◆ 水獣 ◆



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「臨時ニュースをお伝えします。
 今朝未明、都内で新種の生物が発見されました」

「体長はおよそ80センチメートル。
 しっぽを引きずって歩く、二足歩行の怪獣型爬虫類(はちゅうるい)です」

「どこから来たのかは不明で、警察犬による調査も行われましたが、
 前日の豪雨によって難航している模様です」

「現在、自衛隊による厳重な警戒のもと、怪獣の動向を見極めている状況で……」


◆ ◆ ◆


「絶対、UFOが運んできたんだって!」

 テレビに映った青年が、取材陣に主張した。
 とことこと歩く怪獣の周りは、特殊プラスチック盾を構えた自衛隊に包囲されている。
 しかし周囲のビルの窓には人が何人も並び、怪獣の写真を撮っている状態だった。



「我が国は、あれを捕獲して、新種の生物として発表する。国を代表して、チームを作ろう」

 テレビに映った老人が、取材陣に明かした。
 彼は政治家で、下がる一方だった支持率を持ち直すために、あの怪獣を利用する気だと世論を沸かせた。
 だが、テレビはそうした世論を流そうとはせず、いつもどおり「我が国のメリットになるでしょう」と話を結んだ。



「あの怪獣は私が見つけたんだ!」

 テレビに映った男性が、取材陣に喚いた。
 鼻息も荒く、初めて見つけた時の状況をまくし立て、「だからあれは俺のものだ」と叫ぶ。
 全く同じ主張をする赤の他人が割り込み、あっという間に第一発見者が8人まで増えて、お茶の間の笑いを誘った。



「だめ! だめ! 怪獣、早く、殺さないと!」
 テレビに映った少女が、取材陣に訴えた。
 かたことの言葉で泣きじゃくり、怪獣を指差して、しきりに首を横に振る。テレビは、彼女を程々に映してその場を去った。
 一度は自衛官に連行されたが、途中で逃げ出して怪獣に駆け寄ったので、心臓を狙撃されて動かなくなった。


◆ ◆ ◆


「報道規制はできているのか?」

 自衛隊参謀は、傍らの部下に問いかけた。

「はい。さすがに、あれを放映はできないでしょう」
「しかし、ビルから撮られた写真だけはどうしようもないな。少女の遺体はどうした」
「検体として解剖しているところです」
「それでいい」

 参謀長はため息をついた。

「怪獣の次は、青い血の人間か。まったく常識はずれなことだ」
「はぁ」
「面倒が起こる前に、怪獣を射殺させるのもいいかも知れんな。そのひとりが血迷ったということで処断して終わり、じつにスムーズだ」

 やれやれと肩をすくめた参謀長に、部下は何も答えなかった。
 肯定すれば職務を放棄したことになる。かといって、否定すれば参謀長に意見したことになる。
 懸命な判断ではあったが、それもたいした意味はなかったかも知れない。
 なぜなら……


◆ ◆ ◆


 怪獣はとことこと歩いて、水たまりに近づいていた。
 くんくんと鼻を鳴らし、舌を這わせる。ただ、のどが渇いただけだ。自衛官は皆そう思っていた。
 しかし、それだけではなかった。
 怪獣の体が、ぐんとひと回り巨大化したからだ。

 一瞬、包囲していた誰もが呆気に取られた間に、怪獣は水たまりを舐め尽くし、見る間に大きくなっていった。

 80センチから、1メートル弱になった体が、水を吸うように巨大化していく。
 あっという間に背丈5メートルになったところで、ようやく辺りが騒がしくなった。

「参謀長! 射撃許可を!」
「――許可が出た! 撃て! 撃て!!」

 銃声が重なり合って響き渡る。
 お祭り気分でビルから見ていた人々も、少女射殺の時点で懐疑的だった人々も、今度こそ青ざめた。
 怪獣は悲鳴のように鳴いて後退し、四方八方から飛んでくる銃弾にうろたえる。
 逃げ場がないと悟った怪獣は、空に向かって甲高く鳴いた。


◆ ◆ ◆


「初めからこうしておくべきだったな」

 ふん、と参謀長は鼻を鳴らす。

「見ろ。怪獣が倒れるぞ。さっさとトドメをさせ」

 その時、けたたましく警報が鳴り響いた。
 同時に内線の電話も。

「なにごとだ?」

 参謀長だけではない。
 この国の人々が揃いも揃って、乱立する情報に流され、今に至るまで失念していたことがあった。

 ――怪獣がたった一体だと、誰が決めただろう。


◆ ◆ ◆


 2体めの怪獣は、海から現れた。
 その巨体は、都内の怪獣の比ではない。海水をたっぷり吸って際限なく膨れ上がった体は、水面に浮上しただけで大津波を引き起こした。
 押し流した町に上陸する。ただの一歩で町を踏み潰し、ゆっくりと前進する。
 その体躯は、ゆうに200メートルを超えていた。

 虫のように飛び交う戦闘機を尻尾でなぎ払い、都内へと向かっていく。
 そして都内に入る直前で立ち止まった。
 口から泡を噴き始めたかと思うと、その口内から吐き出された大量の水が、すさまじい水流となって都内を覆い尽くす。
 先ほどまで怪獣を包囲していた士官は、彼らを遠巻きに取り囲んで批判していた団体ともども、水洗トイレの汚物同然に押し流されていった。

 その代わり、水流を浴びた最初の怪獣は、すさまじい勢いで巨大化していく。

 200メートルにまで巨大化した怪獣は、周りのビルを一撃でなぎ倒して咆哮する。
 その時、ちょうど雨雲が、都内の上空を目指して接近していた。


◆ ◆ ◆


 その後のことは、さほど語るものでもあるまい。

 大陸をひと踏みにすり潰すほど巨大化した怪獣は、繁殖を開始した。
 世界人口の半分を、意図せず押し潰しながら行われた怪獣同士の生殖によって、3つのタマゴが生まれた。
 タマゴの時点で、その真下にあった国を5つも押し潰している。そんな巨大なタマゴを破壊することができるはずもない。

 かつて万物の霊長を自称していた人類は、あわせて5体となった超巨大怪獣の足元で、
 いつなんどき踏み潰されるかも解らず、ただ怯えながら生きていくしかない、微生物へと成り下がってしまったのだった。