生はたった4歩で二塁ベースにまで到達していたからだ。

「うふふふ♡。ついでに三盗もしちゃうわ」

俺が見ている目の前で先生は三盗に進んでいる。ボールを持っている目の前で三盗された。

「最後にホームスチール。やった。これで一点追加よ」

ホームスチールまでも成功する先生。指人間はたったの4歩で塁と塁の間を走破している、
そうなのだ。先生からすれば三塁からホームの距離はたったの27センチしかない。
4歩もあれば指で歩けてしまう距離だ。

「うれしいわ。お姉さん盗塁が上手みたいね。これならシーズン200盗塁も夢じゃないわね」

その後も先生はバントだけで10点も入れ、最後の守備も180キロの剛速球で終わった。一回10点。10-0のコールド負けだった。

「そんなバカな・・・こんなの野球じゃない・・・」
「うふふ。ごめんなさい。じゃあ次は普通に野球をしましょうか」
「普通の野球って何ですか?」
「野球盤よ」

先生は奥の押し入れから野球盤を取り出し、それを広げている。

「野球盤ですか?」
「野球盤なら勝てるわよね?」
「おお。やってやりますよ」

野球盤。それが野球をモチーフにしたボードゲーム。
なんだ。これなら楽勝だ。フェアなボードゲームなら俺でも勝てる。

「うああああああ! 殺される!」
「うふふふ♡」

と思ったのも束の間。野球盤は恐ろしい遊びだった。
まず野球盤で使われる球。普段は小さく感じる球だが、実はあれの直径9ミリもある。
俺から見たら高さ90センチのなる大玉で、胸ぐらいの高さの鉄球がゴロゴロと転がってきているのだ。
そんな鉄の大玉。もし巻き込まれでもすれば下敷きになるし、当然即死だし打ち返せるわけもない。
たまに打ち返せたとしても。

「うふふふ♡ ふ~~~」
「うぎゃああああああ!!」

お姉さんの息吹に吹き飛ばされて走れなくなり、結局アウトになってしまう。

「くそ。卑怯だぞ。ランナーを吹き飛ばすなんて反則だ」
「あらあら。でも走者に向かって息を吹きかけたらいけないなんてルール。どこにも書いてないわ。だからこれもインプレーよ」

くっそ。悔しいがその通りだ。息を吹きかけたらいけない。そんなルールはどこにも存在しない。

「もうやめた。こんなの野球じゃねえや」

バカバカしい。こんなビルみたいな巨人と野球だなんて最初から無理があったんだ。俺はゴ×ラと野球する趣味なんかねえ。
巨人相手だと強すぎて野球しているというよりもいじめにあっているような気がしてならなかった。

「あらあら。もう休憩? いいわ。じゃあ、お姉さん。今から晩御飯を買ってこようかしらねー」
「晩御飯ですか?」
「ええ。長原君は確か、マルシンハンバーグが好きなのよね?」
「よく知っていますね。寮の食事でよく出てくるので好きなんですよ」
「うふふふ♡ じゃあ決まりね。お姉さん今から、お買い物に行ってくるから、くれぐれも外に出たらダメよ。もし外に出たら、きつーい、お仕置きが待っているからね。約束よ」

そう言って、お姉さんは外へと出て行った。先生の部屋にポツンと一人取り残される。

「ふうー、やれやれ。やっと出て行ってくれたか」

これで少し落ち着ける。なんだかあの先生と一緒に居ると落ち着けない。
巨人だからというのもあるかもしれないけど、先生が時々見せる性的な目つきが怖いのだ。
チラチラと横目で俺の筋肉を見てくるし、そのうち襲われるんじゃないかと内心ひやひやする。
そんな時ポケットに入れておいたスマホが鳴り始めた。
誰からだ?

「はい」
「おー長原か。俺だ。俺」
「その声はキャプテン。どうしたんだ?」
「それがな。お前。夏の大会は出られないけど監督さんがミーティングだけは出ておけって、そういう伝言があったぜ」
「え? 監督さんが俺にミーティングに出ろって?」
「ああ。なんでも大学。社外人と今後も野球人生は続くのだから、たとえ試合に出らなかったとしても、いい経験になるから、外から試合を見ておけって。そうおっしゃっておられた」
「そうなんだ・・・あの監督さんが」
「おいおい。お前泣いてんのか? らしくないな。お前が泣くなんて」
「泣いてない。ちょっと鼻をすすっただけだ。わかった。ミーティングはこれからなんだろ」
「ああ。日が暮れてからやるってさ」
「わかった。ありがとう。それまでには戻るから」
「ああ。待ってるぜ。長原」

ピッ! そこで電話を切った。しかしミーティングか。ミーティング。いよいよだな。
夏の大会はもう近い。このミーティングでレギュラーとベンチ入りが発表されるんだ。

「行かなきゃ。ミーティングだけでも出ろと監督さんが言ってくれたんだ。そのご恩に報いなければ」

と、言ってもここは巨人の部屋。そして虫のように小さくなった体。
こんな体で、野球寮に帰るのはどうしたらいい? 
でも先生は外に出たらいけないと、さっき言ったばかりだったし、一応声をかけてから帰るか?
いいや、そんなことする必要はない。先生は三日入院してもらわないと困ると言ったから、どうせ言っても帰してはくれないだろう。
ならば黙ってこっそり帰るしかないか。

「まずは、この地平線のフローリングを歩かないといけないのか?」

フローリングの廊下は永遠に続いているよう思える。
だけど、これも巨人の先生から見ると数メートルの距離なんだよな。
でも、俺視点だと300メートル近くあるように見える。飛行機の滑走路のよう長い長い廊下を抜けると、今度は靴を履く場所。玄関のタタキに着いた。

「断崖絶壁だ。どうする?」

10メートルはあろうかという垂直の壁が足元に広がっている。
正直足元がすくむほどの高さ。
これは廊下と玄関の境目。玄関のちょっとした段差も小さな俺から見れば崖のようだ。

「お、あそこに靴があるな、あれを足場にすれば何とかなるぞ」

丁度いい所に白いサンダルが置かれてあった。あれは先生は普段履いているサンダルだろう。

「よっと!」

先生には悪いがそれを足場にせさせてもらおう。フリーリングからサンダルに飛び移り、中敷きに当たる部分に飛び乗った。
すると体が転がり始める。サンダルの中を俺は転がっている。サンダルはヒールがついていたため、謝って足を滑って転がってしまったのだ。

「いててて。でも、これで玄関まで降りてたぞ。あとはあの隙間を抜ければ」

下界と結ぶ扉には、ほんの僅かだが隙間が開いており、そこから光が漏れ出していた。
あの隙間を抜けると、もう外なのだろう。

「よし、出られたぞ。あとはダッシュ!」

こんなところを先生に見つかったら大変だ。なるべく早くここから立ち去らなければならない。
そして俺は排水溝のパイプをしがみつきながら下の階へと、そろりそろりと慎重に降りていき、ようやく地上へと出ることに成功した。
さながら小人の大冒険。普段は何でもないことも命懸けの大冒険になる。
でもまあいいや。外に出られたらこっちのもんだ。早く電車に乗って帰ろう。
と、その時、空が急に暗くなった。雨でも降るのか? 

「でね。そう」
「あーあの教師ね。あいつは・・・」

それは下校途中の女子高生だった。女子高生は二人並んで歩いてきている。
ズズン。ズズンと、その声に似合わないほどの荒々しい地響きを鳴らしながら歩いてい向かってきている。

「うぎゃああ!!」

間一髪、彼女たちの脚を回避する。危なかったあと数センチずれていたら踏みつぶされていたぞ!

「でね。あの教師がね」
「そいつはダメダメー」

あいつら、この俺に気づいていないのか? さっき踏みつぶしそうなったのに、平然な顔して歩いて行っているぞ。
でも、あの足。そしてあの重み。確実に人間の重さではなかった。
あの巨体を支える足が、俺のすぐ脇に振り下ろされたからよくわかるんだ。
あいつらの歩きは、バッファローの大群が群れを成して走るのような、そんな衝撃だった。まるでゴ×ラが二頭仲良く歩いているようなそんな光景。
危うく殺される所だった。それなのに気づいていないとはどういうことなんだ? 俺ってまさかそこまで小さい存在なの?
段々と不安になってくる。

「でね。同じクラスのあいつが」
「あの子? ああーあの明るい感じの男子ねー」
「誰よそれ。ああ。あいつかー」

まただ。また違う女子が歩いてきた。今度は一人多い。三人が横並びになって歩いてきている。

「うぎゃああああ!!」

またまた間一髪だ。
女子達の巻き起こす、脚の突風で一瞬吹き飛ばされかけたが、なんとか足の間をなんとかすり抜けられたが、またしても踏みつぶされる所だった。

「こんなところに居たら命がいくらあっても足らない。早く電車に乗らないと。いや待てよ」

ここに来て、俺はあることに気づく。電車に乗る? 電車ってどうやって乗ったらいんだ?
駅の改札は抜けられるとしても、電車とホームの間を跨げる自信がない。
ホームの隙間も俺からすれば山のクレパス。橋がないと到底渡れない魔の絶壁だろう。
そもそも、ここから駅まで300メートルも離れている。300メートルと言えば、今の俺からすれば、その100倍だから30キロになる。
30キロ。これは東京駅から横浜駅までを歩いているような物。どんなに急いで歩いても、病院から駅まで5、6時間はかかってしまうだろう。
これだと、ミーティングの時間に遅れてしまう。日が暮れるまでに寮に着きたかったら朝一番に出ないと間に合わない、そんな大冒険になってしまうのだ。

「もしかして、これヤバくないか?」

ここに来てヤバいことに気づいてきた。これはヤバい。命にかかわるレベルでやばい。
今の俺は虫けらだ。こんな人通りの多い所をウロウロしていたら、いつ殺されるかわからない。
早く元居た場所に戻ろう。

「とは言っても、どうやって戻るんだ?」

俺の背後に魔王城の扉が聳え立ていた。これは整形外科の自動ドア。しかし小さな俺に対して、センサーは反応していない。
こんな巨大な壁。当然自分の力だけで、こじ開けるのは絶対に無理だろう。誰かがこの扉を通らなければ、この扉は決して開かない。


「だけど、もつか? 誰かがここを通る前に踏みつぶされそうだな」

女子高生の下校は今なお続いている。みんな楽しそうに友達とおしゃべりをしながら下校している。
当然誰も足元を見ていない。
こんな状況で前に進むのは危険だ。女子高生の足元を突っ切ることはできないし、かといってこのまま、整形外科のドアの前で誰かが通るのを待つのも心細い。
これからどうしたらいいのか全然わからなかった。

「ふふふふ・・・・」

人の形をした巨大な影がヌッと現れる。
そして、その影の主はあろうことか、俺の頭上目掛けて足を踏みつけて来たのだ。

「ぎゃあああ!」

のしかかる足。誰だ。コイツ。なんで俺を踏んでくるんだよ!」

「長原君。なんで外に出てるのかな?」

のしかかる足を追って行くと、先生の顔が見えて来た。
トートバッグ片手に、先生が笑いながら俺の体を踏んでいる。

「うふふふ♡ えい!」

更なる重みが襲ってきた。先生の体重は像やトラなんかよりも遥かに重いようだ。このまま体重をかけられたらほんとシャレになんねえぞ。

「なんで外に出たのかな? 長原君。どうして外に居るの?」

優しい先生とは打って変わって厳しめの口調でそんなことを言ってくる。
外に出たのがそんなに、まずかったのかな? 

「早く答えなさい。長原君」
「それは・・ミーティングがあるって言われたから」
「ミーティング?」

先生は俺を踏んだまま、しゃがみ込み、ひょいと指先で摘まみ上げた。
うふふふと笑っている先生。顔は笑っているけど目は笑っていない。
それどころか先生の背後にはどす黒いオーラのような物が漂っている。

「じゃあミーティングに出たいから、寮へ帰ろうとしたのね?」
「そうですよ。それが何かいけなかったのですかね?」
「うふふふ」

あ。殺気・・・・。俺は今殺気を感じている。
その瞬間、世界がスローモーションになった。先生の指先が変形する。曲がった指が俺の体に巻き付いてきた。
指の筋肉が硬くなる。手首の筋に力が入る。そしてそのまま指が体に巻き付いて行き巨人の手に握られた。
そのままギューと握りしめ、俺の体の骨が砕ける音が聞こえて来た

「ぎゃあああああ!」

ボギボギ!!

「あらあら。ごめんなさい。肋骨折っちゃったみたい」
「ごめんなさいって、そんなんで済むんですか。先生。俺の体をこんなのにして警察呼びますよ」
「うふふふ♡ あらあら。怒っちゃって。でもね一番怒っているのは先生の方よ。長原君もうちょっとで死んじゃうところだったんだから」
「死ぬ? 俺が?」
「ええ。そうよ。お姉さんが助けなかったら今頃長原君。さっき歩いていた女子高生に踏みつぶされてローファーのシミにでもなっていたでしょうね」

そして先生は今まで出したこともないような低い声で俺を睨みつけた。

「それに先生の言いつけを守らないなんて、ありえないわ。誰のおかげで骨がくっついたと思ってるの?」

背筋が震える。まさか優しそうなあの先生からこんな怖い声が聞こえてくるなんて・・・。

「ついでだから足の骨も折っちゃおうかしら? 今の長原君なら手羽先よりも柔らかそうだし、なんなら足。引きちぎってみる?」
「やめてくれー!」
「やめてくれ? だれに向かって口を聞いてるの?」
「やめてください。お願いです。足だけはちぎらないで」
「いいわ。じゃあ許してあげる」

先生の指が解かれていく。そして手の平に乗せてくれた。それはいいのだが、息するたびに苦しくて仕方がない。
肋骨が折れたせいか、息するのもしんどい。このままじゃ本当に死んじゃいそうだ。

「うふふ。肋骨が折れたせいで大分弱っているわね。でも大丈夫よ。安心して。わたしが開発したこの薬を飲めば一発で治るわ」

強制的に薬を飲まされる。すると体が縮み始めた。
どんどん小さくなる俺。最終的に、1/1000大きさに縮んでしまった。

「あらー可愛い。ゴマ粒サイズの長原君もかわいいわー」

巨大な目玉がギョロギョロと動く。10メートルはあろうかという怪獣の目玉が睨みつけている。
なんだこれ! こえええええ! てか、この目先生の目玉なのかよ?
今の俺の体は2ミリ以下の身長。ということは先生の目玉は8メートルの高さがあるということになる。
まさに目玉だけで怪獣サイズのように感じる。ちょっとした集合住宅のような巨大目玉がギョロギョロ動くさまは、なんとも言えない不気味さだ。
目だけの怪獣に睨まれている気分。

「肋骨はちゃんと、くっついたけど、また小さくなっちゃったわね。でもしょうがないわ。薬の副作用なんだもん」
「薬の副作用?」
「いい? 長原君。今度また脱走なんかしたら、もっと小さくするからね。今度は1/10000に小さくなるから気を付けてね」
「これ以上小さくなるんですか!?」
「ええ。それが薬の副作用なんだもん。しょうがないでしょ。嫌なら脱走しないこと。いいわね?」
「はい・・・わかりました」

流石にこれ以上小さくなるわけにはいかない。先生の言うことを聞くしかなさそうだ。

「うふふふ。お利巧さんね。いいわ。許してあげる。じゃあ部屋に戻ってリハビリしましょうか」

ぎゃあああああ!!
うわあああああ!!

それから長原君の地獄のリハビリが始めることになってしまった。
先生は全長230メートルの巨足を使って長原君とリハビリ。いや、どう見ても遊んでいる。

「ほらほら、どうしたの? 長原君。甲子園球場よりも大きな私の足よ。思う存分戦いなさい」

1/1000サイズの甲子園球場の模型。そのバックスクリーン背後から、先生の右素足が姿を現していた。
先生の足のサイズは230メートル。これは甲子園球場のホームベースからバックスクリーンの距離。115メートルよりも大きいことを意味している。
先生の足は大きすぎて球場の中に入りきらなかった。球場のど真ん中に窮屈そうにしゃがみ込んでいる先生。
かかとを上げ、つま先だけがグランドに入っている状態だ。
その足元を見れば、先生の足の動きに右往左往する小さなゴマ粒が走っていた。
言うまでもない長原君だった。長原君は悲鳴を上げながら今日も元気にリハビリに励んでいる。

「ほら、ちゃんとプレーしないと踏みつぶすわよ」

先生のしごきは当分終わりそうにない。