レンが気が付いたのは、ただただ広い大地の上だった。ここはいったいどこなのか?この真っ白な地面はいったいどこまで続いているのか見当もつかない。
だいたい自分はどうしたんだろう?マリーさんの掌の上で闇に覆われてから先の記憶が断片的にしか残っていないのだ。たしか、黒魔導師に勝って、マリーさんの掌にまた乗せられて、そのうちマリーさんが元のサイズに戻るとか話して・・・それと、マリーさんの掌に乗せられる前に何やら柔らかくて暖かな場所にいた気もするのだが・・・あれ?そういえば、マリーさんは?
何とか寝ぼけた頭でそこまで思考を進めたところで、背後から何か圧し潰されそうなプレッシャーを感じていることに気が付いた。
振り向いてみると・・・
「の・・・ぅわぁ?・・・」
自分がいる場所を中心にして広がっているだだっ広い真っ白な平原の先、地平線?と思えるほど向こうに大きな山が聳え、それが・・・少し動いた?気がした。
いや、山のようなのはサイズだけで人の頭部のようにも・・・そこまで思考を進めてハッとするレン。
「マ・・・リー・・・さん?」

マリーはテーブルの上に目から上だけを出して、レンが気が付くのをじっと待っていた。テーブルの上の平皿の中央に、白い布きれを敷いてその上にレンを置いている。
あ、起きたかな?レンの気配からそう感じたマリーの顔が思わずほころぶ。いきなり姿を見せて驚かせてもいけないと思って、頭だけ覗かせていたのだが・・・
「あの・・・レンさん?」
恐る恐る声をかけてみるが反応が鈍い。普通に声を出しているのでレンには間違いなく聞こえて、いや、轟いているはずなのだが。
しばらく様子を見てみると、レンのか細い声がマリーの耳に届く。
「マリーさん?ですよね・・・」
「はい。」
だんだん事態が呑み込めてきたレンの様子が変わってきた。
「ここって、その・・・」
「お話したじゃないですか。私のおうちです。」
はぁ、おうちですか。と言ってもレンの視界に入っているのは広大な白い大地とその向こうにぽっかり浮かぶマリーの頭部しか見えない。いや、待てよ。その遥か向こうにあるのはひょっとして壁?なのか?レンにとってはまるで世界を分断しているかのような壁にしか見えないが・・・
「レンさん、3日も寝てたんですよ。もう、心配しちゃいました・・・」
3日?そうなのか?確かにぐっすりと眠った感じではあるけど。じゃあ、その間マリーさんはずっと僕を?
「でもよかったです。私のせいであんな怖い目に遭わせて、本当にごめんなさい。」
どんなに大きな建物でも、目にゴミが入ったとしか思わないんじゃないかというほど巨大な瞳に涙が溜まっているのを見て、レンは何か申し訳ない気持ちになった。
「いや、マリーさんが謝ることじゃあ・・・でも、すごく大きなおうちですね。僕から見ると広すぎてなんだかわからないや。」
「ふふっ、そうですね。たぶんこびとさんの小さな国くらいの広さですから。でも、私にとってはちょっと狭いかなって。」
簡単にマリーは言ってのけるが、国を丸ごと呑み込んでしまえる広さの家って外から見たらどんな感じなんだろう?とレンは思った。
それより、自分が気が付いた今でもマリーは目から上だけを出しているけどなんでなんだろう?
「ところで、なんでずっと頭だけ出してるんですか?」
「え?あの・・・これは・・・ですね。」
みるみるうちにマリーの額が真っ赤になっていく。何か変なこと言ったかな?とレンも少々焦ってしまった。
やがて、マリーの頭が少し動いた。
「じゃあ、ちょっと立ちますけど・・・その、変でも・・・ううん?変だったらすぐに言ってください!」
そう言うと、巨大な頭部が急上昇を始めた。

無意識に顔が上を向いていき、すぐに首が痛くなるほど見上げなければならなくなる。眼前では、マリーのスッと通った鼻、綺麗な形のピンク色の唇、滑らかなラインの顎が瞬く間に通り過ぎ、肩、そして胸元がレンの目の前に現れる。
「う・・・をぉ・・・」
レンが呻いたのも無理はない。マリーの服装が以前と全く変わっていたのだ。肩紐だけの胸元のラインがピッチリと現れている、現代風に言うとキャミソール姿だ。しかも、どんなものでも呑み込んでしまえるほどに圧倒的な深さの谷間は、レンの目を釘付けにするのに充分だ!
さらに巨体は上昇し、ウェストラインから緩やかな腰元を覆ったショートパンツ、そしてどれ程の太さか見当もつかないほどの迫力満点の太腿の一部を覗かせてようやく上昇が止まった。
「あの・・・私の服装・・・どうでしょうか。」
明らかに恥ずかしそうにレンに話しかけるマリー。レンの答えもしどろもどろだ。
「どう・・・って、その、すごく・・・なんというか・・・」
「ちょっと、大胆かなって・・・その、思ったんですけど・・・」
「いや、あの、凄く女性らしくって・・・美し・・・い、です。」
「ほ、ほんとですか?う・・・嬉しいですっ!!!」
そんな感じである。でも、こんなに大きな服、いつの間に作ったんだろう?

巨大な胸を揺らしながらマリーの上体が動くと、ガタンッ!何やら恐ろしく巨大なものが蠢くような音が地響きを伴って地下から聞こえてきた。レンはまだ自分がどこにいるか理解できていないのだ。
マリーの姿を見上げると、恐らく立ち上がった状態からまたゆっくりと身体が下がってきている。あっ、とレンは思った。椅子に座ろうとする所作だ。ってことは、ここはテーブル?というより、テーブルの上に乗せられた何かなのだろう。
凄まじい地響きが二度、三度と続き、レンの目の前には、あの山脈のような巨大な胸がこちらを向いてドン!と突き出している光景に埋め尽くされていた。手を伸ばせば届いてしまうと錯覚してしまいそうな大きさと近さに思わず身動ぎしてしまう。
「これ、母が若いころに着ていた服なんです。レンさんに褒めてもらえて嬉しいです。」
はぁ、お母さん、エミリアさんが着てたんですか。こんなセクシーだったなんてガイモンさんは一言も言ってなかったけど、ひょっとしてムッツリスケベなのか?
しかし、レンはそっちよりも素朴な疑問をマリーにぶつけてみた。
「よく似合ってますよ。大人の女性って感じがします。でも、エミリアさんの身長は2000mくらいだっったってガイモンさんに聞いてたんだけど・・・」
身長9000mのマリーにそんな小さな服を着ることはできない。逆にエミリアさんがこんな大きな服を着ることも・・・
「実は・・・」
生命の宿らないもののサイズを変えられる力も持っているという。だから、魔の森の中でマリーが小さくなったり大きくなったりした時も服も同じようにサイズが変わったのか。
「このおうちも以前住んでいたおうちを今の私の大きさに合わせたんです。」
そうだろうなぁ。今のサイズのマリーにとってはたぶん犬小屋程度の大きさの家だったのだろうから。でも、家の原料に使わえている木は?
「森の木の大きさは変えられません。でも、切り倒してしばらくして生命力が抜けていけば大きさを変えられるようになるんです。」
そういう論法だとゾンビのサイズもってことか、これにはマリーも経験が無いと言いながらたぶん変えられるけど気持ち悪いですね。と苦笑交じりに答えたのだが。

「それよりも、その、マリーさんの、胸・・・目のやり場に、困りますね。。。」
恐る恐るという感じで言ってみる。実際、レンにとってはマリーが何か話すたびにゆさゆさと揺れ、立っていられなくなるほどの巨大地震を引き起こしている山脈が気になって仕方がないのだ。
「あら、この前、リナさんの胸はずっと見てたのに、おかしいですね。」
バレてた?視線を上げていくとマリーの少し冷たい視線が見下ろしている。
「今は私の方がずっと大きいですよ。レンさんは大きい胸がお好きだと思ってたんですけど。」
何も言えないレンに畳みかけるように言葉を続けているマリーの顔は、何だか笑っているようにも見える。ようやく、レンが言葉を絞り出した。
「いや、あまりに・・・魅力的、で・・・その・・・」
「うふふ、じゃあ、触ってみますか?」
突然レンの頭上に大きな影が落ちかかった。マリーが手を近づけてきたのだ。
マリーの小指の爪にあっという間に救い上げられるレン。だが、急激な上昇で押し付けられる感覚はあるものの、圧し潰されるほどの風圧は受けていない。これは、マリーの風の魔法の力なのだろうか。
「はい、どうぞ。」
レンはちょうど肩紐と胸を覆うカップ部分の境目に降ろされた。慌ててしがみ付く肩紐でさえ幅は30mを超えるほどだ。レンはその繊維の一本にしがみ付いているに過ぎない。それでさえロープのように太いのだ。そして目の前には、どこまでも広い肌色の壁が温もりを放ち、足元の服地は見事なほど綺麗な曲面を描いていた。しかし、その高さは目も眩むようだ。目測でも500mは軽く超えているだろう。以前、マリーの掌から見下ろした地面よりもテーブル面が遠く感じる。
「あ、あの・・・どうぞって・・・」
「レンさんなら、触っていただいても・・・」
そのセリフだけで、レンの足元は大きく揺らぎ、必死に一本の糸にしがみ付くしかなくなってしまう。しかも、下を見ると広大なテーブルの上からでさえとんでもない高さだ!遥か下界にテーブルの大地に乗った白い布を敷いた丸皿が見える。たぶん今までここにいたのだろう。
ここから落ちたら間違いなく死ぬだろうなぁ・・・そう思うと身体中が竦み上がって全く動けない。
「やっぱり私の胸って魅力ありませんか?」
「そ・・・そんなことないですっ!」
思わず片手を離して肌色の壁に当ててみる。温もりが人の肌であることを感じさせる。そのまま少し撫でるように動かすと、意外にスベスベしていることに驚かされる。
「あ・・・ど、どうですか?私の、むね・・・」
見上げるとマリーがはにかんだような表情で見下ろしていた。
「すごく温かくて気持ちいいですよ。でも、どうしたんですか?なんか凄くだいた・・・うっ!うわぁっ!!!」
レンの手からロープが離れていた。慌てて何かに掴もうとしたが、振り回す手は宙を切り、ついにマリーの服に沿って落下を始めた。
マジ?いくらレベルが上がって体幹も強くなったといっても、この高さだと確実に転落死だ。と、思った瞬間、落下速度が落ちてどこかの床面に背中から着地した。
「大丈夫ですか?レンさんでも落ちたら死んじゃいますよ。」
声とともにレンの身長を超える起伏がいくつも並んでいる床面がせり上がる。ここって・・・その先の景色を見て思わず息を呑む。ここは、マリーが伸ばした人差し指の上だったのだ。ついに指先は目の前まで上げられて、レンはマリーの瞳に見つめられていた。
「あ、りがとう。助かりました。。。」
「いいえ、私もちょっと・・・」
最初はレンを少し脅かそうと思っただけだったのだが、少しエスカレートしてしまったと反省しているようだ。しかも、レンは何故マリーが焼きもちを焼いているのかもわからない。
少々の理不尽さを感じながらもレンはマリーの広大な掌の上に移されてようやく落ち着くことができた。

「お食事くらいは小さくなって一緒にしたいと思って・・・」
少し照れくさそうに超巨大なテーブルの上に乗ったテーブルの前に座っているマリーは、今は90mほどに小さくなっている。レンはその小さなテーブルの上で次々に乗せられていく料理を唖然と眺めていた。
「これって全部マリーさんが作ったの?」
「ええ、魔法の力も少し借りましたけど。お口に合えばいいんですが。」
「いえ、美味しそうですよ。いただきます。」
熊肉のステーキは、マリーサイズのものを焼いて小さくしたのではなさそうだ。かなり頑張ったんだろうなと、レンは感心してしまう。目の前ではマリーがかなり大きな肉を頬張っているが、その迫力もあまり気にならなくなっていた。
「このスープ、凄く濃厚ですね。でも、凄く美味しい。」
「そうですか?実はドラゴンが丸ごと入ってるんです。栄養満点だって聞いたものですから。」
ド、ドラゴン・・・いったいどうやって、とも思ったが、普段のサイズのマリーだったら指先で簡単に潰してしまえるんだろう。それにしてもやっぱりスケールが違うんだな。などと、変なところを感心してしまう。
それ以外にはサラダ、流石にこれは収穫して少し時間を置いて小さくしたそうだ。何しろこのあたりの植物は魔の森の木々に代表されるように、桁外れに巨大なのだ。
マリーもレンも楽しそうに時折会話を交えながら、夕食の時間は瞬く間に過ぎていった。

夜といっても、部屋の中は光の魔法のおかげでかなり明るい。マリーはレンを伴って隣の寝室にいた。既に元のサイズに戻って、途方もなく巨大で頑丈なベッドに腰掛けている。
何しろ山を簡単に踏み潰してしまえるほどの体重の女の子が座っても形を保っていられるのだ。物を大きくするということが、その強度までも変えられるのだということがよくわかる。
「いいの?女の子の寝室なんかに入ってて。」
「ええ、それに寝室っていっても、二部屋だけの小さな家ですから。」
確かに二部屋だけだが、その広さは大都市でも余裕で入ってしまうほどだ。それでもマリーにとっては普通の部屋に過ぎない。
「そう言えば、『伝説の巨人』って?」
あの時レンはまだぼおっとしていたはずだが、そのキーワードだけは覚えていたようだ。マリーもちゃんと話しておく必要があると感じたらしい。
「たぶん、母のことだと思います。」
「エミリアさんの?」
「はい、母ほど大きくて強い人間はいませんから。それに、たぶん、ガイモンさんと知り合う前だと思いますけど、こびと同士の争いに首を突っ込んだりしてたらしいです。」
争いとは、たぶん国同士の戦争。そして、その片方の援軍に身長2000m近い超巨人が加わったら・・・間違いなく勝負はあっさりと決まってしまうだろう。それでいつの間にか語り継がれたってことなのか。
「じゃあ、今のマリーさんの姿を見たら・・・」
「そうですね。今では私が伝説の巨人なんだと思います。でも、こびと同士の争いにはなるべく関わりたくないので・・・でも・・・」
レンの身体が急に押し付けられる。いつの間にか目の前にはマリーの巨大な瞳がある。
「レンさんの敵には容赦しません。世界中がレンさんの敵になったら私が全部潰してあげますね。」
もし、そうなったら、間違いなく世界は壊滅するだろうなぁ。。。まあ今のところ自分に敵意を抱いている者は思い当たらないので、レンとしては笑うしかなかったのだが。

床に降ろされたレンの目の前には、異様な景色が広がっていた。至る所に赤黒いシミやモンスターと思われる肉塊が転がっているのだ。
「あの・・・あまり掃除していなかったので・・・」
立った状態のマリーが足元を見下ろして申し訳なさそうに呟いた。まさかレンが床に降りてみたいなんて言い出すとは思わなかったのだ。
レンとしては、通常サイズのマリーが歩くとどうなるかを知っておきたかっただけなのだが、立ち姿を見上げただけで凄まじい威圧感に襲われていた。
並んでいる足指は、一番小さい小指でさえ小さな城に匹敵するほど大きい。増してや親指の大きさなど桁外れだ。小さな村なら丸ごと指だけで消滅させてしまえるだろう。そこからどこまでも長い脚が文字通り聳えているのだ。膝から上はすでに霞んでいるようにも思える。この巨体が普通に歩くのだから、足元に何がいたところで全く抗えないだろう。
その時だった。
ズッズ~ンッ!!!
マリーがゆっくりとしゃがむと、突然片膝を床についた。まるで巨大な山が動くような動きにレンは思わず全身を強張らせてしまう。直後に、
ズッバァ~~~~ンッ!!!
な、なに?思わず轟音がした方を仰ぎ見ると、マリーが両手を合わせている。手を、叩いた音???それだけでその破壊力が容易に想像できる。でも、なんで手を叩いたのだろう?それに、手の周りでパラパラと床に落ちていっているものはいったい・・・
「ど、どうしたんですか?」
「部屋が明るいせいか、壁の隙間からモンスターが入って来ちゃうんです。低い場所にしかいないので普段は気にしないんですけど今はレンさんがいるので・・・」
不意にマリーが片手をレンに向かって翳すと、思わず絶句してしまう。広大な掌の至る所に赤いシミが点々としていたのだ。飛行タイプのモンスターがまるで虫のように叩き潰されていた。じゃあ、さっき落ちていったのも?そう思ったレンの十数m先に何か巨大なものが落下してきた。
「うわっ!でかっ!」
それは体長10mほどのハーピーだった。通常のハーピーは人間とさほど変わらないサイズで、しかもほとんどが女性系の顔と身体つきなのだが、目の前に転がっているハーピーはまるで巨人のハーピーのように巨大だった。
たぶん、衝撃波で叩き落とされたのだろう。全身がピクピクと痙攣していた。
「この辺のモンスターって、みんな大きいんですね。」
「そうですね。でも、いっぱいいるので困っちゃいます。」
そう言いながら巨大ハーピーを指先で簡単に弾き飛ばすマリーを見て、やはり、超巨人の住む場所だから周りもそれなりに大きいのだろうか?などと考えるレンだった。

「さすがにこのくらい大きいと気になっちゃいますね。」
そう言うマリーの指先には、100m級のドラゴンが挟まれている。通常よりかなり大きいはずだが、蟻を摘んでいるようにしか見えない。ドラゴンも逃げ出そうと必死にもがき、並の冒険者なら数十人単位を余裕で薙ぎ払う尻尾をマリーの指に叩き付けてはいるが、叩かれている本人は痛くもかゆくもないといった感じだった。
レンはというと、枕もとの上にある何軒かの人の家が置かれている場所でマリーを見上げている。無人の街で見つけたので置物代わりにしているということだ。しかし、城までもが小さな置物になっているのは何とも言えないのだが。
「レンさんに聞いておいていただきたいことがあります。」
マリーが改まってレンの方に向き直る。何か神妙な面持ちに、レンも余計な軽口を叩けないことを自覚した。
「レンさんに初めてお会いする前に、他のパーティーにいたことはお話ししましたよね。」
「うん。」
そのパーティーは、最初はただの冒険者だったそうだ。だが、マリーのあまりの強大さを目の当たりにして、次第に野心がエスカレートしていったのだそうだ。マリーも最初のうちはリーダーの優しさに何でも言うことを聞いていたのだが、自分を利用しているのだと悟った時には、そのパーティーは100人以上を抱える盗賊集団のようなものに成り下がっていた。
そして、野心の収まらないリーダーの次の命令は国を奪うこと。これにはマリーも驚き、拒絶したのだが・・・
「私がいない間に、武力を持たない街に襲い掛かって・・・皆殺しに・・・」
それまでマリーは戦闘以外では決して人を、しかも平和に暮らしている人々に手を出すことはしなかったし、リーダーにも約束させていたのだ。それを簡単に反故にされてしまったのだ。
「でも、私が国を奪うことに手を貸さなければ、同じことを繰り返すって言われて・・・パーティーの全員を・・・踏み殺したんです。」
レンは黙ったままマリーの話を聞いていた。今、何もかける言葉が見つからなかった。自分も他人のことは言えないと思っていたのだ。国盗りとまでは行かないまでも、自分も最初はマリーの力を頼みにしていたんだし・・・
「しばらくひとりでいた後、もう一度だけこびとさんとパーティーを組みたいと思って、それでレンさんと出会ったんです。」
「何で僕だったの?」
その場にレンしかいなかったのだからだろうが、それにしても何で自分なのかという思いもある。
「実は・・・失礼かもしれないんですけど、ちょっと情けなさそうな感じで、だけど、すごく優しそうなものを感じたからです。それに、また同じことを繰り返すようだったら、もう、二度とこびとには会わないつもりだったので、賭けの意味も少し・・・」
そうだよなぁ。あの時は最悪だったもの・・・
「じゃあ、僕のこと『強い』って持ち上げたのは。」
「最初はお世辞のつもりだったんですけど、気持ちが強い人だって本当に思っています。それは信じてほしいんですけど・・・」
「ありがとう。でも、僕はそんなに立派な人間じゃないよ。」
「でも、レンさんに会えて今本当に感謝してるんです。だから、ずっと一緒にいたいと思って」
「昔のことも話さなきゃいけないと思ったんだ。」
「はい・・・」
神妙な顔つきのマリーを見上げて、レンはまたも言葉を失ってしまった。
「あの・・・私のこと、怖くなりました?」
何も言わないレンを見下ろすマリーが、そのまま言葉を続ける。
「もし、そうならそう言ってください。迷いの森までお送りして、そして・・・」
レンの顔が上を向く。マリーも視線が交錯したと感じた瞬間だった。
「マリーさんの強さにも少し慣れたと思うんだけど。それに、怖かったらここまで来る途中でギブアップしてます。」
「え?そ、そうですか?」
「うん、それに僕も言ってなかったことがあるんだけど、マリーさんに会って女性の好みが変わりました。凄く大きくて凄く強い女の子が大好きになりました。」
「え?それって・・・」
ポッと顔を赤らめるマリー。それに呼応するかのように、ドラゴンを摘んでいる方向からいや~な音が聞こえてくる。
「でも、この前お会いしたリナさんも大きくてお強いですよね。」
リサと言わないのがマリーらしいな、やっぱり焼きもちはリナに対してだったのか。そう思ったレンは少しも慌てていなかった。
「そうですね。でも、リナさんは、ドラゴンをそんな風には出来ませんよ。やっぱりマリーさんが一番ですよ。」
ドラゴンを摘んでいたはずの指の間には、クシャクシャに丸められたもはや肉塊としか呼べないものが摘まれていた。

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リサとリナは魔の森の中を彷徨っていた。
あれから5日は経っているのにまだ森を抜けられないどころか出口が見える気がしないふたり、特にリサは苛立ちを隠せない。
「もうっ!いったいどんだけ広いのよっ!」
「そんなこと言ったって・・・あ、お姉ちゃん、ちょっと待ってよ。」
リナが歩きにくそうにしているのには理由があった。服がかなり小さくなっているのだ。
レベルが上がる度に徐々に身体が大きくなる姉妹なのだが、この森のモンスターは通常よりも大きくて強いのだ。故にレベルの上がり方も大きくなるので、ふたりとももう、今の服を着続けることが出来ないほどに大きくなっていた。
「脱いじゃえば?こんなとこ誰もいないよ。」
既に開き直って、前日から全裸のリサに諭されるがリナは恥ずかしくて踏ん切りがつかないでいる。でも、ある意味、ピチピチの服を着ているほうが全裸よりエロく見えることもあるんだけどね。と唐変木などは思ってしまうのだが。

「行くよっ!・・・え?わっ!キャッ!」
「どうしたの?おねえちゃ・・・あれ?いない・・・」
リサの短い悲鳴に、姉がいるはずの方に顔を上げたリナの視界に、リサの姿は無い。あるのはどこまでも続く巨大な木々ばかりだ。
いや、下の方から声が聞こえる。なんだろう?と近づいてみると、リナは口を押さえて絶句してしまった。
そこは深さ100mはあろうかという広大な窪地、しかも、その中には1本の木も生えていない。いや、よく見ると、窪地の中の全ての木々が完全にへし折られて地面に埋め込まれているのだ。
読者諸氏にはもうおわかりであろう。そう、マリーの足跡である。マリーの足のサイズは1300mほどあり、幅も約500m近くある。いくら大きくなったといっても、身長100m程度のリサとリナにとっては、だだっ広い空き地にしか見えない。
「大丈夫?お姉ちゃん。」
高さ50m以上ある崖、ふたりから見たら大きな段差の上からリナが覗き込んでみると、足を滑らせたリサが尻餅をついていた。
「何よっ!これっ!」
尻をさすりながらリサが立ち上がりあたりを見回す。
「よくわかんないけど、木が生えてないから歩きやすそうね。リナもいらっしゃい。」
「うん。。。」
森の巨木は当然根も巨大で、大巨人とも言えるふたりでさえ足を取られて躓いたりするのだ。間違いなくこちらのほうが歩きやすい。そんな理由で、少し不安ではあるがリナも崖から飛び降りて、歩き出した姉の後につき従った。

「なんかさぁ、踏み潰された感じだよね。」
「え?えぇ~っ!?やだよぉ・・・」
リナはリサに駆け寄って、腕を掴んで寄り添う形になった。幹の直径が100m近くあるような巨木もへし折られてなおかつバラバラに砕けて地面にめり込んでいるのだ。
「伝説の巨人って本当にいるのかもね。」
マリーの仕業とは夢にも思っていないふたり。当然だろう、ふたりが会ったマリーは今のふたりの身長ほどでしかないのだ。魔法力は強大だが普通に想像すればこんなこと出来るはずがないと思うだろう。
しばらく進むとへし折られた木々に混じって異様なものが視界に飛び込んできた。思わず立ち止まって見下ろすふたり。
「お・・・ねえ、ちゃん?これって・・・」
「モンスター・・・それも何十匹もいた感じだね。。。」
ふたりの足元には、何十匹ものオークの群れがぺしゃんこに潰されていた。全て身体が破裂したらしく、赤黒いシミの中で貼り付いている。
リサが近くの一匹を摘むと、のしイカ状のオークがパリパリと地面から引き剥がされた。体長3mを超えるこの森以外ではお目にかかれない大物だ。それがおそらくたったひと踏みで全滅させられたということである。流石のリサの背中にも寒いものが走っていた。
だが驚きはこんなものでは済まなかった。少し進んだ先でふたりは再び立ち尽くしてしまった。
それは、オークなどとは比べ物にならないほど大きな赤いシミの中にあった。体長100m級のドラゴンだ。皮膚の鱗と大きな羽がそうだと言っているようだ。だが、このドラゴンも完全にペシャンコになっていたのだ。オークとの位置関係から見ると、どうやらオークに襲い掛かっている時だったのだろう。
この森に入ってふたりもこのサイズのドラゴンと2回ほど遭遇していた。何とか勝つには勝ったが、戦い終わった時にはふたりとも足腰が立たないほど疲れていたのだ。それほど強大なモンスターなのに・・・
「伝説の・・・巨人?だよね。」
「たぶん・・・」
モンスターの亡骸の向こうには窪地の反対側の崖がすぐそばだ。綺麗な曲線を描いて切り立っていているように見える。つまり、おそらくこれは自分たちが捜し求めている相手の足跡かもしれないということだ。でも、あまりにも大きすぎる。この姉妹でさえ気づかずに踏み潰される可能性だってあるのだ。それでも会わなきゃ、リサは、足元の惨状を見て改めて決心した。

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魔の森の中のそんな姉妹の状況など全く知らずに、馬鹿でかい足跡をつけ数十匹のモンスターを瞬殺した張本人は、そのサイズに見合った巨大な家の前で寝そべっていた。
マリーの視線の先では、レンが一匹のトロルと戦っている。トロルの体長は10mほどでレンの5倍はある。が、マリーは慌てていなかった。もし、レンが負けそうになったら、指先でプッチンすればいいだけの話だ。幅50mもあるマリーの指につつかれたらこんなトロルなどひとたまりも無い。
でも、今のところマリーは心配してはいなかった。レンは既に10匹以上の様々なモンスターと戦ってはいるが、指先の出番は無い。今もこのトロルを相手にして脚を切りつけ、蹲ったところにジャンプして剣を振り下ろそうとしているレンの勇姿を、マリーは少し上気した顔で眺めていた。
「20連勝ですね。凄いです。」
倒されたトロルをピンッ!と弾き飛ばして、マリーはレンに微笑みかける。
「いや、もっと強くならないとマリーさんの足手まといになっちゃうから・・・」
「そんなことないです。レンさんは十分お強いです。」
正直レンにはどんなに強くなってもマリーの指先にも敵わないのはわかっている。でも、やらないでいいはずも無い。と思い、しばしの休息の後レベルアップに精を出していたのだ。おかげで、剣士レベルは100に届くほどにまでなっていた。
「ちょっと休憩しませんか?」
レンもかなり疲れているようだ。もし、治癒師だったらすぐ回復させられるのに。と思ったマリーだが、こればかりは仕方がない。レンも自覚があったらしく、マリーの申し出に素直に応じた。
「じゃあ、これはいらないですね。」
左手の上に乗せていた塵みたいな大きさから米粒大までの様々なモンスターを見下ろすマリー。その数は100匹以上はいるだろう。レンが鍛錬したいと言い出した時に森に入って手当たり次第に捕まえて来たモンスター達だ。
マリーはそのまま左手を軽く握り締めると、プチプチッというモンスターが潰れる感触が伝わって来る。何回か握りなおして手を開くと、赤い斑点がついているように見えるマリーの掌の上には、もう動いているものは一つも無かった。

この日は、途中休憩を挟んで暗くなるまでおなじことを繰り返していた。夜になったので家に戻りくつろぐふたり。と言っても、広大なテーブルに頬杖を突いているマリーと、その視線の下で白い布切れの上で寝そべっているレンという構図ではあるが。
「今日は凄くがんばりましたね。流石はレンさんです。」
「そんなことないよ。でも、ずっと見てて退屈だったんじゃないの?」
「そんなことありませんっ!だって、レンさんががんばってる姿って・・・カッコよくって・・・」
マリーが顔を赤らめる。惚れるということはそういうことなのだろう。レンもそんなマリーの顔を見上げて、やっぱ可愛いなぁ・・・などと思っていたのだが。

「いつまでもここにいるわけにもいきませんから、明日出かけましょうか。」
「そうですね。私もそう思っていました。」
レンの提案を、意外にもマリーはすんなりと受け入れた。もう少し二人っきりでいたいとか言われると思ったのだが少々拍子抜けしたレン。
昨夜のレンの告白に限りなく近いものが奏功したのか、マリーの中でも気持ちに余裕が生まれてきたようで、全く焦る必要はないんだと思うようになっていた。。

翌朝、マリーの家での最後の朝食を取り、身支度を整えるふたり。ちなみにマリーの服装は胸元が大きくあいたあの服装で出かける気らしい。
「あら、レンさんも焼きもち焼いちゃう人なんですか?」
楽しそうなマリーの声。
「でも、大丈夫ですよ。レンさん以外のこびとには触らせませんから。」
当り前だろうな。もし、そんな勇気のある者がいたとしても、確実に叩き潰されるだろう。
と、その時だった。マリーが何かを感じたらしい。
「え?うそ・・・」
「どうしたの?」
「リサさんと・・・リナさん・・・どうしましょう・・・」
「え?」
あのふたりの大巨人でさえ、魔の森を抜けるのには数日は必要なはずだ。しかも、普通の数日ではない。他の場所とは比べ物にならないほど強大なモンスターが次から次へと襲い掛かってくる場所なのだ。ふたりは途中で諦めて引き返すと思っていたのだが。
だが、現に踏破してしまったのだ。マリーの一族以外では初めての快挙でもある。
「そんなに伝説の巨人に会いたいのでしょうか?」
「うん、なんかそんな感じだね。どうするの?」
しばらく考えてマリーはゆっくりと立ち上がった。
「ちょっと会って来ます。」
今のサイズのままでご対面ですか。間違いなく腰を抜かすだろうな。と思いながら、レンは外に出ていくマリーの後姿を見送っていた。