「はあっ...はぁっ...!」
土砂降りの中、ひたすらに走る。
背後を気にしながらも、ただひたすら、逃げる。
ここは草木の繁るジャングルの中。獣道を、植物をかき分けながら走る。
別に猛獣に出くわしたとかそんなんじゃない。
戦争、でした。二日前に、私の故郷は攻撃を受けました。
平和な、いい村だったのに。

==================================================================================

「よぉ、アーシャちゃん。今日もべっぴんさんだねぇ」
「もー、そんなこと言っても何にも出ませんからっ」
「つれないこと言うなよぉ、べっぴんなのはホントなんだし...そのおっぱいも…いででっ!」
ぎゃはは、と周りのテーブルから笑いが起こります。
伸ばした手を抓られた本人は、たはは、と苦笑いを浮かべています。もぅ…。

「おーい、ビールにパイ、あがってるぞー」
「あ、はーい。今行きますー」
店長、というかお父さんが私を呼んでいます。
ここは村で唯一の酒場兼集会所。毎日大賑わいです。
そんなお店を切り盛りしているのが私の両親、お父さんとお母さん。
2人とも村の人から好かれてるし、だからこそこんなお店をやっていけてるのかもですけど。

お父さんは、まぁ持ち前の根性とやる気と情熱で大抵のことは何とかしてしまうような人。
このお店だって、一からお父さんが建てたものですし、仕入れルートだってお父さんが手配しました。
そのおかげで村全体に品物が行き渡って大助かり...らしいです。
それでもみんな食べに来てくれるってことは、やっぱりお父さんの人望なのかな。

お母さんは...普段は厨房にいることが多いから、あんまり表には姿を見せんないんですけど…。

おおっ、と店の中に歓声が沸き起こりました。
なんとなく予想はついてますけど、あぁ、やっぱり。お母さんでした。
私くらいの娘がいるなんて信じられないくらいに若い容姿。
まぁ、実際私を生んだのは18のときだったそうですけど。
それと、実の母親に対して思うのもおかしいのかも知れないですけど、その、スタイルが…すごいんです。
胸なんか、今にも服から零れ落ちてしまいそうで、しかもその盛り上がりのせいでおへそが見えちゃってます。
お尻だってものすごいボリュームで...ってなにを言ってるんでしょう私は。

今日も、なんとまぁ扇情的というかなんというかすごい恰好です。
村のみんな、男の人だけでなく若い女の人までうっとりしてるような…。
というか、そのスタイルは娘たる私にも確実に遺伝しているようでして...。
おかげさまで最近は下着の買い替えが間に合いません。どこまで大きくなるんでしょう。はぁ。
私はお母さんみたいに大胆な服なんて着る気にもなれませんから、ちゃんとエプロンとかで隠して...あんまり隠せてないらしいですけど。
ほら、お母さんも村のみんなもその辺にしとかないと、お父さんがカウンターからものすごい形相でそっちを見てますよ。
そんないつも通りの光景を眺めながら、注文の品をテーブルへ運びます。

ここは私たちの国、豊かな自然とそれに伴った豊富な資源を持つ国の端っこ。
隣の国との境界にとても近いところに位置する小さな田舎の村です。
村のみんなが助け合い、そして仕事終わりには唯一の集会場であるお父さんのお店でほっと一服。
そんな家族のようなあったかい村でした。

「はい、ビールにチーズパイお待ちどうさまです」
「おっ、待ってましたー!いやー、ビール飲んでこれを食わねぇと仕事終わった気がしねぇんだよなぁ」
「ふふっ、いつもありがとうございますっ」
「むぐむぐ...いんや、アーシャちゃんこそいつも偉いねぇ、ちゃんと店まで手伝ってよぉ」
「いえ、ちゃんと学校にも行かせて貰ってますし、これくらいは」
「くぅーっ、いい娘に育って...おじちゃん泣けてきちゃうよ...学校での成績もピカイチらしいし…」
「せっかく通わせてもらってるので、頑張らないとなぁ、って」
「...あいつにはもったいないくらいだな...よし!ウチの娘になれ!」
「うふふ、イヤです♪」

しょんぼりとするおじさんを残して、もう一度カウンターへ向かいます。
まだ運ばなきゃいけない飲み物があったはず。

「お、また一蹴してきたな?」
「当たり前ですっ。それとも、なんですか?私がお嫁に行っちゃってもいいんですか?」
「い、いや!そんなことは許さん!...大体お前はまだ17になったばかりで...」
ぶつぶつと何か言っているお父さんをよそに、私はまたお酒を運びます。
そのテーブルで受けた若干のセクハラを受け流しつつ戻ってくると、ちょうどお母さんが厨房に戻るところでした。

「んふふ、またおじさん達にえっちぃこと言われちゃった?」
「んもうっ、そんなにはっきり言わないでくださいよっ」
「あんたねぇ、せっかくそんなにいいカラダしてるのに隠しちゃうから余計にエロいのよ。もっとこう…ていっ」
「え、えろっ...///って、な、何をっ」

お母さんの手が、しゅるり、と私のエプロンを解き、中に着ていたシャツのボタンをぷちぷちと外していきます。

「あらぁ、またおっきくなったわねぇ...こりゃそのうち負けちゃうかも」
「は、はわわわ...」
ボタンの力で半ば無理やりシャツの中に押し込めていた私の胸が、窮屈さからの解放を喜んでいるように顔を出します。
はう...確かにこれはだいぶラクに...って、違います!こんなの破廉恥過ぎます!

「今ちょっと解放感が気持ちよかったでしょ?」
「そ、そんなことは...」
「本当は?」
「う、ちょっぴりだけ...」
ホントにこの人には敵いません。
はぁ、とため息をつきながら顔をあげると...店中の男の人たちの視線が集中していました。
今にもはじけ飛んでしまいそうなボタンに押さえつけられた胸は半分近く露出してしまっていますし、
エプロンを外されたことでそれを隠すものなど何もありませんでした。もともと下着はサイズが合っていませんし...

「あ...ぅ...」
顔が紅潮し、熱を帯びていくのが自分でもよくわかります。
ふと、この事態を招いた張本人のほうを見ると、ぺろりと舌をだしていたずらっぽい表情をしています。
ホントにこの人は...
「うぅー...!も、もう今日は寝ますからっ!おやすみなさいっ!」
やっとのことでそう言い残した私は、自分でも驚くくらいの速さで厨房脇の階段を駆け上がり、二階にある自分の部屋へと籠りました。






「...おはようございますー...」
とんとん、と寝ぼけ眼とぼさぼさの髪で階段を降り、一階へ。
牛乳をコップに注ぎ、こくこくと飲み干します。ぷはー。寝起きの一杯は中々良いものです。

「おぅ、おはよう」
「おはよー、おっぱいちゃん♪」
朝っぱらだというのにこの人は...まぁ、しっかりと美味しい朝食を作ってくれているのでよしとしましょう。

「「いただきまーす」」
「はい、どーぞ召し上がれー♪」
ベーコンエッグに温めたパン、イチゴとベリーのジャム。そして野菜のスープ。
普通の食材を使った普通の朝食ですが、お母さんが作るととてもおいしく感じられます。
というか、実際においしいのです。ウチの店が繁盛しているのが証拠ですね。

食後のコーヒーで一服していたお父さん。正面に座るお母さんの胸元を見つめてこう言いました。

「いやぁ、お前の作るメシはホントに美味いな。本当は独り占めしたいくらいだぜ」
「やぁん、あなたったら...もうワタシはあなただけのモノじゃないの...」
「その割には店で大層な恰好してるじゃないか…?」
「あなたに妬いてもらいたくって...ダメ...?」
「ふふ、可愛らしい理由だが...あんまり過激なのはいただけないな」
「あン...じゃあ…お仕置き、して...?」
「言われなくっても、たっぷりと、な」

「ごちそーさまでした」
朝っぱらからイチャイチャ全開、夫婦部屋へ消える二人を残して、自分の部屋へと戻り髪を整え服を替えます。
今日は学校がありますからね。というか平日なのにあの二人はなんなのでしょう…若すぎます…見た目も、中身も。





「ふぁ...疲れたぁ」
学校での授業をこなし、帰り道を歩きます。ふと、岩肌へと続く横道が気になりました。

「...?」
昨日までこんな横道があったでしょうか?
何故か、今日に、今になって初めて気付いたような、そんな気がしてしまうのです。

「まだ暗くなるには早いし...大丈夫よね」
普段はあまり活発なほうでもなく、好奇心に突き動かされるなんてこともないのですが...このときばかりは気になってしまったのでした。




がさがさと、足元の草木を揺らしながら、道、と呼ぶにはだいぶ頼りない、木々の間を進みます。
進んでいるうちに、なんだか不思議な感じがしてきます。
なんだか、普通ではないのです。肌がざわつくような、ぴりぴりとするような異様な感覚。
この時点で引き返すべきなのですが、何を思ったか、私の身体は惹きつけられるように奥へと進んでいくのでした。

「ここ...よね...」
学校からの帰り道にも見えていた大きな壁のような岩肌に辿り着きました。
そこには、あの位置からでは木々にさえぎられて見えなかったのですが、ぽっかりと人ひとりが楽に通れそうな洞窟が口をあけていました。

そしてなにより、その洞窟の中からは先ほどからの異様さがより一層強く、ひしひしと感じられます。
明らかに、そう、表現するならば...人智の及ばないようなそんな感覚。
思えば、ここがポイントオブノーリターンでした。
私は、意を決すると、ゆっくりと洞窟内に足を踏み入れました。




「ふわぁ...凄い...」
洞窟内は、光る苔のようなものがたくさん自生していて灯りには困りませんでした。
それでもやっぱり、洞窟特有のじめじめしっとり感で、何度か尻もちをついてしまいましたが...
それでも、打ちつけたお尻をさすりながら思わずため息を漏らしてしまう程度には壮観な光景が広がっていました。

それまでは私一人が余裕をもって通れる程度であった通路が突然開け、大きな広間に出たのです。
すると、壁に繁る光る苔たちが一斉に発光を始めました。まるで、私を待っていたかのように。

照らし出された大広間の壁には、大小さまざまな魔方陣や紋章のようなものが散りばめるように描かれていました。
それが、広間の天井、およそ五丈ほどの高さまで広がっているのです。
どんな塗料で描いたのかもわかりませんが、淡い光に照らされたそれらは中々に圧巻でした。



ふと、広間の奥が気になります。
何かぼんやりと大きなものが見えるような...
そこでようやく気付きました。ここには、私の害になるような、それこそ見たこともないような獣やらが居てもおかしくないことに。
ぞくり、と身体が震えます。依然としてあの異様な感覚は強まるばかりで、この広間に来てからさらに肌がざわつきます。
どうやら動く気配はなさそう...眠っているのかな...?
そんなことを考えながら恐る恐る近づいてみると...だんだんと丸みを帯びた形が明らかになってきました。
奥の方には...足。人間の足の指のようなものが...

「おっきな...石像かなにかかしら...?」
ぽつり、とそう呟いてしまう私の口。

「石像とは失礼な奴だな。こうして何千何百年と待っていたというのに」
返ってくるはずのない返事が、上方から聞こえました。
とてもハスキーな...女の人の声。

「ひゃっ...!?」
びくり、と思い切り驚いてしまいます。
自分のほかに誰も居ないと思っていましたし、人間が立ったまま話すだけでは到底あり得ないような高さから返事があったものですから。

「ふん、こんな弱弱しい小娘が次の主とは...」
ごごごごご…じゃらり、と何かが重く擦れあうような音がして、大きな黒い影がさらに大きくなっていきます。
私はというと、すっかり腰が抜けてしまっていて、ぽかりと口を開けたままそれが動いているのを見つめることしかできませんでした。

「が...こんな小娘が神となり世界を支配する、それも面白そうだな。今回は興が乗ったぞ」
ずしり、と重々しい音と衝撃、振動が伝わってきた瞬間、広間の奥側、その大きな何かの周辺の模様たちが一際大きく輝いてそれを照らしました。

「あ...」
腰が抜けて立ち上がれない私の前には、常人の十倍はあろうかという身の丈(腰を下ろしている状態でしたが)の、褐色肌の女性がいらっしゃいました。
素っ裸の。ですが、身体のいたるところに、この部屋の壁面と同じ模様の入れ墨のようなものがあり、ということはつまりそれ意外は全裸で...こほん。
しかも、不思議な光を反射して妖しく輝く黒髪からは、何やら動物の耳のようなものが覗いていました。
その大きく太く、見るからに力強そうな手足は4本の鎖でこの広間の壁につながれているようでした。


「お前が、今この時からアタシのマスターだ。よろしく頼むぞ」

へ...?