まだ無謀だったかなぁ・・・周りの連中、みんな強そうじゃんか。レンは小さな溜息をついた。
剣と魔法の世界。若く志のある者は全てが冒険者となり、より高みを目指す。それは、一国を治める主になった者。一代で財をなした者。剣士として最高の栄誉を得た者。などなど
その全ての成功者たちの出発点が冒険者だからだ。
レンも16歳の誕生日に志を立て、冒険者となった。冒険者になりたての者たちは、近いレベルの仲間を見つけて2~5人程度のパーティーを編成し、街の依頼でモンスター退治や、
宝探しを行ってレベルを上げていく。
レンもつい先日までは、とあるパーティーに所属し、数回のモンスター退治を経て、何とかレベル3にま でなっていた。

「なんであんなことになっちゃったんだろうなぁ・・・」
それはモンスター退治を終えて街に戻る途中のこと、4人か5人でもよくないか?と誰かが言いだしたのがきっかけだった。
この時のパーティーは6人。剣士が2人、格闘家が1人、商人が1人、魔導師が1人、治癒師が1人の編成だった。しかも全員が男である。
これだけの人数だと頭割りでカウントされる経験値もたかが知れているし、かといって全員がレベル3程度なのであまり強いモンスターでは相手にならない。そしてとどめが商人の一言。
「金も少ないからさぁ、装備揃えるのも時間がかかるんだよね」
話は決まった。誰かに抜けてもらおう。商人、魔導師、治癒師はそ れぞれのプロフェッショナルだから残留。格闘家はこのパーティーのリーダーだ。そうすると残るは剣士2人だ。
レンには残留する自信があった。何しろもうひとりの剣士はまだ参加2回目の新人だったからだ。こいつが抜けさせられるに違いない。
ところが、である。レン以外の全員一致でレンが除外と決まったのだ。当然納得できないレンはリーダーに食ってかかった。
「なんで俺?こいつの方が新参者じゃんかっ!」
その新参者はニヤニヤ笑っている。
「あのなぁ、レン。お前は剣士のセンス無いんだよ。今までだってそうだろ?お前、モンスター倒した?」
「何匹か、は・・・」
剣士、格闘家、魔導師など、直接モンスターに対する者は、直接倒した モンスターの経験値しか入らない。だからレベル3になっているのだ。だが、リーダーはさらに追い打ちをかける。
「瀕死の奴を、な。こいつは2回目だけど、もう3匹も倒してる。それに今回は商人を助けてくれた。お前、何してた?」
「い、いや・・・その・・・」
「お前、治癒師の防御陣の中にずっといただろ?剣士がそんな場所にいてどうする?それに今のレベル3だっておまけみたいなもんで、実際のレベルは・・・」
「わ、わかったよっ!もっといいパーティー探してやらぁ!お前ら、そん時に頼みに来ても絶対に戻ってやんねえからなっ!」
キレたレンは、元仲間たちの嘲笑を背に走り去ってしまったのだった。

それから数日、剣士がいない パーティーに声をかけて回っていたのだが、既にレンの悪評は知れ渡っておりどこからも声がかからなかった。
仕方なく、街を出て隣街に来てみたのだが・・・レベルが高いのだ、剣士募集の張り紙には『最低レベル5以上』とかの文字が躍っている。とてもレンに声がかかるような雰囲気ではない。
この先の街に行っても求められるレベルは高くなるばかり。しかも、今回は無事だったが、道中モンスターに襲われないとも限らない。
レンは文字通り途方に暮れてしまっていた。

この街で既に3日、金も底を尽きかけていた。商人ならばこんな時に融通先を見つけてくれるなり、上手い知恵を出してくれるなりするのだが、クラスチェンジしたくても
レベル3では ・・・せめてレベル20はないと、無理だし・・・
もう打てる手はふたつしかない。前の街に戻るか、フリーのモンスター退治に出るという賭けに出るか。道中で遭遇したモンスターを退治しても、報奨金は出ないが経験値は溜まる。
それで何とかレベル5まで上げれば・・・でも、ひとりっきりでそんなこと出来るのだろうか?失敗すればもちろん命は無い。一握りの成功者の回りにはその100倍以上の落後者の
躯が横たわっているのだ。

前の街に帰るかぁ・・・そう思いながらも一縷の望みを託して張り紙を見に行く。ごっつい身体つきの格闘家や、レンより小柄だが俊敏そうな剣士、インテリっぽく眼鏡をかけた
性格の悪そうな魔導師など、間違いなくレン よりレベルが高い連中がぞろぞろいる。そんな時だった。

・・・ィィンッ、ズシィィンッ、ズッシィィィンッ!!!

重苦しい重低音とそれに伴う地面の揺れ、しかもだんだん大きく激しくなっていく。
な、なに?何か、来る?近くにいた奴らも何が起こったのかわからないような表情をしている。やがて、ある一点に視線が固まり、数秒後には脱兎のごとく駆け出す者が続出した。
レンも何が来るのかと振り返ると、そこには・・・何も無い。いつの間にか振動音も地響きも止んでいる。なんだ気のせいか。と思って周囲を見渡すと、既にレンしかいなくなっていた。
どうしたんだ?冒険者だけでは無く、宿屋の夫婦も居酒屋のオヤジも武器屋も防具屋も 道具屋も、み~んな街から逃げ出していた。その時、
「あの~・・・」
背後から女の子の声。しかも耳を塞ぎたくなるような声量だ。もう一度ゆっくりと振り向いてみる。やはり誰もいない。
「冒険者の方、ですか?」
はっきり聞こえた。というより上空から轟いた。う、え?なんで上から?ひょっとしてハーピーがからかってんのか?でも人間の街にハーピーが来るはずは・・・
「・・・へ・・・ひ・・・ひゃ・・・」
上を向いて一気に腰が抜けた。動きたくても身体が石にでもなったように固まって全く動けない。
だって、頭上には恐ろしく巨大な女の子の顔があって、レンをじっと見下ろしていたのだから・・・
しかも空中に浮いている訳ではな く、街の外から長くて太い脚が伸び、膝の上に両手を置いてその上に顔がある。どう見てもしゃがんで見下ろしているポーズだ!
「冒険者の方・・・ですよね。」
彼女は、返事が無かったので、装備を見て冒険者であることを確認したいようだった。
レンは言葉にならない呻き声を上げながらも頭を上下に振っている。そうです。冒険者です。それが何か?
いや、この巨人は冒険者に恨みがあるのかもしれない。もし、そうなら一発でミンチ、いや、地面の染み決定だ!何て早まったことをしてしまったんだぁ!?
「よかった。あの、お願いがあるんですけど・・・」
レンが肯定したのを見た女の子の言葉は、最悪の予想を裏切ってくれた。何とか命を取り留めたらし い。
「は・・・はひ?な、なんれ・・・ひょう?」
まだ言語中枢はマヒしたままではあるが、何とか意味が通じる言葉がレンの口から出始めた。
「わ、わたし、レベル1の魔導師、なんですけど・・・もし、よかったら、わ、私とパーティー組んでくださいっ!」
「はひ???」
「やっぱ、ダメ・・・ですか?あの、レベル低過ぎ、でしょうか」
ブンブンブンッ!レンは今度は首を思いっきり横に振る。本能がそうしろと叫んでいるのだ。今、この子の機嫌を損なうことだけは絶対に避けなければならない。
「じゃあ、私とパーティー組んでいただけるんですか?ホントに?」
ブンブンブンッ!今度は縦振りだ!こんな状態で断ったら・・・レンの背中 が冷や汗でびっしょりだ。
「あの、わたし、マリーって言います。あなたは?」
「レ・・・レン・・・で、す」
「これからよろしくお願いしますね。レンさん」
マリーはにっこり微笑んだ。

ズッドォォォォンッ!!!
マリーは街に一歩も入らずにレンをそっと摘まむと、街の外に腰を降ろした。衝撃で何軒かの家が崩れ落ちる。
「あの、レンさんのレベルは?」
「レ、レベル3の、け、剣士・・・です。」
マリーの左掌の中央に乗せられて、レンはもう逃げられないと悟った。
「まあ、お強いんですね。私なんかじゃ足手まといになるんじゃ・・・でも、よかったぁ。いつ来ても誰もいなくて、でも今日はレンさんがいらっ しゃったから、ダメで元々と思って
思い切って声をかけてみたんですけど、嬉しいですっ!」
いや、最高レベルの剣士や格闘家でも、たぶん、いや、絶対に断れないと思います。
「そんな・・・そ、それより、ひとつ聞いていいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「マリーさんって、き、巨人、なんですか?」
マリーの顔つきが少し変わる。レンの顔だけでなく身体中から血の気が失せていく。ひょっとして、地雷踏んだ?
「そう見えます?普通の人よりちょっと大きいだけですよ。身長は516mしかありませんから」
ちょっと?ですか・・・ははは・・・力なく笑うレン。巨人族は平均20mくらいだから・・・そいつらから見ても充分巨人だと思うんで すけど、しかも自分の身長は170cmなので、300倍?
そりゃ掌もこんなに広いはずだよなぁ。家の5軒や10軒、楽に乗っかりそうだもん。。。
「お、大きい、です、ね・・・」
「やっぱり、そう思いますか・・・レンさんは大きい女の子はお嫌い?」
ブンブンブンッ!レンは無意識に首を横に振り続けていた。

レンは一度街の中に降ろしてもらって、冒険者向けの依頼の張り紙を見ていた。マリーは膝を抱えて大人しく座っている。どうも危害は加えられないようだ。
しかし、あの指で力加減間違えられたら・・・そう思うとやはり血の気が引いていく。
「これがいいかな。」
手に取ったのは謝礼金が一番高い依頼。推奨レベルは10~15。 確かにここに集まる連中では少々持て余しそうな難易度だ。内容は?
『最近南方でオークが徒党を組んで街や村を荒らし回っている。当初レベル7のパーティーを派遣したがあえなく全滅。30頭程度の群れで、中に魔導師、治癒師の能力を有するものが
いるらしい。報奨金は金貨300枚。頬に十字型の傷を持ったボスの首と引き換え。推奨レベルは10~15。云々・・・』
オーク、簡単に言えば二足歩行のイノシシに似た顔つきのモンスター。体長は1~3m。夜行性。雑食で通常は群れを作って行動する。仲間意識が強く群れの団結は強固。ってとこか。
仕事を決めて、マリーの方に走って行く。街を出て・・・レンは急停止した。
恐ろしく巨大な編み上げのサンダル 。たまたま足の横に立っていた木が枯れ枝を突き刺しているようにしか見えないほどだ!さらに、膝を支点にしてふくらはぎと太股が巨大なアーチを
作り上げている。しかもその大きさたるや桁外れ!体長数十mのドラゴンでさえ余裕で潜れてしまうほどの大アーチだ!
圧巻は巨大なヒップ!大きさもさることながら圧倒的な重量だろう。周りの地面が数m押し上げられていることも、それを物語っている。恐らく下敷きにされているものは全て・・・
「どうしました?」
マリーの声に、レンはハッとっ我に返った。
「い・・・いえ、なんでも・・・それより、仕事、決めてきました。」
「ホントですか?私たちにとっての初仕事ですね。」
上空で嬉しそうな 顔のマリー。ここはお金のためにマリーにひと肌脱いでもらうしかない。と実は考えていたレンだった。

ふたりは南に向かって歩き出す。といってもこの体格差だ。しかも、マリーの足のサイズは75mもある。歩幅は実に200mを優に超える。
レンが歩き進んでも、マリーは立ったまま見下ろしていた。
「どうしたんですか?行きたくなくなりました?」
やっと慣れてきたのか、レンは普通の口調に戻っていた。だが、相変わらず丁寧なもの言い。
「いえ、その・・・言いにくいのですが、私に乗って頂いた方がいいんじゃないかと・・・」
確かにそうだ。しかし、万が一落とされた時のことを考えると恐らく歩いた方がいいと思ったレンは、「大丈夫です!」と 言いきって歩きはじめた。
「じゃあ・・・」
後背からマリーの声が聞こえた次の瞬間、ゴォッ!恐ろしく巨大な何かが上空を飛び去って行った。
バキバキバキィッ!!!ズッシィィィンッ!!!
マリーはたった一歩でレンを追い越し、その先の林を半分ほど踏み砕いた。
「や・・・やっぱり、乗せて、もらおう、かな・・・はは・・・」
万が一踏み潰される可能性の方が遥かに高いと悟ったレンの賢明な判断だった。

かなり遠くに来たという実感がまるで無い。3つほどの山を文字通り踏み越えて歩くマリーにとっては5分とかからない距離。ここに依頼元の村があった。
マリーには少し離れた所で待っててもらい、レンがひとりで村に入っ ていった。だが、村人の反応は冒険者に対するそれとは程遠かった。
遠巻きに見守る村人たちの中からひとり、杖をついた老人が歩み出る。よくある長老のご登場だ。ところが、長老はその場に跪き頭を垂れた。
「この村にはもう、何も残っておりませぬ。お願いです。これで、魔物様を連れて立ち去っていただく訳には参りませんか。」
差し出した両手には布袋。恐らく食料か何かが入っているのだろう。
「い、いや、僕たちは・・・その・・・」
「あのような立派な魔物様にはごく少量かも知れませぬが、オークに食い荒らされ、本当に何も残っておらんのです。どうか・・・」
たぶん彼等はレンのことを、魔物を連れた人間なので話せばわかると思っているのか もしれない。でも、魔物って・・・マリーが聞いたら怒るか悲しむか・・・
そうだ!と思い、レンは持って来た依頼の張り紙を長老に見せる。長老の頭に?マークがいくつか浮かんだように見えた。
「で、では・・・冒険者様?あの魔物様も?」
「彼女は魔物ではありません。立派な人間です。ただ、ちょっと・・・大きいですが・・・」
山の向こうで膝を抱えて蹲っている山より大きな女の子が、こちらを見てにこやかに手を振っていた。

「マリー、お待たせ」
レンの目の前に厚みが3mはあろうかという巨大な指が現れる。レンが爪に足をかけて指先にしがみつくと、少し上がって掌にぽとりと落とされ、
さらに掌が上昇してマリーの顔の前ま で上げられた。
「やっぱり魔物だと思われたんですね・・・」
少し寂しげな表情。でも、なんで?まさかだけど・・・
「はい、長老さんとのお話、聞こえてました。でも、レンさんは私のこと魔物じゃないって言ってくれましたから、嬉しい・・・です」
マリーの頬が少し赤らんでいた。それにしてもなんという聴力。だからあの時、ドンピシャのタイミングで手を振ったのか。しかし、これでは下手な独り言も言えやしない。
「じゃあ、長老さんの話してくれた情報も言わなくても大丈夫?」
「はい。でも、村の人の大事なものを根こそぎ持って行くなんて・・・絶対に許せません!」
マリーの目からメラメラと炎が上がっているように見えた。

</ div>
作戦は無いに等しい。オークの巣の居場所はある程度わかっているので、夕方近く、奴らが出掛ける時を見計らって強襲する。それだけだ。
まずはオークの巣を見つけ出すのが先決だが、これは簡単に見つかった。マリーの研ぎ澄まされた感覚が、見張りと思われる4匹のオークを捉えていた。
場所はマリーならひと跨ぎ出来そうな程度の山の谷間。いくつか洞穴があり、一番大きな洞穴の入口近くでウロウロしている。
今、襲撃したら洞穴の中に逃げ込まれ、迷路のような中を通って思わぬ場所から逃げ出される可能性もある。でも、マリーだったら、山ごと・・・いや、やめておこう。
だって、本当に山ごと潰しかねないし・・・

マリーはレンを掌に乗せ たまま小さく蹲っていた。でも、声量が余りにも大き過ぎて会話が出来ない。そんな時だった。
『レンさん。』
「へ?」
レンは思わず自分を優しい表情で見下ろしているマリーを見上げた。今のって、マリーの声だよな・・・
『これならお話出来ますよね。』
間違いない、マリーはレンの心に語りかけていたのだ。
「え?あ、うん。でも、マリーはそんなことも出来るんだ。凄いね。」
『普通に話すとこびとさんにはうるさ過ぎるから、練習したんです。』
そうだよな。マリーを基準にすればみんな小動物か虫けらみたいなもんだ。人間だってせいぜい体長1cmにも満たないこびとな訳で、巨人でもマリーから見たら5~6cmってとこだし・・・
「で も、凄いね。それも立派なスキルだよ!」
『ありがとうございます。それより、ふたりで力を合わせて立派な冒険者になりましょうね!』
「あ、うん。そうだね。」
レンはそれしか言えなかった。力を合わせて・・・間違いなくレンの力は限りなくゼロに近いと思う。ほぼ全てがマリー頼みなのだ。マリーはわかっているのだろうか?
しかし、わかっていてレンをからかっているとは思えない。まぁ、いいか。あまり深く考えずに夕方を待った。

オークの洞穴の入り口がバッチリ見える山の頂上にレンは立っていた。何匹かがぞろぞろと出てくるのが見える。これでもレンは視力もいいし、夜目も効くのだ。
その中で、ひときわ大きな、頬に十字の傷が入っ たボスの姿を見つけた。
オークたちは、一度洞穴の前に集合すると、偵察役を先頭にぞろぞろと移動を始めた。向かう先は西の方角?依頼を受けた村とは違う方角だが、そちらにも何かあるのだろう。
「あ・・・あいつら、留守番か。」
昼間、外で見張りをしていた4匹が、その場で横になっていた。留守番兼仮眠といったところか。他の奴らが寝ていた時間に起きていたのだからそういう役割なんだろう。
『あの子たち、捕まえましょうか?』
いつの間にか顔を覗かせていたマリーが、レンの心に話しかける。
「うん、でも出掛けた連中に気付かれないように、出来る?」
『はい、大丈夫です。』
マリーはさらに身体を伸ばして前かがみになる。レン の背後からどんな石柱よりも太くて頑丈な太股が倒れかかってくる。バキバキッと木々がへし折られる音。マリーが膝を
ついたんだろう。頂上付近も少し揺れた。
レンはいきなり真っ暗になった頭上を見上げると、マリーの上半身が聳え、それがまたゆっくりと倒れ込んでいった。遠目に見たらどんな光景なんだろう?
山の上に、さらに巨大なものが聳えている光景、夕陽を浴びてどんなシルエットを描いているのだろうか?
口には出せないな、と思いながら見張りのオークの方を見下ろすと、今まさに、マリーの巨大な手が伸びていき4匹纏めて地面ごと指の檻で取り囲もうとしているところだった。

突然、4匹のオークたちの頭上に暗闇が覆った。昼間じゅう見 張りのために起きていて、ほとんど寝かかっていてもこれには気がついた。
ほとんど同時に跳ね起きて武器となる槍を持つあたりは、よく訓練されているのだろう。
しかし、彼らにさえ、頭上に覆いかぶさった巨大な天井の正体が一体なんなのかわからなかった。
ズンッ!ズンッ!ズンッ!
上を見据え、槍を構えているオークたちの近くに巨大な柱のようなものが3本、立て続けに突き刺さった。幅だけで彼等の体長を軽く凌駕するほどの巨大な柱。いったいどこから?
きっと、彼等はそう思っただろう。
ズズンッ!
彼等が3本の巨柱の出現に驚き戸惑っている間に、もう一本、一番太く頑丈そうな柱が地面に突き刺さった。言うまでも無くマリーの親指だ。</ div>
そして、次の瞬間には、合計4本の柱に取り囲まれた地面は、オークたちを乗せたまま抉り取られ、上空へと持ち去られていった。

マリーの右手はいとも簡単に4匹のオークを乗っていた地面ごと掴み上げて、左掌に降ろしていた。
ズズンッ!という衝撃を伴って、また元の場所に座っているマリーを見ると、左手の上でとても小さなものが蠢いているのが見えた。
本当にあっという間にさらってしまったのだ。近くに他に仲間がいたとしても、なんだろう?と振り返った時にはきっと抉られた地面しか残っていない。そのくらい早かったのだ。
マリーは右手で4匹のオークを器用に追いやって、また4本の指で取り囲むようにして纏めて摘まみ上げた。オークはあ の巨大な柱の正体に気がついただろうか?
いや、少なくとも危機的状況であることは気付いたはずだ。微かだが彼等の叫び声がレンの耳にも届いていた。
「これ、どうしましょうか。レンさんが退治しますか?」
マリーは今度は小声でレンに話しかけた。
「ぼ・・・僕、ですか?」
レンもまたマリーの一連の動きに驚愕していたのだ。いきなりオークを退治しろと言われても・・・
まともなレベル3であれば、一対一であれば何とか勝てるだろう。しかしレンは限りなくレベル1に近いレベル3である。まともに戦って勝てるかどうか・・・どうしよう。。。
「あの、すみません・・・こんなオークじゃ物足りないですよね。」
マリーの申し訳なさそう な声。かなり買いかぶられているようである。
「いや、そんなこと・・・ないです。僕がやります!お、降ろして・・・ください!」
もう、レンはヤケクソである。負けそうになってもマリーが助けてくれる。そう思ったのだ。でも、もうちょっとがんばろうって気持ち、あった方が・・・
「でも、4匹もいっぺんに!やっぱりレンさんは凄いですね!」
嬉しそうにマリーが言ったその瞬間だった。
「あら?」
ちょっと戸惑ったようなマリーの声。目の前まで右手を上げて、指先で摘まんでいるはずのオークを見ていた。そこから滴り落ちる赤い液体。そう言えばオークは人獣系なので
血の色は赤・・・ってことは、オークの血?
「ご・・・ごめんなさ い。この子達凄く弱かったみたいで・・・あの、潰しちゃいました。。。」
そうじゃなくてマリーさんが凄く強いんだと思いますっ!だって、指先でオークを4匹簡単に捻り潰せるなんてこと出来る人間、いませんって!
レンは心の中でそう叫びながら、すでにひと塊の肉塊に変わり果てていた4匹のオークがマリーの指先から落ちていく光景を唖然として眺めていた。

気を取り直して今しがた出かけたオークの群れを追いかけることにするふたり。でも、全く慌てていなかった。だって、まだ、マリーの足でたった数歩の場所をゾロゾロと歩いていたのだから。
『これからどうするんですか?』
指先にこびり付いていた肉片を綺麗に地面に擦り付けて、マリーはま たレンの心に話しかけた。
「あ、はい・・・と、とりあえず、足止めして・・・」
目の前でマリーの桁外れのパワーを見せ付けられた直後である。レンの頭の中はまだいろんなものがグルグルと駆け巡っていた。
『わかりました。』
マリーはゆっくりと立ち上がると、オークの群れにそっと近づいていった。といっても、森の中である。足を踏み下ろせばベキベキバキバキと木々を踏み砕き、膨大な体重が地面を大きく
揺るがしてしまう。オークも気がつかないはずは無かった。
最後尾の2頭が洞窟までの戻り道の安全を確保しようと戻りかけたその前方に、右足が踏み下ろされた。彼らにとっては突然巨大な壁が現れたようなものだ。
次いで、群れの先頭の 少し先に左足。これで、オークの群れを足だけで完全に取り囲んでしまった。その間レンは、はるか上空のマリーの掌の上から眺めているだけだ。

何が起こったかわからないがとにかく危険なことだけは確かだと悟ったオーク達は、ちょうど左右の足の中央辺りに固まって次に起こることに備えているようだった。
槍隊が外周を外向きに守り、その中に弓を持った者や魔導師、治癒師、リーダーがいる。数はざっと30頭といったところか。
「え?すごい・・・」
レンが声を上げたのも無理は無い。隊列を整えてから10秒もしないうちに、彼等を取り囲むように濃いグリーンのドームが出現したのだ。治癒師の張った物理障壁だ。
それはレンが今まで見たことが無 いほどに見事だった。前のパーティーの治癒師の物理障壁などこれに比べたら紙切れみたいなものだ。これならレベル7程度のパーティーが全滅するのも頷ける。

マリーはその場にしゃがむと、片手で簡単に掴めそうな半球型の物理障壁を見下ろしていた。
「物理障壁ですね。しかも、レベル10は超えているものです。」
『じゃあ、魔法で壊しちゃいます。』
レンの冷静な(に見える)説明に、マリーは魔導師として戦おうというのだ。だが、いくら強大なマリーとはいえ、魔導師としてはレベル1である。使える魔法はせいぜい・・・
空いている掌の上に真っ赤な球体が浮かび上がる。やはりファイアボールだ。火の精霊の力を借りて作り出す火球。最初から簡 単に使える魔法だ。剣士や格闘家でも、これだけは使えると
いう者も多い。上級レベルともなれば、相手を火達磨にすることもできるが、初心者の威力はせいぜい熱いと思わせる程度。
だが、レンは口をあんぐりと上げて呆けていた。とにかく火球のサイズが半端ではないのだ。マリーの体格に思いっきり比例したサイズのそれは、城のひとつやふたつ、簡単に炎に包めるほど
巨大だったのだ。マリーはさらに掌をゆっくりと握っていき、火球を小さくしていった。熱が収縮され球の色が赤からオレンジ、そして青白色に変わっていく。つられてレンの顔面の色も
蒼白になっていった。

オーク達も気がついたらしい。障壁の中から矢や氷柱、いかづちといったものが 飛び出してくる。この物理障壁は質も相当高く、中からの攻撃は透過できるようだ。
これでは、レベル10、いや15はないと相手をするのは厳しそうだ。
だが、これらの攻撃も、はるか上空のマリーの手の甲には全く届かず、両足に当たったところで痛くもかゆくも無いらしく、マリーの口からオークの攻撃については何も語られなかった。
ひょっとして攻撃されていることにも気づいていないわけでは無いと思うが。
マリーの口からは、オークに向かって別の言葉が発せられていた。
「村の人たちを襲って略奪をする者達は、レンさんと私が退治します!覚悟しなさい!」
高らかに宣言するなり、火球をオーク達に投げ落とそうとする。その時だった。
「 ま、まずいっ!」
火球は既にマリーの手を離れ、真っ直ぐに落ちていく。だが、ターゲットの障壁の色が、一瞬で銀色の鏡面に変化したのだ。
反射型魔法障壁!レンも聞いた話でしか知らないが、攻撃魔法を防御するだけでなく相手に完全に跳ね返すのだ。こんなものまで作れるなんて、しかも、切り替わりがあまりにも早い!
「マリーさんっ!避けてっ!」
「へっ!?」
何のことかさっぱりわからずに、レンを見つめるマリー。火球は魔法障壁に接触する寸前まで迫っていた。
「だから、跳ね返って来るか・・・」
ペキッ、ピキッ、パシッ・・・
下から何かが壊れる音が聞こえる。レンは言いかけた言葉をそのまま飲み込んでいた。だって、マリーの ファイアボールが、まさに反射型魔法障壁を突き破ろうとしていたのだから。
そう言えば、魔法障壁はそれよりレベルの高い魔導師の攻撃には耐えられないって聞いたことがある。吸収型なら威力を少し弱めることが出来るが、反射型は突き破られるとも。
いや、魔導師のレベルは使える魔法の種類や多さに関係するもので、魔法力そのものは必ずしもレベルに比例しない場合もあるとかも聞いたような・・・
レンはキョトンとして見下ろしているマリーの顔を見上げていた。いったい、この子の力って・・・

マリーのファイアボールは、ついに反射型障壁を押し砕き、半球形のドームの中で破裂した。一瞬でドームの中が炎に染まり、割れた場所から火柱が吹き上がった 。
待つこと数分、いつしか障壁は跡形も無く消え去り、障壁の中だった場所は真っ黒な円形になっている。そして、オークの気配は全く無くなっていた。
レンは障壁の脇に降ろしてもらい、近づいてみた。まだ全身に熱が襲い掛かりもの凄く熱い。それでもドーム跡に近づいていったが、膝がガクガクしていくのをレンは自覚せざるを得なかった。
中は完全に炭化していた。焼け焦げたオークの亡骸に少し触れただけでボロボロと砕けていった。植物も同じだ。へし折れて横たわっていた一抱え以上ある木の幹も、レンが触れた瞬間に
崩れ落ちていく。水分などただの一滴も残っていない。まさに、紅蓮の炎に焼き尽くされたといってもいい光景だった。
「あの・・・」
上空からマリーが恐る恐るという感じで声をかけてきた。
「は、はは・・・すごい、です、ね。。。ぜ、全滅、しちゃい、ました・・・」
「ご、ごめんなさい。レンさん、全然活躍できなくて・・・」
いや、そんなことはいいんです。マリーさんのあまりの強さに驚愕しているだけですから。なんてことは絶対に言い出せないレンだった。

村に立ち寄り、証拠は無いがオークを退治したことを告げた帰り道、マリーの顔は少し寂しそうだった。それは報奨金の条件の首領の首も完全に炭にしてしまい、判別不能だったからだ。
「ごめんなさい、私のせいで報奨金が・・・」
「いえ、村の人が喜んでくれればそれで・・・」
マリーは立ち止まると、そこにあった山の中腹を崩しながらゆっくりと腰を下ろした。何かレンの様子が気になったのだ。
「あの、レン・・・さん?私のこと、怖くなったんじゃ・・・」
「へ?いや、それより・・・」
レンは違うことを口にし始めた。今回の依頼は最初からマリーの力をあてにしていたこと、あわよくばマリーの力で金儲けが出来るかもしれないと思っていたこと。
「だから、僕はマリーさんと一緒にいる資格が無いんです。。。」
しばらくの沈黙の後、マリーが口を開いた。
「そうですか。でも、レンさんは私を普通に扱おうとしてくれました。だから、レンさんだったら利用されても・・・」
実はマリーが何回かパーティーを組んだ相手は皆そうだったのだ。そして、それがあまりに露骨になってきた時、いつもマリーの方から離れていったのだ。
しかし、もし、レンがそうでもレンとだけは離れたくないと思い始めていた。あの村の長老との会話が聞こえたときからそう思っていたのだ。
「ダメです 。僕だってどう変わるかわかりません。マリーさんのことは好きです。素敵な人だと思います。でも、一緒にいたら、マリーさんを傷つけてしまいそうで・・・」
やっぱり、レンさんはこんなにも優しい。なのに私は・・・マリーはレンへの思いが一層強くなるのを自覚した。
また、しばらくの沈黙。今度口を開いたのはレンだった。マリーの望んだ答えとは大きくかけ離れていた。
「一度離れましょう。やっぱり僕には変な意味ではなくマリーさんが必要なんだと思ったら、必ず会いに行きますから。」
マリーは掌の上の小さなレンの表情を見ていた。凄く悲しそうな、申し訳なさそうな顔。そんな顔しないで欲しい。そう思わずにはいられない。
今は少し離れたほうがいいかもしれない。でも、絶対にまた会いたい。決心したマリーはその場にレンを置いたまま、一度も振り返らずに盛大な地響きを立てて歩き去っていった。

数日後、
「なんであんなこと言っちゃったんだろうなぁ・・・」
マリーと初めて会ったあの街で、レンはひとり呟いていた。やっぱり冒険者には向いていないのだろうか。レベルは何とか4に上がったがひとり なのでせいぜいレベル2程度の
モンスターしか相手に出来ない。無理すると大変なことになるし。。。
「はぁ・・・」
張り紙を見てもため息しか出ない。どこかのパーティーに入るにも、あとひとつくらいレベルを上げないと。その時だった。

・・・ィィンッ、ズシィィンッ、ズッシィィィンッ!!!

重苦しい重低音とそれに伴う地面の揺れ、しかもだんだん大きく激しくなっていく。
えっ?こ、これって?いつのまにかその場にはレンだけが取り残されていた。
「あの~・・・」
間違いない!マリーの声だっ!
「冒険者の方、ですか?」
これって、あの時と同じ口調、同じ台詞?
レンはゆっくりと振り向 いた。あの時と同じように街の外でしゃがんでいたマリーが上空から街中を覗き込んでいた。
「冒険者の方・・・ですよね。」
レンはあの時と同じように思いっきり首を縦に振る。それを見て、マリーの顔が急に笑顔になった。
「よかった。あの、お願いがあるんですけど・・・わ、わたし、レベル3の魔導師、なんですけど・・・もし、よかったら、わ、私とパーティー組んでくださいっ!」
マリーのすごく嬉しそうな顔。やっぱり、自分にはマリーが必要なんだ。そうレンに確信させるには十分な笑顔だった。
「喜んでっ!」
マリーの指がレンに近づき、あっさりと摘み上げられた。そして広大な掌の上。
「やっぱり、私、レンさんがいないと・・・」
レンが自分の口に人差し指を立てて、マリーの言葉を遮る。
「それ以上女の子に言わせたら、僕は本当にだらしない男になっちゃいますよ。」
「そうですね。でも、あれから何日もたってないのに凄く寂しかったんです。レンさんの気配を感じたので来ちゃったんですけど、迷惑でした?」
「僕もマリーさんのことを考えていたんです。お互い様ですよ。」
「ほんとですか?うれしいっ!!!」
思わずレンを乗せたままの掌を、胸元に押し付ける。
「う・・・うぐっ・・・つ・・・ぶ・・・れ・・・」
レンの微かなうめき声に気づいたマリーが、慌てて掌を目の前に上げると、ぐったりとしたレンが横たわっていた。
「ご・・・ごめんなさい・・・嬉しくってつい・・・」
薄れかかっていく意識の中で、心配そうに見つめるマリーの顔を見ながら、レンはこれからは文字通り命がけの冒険になることを予感していた。