(来た!)

ツモ山に手を伸ばし持ってきた牌は中。これで手配は整ったテンパイだ。

2p3p5p1m2m3m9s9s1s2s3s中中 ツモ中

(5pを切って1p4p待ち。高目の1pが出ればチュン、チャンタ、三色ドラ1で跳満。逆転トップも可能だ! 問題は対面のリーチ)

対面の河

西北2p3m1s5m9p6s 

(5pを切りたいのはやまやまだがかなり危ない。くっ! ここは無理できない。チュンのみの安手になるが2pなら現物だ。振ってしまえば全てが終わる)

タン! 長考の末、俺は2pを河に捨てた。
これなら安心。リーチの現物だからロンアガリはない。そう思ったのも束の間、牌を切った瞬間、下家のサラさんが声を発した。

「ロン!」

その声はまるで鈴が鳴ったような綺麗な声だった。思わず聞きほれるような美しい声。
しかし、その声とは裏腹に、その言葉の内容はえげつない物だった。

「清一色、一通。倍満。親なので24000点ですね。良太さん☆」

ピンズしかない綺麗な手が雀卓の上に倒された。清一色、一気通貫の倍満。
親のダマテンが炸裂している。
て、ダマで倍満確定って嘘だろ!? そんなことある!?(悲しいけど、たまにあります。ダマテンはどうしようもないので放銃しても潔く諦めましょう)
親のサラさんに放銃したため俺は24000点失うことになり、トビで終了した。もちろん最下位は俺。
24000点失いマイナスで半荘が終了した。

「イータの負け」
「うふふふ。これで三半荘連続でラス引きですよー。今日の良太さん。よわよわですよー☆」

ブロワお嬢様にサラさん。二人して俺のことをバカにしてくる!
でも悔しい。麻雀に負けるとめっちゃ悔しくなる。でもこの二人めっちゃ麻雀強いんだ。
麻雀の駆け引きが上手いというか、こっちがベタ降りしてても安牌尽きて放銃するし、先制でリーチを打っても追っかけリーチをくらって逆にこっちが放銃したりする。
守っても攻めても、どっちに転んでも負ける気しかしない。
この二人と麻雀し始めてから俺の雀力はボロボロ。何が正しくて何が間違った打牌なのか全然わかんねえよ。

「うふふふ。ではお嬢様。三連ラスを引いた良太さんにお仕置きをしてあげてください。そういうお約束でしたよねー☆」
「うん。言われなくてもやる」

ああ! やば。麻雀に夢中ですっかり忘れていたが、もしも三連続でラスを引いたら罰ゲームって、お嬢様と約束してたんだった。
罰ゲーム。と聞いたら大したことないと思うかもしれないが、相手は200倍の巨人。
東京タワーと肩を並べられるほどの巨人のお嬢様。その罰ゲームはえげつない。
逃げよう。このままここに居たらロクなことにはならない。痛い目に合うに違いない。

「あらあら・・うふふふ。ちっぽけな虫さんがお嬢様の前をウロウロしていますね・・・。お嬢様、この虫けらに仕置きなさってください」
「うん。やる!」

くっそ。なんだよ。サラさんの奴。俺のことを虫けら扱いなんてひどいじゃないか。
でもこんなことを言うってことは、やっぱりひどいことをする気なんだ。
やっぱ逃げよう。そう考えるのか早いか遅いか、俺は雀卓の上を走っていた。
しかし雀卓の上を走るなんて、ほんと・・・小人になった気分。いや小人そのものだよ。惨め・・・トホホ。

「イータ。逃げちゃダメ!」

走っている背後から、なにか巨大な物が迫ってくるような・・・って、ぎゃあああ!!
言うまでもない、それはお嬢様の人差し指だった。
しかし、なんて大きさだ。お嬢様の指。まるで丸太のようじゃないか!?
幅2メートルはあろうかという巨木のようなお嬢様の指が俺の頭上から襲い掛かってくる。やば! 死ぬ!
視界がお嬢様の指いっぱいに広がり、やがて暗く・・・

「ぎゃあああああああああ!!」

しなやかで細い指がぎゅむと押さえつけてくる。お嬢様の指を俺はなんとかして押し返そうとしたがビクともしなかった。
これは機械的な力だ。人間にはどうしようもない機械的な力に完全に身動きを封じられてしまっている。
敵わない。力ではお嬢様に敵わない。これが巨人族の力か。なんて馬鹿力。
くっそ! いてえ! だけど惨めだなおい・・。こんなデカいお嬢様に敵わないなんて、一体なんなんだよ・・・。
体格差って怖い。巨人怖い。女の人怖い。お嬢様の指が怖い。もう怖いことだらけだよ・・もう・・・。

「お嬢様。もうその辺で、あまり派手にやりますと良太さんの背骨が折れてしまいますから」
「そう。ならこの辺で許す」

圧迫していた指が退けられ自由の身になる。ここでようやく俺は息を吸えるようになった。
だけど、やっぱお嬢様の指ってめっちゃ太いんだな。普通の人の肩幅、その4倍ぐらいありそうな巨指だ。
指の幅だけでも軽く2メートルはある。こんな巨指にのしかかられたら、ひとたまりもない。
小さな人間なんかじゃ敵わない。絶対無敵の指だ。

「・・・イータ。お茶入れて」
「お・・お嬢様のお茶を?」
「うん。いつもはサラが入れてくれてるけど、今日はイータが入れる。罰だから」
「そんなこと言われても・・・」

雀卓の上にポンと置かれるティーポット。普段ならなんでもない食器もお嬢様サイズになると、それはもやはガスタンクのようだ。
ポットの高さは30メートルぐらいはあるだろうか? 村や町などと言った一区画の住人全員に一杯ずつ、茶を配っても有り余るような恐るべき巨大ティーポッド。
こんな規模のでかいティーポットを、どう扱えって言うんだよ? 仮に100人の筋肉自慢を集めてもビクともしないような、そんな恐るべきポットが俺の前に聳え立っている。

「入れるの。イータ」

冷え冷えとした命令口調が雷鳴のように響く。お嬢様の奴。声は可愛いくせに妙に迫力あるんだよな。人一人、簡単に殺してしまいそうな恐ろしい声がさっきから響き渡っている。

「うふふ。良太さん。お嬢様の命令に逆らうおつもりですか?」
「イータ。早く」

サラさんお嬢様。二人の巨人が蔑んだ目で見てくる。逆らったらひどいことをするぞ。二人の目がそう言って脅してきているみたいだ。

「わかったやるよ。やるよ。ティーポットを持ち上げればいいんだろ! ふん! ぐぬ・・ぐぬぬぬぬ!」

お嬢様の命令とあらば、どんな理不尽なこともやらなければならない。と、前にサラさんが言っていた。
だから俺は自分の身を守るため、今日も無事に生き残るため無理を承知でティーポットを抱きかかえる。
ポットに抱き着いて両手両足で持ち上げるんだ。大樽を持ち上げる、あれをイメージして。

「ぐぬぬぬ。ぐぬぬぬぬ! くっそ・・ダメだ。全然ビクともしない・・・・」
「だらしないですね。良太さん。こんな軽いポットなのに、持てないんですかー」

ひょいっと音が出てるぐらい軽々しく、片手でティーポットを持ち上げるサラさん。
サラさんは涼しい顔して優雅に、お嬢様のティーカップに紅茶を注いでいた。

「イータは弱い。お茶も入れれないなんて力なさ過ぎ。なんの役にもたたない」
「ほんとですね。お嬢様。こーんな軽いポットも持てないなんて良太さん非力すぎます」
「そんなこと言ったって・・・小さいんだから仕方ないだろ」
「あらあら。では良太さんはもっと鍛えないといけませんね。わたしと一緒に筋トレでもしますか? うふふ」

嫌な予感がする。メイドサラさんのこの蔑んだような目。何かある。

「はいはあーい。良太さん。わたしの指ですよ。持ち上げてください」

立っていた良太は、サラさんの指によって強制的に押し倒され、うつ伏せにさせられていた。
良太の身長8倍にもなる、長いサラさんの指が良太の頭を押さえつけている。
サラさんの体は人間の200倍ほど。サラさんの指は長さ14メートルもあるんだ。とてもじゃないが人間の力で太刀打ちできなかった。
重い。苦しい。重すぎて息ができない。ビル10階ほどにもなる長い、ビルのような指になすすべがない。

「あらあら。へー、まさかとは思いますが良太さんって、メイドの指一本も持ち上げられないんですか? うふふふ。良太さんってほんとよわよわですねー」
「く・・苦しい。死ぬ・・・」
「イータってほんと弱い。サラの指も持ち上げれないんじゃ執事失格」
「うふふふ。あらあら。お嬢様もそうおっしゃいますか? うふふ。でもその通り。このままだと良太さん。執事失格ですよー」




*****


「くっそ。痛い目にあった・・・いててて、背中がズキズキする・・・」

お仕置きと評したパワハラも終わり夜になった。
お嬢様がお休みになられる、この時間だけが唯一の自由時間と言える。
執事の仕事は過酷だ。お嬢様がお休みなられる夜9時から朝の9時までが休憩時間となっているが、それ以外の時間は全て労働時間になる。
つまり、一日12時間が執事としての労働時間になるんだ。
とんでもない職場だ。一日12時間労働なんてブラックすぎる。
雇い主であるお嬢様は指を使って、俺をいじってくるし、同僚のメイドサラさんもお嬢様と一緒になっていじってくるありさまだ。
いや、あれはいじりというよりもパワハラかだ。そうだ。パワハラに違いない。俺は今職場でいじめられている。
しかも労働時間もめちゃめちゃ長いし休みだってない。
なんでもお嬢様のいる星の使用人には休みという概念はないらしく毎日が労働日。日曜日や土曜日と言った休日の概念がないという、とんでもない星なのだ。
だめだ。どう考えてもダメ。こんなパワハラお嬢様と一緒に暮らしていたら、いつか俺、本当に死んじまうぞ。
今の時点でも俺。使い古された雑巾みたいにボロボロなのに、明日も明後日もその先もずーとずーと働きっぱなしだと、思えば体が持つ気がしなかった。
そのぶっ倒れる。体力の限界を俺はひしひしと感じている。
やっぱ無理。逃げよう。やっぱ逃げよう。そうだ。このまま逃げてしまおう。
お嬢様には勝手に使うなとかなり念押しされていたけど、もういいや。ヤケだ。あのゲートを使っちまえ!
ここをくぐれば地球に帰れる。難しいことはない。一瞬で地球へ帰れるんだ。

「ええい。いけ!」

俺はゲートをくぐり、地球へとワープした。
すると実にあっけないぐらいに簡単に地球へ帰ってこれた。俺の住んでいたアパートの部屋に戻ってきていた。

「あー、かったりー。このまま寝てしまおう―」

どうやら時差はないらしい。時計を見ると地球もお嬢様が住んでいた星も同じ時間だった。
今は夜の10時。今から寝るにはちょっと早いが25日間も連続で働かされていたので身体はクタクタ。精神もボロボロ。
意識しなくても自然と瞼が閉じてゆく。俺はいつの間にはベットの上で泥のように眠っていた。
そして、あっという間に朝が来た。

「おっと。いけない。早く着替えて外に出ないとな」

時計は朝の6時を差している。
朝も早いし、このままベッドでゴロゴロしておきたいところが、おちおち眠ってなんかいられない。
お嬢様とサラさんに気づかれたら、お終いだ。お嬢様が起きるのは朝の9時。それの前に俺の部屋から出て、俺がどこへ行ったのか、二人にわからないようにしておかないといけない。
このまま自分の部屋で、もしも寝ていたら連れ戻されるのがオチだ。だから今すぐどこかへ逃げなければならないのだ。

「でも、どこへ行くかな? 大阪九州北海道とかに行ければいいんだけれど、あいにく手持ちがないしな」

お嬢様から逃げるには、うんと遠くに行くのが一番だが、あいにく手持ちは多くない。
タンスの中には5千円しか入っていなかった。これが俺の全財産といったところか。
え? 大学生のくせにもち金少なすぎだろって? でも、しょうがないだろう。
元からあった貯金通帳はサラさんに預かると称して取られたし、あとお嬢様と暮らしている屋敷に居る時は、サラさんが日用品や食料品を買ってくれるから、お金なんか使う必要がない。
だから日本円の手持ちはかなり少なく、この5千円が俺の持っている全財産だった。
仕方がない。今あるお金で我慢するしかない。今日はこの予算でなんとか逃げ延びるか。

「さあて、どこへ行こう?」

手持ちは5千円だけ。正直あまり遠くへ行ける金額ではない。が、地元でうまいことやりくりすれば、一日ぐらい時間を潰すのに充分な金額と言えるだろう。
と、そんなことを考えていたら、ブーブー。突然俺のスマホが振動し始めた。言うまでもない。電話の主はサラさんだった。
屋敷に俺がいないことに気づいて電話をかけて来たんだろう。その手には乗るか!

「うるせえ。黙れ!」

ピッ! とスマホの電源を落とす。これでもう電話が鳴ることはない。正真正銘自由の身になれた。

「さて。どこに行くかな。なるべく金がかからず、時間を潰せる場所と言えば・・・」

・・・思いつかない。なにも思いつかなかったのでとりあえず公園のベンチに座って考えることにした。

「お! お前。飯山。飯山良太じゃんか」
「お前は鈴木!」

その声の主は大学時代のダチ鈴木だった。
鈴木は鈴木工務店の跡取り息子で二代目社長候補。と言っても従業員は10人ぐらいしかいない小さな工務店なので、本人曰く社長の跡取りって感じはあまりしないらしい。
そんな俺のダチが偶然、公園で遭遇した。

「お前、こんなところでなにしてるんだ?」
「それはこっちのセリフだ。鈴木。お前こそなんでこんな朝っぱらに公園に居るんだよ」
「俺はあれだよ。親父に体鍛えとけって言われてるから朝のランニングだ。ほら工務店の仕事って結構肉体労働も多いから体力維持のために朝はこうやっていつも走っているんだ」

そう言われるとなるほどって感じ。
鈴木はジャージ来てるし、いかにも走ってますよと言った服装を着ている。

「お前はなんで公園に居るんだよ。確かお前。宇宙人の執事やってるんだろ?」
「俺か? 俺は、まああれだ。簡単に言うと逃げて来た」
「逃げて来たってまさか。お前宇宙人から逃げて来たのか?」
「ああ。逃げて来た」
「そうか。そうか。そりゃいいや。俺も宇宙人は嫌いだと思ってたんだ。なんだ。そうだったのかー」

はっはっはーと笑う鈴木。それにつられても俺も一緒に笑う。
そうだ。これこれ。このノリだ。こういうノリ。お嬢様やサラさんにはない。
うまく言葉にできないけど、対等な関係と言うか、気軽に話しかけられるようなノリが巨人族にはない。
それに比べたら鈴木と話すには気を使わなくていいから楽だ。こういう学生のノリ。お嬢様の屋敷で働いていると皆無だから、なんだか懐かしく感じる。
こういう、なんでもないノリが懐かしくなってくると、なんだか泣けてくるんだよな。

「じゃあ、お前今暇なのか?」
「ああ。暇も暇。超暇だぜ」
「だったら、また俺の工務店で働くか? ちょうどまゆみの手伝いをしてやりたかったんだけど、あいにく今日は現場の仕事が入っててな。事務の方にまで面倒見れなくて困っていたんだ」
「行く行く。もちろん。もちろん行くぜぇ」
「おおそうか。だが、まゆみにだけは手を出すなよ。一応警告しておく」
「なんだよ。それ。俺がまゆみさんに手を出すわけないじゃんか」
「それもそっか。お前もまゆみとおなじで結構奥手な所あるもんな」
「うるせえ。黙ってろ」

こうして俺達二人は鈴木の会社。鈴木工務店に向かうことになった。

「またお世話になります。よろしくお願いします」

鈴木のおやじさん。そしておふくろさんに挨拶を入れて事務所に入る。
と、その前にまゆみさんにも挨拶しておこうっと。

「まゆみさん」
「きゃ!」

事務所のオフィステーブルに座るまゆみさん。
後ろを向いていた、まゆみさんに、いきなり大声で挨拶したものだから、まゆみさんめっちゃ驚いていた。
まゆみさんの頭に、もし耳が生えていたのならば、今のまゆみさんはビーンと耳が立っている状態だろう。

「あ。ごめん。驚かしちゃった?」
「その声は・・・ままま・・まま・・まさか・・・いい・・・いい・・・飯山良太さん!?」
「え? うん。そうだけど」
「え? 嘘? え? え? その・・・こ・・ここ」
「こ? ここ? こってなに?」
「ここここ・・・こん・・こんにちは!」
「え? ああ。挨拶か。うん。こんにちは」
「えっと。あの・・えっと。ええー。えええーー!」 

なんだろう? この感じ。めちゃめちゃ驚いてるじゃん。まゆみさん。
前からちょっとおどおどした子だなあとは思っていたけど、前会った時よりもひどくなっている。そんな気がした。

「お・・・お兄ちゃん!」

と思っていたら、強い口調でお兄ちゃん。つまり鈴木を呼んでいた。
まゆみさんって、前に来た時もそうだったけど、鈴木に対しては結構強めの口調なんだよな。
鈴木には普通に話せるのに、俺だけにオドオドしちゃって、まゆみさんって、そういう所ちょっと変わってるよな。

「お兄ちゃん。なんで飯山さんを連れて来たの? そんなの聞いていない」
「なんでって。あいつが暇だっていうから」
「じゃ・・じゃあ。またうちで働くの?」
「まあそうなるんじゃないか?」
「そうなんだ・・・ふーん」

なんというか、感じ悪いというか、なんとも・・。
まゆみさんは、俺のことをチラチラ見ながら、兄鈴木と二人で内緒話をしている。
俺だけが仲間外れって状態だ。しかしなんか居心地悪いな。この雰囲気。ここに俺が居たらいけないような、そんな雰囲気に感じる。

「もしかして俺邪魔だったか? もしそうなら今からでも帰るけど」
「いえ。そそそ・・そんなこと・・ないです・・ただ・・・」
「ただ?」
「・・・なんでもない・・・です」
「はあ。そうなの?」

うーん。わからん。まゆみさんの考えが理解できん。
でも、まゆみさんは俺を邪魔だとは言わなかったし、でも、さっきから俺のことをチラチラ横目で見てくるし、なにが言いたいのか全然理解できなかった。

「じゃあ俺。現場行くわ。あとは任せたぞ。まゆみ。ビシバシこいつをしごいてやれ。役に立たなかったらすぐに追い出してもいいからな」

コイツとは俺のことだ。つまり鈴木の奴、結構ひどいことを言っている。

「なんだよ。それ。追い出すってひでえなー」
「ははは。冗談だよ。冗談。そうカリカリするな。じゃあ現場行ってくるわ」

そう言って鈴木は軽トラックに乗り行ってしまった。
事務所には俺とまゆみさんの二人だけが残された。


********


困りました。大変困りました。朝日が昇る頃。メイドの私は途方に暮れていました。良太さんがどこにもいません。
昨日の晩までは確かに居たのですか、朝お嬢様の御朝食を始める朝5時頃には既に行方知れず状態です。
一応、足元に良太さんがいないか確かめながら、四つん這いになりながら屋敷を一周してみましたが(後から思い出せばみっともない格好でした)でも、やはりどこにもいません。
電話も通じず、屋敷中くまなく探してもどこにもいない。これは良太さん逃げましたね。と女の勘がわたしに訴えかけて来ています。
早速お嬢様にご報告を・・・と思いましたが今は朝の5時30分。お嬢様はお休みになられている時間です。
この時間のお嬢様はテコでも起きません。朝の9時までぐっすりです。

「となると、私が行くしかないということですが・・・日本という国はどうも・・・」

苦手です。いえ苦手を通り越して近寄りたくなんかありません。
不衛生。日本には病原菌はいっぱいです。まあ私とお嬢様は免疫が強いから問題ありませんがあの匂いがどうも気に入りません。
臭いんですよ。日本の匂いだけはどうも・・・慣れませんね。

「い・・・イータああああああああああああ!!」

朝9時になると、お嬢様の声が屋敷中に響き渡りました。
朝からお嬢様テンションMAXです。良太さんが屋敷に居ないことを伝えるとこのありさまなのです。
さてさて、これからどうなりますかね?

「お嬢様。これからどうなさいますか?」
「もちろん、イータを取り戻しに行く」
「ではこれから日本に行かれると?」
「そ・・それは・・・」

お嬢様は尻込みしているようでした。流石のお嬢様も日本にはあまり行きたくないようです。

「い・・・いく。マスクをつけて!」
「マスクですか!」

お嬢様は鼻の頭から顎まで隠れる、大きなマスクをお顔に付けておられました。

「え? 日本に行くんですか? 良太さんを取り戻るために?」
「うん」

何と言いますか。執事想いなお嬢様と言いますか。執事を連れ戻すため、わざわざ日本にまで行くなんて、お優しいお嬢様。
私がもし良太さんの立場になったらお嬢様はわたしを探してくれるのでしょうか? そう思うと良太さんに嫉妬してしまいそうです。

「それに日本にはシンカンセンってのがあるから、サラ。あれに乗ってみたい」
「シンカンセン? シンカンセンって日本の高速鉄道のことですか?」
「うん。わたしたちがいる世界は飛行機が物流の主役だから高速鉄道がない」
「まあ私たちの世界は飛行機が発達していますから、別に鉄道なんてなくても・・・あ」
「むうー!」

お嬢様は「プクー」とフグのように頬を膨らませています。いけません。口が滑ってしまいました。

「失礼しました。お嬢様は飛行機恐怖症でしたね。この前アルトワお嬢様のお屋敷にも19時間かけて鉄道で行きましたし、日本の鉄道に興味が持たれるのも無理からぬことです」
「うん。それに日本は鉄道大国。そういう国は世界的に見ても珍しいから、一度見ておきたい」
「はあ。そうなんですか?」

はあー。心の中でホッとしています。危うくお嬢様に叱られるところでした。
お嬢様は飛行機恐怖症。それもかなりの重症です。ですからどこへ行くのも鉄道ですので、日本の鉄道に乗ってみたいと思うのも無理のないことかもしれません。

「わかりました。では良太さんを見つけたら罰として、日本のシンカンセンに案内してもらいましょうか。その方が楽ですし、日本のことは日本人に聞くのが一番でしょうから」
「うん。そうする」

こうして私たちはお嬢様と共に日本へ行くことになりました。
まったく良太さん。後で覚えておいてくださいね。良太さんのせいで無駄な仕事が増えてしまったのですから、あとでキッチリお仕置きさせていただきます。覚悟してください。



*******

平和だ。平和って最高。鈴木工務店は天国だ。
どこかの誰かと違って、まゆみさんは優しいから、叱られることもない。もちろん暴力を振るわれることもないし、身の危険を感じることもない。
それにまゆみさんと一緒に仕事ができるなんて幸せだ。まゆみさんは普通の人間。俺よりも背丈よりも低い普通の女性だ。
だから安心して仕事ができる。それに比べたらお嬢様はカス。お嬢様と一緒に居たら全然安心できない。
いつ死ぬか、いつ踏みつぶされるかっていう恐怖心が勝ってしまい仕事どころではなくなるのだ。

「あ!」

うわ。やべ! 書類を取ろうと手を伸ばしたら、まゆみさんの指に触ってしまった。

「あ。ごめん」
「っ~~~!!」

俺の指が触れると、まゆみさんはそっぽを向いてしまった。
そんなに嫌だったの? そっぽを向くぐらい? 
やべ。俺めっちゃ嫌われてるじゃん。とにかくもう一度謝っておかないと。

「ほんとゴメン。悪気はなかったんだ」
「いえ・・・その・・・は・・はい」
「ほんと悪かったよ。その・・なんて言って謝ればいいか・・・」
「いえ。ほんと大丈夫です。ちょっと驚いただけですから」
「そうなの? だったらよかったよ」

はあ。よかった。本当に嫌われたのかと思った。
だけど安心した。驚いただけなら、何の問題ないよね?
しかし、こうして改めてまゆみさんの指を見てみるとめっちゃ綺麗だよな。いつも見ている、お嬢様の指と違って、めっちゃ細長く感じる。まさにザ・女性って感じの手だ。
それに比べたら、お嬢様の指は太くて、まるで丸太のような指に思えてくる。
あの丸太のような指と比べたら、まゆみさんの指はすごく綺麗で、しっとりしている。思わず握手したくなるぐらいの綺麗な手が俺の横に置かれている。
これはこれでちょっとドキドキするな。

「あの、飯山さん。ここ間違っていますよ」

俺が作った書類に指を差す、まゆみさん。わあ、綺麗な指が俺の前に・・っていかんいかん。
人の指ばかりを見るな。変な人だと思われるぞ。集中集中。心を無にするんだ。

「えっと。どこかな?」
「ここ。ここが間違っています」
「えっと。ここ・・あ」

指摘された通り計算は間違っていた。しかも小学生でもわかるような、超がつくほどの凡ミスだった。

「うわ! ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。謝るから許して・・・・」

気づいたら、おれは椅子から体を放し、まゆみさんの前で跪いていた。
傍から見れば何事かと思う光景だけど、これが俺の日常。お嬢様と俺の関係はいつもこんな感じだ。

「え? え? 飯山さん。立ってください。なんでそんなに怯えているの?」
「あ・・ああ。こっちこそごめん。驚かせちゃったね」

ああー恥ずかしい。いつもの癖が出てしまった。仕事でミスしたらお嬢様に暴力を振るわれる。そのイメージが強すぎて、まゆみさんの前でもお嬢様と同じように謝ってしまった。

「飯山さんって普段。どんな感じで仕事しているのですか? その謝り方はちょっと異常ですよ」
「え? まあ・・異常と言えば異常だけど、ははは! 悪い悪い。心配しないでくれ」
「宇宙人相手に仕事するって大変なんでしょ?」
「そりゃ・・まあな」
「そんなに嫌なら仕事。辞めればいいですよ」
「辞める?」
「あ・・いえ・・その・・ごごご・・ごめんなさい。出過ぎたマネをしてしまいました。今のは忘れてください。忘れて―」

辞める。辞める。その言葉がグルグルと頭の中で回転している。そうだ俺。辞めようと思えばいつでも辞められるんだ。
そもそもお嬢様たちも俺のことをあまり評価していない。俺の顔を見るなり執事失格だなの。クビにしてやるだの。散々の言われようだ。

「こうなったら辞めるか。辞めて。鈴木の所で世話になるか。なんちゃって。あはははー」
「え?」

その時、まゆみさんの見せた目は意外すぎるほど真剣な目つきだった。まゆみさんの体が氷のように固まっている。

「あの? まゆみさん?」
「え? え? いえ・・その・・ななな・・なんでもないです・・・はい」

変なの。なにをそんなに驚いているんだろう。冗談で言ったつもりなのに、向こうはめっちゃ意外そうな顔していた。変なまゆみさん。


**********

ワープを抜けと「もわっ」とした重々しい空気が漂ってきます。

「う・・この匂い・・・」

私はお嬢様と共に良太さんの小屋・・・ではなく部屋に来ています。
ですがこの部屋。ひどいものです。部屋は散らかり埃が舞っている状態。
しかも、ところどころ隙間風が入ってきていますね。こんなところで良太さん。よく生きていられますね、
ここに来るのは二回目ですが、やはり来たいと思えるような場所ではありませんでした。

「サラ。イータいない」
「どこかへ出かけられたようですね」

わたしと違い、お嬢様は積極的に動いていらっしゃいました。
押し入れを開き、トイレを開け、良太さんを探し回っています。
でも、お嬢様の言う通り、良太さんはどこにもいないようでした。

「イータは外」
「わかりました。では良太さんをサーチしますね」

良太さんの居場所はすぐにわかります。なぜなら良太さんの分からない所に発信機がついていますからね。

「あらあら・・・へー。」
「サラ。イータの居場所。わかった?」
「お嬢様。大変言いにくいのですが・・・」
「むうー。イータはどこ?」
「それが・・・」
「早く言って」
「鈴木工務店に居ます」
「鈴木工務店。鈴木?・・・あ!」

流石はお嬢様。気づかれましたか。そうです。鈴木工務店とは良太さんお気に入りの女。確かまゆみとか言う、くっさい女がいるところです。

「イータあああああああああああ!!」

おお。怖い怖い。朝からお嬢様の雷が炸裂しています。
良太さん。これは覚悟していた方がいいかもしれませんね。こうなった時のお嬢様、ほんと怖いですから。

「では早速」
「うん。イータの所に行く」


*******

「え? 秋葉原に買い物だって! でも秋葉原ってオタクの街でしょ? なんでまた」
「いえ。秋葉原は電気街ですよ。そこでしか手に入らない古い電気関係の部品が沢山ありまして・・・・いやですか? わたしと一緒に買い出しに行くの・・・」
「そんなことないよ。でもここからだと結構遠いけど大丈夫?」
「はい。時間の方は大丈夫です。今日の書類は全部、終わりましたから」
「そう? なら行こう」
「はい」

俺達は鈴木工務店から秋葉原へと向かうことになった。


******


「お嬢様。大変です。良太さんが移動し始めました」
「移動?」
「はい。どこへ向かっているのかわかりませんが、ものすごい速さで移動しています」
「むうー。イータ! サラ。なんとかして」
「なんとかしてと言われましても相手は乗り物に乗っていますから、どんどん離れて行きますよ」
「じゃあ、こっちも乗り物に乗ればいい」
「では。タクシーにでも・・・」

サラは手を上げ流しのタクシーを捕まえ、秋葉原へと向かうことになった。


******

「意外と早く終わったね。もういいの?」
「はい。頼まれていた品物は全部買えましたから」
「そう。じゃあ帰るの?」
「ええ。でもその前に、ちょっと本屋さんに」
「本屋さん? ああ。なるほどね。本屋さんね」

まゆみさんの後をついて行き本屋さんに向かうことにする。その道中で俺達は人だかりに遭遇した。

「なんだ。あの人だかり?」

ざわざわと、人だかりができている。リュックを背負った、それっぽい人たちが、いっぱいカメラを構えているぞ。
なんだ。こいつら?

「ああ。あれはコスプレイヤーの人ですよ」
「コスプレイヤー?」
「はい。今日はイベントがあって、全国から有名なレイヤーさんたちがこの秋葉原に集結しているんですよ」
「へー、そうなんだ・・・詳しいね」
「いえ! そんな・・・ちょっと小耳に挟んだだけです・・・」
「そうなの?」

変なまゆみさん。俺が「詳しいね」と聞いたら、まゆみさん体を震わせながら驚いていた。
尻尾があったら「ピン」と尻尾が立つような、そんな驚き方をしている。
でも、そんな驚いているんだろう? まゆみさんの性格がよくわからん。

「あの。もしよかったら見て行きませんか? 有名なレイヤーさんのコスを参考に・・・・じゃなくて、ちょっと見たいなあ・・なんて・・」
「あ? ああ。いいよ。せっかく秋葉原まで来たんだから見て行こうか?」
「はい。じゃあ早速」

まゆみさん。めっちゃテンション高いな。俺が「見る」といった瞬間、まゆみさんの目が一瞬光った気がした。
まゆみさんって、こういうオタク文化好きなの? でもまあいいや、今はまゆみさんについて行かなきゃ。
って、まゆみさん速! 人ごみをかき分けて、一直線にコスプレ集団の中に向かって行っているぞ。そんなに見たかったのかよ。コスプレ。

「飯山さん。早く早く」
「うわわわ」

うわ。なんだこれ? 柔らかけえ。わかったぞ。まゆみさんの手が俺に手を握っているんだ。
まゆみさんと俺は手をつないでいる。まゆみさんの手が俺の手を引っ張っている。
柔らかい。それに温かい。そしてしっとりしている。これが女の人の手か? 男の手は全然別物だ。

「あ! 見てください。飯山さん。メイドさんですよ。メイドさん。すごーい。メイド喫茶にいるメイドさんよりいい生地使ってるー。えー。なんの生地使ってるんだろー?」

まったく、まゆみさんも困ったもんだな。人ごみをかき分けて、しかも手まで繋いじゃってさ。
知らない人が俺たちを見たらカップルと勘違いするじゃないか。ははは。こりゃ照れるな。

「ですから、わたしたちはコスプレーヤーじゃなくてですね。ある人を探して・・・あ」
「あ」
「あ」

・・・
・・・・
・・・・・

「まゆみさん。帰ろう」
「え? なんで? せっかく完成度の高いメイドさんが居るのに、もうちょっと見て行きましょうよ」
「いや。いい。俺帰るから」
「え? なんで? ええー」

まゆみさんの手を俺は引っ張る。だけど、まゆみさんは嫌がり動こうとしない。
すると鈴のように綺麗な声が、人ごみの中から聞こえて来た。

「うふふふふ。あらあら。へー。女の子とデートですか? 良太さん」
「ひっ」

思わず、そんな声が漏れてしまう。正直おしっこをちびりそうなぐらいドッキとした。
その相手は、俺の良く知っている、あのメイドさんだった。

「あははは。や・・やあ。サラさん」
「うふふふ」

右手を上げて挨拶。そ・・そうだ。挨拶は大事。挨拶は大事だぞ。つ・・次はさよならの挨拶をしておくか。

「こんにちは。そしてさようなら」
「・・・イータ・・・」
「ひっ!」

またしても、おしっこをちびりそうになった。メイドサラさんの隣に居たのは、赤いドレスを着たブロワお嬢様。その人だった。
しかし、二人共なぜか大きなマスクをしている。なんだろう? 二人共感染予防をしているのかな?

「へー、意外です。飯山さんってコスプレイヤーの人とお知り合いだったんですかー。有名なレイヤーさんですか?」
「いや。そうじゃなくて、その・・・」

やべ。お嬢様にサラさん。二人と目が合っている。しかもまゆみさんと手をつないでいるところをバッチリ見られた。
これはタダでは済まない。そんな予感がする。

「イータ!」
「良太さん!」
「わあ。すごいですー。こんな完成度の高いレイヤーさんとお知り合いだなんて良太さん。見かけによらず顔が広いですねー。レイヤーさん。とっても美人ですし、どこで知り合ったんですか?」
「今はそれどころじゃないよ。まゆみさん。早く逃げないと」
「逃げる? なんで?」

と、思ったけどダメだ。サラさんとお嬢様の行動は早い。腕を掴まれて、ぐぬぬぬぬ。動かない。なんて力だ。

「イータ!」
「良太さん!」
「や・・やあ。二人共奇遇だね、秋葉原で会うなんて・・すごい偶然だ」
「うふふふ。良太さん。それより、もっと他に言うことがあるんじゃあないですか?」
「え・・えっと二人共小さいね。いつもと違って小さく見えるよ」
「どうしたんですか? 飯山さん」

そんな二人のやり取りに不安を覚えたのか。まゆみさんが心配そうに見てくる。
ああ。心配そうにしているまゆみさんも可愛いな。あんな母性本能溢れる目で見てくれるなんて幸せ。

「コラ。イータ。デレデレするな!」
「今の良太さんは盛りのついた犬みたいですね。あとでたっぷりお仕置きしてあげます」
「いや・・そのあの・・・」
「それにしても、すごい完成度。この生地。どこで買ったんですか? あ! こっちのドレスも真っ赤で素敵。すごいー。どうやって作ったんだろー」

なんだろう? まゆみさんって結構天然なところあるのかな?
お嬢様とサラさんは目からビームが出るぐらい、バチバチしてるのに、まゆみさんは一人だけ呑気なこと言っている。
しかも、まゆみさん。お嬢様のドレスを勝手に触っているし、なんというか、まゆみさんだけ違う世界に居るみたい。
でも、このままにしておくのはヤバいよな。こうなったらまゆみさんだけでも逃げてもらわないと二人に殺されてしまう!

「逃げろッ! まゆみさんッ! お嬢様に触ったら勝ち目はないッ! 殺さるぞッ!」
「だが断る!」
「なに!」
「このまゆみが最も好きな事のひとつは・・・ええっとこの後のセリフってなんでしたっけ? これ有名なアニメの名言ですよね?」

って、何やってるんだ。まゆみさん。これは冗談じゃない。本気で言っているんだ。お嬢様はやばい。あの人だけはマジでヤバい。
怒らしたら人さえも簡単に殺してしまう悪魔なんだぞ!

「・・・・むうー」

ほらほら、お嬢様怒ってる。ほっぺを膨らませて、フグのような顔している。ヤバい。まゆみさん。お嬢様に殺される。

「わかるの? この生地の良さ」

あ・・・あれ? お嬢様。思ったより怒っていない。というよりちょっと上機嫌・・・なのか?
なんだか、思っていたのと雰囲気が違うぞ。少し和やかな雰囲気だ。

「はい。わかります。これめちゃめちゃいい生地ですよね? こんな良い生地を使う人。わたし初めて見ました」
「そう。ありがとう」

え? ええーーー! お嬢様ありがとうって言ったぞ! 俺がどんなにお嬢様に尽くしても言われたことないのに、え? なんで?
お嬢様のありがとうなんて初めて聞いたよ。

「よかったら、私の屋敷来る? 同じような服いっぱいあるから」
「えー。いいんですか? 行く行く。行きます。行かせてください。是非」

えーーー! またまた驚き。お嬢様の奴、まゆみさんを家に誘ったぞ。
そんなことってある? あの冷血悪魔のお嬢様が屋敷に人を招くなんて!

「イータも来る。行く」
「うふふふ。良太さん。今日のお嬢様は機嫌がよろしいですね」
「あ・・ああ。俺も驚いたよ」

なんなんだ。これ。ほんとお嬢様の考えてること訳わからねえよ。
こうして俺たちはタクシーで、俺のアパートへ向かうことになった。

「あれ? ここって確か飯山さんのアパートでしたよね?」
「うん。ここにわたしの服が閉まってある」
「えー! ってことは飯山さん。レイヤーさんと同棲してるのですかー」
「違う違う。そうじゃない。そうじゃなくて、ここにワープがあるんだよ」
「ワープですか?」
「まあ行ってみればわかると思うよ」

そして俺たち4人は俺の部屋に入った。てか、お嬢様とサラさんは当たり前のように土足で入ってきているな。
二人共日本の文化に疎いというか、なんというか。それに比べたら、まゆみさんは健気。ちゃんと靴を脱いで入ってきている。
まあいいや。どうせすぐにワープをくぐってしまうんだ。今更靴を脱げというのは野暮なことだろう。

「え? すごい。これがワープ?」
「うん。ほら行く」
「わわわ。ちょっと押さないで―」

部屋の真ん中に現れているワープ空間。黒のモヤモヤが空中に浮かんでいる。
SF映画のような光景にまゆみさんは驚いている。だが、お嬢様は驚いているまゆみさんの背中を押しワープの中へと消えて行った。

「みんな早いな。もう行っちまってる。じゃあ・・・俺も入るか」

最後に俺はワープをくぐる。するとそこはお嬢様が住まわれるお屋敷だった。

「うわデカ。これがお嬢様のお屋敷か」

初めて着たようなリアクションだが、何回来てもここは慣れない。
ビル街を歩いているような、そんな規模で家具や椅子が鎮座している。
首を大きく上げないと家具の全容が見えない。まるで虫になったような気分だ。
ここは間違いなくお嬢様の屋敷だな。

「これ」
「わーすごい! これ全部。コスプレ衣装なんですかー」

するとどうしたんだろう? まゆみさんの声が聞こえる。
だけど、いつもと何か違う。まゆみさんの声がエコーがかっているというか、さっきまでのまゆみさんと声の質が少し違う。なんだこれ?

「え?」

そんな時、空が暗くなった。何かが俺の頭上を出現している
ズウウウウウウウウウウ! それはまるで怪獣の地響きだった。
怪獣が街を歩く時に響かせるあの音。その音とまったく同じ音と地響きだ。なんだこれ? 一体なにが起こったんだ?

「な!」

とんでもないことに気づく。あれは・・まさか・・まさか・・・まゆみさん!!
そうだ。俺の前にまゆみさんが立っていた。しかも200倍の巨人になってだ。
今のまゆみさんの身長は軽く300メートルを超えているだろう。通常の200倍サイズの大巨人にまゆみさんは変身しているのだ。
え? 一体どういうこと?

「でもなんで?なんでまゆみさんが巨人に? うわまた来た」

ズシンとまゆみさんがちょっと足を動かせば、立っていられないほどの地響きとなる。
そして俺の前に姿を現した、まゆみさんの靴下。黒い靴下の中から、まゆみさんのつま先が透けて見ている。
デカい。デカすぎる。これがあのまゆみさんのつま先なのかよ!
まゆみさんのつま先。その厚みだけでも俺の身長よりも高い。軽く5メートルぐらいありそうじゃんか。
俺は二階建ての家を見上げるような感じでまゆみさんの透けた靴下から、つま先を見上げていた。
まるでアリが人間を見上げるような形でだ。

「・・・イータ。邪魔。そんな所に居ちゃダメ」
「え? 飯山さん? でも飯山さんはどこにもいないですよ? え? どこ行っちゃんだろう?」
「ここに居る」

その瞬間。体全身に強い浮遊感が襲い掛かってきた。
俺は、お嬢様の指にひょいと持ち上げられている。まるで小さな人形のように扱われている。あんな感じで。

「なんですか?これお人形さん?」

こ・・・こえええええええ!!! 巨大化したまゆみさんの姿めっちゃ怖えよ。
なんていうか目が鼻が口がデカすぎる。
まゆみさんがちょっと口を開けたら簡単に丸呑みできる、今のまゆみさんは、そんな大きさだ。
マジやべえ。

「これイータ」
「飯山さん? え? えーーー!!ほんとだ。ちっちゃな飯山さんがいる? え? でもなんで?」

まゆみさん。めっちゃ驚いているようだけど、本当に驚きたいのはこっちの方だよ。
人一人入れるような、まゆみさんの鼻の穴。人一人入れてしまえるようなまゆみさんの目。
そして人一人丸呑みできるぐらいの規模のデカい口。こんな巨人を間近で見る俺の気持ちにもなってほしい。

「あらあら。まゆみさんの体も大きくなっていますね。うふふふ。そういえば女の人だけ200倍に大きくなるって。そんな設定をワープにしていましたねー」

くそ。これもサラさんの仕業か。女の人だけ200倍の大きさになるということは男である俺は対象外。
元々の大きさで屋敷に戻ったものだから、まゆみさんもお嬢様もサラさんも200倍の巨人に見えるってことかよ。

「・・・イータを握ってみて」
「え? 飯山さんを? でもなんで?」
「いいから」
「は・・はい」

おい。おいおいおいおいおい! よせよ。まゆみさん。なんで俺のことを握ろうとしているんだ。
そんなことしたら。おい。おい!
指が閉じて、視界が暗くなっていく。そして天井が徐々に下がってくる。その天井とはまゆみさんの丸太のように太い指だった。

「い・・・いてええええええええええ!! うわああああああああああ!!」

ボキボキボキと体が軋む。やべえ。なんだこれ。今のまゆみさんめっちゃ強いじゃんか。
機械的な力だ。お嬢様やサラさんと同じような、人間には敵わない機械のような力を秘めている。
だけど、まゆみさんはシレっとした態度で、首をひねって「?」の顔をしている。
巨大化した自分の力に全く気付いていない様子だ。
こ・・これが本当にまゆみさんなのか? 別人にすり替わったみたいな、とんでもない力だ。

「イータ。これでわかった? 地球人の女でも大きくなれば強くなる。だからわたし怪力とかじゃない」
「うふふふ。あらあら。へー、良太さん。もうぐったりですか? だらしがない。地球人の娘さんの指一本にも敵わないのですかー」

くそー、二人してバカにしやがって・・しかし、巨大化したまゆみさんがこんな強いとは思わなかった。
まゆみさん。軽く握ってくれたから死なずに済んだけど、本気で握ったらと思うと、恐ろしくて想像したくない。
本気で握ったりしたら内臓とか背骨が折れるぐらいのパワーを今のまゆみさんは持っているんだ。恐ろしい。怖くてまゆみさんの顔を直視できなくなっているよ。俺。

「イータなんて放っておいて、それよりほかにも服を見せてあげる。ついてきて」
「えー、ほんとですか。見ます見ます。わたし他の衣装も見てみたいです」
「じゃあ。こっち」
「うふふふ。良太さん、ここで待っていてくださいねー」

サラさんはそう言うと、三人が別の部屋へと行ってしまった。
巨人たちの大移動。その地響きを肌に感じながら、俺はその場にうずくまった。
まゆみさんの楽しそうな横顔が一瞬だけ見えた。だけど俺の顔はかなり暗い。
ものすごく暗い顔をしている。巨人たちはみんなニコニコ顔、まゆみさんでさえニコニコ顔なのに、小人である俺は暗い顔をしている。
これが巨人と小人の格差だった。小人は巨人の歩行に怯えて暮らす。そんな微小な存在なのだと改めて思い知らされる気がした。