「可愛い熊さんですねぇ」
マリーが掌の上でうろうろしている一頭の熊を眺めていた。体長はマリーの小指の長さくらいだろうか。
「こんなにちっちゃいのに、人間を襲うなんて信じられません。」
いや、ちっちゃいと思うのはたぶんマリーさんだけですよ。と言いたいのをレンは思いっきり飲み込んだ。これでもれっきとした報奨金付モンスターなのだ。
通常グリズリーというのは純粋な獣系モンスターで、体長は3mから大きいものでもせいぜい5m程度だ。対応レベルは体格に応じて5~10の間くらいだろうか。雑食なので時折人間を襲うこともあるが、本当に時折程度で、逆に人間の冒険者がレベル上げや食料として狩る場合の方が圧倒的に多い。
ところがこいつは、乗せている掌があまりにも広大なので小さく見えるだけで、実は体長15mを超える超大物である。レベル10に満たない冒険者程度ではひとたまりも無い。
「いや、他のグリズリーよりは大きくて凶暴だからさ。仕方が無いよ。」
なだめる様にレンが諭す。
「わかりました。じゃあ、苦しまないようにしてあげます。」

その時だった。ゴゴゴゴゴッ・・・という重低音が辺りに鳴り響いた。
「な・・・に?今の」
レンがキョロキョロ見回すが特に変わった様子は無い。小山のような大きさのマリーが足を崩して座っているだけだ。
だが、そのマリーの顔がほんのり赤くなっていることにレンは気がついた。
「聞こえ・・・ちゃいました?」
「今の、マリー・・・さん?」
「あの・・・ちょっとお腹がすいたみたいで・・・」
ひょっとして腹の虫・・・ですか?巨大な動物の咆哮のようにも聞こえたが。というより咆哮そのものだった気がする。

「この子、いただいても、いいでしょうか。」
マリーは巨大グリズリーの胴体を左手の親指と人差し指で摘んでいた。グリズリーは必死にもがいているが、マリーの強靭な指先はピクリとも動かない。
グリズリーの頭部に右手が近づいていき、やはり親指と人差し指でがっしりと摘んでいった。
ゴギィッ!ボギィッ!
何か固いものが砕けたような鈍い音。レンが見上げると、グリズリーの頭部は180度回転し、完全に背中を向いていた。今まで暴れていた手足もダランと垂れ下がっている。
さらにマリーの指先は、頭部をその力だけで半周させて完全に一周させようとしていた。
「終わりました。ちょっと待っててくださいね。」
マリーの指先に白いものが集まっていき、グリズリーの全身を徐々に白く染めていた。凍らせているのだ。レベルも8まで上がり、火に加えて水の精霊の力も使えるようになったマリーの凍結魔法だった。ちなみにレンはのレベルは、マリーのおこぼれを退治してやっと6といったところだ。
「頭は報奨金いただくのに必要ですよね。」
グリズリーの全身を凍らせたマリーが、もう一度頭部を摘んで簡単に引き千切り、レンの目の前にドサッと落とした。頭部の大きさだけでもレンの身長を超える凍った熊の顔面が、白目を剥いたままではあったがレンを睨みつけているようにも見えた。

レンの頭上で何かが燃え上がっていた。見上げるとマリーがファイアボールを作り出し、ゆっくりとグリズリーの胴体に当てようとしているところだった。
この前オークの群れを一瞬で1匹残らず消し炭にした威力なのだ。いくら大きいといってもまた消し炭になってしまう。思わずレンが何か言おうと思ったが、すでに火球はグリズリーの胴体を包み込み、盛大に全身を焼き尽くしていた。
待つこと約3分、身体中からブスブスと煙を上げているこんがりと焼きあがったグリズリーがマリーの掌の上に乗っかっていた。
「ちょっと火加減を調節してみました。うまくいったみたいですよ。レンさんもいかがですか?」
本来なら食料に出来るモンスターである。レンも街のレストランなどでたまに食したこともあったが、半端ではないスケールに完全に気圧されていた。
「いや、今はあんまり・・・」
「そうですか。じゃあ、いただきますね。」
マリーは、美味しそうに焼きあがった熊肉をほお張ると、むしゃむしゃと食べ始めた。口が動く度にどこかの骨が砕ける音が聞こえてくる。
「もぐ・・・ん、おいひぃ・・・ガリッ、小骨もいい食感れふぅ・・・むしゃっ・・・」
満足そうに巨大グリズリー一頭をあっという間に平らげてしまったマリーを見て、小心者のレンの気分が少し悪くなってしまったのは仕方が無いことだろう。

山の斜面を背もたれ代わりにしてくつろいでいるマリーの広大な掌にレンと熊の頭が乗せられている。食休みといったところだろうか。
「そういえば、何で魔法使わなかったの?」
今回のグリズリーも結局マリーの途方もない膂力で殺してしまったので魔導師としてのレベルには全く寄与しないのだ。
「だって、生きたまま丸焼きにしちゃったら可哀想じゃありませんか。」
熊にとっては一気に首を捻じ切られた方がましだったということか。確かに苦しまずには済んだと思うけど・・・
「でもさ、その、言いにくいんだけど、あの熊一頭じゃお腹・・・」
「大丈夫です。私これでも小食なんですよ。」
ふ~ん、と相槌を打ったレンだがどうも目の前のでかい頭部が気になって仕方がない。
マリーの手がグイッと目の前まで急上昇した。レンの目の前にはマリーの形のいい唇。上下それぞれの厚さだけでも3mはくだらない。
「どうしました?」
心配そうな顔でレンと熊の頭を覗き込むマリーだが、突然にんまりと笑った。
「ひょっとして、熊さん怖いんですか?」
「そ・・・んなことより、行くよっ!」
可愛いと言われそうだったので赤くなりながらも話題を変えるレン。やっぱり可愛い、とマリーは笑顔のままで立ち上がった。

街の裏山に突然現れた巨大な影。マリーだ。小さな山なので山頂から太股から上が聳えている。
ズッシィィィンッ!
裏山を軽々と跨ぎ超えた少女が山側の出入り口近くに足を踏み下ろす。
近くにいた人はひとりの例外も無くその場になぎ倒され、激震で崩れ落ちたり傾いたりしている家屋が続出する。続いて・・・
ズッシィィィンッ!
さらに、たったの一歩でもう片足が反対側の出入り口近くに踏み下ろされた。小さな街なのでマリーから見れば簡単に跨ぎ越せる幅しかなかったのだ。

街の人たちの衝撃は相当なものだったろう。マリーのことを噂話などで聞いたことがある人もいたが、全ての人がその姿を初めて見たのだ。
とんでもなく巨大な魔導師の女の子が、街をその脚の間に収めて聳え立っている姿は圧巻だった。高さ10mほどの魔物除けの防壁の向こうには、巨足のほぼ全てを見ることができる。
壁に隠れているのは足の指程度で、足の甲の急斜面などがばっちり見えている。つまり、彼女にとっては、こんな防壁は何の役にも立たない。
上に目を向けると一番細いはずのキュッと締まった足首でさえ、どんな大木の幹よりも太い。そこから綺麗な曲線のふくらはぎがあり、膝を通過して見事なほどの太股が彼らの上空を占領しているのだ。さらには街全体が呑み込まれるのではないかと思うほど巨大で丸みを帯びたヒップライン。脚フェチの皆さんにとっては垂涎もののアングルであるが、惜しむらくはスカートではなく短い丈のショーとパンツ姿だったことだろうか。
「外には誰も出てないですよね。」
巨大なヒップが少しひかれ、真下からは見えなかった上半身と顔が現れた。ノースリーブのタンクトップのような服装の上からまだ若い女の子の顔が自分たちをじっと見下ろしている。
「ちょっと揺れますよ~。」
ズッズゥゥゥンッ!!!
腰をおろした超巨大少女の長く綺麗な脚に、街は完全に取り囲まれてしまった。

マリーの耳には色々な声が入ってきていた。
「なんだ・・・あれ?」「き・・・きょじん?」「魔物なのか?」「でも、可愛いなぁ・・・」などなど。
『もうっ、みんな好き勝手なこと言って・・・』
レンの心に話しかけるマリーの表情は嘆きというか悲しみというか哀れみというか蔑みというか、何ともいえない表情だ。
「でもさ、何で出入り口塞いだの?」
『だって、驚いて逃げ出す人がいたら踏んじゃうかもしれないじゃないですか。』
なるほどそういう訳だったのか。レンは思わず納得してしまった。
と、一瞬、表情が曇った。街の人たちの中から聞き捨てならない単語がひとつふたつマリーの耳に入ってきたのだ。
しばらく無言でジッと街を見下ろすマリー。やがて、空いている右手の人差し指だけを伸ばして、街の中へと腕を伸ばしていった。

ズンッ!!!
「何だよあれ?ばけものか?」などと言いたいことを言っていた剣士の装備をした男の目の前に、地響きと共に突然肌色の柱が突き立てられた。
「ひ・・・ひぇ・・・」
「女の子に向かって、『ばけもの』は失礼じゃありません?」
上空から巨人の少女の声が轟く。え?聞こえた?ってか、なに?これ???男の思考は長くは続かなかった。
上空から見下ろしている少女が突き立てた人差し指は、実に幅3mはあるほどのものだ。目の前の柱の正体を理解した男は思わず腰を抜かしその場に尻餅をついてしまった。
「ゆ・・・びぃ???」
尻餅をついたまま後退りしようとするが、身体がうまく動かない。恐怖で身体全体が硬直してしまったようだ。
「今度失礼なこと言ったら、外しませんよ。」
ズボッと引き抜かれた指が上空に戻っていくと、目の前に穿たれた直径3m以上、深さも3m以上はある大穴がさらに男を恐怖に陥れる。あんなもんに突かれたら確実に潰される。
あれが自分に突き立てられる場面を想像して身体中から血の気が引いていくのを自覚した男の股間は、すでにぐっしょりと濡れていたのだった。

腰を抜かして動けなくなった小さな男が仲間に引き摺られて逃げていく様を横目で見ながら、マリーは本題を思い出した。
「あの~、グリズリーを退治してきました。依頼者はどこですか?」
グリズリーの頭部とレンが乗った左手をずいっと差し出す。街の人はこの巨人の女の子に仲間がいたことを初めて知った。それはそうだ。一体誰が上空100m以上の場所にある掌の上にあるものを見ることが出来るのだろう。
ふとひとりの男の姿がマリーの目に止まった。こちらを見て大きく両手を振っている。
「こっちだ。俺が依頼主だ!」
30代後半といった感じの見たまんまの商人のようだ。
マリーはグリズリーの頭を摘むと、男の前にそっと下ろした。
「おぉ~っ!間違いない!あのヌシ野郎だっ!」
男は一度店に戻ると布袋を重たそうに持ってきてマリーの指先に乗せた。
「約束の金貨300枚だ。といってもおねえちゃんじゃ使い道ないんじゃないか?」
「いえ、仲間がいますから・・・」
マリーはゆっくりと指を引っ込めると、レンの前にドサッと落とす。
「じゃあ、ありがとうございました。」
早くこの場を離れたかったマリーがゆっくり立ち上がろうとした。

「お~い、でっかいねえちゃん!」
さっきの商人だ。何だろう?というか「でっかい」って・・・あまりにもストレート過ぎない?
「はい?」
「そういえば、こいつの胴体はどうしたんだい?」
「あ、はい。あの・・・美味しく頂きました。」
きっぱりと答えるマリー。街の中が一瞬静まり返る。
『あの、私変なこといいました?』
レンに語りかけるが、レンはというと言っちゃったんですか?という顔でマリーを見上げている。
やがてあちこちからいろいろな声が上がり始めた。
「すっげぇ!」「でもよ、あの巨体だぜ!一口じゃねえの?」などなど・・・
マリーは横目でちらっとレンを見下ろす。というより睨み付けてる感じだ。
『レンさんもそう思ってたんですね。もう、知らないですっ!』
「そうかい、熊肉は栄養があるからな!残念だが仕方がない。あんたくらいでかくないとあれは退治できないだろうし。まあ。褒美だと思っていいんじゃねえかい?」
絶妙なタイミングで商人が言い放った台詞と高らかな笑い声に、マリーもレンも毒気を抜かれてしまった。
「そう言えばおねえちゃんの母親はなんて言うんだ?」
いきなりの話題転換だ。会話のペースが完全に商人の男に握られている。恐らく商人としてもかなりのレベルなのだろう。街の人はもちろん、レンも黙ってその会話と成り行きを見守るしかなくなっていたのだから。
「はい?え、えっと・・・エミリア・・・ですけど」
商人の少し驚いた顔。
「ほ・・・本当かい?だったら納得だっ!」
今度はマリーが驚く番だ。
「あの、母を知ってるんですか?」
「ああ、もちろん。君の母さんとはパーティーを組んだこともあるし、俺の命の恩人だからな。で、お元気かい?エミリアは」
「実は・・・3年前に亡くなりました。」
「そ、そうか。。。いや、すまんことを聞いてしまったな。」
「いえ、いいんです。それより、あの・・・母のことを、母が若かった時のことを教えていただけますか?」
マリーは立ち上がりかけた腰をゆっくりとその場に下ろした。

商人の提案でレンと商人を掌に乗せてマリーは裏山の向こうへ回ってそこで話をすることになった。あのまま、街のそばにいるとまたギャラリーの余計な一言でマリーが不機嫌になるかもしれないのもあったが、それ以外にも理由はあるようだ。
ガイモンと名乗った商人が話し始めた。
20年ほど前、ガイモンが所属していたパーティーがとても敵わないレベルの魔物に遭遇し、あわや全滅寸前のところでたまたま通りかかったエミリアに助けられたのが最初の出会いだった。
生き残ったガイモンは商人にジョブチェンジし、しばらくの間もう一人の治癒師の女性とエミリアと共に旅をすることになった。
『なんでジョブチェンジしたんですか?』
気になったマリーがガイモンの話に割り込んだ。
「おっ、その能力も使えるのか。本当にエミリアの娘さんなんだな。いや、言いにくいんだが、エミリアの強さを見たらレベル50程度の格闘家の自信など吹き飛んじまうのさ。」
やっぱり・・・マリーのお母さんも桁外れに巨大で強かったんだ。実はレンもマリーと一緒だったら戦闘系のジョブに意味がないのでは?と思っていたのだ。
でもガイモンさんってレベル50の格闘家だったんだ。すげぇなぁ・・・レンはまた話し始めたガイモンに興味の視線を注いでいた。

ひととおりの昔話が終わり、話題はマリーのことに移っていった。ガイモンにとってはここからが実は本題なのだ。そして、レンにとっても。
「そういえばマリーちゃんはエミリアに比べると随分と小さいな。歳はいくつだい?」
『へ?あの、14・・・ですけど・・・』
今度驚いたのはレンの方だ。
「じゅうよん?マリーさんって年下なの?しかも3つも・・・」
レンはマリーが少し年上のお姉さんだと思っていたのだ。確かに歳を聞いたことがなかったし、マリーが落ち着いている雰囲気に見えたのでレンが勝手に思い込んでいただけなのだが。
『私、やっぱり子供でしょうか。レンさんも子供と一緒にパーティーを組むのは嫌ですか?』
マリーが少し悲しそうな目で見下ろした先のレンは、ブンブンと首を思いっきり横に振っていた。
「レンはそんなこと気にしちゃいない。なぁ!」
ガイモンが援護射撃をしてくれて、マリーも少しほっとした表情に変わっていた。

「そういえばマリーちゃん、グリズリーは腹が減ったから食ったんだったな」
『え?あっ、はい・・・』
そりゃあこびとから見たらとんでもない大喰らいかも知れないけど、実は全然満腹ではないのだ。それでもさっきの食欲は満たせたはずだけど。でも、それが・・・何?
「今まではそんなに食ってないだろう?」
『はい・・・今日になってから急にお腹がすいてて・・・』
いい食いっぷりだなぁ!とか言われると思ったのでちょっと拍子抜けのマリー。
「初めてですよね。僕と一緒にパーティーを組んで、その・・・お食事したのって」
確かにそのとおりだ。一ヶ月近くマリーと一緒に旅をしていたが、マリーが食事をしたのは今日が初めてだ。何となく気になったのでレンは恐る恐る口を開いた。
「そうか。マリーちゃんはちょうど成長期に入ったってことだな。」
成長期!?もう充分成長しきってると思うんですが・・・レンの目がまん丸になる。マリーはそれがわかっているような神妙な表情に変わっていた。
「エミリアに会ったときはもう成長期は終わっていたらしいが、ちょうど14~15で成長期を迎えるって話は聞いたことがある。なんでも、食事量が急激に増えるのがサインだって言っていたんだけどな。マリーちゃん、心当たりは?」
『あ・・・ります・・・母から聞いてました・・・』
完全に俯いているマリー。レンは唖然としたままマリーを見上げている。
「あの・・・成長期って、どのくらい成長するんですか?」
「エミリアは5倍近くでかくなったって聞いたな。マリーちゃんは・・・」
「あの!ガイモンさん!?」
思わず声を出したマリーにガイモンとレンは思わず会話を止め、揃ってマリーを見上げると、もの悲しそうな表情でふたりを見下ろす顔がそこにあった。
『ご、ごめんなさい・・・』
「いや、こっちこそスマン。マリーちゃんの気持ちを考えたらいらんことは言わないほうがいいな。」
『いえ、黙ってても仕方がないし、レンさんには私の全部を知っておいて欲しいから・・・私から話します。』

全てを聞き終えたレンは、まだ信じられないという顔をしていた。
マリーの種族はこの年齢で最後の成長期を迎える。だいたい1年かけて数倍の大きさになるらしい。つまり、いまでさえ常人の300倍以上あるマリーの身体は、ほぼ間違いなく常人の1000倍を超えることになるのだ。
『レンさんとガイモンさんにお願いがあります。』
「はい、なんでしょう」二人ハモって返事をしたので、マリーの表情も思わず綻んだ。
『私の成長期が終わるまで、この街で待っていていただけますか?』
「それは・・・構わないけど、なんで?」
『実は母からは、成長期は必ずひとりで過ごすように言われているんです。特に、もし大切な人がいたら絶対にそばに置かないようにって。』
それは、傷つけてしまうからなのか、傷ついてしまうからなのか、レンにはわからない。
『それともうひとつ。もし、成長した私を見て恐ろしいって感じたらすぐに言ってください。何も言わないで逃げないって約束してくれますか?』
今のマリーよりも遥かに巨大な人間がいたとすれば確かに恐ろしさを感じるだろう。しかし、レンの心は決まっていた。
「必ず約束する。でも、マリーさんも必ずここに戻ってくるって約束してくれるよね。」
『え?はい・・・もちろん・・・』
マリーは余り自信がなさそうだった。これからどれだけ大きくなるかわからないのだ。本当に更に成長した自分にレンは好意を寄せ続けてくれるのか自信など持てるはずもない。
「よし、わかった!じゃあ、レンはこのガイモンが預かるから、マリーちゃんは一度帰ってゆっくりするといい。それと、レンの剣士としてのレベルを少し上げておくからな。期待しといてくれ!」
ガイモンが胸を張って宣言すると、マリーは少し安心したような、レンは、えっ?マジかよ的な表情を作っていた。

およそ1年後・・・
ガイモンと共同生活をしていたレンは、剣士として立派に成長していた。レベル30を超えた今ではかなりの大物とも対等に渡り合えるようになっていた。
「ガイモンさん、マリーさんが戻ってきたらジョブチェンジした方がいいのかな?」
直接戦闘する剣士よりはマリーを後方支援したほうがいいのではないかとレンはずっと考えていたのだ。
「あのなぁ、レン。男だろ?いくらでかくて強いからってマリーちゃんを守ってやろうって精神はねえのか?」
「そりゃあ、あるけどさ・・・ガイモンさんだってエミリアさんに会ってジョブチェンジしたじゃんか。」
「ば~か、状況が違うだろう!エミリアは本当に強くて優しくていい女だったが、俺のオンナじゃあない。マリーちゃんは誰のオンナだ?」
「へ?」レンの顔が見る見るうちに真っ赤に染まる。そりゃあ大切な人とは思うけど、オンナって・・・あんなことやこんなことや、いやいやそうじゃない。
レンは首をブンブンと振ってあんなことやこんなことを必死に打ち消した。
「まあ、ジョブチェンジするかはマリーちゃんに再会してから決めるんだな。もっとも俺はマリーちゃんがジョブチェンジに賛成するとは思えんが」
「そういえばマリーさん、元気かなぁ・・・」
「なぁに、そのうちひょっこり戻ってくる。それより明日は早いんだ!早いとこ休めよ。」
ガイモンはそういい残すと自分の寝室に入っていった。

翌日、街は異様な空気に包まれていた。運び込まれたのはふたりの冒険者、かなりの深手を負っているのは一目瞭然だった。
「また、奴か・・・」
ガイモンは吐き捨てるように言うと、その場を立ち去っていった。
奴、最近近くの森に出没する巨大なグリズリーだ。しかも昨年マリーが退治したものよりさらに巨大で凶暴という話だった。すでに3桁になろうかという勢いで犠牲者が増え続けているのだ。
家に戻ったガイモンは身支度を整えていたレンに声をかける。
「またやられた。もう放っておくわけにもいかんな。」
黙って頷くレン。しかし、体長10mそこそこのグリズリーと一対一ならともかく、レベル30の剣士と元レベル50の格闘家だけでそんな大物に勝てるのだろうか?
今日やられたパーティーだって平均レベル50近かったはずなのだ。それが、戻ったのはたったふたり、残りのふたりは恐らく・・・
思わず頭を振って嫌な想像を振り払う。とにかくこの状況を何とかしないと。剣を持つ手にも力が入る。

その時だった。グラグラッ・・・地面が揺れた。地震?ふたりとも一瞬そう思った。が、またグラグラッ・・・グラグラッ・・・何か規則的な地響きだ。
もしや・・・ふたりは思わず顔を見合わせた。もし、これが自然の摂理でないとしたら考えられる原因はたったひとつしかない。
『レンさん、ガイモンさん、お久しぶりです。』
ふたりの心の中に懐かしい女の声が入り込んできた。間違いない。マリーだ。でも、どこにいるのか全くわからない。
「マリーさん!?どこにいるの?」
レンが思わず声を張り上げる。が、見上げてもマリーの姿は見えないし気配も感じない。
『あの・・・ちょっと驚くかも知れませんけど・・・やっぱり驚かないでください。今、立ちますから・・・』
街のすぐ近くの小高い山のさらに向こう、標高1000m級の山々が連なるさらに向こうから何かが現れた。しかも、山頂部分を軽く超え、さらにどんどんと上昇していく。
「えっ!?う、そ・・・」
「エ、エミリアなんてもんじゃ・・・」
その正体を知っているふたりでさえ絶句するほどの光景だった。立ち上がったマリーの膝でさえ、山頂のさらに上空に位置していたのだ。
『すいません。ちょっと大きくなりすぎちゃったみたいで・・・』
ズッシィィィンッ!!!
苦笑といった表情のマリーの足が上がると、軽く山頂を跨ぎ越して森のど真ん中に着地した。
まだかなり離れているはずの街が数秒遅れて巨大地震に襲われる。
「マ、マリーさん!もっとそぉっと・・・」
ズッシィィィンッ!!!
『そぉっと歩いてるつもりなんですけど・・・』
二歩目も同じような破壊力を街にもたらしていた。
『あ、熊さん・・・』
その場にしゃがんで指先で何かを摘み上げるマリー。それを見て、街中の人々がどよめいた。あの巨大グリズリーが超巨大な女の子の指先にまるで蟻のように摘まれていたのだ。
『また大きい熊さんが出たんですか?』
指先を目の前に上げしげしげと見つめる先で、必死にもがいて指先の圧力から脱出しようとしているグリズリーの姿があった。
「マリーちゃん、そいつを捕まえといてくれ!」
思わずガイモンが叫んでいた。まさかこのタイミングでマリーが現れるとはまさしく天の恵みである。ガイモン自身は悲壮な覚悟でこいつと対峙しようとしていたので尚更だったろう。
『あ、はい・・・あれ?』
答える時に少し力が入ってしまったのか、指先で何かが弾ける感触に気付いたマリーがもう一度グリズリーを見ると、すでに親指と人差し指がピッタリとくっつき、その間から赤い液体が滴り落ちているだけだった。
『ご、ごめんなさい。潰しちゃいました・・・』
街の全体が再びどよめいたのは言うまでもない。

街のすぐ外には、ありえないほど巨大な小指が下ろされていた。マリーがその気になったらこんな街など小指を少し動かすだけで消滅させてしまえるだろう。
小指の先にはレンとガイモンが半ば呆れた表情でその持ち主を見上げている。
『レンさん、お強くなったんですね。』
嫌味ではないだろうが、桁外れに強大になったマリーに言われると、なぜか落ち込む。
「そ、そんなことないです。マリーさんに比べたら全然です。」
『私はただ大きくなっただけですから・・・』
それでも、こうやってレンが来てくれたことはマリーにとってとても嬉しかった。
『じゃあ、久しぶりに私の手に乗ってください。』
言われるがまま、レンは小指の爪に飛び乗ると、そのまま小指が上昇してもう片方の手の上に下ろされた。掌紋でさえ足を取られるほどの深さに驚かされてしまう。
広さはこの街をふたつみっつ乗せても余裕なほどだ。
掌に押し付けられるほどの急上昇がピタッと止まると、レンの目の前にはマリーの瞳が現れていた。これでさえとんでもない大きさだ。でも、レンは全く違うことを口にした。
「おかえり、マリーさん。」
マリーの瞳が少し大きくなった気がした。ここまで大きくなってしまった自分をレンが受け入れてくれるか全く自信がなかったのだ。
パートナーがレンで本当によかった。マリーの目に涙が浮かぶ。
『はい、ただいま。レンさん。そういえばガイモンさんは?』
ガイモンは、もう自分は用済みという感じで早々に街の中に引っ込んでいた。