小さなテーブルとクローゼット、そして畳んだ布団のようなものが隅に置かれている小さな部屋の中で、ひとりの女の子が膝を崩した所謂女の子座りで佇んでいた。
「剛志さん、なんか最近みんなが変なの。」
ちょっと寂しそうな顔で奈々美が呟いた。
そう、ここは奈々美の部屋。奈々美に比べると確かに小さなテーブルは、実はちょっとした街ならば余裕で丸ごと乗ってしまうほどの広さなのだ。そのテーブルの中央に、奈々美から見ると砂粒大の身長250cmの極大山が立っている。
テーブルの上にはそれ以外にはいくつかの建物や大小の車が散りばめられている。全部加奈子が持ってきたものだ。奈々美は10階建てのオフィスビルの横に伸ばした人差し指の先を置いていたのだが、指の高さはそのビルの高さとほとんど変わらない。
そんな指先とビルを見比べながら、『奈々美ちゃん、どこまで大きくなるんだろう?』と思う極大山の思いも複雑ではある。
「どういう風に?」
自分の思いは押しとどめて、極大山が拡声器で受け答える。
「えっとね、なんか奈々美に隠してる気がするの。どこかでこびとさんとかいじめてるのかなぁ・・・」
「でも、そうだったら、誰かが奈々美ちゃんに言いつけに来るよね。それはないんじゃないかな。」
確かに加奈子ちゃんは勝気な性格で奈々美ほど優しくはない。だが、最近は部屋の若い衆も加奈子ちゃんに慣れてきたせいか楽しくやっているようにも見える。ん?そういえばうちの部屋の連中も最近俺に隠れて何かしているような気が・・・ちょっと不安になる極大山。
「もう、暴れちゃおうかな。」
「え???そ、それは・・・」
奈々美の何気ない一言に慌てふためく極大山の様子が手に取るようにわかる。そんな姿も可愛いと思いながら、奈々美は指先のオフィスビルをそっと摘み上げた。
「だって、つまんないんだもん。」
わざとらしく指先を極大山の前に近づける。親指と人差し指に挟まれたビルは窓ガラスはすべて砕け落ち、壁もほとんどが崩れ、全体が大きく歪んで今にも圧し潰されそうだ。
「な、奈々美・・・ちゃん?」
グシャァ・・・奈々美はあっさりとビルを潰すと、粉々になったコンクリート片を指先でテーブルの上に落としていた。
「わかってるよ。奈々美が暴れるわけないじゃん。言ってみただけ。」
これ以上極大山をからかうのも可愛そうかな、とも思ったのだ。でも、本当に可愛いなぁと奈々美は小さな極大山を見つめていた。

同じころ、都内某所では加奈子が2人の女の子とあることをしていた。
加奈子も成長が続いていて、今では身長200mを超えるまでになっていたのだが、他のふたりは共に加奈子の2倍近い大きさだった。そのふたりが、ある大きなものを二人がかりであるものを海の方へ運んでいたのだ。
加奈子はというと、その前で邪魔な車などをつま先で退かしたり、明らかに無人の車は無造作に踏み潰したりしてふたりが歩きやすいようにしていた。
3人の巨大な女の子が歩く姿は圧巻である。特に後ろに続くふたりは脚の長さでさえ超高層ビル級なのだ。それがズシンズシンと道路を踏み砕きながら移動している。周りにいた人たちは一目散に逃げ出しつつもその圧倒的な姿に釘付けになっていた。
やがて海の近くに来ると、今度は運河に足を浸けて待っていたポニーテールの女の子がしゃがみながら片手を倉庫街の中に降ろしていく。彼女の身長は1500mくらい。奈々美には遠く及ばないが身長2000mになった昌枝に次ぐ大巨人だ。
「お待たせ~!あとはよろしくね!」
加奈子がそう言いながら、ふたりの女の子が持ってきた大荷物をポニテの子の掌に乗せる。彼女はゆっくりと立ち上がりながら、空いている手を添えて荷物を安定させた。
「どうする?乗ってく?」
「う~ん、ゆっくり歩いていくよ。それより壊さないようにお願いね!」
「わかった。ちゃんと運んでおくからね。」
振り返ってゆっくりと歩きだした彼女の足元で全長150mほどの大型貨物船が彼女が作り出した大波に翻弄されているのが、やはり彼女が途方もなく巨大であることを物語っていた。

数日後の夕方、奈々美は掌に極大山を乗せて海沿いを歩いていた。加奈子に「必ず極大山と一緒に来るように」と呼び出されたのだ。
「何だろうね?剛志さん、心当たりある?」
「いや、でも、うちの部屋の若い衆もいないんだよ。どこに行ったんだろうなぁ?」
そんな会話をしながら目的地に近づいていく。そこはあの奈々美が破壊宣言をして破壊した街だった。奈々美はあの時、宣言しながらも街の四分の一も破壊していなかったのだが、それでも街中のインフラはガタガタになってしまい、とてもすぐに人が戻れる状態ではなかった。それをいいことに加奈子たちが遊び場に使っているという話は聞いていたのだが、奈々美はあれ以来久しぶりにだった。
夕日に照らされた街は、至る所破壊の爪痕が残ってはいるが、それでもまだ多くの建物が残っていた。
「あれ?なに?」
そこには大きく『奈々美が座る場所』とペイントされている。奈々美でさえ余裕で読むことができる大きさの文字を書いたのは加奈子ではないのは間違いない。昌枝か同じくらいのサイズの子だろう。奈々美は少し訝しげな顔になったが、素直にそこに座ることにした。
ズッズ~ンッ!
成長した巨大なヒップが、崩れた建物も健在だったそれもいっしょくたにして一瞬でペシャンコに圧し潰し、さらに地面を大きく陥没させる。加奈子がどんなに大暴れしても、奈々美がただ座るだけでとんでもない大破壊を引き起こしてしまうのだ。
その時だった。膝を崩した奈々美の少し先がパッと明るくなった。
「あ、加奈子ちゃん・・・っていうか、みんな?」
そこには加奈子や昌枝をはじめとした奈々美の友達、巨大女子小学生軍団が集まっていたのだ。
「あ・・・おまえら・・・」
極大山も加奈子の掌に乗せられた何人かの若い衆の姿を見つけた。100~200倍クラスの他の女の子の掌の上にも何人かずつ乗っているのが見える。

「メリークリスマ~ス!」
掌の上の小さな力士たちが耳を塞ぐのも気にせずに、加奈子が大きな声でそう叫んだ瞬間、彼女たちの背後がパァッと明るくなった。
「えっ?あっ・・・」
思わず息を呑む奈々美の目の前には、綺麗なイルミネーションに彩られた街並みが広がっている。
「ひょっとして・・・」
何かを感じ取った極大山。
「そうだよ~、みんなで二人を驚かそうと思って頑張ったんだから。お相撲さんたちもいろいろ細かいこと手伝ってくれたしね。あれなんか持ってくるの大変だったんだから。」
全員を代表して加奈子が答えたその先、イルミネーションの中央には、この街のものではない高層建築物である東京タワーが綺麗に彩られて鎮座していた。
「あ、ありがと・・・でも、これ、いいの?」
確かにこのサイズの女の子たちにとってはちょうどいいサイズのクリスマスツリーではあるが・・・
「う~ん、いいんじゃない?こびとたちにはスカイツリーもあるし」
いや、そういう問題じゃないと思うんだけどな。奈々美も少し気にはなったが折角加奈子たちが頑張って準備してくれたので、敢えて黙っていることにした。

極大山は下に降りて力士たちと合流して餅つきの真っ最中だ。クリスマスには似つかわしくないが、力士の年末の風物詩はこれじゃないかということで、ある小結の提案でみんなに餅を振舞うことにしたのだ。といっても、身体の大きさが大きさなので味見程度ではあるが。
加奈子をはじめとする100倍超えの女の子たちはつきあがった餅の入った臼を摘んで一升以上の餅を丸ごとひと呑みにしていた。
その中でつきあがった餅や事前に用意していた餅を荷台に乗せたダンプカーが数台、走り出していった。行き着いた先は膝を崩して座りながらおしゃべりをしていた1000倍クラスの女の子たち。もちろんひときわ大きな奈々美もその中にいる。
ひとりの子がダンプカーに気が付き、そっと手を伸ばした。
「降りたらだめだよ。」
そういいながら彼女から見ればせいぜい1cm程度の豆粒でしかないダンプカーを一台ずつ摘んで掌に乗せていく。奈々美から見れば3mmにも届かないだろう。かなり見慣れてきたとはいえ運転席の力士にとってはかなりの恐怖ではある。
「おもちが来たよ~、みんなで食べよ。」
ダンプカーを摘んだ女の子が一台ずつ周りの子たちに配っていく。一台の運転席を覗き込んだ子が「これは食べれないよ~」と笑いながらダンプカーを奈々美の掌に乗せた。それは極大山が運転していたからだった。
「これ、どうやって食べようか・・・」
車から降りた極大山に困った表情で話しかける奈々美。それを見ていた子がダンプカーを摘んで、奈々美の指先でさかさまにしてくれた。指先に落とされた餅をパクンと口に入れて味わってみる。
「うん、おいしい!ありがとう、みんな。」
奈々美はその場の全員に向かって満面の笑顔を振りまいていた。

めいめいが集まっておしゃべりっをしたり、力士全員と加奈子の指先とで力比べをしたりと楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
「そういえばあれ、どうするの?」
奈々美が不意に加奈子に尋ねる。あれとは当然東京タワーのことだ。
「奈々美にばれないようにあたしたちで運んできたけど、戻すのは奈々美がやっといてよ。余裕でしょ?」
「え~っ!?なんでぇ?」
「けっこう大変だったんだよ~。だから、お願いね。」
う~ん、このくらいだったら運ぶのは簡単だけど、東京の街を壊しちゃうかもしれないし・・・でも、いつまでも東京タワーがないままだとこびとさんたちも可愛そうだし・・・どうしよう。

結局、クリスマスが終わるまでイルミネーションはこのままで、好きな時に見に来られるようにしたのだが、クリスマスが終わって片づけをした時にいつの間にか東京タワーもこの場所から消えていた。
奈々美の部屋でいつものように極大山と奈々美が話している。
「奈々美ちゃん、あれ、どうするの?」
「戻さなきゃ叱られちゃうよね。でも、可愛いから・・・もうちょっとだけ置いておこうかな」
そう言う奈々美の視線の先には、まだクリスマスの飾りつけが残ったままの東京タワーが飾られていた。