権田原夫妻の話し合いはかれこれ2時間にも及んでいた。
夫の耕一郎は55歳。いくつかの企業を経営している実業家である。妻の久美子は43歳。だがとても40代には見えないほどの抜群の美貌と
スタイルを誇る、耕一郎にとっては自慢の女房だ。
話し合いと言っても、旦那の浮気がばれたとか、女房の不倫の末の離婚協議とかではなく、経営する事業のためのものだった。
大方の方向性はほぼ固まっていた。だが、一点だけ夫妻の合意がされていなかった部分の協議にこれだけの時間を費やしていたのだ。
「本当にこの設備は必要不可欠なの?」
妻の久美子が再確認の意味で口を開いた。
「わかってくれないか。プロ野球のフランチャイズ球場でこれが無いのはうちだけなんだ。どうしても新球場には必要なんだよ。」
経営する球場設備のリニューアルについての話し合いだった。
「だったら借入金は多くなるけど作るしかないんじゃないの?」
「もう、借り入れは限界なんだ。それにこのままでは、球団が出て行ってしまう。お前が協力さえしてくれればこの分が何とかなるんだ。頼む、この通りだ。」
夫の耕一郎が頭を下げる。もう、これで何回目だろう。
しばらくの沈黙の後、ついに久美子が折れた。
「わかったわ。協力する。社員の生活もあるしね。」
「ありがとう。これで球団との交渉もやりやすくなる。」
耕一郎は何度も何度も頭を下げた。

新球場のこけら落としは、プロ野球のオープン戦に決まった。
建築中から何かと話題の多かったこの球場には多くのマスコミと数万人の入場者が集まっていた。もちろん権田原夫妻も出席する予定だが、
夫人は準備がまだ終わっていなかったようで、夫の耕一郎だけが到着していた。
耕一郎は精力的にマスコミの取材を受けていた。この球場を宣伝してプロ野球以外の稼働率も高めなければならない。それは球場オーナーとしての義務でもある。
ただ、こちらに向かって飛んでくるヘリコプターに一抹の不安を感じていた。

「それでは、ヘリがそろそろ到着するようですので、呼び出してみたいと思います。」
女性アナウンサーが軽やかにヘリを呼び出す。
それを見て副調整室のプロデューサーとディレクターがひそひそと話をしている。
「おい、大丈夫なのか?ヘリは禁止って言われてただろ。」
「大丈夫ですよ。撮ったらさっさと逃げますって。それに他局には無い映像ですよ。スポンサーだって喜ぶじゃないですか。」
ディレクターは得意満面といった表情だった。
「はい、上空の柿坂井です。そろそろ新球場が見えると思います。建設中には色々と謎のベールに包まれていた新球場ですが、
ついにその全貌が明らかになります。あっ、見えてきました。・・・こっ、これは・・・」
カメラが新球場をとらえる・・・はずだった。

ズッドォ〜ンッ!
突然、遥か上空から巨大な物体が落下してきた。周囲のほとんどの人が衝撃で跳ね上げられ、吹き飛ばされる。
もうもうと上がる土煙の中に、途方も無く巨大な物体が姿を現す。長さ約600m幅約200mのそれは、何の前触れも無く現れたのだ。
こんなことができる人物はひとりしかいない。球場オーナー夫人である久美子が現れたのだ。
約2kmの歩幅の久美子は、球場から少し離れた小山を簡単に跨ぎ越し、小山のふもとに作られた「オーナー夫人専用足場」に寸分の狂いも無く右足を着地させていた。
巨大地震並みの衝撃から起き上がった人々はドーム越しに見える突然出来上がった真っ赤な山を仰ぎ見ることになった。
踵付近にいた人々は、真っ赤な超高層ビル級のヒールを見上げていた。
次いで左足が踏み下ろされ、地震計の針を簡単に振り切るほどの激震が再度ドーム付近を直撃した。
「お待たせしました。あら?」
久美子は膝下あたりにフラフラと漂う小さなものに気がついた。優雅な動作でしゃがみながら、右手をそこにそっと伸ばしていく。
「ちゃんとヘリ禁止って言ったわよね〜。」
親指と人差し指の間にその小さな物体を軽く挟んで、久美子は目の前まで上げていた。
そのままヘリを左手の上に転がし、ドーム越しに中継車用のスペースを見下ろした。
「中継車もいるはずよね〜、どれかしら。」
久美子の巨大な足に比べれば米粒ほどしかない中継車群の中から、1台が急発進したのが見えた。
「おばかさんね。逃げられるはずないのに。」
久美子はすっと右手を伸ばして優雅な手つきで中継車を摘まみ上げると、ヘリの横に転がり落として立ちあがる。
「ドーム球場は空からは撮影禁止って言ってたわよね。言うことを聞けないおちびちゃんにはお仕置きが必要かしら。」
身長4000mを超える巨体の久美子の目の高さまで上げられたヘリと中継車の中のクルーは震えあがっていた。
急に掌が急降下し、クルーたちの目の前に巨大な山の稜線が現れた。久美子は胸の大きく開いたドレスを着ていたのだ。
彼らの目の前には、あのドーム球場のドームと同じ大きさの山が横に突き出している。
「あなたたちにはこっちのドームの取材をしてもらいましょうね。」
大峡谷となっている胸の谷間に、ヘリと中継車が転がり落とされた。

「やっぱりちょっと恥ずかしいわね。」
久美子は足元を見下ろして呟いていた。
そこには久美子が建設時に差し出したブラジャーが置かれていた。巨大なカップは余裕で新球場を包み込み、そのまわりを何万人という人が
取り囲んでいるのだ。もうひとつのカップの中は元々オフィス街だったのだが、久美子によって強制的に排除され、今は更地になっていた。
だがこちらにも数千人ほどの人々が群がっている。
集団の中からマスコミに囲まれている夫をやっと見つけた久美子は、小指の爪で夫を上空にさらって睨みつけた。
「もう、だから嫌だったのよ。女房の下着をドーム球場に使うって何考えてるの?」
とは言ったものの、40代のおばさんの下着にこれだけ人が集まるって・・・実は久美子もまんざらでもない様子だった。

ちなみに、熟女フェロモンの充満したドームで開催されたオープン戦は、草野球並みのレベルで散々な結果だったという。