ふたりぼっち ③軍事教練

しまった・・・マイは後悔してしまった。今日はこの前延期になった軍事教練の日だったのだ。だいたい軍事教練の日はへとへとになってしまうのだ。
その後にアヤの部屋に行くということは、、、
「自殺行為だな。」
マイは朝っぱらからアヤの機嫌を損ねないで今日の訪問を断る方法を一生懸命考える羽目になった。

『わかった。教練じゃしょうがないね。帰ったらゆっくり休んでね。』
結局何も言い訳を思いつけず、ありのままを話したら、少し寂しそうな顔をしながらもアヤは素直に受け入れてくれた。
「ごめんねぇ、明日はちゃんと来るからね。」
『うん、今日ってどこの星行くの?』
「ここだよ。」
マイが携帯端末を操作して送った座標を、アヤは何気なく眺めてみた。
『わかった。じゃあ、今日はここには散歩に行かないようにするよ。』
「どっかに散歩に行く予定だったの?」
『特に決めてないんだけどね。気が向いたら行くかもしれないと思って聞いただけだよ。あ、そうだ。あとこれ、付けといて。』
アヤが指さした先、ワープゲートのすぐ脇に置いてあるものをマイは手に取った。普通の巨人サイズのブレスレット型通信機のようだ。
『それ、位置情報もわかるからさ。今日じゃなくてももし同じ星に偶然行っちゃったらって思ってさ。ほら、あたしって興奮すると見境なくなっちゃうから。』
よっぽどあの時のことを反省しているのだろう。命令というよりお願いに近い言い方だった。
「わかった。ありがと。じゃあ、行ってくるね。」
マイがブレスレットをはめながら、テーブル上の小さなワープゲートの中に消えていった。

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「という訳で、本日の教練は市街戦を想定したもの、っていうか本物の市街戦ね。こびとの武装は大したことないけど、油断してると大怪我するから気を付けてね。」
よかった。格闘教練だったらどうしようかと思った。こびとと戦うんだったらそんなに体力も消耗し無さそう。
11名+教官が3組に分かれてとある都市を三方向から包囲殲滅するのだ。海沿いには軍事基地があり、まずはそこを壊滅させる。その後は自由行動だ。
この星はすでに侵略済なのだが、現地政府がことあるごとに言うことを聞かない。そこで、見せしめのために都市をひとつ破壊することにしたのだった。
マイはアヤがこびとの軍事基地を文字通り玩具にしていた光景を思い出していた。アヤちゃんだったら、秒殺の教練だよなぁ。と。

マイはリサとミキと教官と一緒の組である。ほとんど危険はない教練ではあるが、不測の事態に備えてこういう時は必ず教官はマイのそばを離れてはならない。という指示が新たに追加されたからだ。
他の8人は4人ずつ左右に分かれて山の谷間を進んでいく。指定の位置についたら教官の合図で一斉に山を下りて三方から基地へ襲い掛かる。基地につくまではほとんど何の脅威もないはずだ。
攻撃があってもせいぜい自動小銃程度だろうから、急所に当たったところで何ともないし、誰かが軽くひと踏みすれば簡単に壊滅させてしまえるだろう。
マイたち4人は、足元に広がる少し広めの集落を蹂躙しながら、他の生徒が配置につくのを待っていた。

1000m級の山岳地帯に囲まれた盆地に設置されたワープゲートから続々と巨大な女性たちが出てくる様は圧巻だ。特に近くの集落では彼女たちが歩き回る地響きに翻弄されながら全員が慌てて逃げ出していた。
1台の車両が山に伸びる道に向かって急発進したが、直後に上空に真っ黒な影が覆いかぶさり、急降下して来た手にあっさりと捕まってしまった。
「先生、今日は民間人も気にしなくていいんですよね。」
ミキは親指と人差し指に車を挟んで立ちあがると、中を観察してみる。中では3人ほどの男女が震えているようだった。
「そうよ。見せしめの意味もあるから基地だけじゃなくて街も破壊するの。民間人は、そうね、見つけたら適当に処理していいわ。わざわざ探す必要は無いけどね。」
ミキはそれを聞いて、摘まんでいたミニバンをクシャッと捻り潰して投げ捨てた。
ひときわ巨大な大人の女性の一言に、足元を逃げまどっていた者たちは戦慄しただろう。無差別攻撃の対象にされたのだから。
同時に、彼らの周りの脚が動き始め、建物も車も人も無造作に踏み潰されていく。巨人が現れてから1分も経たないうちにこの集落は阿鼻叫喚の地獄に様変わりしていた。

全員の配置が完了したのを確認して、教官は目の前の山に登っていく。真っ黒なパンプスが斜面の木々を踏み砕き、峠越えをして街に逃げ込もうとしていた何台かの車を峠道ごと踏み潰し、
山頂に登って仁王立ちになる。その横に、マイたち3人も並び、同じように左右の山の頂にそれぞれ巨大な女の子たちが姿を現した。
それを合図に教官が演説を始めた。
「これからこの地の軍基地および市街地に対して無差別攻撃を開始します。これはこの星の政府の態度に対する見せしめの攻撃なので、一切の降伏を認めません。
まずは市外に伸びる幹線道路、鉄道網を破壊します。では、進軍!」
同時に合計12人の巨人が三方向から山を下り始めた。

街の中はもう大混乱だった。合計12人もの巨人たちが三方から迫ってくるのだ。彼女たちの侵略行為を直接目の当たりにした者たちは、またあの恐ろしい光景が繰り返されるのかと思うと
震えが止まらなかった。彼女たちを初めて見た者も、300万人の人口を誇る大都市が10分も経たずに壊滅したことも報道で知っていたし、何よりあの巨人の代表の掌の上で降伏調印式が行われたことは
世界中に生中継されていたのだ。
その恐ろしい巨人たちが、なぜかこの街を取り囲んで、なおかつ無差別攻撃を宣言されたのだ。一番パニックになっていたのは彼女たちが降りてこようとしている山々の麓近くにいた人たちだろう。

巨人の進行方向にあったある駅の上空が不意に暗くなった。地響きを立てながら迫りくる巨体にわき目もふらずに逃げていた人々も思わず立ち止まって見上げたほどだ。
その影の正体はひとりの女の子。しかも上空数百mを飛んでいるのだ。山からジャンプしたのか?誰もがそう思った次の瞬間、千人以上の意識が吹き飛んだ。

ズゥッドォォンッ!!!
6万t近くある重量の落下の衝撃は凄まじかった。マイが狙いを定めた郊外の駅に着地を決めた瞬間、数両の列車をホームごと踏み潰した場所を中心に、ホームの残りや周りのビルを木端微塵に粉砕して吹き飛ばした。
人や車も衝撃で100m近く舞い上がって、塵のように飛ばされて周囲数百mに渡って降り注ぐ。何とか倒壊を免れた建物も次々に叩きつけられる車や瓦礫によって穴だらけになり、ついにはボロボロの状態で崩れてしまう。
「あ~あ、マイちゃんはしゃぎ過ぎだよ~。」
ミキが笑いながら足元の崩れかけのビルを蹴り上げて止めを刺した。
「ほらほら、最初に基地をせん滅するわよ。」
教官が30mはあるサイズのパンプスで比較的まだ無事だった辺りを踏み潰しながら、基地の方に向かって歩いているのを見て、3人もいったん破壊と殺戮の手を休めて、教官の後に続いていった。

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最初の異変に気付いたのは誰だっただろう?
「あれ、何だろう?」
リサが指さす方向を見ると、海沿いに展開している基地のさらに向こう側で何かが動いていた。ここから20km以上ある基地のさらに先にあるのに見えるということは相当大きなものなはずだ。
すかさず教官が双眼鏡で確認した。
「え?なに?あれ・・・」
だがそこは戦場経験も豊富な教官である。呆然としていた時間は数瞬で、マイが何かを聞こうとした時にはすでに無線で左右の生徒に指示を出していた。
「私たちも行くわよ。ワープゲートの場所まで一時撤退。」
「何がいたんですか?」
「戻りながら話すわ、それより急いで。」
ミキの問いかけに対する答えもそこそこに、教官はマイとリサの背中を軽く押して走るように促した。

「巨人用の揚陸艦が2隻、我々の軍のものじゃないわね。」
全員が揃ったのを確認して、教官は簡単に謎の物体の正体を説明した。
「え?じゃあ、敵?」
「そうね。この星には巨人の兵士はいないしね。しかもこの星と結託してるみたい。軍の基地の左右に展開しても、基地からの攻撃は全くないわね。」
教官は双眼鏡を覗きながら、敵の人数を確認していた。30人ってとこか。しかも重火器まで用意して、明らかに対巨人を想定している。こっちは相手がこびとだけの想定だから、拳銃くらいしか持たせていないし。
本星に援軍を要請するとして、予備のワープゲートが無ければ1時間はしのがないといけない。こんなことならゲートを開きっぱなしにしておけばよかった。
ワープにはかなり膨大なエネルギーが必要になるので、一度閉めてしまうと再オープンまでには少なくとも1時間はかかってしまうのだ。
「行くわよ。山岳地帯を抜けて、もう一つ向こうの都市の手前まで移動。そこで防衛線を張るから。」
「これ、超えるんですかぁ?服、汚れちゃうけどしょうがないか。」
クラス一長身の190mの女子が1000m級の山を見上げて嘆息したのを合図に、全員が後背に向かって駆け出した。

結構きついなぁ。マイはそんなことを思いながら、山の谷間をうまくすり抜けていく。大きめの土塁のような山によじ登るのは嫌だなぁと思ったのだ。
その時だった。背後から銃声が聞こえ、山の中腹まで登っていたひとりの生徒が「キャッ!」という可愛い悲鳴とともにマイの目の前に転がり落ちてきたのだ。
「だ、だいじょうぶ?」
女の子はすぐに起き上がって動き出していた。
「ありがと、ちょっとかすっただけ。」
同時に、最後尾を守る教官の声がイヤホンから入ってくる。
「山に登らないで谷間伝いに移動しなさい。登ると格好の標的になるわよ。」
女の子はマイに向き直って、怒られちゃったという顔でペロッと舌を出すと、マイを先導するように歩き出した。

何重かの山々に囲まれた少し標高の高い狭い盆地のような場所にマイたちは集まっていた。教官は近くの山の尾根伝いに身体を横たえ、双眼鏡で敵の出方を確認している。
「どうやらこの星の連中が裏切ったみたいね。あたしたちに侵略されるよりあいつらのほうがマシってことかしら。」
「どうして裏切ったってわかるんですか?」
生徒のひとりが尋ねると明快過ぎる答えが返ってきた。
「ひとつは、ここの基地が攻撃を受けていないこと。もうひとつはあたしたちを追いつめてせん滅するにしては妙に動きが遅いのよね。なるべく街に被害を与えないような歩き方ね。」
教官は少し考えて生徒たちに指示を与える。敵が回り込んでくるルートを予想して待ち伏せするのだ。相手はせいぜい150mといったところなので、銃撃戦である程度数を減らせれば何とかなるかもしれない。
それに、こちらの増援はワープゲートを使っても1時間後、最低でも1時間はこの12名で何とか膠着状態に持っていかなければならないのだ。ただ、相手は自動小銃や迫撃砲を持っている兵士が何人かいる。
「まずはあれを何とかしなくちゃね。」
教官はそう独語しながら街を通り過ぎて山岳地帯に差し掛かった敵の様子を注意深く伺って、攻撃開始のタイミングを図っていた。

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次の変化は銃撃戦が始まった直後に起きた。
この街の軍基地の沖合い10kmほどの場所、海上に恐ろしく巨大なワープゲートが現れたのだ。それがなんであるか、何を意味するかをすぐに理解できたのは教官とマイだけだ。
敵はもちろん、味方の他の生徒たちもあんなに巨大なワープゲートなど見たことが無かったし、そもそもそれがワープゲートだとすぐに理解できた者は皆無だった。
「なに?あれ。。。」
目の前の山のさらに上に聳えるワープゲートは、敵味方関係なくどこからでも見ることができた。驚いたような顔でマイに尋ねるミキだが、マイは全く違うことを感じていた。
アヤちゃん、助けに来てくれたんだ。。。って、なに?あれ・・・
超特大のワープゲートからそのサイズに見合った大きさの女性が姿を現した。50km以上は離れているこの場所からも見上げてしまうほどの巨体は、
純白のブラウスにチェックのミニスカートといういで立ちで海中に足をつけて聳え立っている。
「あれって・・・うちの制服じゃん!」
アヤが身に着けていたのは軍務学校の制服である。しかしそのサイズはマイたちが着ているものの軽く100倍は超えている。
「なにやってんだか。でも、よかった。助けに来てくれたんだ。」
マイは近くで呆けている教官を見つけると、急いで駆け寄っていった。

数分前、ソファに寝そべって今日はどこかに遊びに行こうかのんびりしていようか考えていたアヤの通信機が軍からの緊急通信を知らせていた。
「ん?なんだろ?」
ソファに座りなおして、緊張でコチコチになっている女性下士官からの連絡を聞いていたアヤの顔がみるみる険しくなっていった。
「あんたらさぁ、マイちゃんにもしものことがあったらどうなるかわかって言ってるんだよね。」
「は・・・はい、ですがワープゲートが・・・」
「高官用の非常用のやつがあるでしょ!すぐ使いなさいよっ!」
アヤの怒りは頂点に達しようとしていた。完全に怯え切った顔で「座標が決められない」とかなんとか言い訳をしている下士官が映っている画面を蔑むような眼で見つていたが、
やがて、仕方がないという表情に変わっていった。
「わかったわよ。あたしが行って座標教えるから、そのために連絡してきたんでしょ。その代わり、座標送って1分以内にゲートが開かなかったら、あんたたち、どうなるかわかってるよね。」
アヤは一方的にそれだけ言うと、通信を切って身支度を始めるのだった。
「マイちゃん以外も助けてあげるって意思表示しないとかなぁ・・・あ、そうだ!」
何かに気が付いて部屋の隅に転がっている超特大サイズの箱を漁り始めた。

「んっと・・・まだ無事みたいだね。場所は、あっちか。」
携帯端末を確認してアヤは軽く一歩を踏み出した。といっても身長18600mの大巨人である。控えめに歩いても軽く5000mを超える歩幅は基地の上空を暗闇に染めた。
ズゥッシィィィンッ!!
次の瞬間には全長2800mのこげ茶色のローファーが基地の一部をいとも簡単に踏み潰し、さらに地中深くめり込ませる。が、なんとなく違和感に気づいたアヤが足を退かすと、
特大級の足跡の中に、このこびとの星では作れないような巨大なものが貼りついていた。全長1500mほどの宇宙戦艦のようなもの。きっと敵の揚陸艦だろう。
「ここに待機してたんだ。ってことはけっこうな人数に追いかけられてるのかなぁ。ん?」
アヤはゆっくりしゃがむと、まだ海中にある左足の少し先に同じような大きさのものが横たわっているのを見つけた。だがそちらはゆっくりと浮き上がり動き始めている。
今頃逃げようとしても遅いんだけどね。アヤはそのまましゃがんで手を伸ばし、簡単に巨大揚陸艦を鷲掴みにして目の前まで上げ、コクピットを覗き込む。
中ではふたりの女性が恐怖にひきつった顔で突然現れた大巨人の瞳を見つめていた。
「ふつうの巨人の子か。でも、うちの星じゃなさそう。」
それだけ言うと、親指をコクピットの上に被せてそのままクシャリと押し潰し、胴体は軽く握り潰してわざとらしくまだ無事な街の中に投げ捨てた。
叩きつけられた揚陸艦は瞬時にそこにあった全てのものを粉砕し、直径2kmほどのクレーターを作り上げたのと同時に、数万人のこびとを巻き添えにして盛大に爆散した。

敵の指揮官の顔面は蒼白を通り越していた。彼女の視線の数十km向こうでは、突然現れた大巨人に自分たちが乗ってきた巨人用揚陸艦がまるで玩具のように扱われ、
簡単に破壊されてしまったのだ。
「この戦闘に勝っても帰る手段が・・・」
いや、そもそもあんな化け物に自動小銃と迫撃砲だけで勝てるはずがない。この際降伏した方がいいのではないか。そう思い始め、兵士たちへの戦闘指示が鈍化していたのだ。
しかも、もうおもちゃは無いとわかったあの大巨人がゆっくりとこちらに向かって歩き出していた。踏み下ろされたローファーに抗えるものなど何一つなく、
数百棟を超える建物が、車両が、そして数万人以上のこびとたちがたった一歩ですべてペシャンコに踏み潰されるのだ。しかも爆風もすさまじく、高層ビルも木造家屋も簡単に跳ね上げられ、
バラバラになって宙を舞っていた。ただ歩いているだけでとんでもない破壊力だ。あれが自分たちに踏み下ろされたら、巨人であるはずの自分たちでさえこびとと同じ運命を辿ることは明らかだった。
数km先に踏み下ろされた山より巨大なこげ茶色の物体がいくつかの山の頂を踏み潰し、平地に変える。その爆風にさらされ、思わず尻もちをついて指揮官は我に返った。
「もうこんなところまで・・・早すぎる・・・」
確実な敗北を悟った指揮官は、その場でゆっくりとしゃがんでいった大巨人の姿を仰ぎ見ながら、全員に即時戦闘中止と降伏を命じようとした。

「マイちゃん、お待たせ~」
たったの数歩で街の真ん中をほとんど壊滅させ、山麓の一部を踏み潰したアヤが、しゃがみながら足の少し先に集まっている小さな豆粒に声をかけると、通信機からマイの声が聞こえてきた。
「ありがとう!来てくれたんだ。ってかなんでうちの制服?」
あ、マイちゃん見つけた。盛大に両手を振ってるし、やっぱ可愛いなぁ。でも他の子は、やっぱ固まってるか。仕方ないけどね。そう思いながら、アヤは全員を助けてあげるんだよという意思表示をする。
「あーこれ?うちにあったから。それよりそこにいるので全員?」
「そうだよ~!アヤちゃんの姿が見えたからみんなに集まってもらったの。」
「ってことは、今あたしを攻撃してるこいつらは敵ってことだね。」
アヤはそう言うと、左手を振り上げて拳を作ると、それを左足の少し向こうの山の中腹に軽く振り下ろした。

ズゥッドォォンッ!!!
辺り一帯に巨大地震が襲い掛かる。拳の直撃を受けた場所はありとあらゆるものが叩き潰され、地面深くに押し固められる。その周囲にあったものは人も巨人も人工物も自然物も関係なく
衝撃で1000m以上も跳ね上げられ、さらにその3倍以上の面積の範囲に降り注いでいく。
アヤが殴りつけた標高1000mほどの山の斜面は完全に消失し、山頂を挟んだ反対側の斜面は中から吹き飛ばされ、山津波となって谷合の集落を瞬く間に飲み込んでしまった。

「アヤちゃ~ん、何やってんのぉ?」
左手を上げてこびり付いた土砂やら潰れた巨人やらを払い落として満足そうに全滅させたことを確認していたアヤにマイの不機嫌そうな声が飛び込んできた。
「何って、あたしに攻撃してきたから反撃しただけだよ。でも、軽く殴っただけで全滅とかやっぱ弱いよね~。」
はぁ・・・とため息をつくマイや他の生徒の周りには、小さな木や岩に混じって『ふつうの巨人』がふたりほど降ってきて地面に叩きつけられて絶命していたのだ。
「もう!ただでさえバカ力なんだから少しは手加減しなきゃダメだよ。ふたりも吹っ飛んで来たんだよ!それにみんな震えてるし!」
いや、マイちゃん・・・やめて、そんなこと言ったら私たちまで殺されちゃうよぉ。マイ以外の全員がそう思ったのは言うまでもない。だが、アヤの反応はマイ以外の全員を驚かせるものだった。
「なによぉ、このバカ力のおかげで助かったんだから、文句言わないでほしいなぁ。」
そう言いながら抱えきれないほどの太さの指が突然全員の眼前に現れ、転がっていたふたりの巨人を軽々と摘まんで上空に持ち去ってしまったのだ。さらに、
「これ、ここで潰したらみんなまたビビっちゃうよね。」
摘まんでいた巨人をポイッと街の方に投げ捨ててしまった。

マイちゃん凄い!あの子を手懐けてる!誰もがそう思ってしまうほどアヤは素直だった。まあ、マイにいいところを見せようと思ったのもあるのだろうが。
今度は右手を右側の山の中に突っ込むと、何やら摘まんでマイの前に降ろして見せる。
「教官は?あなた?」
「は・・・はい・・・えっ?ひぃっ!」
呼ばれて返事をした教官が恐る恐る極太の指に近づこうとした時に、親指と人差し指に挟まれたものに気が付いて小さな悲鳴を上げてしまった。
「これ、敵の指揮官みたいだけど、どうする?捕虜にする?それとも潰しちゃう?」
自分と同じくらいのサイズの巨人の女性がまるで虫のように挟まれていたのだ。しかも、顔は恐怖に引きつり必死に命乞いをしている。それを平然と見下ろしている超巨人の女の子は、
軽く摘まんでいるだけに見える。こんな化け物、何百何千人の巨人が居ても勝てるはずがない。そう思わせるのに十分な光景だった。
「あの・・・ほ、ほりょ、に・・・」
教官はありったけの勇気を振り絞ってそれだけ言うのが精いっぱいだった。
「ん、わかった。じゃあ、ちょっと動けない様にしようか。」
次の瞬間、指の間から何か硬いものが砕ける音と同時に、女の絶叫がこだました。と、同時に普通の巨人用のワープゲートが姿を現した。

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「マイちゃんは残っててよね。」
「だよね~。」
まあ、予想できたことだからマイも特に駄々はこねない。次々とワープゲートに入っていくクラスメートに「また明日ね~。」と言いながら軽く笑顔で手を振っている。
ミキが小声で「大丈夫なの?」と声をかけたが、マイは指でOKサインを返してくる。本当にこの子と友達なんだ。ちょっと身震いがしたが、マイを信じてゲートの中に入っていった。
ふたりの生徒が腰骨を砕かれて気絶している敵の指揮官を両側から担ぐように入り、最後に教官が入ろうとした時、アヤが声をかけた。
「ねえ、この星好きにしていいって聞いたんだけど、占領放棄するの?」
「は、はい。通信でそう聞いています。。。」
ちょっとした一言で機嫌を損ねた瞬間に自分はこの世から消滅してしまうのだから、教官も言葉選びに慎重だ。
「そ、わかった。」
短くそれだけ言ったアヤに一礼して、教官も逃げるようにワープゲートに入っていった。

「ちょっと遊んでいこっか。と、その前に・・・」
アヤは右側を見下ろして、さっき敵の指揮官を捕まえたあたりに手を伸ばす。何かを摘まんでは左手に乗せを何回か繰り返して、マイの前に人差し指を横たえて登るように促した。
「何してたの?」
右手の平の中央まで歩いていきながらマイが尋ねると、「これよ。」とアヤが翳して見せた左手の上には10人以上の普通の巨人の女の子が乗せられていた。
「あたしの大切なマイちゃんを傷つけようとしたんだから責任は取ってもらわないと、ね。」
アヤは残酷な要素がたっぷり詰まった笑顔で左手を軽く見下ろすと、持ってきた小さな箱(といっても、マイから見てもちょっとした建物サイズの)に転がり落とした。

アヤは地面を盛大に抉りながら身体を街の中心から海に向かって向き直り、拳で殴った時とは比べ物にならないほどの超巨大地震を引き起こしながら腰を下ろす。
真下にあった山々は、幅4kmはありそうな超巨大ヒップの直撃に耐えられるはずもなく、あっさりと押し潰されてしまう。
アヤが立ち上がった時には広大な窪地が姿を現すであろうことは疑いようもなかった。
「あ、アヤちゃん、ちょっと降ろして。」
「いいよぉ。」
アヤは9000m以上ある長い脚を少し開きながら伸ばして、右足で住宅密集地を、左足でビジネス街らしい繁華街をそれぞれ数百棟の建物を一瞬で踏み潰すと、
この広い街の三分の一近くを脚で囲った真ん中あたりにマイを降ろした。
「足の方、行ってみてもいい?」
「いいよぉ。」
小さな女の子がちょこちょこと自分の左足に向かって走っている姿がとても可愛らしく感じる。しかし、こびとにとっては超高層ビル並みの女の子が建物も人も車も蹴散らし
踏み潰しながらもの凄いスピードで走ってくるのだ。とんでもない恐怖でしかない。
マイはというと、左足のこげ茶色のローファーのつま先の少し先で振り返ってアヤの姿を見上げて嘆息していた。何しろ巨人から見てもちょっとしたビル並みの靴が鎮座しているのだ。
周りの地面が少し盛り上がっているのはそれが途方もない重さだということだ。
そしてその向こうに座っている超美人の超巨人が聳えている。マイでなくてもうっとりしてしまうほどの神々しさだった。
「そういえばさ、何でうちの制服なの?」
声が届くはずがないので通信機で話しかける。
「これ?うちにあったからだよ。この方がマイちゃん以外の子も怖がらないかなって思ったんだけどね。」
「いやぁ、あの破壊力を見せつけられたらビビるって~」
「そ、ちょっと足動かしちゃおうかなぁ。」

目の前の巨大なこげ茶色の物体が地鳴りを上げて動くさまは圧巻だった。少し離れた場所にあったショッピングモールはそれなりの広さだったが、一瞬で粉々に粉砕され巨大ローファーに取って代わられてしまった。
マイとしては両手を口に当てて唖然とするしかない。
「す・・・すごっ・・・」
呻きにも似た声を聞いてアヤの口角が少し上がった。
「じゃあ今度は前に動かすね。」
「え?や・・・やめっ!」
「ふふっ、ビビった?」
「当たり前でしょっ!こんなでか足止められるわけないじゃんっ!」
マイちゃん可愛いなぁ、本当にちょっと苛めたくなっちゃう。そうは思ったが、加減を間違えると大変なことになるのでここは自重しておこう。
「そうそう、制服の話だけど、あたしも本当は今年入学予定だったんだ。違う軍管区だけどね。」
「え?そうなの?ってことは、タメ年?年上のお姉さんだと思ってたよ~。アヤちゃんすっごく大人っぽいからさ。」
「そお?でもほめてもなんにも出ないよ。またちょっと足動かすからね~。」
こびとから見たらそれだけで山のような大きさのローファーが、進行方向の建物を粉砕しすり潰しながら滑るように移動していく。もちろん必死で逃げ回っているこびとなど瞬殺で形も残らない。
「すっごいねぇ、なんにも残ってないよ~。」
マイが足のあったあたりに近づいていき、完全に更地と化した広大な場所を眺めて嘆息した。
「アヤちゃんだったらこのくらいの街全滅させるのもあっという間だね。そういえば、この星ってアヤちゃんのものになったの?」
アヤは動かした足をそのまま伸ばしていくところだった。踵の部分が数百mは簡単に抉りながら流れていくのを見ていると、アーチ状になっていた長い脚の陰に隠れて何とか健在だったオフィスビル群が
幅2kmはあろうかという太股に盛大に押し潰される。これだけでまた数百もの建物と数万人のこびとが木端微塵だ。
「んっとね、さっき軍から連絡が来て、ここの占領権放棄するって。だから誰のものでもないから好きにしていいですよってさ。だからね、」
片手をマイの近くまで伸ばしておわん型にすると、少し離れたターミナル駅を中心に超高層ビルよりもはるかに長い指を地面に突き立てて1km四方ほどを鷲掴みにしてむしり取ってしまった。
「好きな時に遊びに来て、恐怖のどん底に叩き落すのも面白いかなって。いつどこに現れるかわかんないから、きっと眠れなくなるよね~。」
グシャっと掴んでいたものを握り潰し、両手を軽くたたいてこびり付いていたものを払い落とすと、
「今日はこんくらいかなぁ、そろそろ帰ろっか。」
そう言いながら、マイに向かって手を伸ばした。

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同じころ、軍の作戦司令本部では、この星の求めに応じてリモートで話し合いが行われていた。当然だが相手の星の代表団は顔面蒼白である。
だが、この話し合いが対面で行われていたら、彼らの恐怖は一気に最高潮に達したであろう。何しろ軍の代表の3人の若くて美しい将官は、アヤほどではないが全員が身長2000mを超える大巨人なのだ。
彼女たちは、虫けらのくせに裏切った奴らを許す気など全くなかったのは言うまでもない。
「で、ですから・・・今回のことは、軍の独断で・・・」
「そう?敵は街を迂回していったようだけど、それって地元政府と密約を交わしていたからでしょ。とにかく、私たちはそちらの占領権を放棄します。よって、有事の際に救援するという和平条項も無効になります。」
「そ・・・そんな、では、あの化け物を来させないで・・・」
「あー、それは無理。あの子は治外法権だから。それと本人にそんなこと言ったら瞬殺もんだよ。」
別の将官が笑いをこらえながら答える。全身が震えているのが画面越しでも手に取るようにわかるのだ。それはそうだろう。あの子に逆らったら我々だってどうなるかわからないのだ。ましてや虫けらのこいつらなど。
「そうそう、あなたたちがあの子と直接交渉するのならこちらは止めませんよ。でも、口の利き方に気をつけないと星そのものが無くなっちゃうから気を付けてね。」
追いすがるような哀願するような向こうの代表団をあっさりと見捨てるように、通信回線は無情にも切断された。

「で?あの子から依頼された件はどうするの?」
「ああ、Gプログラムのこと?このマイって子、適性はあるみたいだけど成功するとは限らないわよ。」
「だから、失敗しても大きな影響のないプログラムでいいって。成功率は低くなるけどね。」
「成功すればあの子のブレーキ役になってくれそうだからね~。でも無理はさせられないか。じゃあ、一応承認ってことでいいかな。」
ほかのふたりが静かに頷くのを見て、ひとりの将官が専用の端末を操作した。そこにはマイのパーソナルデータが表示されていた。