鳥取砂丘のような広大な土地にブラシがけをする青少年。
なだらかな傾斜が続く、黄色い土地に彼だけがなぜか取り残されていた。
だが、ここがただの土地でないことは彼が一番よく知っていた。

「まだ終わらないの?」

轟音を震わせながら、そう言ったのは、この土地の主。
この土地の地主であり、またこの土地の土地神でもある巨人がそう発していた。
この土地はタダの土地ではない。

ここは巫女の足。その足の指の腹の上。

グルグルと渦巻きのような模様が地面に掘られた、巫女の足の指の指紋が、彼の住んでいる土地だったのである。
地球に人間が住んでいるように、この巫女の足の上に彼は住んでいる。
言うならば巫女の足が彼にとっての母なる大地。
そしてその土地を提供してくれた巨人の巫女。小さな彼からすれば巫女は神も同然だった。
赤い袴に白衣、赤いリボンが特徴的な清楚系の巫女さん。
そんな清楚な巫女さんはうつ伏せの状態で畳の上に寝転がり、自分の足が掃除されているのを感じている。
小人に足を掃除させるため、巫女は畳の上に寝転がり、掃除が終わるのを今か今かと待っていた。

「早く掃除。してね」

巫女は小人に掃除させていた。
だが、小さな彼には容易なことではない。
なぜなら巫女の身長は800メートル。500倍の巨人となっている。
足の指も500倍なら、当然それ相応に巨大になり、小指さえも半径7メートルはくだらない。
つまり足の指一本付き、7メートルの半径を掃除しないといけなくなる。
これは結構骨の折れる作業だ。重労働と言っても過言ではない。
しかも巫女の足の汚れは非常に頑固で、硬い足の指の皮膚に張り付いてなかなか取れないのである。
これは巫女の足が汚いと言うわけではなく、ただ単に彼の力が弱かったからである。
力を入れて磨かなければ垢が落ちない。
巨人巫女の垢。その吸着力も500倍の巨人サイズでなかなか汚れが落ちない頑固な汚れだったのである。

「ぜえ・・ぜえ・・ようやく小指が終わった」
「小指終わった? じゃあ次は薬指ね。で薬指が終わったら、中指、人差し指、親指。それが終わったら反対側の小指、薬指、中指、人差し指、親指もやって」
「うええ・・・まだやるのかよ・・・」

色々と文句はあるがやるしかない。
小人である彼に拒否権はない。巫女がやれと言えば、やるしかないのだ。
この広大な足を、彼一人で掃除しないといけない。

「罰だからね。文句は言わないの」
「そんなこと言ったって・・・くさくて・・・くさくて・・おえええええええええ!」

うずくまり、吐き気を催す小人。
だがそれも仕方がなかった。巫女は学校帰りであり、体育もあったことから足が結構蒸れていた。
彼女の足の股には、これまでに溜まったゴミや糸くずが張り付いており、そのゴミに巫女汗が染みこんでくっさい匂いを発していたのである。
当然のことだが、このゴミも彼は綺麗にしないといけない。
いくら吐き気が催すほどの、くっさいゴミでも、それを綺麗にするのが彼の役目だった。

「う・・うええ・・くせえ・・・何食ったらこんな匂いがするんだよ?」
「・・・なんか言った? 文句があるなら指の股で挟んであげようか?」
「いえ・・文句なんて・・・ありません」
「だったら文句なんか言わず、さっさと綺麗にして」
「はい・・うええ・・・うぷ・・やります」

口元を抑えながら、せっせと働く小人。
小さな彼は清楚系の巫女の足の汚れを取っていく。
手作業でしかも素手で、足に張り付いたゴミを丁寧に取り除いていく。
そして最後にブラシをかけて蒸れた汗を取り除いていた。
これが彼の仕事であり罰だった。

「こんなことになるなら・・もっと彼女の機嫌を取っておくべきだった・・・」

だが、後悔してももう遅い。
彼の体は巫女の思うがまま。
体を小さくするのも大きくするのも巫女の機嫌次第なのだ。
自分の意思ではもうどうにもならない。
巫女がいいと許してくれるまでは、ずっと小さいままなのだ。




*


空気がまだ澄んでいる早朝。
ひんやりとした風と共に彼女はやってきた。

「いつ見ても綺麗な人だな・・・」

長い脚を晒しながら、その待ち人は歩いてきた。
校門の向こうからひときわ目立つ彼女。大きなリボンは特徴的だ。
その女子は他の女子たちと比べると輝いて見えていて、他の女子たちとは明らかに一線を画していた。
彼女の名前は高根華さん。俺と同じ高校に通う同級生だ。
彼女は容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群。
神は二物を与えずという言葉が裸足で逃げ出すほどの才能の塊。それが高根さんという女子だった。

「高根さん。俺と付き合ってくれ」
「コイツじゃなくて俺と付き合ってくれよ」

才能の塊である、彼女に周りの男が放っておくわけがなかった。
彼女の周りにはいつも男子が囲んでいた。
だけど男子から告白されるなんて日常茶飯事。
先輩後輩とわず全校生徒からコクられるほどの凄まじいモテぶり。
だけど、高根さんはというと。

「・・・・・」

高根さんは相手にしていない。
コクって来た連中を尻目に無言で立ち去っている。
正直、男を男として見ていない、ムシケラを見るような冷たい目で睨んでいた。
それが彼女、高根さんという人物だった。
高根さんは男に興味がない。
そんな噂が学校中に流れており、隣町に住んでいるトップアイドルさえも速攻で振ったと、そんな噂まで流れていた。
真相のほどはともかく、それぐらい高根さんは男に興味がないことで有名だった。

「おい。次はお前の番だぞ」
「お・・・おう」

高根さんにコクる。うちの学校ではそれが一種の通過儀礼になっている。
俺もその例に漏れず、この際だ。チャレンジしてみようと思う。
ダメで元々。当たって砕けろだ。
振られている男は大勢いる。これまでに高根さんと付き合えた男子は誰もいないのだから、もしここで振られても全然恥じゃない。
みんな振られているんだから、俺だけが悪目立ちすることはないので、ノーリスクでコクれる。
まあ、そういうことだ。よし行くぞ。今から高根さんにコクるぞ。

「高根さん。俺と付き合ってくれ」
「・・・・・・・・・」

お。俺のことを見たぞ。これは脈ありか?
だが、そう思ったのも束の間。高根さんはあっちへ行ってしまっていた。

「だめ・・だったか」
「まあ。そうガッカリするなよ。お前だけじゃない。みんな振られているんだから元気出せや」

それはそうかもしれないが、どうもモヤモヤする。
こっちは一世一代の大告白だったのに高根さんは俺のことを完全に無視。
なにも言わない。なにも表情を変えない。
最初から、俺なんかいなかったように、あっちへ行ってしまった。
でも、これって。よく考えたらかなり失礼だよな。
他の奴らが、そんなことをされても、どうも思わなかったが、いざ自分がされると妙に腹が立つ。
そもそもだ。こっちは緊張しながらコクってるのに、イエスともノーとも言わず、そのまま行ってしまうなんて失礼すぎるだろ。

「フンだ。お前みたいなやつ。こっちからお断りだよ」

だけど、その日一日ずっと頭の中がモヤモヤしたままだった。


*

放課後。特に用事もなかったので、海に行くことにした。
うちの高校は結構田舎にあるので自転車で海に行ける。
まあ都会の人間からは考えられないような立地に建っているだろうけど、田舎では結構そう言う所に高校が建っていたりする。
海の近くに高校があるなんて、都会の人間が聞いたら結構驚くかもしれないが、田舎では娯楽が少なく、チェーン店のカラオケもオシャレな喫茶店もないので海を見るぐらいしかストレス発散方法がない。
田舎の場合、自然ぐらいしか周辺にないので、俺の場合海を見て心をいやすことが多い。

「まあ、他にやることもないしな」

15分ほど自転車を走らせると海に着いた。
海岸沿いには少し大きめの神社が建っていて。なんでも3代だか4代だかの天皇陛下がお作りになられたと言う伝説があるけど事の真相はよくわからない。
まあ大昔から、この土地にある。伝統的な神社なのは間違いないので海に来たら、まずここでお参りする。それが俺の日課だった。
というわけなので、俺は神社の本殿の前に立ち手を合わせた。

「さて、あとは海を見るだけだが・・・おっと」

突然体がふらついた。体が揺れて横に逸れると何かに触れた。

(絶対に触るべからず)(危険)(巨大娘注意)(縮小化)

と書かれた岩に俺の手が振れていた。
その岩には紙垂と呼ばれるZ型の白いヒラヒラがぶら下がっており、明らかに神聖な物と思わせる独特の雰囲気を醸し出していた。
その岩に俺は思いっきり触っている。

「はは・・・ご・・ごめん」

岩に触った手を引っ込める。
一瞬ヤバいと思ったが、触ってしまったものは仕方ない。
まあ俺以外神社には誰も居ないので問題はないと思わるが。

「え? なんだこれ?」

手が小さい。明らかに小さい。
あの岩に触ってから俺の手が変わっていた。
なんというか赤ん坊の手のように小さくなっていた。

「なんだこりゃ!」

右手が小さい。明らかに右手と左手の大きさが違う。
なにこれ? 目の錯覚か?

「あ・・あれ・・・なんかこの岩デカくね?」

祀られて岩が大きくなっていた。
さっきまで岩のてっぺんを触れるぐらい小さかったのに、今では見上げるほどに大きくなっている。
この岩、こんなに大きかったっけ?

「え? え? うああああああああああ」

体が縮んでいる。地面に向かって体がどんどん縮んでいる。
体が縮んでしまった、なんてコナン君もよく言っているけど、そんな生易しいレベルじゃない。
子供の体を通り越して、もっと小さくなっていた。
片足で蹴れるような小さな石ころが今の俺には巨岩のように見える。それぐらい俺は小さくなっていた。

「なんだ。こりゃムシケラみたいじゃんか!」

虫の目線で俺は神社の本殿を見上げていた。
神社の柱。木製の柱が天高くに聳えている。
そして紙垂のかけられた岩が天高くにまで聳え、巨大な紙をヒラヒラさせながら、その広大さを俺に見せつけていた。

「一体。なんなんだこれ。なんでいきなり体が小さくなったんだ!?」

ズン・・ズン・・

いきなり地面が揺れ出した。背筋が凍るほどなにか恐ろしいものが近づいてきている。
危ない。このままじゃ死ぬぞと。俺の本能が語り掛けてくるようだった。
怪獣のような地響きを立てながら、やってくる生命体。
その生命は、ただ移動しているだけだったが、移動しているだけでも力の差を感じてしまう。
全てがケタ違いのパワーだ。姿は見えないが音だけ聞いたらわかる。
巨大な生命体。怪獣のような足音を響かせながら歩く生命体。
それは、この世の全てを支配できる上位生物だった。

ズシン ズシン ズシィイイイイイイイイイイイイイイイイ

地響きが大きくなってきた。
揺れも音も大きくなる。

「なんだこれ・・・・でけえええええええええええ」

壁のように聳える茶色い壁。
その物体は俺の腕ほどもある太い藁を何重にも絡ませた履物を履いていた。
人の腕ほどもある太い縄だ。そんな物を何重にも絡ませた極太の藁草履を履いた巨人が俺の前に現れていた。

「こ・・これが人の足・・・嘘だろ!」

茶色い壁は藁草履だった。
しかしその藁草履の土台部分でさえも、今の俺には手が届かないデカ物だった。
履物で一番下位に存在するソールの部分、つまり土台部分でさえ壁のように聳えている。
土台なのだから、その上に乗っかる本体がある。
言うまでもない、それは足の指だった。
藁が編み込まれた土台の上に本体である足の指が乗っていたのである。
藁が編み込まれた草履。
その藁でさえ人の腕ほどもあるのだから、当然その上に乗る足の指も、それ相応の大きさになる。
草履の上に乗っかる足もあり得ないぐらい大きかった。
これが人のつま先? 足の指と思われるが指が指に見えない。
巨人の足は足ではなく、まるで太った芋虫の怪物のようだった。
藁草履という玉座に腰を下ろした芋虫の怪獣、そんな怪獣が俺という小さな下民を見下ろしているんだ。
藁草履の玉座に腰を据えた芋虫の怪獣が堂々とそこでくつろぎ、俺というムシケラを見下ろしているのだ。
しかも、その巨大芋虫は鼻緒という草履に備え付けられた藁の柱を指の股で挟んでおり、その挟んだ指の姿も圧倒的だった。
鼻緒も当然、それ相応の巨大さを兼ね備えており、まるでビルを指で挟むように鼻緒を指で挟んでいるのだ。
あまりの力に圧倒されてしまう。
しかし、この出来事も全て草履とその上に乗っかる足の指だけで起こったことにしか過ぎず、巨人の体全体を見れば体の一部分にしか過ぎなかったのである。
足の指。それは人の体全体から見れば、ほんの一部分でしか過ぎない、人の体はもっと高みに膨大な肉を保有しているのだ。
太ももに股間、お腹に胸に肩に首に顔など、人間の体は足以外にももっと多くのパーツがあるんだ。

「だ・・誰だ・・・この巨人は誰なんだ!」

まるまると太った芋虫の化け物が藁草履の上に腰を下ろし、くつろいでいる。
太さ厚さ横幅、全てが怪物サイズ。俺の通っている学校の校舎よりもさらに大きな芋虫の化け物だ。
そんな巨大な足を持っている、イキモノなのだから、相手はきっと男だろう。
大きな男。そうだ。きっとムキムキの男の足なんだと、勝手にそう思い込んでいたが相手は・・相手は・・そう。女の・・巫女だった。
赤い袴と白衣を着た清楚な巫女さんが俺の目の前に聳えていた。

「・・・・ボウ!」

それが巫女の話した声だった。
大きさは別として、服装や井出立ちはどう見ても女。それも清楚な巫女なのだが、その声はどうも巫女の声とは思えない。女の声とはあまりにもかけ離れている。
これが女の声なのか? どう聞いても猛獣のような声にしか聞こえないぞ。

「ボオオ・・・」

巫女の口が動く。
だが、その声は間延びしていた。まるでライオンが我が子を呼ぶような声といえばいいのか、とにかく声は低かった。
猛獣。怪獣。もしくは犯罪者の合成音声。
そんな低音ボイスが木々を震わせるような低音で響く。

「なんだよこれ・・訳が分からねえよ・・・」

体が縮むだけでも混乱するのに、今度は巨大な巫女。それも女とは思えない猛獣のような声をした化け物と遭遇している。
怪物であるその巫女はボオとかボウなどの聞き取れない音を繰り返し発して、俺のことをジーと見つめていた。
草履よりも低い小さな俺を見つめているのだ。

「怖い・・怖えよ。なんだよこれ・・・」

ギラギラと光る巫女の目。
草履に素足履きという、古風な巫女に見下ろされている。
巫女は真下を向いている。ビルの看板ほどある巨大な目を下に向け、ギョロギョロと、血走った目で俺のことを見て来ているのだ。
そして俺を見ながら、ボウ、ボオ、と声を発しているのだ。
怖かった。正直今すぐ逃げ出したかった。だけど、こうなってしまってはもう遅いだろう。
相手がデカければ、デカい分、脚も早いだろうし、実際に巫女の歩きは新幹線のようなもので走って逃げれるほど到底不可能だった。

「ど・・・どうか、命だけはお助けを・・・」

逃げることもできない。もちろん戦うこともできない。
ならば命乞いをするしかない。
相手は巨人。人間よりも優れた上位の生命体だ。
俺という下等生物が上位生物に命を取られても文句は言えない弱い立場なのかもしれない。
俺はムシケラ。相手は上位存在の巨人なのだから。

「・・・キサマハ、ナニモノダ?」

どうやら耳が慣れて来たみたいだ。
ボウとしか聞こえなかった巨人の言葉が、なんとなくわかってきた気がする。
貴様はなに者だ? 巨人はそう言っているみたいだな。

「キサマニトウ。キサマハヒトカ?」

貴様は人か?
相変わらず間延びした低い声だけど、そう言っている気がする。

「キサマ。ナゼ、ココニイル? キサマハ、ナニモノダ?」

魔王のような間延びした声。
素足に藁草履。赤い袴に白衣。
魔王にしては随分かわいい格好をしている。それなのにこの声・・どういうことなんだろう?

「なんだこりゃ。魔王のくせに可愛すぎだろ。女装でもしてるのか?」

魔王の女装なんてキモいだけだが、これ本当に魔王なのか?
どんな面なのか見てやるか。

「はあ?」

リボンが見えていた。
魔王の頭には大きなリボンが付けてある。
魔王がリボンだって? なんだよこれ・・・でもこれ・・・高根さんと同じリボンのような・・・まさか!

「高根さんなのか?」

まだ確信が持てない。
だけど、見れば見るほど高根さんのような気がしてきた。
いや、あれは高根さんだ。間違いない。
ビルの看板のような二つの目。
そんな目が、ぎょろぎょろと動くさまは人間のそれではない。
だけど、高根さんの目と言われれば、なんとなくそんな感じもしなくはない。
魔王にしては、あまりにも可愛い目をしているし、赤い袴に白衣はどうみても巫女服。
そうだ。そうに違いない。魔王は高根さんだったんだ。
巫女服を着た巨人高根さんが俺の前に聳えている。

「た・・高根さんなの?」
「ボウ・・・」

彼女の鼻息がこだまする。
高根さんは俺を見たまま石のように固まり動かなかった。
ジーとこっちを見たまま、鼻を鳴らすだけで、何も言ってこない。

「君は高根さんかい? おれだよ。俺。俺は大山。今朝。高根さんにコクった大山だ」
「キサマハナニモノダ。ナニシニココニキタ?」

ダメだ。話しが通じていない。
さっきから彼女は貴様は何者だ? 何しにここに来たとしか言っていない。
俺の言葉が届いていないのか?

「俺だよ。俺。大山だよ」
「ナゼヨノトイニコタエヌノダ? ヨヲアナドッテイルノカ? ナラバ、チカラズクデ、コタエサセルマデダ」

ゴゴゴ・・・

「うわわわ・・揺れる」

高根さんの足の指が動き出す。
足の指が挨拶でもするように、くねくねしていた。
だが、そんなくねくねも、小さな俺には恐ろしい以外何物でもない。
太った芋虫の怪物がいきなり、しかも無警告で暴れ出すものだから、身構える余裕もなく、俺は尻餅をついてしまった。

「コタエヨ。キサマハ、ナニモノダ」
「だから俺は大山だよ。大山。クラスは違うけど高根さんの同じ高校の同級生だよ」
「マダコタエナイツモリカ? キサマ。イノチガオシクナイヨウダナ」

ゴゴゴゴ・・・

再び足の指が動き出した。
それは高根さんからしてみれば、ちょっと足を動かしただけかもしれない。
だけど、ムシケラの俺には、鉄の塊が激しく地面を激しく叩きつけるような振動で、身の危険を感じるほどの揺れが毎秒ごとに起こっていた。
高根さんからすれば、半場無意識の行動かも知れないが、ムシケラのように小さな俺からすれば「いつでもお前を殺せるぞ」という警告のように感じでならない。
今の高根さんは、その一挙手一投足の全て破壊してしまう化け物なのだから。
可愛かった、あの小さな高根さんはもういない。

「コレデモ、ハカヌノカ? ヨイ。ナラバ、バショヲカエテゴウモンスルマデダ」

高根さんの奴。拷問するって言ってるような、でもまさかな。
学校一人気のある高根さんが拷問なんかするわけ・・・。

「ちょ・・ちょっと待って。タンマ。タンマだってえええええええええ」」

ムシケラのような俺が虫けらのように摘み上げられる。
魔王のような声をした、高根さんが指で俺を摘まみ上げていた。
その時に使用された指はたったの二本のみ。
親指と人差し指に挟み込まれた俺は、そのまま高根さんの手のひらの上に降ろされてしまった。

「ここが高根さんの手のひら・・・」

ここは巨人の手のひら。
そこはまさに異世界だった
まるで鳥取砂丘の斜面のような肉の地面。
これが高根さんとの初めての握手。つまり彼女の手を触った初めての経験になるのだが、残念ながら今の俺には高根さんとの握手を楽しむ余裕はまったくなかった。
考えて見ろ。生きた人間の手のひらの上に乗った経験があるのか?
少なくとも俺にはない。
砂丘のような手のひらの上に乗ったのはこれが初めての経験だった。
生きた人間の手。高根さんの可愛い手のひら。
そんな手のひらも今では巨人の広大な土地となる。
街の一区画はありそうな広大な土地を、俺一人のためだけに使われているなんて、なんとも不思議な感じがする。
これだけの土地。買おうと思ったら一体何億円するのか見当もつかない。

「ユクゾ」

そう言うのが遅いのか速いのか、高根さんは歩いていた。
巨人の歩行は、それは凄まじい浮遊感を生みだし、脚が上がる度に、あまりの恐怖で肝をつぶしたような気分にある。
生きた心地がしない。飛行機の離陸も怖いが今はそれ以上の浮遊感。だ
足が一歩歩くたびに、飛行機の離陸をさらに激しくしたような揺れが起こり、そして足を地面に踏み下ろすと、手のひらから振り落とされそうな凄まじい揺れが起こっている。
彼女が足をあげると地面に体が押さえつけられ、足を地面を踏みしめると、今度は振り落とされそうになる。
足を上げるのも降ろすのも俺には命懸けになる。
これがムシケラと人間の力の差なのかと高根さんの力の凄まじさを肌で感じざるを得ない。

「オリロ」

高根さんは、どうやら勉強机の上に降ろしてくれたようだった。
ようだったと言うのも、やはり確信が持てず、広大な木の地面が広がる広大な土地に俺は降ろされていた。

ゴゴゴ・・・

テーブルの上に降ろされた俺。だけど、そんな俺に休憩を与えてはくれずに、次なる化け物が俺の元へ迫って来た。
それは高根さんの顔だった。鼻だった。口だった。目だった。
ムシケラのように小さな俺には、高根さんの顔の全てが、独立したそれぞれ別の生き物に思えてならない。
高根さんの顔という巣に、化け物が、巣を作ってそこに暮らしている。
鼻、口、目というそれぞれ別の力を持つ、化け物が彼女の顔に張り付き、そこに巣をつくり、俺のことをヤクザの如く睨んでいる。
そうにしか思えない。実際彼女の目が俺のことを威嚇していた。
特に彼女の目は恐ろしく、白目の中にある毛細血管が数えられるほど大きな目玉が俺のことをぎょろぎょろと、有機的な動きをしながら俺のことを観察していた。

「キサマ。ヤハリニンゲンダナ? ナニシニココニキタ?」

目の次は口だった。舌だった。
目と入れ替わるように、今度は高根さんの舌が現れ、そんな言葉を発し、脅しをかけている。

口から顔を出す舌。

彼女の口の中をねぐらにするピンクの怪物が「こんにちわ」している
彼女の舌は本当に気味の悪い生き物で、舌の背中に赤いブツブツが複数宿している。
まるで伝染病にかかったみたいな、薄気味悪い斑点が背中に広がり、しかもその斑点はイチゴぐらいはありそうなサイズでだった。

大きなブツブツを背中に宿しながら、舌はヌメっと口から顔を出していた。
そんな舌が言葉を発するたびにグネグネとダンスを踊っている。
もしも、これが歓迎のダンスならば、俺はすぐさま席を立っただろう。
相手は巨人だから、我慢しているが、こんなダンス見たくもなかった。
そして彼女が言葉を発するたびに生暖かい息を吐いている。

「う・・・おえ・・・」

女子高生相手にかなり失礼だが、正直言ってかなり臭い。獣匂いが充満している。
この匂いは多分、高根さんの口の匂いだ。
今さっき生産されたばかりの新鮮度100%の口の匂いが充満している。
人肌の生暖かい空気。シャツが汗ばむほどの熱気を帯びた巨人の吐息。
だが、ムシケラの俺には、その匂いはかなりきつく、嗚咽感がこみ上げてくるほどの悪臭だった。

「お・・おえ・・・気持ち悪い」
「キサマハナニモノダ? ナゼソノヨウナカラダヲシテオルノダ?」

臭い獣臭をまき散らしながら、高根さんは話を続けていた。
だけど、こっちはそれどころじゃなく気分を害し、えずき、うずくまっている。だけど彼女はお構いなし。質問を止めない。

「コタエヨ。キサマノナヲナノレ」

それにしても、この状況ひどすぎだろ。
こっちは気持ちの悪いダンスを見せられ、臭い息をかけられて、死にそうになっているのに、なんでこんなひどいめにあわないといけないの?

「ヨノジンジャデ、ナニヲシテオル? ナゼソノヨウナカラダヲシテオルノダ?」

再度質問が飛んできた。だけど臭くてそれどころじゃねえ。
可愛い顔して、なんでこいつ、こんな臭いんだよ。
獣臭がプンプン。
ほんと、何食ったら、こんな匂いになるんだよ。
おえええ・・・・

「キサマガナニモノカ? ヨイ。スコシセキヲハズス、ソコデマッテオレ」

魔王・・もとい高根さんは立ち上がった。
それにしても見た目だけは可愛いな。おい。
巫女服に大きなリボンってこんな魔王。どこの世界に居るんだよって感じ。

ズシン・・・ズシン!

高根さんは踵を返し、背中を見せながら歩いて行った。
その時、彼女の白いつま先が袴の裾から顔を覗かせている。
裾から顔を出したつま先が動き出し、地響きを立てながら歩いていた。
だが、その時響かせた地響きによってテーブルが揺れ動き、ものすごい突風が吹き荒れた。

「うああああああああ。落ちる」

俺はテーブルから足を踏み外す。
テーブルの上から体が落ちていく。
だが、その高さは巨人サイズ。
目もくらむような高さのテーブルだ。
高い。あまりにも高すぎる。
どう考えても助かるような高度ではない。
落下していく俺。俺は・・テーブルから振り落とされ・・・そこで意識を失った。





************:


「うああああああああああああああああああああ」

布団を蹴飛ばしながら起き上がる大山。
彼は額に汗をかきながら、辺りを見渡している。

「夢・・・だったのか?」

テーブルから振り落とされて・・そこからの記憶がない。
だが、魔王のような高根さんの姿はもういなかった。
どうやらここは俺の部屋のようだ。
夢なのか? あれ? 全部? それにしてはリアルな夢だったな・・・。

「はあ・・なんだゆめか。それじゃあ。もう一度寝るか・・ってもう朝じゃん」

時計は朝の630分を指していたので、そのまま着替えて起きることにする。
それから俺は顔を洗い朝飯食って学校へ登校した。

「よお。大山」
「おう」

家から10分ほど歩くと親友が駆け寄ってきた。

「なんだ? お前。顔色が悪いな」
「ああ。これか。昨日悪夢を見てな。全然寝れなかった」
「へー。どんな夢だよ」

魔王のような高根さんが巨人になり、臭い息を吹きかけられて死にかけた。
と、正直に話すか? いやいやそれはないな。
コイツに話しても、どうせドン引きされるだけだし、人間関係を悪くしないためにも話さない方が得策だろう。

「いや別に。それよりさ。高根さんって。巫女とかやってる? お前知らんか?」
「どうしたんだよ。いきなり」
「いや。なんとなく、それより巫女やってるんのか? 高根さんって」
「いや。俺は知らんぜ。なんでも高根さんは家のことはあんまり話さないらしくてな。高根さんの家庭を知る人は誰も居なんだ」
「ふーん。そうなんだ」
「ちょっと。そこの君」

誰かが声をかけて来たので、俺と親友、同時に振り替える。

「高根さん!?」

声をかけてきた相手は、なんとあの高根さんだった。

「え? マジかよ。高根さんから声をかけられるなんて・・・」

と、親友が驚いているように、これは前代未聞なことだった。
高根さんの方から男子に声をかけるなんて俺は見たことがなかった。

「え? あの高根さんが男子と口を聞いてる。ヒソヒソ」
「え? あいつ誰なの? 羨ましいな。ヒソヒソ」
「明日は雪かな? ヒソヒソ」
「雪どころか、大地震が来るんじゃないの? ヒソヒソ」

周りの連中も驚いていた。
高根さんは男子とは話をしない。
それがうちの学校の一般常識なのに、高根さんの方から声をかけて来るなんて、前代未聞だぞ。

「もしかして、俺の美貌に気づいたか? いいぜ。高根さん。俺と付き合おう」

と、親友。だけど高根さんは苦虫を嚙み潰したような親友を見て。

「はあ?」

と、人を人として見ていない冷たい顔で睨んだ。
おお・・怖い怖い。しかし高根さんはほんと冷たい人だな。
他人に対して、よくもまあ、こんな冷たい目で見れるものだ。少なくとも俺にはできない。

「あんたよ。あんた。用があるのはあんたよ。あんた名前は」
「お・・俺?」

高根さんは俺のことを指差した。

「あんた以外誰が居るのよ。名前は?」
「大山です」
「じゃあ、大山。ちょっと来て」
「え・・ちょっと」

手首を掴まれる。そして俺の手首を掴んだまま高根さんは走り出した。

「え? 誰だよ。あの男子」
「手なんか繋いじゃって、羨ましいな」
「俺も高根さんに手首を掴まれたいぜ」

なんて周りが騒いでいるが、こっちはそれどころじゃない。
いきなり手首を掴まれ、いきなり走り出したもんだから、ついて行くのがやっとだよ。

「屋上なら誰も来ないでしょ。そこ鍵閉めといて」
「え? でもいいの?」
「するの」
「はい・・」

ガチャリ。屋上の扉を閉める。
高根さんの迫力に圧倒されたから反論はできなかった。

「な・・・なんの用でしょうか? その・・高根さん」
「ふん・・・」

なんか機嫌が悪いな。この女。
さっきから俺のことを睨んでいるし軽蔑したような目で見ている。
それにしてもなにこの仕打ち?
俺。なにかしたか? 気に障ることがあるなら、はっきり言ってくれないとわからないぞ。

「あの・・・高根さん?」
「うるさい。黙れ」
「・・・・」

じゃあ、どうしろって言うだよ。俺に発言権がないのか?
何だよコイツ。顔ばかりいいからって、調子乗ってるんじゃないぞ。

「あんまりさ。外では言わないでくれる?」

ようやく高根さんの口が開いた。

「わたしの話。聞いてる? 外ではあんまり言わないでって言ってるの」
「言わないでって言われても何のことか分からねえよ。何のことかはっきり言ってくれよ」
「昨日のこと」
「昨日?」

昨日? 昨日なんかあったか?
・・・・わからん

「昨日って、なんのことだよ」
「覚えていないの?・・・ショックも大きかったし記憶喪失って、まあそう言うこともあるか。そう・・・ならよかった。じゃあね。もう用は済んだから」

高根さんは手をヒラヒラさせながら踵を返していた。
なんだよ。あいつ。怒るだけ怒って訳も言わないなんて感じの悪い奴。

「なんだよあいつ。性格悪いな。あれでも巫女なのかよ。まったく」

巫女。
その言葉を言った瞬間、高根さんの足は止まった。
止まって俺のことを振り返っている。

「今なんて言った?」
「え? いやなにも」
「うそ。さっきなんて言った? 大山。行ってごらん」
「それは・・・巫女って・・・」
「ぎゅ!」
「ぎゅって・・いたたたた」

手の甲がつねられる。高根さんの細い指が俺の手の甲をつねっている。

「いって・・・何するんだよ」
「巫女。そう言ったよね?」
「ああ・・言ったけど」
「わたしが巫女ってこと。知ってるんだよね?」
「それは・・・」

どうする? 本当のことを言うか?
でも高根さんは巨人で魔王で、口の臭い女だって言ったら・・・何をされるかわからないよな・・・。
そもそもあれは夢の話なんだし、ここで言っても仕方がないか。

「知らんよ。そんなの」
「じゃあ、小さくなったことも知らないの?」
「小さくなった?」

頭の中がフラッシュバックする。
巨人の巫女。魔王の声。獣臭のする口臭。
そんな出来事が、頭の中でグルグルと渦巻いた。

「ほら、やっぱり知ってるんじゃん。じゃあ、これでもくらいな」

また手首を掴まれた。そしてあるものが俺の手に触れた。

「これはね。うちの神社にある縮小岩を削った物」
「なんだよ。その石ころ」
「確かに、普通の人には、ただの石ころだよ。でもね。ある遺伝子を持っている人には、ただの石じゃなくなるんだよね」
「だから。その石ころがなんだっていう・・・」

あれ? なんか・・・高根の体デカくね?
俺の肩一つ分ぐらい体がデカくなってる。

「高根さんって。身長190センチぐらいあったっけ?」

いや。そんなはずがないぞ。さっきまで俺のよりも小さかったんだから。

「あ・・・」

次に高根を見た時は、高根のパンツが見えていた。
制服姿。そのスカートの中でパンツが見えている。
なんて光景だ。パンちらが見えるなんて。
でも変だぞ。俺はかがんでいない。もちろん寝そべっても居ない。完全に立っているのに、なぜか目線よりも高い位置に高根さんのパンツがある。

「え・・・ええ・・ええええええええええええ!」

パンツが見えた。そう思ったときには高根さんの絶対領域がグングンと上へと伸びていた。
まるで高根さんが巨大化するように脚が太く長く、上へ横へと伸びていく。
そして、いつの間にか、高い黒い壁が聳えるようになっていた。
その壁は高根の履くローファー。
そのソール部分だと気づくのに少し時間がかかった。

「なんで。なんでこんなことに!」
「フム。ヤハリ。キサマダッタカ」
「う・・うるせえ・・」

なんだよこれ。さっきまで可愛い声した高根さんはどこに居るんだ?
今いるのは魔王。しかも女子高生の格好をした女装魔王が聳えている。

「キノウ、ジンジャニキタヤツカ?」
「く・・くう」

ビリビリと空気が震える。
俺は耳を塞ぎながらうずくまることしかできなかった。

「ソウカ。デハモトニ、モドソウ」

今度は逆の現象が起こった。
高根さんの絶対領域が下方向へ向かって動き出し、高根さんの太ももが細く短くなった。

「じゃあ」

それだけ言って高根さんは去って行った。
可愛い声を残しながら去り行く姿も可愛いけど・・なにこの状況。

「・・・なんなんだよ。これ!」

訳が分からない。なんで体が小さくなったり大きくなったりするんだよ。
だけど悲しいことに、今の俺は学生なので授業を受けないといけない。
ショックが大きすぎて、それどころじゃなかったけど、学生の本文を忘れてはいけないので、一応授業を受けた。
授業を受ていると、あっという間に放課後になった。

「大山。居る?」

事件があったのは放課後すぐのことだった。
高根さんが俺のクラスにやって来た。

「え? 高根さんじゃんか。珍しい」
「え? 高根さん? なんの用なの?」
「うっそー。あの高根さんがうちのクラスに来るなんてはじめてじゃね」

高根さんがうちのクラスに来るだけで、ちょっとした騒ぎになっていた。
だけど、それも無理はない。高根さんがよそのクラスに来るなんて今までほとんどなかったからだ
下手をすれば、これが初めての出来事じゃないか?

「大山。いる? ああいたいた。帰ろう」
「?・・・??・・・!?」

誘われてしまった。高根さんに一緒に帰ろうと言われている。え? マジ?

「えええええええええええええええええええええええええ!」

みんなが見ている前でそんなことを言うもんだから「信じられないと」言った顔を女子も男子もみんながしている。

「じゃあ。大山。帰ろうか」
「・・・・」

それからも俺達は注目を浴び続ける羽目になり。

「え? あれ。高根さんじゃねえか。隣の男は誰だ・・・羨ましい」
「夢だろ・・あれ。夢に決まってる・・」

ショックを受ける者。唖然となる者。
周りの反応はいろいろだが、一番驚いていたのは俺自身かもしれない。

「やべえ・・なんだよこれ・・・。なんでこんなことに・・・」

混乱する俺。だけど高根さんは動揺せずに、ずっと無表情のままだった。
流石は高根さん。注目されていることになれているって感じで正直羨ましいよ。

「ここがわたしの家」
「ここが高根さんの家? やっぱり! 海の神社が高根さんの家だったんだ」
「そっちは本殿。家は社務所の中にあるから。こっちだよ」

神社の本殿から少し離れた所に小さな建物が建っていた。
どうやらここが高根さんが住んでいる所らしい。

「ちょっと古いけど遠慮しなくていいから。あがって」
「お・・おう」

昔ながらの木造建築。横開きの扉がその古さを物語っている。
中に入ると、おばあちゃんちの匂いがしてきた。
この家。だいぶ古いみたいだな。

「てきとーにそこに座って。今お茶入れて来るから」
「お・・おう、お構いなく」

畳敷きの部屋に丸いちゃぶ台。見るからに昭和な家って感じ。
高根さん。こんなレトロな家に住んでいたのか。知らなかった。

「粗茶ですか。どうぞ」
「お・・おう」

高根さんがお茶を入れてくれた。遠慮なくそれを飲むと結構おいしい。

「じゃあ、そろそろ本題に入ろうか」
「本題?」
「大山は縮小岩に触ったんだよね?」
「縮小岩?」
「神社の本殿の隣に置いてある岩の事」
「ああ。あの岩のことか。触ったよ」
「触ったら突然。体が縮み出した? そうだね?」
「ああ、そうだ。いきなり体が縮んで、そしたら巨大な高根さんが現れて、くっさい息を吹きかけられて・・・いてててて」

ぎゅ~~~と手の甲をつねられた。

「いてえ! 何するんだよ」
「言っておくけど。小さくなると匂いに敏感になるの。声が低く聞こえるようになるの。だから私が臭いって訳じゃないから。おわかり?」
「わかりました・・・いててて」

手の甲が赤くなっている。高根さんの奴。相当強くつねりやがったな・・・いてて。

「それと私が巫女だってこと。誰にも言わないで」
「なんで?」
「それは・・・なんでもいいじゃない」

高根さんはそっぽを向く。こいつ、なにかやましいことがあるな?

「わかった。巫女なんかやっていたら、タダでさえ目立ってる高根さんのことだ。神社に人が押し寄せて来るのが嫌なんだろ?」
「それにこの格好ハズイから。つまりはそう言うこと。巫女のことは他言無用。いいわね?」
「ああ。わかったよ。そう言う事なら、俺も男だ。誰にも言わねえよ」
「そう・・・」

口にはしないが高根さんはホッとしたような顔を見せていた。
なんだ。高根さんの奴。巫女の格好が恥ずかしいのかよ。
いつもはクールで男に冷たい高根さんにも弱点があるんだな。
結構以外って言うか、こんな奴にも可愛い所もあるじゃんか。

「それにしても、あんた・・大山だっけ? まあ男の名前なんてどうでもいいし興味もないし、覚えるつもりもないのだけれども」

前言撤回、やっぱコイツ可愛くない。
本人を前にして名前なんかどうでもいいなんて、よく言えたものだ。失礼にもほどがあるだろ。

「縮小岩に触って小さくなるってことは、やっぱ、あんた。一寸法師だね」
「一寸法師?」
「うん。おとぎ話に出て来た、あの一寸法師。普通の人なら縮小岩に触っても何にも起こらないのに触って体が縮むってことは・・・」
「縮むってことは?」
「つまりはこういうこと」

指先に触れる感触。
俺の指先に石が触れている。これはまさか。

「そういうこと。縮小岩のカケラだよ」
「おい。やめろ。そんなことをしたら、また体が縮む」
「もう手遅れ」

石に触った瞬間、体が縮み始めた。

ズン!

悪いことは続いた。体が縮んだと思ったら、今度は怪物が現れた。

「高根さん!?」

相対的に巨大化した高根さんがそこに聳えていた。
彼女は学校の制服を着ており、スカートが丸見え、つまりパンツが丸見えだった。
だけど彼女は恥ずかしがることもなく、それが当然と言わんばかりに、股を広げるように、大股でそこに立っていた。
こいつ自分のパンツを見せつけているのか?
足は素足。なにも履かれていない、白い足が畳の地面に聳えていた。

「げ・・足が・・こっちに!」

巨大な足が向かってくる。
廊下に落ちている直径10メートルの埃の塊を吹き飛ばしながら彼女の生足が迫ってきていた。
新幹線のような形をした足の指が新幹線のような速度でやって来た。

「ふ・・踏みつぶされる!」

可愛い顔した高根さん。だけど、その足元は破壊を繰り返しており、多くの埃が宙に舞い上がっていた。
相対的に小さく見える埃も今の俺には低層ビルに見えている。
そんな埃を高根さんは吹き飛ばし、足の裏にへばりつけさせながら歩いていた。
もし、あの埃が本物のビルなら都市の一つや二つ軽く蹂躙できてしまうだろう。
ヤバい。あの足に踏またら、ペシャンコにされる。ビルでさえペシャンコにできる足に踏まれて無事なわけがない。

「た・・助けて・・・」
「フフフフ。ヤッパリ、チイサクナッタ」

魔王が再び降臨している。
女装した魔王。女子高生の格好をした魔王。
だけど顔は高根さんそのものだった。
そんな訳の分からない存在に、俺は圧倒されている。

「オオヤマ。アンタヤッパリ、イッスンボウシダヨ」
「一寸法師? 一体何のことだ?」
「マアイイ。トニカクコレカラモヨロシクネ。イッスンボウシクン」
「だから一寸法師ってなんのことだよ」
「オヤ。マダジブンノタチバガワカッテイナイヨウダネ? ホレホレ」

高根さんは、いたずらっ子のような顔をしながら、足をブラブラとブラつかせていた。
高根さんからすれば何気ない行動。冗談半分のような行動。
だけど、小さな俺からすれば、巨人の足が自分に降りかかってくるような気がして。

「うあああああ。踏みつぶされる!」

とこうなる。
空の全体が高根さんの足の裏に置き換わり、日の光が射さなくなった。
前も後ろも右も横も、全てが高根さんの足の肉に支配されてしまった。
もう彼女の足しか視界には映っていない。

「許して。高根さん」
「ヨウヤク、ジブンノタチバガ、ワカッタヨウダネ。イイヨ。ユルシテアゲル」

そう言って高根さんは足は去って行った。
どうやら危機は去ったみたいだ。

「それより、なんで高根さんは巨大なの? なんでそんな大きな足をしてるの?」
「ソレハネ。オオヤマ。アンタヲフミツブスタメダ」

巨大な足が俺の頭上にかざされた。

「ひいー」
「ウソダヨ。ソレヨリ。オオヤマ。アンタガイッスンボウシノ、チヲヒイテイルナンテ、シラナカッタヨ」
「一寸法師の血を引いてる?」
「マア、イマノアンタハ、イッスンモナイカラ、0.1ボウシッテトコロダロウケド」

俺は一寸法師? しかも0.1法師だって?
でも一寸法師って、確か一寸が3センチだと聞いたことがあるから、その10分の1。つまり0.1寸は3ミリ。
3ミリ。それが今の俺の身長か。どおりで高根さんが大きいわけだ。
俺から見た高根さんは500倍。つまり身長800メートルの巨人ってことか。
スカイツリーよりもデカい巨人巫女。それが高根さんの正体なのか。どおりでデカいわけだ。

「イッスンボウシノチヲ、ヒクモノガ、シュクショウイワニフレルト、カラダガチイサクナル」

一寸法師の血を引く者が縮小岩に触れると体が小さくなる。
だから俺の体が縮んだってことか?

「イッスンボウシニハ、モウヒトツ、イミガアル。オトギバナシデハヒメヲマモル。ダカラオマエモソウシロ」

一寸法師には、もう一つ意味がある。おとぎ話では姫を守る? だから俺にもそうしろだって。

「つまり高根さんが姫ってこと? いやまさか。高根さん。そんな柄じゃないでしょ?」
「・・・モンクアルノカ?」
「いえ・・別に」

巨人の足の指。
その指たちが抗議でもするように、グネグネと蠢き、抗議の意思を示していた。
ここまで大きいと、高根さんの足というよりも、独立した別の生命に見えた。
足の指。その小さな肉体も俺からすれば五匹の化け物だった。

「イッスンボウシハ、ヒメヲマモル。ソウイウハナシダロ?」
「そんな・・・守れって言われても俺。困るよ。学校だってあるんだし・・・」

守るどころか逆に高根さんに守ってほしいぐらいだ。
だって俺、身長3ミリしかないし、アリみたいな小さな虫に、いつ襲われるとも限らない。
それに高根さんの方が強いだろ。絶対に。

「え?」

高根さんの足の股が開く。
高根さんは足をパーにしていた。
それにより、むわっとした空気が押し寄せて来た。
指の股に蓄えられた新鮮な足の匂いが一気に充満していく。
そして今度は空が暗くなった。
高根さんは足を振りかざし、俺を踏みつぶそうと足を上げている。

「キサマ。ナントイッタ?」

怒った高根さんは本物の魔王のようだった。魔王らしい野太い声に、またしても俺はうずくまる。
うるせえ・・黙ってくれよ・・もお・・。

「コトワッテオクガ、キョヒケンハナイ。オトギバナシヲ、イマサラカエラレヌ」

断っておくが拒否権はない。おとぎ話を今更変えられない。
高根さんはそう言っているのか?

「く・・・くせええ・・・」

獣臭が漂ってくる。それは足の臭い。
高根さんの開かれた指の股からゴウゴウと漂ってくる、きつい匂い。
その足の匂いは瞬く間に畳の上に広がり、畳の上は黄砂が発生したように黄色く濁っていた。

「く・・くせえ・・・高根さんの奴。学校帰りだから足が蒸れているのか・・・」
「ヨニ、ツカエヨ。サモナクバ、キサマハイッショウソノママダ。モトノオオキニモドサヌ」

余に仕えろ。さもなくば貴様は一生そのままだ。元の大きさには戻さないだって!
それは困る。冗談じゃない。

「ヒザマヅケ。イノチゴイヲシロ。テヲツイテアヤマレバユルシテヤル」

手をついて謝れば、どうやら許してくれるらしい。
と、厚さ5メートルの足の指がそう言っていた。
それにしても臭い。獣臭が足の指からプンプンする。

「お・・おええええええええ」

ダメだ。臭過ぎて頭がくらくらしてきた。これ以上は無理。耐えきれない。

「申し訳ございません。お許しください」

居てもたってもいられず、俺は跪く。
跪いて、高根さんに・・・いや姫様に謝罪した。

「申し訳ありません。姫様。どうかお許しください」
「ヨイ。ナラバユルソウ」

よかった。許してくれるそうだ。これで安心。一生一寸法師にならずに済みそうだ。

「シカシ、タダデハユルサン。チュウセイノシルシニ、アシヲソウジシロ」

高根さんに忠誠を誓う印に足を掃除しろだって?
いやでもそれは・・・。

「ヨノ、アシハヨゴレテイル。カクシツガタマッテナラヌ。シカルニ、キサマニソウジヲメイジル。コウエイニオモエ」

足の指の掃除を光栄に思えなんて、そんな無茶な!

「足の角質を掃除なんて・・・そんなの惨め過ぎるだろ」
「イヤダトモウスノカ?」
「わかった。わかったから、その魔王のような声はやめて」
「ナラ。ハヤクヨニツクセ。ツクスノダ」

こうして姫様と名乗る高根さんに尽くすことになった。
それから大山の姿を見た者は誰もいない。