ふたりぼっち ④クーデター

アヤは少し不機嫌そうな顔である惑星に現れた。不機嫌の理由はわかりやすい。マイがGプログラムの訓練のため不在なのだ。
Gプログラムは軍司令本部基地で最初の10日間を過ごす。そこで成長促進剤(別名は巨大化薬)を服用しながら体力増強の訓練を行う。
10日後にある程度の効果が出なければ即中止、帰還させられる。マイが選んだ(というか選ばされたコース)は一番緩いが、
それでも10日で1.05倍の身長になるのが最低条件で、体重は減ってはならない。
10日が過ぎると一度軍務学校に戻り、処方された成長促進剤を服用しながら10日間ほど通常の訓練を行う。これを4~5サイクルほど繰り返すのだ。
そんなわけで、マイが戻るのは合否に関係なくあと7日待たなければならないのだった。

もうひとつの不機嫌の原因は今目の前にある。少し前に訓練中に同じ巨人の侵略者に襲われたマイたちを助けに来たことがある。それがこの星だ。
3km近いでか足の少し先には軍基地が広がり、そこから向こうは山岳地帯のようだ。そして、以前都市をひとつ壊滅させた大巨人が現れたというのに、
基地からの攻撃はない。そう、この星の首脳陣があろうことかアヤを呼びだしたのである。

「んで?あたしを呼び出したのってどこにいるのよっ!」
濃紺のタンクトップにベージュのショートパンツ姿のアヤが足元少し先の基地に向かって声をかける。もし、攻撃して来たらすぐにでもグチャグチャにしてやろうと思って
この服装にしたのだ。
やがて、アヤの視界の隅から何か飛んでくるのが分かった。豆粒よりもっと小さなヘリコプターだ。フッと息を吹きかけただけでバラバラになってしまうであろうヘリからか細い声が聞こえてきた。
「本日はご足労いただき、誠にありが・・・」
「能書きはいいからさっさと案内しなさいよ!」
「あ、アヤ様の左足の少し先に、真っ白なエリアがあるのが見えますでしょうか。そこに、我が星の首脳陣が待っております。」
足元を見下ろすと、確かに一部分だけ白くなっている場所があった。広さはアヤのでか足にも及ばないほどだが1km四方はあるだろうか。
「あれね。周りちょっと潰すけどいいよね。」
アヤは返事も待たずに左足を上げるとその白い目印を軽く跨ぎ越し、数km向こうの軍施設群を軽く踏み潰した。
右足を今まで左足があった場所に移動させ、身体の向きを変えてゆっくりとその場にしゃがみ込み、基地に一番近い標高1000mを超える山地を暗闇に染めた。
ズゥッドォォンッ!!!
アヤとしては控えめに座ったつもりなのだが、巨尻は山をあっさりと押し潰し、開脚したちょうど間に白い場所を収めて真上から見下ろした。
「そんで?私に何の用なの?」
右手をまだ海中につけている右足の方に伸ばし、大波を受けて転覆している軍船を摘まみ上げる。全長200mを超える軍艦がまるで豆粒のように小さい。
それを白い場所の近くまで移動させて、クシャリと捻り潰した。
「あんまりつまんない用だったら、この船みたいにしてあげるからね。」
クスッと笑うと、アヤは親指の上に乗せた船のスクラップを人差し指で軽く10km以上も弾き飛ばした。

首脳陣の身代わりたちは恐怖におののいていた。たったの一歩で基地を跨ぎ越え、軍施設の一部を踏み潰したかと思うと、今度はこの基地の背後の守りにもなる山岳地帯を
あっさりと巨尻で押し潰したのだ。巨大地震を凌駕する大振動に、全員がなぎ倒され建物は次々と崩落していく。さらには最大火力を誇る軍艦が指先に潰され、
何をどうしても目の前に聳える大巨人に抗う術がないことを改めて思い知らされた。それでも何とか交渉をまとめなければならない。彼らは必死だった。
「アヤ様のお強さはよく存じております。改めてアヤ様に絶対の服従を誓約したくおいでいただいたのです。」
代表の男が震える足で声を張り上げるのが数十基の特大スピーカーを通して何とかアヤの耳に届く。
『ふ~ん、絶対服従ね。でも、私に何か要求があるんでしょ。言ってみなさいよ。今は潰さないから。』
「はい。できれば、その・・・破壊行為を抑えていただければと。。。いかがでしょうか。」
『いいけど、見返りは?』
スピーカーからざわめくのが流れてきてアヤは少しにやけてしまう。きっと、何をすればいいのか必死に考えてるんだろうなぁ。
『そうね、たまにはお腹いっぱい牛肉とか食べたいわね。』
ざわめきが一層大きくなる。彼らもわかっているようだ。目の前の山よりも巨大な女の胃袋を満たす牛などこの星のすべての肉牛と乳牛をかき集めても到底足りない。
「そ・・・それは流石に難しいかと・・・」
『そ、じゃあ、好きな時に遊ばせてもらうわ。それと、私の友達は今日は来ないから。』
アヤは今度は左手を山の方に伸ばして、ある山の中腹あたりを鷲掴みにした。土砂に塗れて5つほどの何やら小さなものがうごめいている。いや、それはアヤと比べてのことで、
大きさが100~200mはある、この星にしては大きなものだった。
『やっぱりね。そんなことだろうと思った。』
白い場所のすぐ脇に投げ捨てた数百mの高さにもなる土砂から、5人の巨人の女性がもがきながら這い出てくる。この前マイたちを襲ったのと同じ奴らだろう。
自分を呼び出したのはマイちゃんを連れてくると思ったからだろう。そして、隙を見てマイちゃんを・・・そうか、じゃあこうしてみようかな。
『決まったわ。こいつらを殺しなさい。この星に巨人はいないんでしょ?だったら侵略者じゃない。さっさと殺して。アンタたちの力じゃ無理そうだったら私が手伝ってあげるけど、まずはアンタたちだけでやってみなさい。』
そして巨人女たちにはこう告げた。
『この基地を壊滅させなさい。動くものは皆殺しにするのよ。勝った方をこの星の主として認めてあげる。』
両方とも同盟を結んでいるのだ。そんなことができるわけない。しばらくの間、沈黙が流れた。
『言い忘れたけどにらみ合ってるだけだったら、ここにいる全員皆殺しだから。それと、街の3つくらいで遊んでいこうかな。』

先に手を出したのはこびとの方だった。基地にあるすべての攻撃力を5人の巨人女に叩きつけた。だが、5人だってこのままやられっぱなしでいるわけには行かない。
同盟関係だからと言って殺されていい道理が無い。圧倒的な力による反撃が始まった。
こびとの戦車砲程度では彼女たちにはたいしたダメージは与えられない。女巨人たちはビルを蹴り上げ、踏み潰し、足元をちまちま這いまわっているこびとたちを次々に地面の染みに変えていく。
首脳陣たちの乗ってきたヘリも瞬く間に全滅し、逃げる手段を失った彼らはちいさくても15m以上ある巨足の餌食になった。
アヤはその間、ニヤニヤしながら地上の同士討ちを眺めていた。

アヤの長い脚に囲まれた中で行われた派遣争奪戦は、巨人の圧倒的勝利に終わった。通常兵器など全く寄せ付けない巨人と、その巨人の他愛もない攻撃で次々に潰されていくこびとたち。
5人がひとりだけだったとしても、時間はかかっただろうが結果は変わらなかっただろう。
5人の巨人女がアヤの太ももの間に集結していた。そのうちのひとりが声を上げる。
「あ・・・あの・・・こびとが降伏してきました。約束していただいたとおり、私たちでこの星を支配します。」
『はあ?私は皆殺しにしろって言ったはずだけど。』
「し、しかし、既に彼らに戦意はないので、これ以上は・・・」
『却下!それと勝手に戦闘を終わらせようとした罰として、あと1時間で全滅させなさい。できなければ私がしてあげる。もちろん、アンタたちも含めてね。』
ズシンっ!アヤが左足を少し上げて足踏みするだけで普通の巨人の兵士たちの全員がその場に倒れ込んでしまう。さらにアヤの言葉は続いた。
『山に隠れてるのもいい加減出てきてこの子達を手伝ってあげれば?出てこないならそれでもいいけど、私が全滅させる範囲はもっと広いわよ。』
それを聞いてぞろぞろと普通の巨人たちが姿を現した。その数ざっと30人はいるだろうか。
『ずいぶんと大人数ね。確かにこれだけいれば私も全員には気を配れないからマイちゃんを人質にとれる可能性もあったかもね。』
アヤはその中のふたりばかりを目の前まで摘まみ上げる。身長150m以上ある普通の巨人が虫みたいにキーキー悲鳴を上げているのはいつ見ても滑稽だった。
『こうなりたくなかったらさっさと済ませなさい。なんか飽きてきちゃったし。』
そう言われた彼女たちのはるか上空では、掴まった2人の仲間がプチリと潰され、山中に向かって投げ捨てられた。

「お・・・終わりました。」
一人も逃すまいと基地全体を破壊し尽くした40人近くの普通の巨人が、アヤの太ももの間に再集結していた。
『そうみたいね。じゃあ、約束通りあなたたちがこの星の主ね。』
「ありがとう、ございます。では、これからはこの星は私たちで支配させていただきます。」
『そうね。約束は守るわ。でも、明日には侵略者に襲われちゃうかもね。私ももう無関係だから助けに来る義理はないでしょ。』
アヤの残酷な笑顔に、その場にいた全員が恐怖した。本国に援軍を要請しても7日はかかる。いや、援軍が間に合ったとしても目の前の大巨人が侵略して来たら援軍もまとめて滅ぼされてしまう。
やはりその前に、この女が大切にしている者を・・・
何人かが同じ思いを抱いて恨めしそうにアヤを見上げていた。

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マイはGプログラムを受けるために軍の中でも一番大きな基地に来ていた。表情は少し強張っている。
事前に説明は受けていたが、命の危険もある人体強化プログラムだ。緊張しない方がおかしい。しかし、マイにははっきりとした目的がある。
最初にこの話をされた時、断ることもできると言われたが、マイはすでに決心していた。少しでもアヤちゃんに近づければ・・・と。

集合場所には各地の軍務学校から選抜された11名が揃っていた。マイが一番最後、12番目の位置に並ぶ。
「はぁ~、みんなおっきいなぁ。」
これでも、巨人の中では長身の部類である。身長は172mで初めてアヤに会った時より2mほど伸びたが、アヤから見れば誤差でしかない。
ところが、隣に立っている子は視線の上に肩がある。確実に200mは超えているようだ。他の子も皆マイよりも大きく、頑丈そうな感じだ。
「私なんかで本当に大丈夫なのかな。。。」
誰にも聞こえないくらい小さな声でマイは呟いた。

GプログラムはG1~G3の3種類がある。簡単に言えば薬の強さだ。もちろんG1が一番強く、その代わりに副作用が起きる可能性も高い。死亡率もだ。
それでも今回もG1を希望するのが8名もいるのは、皆今の将官級の大きさと強さを手に入れたいからに他ならなかった。一兵卒でいるよりも地位が高い方が楽しいに決まっている。
こんな侵略者の星ならなおさらだ。好戦的な性質でもあるが、それ以上に野心も大きいのだ。

「え~っと、あなたはこっち、あなたはそっちね。」
事務官の女性が端末を手に12名を手際よく振り分けていく。彼女は事務官だけあって身長も160mほどと標準サイズだったので、少しだけマイをホッとさせた。
「あなただけG3ね。本当にG3でいいの?」
女性は確認のために端末を操作すると、おもむろに顔を上げる。
「あ~・・・あなたね。司令官がお呼びだから司令官室に行ってくれる?案内はあの子がしてくれるわ。」
へ?なんで司令官?というより残り11人の視線が注がれているのがわかる。軍務学校の学生が司令官に呼ばれるなんて・・・心当たりはひとつしかない。
マイはその場から逃げる様に部屋の隅で待っていた事務官の女性のもとに走っていった。

「こちらでお待ちください。司令官閣下を呼んで参ります。」
マイが通されたのは大きな応接室だった。来客用のソファの端にちょこんと座って出された飲み物に口をつけようとしたその時だ。
ズンッ、ズンッ、とリズミカルな地響きが近づいてきた。アヤちゃんほどではないが間違いなく普通の巨人よりはるかに巨大な人間だろう。
その地響きがピタッと止まると、ひときわ大きめの振動が襲い掛かる。アヤちゃんが腰を下ろした時の衝撃に似ている。でも、アヤちゃんに比べれば可愛らしいもんか。
と、思った時、天井付近に異変が起きたのだ。動いてる?ズルズルと天井がせりあがっていく。そしてそれをせり上げているのが・・・
「てぇ?」
マイが唖然とした顔を上に向けた時には既に天井は取り払われていた。だが、壁とか壊れていないのは元々着脱式なのだろう。
「こんにちは。」
上空から大きな声が轟く。
「え?しっ、しれいかん・・・かっか!?」
慌ててマイは跳ね上がって直立不動で敬礼だ。それを見てクスリと笑った超美人の巨大な女性は、指先で入り口とは反対側の壁も取り払った。
「敬礼はいいわ。出ていらっしゃい。」
「は・・・はひぃ。。。」
マイはゼンマイ仕掛けの人形のようなぎこちなさで、応接室を何とか出るのだった。

「あなたでもびっくりするのね。あの子で慣れてるかと思った。」
司令官は笑いながら自己紹介する。
「ここの司令官のリサよ。」
「あ、ま・・・マイと申します。閣下。」
「ふふっ、別に緊張しなくていいわ。あの子のお気に入りを見ておきたかっただけだから。」
段々と落ち着いてきたマイが見回すと、ここもひとつの部屋で、今いる場所は司令官の机の上だと言うことが分かってきた。それにしても大きいなぁ。それに凄く綺麗・・・あれ?誰かに似てる気が・・・
リサは、正対するように置かれた普通の巨人用の応接セットに座るように促しながら、マイに声をかけた。
「いつもあの子の我儘に付き合ってくれてありがとう。このGプロ参加もあの子の我儘なんだけどね。嫌なら途中で離脱してもいいわよ。」
マイがソファに座ると、目の前には司令官閣下の巨大な胸がドスンと机の上に乗せられている。見上げれば両肘を机の上に突いて、頬杖をついている司令官の美しい顔がマイを見下ろしていた。
「あ、いえ・・・私も、少しは大きくなりたいと、思ってました。。。から・・・あ、あの・・・」
「な~に、」
「質問してもよろしいでしょうか。」
「いいわよ。それと今は司令官として話しているつもりはないから、なんでも聞いていいわ。あ~、私の身長は3520m。このGプロで大きくなったの。それでもあの子の五分の一くらいね。」
「すっ、凄いですっ!でも、聞きたいのはそれじゃなくて・・・その、アヤちゃんとは、どういうご関係・・・」
「あの子の姉よ。」
はぁ、お姉さんですか。大巨人姉妹だな~。。。って、それって・・・
「えぇ~っ!?」
「やっぱりびっくりした?血縁関係なんか一部の特権階級だけだもんね。しかも、巨人はゼロ。実際そうなんだけど、あなたには特別に教えてあげるわ。」

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リサとアヤは3歳違いの姉妹だ。両親は普通サイズの人間で、ある研究の第一人者でもある。その研究とは巨人の弱点をさらに広げることにあった。
「え~?弱点増やしてどうするんですか?侵略とかできなくなっちゃうんじゃ・・・」
「当時はね、外の星とかにはあまり侵略に行かなくてね。時々暴れる巨人をどうやって抑え込むかが人間の課題だったのよ。」
この時は名実ともに人間が支配していた。だが困ったのは人工授精の副産物で時折現れる巨人の存在だった。支配の主導権を人間が握っていた理由は、巨人だけが致死率ほぼ100%の
ある種のウィルスのおかげだった。リサとアヤの両親は、ウィルスの強化と人為的に巨人にウィルス感染させる研究を行っていたのだ。
そして、ふたりの娘は研究室を遊び場として成長していった。

最初に巨大化が始まったのは2歳のアヤだった。日を追うごとにどんどんと大きくなっていく身体は、瞬く間にリサを追い抜き、数日後には両親をも見下ろすようになった。
「あの頃はねぇ、お姉ちゃんだけど妹みたいとか言われて頭撫でられたりしてたのよ。」
リサは笑顔のままで、幼少期の微かな記憶を確かめる様にマイに話して聞かせた。
アヤの身長が5mを超えた時点で、政府にも隠し通せなくなると思った両親は、アヤを巨人の子供を育てる施設に送り込むことを決心した。
巨人の2歳児の身長は約5~10m、巨人の施設にアヤがいても全く違和感がなかった。

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「でも、どうして?」
マイが尋ねると、リサからわかりやすい返事が返ってきた。
「後で両親が教えてくれたんだけど、私とアヤには殺人ウィルスに対する免疫があったの。それを政府が知ったらどうするか、わかるでしょ?」
「手が付けられなくなる前に殺す・・・ってことですか?」
「そう、だから表向きはアヤは事故で死んだことになったの。まあ、今では巨人の私たちでさえ手が付けられないけどね。」
困ったような笑顔に釣られて、マイも思わず笑ってしまった。

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アヤが巨人の施設に入って20日も経たないうちに今度はリサの巨大化が始まった。毎朝目が覚めるたびに周りの物がどんどん小さくなっていく感覚は不思議なものだったという。
巨人の5歳児は、30~50mにもなるが、そこまで大きくなるまで待っていては政府にバレてしまう。リサは身長10mほどで施設に送られていった。
「いやぁ、あの時はホントちびでね。私の頭の上にみんなのお尻があったの。大きい子なんか目の前に膝があったしね。巨人って凄いって改めて思ったわ。」
だがそれからふたりの姉妹はそれぞれ他の巨人を凌駕するスピードでどんどんと成長を続け、ついに転機が訪れるのだった。

リサとアヤは別々の施設にいたのでふたりが再会するのはリサが12歳、アヤが9歳の時だった。
リサの身長は322mに達し、他の同年の少女たちの2倍以上の体躯を誇っていた。その頃、軍が政府に隠れて密かに研究を重ねていたGプログラムの実証実験が始まったのだ。
軍はある意味政府とは対立していた。巨人を自分たちに押し付けて他星への侵略をさせ、彼らだけが肥え太っていく政府に反感を抱いていた。一方で、巨人たちを手なづけられれば、
圧倒的な戦力になる。その役割を殺人ウィルスが担っていたが、政府もこのウィルスを持っていたので争えば共倒れになってしまうかもしれない。政府が飼っている巨人もそれなりに数がいるのだ。
そこで軍が考えたのが、巨人よりもさらに圧倒的な力で政府を制圧し、殺人ウィルスを奪い取ることだった。

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リサは成人した兵士たちの誰よりも巨大な体躯を買われて、Gプログラムの実証実験対象に選ばれた。当然と言えば当然の人選だ。
「それじゃあ、一番最初の人だったんですか?」
「正確にはその前に何人かいて、全部失敗したんだって。で、改良版を投与されたってわけ。」
「よく受ける気になりましたね。」
「あの時は拒否なんかできなかったしね。まあ、結果オーライだったからよかったけど。」

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リサを使った実験は大成功を収めた。実験が始まって40日後に、身長は3180mに達した。リサ自身は初めて巨大化した時のような日を追うごとに周りの景色が変わる様が楽しくて仕方がなかった。
軍の巨人の上官たちがまるで小さな人形の様に見えた。こびとの戦車など小さすぎて吐息で軽く吹き飛ばしてしまえる。
宇宙母艦は流石に自分より大きかったが、廃棄直前の宇宙母艦を破壊するよう命令された時、想像していたよりもはるかに装甲が弱く、殴ったり蹴ったりするたびにグシャグシャに破壊され、
最後は抱き潰して完全にスクラップに変えてしまった。
だが、リサはこの時、ある疑問を感じていたのだった。

軍の一員として政府を壊滅させることは簡単なことだ。政府が飼っている巨人だってリサから見ればせいぜい人形サイズだ。100人だろうが1000人だろうが簡単に壊滅させられる。
でもそれだけでは今までの政府に軍が取って代わるだけ。私たちは何も変わらない。それじゃあつまんない。幸い免疫のことは政府にも軍にもバレていない。もし、バレていたら私をこんなに巨大化させないだろう。
リサの決心は2回目と3回目のGプログラムで、それぞれひとりずつ10倍以上の巨大化に成功したという話が伝わってきてより一層固まっていった。
そしてほぼ同じころ、軍部がウィルスの研究施設を急襲して、研究者を全員を処刑したことを知った。軍部の説明によると、免疫の研究をしていたからだという。
このウィルスに免疫などあったら、そしてそれがGプログラムで巨大化した3名のうちの誰かに渡ったら大変な事態になる。そう思ったのだ。
リサは処刑者リストの中に微かに覚えていた両親の名前を見つけ、その夜は隠れてひたすら泣き続けた。

4回目のGプログラム。リサは兵士たちの憧れになっていたらしい。そのリサから訓示がされると聞いて、実験体の10名はやや緊張の面持ちでいた。そして、その10名の中にアヤがいたのだ。
アヤもまた他の兵士に比べて突出して巨大だった。何しろ9歳で588mという前例がない巨体である。軍としては200m近い2名が2400mほどになり、300mを超えていたアヤは3000mオーバーなのだ。
しかもその力は圧倒的ですらある。ウィルスが無ければ彼女たちに命令するなど不可能に近い。
ウィルスの効果を完全に信じ切っていた軍部は、迷わずアヤに白羽の矢を立てたのだ。

リサはひととおりの挨拶をした後で、ひときな大きな女の子を軽く目の前まで掴み上げた。
「お・・・おねえ・・・」
そこで、アヤの声が途切れた。リサがアヤを握る力をほんの少しだけ強めたのだ。同時にゆっくりと空いている手の人差し指を立てて口元に当てた。アヤにはそれだけで充分だった。
姉妹だってわかったらいけないんだね。という意味でアヤは大きく頷くと、リサにも通じたらしく、一言二言言葉をかけてアヤを列の中に戻していった。

その翌日、リサたち3人は軍首脳の訪問を受けた。これほどまでに巨大だと呼び出すことなど不可能だからだ。何しろリサの足の親指だけで軍本部ビルを余裕で超える大きさなのだ。
ふつうのこびとである首脳たちは、逆に彼女たちから見れば2ミリにも満たない塵か埃のような存在だった。
この首脳部やら何やらがリサの私室のテーブルの上にヘリを着陸させ、ようやく会談が成立するのだ。彼らもウィルスというカードがある以上安心だと思いたいのだが、目の前の巨大な少女たちの
圧倒的な大きさに思わず気圧されてしまう。3人とも12歳という年齢には似つかわしくないほど肉付きがよかった。何しろ座っている彼女たちの巨大な胸が目の前に6個も聳えているのだ。
逆にリサなどは「乳首にしがみつかせて遊ぶくらいしかできないかなぁ」などと思っていたが。
作戦は10日後、ちょうど政府首脳の全体会合が開かれる日と決まった。リサたち3人が首都を急襲し、官邸を占拠または完全破壊する。同時に郊外にあるウィルスの貯蔵施設を特殊部隊が占拠する。
運搬はふつうの巨人の兵士が行うらしい。
「それですと時間差が出てしまうのではないですか?首都まで500kmほどですから私たちだったら5分もかかりませんが、普通の子達だと・・・」
「その点は問題ない。すでに内通者にも連絡済だ。首都にいる巨人のうち何人かが2か所の貯蔵施設を急襲する。破壊はできないので、守備兵を一掃した後、特殊部隊が占拠する。」
つまり、ウィルスは全部自分たちの物にして安心したいってことね。
リサは「承知しました。」と一言だけ答えて敬礼した。

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リサの許に急報がもたらされたのはそれから5日後のことだ。「Gプログラムの被験者が暴れて手が付けられない。何とかしてほしい」という内容だ。
Gプログラムの実験施設はこの基地から100kmほどしか離れていない。リサが自室の窓から外を見ると、確かに何本かの黒煙が上がっているのが見える。
「まさか、あの子・・・」
そう直感したリサが慌てて身支度を整えて部屋を飛び出そうとすると、他のふたりもちょうど出るところだった。嫌な予感がしたのでふたりには司令長官と参謀長の拘束に向かってもらった。
免疫のことはふたりには話してある。それに、これを契機に軍部の制圧を行ってしまおうということもその場で決めたのだ。
足元のこびとの建物や車両、こびとそのものを蹴散らしながら走って施設に向かう。ふつうの巨人も何人か踏み潰したと思うがそんなことはどうでもよかった。
小高い山の向こう、黒煙の中に何か途方もなく巨大なものが見えた。たぶん、自分の身長と同じかそれよりも少し大きいもの。標高500mほどの山を踏み潰したあたりで、リサは叫んでいた。
「アヤっ!」
すると、その巨大な何かが大きく動いた。
やはり巨人だ。しかも座っているのに自分よりも大きそうだ。もし、完全な別人だったら自分はどうなるかわからない。しかし、リサは妹であることを確信していた。
「お・・・ねえ、ちゃん?」
やっぱりアヤだ。回り込むと全裸の少女がペタンと座って泣いていた。よほど心細かったんだろう。リサは少し背伸びをして、そっと妹の頭を撫でてやった。

少し落ち着いて周りを見ると、何人もの普通の巨人が倒れていた。
「これ、アヤがやったの?」
アヤは俯きながら首を横に振る。
「あのね。お注射ばっかり打つから、もうやめて欲しいと思って、腕を振ったの。そしたらビルが壊れちゃって。。。他のみんなが優しくしてくれたから、あー、アヤが悪かったんだって思って、そしたら。。。」
「そしたら?」
「みんなバタバタ倒れていって、こびとさんの戦車がアヤのことやっつけようとして、それで、それで・・・」
またアヤはしくしくと泣き始めてしまう。だけどだいたいの状況は飲み込めた。ウィルスを使ったんだ。そして、ウィルスの効果が無かったアヤに軍が攻撃を加えた。今の状態がたぶんアヤの反撃の結果ね。
リサは他のふたりを同行させなかったことを心の底から喜んだ。友を失わずに済んだと。
上空を見上げて風向きを確認する。風は基地の方から吹いている。だったら基地は安全だ。その時、アヤの通信装置に司令長官と参謀長を確保したと連絡が入った。
軍は押さえた。私たちがクーデターを起こしてウィルスさえ何とかすれば少なくとも巨人は従ってくれるだろう。軍のウィルスの保管場所はわかっている。あとは政府の方か。。。
「一気にカタをつけるわ。あなたたちは首都を襲って!私は妹とウィルスを無力化しに行くから。」
これを聞いたふたりは怪訝な顔をした。いもうと?妹って誰よ。リサはまだアヤの話はしていなかったからだった。

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「アヤ、立てるかな?おねえちゃんのお手伝い、できる?」
「うん!おねえちゃんが一緒だったら、怖くないよ。」
そう言って片手を突いてそこにあったいくつかの崩れかけの建物に完全に止めを刺し、ゆっくりと立ち上がる全裸の少女をリサは首がいたくなるほど見上げなければならなかった。
「ずいぶん大きくなったのね。」
身長差約2倍ちょっと、7000m近くありそうだ。
「えへへ、またおねえちゃんの頭なでなでできるよ。」
覚えてたんだ!私でさえおぼろげな記憶でしかないのに。リサは少し嬉しくなった。
ズシン、ズシンと巨大地震を超える地響きをたてながらふたりの少女が向かった先は首都だった。その向こうにウィルスの貯蔵施設があるはずだ。足元のありとあらゆるものを踏み潰しながら、
アヤは下を向いた。
「ねえ、おねえちゃん。どこに行くの?」
「悪いこびとをやっつけに行くのよ。手伝ってくれるでしょ。」
「もちろん!アヤとってもおっきいから、悪いこびとはみんな踏み潰しちゃうよ。」
ズッシン!ズッシン!と軽快にスキップしながら膝にも届かない小さな山をジャンプして超えると、数百棟の建物と数千人のこびとを粉砕して綺麗に着地するのだった。

首都の中枢部は任せるとして、自分たちがやらなければならないのはウィルスの除去だ。首都を蹂躙しながら通過して、そのままその先の貯蔵施設へ向かった。
足元に数百はくだらない倉庫が立ち並んでいる。おそらく地下にも相当数隠しているだろう。この場で破壊してもいいのだが、そうすると風向きによっては他の巨人に被害が及んでしまう。
「アヤちゃん、手出して。」
アヤがしゃがんで左手を差し出すと、リサはひとつずつ潰さない様に倉庫をむしり取ってアヤの掌に積み上げていった。
「手伝おっか?」
「いいわ、壊しちゃうとさっきみたいに他の巨人の子が倒れちゃう。そしたら可哀そうでしょ。」
「そうだね。わかった。」
アヤはそう言うと、ちょうどそこに展開を終えてふたりの大巨人と倉庫に総攻撃を仕掛けてきた戦車部隊の上に座って、9歳の可愛いヒップドロップの一撃で全滅させた。もちろん、本人は何も気づかずに。

地上1層分、地下2層分の倉庫はすべてアヤの巨大な掌に乗せられた。倉庫のひとつひとつがアヤから見ると米粒サイズなので、まるでおにぎりを作る前のご飯が乗っている状態のようだ。
「アヤちゃん、それ、壊さないで海まで持っていける?」
「う~ん、わかんない。」
最初の予定では特殊部隊を壊滅させたら巨人たちに守らせて、ひととおり制圧した後に海に捨てに行こうとしていたが、予定が狂ってしまい、すぐに対応しないとまずそうだ。
困ったな、途中で落としたらどうなるか。やっぱり正確な致死量を把握しておけばよかった。リサはそう思ったが既にすべてが動いているのだ。何とかしなければ・・・

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「それで、どうしたんですか?」
「それがね、あの子凄いことしたのよ。思い出しただけでも冷や汗ものだったわ。」
リサはにやけながら話を続けた。

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「おねえちゃんさ、あたしとおねえちゃんはこの毒って平気なんだよね。だったら、食べちゃうよ。」
「え?」
リサが止める間もなくアヤは右手に持っていた倉庫群を頬張った。中に何人かこびとが潜んでいたが、そんな小さなものに気づくはずもない。瞬く間に数百の倉庫はアヤの巨大な胃袋に消えていった。
続いて左手の倉庫群も同じ運命を辿る。バリバリムシャムシャ倉庫を食べている妹の姿をリサは唖然として見つめていた。
1分も経たないうちにもうひとつの貯蔵施設も同じ運命を辿った。
リサの頭上ではアヤが巨大なお腹をポンポンと叩いている。
「あんまり美味しくなかったけど、これで全部無くなったね。」
ヘヘッと笑う顔を見て、リサは呆れるしかなくなっていた。

「もう!何考えてんのよっ!お腹壊したらどうすんのよっ!」
「え~っ!でも、おねえちゃんだって困ってたじゃん!」
軽い口喧嘩をしながら首都に戻ったふたりを出迎えたのは、大巨人のふたりだった。既に政府組織は完全制圧され、政府側の巨人兵士も10倍の体格には歯が立たないことを悟って次々に降伏していた。
そこに、さらに巨大なふたりが近づいてきたのだ。生存していた政府側の巨人全員が、無条件降伏を申し入れてきた。
「いやぁ~、でっかいね~!それより妹ってどういうこと?教えてくれるんでしょうね。」
2400m級のふたりも、アヤの膝より少し高いくらいしかない。圧倒的に巨大な少女を見上げて驚いていた。
「一応報告しとくわ。主要閣僚12人のうち、たぶん殺しちゃったのが4人、拘束したのがふたり、残りは元々首都にはいなかったみたい。」
「上出来じゃない?それに、今から私の話を聞けば向こうから降伏してくるわ。」
惑星全域に向けて発せられたリサの宣言は、すべての巨人を安心させ、逆にこびとの心をへし折るのには十分すぎた。逃げのびた閣僚たち全員が出頭してくるのに5日もかからなかった。

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「あ、その演説覚えてます。私も9歳でした。なんか施設の中がお祭り騒ぎになったって感じがして、怖いものが無くなったんだって思ってすごくうれしかったです。」
マイは目をキラキラさせてリサの顔を見上げていた。
「それから色々変えていって、今につながるんだけどね。それをあのバカ妹は、ちょいちょい邪魔するんだから。」
「ああ見えてアヤちゃんって甘えん坊だから、おねえさんにかまって欲しいんだと思います。」
ふたりして笑ってしまう。
「でも、アヤちゃん凄いですね。それから2倍以上大きくなったんだ!」
「それなんだけどね、実は10日くらいで15000mくらいになってたのよ。どうやら食べたものが身体に合っちゃったらしくてね。でも、そのウィルスは作り方も含めて全部処分しちゃったから、
私も少し食べておけばよかったって後悔してるの。」
「研究者とかにまた作らせれば。。。」
「どこに情報が流れるかわからないから皆殺しにした後だったのよね。残念。。。まあ、パパとママの仇も取れたからいいかなって。」
リサは、司令長官と参謀長を指の上で散々恐怖を植え付けた後で捻り潰したことを話してくれた。

秘書官が入ってきて約束の来訪者が来たことを告げた。マイとの楽しい時間も終わりのようだ。
「政府のバカどもがいちいちお伺いを立てに来るのよ。名目上は国のトップなんだから、こびとの間のことくらい自分たちで何とかしろっていうのに・・・変えちゃおうかしら。」
実質的に巨人がこびとを支配することは変わらないが、こびとのことは自分たちで決めさせるために政府の存続を許したのだが、なかなか上手くいかないらしい。
マイが一礼して退室するのとほぼ同時に、リサの怒鳴り声が轟いてきた。