朝、たまに立ち寄るコーヒーショップで、たまたま隣の席に長身で美人の女性が座ると得した気になりませんか?

カフェテラスにて

ビジネス街の外れ近くに建っている4棟の高層ビル。高さおよそ200mとほとんど変わらない高さの屋上は、広大な回廊で繋がっている特殊な造りだ。
そしてその高層ビル群から少し離れた場所に建つ少し低めの建物、いや、これは建物などではない。ただの構造物、というのも違う気がする。何故ならその中は隙間なく土砂やコンクリート、
鉄筋などが無造作に詰め込まれ、ひとはおろか空気が入る余地もないほど圧縮されていたのだから。

高層ビルの屋上にはカフェテラスが営業している。ここからビジネス街を一望するのは気持ちのいいもので、それを目当てに通ってくる客も多い。
だが、朝のこの時間はそれとは違う目的の客でもう満席に近い状態だった。

専用のコンベアが動き出し、そこに乗せられたちょっとした建造物ほどもあるものがゆっくりと移動し始めると、彼らの間が少し騒がしくなってきた。彼らのお目当てがもうじきここに現れるからだ。
やがて、「来たっ!」誰かの声を合図に一斉に向いた彼らの視線の先では、タイトスカートにブラウス姿の若くてスタイル抜群の美人が足元を気にしながらゆっくりと近づいてくるところだった。

その女性は高層ビル群の前で一度立ち止まり、真下を見下ろしてみた。いつもと同じだな、と思ってしまう。自分を基準にすればとても小さな人たちが、膝より少し高い程度の高層ビルの
屋上で自分を待っていてくれているのだ。彼女は持っていたトートバッグを椅子(にしか見えないほど小さな建造物)の横に置いて、その上にゆっくりと座った。
トートバッグを置いた衝撃が震度3、座った衝撃が震度4といったところだろうか。彼女も気を使ってなるべくそっと動くように気をつけてはいるが、ちょっとしたことで大きな衝撃を与えてしまうのだから
この程度は仕方がないだろう。

彼女の正体は秘密に包まれている。軍に所属し、統合作戦本部長付けというのが公式な肩書ではあるが、軍事機密、あるいは国家機密の名のもとに本名は公開されていない。
身長は約720m、常人のおよそ400倍の文字通りの大巨人である。逆に彼女から見た普通の人間は、身長5mmに満たないほど小さな蟻のようなものだ。

「おはようございます。」
膝から下を少し斜めにして、膝をそろえて座った彼女は、いつもどおり眼下の高層ビルの屋上の小さな人たちに挨拶をする。ところどころからバラバラに帰って来る挨拶もいつものことだ。
彼女は、トートバックから超特大サイズの本を取り出し、同じく超特大のティーカップに注がれた紅茶をいただきながら、読書を始めた。屋上のテラスに集まった人々は、そんな彼女の姿を
見上げながら、いろいろな(この場合は、もちろん彼女の)話をしたり、しばらくぼぉっと眺めていたりするのが、いつもの朝の光景になっていた。

だが、たまに彼女からちょっかいを出してくることがある。
彼女は何かを思い出したように本を閉じてバッグにしまうと、何か別のものを取り出してきた。なんだろう?ほとんど全員の視線が美しい指先に注がれる。
「実は、来る途中で交通事故の後処理を頼まれてしまって・・・持ってきちゃいました。」
少しはにかんだ笑顔で、彼らの前まで手を伸ばしたその指先には、一台のダンプカーがまるで豆粒のように摘ままれていた。しかも、ミシミシという金属音が軽く摘まんだだけの指先の圧力の
凄まじさを物語っていた。
「ちょっと怖いかもしれませんけど、私がどれくらい強いか見せてあげますね。」
笑顔でそう言った瞬間だった。
メリグシャッ!
破壊音が辺りに響き渡り、彼らの前にあったはずのダンプカーが消え去ってしまった?違う、彼女の親指と人差し指がぴったりとくっついていたのだ。
「皆さんだとぶつかったら大怪我しちゃうものも、おもちゃにもなんないんですよね。」
そう言いながら少し開いた指先を見て、彼らの全員が息を呑んだ。巨大な親指に、ペシャンコに潰されたダンプカーが、金属の板となって貼りついていたのだから。

他の日に集まった人たちは、考えようによっては役得だったかもしれない。
彼女は少し不機嫌そうな顔をして現れた。それを見てその場から逃げ出そうとした人もいたほどだ。だが、本当に彼女が不機嫌で、このビルを破壊するつもりだったら今から逃げても間に合わないだろう。
軽く手を振り下ろしただけで、軽く蹴り上げただけで、こんなビルなど一瞬で木端微塵になってしまうのだから。
だが、彼女は座る前に徐にタイトスカートを少し上げると、太もものしかも内側を見せつけてきたのだ。これには全員驚いてしまった。そして開口一番、こう言ったのだった。
「ひどいんですよ。昨日、戦車部隊の演習に付き合わされたんですけど、私の脚に実弾撃って来たんです。もう、ストッキング穴だらけになっちゃうし・・・絶対弁償してもらわないと!」
彼女はこのサイズのストッキングを作るのにいくらかかるかを力説していたのだが、そっちよりも戦車に実弾打ち込まれてストッキングしか破壊できないという事実に全員が戦慄していた。

ある時から突然彼女が現れなくなった。元々雨の日には来ないのだが、晴天続きである。仕事で忙しいのか、それとも気が向かなくなったのか。後者であれば残念この上ないが。
だがこの日は違っていた。専用ティーカップには注がれた紅茶の湯気が立ち上り、それが専用コンベアで移動しているのだ。彼女が現れるというサインに他ならなかった。
「おはようございます。」
いつもどおりという感じで彼女はやってきた。今日は椅子に座るとまずティーカップに手を伸ばす。美味しそうに一口すすり、ゴトンと超特大ソーサーに戻すと、ようやく一息ついた顔になった。
「やっぱりここの紅茶は美味しいですね。しばらく仕事の都合で来れなかったので尚更です。」
人々が少しざわめく。仕事、ということは軍務だ。つまりどこかの紛争に派遣されたのか?それとも護衛任務?さすがに彼女の口から何をしたかは出てこないだろう。
「・・・これ?なのか?」
タブレットでネットニュースを見ていたひとりの男がうめき声のようなものを上げた。
1週間ほど前に地方反乱が起きたことは大きなニュースになっていた。しかも現地の軍部まで同調しての反乱なので鎮圧に時間がかかることや、最悪内戦に発展してしまう可能性なども
囁かれていたのだ。だが、ネットニュースにはその反乱はたったの3日で鎮圧されたことが載っていたのだ。しかし、それ以上のことは何も書かれていない。
彼女が鎮圧に赴いたのだろうか。であれば、十分可能だろう。通常兵器が彼女に通用するはずは無いのだから。
テラスの上では想像や憶測に基づいた様々な話が飛び交っていた。と、その時、上空から落ち着いた感じの、というより、冷酷な感じの声が轟いた。
「詮索好きは嫌われますよ。それに、あまりしつこいと命に係わるかも知れなくなりますよ。」
彼女は笑顔で、だが、瞳の奥から氷のような視線を向けてそれだけ言うと、何事も無かったかのようにゆっくりとティーカップを口許に寄せていった。
もちろん、彼らの詮索がこれで止まったことは言うまでもないことだった。

今日も彼女は、ここで朝のひと時を過ごすと、立ち上がりながらゆっくりと膝の辺りを見下ろしている。
「では、また。」
それだけ言うと、振り返って軍港に向かった一本道をゆっくりと歩き出す。道幅およそ100m近い、しかし、彼女が歩くにはギリギリの幅の道路に巨大なパンプスが踏み下ろされるたびに
重厚な地響きが轟き渡る。やがてそれも彼女の後姿が離れていく都度小さくなり、軍港横のひときわ大きな、山のような建物に彼女が着くころには、巨大で美しい女性に触れ合えて
満足した男たちも次々と席を立ち自分の職場へと向かうのだった。