※この話には残酷なシーンが含まれています。
  お読みになる方は、これを踏まえてお読みください。


『デュワッ・・・(あと1分)』
彼の胸のエネルギーゲージが、残り時間が少なくなったことを告げていた。
対峙している怪獣は体力が落ちてきたのだろう、ようやく動きが鈍くなってきた。
『ヘアッ!(そろそろ頃合いか)』
これでいつものとおり両腕をクロスさせて必殺光線で仕留めれば彼の仕事は終わる。。。はずだった。
だが、彼はクロスの角度を少し変えて、必殺光線ではない技を繰り出した。
彼だって本当は派手に決めたい。だが、決してそれができない事情があったのだ。
クロスさせた両腕からは光の粒が泡状に噴出して怪獣の身体を包み込む。怪獣はバタバタともがいているが光の粒にまとわりつかれてだんだ身動きが取れなくなり、
ついには身体が宙に浮き上がり始めた。
彼は地響きをたてながら怪獣に近づくとおもむろにそれを頭上に掲げ、海に向かって飛び立った。
海岸近くの都市は突然の怪獣の襲撃を受けたが、スーパーヒーローによって被害は数百m四方を破壊されただけで済んだのだった。

海上には、普段はあるはずのない山のような物体が鎮座していた。恐らくは地上のどの山脈よりも高い山。
薄い雲に遮られておよそ二千m付近より上の様子はよくわからないが、雲の下は幅数kmにもおよぶ壁のようなものが聳え立っている。
スーパーヒーローは怪獣を掲げてその山の方に向かっていった。
雲を抜け、中腹ほどの高度に達したところで突然山の一部が動いた。彼はその動いた場所に降りようとしていた。
「おつかれさまでした。ありがとうございます。」
巨大なはずの彼でさえ全身が強張るほどの大音量が響き渡った。
彼はそのままほぼ水平になっている広い場所に降りて、怪獣を足元に転がした。
「いつもすみません。」
彼が見上げると、声の主が優しそうな表情で見下ろしていた。そう、ここは山のように巨大な女性の掌の上だった。
彼女は戦いが終わるまで海上で膝を抱えて座って、彼の奮戦を見守っていたのだった。
「では、あとは私が処理しますね。」
掌の上の怪獣めがけて巨大な影が恐ろしいスピードで近づいたかと思うと、彼でも到底抱えきれないほど太い大木が2本、怪獣を挟みつけた。
光の泡は一瞬で四散したが怪獣が自由になる暇もなく今度は巨大な女性の指先でつままれてしまったのだ。
ビキッ、ボキッという不気味な音が彼にも聞こえた。どこかの骨が砕かれたようだ。怪獣は悲鳴とも思える叫び声をあげてもがき苦しんでいるが、それを挟んでいる指先はビクともしない。
自分が本気で戦ってやっとここまで弱らせた怪獣が、まるで蟻のように摘まみ上げられている光景は、彼にも相当の恐怖を与えていた。
もし、彼女が自分を攻撃しようとしたら・・・
彼は数日前の出来事を思い出していた。

その日は怪獣出現の報を受け、他のスーパーヒーロー達が出動していた。総勢8名の出動だから休んでも良かったが、胸騒ぎを覚えたので彼も少し遅れて出動した。
彼は現場の遥か遠くから異様な光景を目にしていた。
海中から聳える巨大な壁が見えるのはいつものことだった。身長約18kmの彼女が座っても、その大きさはどんなに高い山でも全く敵わない。
胸の高さでさえ山脈級なのだ。彼女から見れば我々スーパーヒーローでさえ小さな虫でしかない。
その彼女はいつも我々に「怪獣を爆散させないこと」を要求していた。爆散させると後片付けが面倒くさいというのが理由だった。
何回か爆散させた者はいたが、その後ひとりの例外なくエネルギー切れまで後片付けを強制されていたのだ。彼女と出会ったころにそれを無視した奴は、もうこの世のどこにもいなかった。
それより、今彼が驚いているのは怪獣の大きさの方だった。この距離からだとその巨大さが良く分かった。彼女の胸よりひと回り小さいくらいの体長だった。
つまり、体長1km強・・・今までの怪獣はせいぜい100mほどだったので平均身長50mのスーパーヒーローの力だけで対応することができた。
だが今回の怪獣はそれを遥かに上回る巨大さだった。実際彼の目には、怪獣と戦っているはずの8人の同僚が怪獣に群がっている小動物にしか見えなかったのだ。

怪獣は一方的にスーパーヒーローをひとりまたひとりと叩き潰していた。ある者は尻尾の直撃を受け、潰れた状態で数km先の山の中腹に叩きこまれていた。
何故彼女は助けてくれないんだ?彼女だったら一撃で怪獣を退治できるじゃないか。だが、彼女は怪獣の方を見下ろしているだけで全く動こうとはしなかった。
彼は彼女に向かって飛んで行った。太股のあたりから巨大な胸の横を通り抜け顔の高さまで上昇する。彼女も彼に気が付き、視線を少しだけ上げた。
『なぜ助けてくれないのです。あの怪獣は我々には大き過ぎます。』(面倒なのでここから翻訳版です)
彼女の答えは冷徹だった。
「8人がかりだったら何とかなると思ったんだけど・・・やっぱりこびとさんは弱いんですね。ほら、またやられちゃった。」
それは5人目がビルごと怪獣に踏み潰された瞬間だった。怪獣が足を退けると、粉々になったビルの瓦礫の山の中に、全身がコの字に折れ曲がり、身体中のあちこちが引き千切れて
ほぼペシャンコに潰れた状態で張り付いている同僚の姿があった。
「あと3人ですよ。あなたは行かないんですか?」
『無理です!見ればわかるじゃないですか!お願いします。助けてください!』
彼女は少しの間無言だったが、6人目が怪獣の吐き出した火炎放射の直撃を受けて黒こげになったところで口を開いた。
「仕方ありませんね。全滅されても困りますから。」
彼からは巨大な山が動いたように見えた。彼女は右手をスッと伸ばすと、怪獣の胴体を鷲掴みにして目の前まで持ち上げた。
怪獣に接近戦を仕掛けていた7人目が、彼女の人差し指と怪獣の身体に挟まれて見えなくなった瞬間、彼女の指先から怪獣のものとは違う色の液体が滴り落ちていった。
「これでいいですか?」
スーパーヒーローをひとり潰してしまったことなど全く気にせずに彼の方に怪獣を向けると、怪獣の身体がどんどん変形していった。
ゴキッ!バキッ!メリッ!怪獣の身体のどこかが砕かれ潰される音が聞こえる。口からは既に泡を吹き、白目を剥いていた。
8人がかりでも全く歯が立たなかった怪獣を、片手だけで握り潰そうとしている。彼は震えが止まらなかった。
「でも、この程度の怪獣にも勝てないんじゃ、スーパーヒーローといっても所詮はこびとなんですね。弱すぎます。」
その声が聞こえたのか、最後に残ったひとりが何かを叫びながら飛びあがって来た。『ふざけんな〜っ!』という台詞だけは聞こえたような気がした。
飛び上がって来たスーパーヒーローは光線技を彼女に連射していた。腹から胸にかけて全弾が彼女に命中していたが、彼女は無言でその謀反者を見下ろしていた。
まったく効いていないのは明白だった。彼女にはかすり傷一つ、やけどひとつも負わせられないのだ。それでも攻撃をやめようとしない。
光線技のひとつが彼女の頬に命中した時、空いている手の人差し指を立て、ゆっくりと振り下ろした。
それでもその速度は我々の飛行速度の数十倍だった。迫りくる指先をかわそうとしてもあっさり捉えられ、謀反を起こしたスーパーヒーローは飛び上がった時の十倍以上の速度で
街中に叩き込まれた。
衝撃で半径数百mの範囲が建物、車、そして人が全て吹き飛ばされ、さながら巨大なクレーターが出来たかのように壊滅していた。
クレーターを作った張本人は地中100m以上まで埋め込まれ、指先が直撃した右半身は完全に潰れ、右脚は大腿骨の中央から無残に折れ曲がり、瀕死の状態だった。

彼女は指先をひと舐めするとクレーターの中央に軽く押しつけ、彼の前に晒して見せた。
指先にはビルの残骸や車に混ざって、つい今まで彼女に攻撃していたスーパーヒーローの身体が唾液に張り付いていた。
「こびとのくせに逆らうなんて許せませんね。」
親指がそれを覆い隠し、そのまま指先に張り付いていた全てのものを完全にすり潰した。
「さて、」
彼女は唖然として宙を漂っている彼を一瞥した。
「あなたはどうします?私の言うことを聞いてくれますか?それとも逆らいますか?」
彼の下にゆっくりと掌を差し出す。親指と人差し指の先には、彼の仲間だったものの体液がこびり付いたままだった。
彼はゆっくりと広大な掌の中央に降り立ち、跪いた。
「何なりとお申しつけください。ご主人様。」
彼女はフッと笑顔になった・・・気がした。
「わかりました。これからは仲良くしていきましょう。あなたは今まで通り働いてくれれば十分です。あなたの手に余る怪獣は私が処分してあげます。」
このようにね。と彼女は絶命寸前の怪獣をグシャリと握り潰し、海中で綺麗に洗い流した。

ブチュッ!!!何かが破裂した音で彼は我に返った。
彼女の指先はすでにぴったりとくっついていた。隙間からは怪獣の体液と思われる緑色の液体がいくつかの筋を作っている。
「はい、終わりました。」
彼女が少し指先を開くと、そこにはミンチ状になった肉片とおぼしきものが親指と人差し指にへばりついていた。
『おつかれさまでした。それよりエネルギーが無いので私はこれで失礼します』
「はい、いつもありがとうございます。ところで・・・」
超巨大な女性が数日前と同じように、怪獣を捻り潰した指先を海で洗い流していた。
「あなたはずっと言うこと聞いてくれますよね。」
「もちろんです。ご主人様。」
彼女の広大な掌から彼女から見るとたったの5mmしかないスーパーヒーローには、そう言って逃げるように飛び去って行った。