キューキュー! と泣くモンスター
このモンスターは実験によって作られた最初のモンスターである。
モンスターと言っても背丈は約30cmほどで、とても大人しく、研究所の主任にはとてもよくなついていた。
実験施設は地表から2kmも地下にある。

しかしある日のこと。
モンスターの姿がなかった。逃げ出したことも考えられるが、主任に
とてもなついていた怪獣が逃げるわけがないことを、誰より主任がよく知っていた。

逃げたのでなければ、連れ去られたとしか考えられない。
主任はモンスターを持ち去った犯人を探す。

研究所をくまなく探し、ようやくモンスターの姿を見つけるが、すでに傷だらけだった。
主任はモンスターに駆け寄ろうとするが、それを邪魔するように、ひとりの男が立ちはだかる。
男は注射器を取り出した。
「この薬は、こいつを凶暴化させるものだ。
こいつをたくさん作り出すことができれば兵器としても使われるだろう、だが今のチビじゃ話にならない。
そのための言わば強化実験だよ」

主任は全力でやめさせようと駆け寄るが、距離が遠すぎた為、間に合わなかった。
モンスターの肌を針が貫き、薬が注入される。
すぐさま、モンスターの体に異変が起きた。
ビキ、ビキビキ!
血管が浮き上がり、グアアアア!! と叫ぶモンスター。
その体は段々と膨張し始め、30cmの体から1m、2m、3mと巨大化し始める。
モンスターのすぐ側にいた男が、とても小さく見えた。
男は怖がる様子もなく、ただモンスターを眺めていた。
「成功だ! この強靭な体! 素晴らしい!!」

ギョロ、モンスターの目が開かれ男の方へ目を向ける。
男は「私の言うことを聞け、今からお前は私の部下だ」と言い放つ。
自身の数倍もあるモンスターを見上げて男は話し始めたが、モンスターは彼を捕らえ、何のためらいもなく握りつぶした。
血で汚れた手をぺろぺろと舐めるモンスター。

主任に気づいたモンスターは、ズン! ズン! と彼に向かって歩きだした。
モンスターは明らかに殺意のある目をしていた。
「やめろ! 止まれ! 俺はお前をどうにもしない!」
しかしモンスターの動きは止まらない。
主任は部屋を飛び出す。その瞬間、部屋のドアごと壁が吹っ飛んだ。
ドオオオオオオオン!!
その大きな音は研究所内に響き、警告ベルも鳴り始める。
研究所内はパニックになり、研究員は出口に向かっていっせいに走り出した。
巨大化したモンスターが廊下内を歩くたび、大きな地響きが起こった。
ズシン! ズシン!
モンスターから逃げ遅れた研究員は何の抵抗もできずに断末魔とともに足裏に消えて行く。
モンスターが通った後に残されたのは、大きな足跡。その中には肉片だけがグッチャリと残っていた。

モンスターは強靭な腕で壁を破壊し、止まることなく歩き出す。
主任は施設内のコントロールルームにいた。ゲートを封じ、モンスターを地表に出さないためである。
もし、あのモンスターが地上に出てしまうようなことになれば、被害はただでは済まないだろう。
しかし主任はゲートを閉めることはできなかった。何故なら多くの研究員の避難が完了していないからだ。
地下に施設があるため、中々外には出られない。
そんなことはお構いなしに、モンスターは施設内を破壊する。厚い壁もモンスターにとっては紙同然である。
モンスターは地表に向かい進行している、このままだと研究員達が危ない。
主任はコントロールルームからカメラを通して大勢の研究員が逃げ惑う映像を見ることしか出来なかった。

モンスターは突然、壁を食べ始めた。
ボリボリ……ボリ
するとモンスターの近くにあったカメラが突然消える。
それとともに大きな揺れを感じた。
次々と消えていく映像。

それはモンスターが更なる巨大化を始めた音だったのだ。
上の階にいた研究員はモンスターと瓦礫により一瞬で押し潰され、被害は数百人にも登った。

ゴゴゴゴゴ!!
そして起きてはいけないことが起きてしまう。
一番上の階にまで達したモンスターは大口を開け、逃げていた研究員を丸呑みにした。
次に床を破壊し腕が飛び出した。
地表に出た超巨大モンスターの大きさはビルよりも大きく最初の面影は消えていた。
ズシン! ズシン!
モンスターは市街地に侵入。
ひと踏みで多くの人間が踏み潰されていく。


◆ ◆ ◆


 突然の事態に、どの国の軍隊も対応することができなかった。
 怪獣に対抗する方法を用意していたのは、皮肉にも、あの男が所属していた団体だけだったのである。
 どこの国旗もつけていない戦闘機の群れを見て、主任は「あいつら、証拠を消すつもりか」と勘付く。
 奴らの狙いは、世界の破滅ではなく、優秀な兵器の量産だ。
 武器に安定性を求める国が多い以上、ここで「暴走の後始末」ができるところを見せなければ、商売相手がいなくなってしまうはずだからだ。

 戦闘機は怪獣の背後から近づいていった。
「無駄だ」、主任はつぶやく。
 怪獣の五感は鋭く、見た目以上に反応速度は悪くない。活性化している今、その能力は限界まで高まっているはずだ。
 怪獣は素早く振り向くと、背後の戦闘機を片腕でなぎ払った。

「グォォオオオオオオオオン!!」

 爆炎を片手にまとい、雄たけびを上げる怪獣。
 しかし、別方向からもう一機が接近していた。
「……食らえ!」
 女性パイロットがボタンを押した途端、ミサイルが発射される。
 ミサイルは怪獣の頭上で炸裂――自爆すると、中身を辺りにぶちまけた。

「グォォッ!?」

「やった……あぁっ!」
 気を抜いた瞬間、怪獣が適当に振り回した尻尾と正面衝突して、女性パイロットが乗った戦闘機は粉微塵に消し飛んだ。

「グォッ、グォッ」

 尻尾には傷ひとつ残っていない。
 しかし、ミサイルの方は効果があったらしい。
 ぶちまけられた細長い生き物は、何十、何百体と群れをなして、自分より遥かに巨大な怪獣の体に噛み付いていく。
「あれは何だ!?」
 主任はすぐさま、人工衛星のカメラをズームする。
 細長い生き物の正体は、毒蛇によく似た生物だった。
 体長は50センチほど。怪獣に噛み付き、キバから出した酸で皮膚を溶かし、食い破っている。

「グォォォォオオオオオオオオオ――ン!!」
「キィッ」
「キィキィッ」

 まるで寄生虫にように体をねじり、体内へと潜りこんでいく。内側から食い尽くさせるつもりの生物兵器らしかった。
「そういうことか……。なんてことを……」
 怪獣はじきに食われてしまうだろう。何の罪もなく、ただ、怪獣として生まれてきたばっかりに……。

「グォオオオオ!!」
「キィッ!?」

 突然、怪獣の体が発光し始めた。
 かろうじて残っていた研究所の機械が、高温を検知する。自分の体内で勢いよく発熱しているのだ。
 今まさに体内へ侵入しようとしていた蛇の怪獣達が、次々と黒焦げになっていく。
「そうか……ひとまず、あいつが殺されることはないのか」
『無駄だよ。主任』
 突然の声に振り向くと、そこには握り潰された男の死骸があった。
 ぎょっとするが、どうやら声は、彼の胸ポケットだった辺りから聞こえているらしい。
『あれは、我が組織が作っていた生物兵器でね。生態は細菌に近いんだ』
「細菌?」
『そうだ。蛇のように見えるだろうが、短期間で分裂と繁殖を繰り返す、細菌型生命体だ』
「……それがどうした。あいつには効いていないぞ」
『主任、きみは細菌の性質は知っているだろう。短期間で分裂しながら、彼らは……』
 声は自慢げに言った。
『より適した形質を獲得する。突然変異だ』

「キィィィッ!」
「グォォォオオオオオッツ!?」

 蛇達のうち、残った数十匹が猛然と攻撃を再開した。
「熱に耐性を得たのか……!」
 ビルを破壊しながらのたうつ怪獣の周囲で、蛇達が数を増していく。
 何百匹、いや、何千匹か。
「……あの蛇をどう処理するつもりだ?」
『主任、きみは見ていただろう? 怪獣に注射された薬さ。あいつは、あれをエサにしている』
「…………」
『あの薬は、我々の施設にしかない。きみの怪獣を食い尽くした後は飢え死にだよ、主任』

「キィ……キィ……」

『……む? なんだ?』
 蛇達の動きがおかしいことに、主任と声の主は気づいた。
 怪獣の首から下を埋め尽くすようにまとわりついていた蛇が、次第に動かなくなってくる。
 いや、動かないのではない。
 隣の蛇と合体し始めたのだ。
『ま、まさか!? なぜだ!』
「……突然変異だよ」
 主任はモニターを睨みつけながら言った。
「あんた達は、あの蛇にエサをほとんど与えずに管理していたんだろう。
 だが、目の前に薬を飲んで巨大化した怪獣が現れた……
 エサが豊富に与えられたことで、奴らは進化を始めたんだ」
『なんだと!?』
「それに、あの増殖の速さ……。奴ら、自分の体内で『エサ』を培養する能力まで得たんじゃないのか?」
 男が驚愕している間にも、蛇達は融合し――

 ――怪獣は、巨大な蛇に巻きつかれた格好になっていた。

「キィエェェエエエエエア!!」
「グォォオオオオオオン!!」

 全長200メートルを越す怪獣。その足先から胴体までを締め上げる大蛇は、全長1000メートルは下らないだろう。
 そうしている間にも、大蛇は尻尾の先から増殖し、さらに大きくなろうとしていた。

「キェアァァアアアア!!」
「グォッ……グァオォォォウッツ!!」

 がぶり、と大蛇に食らいつく怪獣。元が細菌であるため、強固な甲殻は存在しない。
 首根っこにあたる部分を食いちぎられた大蛇は、甲高い悲鳴を上げる。
 同時に怪獣の背丈が、ぐんと伸びた。

「グォッ!! グァァアアッ!!」

 怯んだ大蛇の胴体をわしづかみにして、力任せに投げ飛ばす。

「キィィィ――――ィィッ!?」

 大蛇は地面をこすりながら、ずりずりとビルをなぎ倒していく。
 避難していた人間達が、大蛇の体の下で、ゴマのようにすり潰されていった。
「ひっ……ひぃっ……!」
 ぎりぎりのところで命を拾った女性が、呆然と、大蛇の胴体を見つめる。
 人数が多かった分、生き残りも数百人いた。
「た、助かった……」
「……キィッ!」
「え? きゃあっ――」

 がふっ!

 胴体から生えた小さな蛇の頭が、女性を丸呑みにした。
 生きてもがいている女性を、頭から食らい、生きたまま飲み込む。
 大蛇のように見えても、細菌のような集合体なのだ。触手のように伸びた蛇の頭達が、生き延びた人間を次々と丸呑みにしていく。
 飲み込まれた人間は、大蛇の胴体の中で分解され、吸収されていく。
 ――さらに恐ろしいことに、大蛇は人間をエサにする方法を学習してしまった。

「キシュアァアアアアア!!」

「いやぁぁぁぁぁぁああっ!!」
 巨大な大蛇が、大きく口を開ける。
 まだ人間が多く取り残されていた高層ビルを、ひとくちで上から下まで飲み込んでしまった。
 1000メートルほどだった巨体は、見る間に膨れ上がり、5000メートル近くまで巨大化していた。
 もはや、尻尾で地面をなでるだけで、半径2000メートルの範囲を粉々にすり潰してしまえるだろう。

 ドズン!

 大蛇はまっすぐに怪獣を見すえた。
 いくら先ほどよりは巨大化したと言っても、怪獣の全長は500メートル程度。
 高層ビルならひとなぎで粉砕できるが、異常なまでに肥大化した大蛇の前では、丸呑みにされるエサに過ぎない。
 それでも、凶暴化した怪獣は、退く様子を見せなかった。

「キシュアァァァァ――ァァアアア!!」
「グォォォーン!」

 怪獣が咆哮した、その時だった。
 主任がクルマを使って港に飛び込み、輸送船の甲板にある天井を開けたのだ。
 ――大好物のエサの匂いが、風に乗って怪獣の元に届く。

「グォ……」

 活性化した分、腹が減るのも早いのか、怪獣は露骨に反応を示した。
 目の前の大蛇を無視して、港まで一直線に走り出す。

「キシャッ!? キシュアッ!」

 無視された大蛇が後を追いかけようとするが、遅れて到着した軍隊が、大蛇の顔にミサイルを直撃させた。

「キシャッ……!」

 大蛇の動きが止まる。
 すぐさま、欠けた部分を復活させてしまうが、無敵ではなかった。
 炎や熱には強くても、単純な『爆発』で吹き飛ばされると欠けてしまう。
 しかし問題は、5000メートルもの巨体を、一度に粉々にする手段がないことだった。
 ……だが……
「蛇とは違うだろうが、あいつは、壁や人間を食べて巨大化した……」
 エサの詰まった輸送船の前に、500メートル級の怪獣が立った。
「さぁ、おまえの大好物だぞ。今日は好きなだけ食え!」
 ――まだ30センチほどだった頃、主任にそう言われた怪獣は跳び上がって喜んだものだ。
 今や500メートルまで巨大化した怪獣は、輸送船の船倉に食らいついた。



「キシャアァァァ!!」

 戦車を尻尾ですり潰し、咆哮の衝撃波で戦闘機を撃墜する。
 全ての戦力が大蛇に一矢報いることすらできず、絶望感を漂わせていた時……

「ぐぉぉぉぉぉ…………」
「キィッ?」

 ドズゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウン!!!!

 雲の上から、巨大な足が降臨して、町全体を踏み潰した。
 大蛇の全身が呆気なく足裏の下に収まり、地面との間で圧縮され、押し潰されていく。
 再生能力も、毒も、何の役にも立たなかった。

 ズズゥ……ン

 足が一歩、どけられる。
 ぺしゃんこに押し潰されてヒモノのようになった大蛇が、足の裏に無様に貼り付いていた。

「ぐるるるる……」

 そして今、怪獣はおとなしくなっていた。
 くるぶしまでで、すでに雲の高さだ。足踏みすれば、地球を粉砕してしまえるほどの全長がある。
 怪獣はおとなしく、地上を眺めていた。
『どういうことだ……?』
「おそらく……突然変異だよ。あいつじゃなく、蛇の方の」
『何だと?』
「体内に入り込んだ蛇のうちの何匹か、あいつの体内で薬を中和するように、共生関係を築いたんだろう」
 主任はそう言ったが、相手の男は最後まで聞けなかった。
 彼らが根城にしていた宇宙ステーションが、怪獣のあくびに巻き込まれて、まるごと吸い込まれてしまったからである。
「……立派になったもんだなぁ、あいつが」

「ぐるるるる……?」

 全長20000キロメートルを超えた大怪獣は、のどに引っかかったものを飲み込みながら、小首を傾げたのだった。