この街が、信じられない状態に置かれて3日が過ぎようとしていた。
最初は、ほぼ全ての人間がパニック状態になり当てもなく逃げ回っていたのだが、1日、2日と命が長らえているのを客観的に考えて、
ひょっとしたらおとなしくしていれば・・・という思いになってきた者が増えても別に不思議はないだろう。
3日目ともなると、既にそこにあった他の街とも人が行き来するようになり、そこから見える異様な景色を別にすれば普段と変わらない生活を送り始める
者も出始めていた。

ゴリゴリッ!ゴリゴリッ!
街がスパッと切れた向こうから、今日は異様な物音が小刻みな地響きとともに響き渡っていた。それの正体は、全員がわかっている。
何しろ街のどこからでも見えるのだ。この街の先、明らかに机の上と思えるその場所では、信じられないほど巨大な少女が勉強をしているのか
シャープペンシルでノートに何かを書いている、その音と地響きだったのだ。
彼女は、この街の建造物はおろか、恐らく机の上に並べられているのであろういくつかの街を全て合わせたよりも遥かに巨大だった。

彼らは最初に少女の姿を見た時、その圧倒的は存在に呆然となった。彼女から見たら自分たちなど塵のようなものだ。
あの手が軽く振り下ろされただけで間違いなく自分たちは死滅してしまう。あの胸が圧し掛かっただけで、全てが完全に圧し潰される。
そしてその想像は、正しい形で実証されたのだから。
彼女がしたことは、オフィスビルが立ち並ぶ場所に人差し指の先を軽く押し付けただけだ。しかし、それだけでこの街の全ての人を絶望的な恐怖に
陥れるには十分だった。上空に消え去った指先が今まで置かれていた直径約100mの範囲は、ひとつの例外もなく、建物も車も人も何もかもが完全に
圧し潰されていたのだ。

今は、街の先の机の端に、白いブラウスに包まれた、それだけで街一つが丸ごと潰されてしまいそうな爆乳を乗せて宿題か何かをしているようだった。
まだあどけない顔つきにはあまりにも不釣り合いな山脈は、ノートに何かを書くたびにフルフルと震え、それも地響きを十分に増幅させていた。

「おい、あれ・・・なんだ?」
少女を見ていた誰かが気が付いたようだ。巨大な胸のすぐ横に、何かが置かれている。しかも、それはこちら側の街々とは少し異なる様相を見せていた。
「あれ・・・戦車だ・・・」
カメラの望遠レンズ越しに見た男がそう呟いた。爆乳山のすぐ脇に、中東を思わせる街並みが見え、その中では数十両の戦車や装甲車が右往左往しながら
すぐ脇の真っ白な壁を攻撃していた。
「あのおっぱいを、攻撃してやがる。」
おっぱいを攻撃?だが、少女の表情からは攻撃されているような表情は見て取れない。
「やばい、こっちに気付いたみたいだ。戦車が、来る・・・」
それは肉眼でもわかる距離にまで近づいていた。合計20近くの車両に混ざって、歩兵も全力疾走でこちらに近づいてくる。ここに逃げ込もうとしている?
だが、ここは元々ビジネス街だ。軍事力などたまたま域内にあった警察署くらいのものだ。
しかし、彼らがこの街に侵入することは無かった。

「あ・・・」
少女はシャープペンシルをノートの上に置き、ゆっくりと小さな街に手を伸ばした。人差し指を伸ばして街の縁の手前に指先を軽く押し付けた。
「こっちはあんたたちが入っていい場所じゃないよ。」
それだけ言うと、そのまま街に沿って指を滑らせた。

人々は何が起こったのか全く分からなかった。あの少女がこっちを見たかと思うと、指先を街のすぐ近くに押し付けてきた。局地的な地震が発生し、
そこにあったものは全てが指先の下に隠された。そこにあったもの?逃げ込もうとしていた軍隊だ。破壊と殺戮のための強大な力が、たった一本の
指に圧し潰されたのだ。
さらに指は超高速で移動し、この街に逃げ込もうとしていた全てを簡単に薙ぎ払った。指が通過した後には、全く何も残っていなかった。
「助けて・・・くれたのか?」
「いや、気に入らなかっただけだろう。」
彼らの目には、既にシャープペンシルを持ち直し、視線をノートに移している彼女の横顔が映っていた。

「ふわぁ~・・・終わったぁ!」
両手を上げて大きく伸びをする少女。ふっと視線を机の上に落とす。
「ねえ、本当に攻撃してたの?何にも感じなかったんだけど。」
胸のすぐそばにあった街を指先で軽くつついてみる。
「ったく、弱すぎなんだよね~、指より弱い戦車ってどういうことよ。」
笑いながら、指先に張り付いた瓦礫と潰れた戦車の残骸に親指を押し付けてさらにすり潰す。
「お風呂でも入ってこようかな。でも、その前に。」
少女はブラウスに手をかけると、ボタンをはずし始め、そのまま後ろに脱ぎ捨て、下着姿になった。薄いブルーのラインが入った巨大なブラが
机の上の数万人の目に飛び込んでくる。
「さすがにこびと相手でも裸はちょっとなぁ・・・」
椅子に座り直し、街に向き直る少女。その胸元はまるで巨大な山脈だ。その山脈が急降下して、戦車部隊の上に落ちかかっていく。
逃げ惑う街の中の人や車両だが、彼らから見て1km四方以上にも広がりそうな下乳が街に触れた瞬間、そのすべてがなすすべもなく呑み込まれて
いった。
彼女はそのまま、腕を横たえてちょうど本命の街が顔の前に来るように乗せ、横向きで街を見下ろす態勢になった。
「あなたたちは、あんまりひどいことしないよ。だって、可愛いんだもん。」
にっこりとほほ笑む少女。街の人々は少しだけ胸を撫で下ろす。少なくともおとなしくしていれば無事なのだろうか?でも、あんまりって
どのくらいあんまりなんだろう?何しろ指先で軽くつつかれるだけで数百人単位が犠牲になるのだ。全面的な安全とは程遠い。

街から見ると巨大だが美しく整った顔が全面に広がり、にこやかにその視線が街の動きを追っているように見えたのだが、次第に様子が変わってきた。
いつの間にか瞳が閉じられ、そのまま開かなくなったのだ。やがて、空気を切り裂くような轟音が口元の方から聞こえ始めた。
どうやら寝入ってしまったらしい。
しかし、それがどれほどの被害を及ぼすのか、だれも全く予想していなかった。
「あれ、なんだ!?」
額付近にいた群衆の中の誰かがそれに気が付いた。薄ピンク色の形のいい口元の辺りで、轟音に呼応して何かが吹き上げられ、パラパラと撒き散らかされていた。
まさか、寝息?寝息で街が吹き飛ばされているのか?たまたま口元近くにいたから助かったのか?すべての人が恐怖したのは言うまでもない。
もし、顔を横たえた位置がずれていたら、あの寝息の直撃を受けていたのは自分たちだったかもしれないのだ。

唇の前は大惨事などという生易しい言葉では言い表せられないほどの惨劇だった。彼女が起きている時の街をかすめる鼻息でさえ、台風を軽く凌駕する
ほどの風力だったのだ。それが、彼女が寝入った瞬間、様相が一変した。
最初の寝息で、人や車両の全てと木造建築物が数百mは吹き飛ばされ、雨のように少し離れた場所に降り注いだ。それが二度、三度と続くうち、
強度のある鉄筋の建造物もその風圧に耐え兼ね、ついには基礎から引き剥がされて空中でバラバラになりながら簡単に吹き飛ばされてしまったのだ。
十秒もしないうちに、寝息の通り道は綺麗な更地に、人も車も何もない場所に変貌させられていた。

ほっとしていたのは、唇の真下近くにいた人たちも同様だった。
上空を吹きすさぶ強風と、それに晒されたものの末路を目の当たりにしていたのだ。人によってはあと100m向こうにいたらと背筋を寒くする人もいた。
だが、彼らの幸運はそう長くは続かなかった。
ズッドォォォンッ!
上から何かが落下してきたのだ。最初、それは何かわからなかった。彼らの頭上には巨大な少女の唇があるだけなのだ。そしてその唇は遥か上空に鎮座した
ままだ。いったい何が?
「よ・・・だれ?」
唇の端から光沢を帯びた一本の筋が垂れ下がっていた。そしてその筋の先には、表面張力で盛り上がったままのほぼ透明のゲル状のものが、そこにあった
全てのものを直径100m以上に渡って呑み込んでいた。
間違いない、少女のよだれだ。ただのよだれがビルを破壊し、人や車を呑み込んでいるのだ。
「来るぞっ!」
第2撃が第1撃の真上に落下しようとしていた。一目散に逃げ出す人々。背後でビチャァッ!という音。そして、よだれ同士が激突したことによって
発生した無数の飛沫物が降り注ぎ、人や車を押し潰していく。よだれの飛沫とはいえ数百kgレベルの重量は、街を破壊するのに十分な破壊力を有していた。

やがて、よだれの蹂躙は口元を中心に数百m四方に及び、人や車や建物を次々に呑み込んでいく。そしてその粘力が人の体力や車の推進力を奪い、
一度呑み込まれたら脱出できなくしていた。
満員のバスは、どういうわけかよだれの川が作った泡の一粒に取り込まれていた。空気はあるが脱出は出来ない。車中の人々は、どんぶらっこ
どんぶらっこという感じで、流れる大河に身を任せるしかなくなっていた。

「ふあっ・・・寝ちゃった・・・」
がばっと少女が跳ね起きた。口元を手で拭うと何かが・・・
「げっ!よだれっ!」
街を見るとべったりとよだれが広がっている場所が見える。
「やだっ、恥ずかしい!」
すぐにティッシュを取って、街の中に侵食していたよだれをさっとふき取り、ゴミ箱に投げ捨てた。もちろんあのバスも、ティッシュの中で
クシャリと潰されていたが、彼女は自分の寝息とよだれが引き起こしたことなど知る由もない。
「あ~あ、ちょっと減っちゃった。明日また持ってこよう。それより、お風呂お風呂♪」
彼女が部屋から出た後には、500m四方がきれいさっぱりふき取られた街と、いつの間にか忘れ去られた、爆乳に何もかもが完全に圧し潰されて
文字通り全滅していた、あの軍隊があったただの平地が机の上に残されていた。