ここは異世界。
この世界では牛族。ドラゴン族。ドワーフ。妖精族。エルフなど、多種多彩な種族が集まる日本とは違う別世界だ。
しかし異世界とはいえ腹が減る。
腹が減り、飢え死にするのは地球社会と同じで生きていくには食べていく必要があった。
食べるためには金が必要であった。
なので異世界でもあっても夢の世界とはいかず、現代社会と同じように就職活動たるものが存在し、
ここにいる人間族のクリス・ロックという若い青年も就職活動に必死になっていた。

「ではクリスさん。あなたの長所を教えてください」
「わたしの長所はポジティブなところです。学生の頃からどんな失敗があってもポジティブに考える癖がついていましてこれはわたしの長所かなと考えます」

会議室の中で新卒の面接が行われていた。
面接官数人と就活生クリスが面接をやっている。その最中だった。

「そうですか。クリスさんの長所はポジティブな所なんですね。では次にクリスさんのお持ちの資格を教えてください」
「ええっと・・資格ですか・・・」
「はい。大学ではなんの資格を取られたのですか?」

就活生クリスの額から冷や汗が流れ落ちる。
長所について、どういう受け答えをするか。
面接前から対策済みだったが資格についてはなにも対策していない。
というのもクリスの持っている資格は、かなーり少なく胸張って言えるような資格はなにもなかったからである。

「ええっと・・資格はですね。運転免許を持っています」
「運転免許。つまり車の免許ですね? ではそれ以外には?」
「それ以外に・・・ですか・・・」

冷や汗が額に滲む。こんなことになるなら大学時代もっと資格を取っておけばよかった。
しかし、今から後悔してももう遅い。
運転免許以外に持っている免許と言えば・・・・。

「乳しぼり一級の免許を持っています」
「乳しぼり。一級ですか?」
「あと准獣医免許も持っています」
「准獣医免許?・・・ですか・・・」

面接官はクリスを見ながら目をパチパチさせた。
乳しぼり、准獣医免許。
そんな単語が出るとは思っていなかったようである。

「はい。私の実家は酪農家をやっておりまして、中学生の時に乳しぼり一級と准獣医免許を習得するようにと、親に勧められましたので習得しました」
「酪農家ですか? つまり牛族を扱うお仕事を親御さんがなされているのですね?」
「はい。牛族の扱いなら任せてください。小学校の時から牛族と接して来ましたので牛族の扱いには慣れています」
「そうですか。しかし弊社に牛族の取り扱いは・・・・・」

そして数日後。クリスの下に一通の手紙が届く。

<選考結果のご通知>


拝啓

この度は、数多くの企業から当社をご応募いただき、誠にありがとうございます。
また、先日は、履歴書などの応募書類を揃えて頂き、重ねてお礼申し上げます。

厳正なる選考の結果、誠に残念ではございますが、今回はご要望に添いかねる結果となりましたことをお伝えいたします。
大変恐縮ではございますが、ご了承くださいますようお願い申し上げます。
なお、履歴書等の選考書類に関して、同封しておりますので、ご査収頂きますと幸いです





はい。落ちた。一次面接で落ちた。丁寧に書かれているが、ようは俺みたいな人材はいらないってことだよな。

「くそー。これで50社目かよ! あー。辛い。精神的に病みそう!」

辛過ぎて死にたくなってくる。
だけど、落ち込んでいる暇はない。
悩む暇があったら面接を受けて受けて、受けまくって内定を勝ち取るのだ。
やるぞおおおおおお。うおおおおおおおおお!

A社面接官「牛族の乳しぼり・・・・それってつまり・・・いえ。なんでも。残念ですか。クリスさん。牛族みたいな希少種。弊社では取り扱いがない状態でして・・・」

B社面接官「牛族ですか? しかし牛族はかなり希少種ですので・・そうですね・・・。ゴキブリ族の世話なら、今すぐでも働けますがどうですか?」

C社面接官「ああ? ポカポカ大学卒業予定? しかも獣医免許じゃなくて、准獣医免許? そんな学歴でうちの会社、よく受けようと思いますね。ダメダメ。そんな人材いらないよ」

D社面接官「牛族ですか? 牛族って、どんな種族なんですか? いやあ弊社で取り扱ったが一度もありませんので」

E社面接官「牛族!? 牛族ってあの人間そっくりの種族ですか? その乳しぼりってことは・・・うわ・・・」(ドン引き)


あああああああああ! くそおおおおおおおおおお!
全部落ちた。内定が取れねええええええええ



しかも不採用通知の手紙には(末筆ながらクリス様の今後一層ご活躍することをお祈り申し上げます)と書かれてある。それも気に入らない。
なにが今後一層ご活躍することをお祈りしてますよだ!
お祈り? お祈りだって?
こっちとら、祈られたって、なんの成果もありゃしない。活躍したくても活躍できる企業がどこにもない。
しかも悪いことに、就活がうまく行っていないことが俺にバレてしまった。
就活がうまく行かないなら、実家に戻って牛の世話をしろ、そんな手紙が親から来るし、もう・・・最悪。

「せっかく都会に出て来たのに・・・結局実家で酪農家暮らしか・・・」

そう思うと、なんのために都会に出て来たんだろうと頭を抱えてしまう。
田舎が嫌で都会に憧れて都会の大学に入ったのに、田舎に戻るなんて・・・・いやだ!
都会で働きたい。だけど都会に職はなかった。
このまま都会に残っても、職がないので結局貯金が尽きて飢え死にするだけ。
悔しいけど一回実家に帰るしかない・・・のか。
それから俺は三日三晩、悩んだ挙句、田舎に向かうことにした。
今俺は実家の村に向かう汽船に乗り込んでいる。
悔しいけど田舎に帰るしか道はなさそうだ。それが俺の出した結論だった。


**************


「三等客は寄生虫と伝染病のチェックをするからこっちに並べ」

船着き場に着いたら、このありさまである。
偉そうな顔した船の係員が、俺達三等客を取り囲み病気のチェックをやっていた。
どうやら船に乗る前に病気を持っていないかチェックが入るらしい。

「おい。そこの男。服を脱げ。まさかシラミを持っているんじゃないだろうな?」

失礼な。シラミなんか。ないぞ! と反論してやりたいが、そんなことを言ったら余計に時間がかかるし、最悪船に乗れなくなるので素直に服を脱いで見せる。
脱げばいいんでしょ。脱げば。

「・・・よし。OKだ・・・・何をしている! さっさと行け!」
「でも・・・荷物が重くて。なかなか進まない・・・」
「ちっ! 後ろがつかえているんだ。さっさとしろ!」

係員の奴。感じ悪いな。ちょっとでもこっちの動きが悪いと背中から蹴られそうな勢いだ。
それにあっちこっちで怒号が飛び交っているし、客を客だと思っていない。
これじゃあ家畜と同じ扱いだよ。まったく・・・。

「これはこれは。アニエール家のお嬢様。はい。はい。一等で。畏まりました」
「挨拶はいいから、とにかくボーイを呼んできて頂戴。いつまでわたしに荷物を持たせる気?」
「これはこれは気が付きませんで。すぐにボーイをご紹介いたします」

その一方で一等客は特別扱いである。
少し離れた所に、一等専用の出入り口が設けられており、三等と一等とで、完全に区別されていた。
地獄の三等に対して、一等はまさに別世界で、三等客は伝染病のチェックで大行列なのに、一等はそんな検査はなく顔パスで入っていた。
しかも一等は数人並んでいるだけで、すぐに船に乗れていた。
それに一等入り口には赤い絨毯まで敷かれてあるし、船に乗る前からすでに豪華絢爛。
行列を作る三等客を尻目に、一等客は悠々と乗り込んでいる。

「みて! あれ。ルウ・ミスミじゃない!」
「本物の映画俳優じゃねえか。すげえイケメン。ミスミも一等か? いいなあ」

映画俳優のルウ・ミスミも一等の入り口から乗船していた。
くそ。ブルジョアめ!
こっちは風呂敷を担いで、しかも両手にはカバンを二つも持って四苦八苦しているのに、一等客は片手で持てるような、小さな手荷物をボーイに持たせている。
正直、あれぐらいの手荷物、自分で持てよ。
本当にボーイが必要なのは一等じゃなくて、大荷物を抱えている三等の方だろと一等客に言ってやりたかった。


だが悔しいけど、これが船の上では当たり前だった。
三等客が馬や牛なら、一等客は人間を通り越した神様なのである。
三等が家畜なら、二等が人間で、一等は神様なのであろう。
そう思うと金がある奴が偉くて、金のない奴は不条理な扱いを受けても仕方がない。そう言うことなのだろう。
なぜなら俺達三等客は一等と比べたら、あまり多くのお金を払っていないし、金を払わない以上、よいサービスを受けられないと言うことだ。
お金を多く払わないと人間扱いされない。船の上ではその典型になる。
そんな世の理不尽さを俺達三等客はまざまざと見せつけられているような気がして、なんとなく気分が悪くなった。



*



そしてその日の夜。幅52センチの三段ベットに寝ていると船が急に揺れた。
テーブルの皿が落ちるぐらいの大揺れに叩き起こされる。

「船が岩場にぶつかった! すぐに甲板に出ろ!」

ええ? 船が岩場にぶつかった。おいおい。もしかしてこの船。沈むじゃないのか?
そんな不安に駆られながら甲板に上がってみると、甲板には上がれなかった。
なぜなら船の係員たちが両手を広げながら通せんぼしていたからだ。

「救命ボートに乗せろ」

俺の隣にいた三等客のおっさんが係員に怒鳴りつける。

「救命ボートはダメだ。三等は乗せられない」
「なぜだ?」
「救命ボートは二等と一等客の物だ。三等客の分はない!」

ええー! 救命ボートに乗れるのは、一等と二等客だけ?
そんな俺達三等客の分はないの?

「おい! それはおかしいぜ。ボートは20人乗りだろ? さっき出て行ったボートには三人しか乗っていなかったぜえ」

おじさんの言う通り、ボートは空席だらけだった。
20人ぐらい乗れそうなボートに数人しか乗っていない。

「ふざけるな! さっきのボートは三人しか乗っていなかったぞ! あの空席に俺たちを乗せろ」

「「「そうだ。そうだ」」」

三等客は、皆口をそろえてそう言ってた。
だけど船の係員は鼻で笑い。こう言い放つ。

「一等客と三等を一緒にできるわけないだろ。どうしてもボートに乗りたければ自分で作りな」
「ふざけるな!」
「そうだ。今すぐ乗せろ」
「ダメだ。なんと言われてもボートには乗せられない」

乗せろと言う客と乗せないと言う係員。両者は意見を譲らないず、意見は平行線をたどるばかり。
それを横目に、一等客は悠々とボートに乗り込んでいる。

「惨めね。三等客は騒ぐことしかできないのかしら?」

あの声には聞き覚えがある。あれは確かアニエール家のお嬢様だ。
一等客にお乗りの、高貴なお嬢様は、係員ともめる三等客を鼻で笑いながら、悠々と救命ボートに乗り込んでいた。
これが一等客の権力って奴か。
俺達は貧乏人はボートに乗れず、これから死ぬかもしれないのに、お嬢様はなんの罪悪感も感じず、それが当たり前のように自分だけボートに乗り込み、
自分だけ助かろうとしていた。
そんな、お嬢様が乗るボートも空席が非常に目立っていた。
あのボートが、もし満員になれば15人の尊い命が救えるだろうに、お嬢様はそんな虫けらの命にはなんの価値があると。
そう言わんばかりに、なんの関心も示していない。
金持ちは助かり、貧乏人は死んで当たり前だと、そう言わんばかりに自分だけボートに乗り込んでいる。

「うあああああ。甲板に水が入ってキターーーー」

お嬢様のボートが、どうやら最後の救命ボートだったようだ。
ボートは全て出払い、甲板には三等客しかいない。
その三等客を歓迎するように、水が甲板にまで入って来た。
いよいよ。この船も沈む。沈んで転覆してしまう。

「海に飛び込め。幸い。今は夏だから海は暖かい。低体温症になる心配はないぞ」

誰かがそう叫ぶと、次々と三等客は海に飛び込んでいった。
郵便荷物が海に投げ捨てられるように、生きた人間が次々と海に飛び込んでいく。
俺もそれに習い海に飛び込んだ。



************


「はあ・・・はあ・・はあ・・ゴホゴホ・・・なんとか助かった」

日が昇ると、どこかの島に流れ着いていた。

「はあ・・はあ・・死ぬかと思った。それに熱い。日陰に・・・」

砂浜に一本だけ木が立っている。あそこの木の影に下に行けば幾分か涼めるだろう。
考えるまでもない。今すぐあそこに行って涼もう。さもないと焼け死にそうだ。

「はあ・・・。あ・・・涼しい」

日向と日影では、えらい違いである。
やはり日陰の方が涼しい。

「お。救命ボートだ。一等客も助かったようだな」

一足遅れて救命ボートが近づいてきた。
嫌なお嬢様が乗ったボートも島に近づき上陸してきた。

「なんてことなの。世界屈指の名家である、このアニエール家の令状がなんでこんな砂ばかりの所に!」
「しかし。お嬢様。助けが来るまでは何卒。ご辛抱ください」
「ええい。それよりも暑くてたまらないわ。どこか涼めるところは」

お嬢様と、お付きの人が何やらもめている。
だけど、今の俺には興味がない。それに関係もない。
ここまで泳いで来たもんだから、もうヘトヘト。
他の人に構っている元気はない。
と思っていると、お嬢様がお付きの人を引き連れて俺の前までやって来た。
高貴なお嬢さんが、俺のような庶民に一体なんの用だ?

「そこの男。今すぐそこを退きなさい」

指を指すなり、そんなことを言ってくる。
最初はなにを言っているのか分からなかったが、この俺に退けと命令しているらしい。

「この場所を譲れと言う意味ですか?」
「ええ。暑くてたまらないから、さっさ退いて」

お嬢様は白いパラソルを、お付き者に差させている。
パラソルの影に当たっているくせに、そんなとんでもないことをお嬢様は言っている。
だけど、お嬢様に悪気はなく場所を譲るのが当たり前のような、そんな口ぶりだった。

「でも俺、泳いでここまで来たんですよ。お嬢様はボートに乗れたんですから別にいいじゃ・・・」

別にいいじゃないですか?
そう言い終わる前に、俺は右を向いていた。
さっきまで顔は真正面を向いていたのに今は右を向いている。
自分で顔を動かした覚えはない。何かに引っ張られて顔がひとりでに動き、しかも頬に痛みを感じている。
俺はお嬢様に平手打ちされていた。

「いつまで待たせる気なの? さあ、さっさと退きなさい。それとも仕置きを受けたいの?」
「申し訳ございません。今すぐ退きます」

くっそ!いてえな。頬を叩かれてジンジンする。
元はと言えば、こっちが先に木陰に座っていたのに、なんで場所を譲らないといけないんだ?
ああ、嫌だ。嫌だ。お嬢様はボートに乗って、まだ元気そうなのに、一番いい所を陣取って、お涼みになられていらっしゃる。
それに比べたら俺は命かながら泳いで、へとへとなのに、なんで元気なお嬢様に場所を譲らないといけないんだよ?
考えれば考えるほど、腹が立ってきた。
思いきって、一発殴ってやるか・・・・。やっぱり、やめておこう
相手は、世界有数の大富豪、ヘタなことをすれば首が吹っ飛ぶ。
命が惜しいから、ここはグッと我慢するしかない。貧乏人は言いたいことも言えない。悲しい定めだ・・・・トホホ・・・

「ああ・・・それにしても暑いな・・・どうなるんだよ俺・・・」

日陰を追い出されたら当然暑い。焼けるように熱い。
それに比べたら、お嬢様の木陰はさぞかし涼しいことだろう。

「ええい。木陰でも熱いわ。もっといい場所がないか。あんたたち。探してきて頂戴」

お嬢様は木陰にでも満足なさっていないらしい。
はあ・・やだやだ。こっちが日向に放り出されて焼き鳥状態なのに、お嬢様は木陰でも暑いとブーブー文句を言っていらっしゃる。
ほんと嫌なお嬢様だな。なにを言っても全て嫌味に聞こえるよ。

「・・・・?・・・波が揺れている?」

ケツが叩かれたような衝撃走った。
それに海が波立っている。なにか巨大な生き物が近づいてきている。

モ~~~~
モ~~~~
モ~~~~

なんだ? この音はどこかで牛が鳴いているのか?
崖の向こうから牛の声のような音が響いている。
しかもこの鳴き声は危険を知らせる鳴き声のようだ。
牛を飼ったことがあるから分かる。これは牛が危険が迫り仲間を呼び寄せている時の鳴き声だ。

モ~~~~
モ~~~~
モ~~~~

「どこかに牛族の集団がいるのか? しかも鳴き声は大きくなっている!?」

牛族が近づいてきている。しかも危険を知らせる鳴き声を出しながら、俺達が居る海岸に近づいてきている。
これは憶測だが、もし牛族が俺達人間を敵対勢力と考えているなら非常に厄介だ。
というのも、牛族は非常に縄張り意識が高く、部外者を排除する傾向があるからだ。
普段はおとなしい牛族だが部外者には厳しく、しかも集団で来られたら、こっちに分が悪くなる。
しかも、こっちには泳いで消耗している上に、武器らしい武器はなにも持っていない。
それに俺は勇者でもなければ冒険者でもない。
ただの大学生。それも就職できなかった可哀想な大学生なのだ。
そんな俺に一体何ができるというのだ?

「くっそ。こんなことになるなら、もっと体を鍛えておけばよかった」

なんて言っても始まらない。どこかに隠れる場所は・・・。

「困ったぞ。どこにもない」

砂浜が広がるばかりで隠れられそうなところはどこにもなかった。
森はあることにはあるが、断崖絶壁の上に木が生い茂っているし、今から崖の上を登るのは無理だろう。
どうする? ひとまず、死んだふりでもするか? でも牛族に死んだふりはきかないと聞くし、一体どうすればいいんだ?

「なにものじゃ?」

それは声か、風の波か。雷鳴か? 大空より雷鳴がゴウと響く。
何事かと思って上を見上げれば、険しい断崖絶壁から巨大な影がヌッと姿を現している。
その影の中から、ギョロギョロとした、二つのお月様のような光が光っている。
それは巨大な目玉のようで逆光なので、よくわからないが、その巨大な影は断崖絶壁の崖を、さも当たり前のように乗り越え、俺達が休む砂浜にまで一気に跨いで来たのである。
デカい。デカすぎる。断崖絶壁の崖を跨いでくるなんて信じらない。
それは熊や像の比どころではない。
魔獣よりも大きな・・・そう。山のような生き物が俺たちに迫ってきている。

「なんだあれ・・あれが生き物だっていうのかよ・・・」

初めての街で、いきなりラスボスに出会った気分だ。
なんでこんなところに、こんな化け物がいるんだ!? そんなの聞いていないぞ。

「うん? ニンゲン族か? わらわも実物を見るのは初めてじゃ。どおれ一匹捕まえてみるかのお」

そう言うのか速いのか。背後から魔の手が忍び寄ってきた。
どうやら化け物はその場にしゃがみこみ、俺達人間を摘まみ上げるつもりらしい。

「ふふふ・・・ニンゲン族がどれほどのものか確かめてやるのじゃ!」

鷲が急降下してくるように怪物の手が急降下してきた。
一瞬で魔の手に捕まってしまった。

「うわ! しまった。捕まった!」

化け物から見た人間は、どうやらアリも同然のようである。
怪物の魔の手は、まるで小さな子供がアリにいたずらでもするように、次々と俺達人間を捕まえていった。

「離せ。離せ。わたしはアニエール家の令嬢よ。こんなことをしてタダで済むと思ってるの!」

俺も捕まったが、お嬢様も捕まっていた。
俺は半分諦めているが、どうやらお嬢様はまだ諦めていないようで魔の手の中でジタバタと暴れている。
だけど、それで状況は改善されていない。怪物の魔の手に捕まったままだ。
流石の金持ちもこの化け物には太刀打ちできないらしい。 
ふふ、いい気味。こうなってしまえば金持ちも貧乏人も変わりない。大金持ちも形無しだな。

「って、そんなことを言っている場合じゃない。すげえ浮遊感・・・・どんだけだけデカいんだよ・・・・」

魔の手が持ち上げる。俺の体をまるで虫けらのように持ち上げている。
強烈な浮遊感が足元から押し寄せると、目もくらむほどの高所へと連れて行かれた。
目をつぶっていても、ここが高い所だろわかるような、そんな高所だ。目測で200メートルは優にあるだろう。

「お前たち何をやっている。早く私を助けなさい!」

どうやらお嬢様のお付きは、まだ捕まっていないらしい。
怪物の足元に居る、お嬢様のお付きになにやら命令をすると、すぐさまピストルを発砲していた。
てか、お嬢様のお付きって銃持っていたんだ!?
あぶねえ。もし、あの時お嬢様を殴っていたら射殺される所だった。
殴らなくてよかった。

「・・・・うむ? わらわに攻撃をしておるのか? しかし・・うふふふ・・くすぐったいだけじゃぞ」

ボウという雷鳴が響く。化け物は痛みを感じず笑っていた。
こいつ・・銃で撃たれても痛くないのか? なんてことだ。すごい防御力じゃないか!?
どうやらピストル攻撃も、この化け物からすれば大したことないらしい。

「うふふふ・・・くすぐったい・・しかし鬱陶しいのう・・。このわらわに刃を向けるとは・・・始末してやるのじゃ!」

ズウウウウウウウウ!

お嬢様のお付きの頭上に怪物の足がかざされた。
大の男を何十人と下敷きに出来る化け物の足が、お嬢様のお付きを踏みつけている。

「ぎゃああああああああ!」
「ぐあああああああああ!」

バキバキボギボギ・・・

骨が砕ける音と、お付きの断末魔が響いた。
この化け物。単にデカいだけじゃなくて体格に見合うだけの体重を持っているようだ。

「なんじゃ? もう終わりか? なさけないのお。そんな力で、よくもわらわに歯向かった物じゃ」
「マリアちゃん!? 大丈夫?」

するとどうしたことだろう?
崖の向こうから、もう一つ化け物がこっちを見ていた。
化け物が二人に増えていた。 

「お。世話係のヤリスか? 今のお。ニンゲン族を捕まえてたところじゃ」
「に・・ニンゲン族!? 大変。モ~~~~~モ~~~~~」
「いやヤリス。別に仲間を呼ばなくても、よいのじゃぞ・・・」
「そうは参りません。モ~~~~~モ~~~~~」

これは牛族の危険信号。仲間を呼び寄せる鳴き声だ。
え? なんでこの化け物。牛族の鳴き声で鳴いてるの?
あり得ないことの連続に頭をフリーズさせていると、ゾロゾロと、化け物たちが大勢集まって来た。

「なんだ・・・こいつら・・・」

それは巨人だった。いや正確には牛族・・・の巨人。
巨人の頭には二本の角が生え、お尻には尻尾が生え、ホルスタイン柄の競泳水着を着ていた。
見えれば見るほど牛族そのものだが、しかしその大きさは異様過ぎるほど巨大で・・・。

「デカすぎる!」

デカすぎて足しか見えない。
しかし、その見えている足も二階建ての家に匹敵するような、そんな巨大な足だった。
足の指でさえ、俺が手を上げても届かないような、そんな高みに聳えているし、もう何が何だか・・・。
そんな足の指が計100本。俺たち人間を取り囲むように並んでいる。
巨人たちは四方八方を足の指の円を作り、俺たちを逃がさないようにしている。
100本の指。つまり牛族は10人いるってことか?

「マリアちゃん。大丈夫?」
「危険信号が聞こえてけど、怪我とかしてないの?」

牛族はさらに増えて行く。
崖を跨ぎながら、牛族の巨人たちがぞろぞろと、一列になりながら、どんどん増えている。
気づいたときにはすでに50人を超えていた。
つまり500本の足の指が砂浜を踏みしめ、俺達人間を逃げられないように足の指の円を作っている。

「なに? なにがあったの?」
「さあ・・でもニンゲン族が来たって言ってたけど?」
「え? ニンゲン族? マリアちゃんは大丈夫なの?」
「さあ? わからない」

わいわい、がやがや、もーもー、がやがや。
牛族たちは話しながら、足の指をモジモジさせたり、太ももをすり合わせたりしながら、そんなことを言っていた。
だけど、俺達人間からすれば足の指をちょっとモジモジさせるだけでも優に4・5メートルも上下していた。
龍のように蠢く足。足だけで像よりも大きいなんて、そんなの常識的にあり得ないし、あんな家サイズの足指が自由自在に、しかも自分の思い描く通り、動かせるだけでも俺達人間には充分過ぎるほど脅威だった。
あの巨大な指の腹の下に人を潜り込ませれば、人一人、楽にペシャンコにできてしまえるだろう。

「このケダモノ共め! わたしはアニエール家の令嬢だぞ! こんなことをして許されると思っているの? むきいいいいい!」

50人の巨人に囲まれたと言うのに、お嬢様はまだ諦めていないようだった。
足をバタつかせて必死に抵抗している。だけど、それも徒労のようである。
彼女がどれだけ暴れても巨人の手はピクリとも動かない。
蒸気で動く汽船を素手で止められないように機械的な力に俺達人間たちは完全に支配されている。

「ふむ。随分と威勢の良いニンゲン族だな。じゃがな。ニンゲン。あまりわらわを怒らすと良いことがないぞ。ほれ」
「きゃあああああああああああ!」

巨人がギュッと手に力を入れた。
巨人からすれば、ほんの少し力を加えただけなのかもしれない。
だけどお嬢様を黙らせるには充分過ぎるほどの力があったようで、お嬢様は青い顔をしながら、巨人の手の中でうなだれていた。

「やや? もう終わりかえ? なさけないのお。まあよい。おぬしら! この辺りに居るニンゲン族を残らず捕まえるのじゃ。鼠一匹見逃すのではないぞ。よいな!」
「「「「「「はあーーーーい」」」」」」」」」

50人の巨人たちは地響きを立てながら去っていく。
どうやら俺たち以外のニンゲンを捕獲するようだ。

「ふふふ。おぬしたちは、ここでおとなしくしておれ。どうじゃ? わらわの脚で作った脚の牢獄なのじゃ。逃げられるのであろう」

巨人は胡坐をかいて座っている。
その胡坐の中に俺たちは閉じ込められていた。
背後には巨人の股間が、そして真正面には巨人の太ももとふくらはぎが壁のように聳えて逃げ道を塞がれてしまう。

「ちょっと、そこの化け物!」
「化け物? 化け物とはわらわのことかえ?」
「そうよ。そこの化け物。いい? よく聞きなさい。わたしはアニエール家の令嬢なのよ。こんなことをしてタダでは済まないわ。逮捕よ。逮捕。死刑よ。死刑
 お父様に言いつけて罪に問うわよ!」
「逮捕? 死刑? 罪に問う? はっはっは。おぬしは、一体なにを言っておるのじゃ? ニンゲン如き虫けらがわらわを裁くことなどできないのじゃ。
 そもそもどうやってわらわを捕まえる? どうやって牢獄の中に収める? 言ってみるのじゃ」
「ぐ・・・ぐうう・・・覚えていらっしゃい!」

アニエール家の御令嬢と言えども巨人の前では形無しだ。
巨人の前では法律など通用しない。
逮捕も死刑もこんな巨大な生き物には適応外だろう。

「ちょっとそこの貧乏人!」
「え? 俺の事ですか?」

巨人に脅しは通用しないと悟ったのか?。
アニエール家の令状は俺に話しかけてきた。
これは珍しい。庶民である、この俺に一体何の用だ?

「あの壁を乗り越えて、助けを呼んできて頂戴」
「え? なんでおれが・・・」
「あんた。男でしょ? 庶民でしょ? だからよ」

なるほどね。庶民を踏み台にして自分だけ助かろうと言う魂胆か。
でもね。お嬢様。ひとつ忘れていませんか?
胡坐をかいた巨人から、どうやって逃げるのですかね?

「いいから。さっさと行きなさい。男でしょ? あんた」
「はいはい。わかりましたよ。行けばいいんでしょ? 行けば・・・」

この場合。行けばではなく、逝けばかもしれない。
でもやるしかないか。貴族のお嬢様の言うことを聞かないわけにいかないもんな。

「ふふふ。無駄じゃ。全部聞こえておるぞ。なんじゃ? わらわの脚を乗り越える気かや?」

巨人が見下ろしながらニヤリと笑った。
どうやら俺たちの会話は全部筒抜けのようだ。

「お嬢様。というわけで無理ですよ」
「そんなの関係ないわ。なんとかして逃げるのよ
「そんな・・・無茶な・・・」
「おぬし。さっきから見ておるが随分と偉そうじゃなの? そんなに逃げたければ、おぬし一人で逃げればよいじゃろ」

この場合のおぬしはアニエール家の御令嬢のことを指すらしい。

「そ・・それはできないわ。わたしは貴族なのよ。アニエール家の令状なのよ。誰が好き好んでこんな化け物の脚を登らないといけないのよ?」
「お嬢様。あまり悪口は言わない方が・・・・」
「・・・・化け物・・じゃと?」

ああ・・言わんこっちゃない。
お嬢様の奴、自ら墓穴を掘ったな。いくらアニエール家の令状でも、この巨人には腕力では絶対に敵わないのに。

「ほおれ。そんなにわらわの脚に登りたいなら。登らせてやるぞよ。ほおれ。ほおれ」
「きゃあああああああ!」

ああ・・俺知らないっと。
お嬢様はあっという間に巨人の魔の手に捕まった。
そして手に摘まみ上げられ太ももに磔になっている。
華奢なお嬢様の体と巨人の巨大太ももに押し付け、お嬢様はサンドイッチになってしまった

「どうじゃ? わらわの力。少しは思い知ったかえ?」
「ぜえ・・ぜえ・・・覚えていなさい。あとでお父様に言いつけて、八つ裂きにしてやるんだから」
「ふむ。威勢だけはよいな。まあよい。そこでおとなしくしておったら、わらわはなにもせぬのじゃ」

だ。そうだ。というわけで、ここはおとなしくしておくのが賢明だろう。じゃないと今度は体をぶちゅと内臓ごと破擦させられてもおかしくない。

「マリアちゃん。戻ったよ」
「おお。ご苦労であった。で? 収穫はどうじゃった?」
「あっちの浜辺にニンゲン族。いっぱいいたよ」
「そーそー。木のボートにいっぱい人が乗っていたー」
「みんな持ってきちゃった。小さいね。ニンゲン族って」
「多分。これで全部じゃないかな? もう他にはいなかったよー」


巨人族が戻ってくると、その手の中には救命ボートが載せられていた。
救命ボートの中にはまだ人間が乗っており、その中には映画俳優ルウ・ミスミの姿もあった。
巨人族の奴め。ボートに人を乗せたまま歩いて帰ってきたのか?
だけど、ボートの数は船が沈んだ時に出た数と完全に一致しているように見える。

「うむ。ご苦労。ひい・・ふう・・みい・・全部で100匹か。結構集まったのお。では城に帰って尋問する。それでは城に帰る。みなのもの帰還するのじゃ。モ~~~。モ~~~~」

「「「「モ~~~~モ~~~~」」」」

50人の巨人たちが一斉に鳴き出す。
知ってる。これは帰還を意味する、牛族の鳴き声だ。
ということは、これから寝床に帰るのかな?

「おっと・・・」
「おぬしもわらわと一緒に来るのじゃ」

巨人にギュッと捕まり、俺はなすすべがなくなってしまう。

ズシイイイイイイイイ。ズシイイイイイイイイ

ひええ・・・・早い。巨人は歩くのが速い。
いや違う。相対的に歩幅が大きくなるから速いように見えるんだ。
そうだ。牛族はもともとのんびりした性格。決して焦ったり走ったりするようなことはない。
これでもきっと歩いているんだろう。
しかし、この速さ・・・」

「く・・・くうう」

顔が千切れそうな勢いだ。
巨人の手の中は嵐の中の海賊船と言った感じで目が回るほど上下左右に激しく揺れた。

「はあ・・・はあ・・やっと着いた・・・」

やっと地面に降ろされると、そこは城の中だった。
玉座と思われる巨人サイズの椅子に、さっきの巨人が腰かけ足を組み、俺達漂流者100人全員を玉座から見下ろしていた。
まるで閻魔に裁かれるような気分。
これから一体何が行われるんだ? 
まさか一人一人、その巨大な足で踏みつぶして行くんじゃないだろうか・・・。


「ではおぬしらの尋問を始める。おい。あれを」
「はい」

椅子に腰かける巨人が顎で部下に支持を出すと、その部下が箱を降ろしてきた。
俺達人間からすれば体育館よりも大きな巨大な建物だった。

「安心せい。わらわとて鬼ではない。おぬしらニンゲン族を殺す気はないのじゃ。それよりなぜ、わらわの島に来たのじゃ? 船でも沈没したのかえ?」

人間たちはみんな黙っている。
だが巨人たちはどうやら雰囲気で察したらしく、話を進めている。

「なるほど。つまりおぬしら全員は漂流者という訳じゃな。それは不運だった。しかしニンゲン族100人を置く余裕は、わらわの島にはないのじゃ。
 よって、おぬしらをニンゲン族をランク付けし仕分けをするのじゃ」
「ちょっと待ちなさい!」

そう声を上げたのはアニエール家の御令嬢だった。

「ランク付けってなんなのよ!? そんな屈辱受けられないわ!」
「なぜじゃ? なぜ? わらわの取り決めを屈辱に思うのじゃ?」
「わたしはアニエール家の令状なのよ。超大金持ちなのよ! ランク付けするまでもないってことよ。わたしが一番に決まっているんだから」

アニエール家の御令嬢の言っていることはある意味正しい。
ここにいる100人の中では、一番の金持ちであると言える。
その考えは同意はするが、でも、あんまり巨人族を刺激しない方が・・・

「黙れ。この成金!」
「成金ですって・・・」

瞬間湯沸かし器とはまさにこのこと。
アニエール家の令状がカーと赤くなっている。しかし玉座に腰掛ける巨人は臆することなく、冷静にこう言い返していた。

「黙れ。成金。言っておくがのお。わらわはこの国の女王なのじゃ。おぬしとは身分が違うのじゃ」

え? 女王!?

わいわいがやがや。

漂流した100人の人間は驚きの声を上げた。
かくいう俺も、この巨人が女王だとは知らなかった。

「マリアちゃん」

玉座の隣に立っている世話係と思われる巨人がそう言った。

「マリアちゃんではない。わらわは女王なのじゃ」
「水を差すようで悪いけど、女王じゃなくて女王代理だよ。マリアちゃん」
「マリアちゃんと呼ぶな。わらわは女王・・・代理なのじゃ。最後に代理をつけようと思っていたのを忘れておったのじゃ」
「ほんとーかなー。わざと女王って見栄を張って言ったんじゃないのー。ねえ? マリアちゃん」
「マリアちゃんではない! わらわは女王代理。女王の代理なのじゃ」
「女王代理ということは本物の女王が居るってことか?」

と、俺がそう言う。

「うむ。そうなのじゃ。本物の女王陛下は今御病気でな。病状が回復するまで、わらわがその代理を務めておるのじゃ」

へー。そうなんだ。本物の女王は病気なのか? 巨人族も結構大変なんだな。

「とにかくこの国で一番偉いのは、わらわということなのじゃ。
 つまり、おぬしらニンゲンを生かすも殺すもわらわのご機嫌次第。どうじゃ? わかったかえ?」

少なくとも俺は納得した。
というか、納得せざるを得ない。
巨人族の女王代理と喧嘩するのは自殺するに等しい。
誰が好き好んで、こんな大巨人と争うんだよ?
ここにいる人間は誰もがそう思っていたことだろう。
ある一人を除いては。

「納得できるわけないわ。なんであんたみたいな化け物の言いなりにならなきゃいけないのよ?」

アニエール家の御令嬢がなんかキーキー言っている。
ああ・・・巨人族に喧嘩を売るなんて・・・知らないぞ俺・・・。

「・・・そこの成金!」
「成金ですって」
「そうじゃ。成金。おぬし。わらわに文句がるのかえ?」
「ええ。大ありよ。このアニエール家の令状にこんな仕打ちをして許されると思ってるわけ?」
「・・・まあよい。ではおぬしから尋問を始めるかの」
「巨人の尋問なんて、わたし受けないわよ」
「おぬしの経歴と態度次第で、今後の待遇が決まるのじゃ。この箱の中にはABCDの部屋が区分けされておるのじゃ」

尋問はどうやら問答無用で行われるらしい。
アニエール家の御令嬢は尋問を拒否しているが、それを女王代理は無視して尋問を開始している。

「Aが一番良い部屋じゃからな。Aを目指して頑張ってほしいのじゃ!」
「じゃあ。Aの部屋を用意して頂戴」
「なぜじゃ? それを決めるのはわらわなのじゃが・・・」
「Aが一番いい部屋なんでしょ? 何度も言うけど、わたしはアニエール家の令状よ。それなら一番いい部屋を与えられるのが当たり前じゃない」
「じゃから、それを決めるのは、わらわじゃと、さっきから言っておるであろう! おぬし。頭が悪すぎやせぬか」
「なんですって。私がバカだっていいたいの?」

はあ・・・やれやれ。先が思いやられるな。
アニエール家のお嬢様は、自分は金持ちだから優遇しろと言っているが、女王代理からすれば、そんなもの毛ほどの価値もないのだろう。
ニンゲン族の名声と牛族の名声は全くの別物。
いくら世界屈指の大金持ちでも、それはニンゲン族の話であって牛族には関係ない。
つまりは、そう言うことなのだろう。

「全く生意気な娘よのお。じゃじゃ馬というか、なんというか・・・まあよい。この成金娘のほかに誰か尋問を受ける者は・・・そこのおぬし。そこのイケメンも一緒に尋問するかのお」

イケメンを尋問する。つまり映画俳優のルウ・ミスミのことか。
お嬢様と映画俳優の尋問か。どんなことを尋問されるのか。
ここで見えておいて自分の番に備えておくか。

「・・・・なにを座っておる。こっちに来ぬか」

そういや、ルウ・ミスミはどこへ行った?
あ・・いたいた。後ろの方に立っているな。流石は映画俳優。どこにルウ・ミスミにいるのか、すぐにわかる。存在感とオーラが半端じゃない。

「おぬしじゃ。おぬし。最前列のおぬしじゃよ」

ビシっと指が差される。え? 俺? 女王代理の丸太指が俺の体を差されていた。

「問答無用じゃあ。この中で一番イケメンのおぬしから尋問しよう」

イケメンとは、どうやら俺の事らしい。
しかし、映画俳優を差し置いて、俺がイケメンなんてどういうことだ?
そもそもイケメンなんて単語。生まれて初めて人から言われたよ。
そして、俺はアニエール家の御令嬢と二人並ばされて、尋問を受けることになった。
尋問相手である、女王代理はデカすぎて下半身しか見えない。
つま先だけの不思議な人間と話している気分だ。

「では尋問を始める。まずはそこの成金娘。おぬしからじゃ。おぬしの特技はなにじゃ?」
「特技ですって? ふん! 西京大学を卒業した、このわたしに特技を聞くなんて、いい度胸ね」
「さいきょー大学? 大学って、それはなんなのじゃ?」
「フン! バカなのはそっちの方じゃない?」
「な・・なんじゃと。わらわがバカなのかえ?」
「そうよ。大学も知らないなんて、田舎者にも程があるわ、いいわ。わたしの特技を教えてあげる。わたしの特技はピアノにゴルフにダンスにテニス・・・・」

流石はお嬢様。どの特技も金持ちっぽいと言うか、嫌味ぽいというか。
しかも西京大学を出ているなんて結構高学歴なんだな・・・・。

「ぴあのにだんすにごるふ? なんじゃそれは?」
「ふん! 田舎者はほんと無知で困るわね。ピアノもゴルフも知らないの?」
「まあよい。で? そのぴあのとごるふが、わらわのなんの役に立つのかえ? おぬしはわらわにどんな貢献ができる?」

尋問相手は牛族だからな。牛にゴルフもピアノもない。お嬢様の特技は牛族にとって何の価値もないものということになる。

「ふふん♪ それだけじゃないわ。わたしね。土地も持っているのよ。それも広大な土地をね」
「ほう? 土地か。それはよいな。で? どのぐらいの土地なのじゃ?」
「そうね。わたしの屋敷は半径5キロぐらいはあるわ。どう? すごいでしょ? 凄すぎてびっくりしちゃった?」

すげええええ!。流石は世界屈指のお嬢様。
半径5キロが自分の土地だなんて凄すぎる。
半径5キロって一体何坪なの? 広すぎて、どのぐらいのものなのか、ちょっと想像がつかないよな。

「半径5キロ?・・・なんじゃそれは。そんなもの。わらわが使う食堂ぐらいの広さじゃぞ? つまりおぬしの家はわらわの食堂と同じ広さなのかえ? 狭いのお」

すげえと思ったのはどうやら俺だけだったようだ。
いくらお嬢様がすごい土地持ちでも、牛族からすれば、猫の額ほどの広さらしい。
半径5キロも巨人からすれば食堂程度の広さになるのか。

「おぬし。なにかズレておるぞ。結局のところ、おぬしはわらわにどんな貢献ができるのじゃ?」
「バカね。誰があんたみたいな化け物に、貢献なんかするのよ? わたしはアニエール家の令嬢なんだから。誰の人の下にもつかないのよ」
「つまり、おぬしは見かけだけで、その実態は貧乏で食堂の程度の広さで威張ってると・・・これは精神的に問題アリじゃな。やれやれ。変なニンゲンなのじゃ」
「誰が貧乏で精神的に問題アリよ!」
「もうよい。次はイケメンの番じゃ。おぬしの経歴を教えてくれるかのお」
「え・・・え? 俺・・・」

どうしよう? まさかここでも面接をやるとは思わなかった。
しかも、俺の前に尋問を受けたのがお嬢様だから、ハードルが凄く上がっている。
高学歴に高収入。それに高貴なご趣味をお持ちのお嬢様。
それに比べたら俺はなんにもない。

「わらわの役に立てる特技はあれば申して見よ。なのじゃ」
「ええっと・・・ポカポカ大学卒業予定で・・・」
「あっはっはっはっはー!」

大声で笑ったのは、アニエール家の御令嬢。その人だった。

「まさかあなた。ポカポカ大学なの? ポカポカ大学ってあの名前さえ書けば誰でも入れる。あのポカポカ大学? こりゃ傑作だわ! あっはっはっは」
「おぬし。うるさいぞ。成金じゃなくて、イケメンのおぬしと話をしておるのじゃ。で? おぬしの特技はなんなのじゃ?」
「ふん! ポカポカ大学の特技なんてたかが知れてるわ。きっとおにぎりを握るのが得意とか、小銭の計算が得意とか、そんなショーもないことを今に言うわよ。くすくす・・」
「うるさいと何回言ったらわかるのじゃ。まったく・・成金はうるさくてかなわん。で? おぬしの特技は何なのじゃ?」


俺の特技。俺の特技? 何もなさ過ぎて頭がプリーズする。
ゴルフはできないし、ピアノもできないし、テニスもできない。
もちろん土地も持っていないし、学歴もないし、あと持っている資格と言えば・・・。

「運転免許を持っています」
「あっはっはっはっは! ほら言ったとおりでしょ? 運転免許なんて資格のうちに入らないわよ。運転免許なんて誰でも持っているのに、これだからポカポカ大学は!」
「そういうお嬢様はお持ちなのですか? 運転免許」
「わたしは持っていないわ。だけど爺やが運転してくれるから必要ないのよ。まあ運転手付きのハイヤーに乗ったことがない庶民には関係のない話でしょうけど」

相変わらず、お嬢様の奴、感じ悪いな。あんなに笑わなくてもいいのに。

「ウンテンメンキョ? なんじゃそれ。それは食べられるものなのかえ?」

ダメだ。運転免許と牛族は関係がない。
それ以外の特技・・それ以外の特技で、なにか持っている資格と言えば・・・。

「乳しぼり一級の免許と、あと牛族の准獣医免許を・・・」
「え? 乳しぼり一級ですって。あっはっははっは」

アニエール家の御令嬢が大笑いしている

「これだからポカポカ大学は面白いのよ。それに准獣医免許って、ようは獣医師の見習いでしょ?
 人間を診る医者ならともかく、獣を診る卑しい獣医の、そのまた見習いなんて、これは傑作だわ。流石はポカポカ大学。あはははは!」

そんなに笑わなくてもいいだろ!
特技を言えと言ったから、正直に言っただけなのに。俺だって言いたくて言ったんじゃないやい!

「まて。おぬし。今なんと申した? もう一回申して見よ。よく聞こえなかったのじゃ」
「え? もう一回言うの?」
「あっはっはっは。傑作だからもう一回言って上げなさい。自分は獣を診る卑しい獣医の、そのまた見習いだって言ってやるのよ」
「この角無しの獣め。黙るのじゃ」
「なんですって! このわたしが獣ですって!?」

女王代理の言いたいことも、なんとなくわかる。
牛族からすれば俺達ニンゲン族の方が獣である。
そう言われても反論できない。なぜならここは牛族の国だから。俺達人間の方が必然的に立場が弱くなる。
この島では人間が獣で牛が人間なのだ。

「わらわは、イケメンのおぬしと話をしておるのじゃ。で? さっき言った資格は一体なんなのじゃ?」
「ですから、乳しぼり・・一級と准獣医免許を持っています」
「ぷぷ・・くすくす・・あははははは。何度聞いても傑作だわ。流石はポカポカ大学ね!」

大きな声で下品に笑う、お嬢様。だけど周りの牛族はなんだか、もーもーしていて。

モ~~~モ~~~~
ざわ・・・ざわ・・・
モー~~モー~~~
ざわ・・・ざわ・・・

女王代理もそうだが、女王代理のお付きたちが一斉に騒ぎ始めた。
相変わらずデカすぎて、彼女たちの足しか見えないけど、みんなざわざわしている。

「おぬし。嘘ではないだろうな? 本当に乳しぼりと准獣医免許を持っておるのかえ?」
「ええ・・・いちおう・・・」
「しかし乳しぼり一級と言うと、習得がかなり難しいと聞くが・・・・」
「そうですか? いえそんなことないと思いますけど」
「わらわはそうは思わないのじゃ。硬く詰まった母乳が、まるで蛇口をひねるように、いとも簡単に出ると、わらわはそう聞いておるが・・・」
「確かに牛族の間ではそう言われていますね。そういや俺。牛族には結構感謝されたと言うか実家を出る時も世話をしていた牛族からもーもー反対されましたし」
「ねえ。ねえマリアちゃん」
「わらわはマリアちゃんではない。女王代理なのじゃ」

俺との会話に割り込むように、女王代理のお付きが女王代理に話しかけていた。

「このニンゲン。かなり役に立ちそうだよ。マリ・・じゃなくて女王代理」
「役に立つどころか天の助け、地獄で仏にあった気分なのじゃ」
「じゃあ。マリ・・じゃなくて女王代理」
「うむ」

女王代理と女王のお付きが、互いに目を合わせと、ズン。ズンと一斉に前に歩き出した。
俺が居る方向に、みんな足を進めている。
巨人族が一列になって近づいてくる。
女王代理の高貴な足の裏が俺の真上にかざされた。

「ひえええ・・・踏みつぶさないで」
「おぬし。なにを言っているのじゃ?」
「で・・・でも俺を踏みつぶす気なんじゃ・・・」
「そんなことはせぬ。それよりおぬしに聞きたいことがある・・のじゃ」
「おぬしは、准獣医免許を持っているそうじゃが、牛は治療したことはあるのかえ?」
「牛ですか? ええ牛族なら俺の得意分野ですよ。高校の時まで毎日牛族と暮らしてきましたし」

モ~~~モ~~~~
ざわ・・・ざわ・・・
モー~~モー~~~
ざわ・・・ざわ・・・

「おぬしに、少し聞きたいことがある。牛が熱を・・・ほれ。母乳が詰まって乳腺炎になることがあるじゃろ。ひどい場合は熱が出て意識がなくなることもあるのじゃ」

乳腺炎? 乳腺炎って牛族がたまになる病気のことか?

「ええ。乳腺炎になると乳が詰まって意識がなくなることもありますよ。ひどい場合は最悪死ぬかもしれません」
「そうか。やっぱり死ぬのか・・」

モ~~~モ~~~~
ざわ・・・ざわ・・・
モー~~モー~~~
ざわ・・・ざわ・・・

またしても、巨人族たちはざわざわしていた。

「治療は? 治療方法はなにかあるのじゃ? 熱が出て意識が無くなり、水も受け付けない場合は、一体どうすればいいのじゃ?」
「え? ひどい乳腺炎の場合ですか?・・うーん。その場合は乳を搾ってやるか、それでもだめなら薬を煎じて飲ませれば・・・」
「治るのか? 意識がなくてもおぬしなら、治せるのか?」
「ええ。俺が診ればすぐに治せると思いますよ。治療経験もありますし・・・」
「治療経験がある・・のじゃ?」

モ~~~モ~~~~
ざわ・・・ざわ・・・
モー~~モー~~~
ざわ・・・ざわ・・・

巨人たちが一斉にざわざわモーモーしている。
なんだ? 何か俺変なこと言ったの?

「最後に、おぬしの名を聞かせてくれ。名はなんと申すのじゃ?」
「俺? 俺ですか? 俺はクリス・ロックって言いますけど」
「クリス・・クリス・・その名に聞き覚えがあるのじゃ。確かムラムラ村のはずれにあるロック牧場という所に腕の良い獣医と、見習いの息子が二人でやっていると聞いているが、
 まさか。おぬしはロック牧場の御子息ではないのかえ?」
「よく知っていますね。ええ。そうですよ。そこは俺の実家です」

モ~~~モ~~~~
ざわ・・・ざわ・・・
モー~~モー~~~
ざわ・・・ざわ・・・

またしても巨人たちが騒ぎ出した。
そしてすぐに静まり返ると女王代理が言葉を発した。

「では尋問の結果を発表する。そこの成金娘はDの部屋に入るのじゃ」
「えー! なんでわたしがDなのよー。Aじゃないなんて納得できないわ」
「やかましい。成金娘。さっさと入れなのじゃ!」

Dと書かれた扉を開けると、そこには藁が引いた部屋があった。
牛小屋みたいな臭くて汚い、藁を敷いただけの部屋が広がっている。
あんまり言いたくないが糞尿らしきものが床に落ちているな。

「ここ牛小屋じゃないの! なんでこのわたしがこんな牛小屋に入らないといけないのよ!」
「扉を閉めるのじゃ」

ギィという音とともに扉が閉まった。

「開けなさい。開けなさいったら、こんな臭い部屋に閉じ込めるなんて覚えていなさい。お父様に言いつけて八つ裂きにしてやるんだから!」

ドンドンドン!と扉を叩いているが、巨人族は鍵をかけてしまい、扉を開ける気はないようである。お嬢様はくっさい牛小屋に一人閉じ込められてしまった。

「次はイケメンのおぬしじゃな。おぬしはAの部屋に入るのじゃ」
「え? 俺がA」
「なんじゃ・・不服か? 不服ならわらわの足で・・・」

足でおぬしを踏みつぶす。
そんな言葉が容易に想像できた。
なので俺はAの扉を開けた。

「お邪魔します・・・」

Aと書かれた扉を開く。すると巨人のつま先が見えた。
Aと書かれた扉は筒抜けになっており、扉を抜けたら、女王代理のつま先が鎮座していた。
何も履いていない女王代理のつま先。
親指から小指までが計十本。ズラリと横一列に並んでいる。

「喜べ。おぬしはわらわの体に住んでもらうのじゃ」
「わらわの体? わらわの体って一体なんですか?」
「問答無用。つまり、こういうことじゃ」

「こういうことじゃ」とは、つまり怪獣がやってくると言うことだった。
巨人の足の指が開いた。
そして指を開いたまま俺の方へ飛んできた。
空飛ぶ足。何十人の人をひと踏みでペシャンコにできる巨大な足が俺の体を左右から挟み込む。
女王代理は足の指をギュッと握った。
それはニンゲンが対抗できない、機械的な力であって・・・。

「ぎゃああああああああああ!」
「おぬしのような人材を探しておった。死ぬまで一生大事に飼ってやるゆえに、おぬしもわらわに尽くすのじゃ」

折れる! 肋骨が折れてしまう!
巨人は足の親指と足の人差し指。その力は完全に常軌を逸している。
機械的な力とか言いようがない。
俺は今、巨人の足の指の股に収まり、バカ強い親指と人差し指に抱きしめられていた。
一方、女王代理は「~~♡~~~♡」(^^)♡みたいな顔で楽しそうにしている。
女王代理はじゃれているつもりなのだろうか? 子犬が飼い主にじゃれるようなそんな感じ。
しかし、その挟む力は想像を遥かに超えており。なにを食ったらこんなに力が強くなるのか聞いてみたいぐらいだ。
それに酸っぱいような足の匂いがプンプンしていた。
決して臭いわけではないが背徳感がすごい。
女王代理の高貴な足の匂いを俺なんかが嗅いでいいのだろうか? 後でバレたから殺さないか恐怖を感じている。
それに汗をかくということは、この足は生きている証拠。生きて汗をかく有機的な生命体であることを俺に強く印象付けている。

「マリアちゃん」
「マリアちゃんではない。女王代理じゃ」
「女王代理。嬉しいのはわかるけど、あんまりやり過ぎると、そのニンゲン。死んじゃうよ」
「おっと、そうであった。つい嬉しくてな。はしゃぎ過ぎたようじゃ。すまん。おぬし。けがはないか」
「いてててて・・・死ぬかと思った」
「さあさあ、なにをしておる! 歓迎のダンスを披露するのじゃ!」

パラパララッラ♪ ララララ♪ パパパ♪ パパパ♪ パパ―♪ パパ―♪

パラパララッラ♪ ララララ♪ パパパ♪ パパパ♪ パパ―♪ パパー♪

なんだなんだ!
ラッパを持った、10人ぐらいの巨人たちが入って来たぞ。
と思ったら、ラッパを持ちながら、ダンスなんか踊っている。
なにこれ? 一体何が起こっているの!

「おっと紹介がまだであったな。おぬし。わらわの手に乗るのじゃ」
「は・・はい」

逆らったら殺されそうなので、一応従っておく。

「わらわの名は、マリア・ド・アンデンヌ・バリ・ラフル・ビブリールなのじゃ。この国の女王代理なのじゃ」
「は・・はい。俺の名前は」
「みなまで言わなくてもよい。おぬしは有名じゃからな。ここにいる全員がおぬしのことを知っておるのじゃ」
「え? そうなんですか?」
「おぬしの名はクリス・ロック。年齢22歳。ロック牧場で働く伝説のイケメン乳しぼり士じゃったが、19歳のおりに突然と姿を消し引退した。そうじゃろ?」
「伝説の乳しぼり士かどうかは知らないけど、ええ。確かに高校までは家の手伝いをしていましたけど・・・」
「おぬしの伝説は、わらわの耳にまで伝わっておる。ミニ牛族から噂を聞いておったからな」
「はあ・・・そうなんですか」
「ところで、おぬし。かなりの名医らしいな。具体的にどのぐらいの牛族を救ってきたのかえ?」
「さあ? 牛族の世話はいっぱいしましたし、頼まれれば遠い牧場まで足を運びましたからね。何匹と言われても、よく覚えていません」
「つまり、おぬしはこれまでに食ったパンの数を覚えているのか? という意味じゃな?」
「いや・・よくわかりませんけど」
「つまり覚えていないぐらい多くのミニ牛族を救ってきた。そういうことじゃろ?」
「ええ・・・まあ・・そういうことになるかと・・・」
「そうか。おぬし、なかなか謙虚なやつじゃの。うむ。ますます気に入った。おぬしはイケメンじゃし。心までもイケメンなのじゃのお」
「あの・・そのイケメンというのは・・・・なんですか? 俺全然イケメンじゃないし」
「そうかのう? おぬしほど、イケメンはなかなかおらんと思うが? どうなのじゃ? みなのもの」

・・・・・・

女王代理以外の牛たちは、みんなそっぽを向いた。
まあ足しか見えないから、巨人たちがどこを向いているのか、勘でしかないのだけれども。

「ヒソヒソ・・」
「ねー。ヒソヒソ」

お付きの巨人たちは何か言ってるな? 何ってるんだ? 耳を澄まして聞いてみるか?

「ねー。どこかの映画俳優なのかしら?」ヒソヒソ
「わたしはモデルだと思うな」ヒソヒソ
「すごいよねー。どこのモデルさんなんだろう?」ヒソヒソ

ここまで聞き取れた。
だけど、なんで? こうなるの? いや待てよ。そう言えば・・・。

「そういや俺、昔は結構牛族にモテたような。俺が牛舎に入ると、みんな尻尾を上げながら走ってくるし・・・押し倒れたことも何度もあったっけな」

そういや、こんな話を昔聞いたことがある。
ニンゲン族と牛族とでは美的感覚が違うと。
昔飼っていた牛族がそんなことを言っていたような気がする。

「む! 走って押し倒すじゃと。それは、うらやまけしからん、なのじゃ。わらわも後でやってみるかのお」
「・・・・」

やっぱりな。牛族とニンゲン族とではイケメンに対する感覚が違うらしい。
外国人とかでもよくあることだが、鼻の高い人がイケメンとか、鼻が低い人がイケメンとか、その土地の文化や価値観によって結構変わってきたりする。
それと同じことで、ニンゲンには普通でも牛族にはイケメンということもあるらしい。
その典型的な例が俺ってことになるのか・・・。

「おぬしの顔をよく見たい。持ち上げるぞ」
「おっとっとっと」

巨人族の手が俺の体を持ち上げる。僅か、数秒で、巨人の手は数百メートルも上昇した。

「これが巨人の顔・・・」
「ふふ。近くて見ると、ますますイケメンじゃな。気に入ったぞ」

これが巨人の顔。巨人の顔。顔顔・・・。
成人男性の身長ぐらいある巨大な目玉。
成人男性を一口で食べてしまえる巨大なお口。
胴体がまるまる入るぐらい巨大な耳の穴。
一本一本が枝ぐらいもある巨大な眉毛。
頭から二本の牛の角が生えて、お尻から尻尾も生えている。
見れば見るほど、牛族だ。牛族を大きくしたような変異種。
しかし巨大だとか、牛族とかそんなことよりも・・一つ変なことがあってそれは・・・

「こいつ。子供じゃね?」
「むむむ・・・わらわは子供ではない。一人前のれでいなのじゃ!」

一人前のレディとか言う奴は大体子供だろ。
第一、本当の一人前のレディは、そんなこと言わない。

それよりもこいつら・・全員子供だったの!?
今まではデカすぎて、巨人たちの顔を見れなかったから、気づかなかったけど、こうして巨人の顔の前まで来て初めて分かった。
女王代理は子供だ。幼獣。つまり子供の牛族になる。
周りにいる、部下の牛たちもみんな子供だし、なんだこれ?

「これでもわらわは大人なんじゃぞ。去年よりも5メートルも背が伸びたし、少しずつ成長しているのじゃ」

すげえ。一年で5メートルも伸びるなんて、とんでもない成長力。
いや待てよ。でも本当の大人なら背なんか伸びない。
ましてや女の子は身長の成長が止まるのが早いから、やっぱり子供だな。こいつ。

「なにここ? 小学校か何かなの?」
「しょーがっこーじゃない! ここは王宮。政治をする神聖な場所なのじゃ」

ほんとかよ? ここが政治をする場所なんて信じられないな。
女王代理もそうだが、お付きの人も、ラッパを吹いていた音楽隊もみんな子供にしか見えない。
女王代理のそうだが周りの巨人たちはみんなペッタンコ。
胸のふくらみが皆無。
牛族なのに胸が全然膨らんでいない。
これが牛族の大人なら、みんな巨乳になるのに、この体付き、この胸の張り具合は絶対子供の牛族だよ。

「わらわの家臣も、みんな大人じゃぞ」

そうかな? いや絶対に違うと思う。

「マリアちゃん」
「マリアちゃんじゃない。女王代理!」
「じゃあ。女王代理。そろそろ事情を話した方が・・・わたしもそうだけど女王代理だってまだ子供なんだし・・・」
「しー! しー! う・・うるさい。わらわは大人じゃ。おぬしは黙っておれ」

なにを揉めているんだろう?
でも、お付きの子と女王代理が子供だって言わなくても見ればすぐにわかる。
いちいち言わなくても、分かりそうなことなのに・・・。なにを揉めているんだ?


「そういや、なんでこの島の牛族はこんな巨大なの? みんな身長なんセンチ? いやこの場合は何メートルになるの?」
「わらわの身長は270メートなのじゃ。ちなみに去年は265メートルじゃった。今年に入って5メートルも伸びたのじゃ」

去年が265で270か。
これを人間の倍率に治すと、200倍ぐらいかな?
人間換算にすると、つまり270を200分の1にすると、135センチになるから、多分そのぐらいだろう。

「身長135センチか・・・・となると9歳か10歳ぐらいかな?」
「う・・うむ」

女王代理は口を結んでいた。
痛い所を突かれた。そんな感じの表情だ。
どうやら図星らしいな。女王代理は9歳か10歳、そのぐらいの年齢なのだろう。

「ふん! わらわは年齢など、細かいことは気にしない性分なのじゃ」
「そうですか。じゃあなんでこの島の牛はこんなに大きいのですか?。普通牛族って人間と同じサイズですよね?」
「そんなこと聞かれても知らん。おぬしこそ、なんでそんなに小さいのじゃ? 説明できるかえ?」
「まあ確かに」

自分がなんで小さいのか、説明するのはかなり難しい。
人間の大きさは、神様が決めたとしか言いようがない。
それと同じで、この島の牛族だけ、なんで200倍の大きさなのか説明するのは難しいようだ。
神様のいたずらか、どうか知らないけど、この島の牛族だけ異様に大きいことだけは間違いない。

「あのお・・・マリアちゃん」
「マリアちゃんじゃない。女王代理なのじゃ」
「じゃあ女王代理。クリス・ロック以外の処遇はどうするの? 他のニンゲンたちの処遇は?」
「ああ。よいよい。他のニンゲンなんか興味はないのじゃ。テキトーに空いた部屋に入れておけばよいのじゃ」
「はい。じゃあそうするね」
「それよりも、クリス」
「・・は・・はい」

人の身長はあろうかとう、目玉が動く。
女王代理が目を動かすだけで怖さを感じてしまう。
いくら、子供とはいえ、巨人であることには変わらない。
こんな子供の牛族でも、ちょっと力を入れるだけで、内臓を破裂させることぐらいの力を持っているのだから。

「おぬしは乳しぼり士の免許と准獣医の免許を持っているのであろう?」
「まあ・・一応」
「早速で悪いが姉上様を診てほしいのじゃ」
「姉上様?」
「姉上ってのはね。この国の女王のことだよ」

と、女王代理に続いて、お付きの子供がそう言った。

「女王が病気なの?」
「うむ・・・そうなのじゃ・・・なあ頼む!」

女王代理の手がグッと近づき彼女の目の前にまで近づけられた。

「褒美はいくらでも出す。土地も好きなだけくれてやる。わらわに出来ることならなんでするから。だから・・だから姉上様を助けてほしいのじゃ。なあ。頼むよ。うあーん。うわーん」
「お願い。女王様を助けてあげて。ぐす・・ぐす・・・」
「うあーーーーーーん」

ああ・・みんな泣いちゃった。
急に泣き出すなんて、やっぱり子供だな。
だけど、事態はかなり深刻のようで、それは女王代理の顔を見れば一目でわかった。
今まで凛としていた顔が、一気に崩れ、ぐしゃぐしゃの顔に様変わりしている。
まるで丸めたテッシュのようだ。
可愛かった子供の顔が、今はしわしわの潰れた顔になって、みんなわんわん泣いている。

「頼む。頼むのじゃ。今頼れるのはおぬししかおらぬ。頼むから。姉上様を診察してくれ」

うわ・・鼻水が顔にかかった。
しかも、相手は200倍の巨人牛族だから強烈!
滝のような鼻水が降って来て全身ネバネバになった。
続けて滝のような涙が流れてきて、息ができない。凄まじい水圧。
まるで修行僧のように俺は女王代理の滝の雨に打たれていた。

「わかった。わかりましたから、診ます。診察しますから」
「ほんとうか?」

そう言うと涙が止まった。

「診ます。診ますから」
「ほんとうか? 本当に姉上を診察してくれるのかえ?」
「はい。俺でよければ診ますよ」「
「約束してくれるか?」
「はい。約束しますよ」
「やったー」

「「「「「万歳。万歳。万々歳。クリス・ロック。万々歳」」」」

お付きや音楽隊が万歳三唱を繰り返している。なんというか凄まじい声援だな。

「早速、女王の部屋に参る。おぬしは診察の準備をするのじゃ」

準備と言っても着の身着のままで、この島に流れ着いたから、準備も何もないんだが。

「というわけで、ここが姉上様の寝室じゃ。姉上様。医者を連れて参ったのじゃ」
「これは・・・ひどいな」

女王陛下の部屋には熱気が充満していた。
明らかに外とは違う蒸せた部屋。この部屋だけ明らかに温度が違う。

「うーん・・うーん・・・」

女王陛下が寝ている。それも脂汗をにじませながら歯を食いしばりながら寝ていた。
いや、寝ているんじゃない。
女王はうなされているんだ。苦しみに耐えるように横たわっている。

「なんで、こんなになるまで放っておいたんだ! 殺す気か!」
「それはその・・・姉上様は乳房炎なのじゃ」
「乳房炎だって? でも乳房炎なら母乳を絞れば、すぐによくなる。それなのに放置するなんてあり得ないだろう!」
「それは・・その・・おぬしもわかるであろう。この島にニンゲンはいないのじゃ」
「人間が居ない・・・あ!」

女王代理の言葉にハッとした!
そうだ。牛族は乳しぼりができないんだ。人間と違って自分で自分の乳を絞ることができない。牛族は皆、そういう体の構造になっている。

「おぬしも獣医なら、わかるであろう。乳を搾れなくなると、牛族はみんなこうなるのじゃ」

そもそも牛族と人間族は、太鼓の昔より共存して生きて来た。
牛族は人間に母乳を与え、人間はそのお返しに牛を世話して生きて来た。
だけど、この島には人間がいない。
ましてや、乳しぼりができるような、牛の扱いになれた人間もいないのだろう。
ニンゲンが居ない牛族はどうなるのか? 
言うまでもない。乳を搾らないと乳が溜まって死ぬ。それが牛族という種族。体の構造がそうなっている。

「一応確認のために聞いておくけど、俺たち以外の人間族は?」
「おらぬ」
「じゃあ、これまでどうやって生きて来たんですか? 人間が居ないと生きていけないはずですよ。健康診断とか乳しぼりとか一体誰がやっているんです?」
「一か月前まではニンゲン族がおったのじゃ」
「おった。ということは今はいないんですか?」
「そうなのじゃ。先月まで生きておったニンゲン族が98歳で死んでしまったのじゃ・・・」
「つまり、一か月前までは人間がいたけど、その人が亡くなってから、大人の牛はみんな乳房炎で倒れたと?」
「うむ。わらわもその牛使いのじいさんには散々世話になったのじゃが、98年生かすのが限界じゃった。滋養剤や健康の良いと言われる薬を金に糸目に付けずに与えたが、
 最後は骨と皮だけになって、とうとう動かなくなったのじゃ」

いや、98年生きただけでも相当凄いよ?
だって、人間の平均寿命は55歳だもん。
どんな生活をすれば98年も生きられるんだ?
って、そんなことを言ってる場合じゃなかった。

「わらわも不覚じゃった。こんなことになるのなら、もっとニンゲン族の子孫を作っておくべきじゃった。まさかニンゲン族が100年ぐらいしか生きられないとは知らなかったし、
 まさか絶滅するとは思ってもみなかった・・のじゃ」
「ようやく謎が解けましたよ。そう言う事情だったんですね。わかりました。そういう事情なら今から乳を搾ります」
「うむ。そうしてくれ」
「じゃあ。水着を脱がして、乳房を俺に見せて・・・」
「わかったのじゃ。姉上様。服を脱がしますよ」ぬぎぬぎ・・・

あれ? 今更だけど、これって結構ヤバくね?
牛族の乳は絞ったことあるよ。
だって俺、実家は酪農家だし、乳しぼり一級の資格を持っている。
だけど、こんな巨大な牛族の乳しぼりはやったことがなかった。
やったこともないし、聞いたこともない、ノウハウがないから、なにをどうすればいいのか・・・。

「これが女王陛下の乳首か・・・すげえでけえ・・・」

つぼみのようにツンと飛び出た小さな乳首。
あれが女王陛下の高貴な乳首なのか?
馬鹿な! 俺の身長と同じぐらいの高さがあるじゃないか!
横幅は俺の胴体よりも太いだろう。つまり、お相撲さんよりも巨大な体のような、ピンクの乳首が二本も地面から、いいや乳輪から生えている。
お相撲さんよりもデカい、巨大なピンクの乳首を、どうやって絞るって言うんだよ。無理だろ。これ。

「・・・・」
「どうした? 早くしてくれ」
「や・・・やっぱり無理かな・・・なあんて・・・はははは」
「おぬし」
「は・・はい」
「ふざけるな!」

ズウウウウウウウウウウ!

全長40メートルはあろうかという、丸っこい子供の巨足が俺の前の落ちて来る。
その衝撃波は尋常ではなく、体重65キロの俺の体を吹っ飛ばすのは充分過ぎるほどの火力を持っていた。
衝撃波だけで65キロの体を吹っ飛ばすのだから、直接踏みつぶされたら、ひとたまりもないだろう。

「言っておくがのお。ここは王宮じゃ。王宮には古くから伝わる伝統がある。おぬし。それを知っておるか?」
「いや・・知りませんけど」
「王宮に戯言無し。これはつまり王宮で結んだ約束事に戯言はないと言う意味なのじゃ。おぬしはわらわと約束したはずじゃぞ。姉上を診察するとな。
 しかし、おぬしは、その約束を反故にした。違うかえ?」
「まあ、そういうことになりますけど」
「では王宮の掟に則り」
「な・・何をするんですか?」
「おぬしの、手首を切り落とす」
「ええーー!」
「と言いたいところじゃが」


なんだ。違うのか。びっくりした。いきなり手首を切り落とすなんて言うんだもん。流石の俺もビビったよ。

「おぬしの体は小さいからのお。手首だけを切り落とすのは細かくて、難しいのじゃ。というわけで、おぬしの体を頂くことにするのじゃ」
「あの・・ものすごーく悪い予感がするんですけど・・・頂くとは・・・一体どういう意味ですか?」
「そのままの意味じゃ。おぬしの体をわらわの胃袋で可愛がってやる、もちろん骨や内臓までな」
「それってつまり・・・」
「そんな怖い顔をするな。あんしんせえ。おぬしの体をリサイクルするだけじゃ。わらわの血となり肉となり、小水となって排出されるまで、わらわに仕えてくれ。
 では、そろそろ始めるかのお。わらわの胃袋によろしくな。あ~~~~~~~~ん」
「うあああああ。食われる!」

女王代理の手に捕まった俺は、すぐさま体が上昇していった。
そこは女王代理の口の上。
女王代理は池に潜む鯉のように、首を上げながら大口を開いている。
ぬらぬらと光るピンクの舌。
女王代理の舌が、今か今かと俺が落ちて来るのを待ち構えている。
しかし、なんてことだ。女王代理の口はまさに処刑所じゃないか!
俺は今歯医者さんになった気分だよ。

女王代理の口の中は子供の口の中らしく、歯ばかりが大きく見えた。
大人の歯に生え変わって、まだ数年しか経っていないのだろう。
その証拠に彼女の歯は、まだ真新しく、歯が持つ白い輝きを失っていなかった。新品同様の白い大人の歯がズラリとお扇状に並んでいる
顔は子供。だけど歯は大人の歯だから、歯ばかりが大きく強調されて、より恐ろしく見える。
そうだ。女王代理はまだ子供だが、奥歯を除いた歯は完全に生え変わっているのだ。
見た目は子供だが、歯だけは完全に大人。一人前のレディの歯なのだ。
生え変わったばかりの、真新しい歯に、俺は噛み潰されるのか?
相手は、か弱い子供。
しかし今俺はそんなか弱い、子供よりも劣る虫けらなのだろう。
指で摘まみ上げられるぐらい小さな埃のような存在。
子供とはいえ、その噛む力は常軌を逸しているだろう。
昔、プレス機に手を挟んで、右手が不全になった人を見たことがあるけど、あんなプレス機も女王代理からすればおもちゃも同然だ。
鉄をプレスする機械も女王代理は真新しい歯で全て噛み砕いてしまう。

「ほら・・ほら・・どうした? わらわの舌がおぬしを歓迎しておるぞ。もっと喜んだらどうなのじゃ」

子供に舐められるという言葉があるが、今の俺は物理的に子供に舐められていた。
200倍だから、多分14メートルはあるだろう。そんな特大の舌が俺の体を舐めて来る。
態度も舐めているが、物理的にも舐められている。全身女王代理の唾液でヌメヌメになった。
手の指を開くと、その股が糸を引いている。

「では、おぬしを噛み潰すとするかのお」

地獄の案内人のように、女王代理の舌が、平民である俺の体を誘導してくれた。
まったく、王族である女王の妹さんが、俺みたいな庶民を直々に案内してくれるなんて俺も出世したものだなあ。
女王の妹殿下という、高貴な肉の案内人により連れて行かれたその場所は、死刑が執行される死刑台。
生え変わったばかりの新しい歯の上に案内される。

「マジかよ。特等席じゃんか」

と、俺は皮肉じみたことをいう、

「そうじゃ。わらわの歯の中で一番新しい歯で、おぬしの体を、じわじわと噛み潰してやるのじゃ」
「わざわざ、生え変わったばかりの、新しい歯で噛み潰してもらえるなんて光栄だな。女王代理。いや妹殿下さんよ」
「問答無用じゃ。ではおぬしを噛み潰す。覚悟しておれ」

布団の中で音を聞くような、くぐもった声が喉元より響くと、上から熱気を放ったモンスターが迫って来た。
生え変わったばかりの新しい歯が迫ってきている。
まだ完全に生え変わっていない、他の歯よりも背の低い、未成熟の歯が俺の体を挟み込んできた。

「ぎゃああああ!」
「ほれほれ。どうした? おぬしも男じゃろ。少しは抵抗して見たらどうなのじゃ」
「く・・くるしい!」

くそ! 悔しい。相手は子供なのに。まだ完全に生え変わっていない、未発達の永久歯なのに、俺はいいようにされている。
上からも下からも、ギュウギュウと、未成熟の永久歯に噛まれて・・・もうどうしようもない。
ある程度、予測していたことではあるが、まさかここまで噛む力が強いとは思わなかった。

「くそ!」

一瞬のスキを突いて、俺は身をかわし、歯から脱出できた。いいぞ。このまま口の外へ逃げてやる!

「え? 嘘だろ」

しかし、ここは女王代理の口の中。
四方八方に女王代理の高貴な神経細胞が埋め込まれている。
だから俺の体が常に超高精細の監視カメラに見られているようなものなので、俺の一挙手一投足が妹殿下に監視されている。
歯から逃れられても、それは一時の解放にしか過ぎなかったのだ。

「舌だ!」

俺が逃げたことはすぐさま舌に伝わった。
舌は待ってましたと言わんばかりに、舌がむくりと立ち上がっている。
舌は、まるで餅つきのもちを返すように、俺の体を口の中で転がし歯と歯の間に戻していた。
なんてことだ。俺の動きが完全に読まれているじゃないか!
俺の体を直接目で見られなくても、女王代理は俺の存在を肌で感じられるんだ。

「今度は犬歯で、おぬしの体を串刺しにしてやるかのお。焼き鳥の肉のように突き刺してやるのじゃ」
「ギブ。ギブ! 頼むから。その歯を退けてくれ!」
「うん? では姉上様を診察するのかえ?」
「診察でもなんでもするから。歯をどけて?」
「え? 今なんでもするって言ったよね? なのじゃ」
「ああ。言った。だからやめて」
「わかったのじゃ」

パッと光が入ってくる。
眩しさのあまり、目を細めていると、口の中に手が入って来た。
手が俺の体を摘まみ上げると、俺の足元から糸が引き、女王代理の口から脱出できたのである。
うわ・・体中ベトベト。これ全部妹殿下の唾液なのかよ・・・。

「そうなったのは、全部おぬしのせいじゃぞ。自業自得じゃ。それより早く姉上様の容態を診るのじゃ!」

そっか。そう言えばそうだったな。
妹殿下に食われそうになっていたから忘れていたけど、女王の容態を診なければいけないのだった。
まったくやることが多いな・・。

「おぬしを姉上様の乳首に乗せるぞ」
「で、でも女王陛下の高貴な乳首にさ。俺なんかが乗って本当に大丈夫なの? 後で罪に問われたりしないか心配で・・・」
「なにを言っているのじゃ? 今の姉上様は生きるか死ぬかの瀬戸際なのじゃぞ。こんな時に罪もなにもないのじゃ・・・・むしろ乳首を診ない方が罪深いぞ。
 なんじゃ? もう一回わらわの口に入りたいのかえ?」

妹殿下は、口を開け、その中に指を指していた。
もう一度口の中に入るかというジェスチャーである。

「やります。やらせてください」
「うむ。さっさと乳を搾るのじゃ」
「は・・はい」

女王代理の指が俺の体を持ち上げる。
相変わらず、重さを感じさせない、機械的な力だ。
相手は10歳前後の子供なのに未成熟の個体なのに全然力では対抗できない。
子供とはいえ桁違いの腕力を彼女は持っている。

「ほれ、乳首じゃ。はよお、絞ってくれ」
「これが・・・女王陛下の高貴な・・・乳首か・・・」

人の背丈もある巨大乳首。
牛族の乳首を絞るのは、これが初めてじゃない。
しかし、200倍の牛族、しかも牛族の女王の乳首を絞るのはこれが初めての経験だった。
普通の乳首は高さ8ミリ程度だと、どこかで聞いたことがある。
それが200倍になれば、1.6メートルになる。
1.6メートルとは160センチになるので、それはもう人の身長とほぼ同じ大きさだ。
その証拠に、俺の身長と女王の高貴な乳首はほぼ同じ高さだった。
花のつぼみのようにツンと飛び出た小さな突起物。
しかし、相対的に小さな乳首も人ほどの身長があるなんて、どんだけでかんだよ。

「流石は女王の乳首だな、手入れが行き届いている」

女王の乳首は目を覆いたくなるほど美しかった。
光り、輝いていると言ってもいいほど力がみなぎった、
だけど、この乳首。かなり硬く、試しに地面。いや乳首を叩いてみると。

カンカン。

鉄のような甲高い音が響いている。
この音を聞いたらわかるが、女王の乳首はかなり溜まっている。
俺が立っている、この乳輪の奥底に、大量の母乳が眠っている。
この張り具合から考えて、女王のミルクタンクは満水状態。
いや、満水以上の、ミルクタンクが破ける寸前と推測された。
一刻も早く乳を搾らないと女王は死ぬ。自分の母乳に押しつぶされるように、女王は死んでしまうだろう。

「じゃあ。絞りますよ。ふん!」

乳を搾るのは簡単だ。
乳首を指で摘まみ、上下運動してやれば簡単に出て来る。
だけど、それは等倍サイズの牛の話であって、200倍の牛族にそれをやろうとすると、かなりの重労働なる。

「くそ! 思ったより乳首が硬い。もっと強い力を加えないとダメか。くっぞ」

鉄のように硬い乳首にタックルしてみる。
しかし、母乳はかなり溜まっているようで、女王の乳首はガチガチだ。
いくらタックルしても、跳ね返されるだけで、全然受け付けない。
これじゃあ、母乳が絞り出せない。

「くっそ! もう一回」
「頑張れ、クリス。頑張るのじゃ。姉上様を救ってくれ・・なのじゃ」
「ああ。頑張るよ」

妹殿下も不安そうに見ている。
姉上である、女王を思う気持ちが彼女の瞳から感じられた。
それだけじゃない、彼女のお付きたちも不安そうに俺のことを見ていた。
皆、俺を見ている。
女王を救ってほしい。その気持ちは牛族全体の総意であると、そう言っているみたいに。

「モ~~~頑張って。クリス」
「モ~~~女王陛下を救って」
「モ~~~頑張れー!」

子供たちの声援だ。みんな必死になって応援してくれている。考えて見れば、この子たちも相当苦労してきたことだろう。
この島にはニンゲンが一人もおらず、乳しぼりをしてくれる人間が一人もいないので、大人の牛族はみんな乳が張って乳房炎で倒れてしまった。
この島で動けるのは、まだ母乳が出ない子供の牛族だけで、いわば、この島は子供の国と言ってもいいだろう。
小学校ぐらいの子供たちが、女王代理になり、大臣代理になり、この国の中枢機関を子供たちだけで背負っている。

政治というのは、大人でさえ重荷に感じるのに、子供である彼女たちが政治の先頭に立ち、日に日に乳房炎が悪化する大人の牛族を見守ることしかできなかった。
そう考えると、彼女の苦労は想像を絶していたことだろう。
そして、いずれはここにいる子供たちも、やがては大人の牛になり、母乳が出るようになると乳房炎で苦しむようになる。
苦しんで、だんだん立てなくなり、最終的には死ぬことになるだろう。
そうならないためにも、女王の乳を今すぐ絞らないといけない。
そうだ、俺のやろうとしていることは牛族の未来に深くかかわることだ。
治療がうまく行けば、牛族はみんな助かるが、もし治療がうまく行かなければ、ここにいる牛族全員、子供の牛族を含めて、みんな滅んでしまうだろう。
まだ子供である女王代理はまだ乳房炎になっていないが、いずれ成長し大人になれば、必ず乳房炎になるので結局は女王と同じ運命を辿ることになる。
近い将来女王代理も、ここにいる子供の牛全員が乳房炎で死ぬんだ。
それだけはなんとしても避けなければいけない。女王もそうだが、女王代理が死ぬなんて、あってはならないことだ。

「痛い! 痛いのじゃ。乳が張って破れそうなのじゃ。痛いのじゃ。クリス。助けれくれ! このままではわらわは死ぬ」

成長して大人になった女王代理の悲鳴が頭の中に浮かんできた。
そうだ。今倒れている女王もそうだが、ここにいる女王代理もいずれ大人になると死んでしまう。
大人になって、母乳が出るようになると、結局は女王の二の舞だ。
だけど、そんな破滅的な未来に女王代理も他の牛たちも気づていない。

「お願い、女王陛下を助けてあげて」
「今、乳を搾れるのはクリスだけなんだよー」

衰弱する女王の姿は将来の自分の姿なはずなのに、女王代理と他の子供たちは全然そんな素振りを見せていない。
ただ、女王のことだけを気遣い、自分の体は二の次といった感じだ。
それは彼女達の優しさか、それとも破滅的な未来を子供たちはまだ理解していないのか、どっちかは分からないけど、とにかく女王を今すぐ治療しないとだな。
ここで女王を助けないと、やがて牛族は全滅する。
それだけは絶対に避けなければならない。

(わらわは子供ではない。一人前のれでいなのじゃ!)

女王代理の奴。そんなことを言っていたっけ。
女王代理は一人前のレディだと背伸びしていたが、だけど本当の彼女は泣き虫で、大人の牛たちが倒れて不安で不安で仕方がない幼い子供だ。
姉上である女王も、周りの大人たちも、みんな倒れて苦しんでいる。だけど女王代理はなにもできない。
苦しんでいる大人たちをただ見守ってやることしかできなかった。
女王代理もそうだが、他の子どもたちも相当辛かっただろう。

女王代理は口にこそ出さないが精神的にかなり追い詰められていたと思う。
自分が大人だと、そう言い聞かせ、暗示をかけておかないと不安で押しつぶされる。
だから女王代理は一人前のレディだなんて言って背伸びをしていたんだ。
そうだ。そうに決まっている。
10歳の子供が女王代理なんて、そもそも勤まるわけがないのだ。
そう思うと、ますます女王の治療をしっかりやらなければと思う。
これ以上女王代理を苦しめられない。
これ以上、女王代理が苦労する姿を俺は見たくなかった。

「うおおおおおおお! 乳よ。出ろおおオオオオオオ!」

女王の乳首にタックルして、思いっきり押してみる。
それは岩を押すようなものだったが、力の限り、押して押して押してみる。

「うおおおおおおおおおおお!」
「がんばれー」
「クリス。がんばってー」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

押して押して押して、全体重を女王の乳首に傾けると、乳首の先っちょが凹み始めた。
そして、凹んだ乳首が一気凸に変形すると、白い液体が一直線に吹き上がった。

「モ~~~やったよ」
「モ~~~母乳が出たよ」

やった。ついに出たぞ。
ふう・・やれやれ。かなりの重労働だったが母乳が噴き出した。
これで女王も助かるだろう。

ドドドドドドドド・・・

「なんだこの音?」

ドドドドドドド・・・・

滝のような音が響く? 何だこの音?
なにかと思って、上を見上げると、女王の母乳が一直線に吹き上がっていた。
そして吹き上がった母乳が逆Uの字を描きながら地面に注いでいた。
母乳が地面に降り注ごうとしている。
200倍の牛族の母乳。しかも乳房炎で苦しむぐらい、じっくりと貯められた濃度の濃い母乳だ。
そんなドロドロとした母乳が天より降り注いでいる。
やべ。ボーとしていると母乳に流されるぞ。

ドドドドドドドドド・・・・

「ぎゃああああああああ!」

ヨーグルトのような、ドロドロの母乳が波となって押し寄せて来た。
その母乳に俺は足を取られて流されていく。
全身がヨーグルトのお風呂に入っているような感じ。
生ぬるい半分個体の母乳に俺は溺れかけていた。

「助けてくれ。おーい誰か。脚が抜けねえ。まるで底なし沼みたいだ」
「やった。やったのじゃ。姉上様が母乳を出してくれたのじゃ」
「そんなことを言っている場合じゃないですよ。それより助けて―」
「うむ? おぬし。そんな所でなにをしておるのじゃ?」
「助けてくれ! 足がはまって抜けないんだよ。溺れる。溺れちゃうよー」
「しょうがないのお。ほれ、わらわの指に掴まるのじゃ」

どんなにもがいても抜けなかった足が、女王代理の指によってズボっと簡単に抜けた。
流石は巨大牛族。その力は計り知れないな。

「うーん・・・うーん・・・・」
「どうしました? 姉上様。姉上様? 姉上。ひどい脂汗なのじゃ。痙攣までしているし・・・・おい! どうしたのじゃ。姉上様が苦しみ始めたぞ。
 母乳を絞ったのになんで苦しんでおるのじゃ!?」

これはまずいな・・・。母乳を出せば全てOKとはいかないらしい。

「これはまずいですね。ミルクタンクの圧が急激に下がって胸の中で炎症が・・・」
「どうしたらいいのじゃ? 姉上様は助かるのかえ?」
「とりあえず薬を作りましょう。アイタタの実とヤワヤワの薬草を」
「それで姉上様は治るかえ? もしもダメだった場合。わらわはどうしたらいいのじゃ・・・姉上様がもし亡くなれば・・・姉上様。うわーん。うわーん」
「うるさい! 泣くな!」
「ふえ!」

女王代理はビクッと体を震わせた。
准獣医であるクリスの真剣な目に女王代理は圧倒されていた。 

「泣いて暇はありません。今生きるか死ぬかの瀬戸際なんですから。それよりも早く薬草を! このまま女王を見殺しにする気ですか!?」
「ぐす・・ぐす・・・わかったのじゃ。おい! 早く作ってやるのじゃ! 一番いい奴を煎じてやるのじゃ!」

それから薬がすぐにやって来た。
その薬を女王に飲ませてやると女王は再び眠りについた。

「どうなのじゃ? 姉上様は助かるのかえ?」
「女王代理・・・」
「どうした? まさか姉上様はこのまま・・死ぬのか・・・」

クリスはニコッと笑って見せた。

「断言はできませんが峠は越えたようです。おめでとうございます」
「本当か? 嘘ではないのかえ?」
「はい。これから快方に向かわれるでしょう」
「本当か? 嘘じゃないのかえ?」
「はい。間違いありません」
「そうか。やったー。姉上様が助かったのじゃ。モ~~~。モ~~~~」

女王代理が喜びの鳴き声を上げる。
それにつられて他の牛たちも喜びの声を上げていた。

モ~~~~
モ~~~~
モ~~~~

「ご苦労だった。姉上様に、つきっきりで診てくれたからな。おぬしには感謝しておるのじゃ」
「いいえ。そんな・・・。これぐらい」

はははと笑っているが、超つかれたあああああああ!
今何時? どれぐらい時間たったの?
多分夜通しで、治療し続けたから超しんどい。
普通の牛族も疲れるのに、それが200倍の巨大牛族になれば、もうクタクタになる。今すぐ寝たい。

「それでは峠を越えましたので、女王代理。そろそろ寝たいのですが・・・」
「うむ。そうじゃの・・・」
「クリスさん。いいえ。クリス先生。いいえ。クリス大先生!」

なんだ? 女王代理のお付きの牛がなんか言っているぞ。

「わたしのお姉ちゃんも乳房炎なの。お願い。クリス大先生。わたしのお姉ちゃんを助けて」
「わたしもお姉ちゃんも」
「わたしのお母さんを!」
「わたしのいとこも」

「「「「「ねえねえ。クリス大先生。お願い!」」」」

うわあ。やばい。牛族たちが一斉に頼み込んできている。
そういや、倒れたのは女王だけではなく、島の大人はみんな倒れたんだった。
ということは、女王みたいな病状の患者がいっぱい、まだまだたくさんいるってことか?

「うちのお姉ちゃん。今にも死にそうで。お願い。クリス大先生」
「わたしのお母さんを治療して。最近寝てばかりで立てなくて」
「うちよ。うち。うちのいとこを最初に」
「静かにせぬか!」

女王代理が怒鳴った。すると場は一気に静まり返った。

「クリスは徹夜で疲れておるのじゃ。悪いが治療には行かせられぬ」
「いや、いいですよ。女王代理。コーヒー飲んで15分も寝れば大丈夫ですから」
「そんな手塚×虫じゃあるまいし。ちゃんと寝ないと体に毒なのじゃ」
「いや、いいですよ。女王代理。患者がいる限り休むわけにはいきませんから」

そうだ。俺は獣医の端くれ。患者がいる限り休むわけにはいかない。
それに女王の乳房炎のひどさを考えたら他の牛たちも病状が進んでいるはずだ。
苦しんでいる牛たちが居るっていうのに、休んでなど、いられるか。

「やるぞ。やってやるぞ。うおおおおおおおおおおおおお!」


*****


それから三日後。


「今日は無礼講なのじゃ。ニンゲン族も牛族も関係ない。今日は特別にニンゲン族用の食事も用意したから。
 みな。好きなだけ飲んで食べるのじゃ。それ。お音楽隊。音楽を頼むのじゃ!」


パラパララッラ♪ ララララ♪ パパパ♪ パパパ♪ パパ―♪ パパ―♪

パラパララッラ♪ ララララ♪ パパパ♪ パパパ♪ パパ―♪ パパー♪

いやあ。にぎやかだな。音楽隊も前の倍ぐらい増えているし、踊り子まで踊っている。
まさに飲めや歌えや踊れやの大騒ぎ。流石は牛族の島。
女王快方祝いにしては大げさすぎるぐらいの祝いの席だな。

「おいしい。おいしいわ。ハムハムハム・・・ガツガツガツ・・・・」

誰だ? あれ? 一心不乱に飯を食っている若い女の人がいる。それにしても下品な食い方だな。
まるで飢えた狼のように、両手に食べ物を握りながら、血眼になって飯を食っているよ。あんなふうに飯を食う人初めて見た。
乞食でもあんなふうには食わないのに誰だあいつ?

「退きなさい。庶民。その魚は私が食べるのよ! ハムハムハム・・・ガツガツガツ・・・」
「あ。もしかして、そのボロボロのドレスは・・・アニエール家の御令嬢ですか?」
「そうよ。それがどうしたのよ。言っておくけど、その魚はわたしの物よ。誰にも渡さないわ。庶民はあっちに行っていなさい」
「いえ、別にさっきご飯食べたからいりませんけど・・・それより、どうしたんですか? その格好。それに食べ方は・・・あんたお嬢様なんでしょ? 高貴なお嬢様がなんで?」
「三日三晩何も食べていないのよ。あんただってそうでしょ?」
「いえ。俺は朝昼晩と女王代理からご飯をご馳走になっているので、今はお腹いっぱいで・・・」
「ああ? なにそれ? 庶民のくせに私よりいい生活してるわけ? 生意気な・・・まあいいわ。それよりも今よ。
 食える時に食っておかないと飢え死にしちゃうわ。ハムハムハム・・・・ガツガツガツ」

あらら・・・可哀想に。
どうやらお嬢様の奴。牛族に忘れられていたみたいだな。
三日ぶりの飯だから目の色を変えて食っているのか。
世界一の大金持ちも牛族の前では形無しだな。

「女王様のおな~~~り~~~~」

ドンドンと太鼓が鳴らされると、一同立ち上がり、お辞儀し始める。
妹殿下である、女王代理まで、うやうやしく、お辞儀をしている。

「美味しい。美味しいわ。魚がこんなにおいしいなんて知らなかったわ。ハムハムハム、ガツガツガツ・・・おかわり! おかわりを持ってきて頂戴!」

一人だけ例外が居るが、みんなお辞儀しているから、俺もお辞儀をしておこう。

「今日はみな、よく集まってくれた。余の快方祝い。大変感謝する。特に女王代理。そなたは迷惑をかけたな。余の代わりを務め、うまく皆をまとめてくれた。マリアには大変感謝している」
「姉上様。とんでもありません。わらわは与えられた仕事をしただけでございます」
「うむ。立派な妹が居て余も頼もしいぞ。そなたの功績を皆で称え合おうではないか」
「お褒め頂き恐悦至極に存じます。姉上様。しかし今回の件で一番功績を上げたのは、そこに居るクリスでございます。姉上を始め島の大人たちを全員治療した名医を称え褒美を与えてください」
「うむ。その話は余の耳にも入っておる。なんでも神の手を持った神医が現れたとか」
「はい。姉上様。そこに居る神医クリスが全て解決してくれました。どうか、お褒めください」
「うむ。わかっておる。おい。クリス。こっちの来い。

こっちの来いと言われてもな。
女王は階段の登った玉座に座っているから行きたくても行けない。
階段一段が、家の二階よりも高いだのから、登りたくても登れない。

「なんじゃ。クリス。余の褒美を受け取れるというのか?」
「女王陛下のご厚意を無下にするのか」
「そんな無礼な奴は殺してしまえ!」

兵士と思われる、お付きが剣を抜こうとしている。おいおい、なんか急に物騒な雰囲気になって来たぞ。

「よい。剣を収めよ」
「しかし、女王陛下。こやつは女王陛下のご厚意を・・・」
「黙れ」

雷のような雷鳴が宮殿に響いた。

「クリスが居なければ、余も死んでいた。それともなにか? そなたが余の乳を搾れるとでも言うのか?」
「いえ・・わたしにはとても・・できません」
「そうだろう? クリスは余の恩人。そして島を救った神医なんだぞ。無礼も何もあるまい」
「姉上様。そんなことより早く褒美を与えてください」
「うむ。獣医クリス。そなたには従一位の位と神医の称号を授ける。これは王族の次の偉い大臣の位だぞ。今日より余の主治医として働け。以上だ」
 
へー。王族の次に偉い位か。すごいなー。クリス・・クリス? クリスって俺の事じゃないか?
え? 俺が女王陛下の主治医だって?」

「姉上様。恐れながら申し上げますが、そんな話。わらわは聞いていません。クリスを姉上様の主治医にするだなんて、わらわは反対です」

なんだ。違うのか。びっくりした。急に女王の主治医だなんて言われるんだもん。驚いたよ。でも違うのか。よかった。

「女王様。恐れながら、申し上げます」

そう言って、女王の玉座の前に出てきたのは、三大臣と呼ばれる、右大臣と左大臣と中大臣だった。

「神医クリスの功績は我々三大臣も認めています。しかし王族専用の医官にしますと庶民からの反対意見が山のように届くでしょう。
 現状この島には、神医クリスしか乳を搾れる者が居ませんので、民衆の意見も考慮しませんと国を治めることはできません」
「わらわも大臣と同じ意見です。姉上の主治医にすれば民衆が黙ってはいないでしょう」
「うむ。余の考えが足らなかったようだな。では神医クリスは島全体の医官ということで手を打とう。それでよいな?」
「ありがとうございます。女王陛下。大臣一同。女王様のお心遣いに感謝いたします」
「というわけで神医クリス。みんなの医官としてこれからよろしく頼むぞ」

なんだか豪いことになったな・・・。
俺はただ、乳を搾っただけなのに・・・、なんでこんな大袈裟なことに?
しかも女王にこんなに気に入られるなんて思いもしなかった。

「ところでクリスよ。そなたに一つ聞きたいことがある? そなた。結婚はまだだな? 子供はいるか?」
「いえ・・・結婚はまだです」
「うむ。それはいかんな。ニンゲンの命とは短い物。今は良いがいずれまたニンゲンが居なくなっては困る。
 というわけで、神医クリスよ。この成金娘とセックスして今すぐ子供を作れ。クリス。よいな」 
「なにするのよ。離せ。離しなさいよ! まだスープを飲み終わっていないのに―」

アリのように摘まみ上げられる。アニエール家の御令嬢。
そしてそのお嬢様は俺の前に強制的に連れて来られた。

「マリアの報告によると、この成金娘の性格は最悪だそうだが健康であることに変わりないそうだ。どうだ? この成金娘とセックスして、そなたの後継者を作れ。よいな」
「よいな。じゃないわよ。なんで世界一金持ちのアニエール家の令嬢が、こんななんの力も持たない庶民と子作りなんかしなきゃならないのよ! そんなの死んでも嫌よ」
「なにを言っておる? 庶民はそなたの方だぞ」
「なんですって!? 何をバカなことを!?」
「言っておくがクリスは従一位の位だぞ。神医の称号を持っているのだぞ。今やクリスも立派な上流貴族だ。それに比べてそなたは、なんの位もない、ただの庶民ではないか?」
「なんですって? この庶民が上流貴族ですって!?」
「うむ。 これは玉の輿なんだぞ。よかったな。成金。庶民である成金が上流貴族のクリスと子を儲けれるなんて泣いて喜ぶべきだぞ」
「そんなわけないでしょ! こいつは庶民で私が貴族なんだから。キーキーキー」

ああ・・。とうとうヘラちゃった。
でも、お嬢様の気持ちも分からなくもないな。
今までの常識が全てひっくり返ったんだから、正気ではいられないだろう。

「あの。女王陛下」
「うむ。なんだ?」
「わたしは今宵22歳になります。人間の寿命は100らしいので、あと80年近く生きられます。なので今すぐ子供をつくる必要はないと思われますが」
「しかし、ニンゲン族がまた絶滅したら、余も妹も困る。乳腺炎で苦しむのはもう嫌だぞ」
「大丈夫です。わたしはすぐには死にません。それにこんなじゃじゃ馬娘。俺のタイプではありません、なので子は作れませし、作りたくありません」
「誰がじゃじゃ馬よ! そこの庶民。覚えていらっしゃい。パパに頼んで死刑にしてやるんだからー」
「うむ。そなたの言う通りかもしれぬな。余もこんな娘はごめんこうむる」
「わらわも同感です。クリスとこの女では、つり合いが取れておりません。もっとよい。いい女を与えるべきです」
「うむ。ではさっきの話は撤回しよう。そんな成金と子作りなど・・・クリスがあまりにも可哀想だ」

ほっ・・・。よかった。いきなり子供を作れだなんて無茶な話だよ。まったく・・・。

「では罪滅ぼしに余が直々に相手をしてやろう。おい布団の用意を」
「姉上様だけズルい。わらわも。わらわも」
「ふふ。マリア。そなたにはまだ早い。ここは大人である余が相手を務めるべきだ。行くぞ。クリス、そなたに褒美を与える。余の体で癒されるがよいぞ」

ちょんと指に摘ままれる俺。そして俺は女王の布団に連れて行かれた。

「しかしクリス。そなたはイケメンだな。余の体も喜んでおるぞ」
「わわわ・・・女王陛下。なんで服を脱ぐんですか?」

ホルスタイン柄の競泳水着が脱いでいる女王陛下。
高貴な女王陛下の体が、一糸まとわぬ姿で俺の前に立っている。

「ふふ。どうだ? 妹の体とはだいぶ違うだろ? 本物のレディとはこういうものだ」

反論できない。女王代理はペッタンコだったが、女王はボンキュボン。
凹むところが凹んで、出るところはちゃんと出ている。
しかも牛族の胸だから、目を見張るほどの巨乳で、ちょっとした丘みたいになっている。

「言っておくが、余のカップはGカップだぞ。どうだ? すごいだろ」

凄すぎて、顔が見えない。女王を床の上から見上げると、胸が壁になって顔が隠れて見えなかった。

「余の足は46メートルだ。ほれほれ。大きいだろ? 触ってみてみろ。大きいだろ?」

クニクニと動く怪物が俺の目の前に居た。それは女王陛下の高貴な足の指。
全長46メートルの200倍の素足である。足も胸と同じように一糸まとわず、生まれたままの姿で蠢いていた。

「どうした? 余の体に触らないのか? せっかくそなたに褒美を与えているのに受け取らぬと申すのか?
 余に恥をかかせた。そういうことか? よかろう。そこまでコケにするなら踏みつぶしてやる! ちょうどニンゲンが作った救命ボートがあるから、それを踏みつぶしてみるか」

ズシ! グシャ!

木でできた救命ボートが、ゼリーのようにペシャンコになった。
女王の足は鉛のように重い。
その証拠に足の重みだけでボートを押しつぶしているように感じる。
体重をかけるまでもない。
足の重みだけでボートが潰れるほどに女王の体は重いのだ。

「どうした? そなたもボートの二の舞いになりたいのか?」
「女王陛下!」

俺はその場に土下座する。
高貴な女王陛下のつま先に、虫けらである庶民の俺が土下座をすると、ニンゲン族と牛族の力の差を象徴しているように感じた。

「ふふ。戯言だ。そなたはイケメンだし島唯一の獣医だからな。死なれては困る。しかし余をコケにした罪は、きちんと償ってもらう」
「罪を償う」
「ふふ。そう怯えんでもよい。そうだな。乳首を弄るだけで罪を許そう」
「い・・弄る?」
「そうだ。前にそなたに乳を搾られてから、どうも気持ち良くてな。あの時の感触が忘れられぬ。もう一度絞ってくれると大変ありがたい」
「でも・・・女王陛下の胸を弄るなんて・・」
「なんだ? 嫌なのか? ならば死刑だ。余の足でそなたの体をペシャンコに・・・」
「わかった。わかりましたから、女王陛下の胸を弄ります」
「うむ。乳首を弄ってくれると助かる。乳首がうずうずして敵わぬからな。では余の乳首に乗せるぞ」

再び。女王陛下の高貴な乳首に乗せられた。

それにしてもでっかい乳首。
俺の身長と遜色のない巨大な乳首だ。
そして辺り一面、女王陛下の高貴な肌に囲まれているしで、もう何が何だか分からない
ここが乳首だと思わなければ、決してそうは思えない、とんでもない空間だ。

「ほれほれ。余はもうやってるぞ。そなたも早くやれ」

女王陛下の手は速く。既に反対の乳首を指で伸びていた。
女王陛下の指が乳首を押し、乳首は元の位置へ戻ろうとしている。
びょこん。グググ・・・ぴょこん。グググ・・と乳首と指が戦っている。
それを俺にもやれと言うのか。

「これも生きるためだ。よっと!」

俺は女王の高貴な乳首にタックルする。

「うん♡ そうだ。その調子だ。気持ちが良い。もっと頼む♡」

流石に乳首は敏感らしい。俺のような微小な力でも感じられるそうだ。ならもっとやるだけだ。

「うん♡ うん♡ そうだ。それでいい。もっともっと頼む♡」

高貴な乳首が喜ぶ。女王陛下直々にお褒めの言葉が送られている。
よし。もっともっと。刺激を与えてやるぞ。

「姉上様!」

女王が喘いでいると、音が鳴るほど障子が勢いよく開いた。
誰かと思えば女王陛下の妹。元女王陛下代理が裸になった女王を睨んでいる。

「姉上様。クリスを王宮に連れて来たのは、わらわなのですよ。クリスを独り占めにするなんてひどい。そろそろ返してください。なのじゃ」
「なにを言っている? これは大人の遊びだ。子供のそなたにはまだ早い」
「わらわだって一人前のレディです。服を脱げば、わらわだって」

女王代理が服を脱いだ。

「どうです? わらわも立派なレディですよ。なのじゃ」

いやどう見ても子供だ。
胸はペッタンコだし、はっきり言えば、ちんちくりんり。
女王陛下のナイスバディとは比べ物にならない未発達の体だ。

「どうじゃ。クリス? わらわの美貌に惚れたのかえ? 今からでもわらわに乗り換えたらどうなのじゃ?」
「いや・・それは・・・その」
「よせ。マリア。クリスも困っている。誰がどう見てもそなたは子供だぞ」
「そんなことありません。なのじゃ。来い。クリス。わらわの元へ来るのじゃ。さもないと踏みつぶすぞよ」
「いかんでよい。クリス。あんな幼児体系は放っておけばよい。もしマリアの元へ行ったら踏みつぶすぞ」

ズラリと並ぶ20本の足指。姉と妹。ぞれぞれの足の指が兵器のように一列に並んでいる。
姉の足の指は大人っぽい、すらっとした指だが、一方の妹の足は子供っぽく全体的に丸い足の指が印象的だ。
誰がどの足なのか一目見てでわかる、それぞれ特徴のある足の指だった。

「わらわの元へ来い。さもないと踏みつぶすぞ」
「余の元へ来い。さもないと踏みつぶすぞ」

姉と妹、それぞれの足が持ち上がり、俺の頭上へとかざされた。
横幅も長さも大きい大人の女王陛下の足。
それと比べたら、一回り小さな丸っこい子供の足。
だけど、その両方の足も、俺なんかが対抗できないほど強い足だ。
あんな足に踏まれでもしたら、俺は一瞬でペシャンコになるだろう。

「わらわの元へ来い」
「いいや。余の元へ来い」

ブラブラと足を揺らしながら威嚇する二人の姉妹。
二人の姉妹は、小さなオレを今にも踏みつぶそうと足を動かし威嚇をしている。
あと少し。あと少し二人が前のめりになるだけで俺は地面の汚れと同化してしまうだろう。
どうする? どっちの元へ行けばいい? 
妹につくか? 姉につくか?
とりあえず最初に出会った妹につくか?
いいや、だめだ。そんなことをすれば姉に積み潰される。 
じゃあ姉につくか? いいやそれもダメだ。そんなことをしたら、今度は妹に踏みつぶされる。
となれば残された道は一つしかない。

「かくなるうえは」
「かくなるうえは・・・なんなのじゃ?」
「逃げるんだよ!」

こうなったら逃げるしかない。姉と妹。どちらについても踏みつぶされるのなら、どちらも選ばない。
もうそれしか選択肢が残れていない。

「姉上様。どうやらクリスは逃げる選択をしたようです」
「うむ。そのようだな」
「姉上様。どうです? ここは一つ鬼ごっこといきませんか?」
「鬼ごっことな?」
「わらわと姉上様がクリスを追いかけ懲らしめてやりましょう。わらわから逃げるとどうなるのか? クリスに思い知らせてやるのです」
「うむ。クリスと余の力比べか。おもしろそうだ。ではやろう」

ズシイイイイイ。ズシイイイイイイイイ

四本の迫って来た。
地響きを立てながら畳の地面を揺るがしながら20本の足の指が迫ってきている。
二人の巨人が歩くと畳の上に落ちている、5メートルの埃が一瞬で吹き飛ばされていった。

「ダメだ。追いつかれる。踏みつぶされるううううううううう! わああああああ!!」

ズシイイイイイイイイ

「ぎゃあああああ! 踏まれた・・・がく・・・」
「やりましたよ。姉上様。クリスを踏みつけました。わらわが最初にクリスを捕まえたのです」
「なにを言っている? 最初に踏んだのは余の方だぞ」
「何をおっしゃいます? 姉上様。わらわが最初にクリスを踏んだのですじゃ」
「余だ。余の方がわずかに速かった」

か弱き人間。クリスは二人の巨人に踏まれていた。
クリスの下半身を妹の足が、クリスの上半身は姉の足がそれぞれ踏みつけている。
両者とも最初に踏んだのは自分だと言って譲らない。
だが、その足元では目を回しながら伸びるクリスの姿があった。
幼い妹の足と大人の姉の足に踏まれて気絶していた。
幼い妹の足の、そのまた小指であっても丸太よりも太くて重いので、そんな物に踏みつけられれば、ただでは済まなかった。

「クリスはわらわのものです」
「いいや。クリスは余のものだ」
「クリスを見つけたのは、わらわが先なのです。それにクリスの面倒を一生見ると約束したのもわらわなのですから」
「そんなのあてにはならん。所詮は口約束だろ。それにマリアは飽きっぽいからな。どうせすぐクリスのことなど飽きるだろう。それに比べたら余は一途だぞ。
 一生クリスと添い遂げてやる」
「わ・・わらわだって! 一途なのですから」
「いいや、余の方が一途だ」
「わらわです」
「余だ」
「ぐぬぬぬぬ!」
「ぐぬぬぬぬ!」

クリスは二人の巨人に踏まれて、そして愛され、これからも牛族の医官としてこれからも生きていくだろう。
なお、アニエール家の御令嬢が没落し、乞食のように飢えていると、そんな情報が人間界に入り衝撃が走ったのはまた別の話。